『An unexpected excuse』

    〜美由希編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の言葉に場が水を打ったかのように静まりかえる。
否応なしに高まる緊張感を破るように恭也の口が更に動く。
乗り出すように見つめる中、期待と不安が入り混じった空気が瞬時に流れ、静かな空間に恭也の声だけが届く。

「好きなのは……、好きなのは……」

『好きなのは?」

何度も繰り返す恭也に、FCたちも声を揃えて尋ねてくる。
追い詰められるように視線をあちこちへとさ迷わせた挙句、諦めたように恭也はその重い口をそっと開く。

「今は妹の事で精一杯で、他の事には手が回らない」

そう答えた恭也の言葉に、御神流の事を知っている忍たちは皆伝が近いと聞いているので納得するものの、
その事を知らないFCたちにはよく意味は分からなかった。
だから、妹が先にそういった幸せを見つけるまではという意味だと捉え、その時はとばかりにアピールする者、
妹さんも大事だけれど恭也自身の事も考えましょうと寄ってくる者、諦めて去る者など様々な反応を見せる。
かなりの人数に囲まれて困った顔を見せる恭也を、忍たちはただ肩を竦めて見詰める。
ただ一人、美由希だけは拗ねた様子でその様子を眺めていたのだが、それを周囲に気取らせるような事はしなかった。
こうしてこの騒動は幕を降ろした。



  ◇◇◇



帰宅後の高町家のリビングで、先に帰っていた恭也の後ろから着替えを終えた美由希が気配を消してそっと近づく。
その手には丸められた雑誌が握られており、恭也は美由希の接近に気付いていないのか、
前を向いたままお茶を飲んでいる。思わず笑い声が出そうになるのを堪えつつ、
その真後ろに立った美由希は雑誌を持つ手を静かに振りかぶりそれを振り下ろす。
甲高い音がリビングに鳴り響き、頭を押さえて蹲る恭也……ではなく美由希。
見れば、その足元には小さなたらいが転がっている。

「未熟者が。相手の背後を取ったからといって、注意力が散漫だぞ。
 だから、そんな簡単なトラップに引っ掛かる」

「う、うぅぅ。普通は、家の中で頭の上からたらいが落ちるなんて考えないよ」

「その油断が悪い。そもそも、たらいで良かったじゃないか。もっと凶悪な凶器だったらどうするつもりだ。
 もっと周囲の警戒をするように」

「うぅぅ、は〜い。でも、どうやって頭上にこんなのを仕掛けたの?」

疑問と共に見上げた天井には交差するように斜めに突き刺っている二本の飛針。
恐らくあの間にたらいを括り付けた鋼糸を通して、そのまま恭也の手元にまで伸ばしていたのだろう。
つまりは、恭也は美由希が帰って来たら奇襲をすると読んでいたという事でもある。
少しずるいと思いつつも天井を見上げていた美由希は、突然小さな声を漏らす。

「恭ちゃん、あれって絶対に天井に穴開いてるよね。それもそれなりの大きさの」

「…………修行に犠牲はつきものだ。駄目だぞ、美由希」

「って、人のせいにしないでよ。恭ちゃんがやったんでしょう!」

「むぅ。仕方がない。かーさんには素直に謝るか」

恭也もそこまでは考えていなかったらしく、
美由希の言葉に困った様子を見せながら結局は正直に言うしかないと半ば開き直る。
そんな恭也の態度に苦笑を見せつつ、美由希は鋼糸で天井に突き刺さった飛針を絡め取り、手元に引き寄せる。

「お見事。中々上達したじゃないか」

「へへへ」

珍しく恭也からお褒めの言葉を授かり、やや照れながらも嬉しそうに美由希はその隣に腰を下ろす。
身体が触れ合うほどすぐ横に腰を下ろし、自然にそっと恭也にもたれかかる。
静かにそれを受け入れながら、美由希の手から飛針を取り上げると仕舞い込む。
互いに落ち着いた表情を浮かべて時を過ごすのかと思われたが、美由希が不意にその頬を膨らませる。

「恭ちゃん、お昼のアレ」

「アレ? ああ、あれか」

何の事を指しているのかすぐに思いついた恭也は特に慌てた様子もなく、美由希は益々膨れる。
それを察して恭也は浮かびそうになる苦笑を堪えつつも弁解するように言う。

「仕方ないだろう。皆は忍たちと違って俺たちの事情を知らないんだから。
 一々実際の関係を説明するのも面倒だし、何かと問題が出てくるかもしれないからな。
 それに嘘は言ってないだろう。妹、お前の事を想い考えるので精一杯で、他の事には気が回らない」

「ううん、それは良いんだよ。ちゃんと伝わったから」

「うん? だったら何を拗ねているんだ」

「べ、別に拗ねてなんか……ない事もないけれど……。
 兎に角、私が怒っているのは……」

「怒っていたのか?」

「もう話の腰を折らないでよ」

「それはすまない。で?」

謝罪の後に話の続きを促され、美由希は溜め息を零しつつ話を戻す。

「私が怒っているのは、あの後のことなの。あの後、何人もの女の子に詰め寄られて鼻の下を伸ばして……」

「いや、伸ばしてなんかいないだろう」

「私にはそう見えたの! もっと毅然とした態度で断れば良いのに、曖昧に言葉を濁して!
 絶対、あの子達諦めてないよ」

「そうか。それはすまなかった。だが、俺の気持ちはもう決まってるからな」

「あ、う、そ、そうやって真剣な顔でそんな事を言うのはずるいよ恭ちゃん」

「何がだ? 俺は正直に言っただけなんだが」

「そ、それはそうかもしれないけれど……。
 もう、これじゃあ嬉しくなって、ずっと怒ってられないじゃない」

「それは良い事じゃないのか。ずっと怒ってるなんてお互いに嬉しくも何ともないだろう」

「そうかもしれないけど……。って、何か誤魔化されているような気がする」

「気のせいだろう」

「う、う〜ん?」

唸りながら首を傾げる美由希だったが、優しく肩に手を回して抱き寄せられると、
悩み考えるよりも、今この時を楽しむ方が良いと判断して恭也に身を委ねる。
今度こそ二人だけの時間を過ごす恭也と美由希。
だが、その時間もそう長くは続かず、玄関からなのはとレンの帰宅を告げる声が聞こえてくる。
別段隠す必要もないが、少しだけ身を離す二人。
リビングへとやって来たなのはとレンは二人に挨拶をすると、レンはそのままキッチンへ。
なのははそのまま恭也と美由希の間に座る。
最近、この時間帯に恭也も美由希も居る事が多く、その事をなのはは特に口には出さないが喜んでいるようである。
小さい頃からあまり構ってやれなかったからか、恭也も美由希もなのはが喜んでいるのを見て頬を緩める。
そこへレンがお茶とお茶請けを持って正面に座る。
お茶を楽しみながら、なのはは今日あった事を楽しげに語る。
それに相槌を打ち、美由希が何かを言い、またなのはが話す。
と、不意に恭也がなのはの頭に手を伸ばす。

「なのは、頭のリボンが。そのままじっとして」

「ああ、口に餡子がついてるよなのは」

恭也がなのはのリボンを直し、美由希はティッシュでなのはの口を拭いてあげる。
二人に世話を焼かれながら嬉しそうな顔をするなのは。
また世話を焼いている二人も楽しそうで、そんな三人をレンも微笑ましく眺めるのだった。



  ◇◇◇



深夜、いつものように鍛錬に励む二人。
益々腕を上げた美由希に、恭也も知らず力が入る。
近いうちに皆伝というのが夢ではなくなりつつあり、
その事に達成感や喜びを感じると共に若干の寂しさもまた感じるのも確かで。
同時にその気持ちに、共に背中を預け合いながら歩むと言った美由希の言葉を思い出して照れ臭いものも混じる。
それによって僅かに生じてしまった隙を突く様に美由希の斬撃が迫る。
恭也はこれを何とか凌いで反撃の一撃を美由希に叩き込む。

「っ! つぅ」

綺麗に入った恭也の一撃に美由希の動きが完全に止まり、恭也も小太刀を下ろす。

「決まったと思っても、本当に決まるまで気を抜かないことだ」

「分かってるよ。でも、今のは確かに反省。つい勝ったと思っちゃった」

打たれた箇所を擦りつつ素直に反省する。
そろそろ時間も良い頃となっており、今日の鍛錬はこれで終わりだと告げる。
道具を片付けながら、美由希は愚痴のようなものを零す。

「それにしても恭ちゃんってば容赦なさ過ぎだよ。
 好きな女の子に対して情け容赦なく打ってくるなんて。これがなのはなら絶対にしないよね。
 妹に負ける恋人って……うぅ、可哀想な私」

「はぁ、何を言ってるんだお前は。
 大体、俺たちがしている事を考えれば、下手に容赦した方が後に困る事になるんだぞ。
 俺たちがしている事は……」

「生半可な気持ちでやっていると、自分だけではなく守るべき者をも危険にさらすんだ。
 それをちゃんと理解していないのか、この馬鹿弟子が。でしょう」

「分かっているのなら、言わせるな」

美由希が本気で言っている訳ではないと分かっているので、説教じみた事は言いつつも怒ったりはしない。
美由希なりに甘えているのだろうとちゃんと分かっているのだ。
そして、美由希も恭也がちゃんとそれを分かってくれているからこそ、極偶にだがそこにこうして甘えてみせる。
だが、本気で痛かったのも事実で道具を片付けながらもう一度その部分を擦り、恭也を困らせようとふと思いつく。

「あーあ、絶対に痣になってるよこれ。嫁入り前の娘を傷物にするなんて、極悪人だね恭ちゃん。
 この痣がこのまま消えなかったら、私はこの先ずっと肌を出すことができないんだ……。よよよっ」

「そんなに強く打ったか? どれ」

言って恭也は無造作に服の裾を捲くり上げ、自分が打った箇所、胸から脇にかけての付近を見る。
確かに僅かに赤くなってしまっているが、消えないほどではない。
骨にも異常がないようで、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
ちゃんと加減したつもりであったが、最近腕を上げてきた美由希に対して思わず出た一撃でもあったのだ。
だからこそ、もしかしてとも思ったのだが、何ともないようで安心する。
一方の美由希は顔を若干赤くしつつも、この冗談はちょっと駄目だったかと反省する。
それに対する天罰は思いの外早く降る事になったが。
美由希の痣を見てからかうつもりだったのだろうと察した恭也本人によって。

「まあ、別に残ってしまうような痣ができても問題はないだろう」

「何でっ!」

「これから先も、俺以外の者がお前の肌を見る事はないだろう?
 それとも、お前は俺以外の者に肌を晒すつもりだったのか?」

「そ、そんなつもりはないよ。って、こ、これから先もって。そ、それに肌を見るって。
 え、え、えぇ。あ、あうあうあう」

さっきよりもはっきりと分かるほどに顔を真っ赤にして慌てふためく美由希を楽しげに見遣りつつ、

「俺をからかおうなんて、十年は早い」

そう言って小さく笑う。
その言葉にからかわれたと分かった美由希はぽかぽかと恭也の胸を叩く。

「酷すぎるよ恭ちゃん。乙女心はずたずただよ」

「乙女? どこに?」

「うぅ、ばかばか」

「む、誰が馬鹿だ、誰が」

「うぅぅ、知らない、知らない。もうもうもう」

からかいすぎたかと、暫くはされるがままになっていた恭也であったが、中々終わりそうもないのでその腕を不意に掴む。

「確かにからかい過ぎたな。だが、さっきの言葉に偽りの気持ちはないから」

「えっ!? ……っんんっ」

恭也の言葉に驚きから動きを止めた美由希を一瞬で引き寄せて、そっと口付けをする。
最初は驚いていたが、すぐに応えるように身を任せ、今度は自分からせがむように強く押し付ける。
恭也もまたそれに応えるかのように、背中へと腕を回して強く抱きしめる。
いつ家人が帰ってくるのか分からない状況ではなく、完全に二人きりであるこの状況からか、
二人は誰に憚る事もなく、ただただ唇を重ね合う。
一つに重なった影を見咎めるものもなく、僅かな星明りだけが周囲をぼんやりと照らし出す中、
互いの温もりを、互いを思いやる優しさを、触れ合った箇所から染み渡る幸せを、
ただただ伝えるように一つの影は暫し重なり合い、離れることはなかった。





<おわり>




<あとがき>

遂に登場、美由希〜。
美姫 「長かったわね」
だな。いや、先に言っておくが別に嫌いとかじゃないぞ。
寧ろお気に入りのキャラだし。
美姫 「その割には出番が最後だったのよね」
まあ、真打ちは最後という言い訳で……。
美姫 「言い訳なのね」
あははは。ともあれ、ようやく美由希が書けた〜。
美姫 「これでようやくね」
うんうん。
美姫 「で、次は誰なのかしらね」
気の早い話だな。
美姫 「うふ♪」
さっさと書くであります!
美姫 「期待してるわ」
ではでは。







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