『An unexpected excuse』

    〜乃梨子 続編3〜






今年も後半日足らずという大晦日。
恭也と乃梨子は大掃除を終えた高町家のリビングでゆっくりと寛いでいた。
クリスマスから数日までは董子の家で過ごした後、年末年始は海鳴でという事らしい。

「よっしゃ、できたー。師匠、乃梨子さん、少し味見してみてください」

「ちょっと待ておサル。うちの方も今出来たから、うちが先や」

「俺の方が先に言ったんだぞ」

「ぬかせ。うちの方が先にこっちに来とったやないか。
 お前がうちの後ろから声を掛けたんやろうが」

リビングへと続く通路を先を奪うように早歩きしながら睨み合いを暫し続けた後、
二人は恭也たちに決めてもらおうとリビングへと足を踏み入れ、動きを止める。

「うーん、これなんか良いかも」

「確かに、乃梨子に似合いそうだな。だが、黒じゃなくて他の色もあるみたいだぞ」

「そうなんだけど、恭也さん、基本的に黒が多いじゃない。
 だから、合わせてみようかなって。可笑しいかな」

「いや、そんな事はないよ」

二人でファッション雑誌を眺める恭也と乃梨子の姿。
それだけでなく、ソファーの上で膝を抱えるように座り、雑誌を広げる乃梨子の身体は恭也の足の間にあり、
恭也は後ろから抱くように腕を乃梨子の前へと伸ばして、後ろから雑誌を覗き込んでいる。

「し、師匠が……」

「人前で、人前で……」

「「ファッション雑誌なんて見てる!!」」

「二人とも、驚くところはそこなの? まずは、あの体勢の方が気にならない?」

二人の後ろからコップに飲み物を入れて持ってきた美由希が苦笑を零す。
それに対し、二人は顔を見合わせて、何処か疲れたような顔をする。

「そないな事を言われても、美由希ちゃん。
 お師匠たちと来たら、暇さえあればああしてくっ付いてらっしゃるし……」

「いい加減、あれには慣れましたよ」

「まあ、それはそうなんだけどね。
 単に何をするでもなく、引っ付いているだけだし、なのはの教育にもそう問題はない……かな」

後半はやや疑問を浮かべつつ、美由希は用意した飲み物を恭也たちの前に置く。

「恭ちゃん、乃梨子さん、ここに置いておくね」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます、美由希さん」

「いえいえ。それよりも、何を見ていたんですか」

「これですよ。この服」

「あ、乃梨子さんに似合いそうですね」

「そうですか」

「ええ。恭ちゃん、乃梨子さんにプレゼントしたら」

「あ、いや、そんな……」

美由希の言葉に考え込む恭也に、乃梨子は慌てたように手を振る。
そして、話を逸らすように、雑誌のページを捲り、

「あ、これなんか美由希さんに似合いそう」

「どれですか。って、ちょっと派手じゃないですか」

「どこがですか。デザインも落ち着いてますし……」

「いえ、その色とか」

「別にそんなに派手な色でもないと思いますよ。淡い感じの色ですし。
 というより、美由希さんは黒とか茶とは、そういう落ち着いた色が多すぎるんですよ」

「いえ、そういった色の方が落ち着くんです」

「勿体無いですって」

何とか美由希にその服を買わせようとしているのか、乃梨子は執拗に美由希に薦める。
美由希はそれを困ったような顔をしつつ、ふと思いついたように話を変える。

「あ、そういえば、晶とレンが何か言ってたよ」

慌てて二人に話を振ると、晶とレンは喧嘩していた事も忘れて顔を見合わせて笑う。

「師匠、乃梨子さん、これの味見をお願いします」

「うちのも」

二人が差し出す箸と皿を受け取り、二人はそれぞれに口にする。

「あ、美味しい」

「本当ですか」

「うん。味もちゃんと染み込んでいるし」

「うちのはどうですか」

「レンちゃんのも美味しいよ。何か変わった味だけど、これは?」

「ああ、それはですね……」

話が逸れたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす美由希と恭也の目が合う。
小さく笑って誤魔化す美由希に、恭也は肩を竦めて見せるだけで話をぶり返したりはしない。
その事に安堵を洩らす美由希だったが、晶やレンとの会話を終えると、再び美由希を掴まえる。

「それじゃあ、今度一緒に服を買いに行きましょう」

「え、ええ! その話はもう終わったはずじゃ……」

「終わってないよ。美由希さんが話を逸らしただけでしょう」

「うぅぅ、そうなんですが……」

「大丈夫だって。偶には黒とか以外も着てみようよ」

「でもでも……」

「だったら、お義姉さんからの命令よ」

「お義姉さんって。まだ違うじゃないですか」

「良いじゃない、行こうよ」

冗談っぽく言いつつも、少しだけ耳を赤くする乃梨子に気付き、美由希は見えないように小さく笑みを浮かべる。

「うーん、お義姉さんが言うのなら仕方ないかな。
 ねえ、お義姉さん」

「うっ。み、美由希さん」

「なに、お義姉さん」

「えっと、だから、その呼び方は……」

「そのって、どれですか、お義姉さん」

「恭也さ〜〜ん、美由希さんが苛めるんです」

「美由希……」

「えっ、ちょっ、あれ? 恭ちゃん、勿論、冗談だって分かってるよね」

美由希のしどろもどろの言葉に、恭也は静かに深く頷く。
それを見て、美由希はそうだよねと何度も強調する。

「ね、ね。だったら、どうして、恭也の手は拳を作っていたりするのかな?」

「知りたいか?」

「出来れば遠慮したいかな〜」

恭也の腕の中で泣きつく振りをしていた乃梨子が美由希へと笑顔を向ける。

「美由希さん、一緒に行ってくれるよね」

「それって、脅迫じゃ」

「ううん、違うよ。だって、恭也さんのこの行動はそれとは別だもの」

「だったら、どう返事しても私の運命は決まっているって事でしょうか」

「どうだろう。もしかしたら、私から恭也さんに止めるようにお願いするかも。
 そんな気分になったら、だけど」

「……あ、あはははは。やっぱり、恭ちゃんにお似合いだよ、乃梨子さん」

「ありがとう、美由希さん」

「一緒に買い物に行きます。あ、でも、買うとはまだ決めてないからね」

「はいはい。恭也さんも、その辺で」

「分かっている」

乃梨子と美由希の会話を聞いていた恭也は、すっと拳を降ろし、
それを見た美由希がやられたという顔で乃梨子を見る。

「初めからグルだ!」

「そんなの決まっているじゃないですか。恭也さんは、いつだって私の味方だもの」

「まあ、そういう事だ」

「うぅぅ、兄と姉に苛められる私って不幸……」

「失礼な」

「失礼ね」

「息もぴったり。本当に似た者同士、お似合いだよ」

美由希の言葉に、照れる二人を見て、美由希は少しだけ溜飲を下げる。
そんな光景を目にしながら、晶とレンはこっそりと言葉を交わす。

「何か、乃梨子さん、最初に会った頃と変わってないか」

「それを言うたら、お師匠もな」

「……まあ、あれだけ散々、桃子ちゃんたちにからかわれていれば……」

「そやな。ある程度は開き直るし、ああして偶に悪戯みたいな事もするかも」

「晶ちゃん、レンちゃん、聞こえているんだけど」

「っ! べ、別に悪気はないんです!」

「そ、その通りです。ホンマに悪気は」

「分かってるって」

言いながら笑う乃梨子に、美由希たちもつられるように笑い声を上げる。
そこへ、末っ子のなのはが戻ってくる。

「ただいま〜」

「おかえり、なのはちゃん」

「はい、ただいまです、乃梨子さん」

「なのは、帰ったのならまずは手を洗え」

「はーい」

恭也の言葉に素直に手を洗いに行くなのは。
それを見ながら、晶とレンは皿を手に立ち上がる。

「それじゃあ、俺たちはおせちや今晩の仕度をしますんで」

「楽しみにしとってください」

二人がキッチンへと戻るのと入れ替えに、なのはがやって来て恭也たちの隣に座る。

「そうだ。なのはちゃんも一緒に行こうか」

「行くって、どこに?」

「うん。さっき美由希さんと話してたんだけどね、今度、服でも買いに行こうって」

「わたしも一緒しても良いの?」

「うんうん。なのはちゃんにも似合いそうな服あるしね。
 美由希さんも良いよね」

「勿論だよ」

「えっと、それじゃあ、お願いします」

三人の少女たちによってそう決まると、乃梨子は恭也へと顔を向ける。

「恭也さんも一緒に来てくださいね」

「そうだな。荷物持ちが必要だろうしな」

「もう、お兄ちゃんってば。素直に一緒に行きたいって言えば良いのに」

「あははは。なのはちゃん、大丈夫だよ、ちゃんと分かっているから」

「うちの兄は素直じゃないもので」

「そんな事ないよ。ねえ、恭也さん」

乃梨子となのはに見上げられ、恭也は言葉もなくただ顔を背ける。
そんな様子を笑いを堪えるように見詰める美由希と、顔を見合わせて笑う乃梨子となのは。
恭也の腹いせによる軽い拳骨が誰に落ちたのかは、言うまでもないだろう。

「うぅぅ……。あ、そう言えば、乃梨子さんは明日、着物着ます?」

「いえ、流石に着物は持ってきていないんで」

「ああ、じゃあ、着物になりますね」

美由希の言葉に乃梨子は首を傾げるが、恭也やなのはは当然のように頷いている。
どういう事か分からない乃梨子へ、恭也が苦笑を見せつつ説明する。

「多分、かーさんが用意するから」

「あー」

その答えだけで納得したような顔を見せる乃梨子に、なのはたちは揃って苦笑を見せる。
何だかんだと言いつつも、色んな意味で乃梨子もすっかり高町家に溶け込んでいるようである。
と、恭也へと美由希がニヤニヤといった感じの笑みで見上げる。

「恭ちゃんは楽しみなんじゃない」

「何がだ」

「乃梨子さんの着物姿だよ」

「そうだな。確かに、それはな」

あっさりと頷く恭也に少し驚きつつ、美由希は恭也の言葉に照れる乃梨子を微笑ましく見遣る。
ふと反対側に座るなのはと目が合い、意味もなく笑い合う。
そんな二人の様子に恭也と乃梨子は首を傾げつつも何も言わず、見詰め合うと二人もまた笑みを浮かべるのだった。





<おわり>




<あとがき>

410万ヒットリクエスト〜!
美姫 「ジャイロさん、おめでとうございます」
乃梨子編で、桃子以外とはどんな感じなのか。
美姫 「という訳で、こんな感じです」
前回の続きで、お話が年末頃。
美姫 「果たして、彼らは平穏に年を越せたのか」
それは神のみぞ知るということで、ひとつ。
美姫 「ジャイロさん、リクエストありがとうございました」
ました〜。それでは、また次で。
美姫 「じゃ〜ね〜」







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