『An unexpected excuse』

    〜シグナム 続編〜






とある休日、高町桃子がその光景を眼にしたのは偶々であった。
遅めの昼食を取りに我が家へと帰り、そろそろ店に戻ろうかという時、縁側でその光景を目にしたのだ。
別段、隠れる事もないのだが、反射的に身を隠して様子を窺う。
桃子の視線の先には、湯飲みを片手に日向ぼっこをする一組の若い男女の姿が。
言わずと知れた、息子である恭也とその恋人のシグナムの姿である。
二人は特に何をするでもなく、時折言葉を交わすだけで後はのんびりとしている風である。
まるで長年連れ添った老夫婦のような雰囲気に、桃子は知らず溜め息が零ぼす。
これで猫が居たら完璧ね、と何が完璧なのかは分からないが考える桃子であったが、
その期待に応えるように、庭には数匹の猫が丸くなっていた。
その内の一匹が不意に起き上がると、トコトコと恭也たちの傍に歩みより、ぴょんとその膝の上に乗る。
自分の足に乗った猫を撫でる恭也を真似するように、シグナムも横からその猫の喉を掻くように撫で上げてやる。
気持ち良さげに喉を鳴らしたのを聞いたのか、他の猫も二人の足元や膝の上、
周囲に集まり甘えるような鳴き声を上げる。
それを目を若干細め、愛しそうに見遣りながら二人は順番に猫へと手を伸ばす。
思わず和む光景なのだが、それを覗き見ていた桃子は、自分が盗み見ている事をばれるのも構わず、
まあ、この二人の事だから気付いていて放っておいた可能性もあるが、兎も角、桃子は大声を上げる。

「ああー、もう! 若い二人の休日の過ごし方じゃないわよ!」

その声に驚き、集まっていた猫たちが我先にと逃げ出す。
それを残念そうに二人して目で追うと、その原因となった桃子へと揃って顔を向ける。
二人の視線を前にしても怯まず、桃子は二人へ、

「確かに、のんびりと二人で過ごすのも良いわよ。
 私も士郎さんと……ってそれはどうでも良いのよ!
 今はあんたたちの話よ」

勝手に話したのはそっちだ、と恭也が反論するよりも早く、桃子は二人を指差して続ける。

「兎も角!
 休日だからと何処かに出掛ける訳でもなく、ただ時間を潰しているか剣を振って鍛錬しているか。
 もっと色々とあるじゃない」

「そうは言われてもな。シグナムさんは管理局の関係があるから、折角の休みぐらいはゆっくりしたいだろうし」

「だったら、剣の稽古するのは可笑しいじゃない」

「いえ、桃子さん。あれはとても良い経験になるんですよ。
 ですから、あれは別ですね」

「でも、シグナムさんだって偶には出かけたりしたいでしょう」

「いえ、私は恭也と一緒に居られるだけで」

「俺も同じだから」

真顔できっぱりと言い切る二人に思わず頭を抱える桃子。
一瞬だが、自分の方が間違っているのもしれないと思ってしまった。
首を振って自分を激励すると再び立ち上がり、二人を指差す。

「とりあえず、今日は今から出かけてきなさい!」

「そんな横暴な」

「横暴でも何でもこの際、何でも良いわよ!
 ほらほらほら!」

桃子は殆ど実力行使とばかりに二人の背中を押し玄関まで強引に連れて行く。
仕方なく二人は諦め、大人しく外へと出掛ける事にする。
外へと出た二人は、行き成り何処に行くかで考え込む。
最初から予定などないのだから、まあ仕方ない面もあるが。

「とりあえず、その辺を適当に歩くか」

「そうだな。散歩と思えば丁度良い」

恭也の言葉にシグナムもすぐに賛成する。
桃子が聞けば、また何か言い出しそうではあったが、幸いにして既に居ない。
よって、これに異を唱える者は居らず、二人は適当に歩き出す。



特にあてもなく歩いていた二人は、いつの間にか駅前までやって来ていた。
住宅街よりも賑やかな場所で、恭也は人込みの中にあっても目立つ人を見付ける。
向こうもこちらに気付いたのか、やや駆け足で近付いてくると声を掛けてくる。

「こんにちは、恭也、シグナムさん」

「ああ、こんにちは。月村忍」

「こんにちは。今日はどうかしたのか、忍」

「別に特に何かあるって訳じゃないんだけどね。
 ちょっと久しぶりにゲーセンにでも行こうと思って」

何て話していると、後ろから忍を呼ぶ声が。

「もう、行き成り走り出さないでよ、忍お姉ちゃん」

「あははは、ごめん、ごめん」

「すずかも一緒だったのか」

「あ、こんにちは、恭也さん、シグナムさん」

忍の後を追ってきたすずかは、恭也とシグナムに気付いて挨拶してくる。
それに二人も返す中、アリサとなのは、フェイトにはやて、ヴィータに久遠とぞろぞろとやって来る。

「また大所帯だな」

「まあね。あ、恭也たちも一緒に行く?」

忍の誘いを丁寧に断り、挨拶してくるアリサたちに同じように挨拶をする。
その間にすずかは忍の服の裾を引っ張り、

「忍お姉ちゃん、デートの邪魔したら駄目だよ」

「あ、そっか、そっか」

「いや、今日は別にそういうんじゃないんだが」

「恭也の言う通りだ」

二人はすずかの言葉に照れたようにここに至る出来事を語る。
聞いていく内に、全員の顔が納得したものへと変わっていくのを見て、
二人はこれは分が悪いと見て取ったのか、さっさと話題を変える。

「フェイトとは最近、手合わせをしてないがどうだ?」

「あ、はい。なのはやはやてと一緒に鍛錬はちゃんとしてます。
 まだまだシグナムには勝てませんけれど」

「私だって鍛錬しているからな。そう簡単に勝ちは譲れないさ」

「シグナムさんは勝負事になると容赦しないからな」

「えっと、お兄ちゃんも結構人の事は言えないんじゃないかと……」

恭也の言葉に苦笑を洩らすなのはに、恭也は聞こえない振りを決め込み、

「そう言えば、ヴィータ。この後、家に来るんだったら冷凍庫にアイスがあるぞ」

「本当かっ! 食べても良いのか!」

「ああ。ちゃんと皆の分もあるからな。まあ、今日でなくても置いておくから、今度来た時にでも……」

「今日、絶対に行く! 元々、その予定だったんだしな」

恭也の言葉を遮って言うヴィータの話を聞き、恭也は思い出す。

「そう言えば、今日は晶とレンが朝から張り切っていたが」

「今ごろ、買出しに行ってるんじゃないの。
 夕食に揃って招待されてるし」

「そう言えば、アリサたちが来ると言っていたな」

今思い出しとばかりに言う恭也に、なのはは少しだけ呆れたような顔を見せつつ、
すぐに母親譲りのからかうような笑みを見せる。

「もうお兄ちゃんったら、シグナムさんが休みだって事ばっかり頭にあって、
 晶ちゃんたちの話を聞いてなかったんでしょう」

「む、そうかもしれないな。シグナムさんが家に来るとは聞いていたんだが」

からかうつもりで言った言葉に、真顔でそう返されて言葉を無くすなのはを見て、
はやてが可笑しそうに笑う。

「あははは。残念やったな、なのはちゃん」

「うぅぅ、はやてちゃん。兄が苛めるのです」

「……今のは俺が悪いのかシグナムさん」

「知らん」

シグナムの機嫌が少し悪いような気がしたが、恭也は気のせいかと思い、
今度ははやてへと話し掛ける。

「そう言えば、前に今度ははやてが夕食を作ると言っていたが、ひょっとして」

「正解や、恭也さん。今日はうちも腕を奮うから楽しみにしといてや」

「そうだな。楽しみにしよう。はやても料理が美味いからな」

「おおきに」

そんな感じで軽く会話をした後、恭也たちは忍たちと別れて散歩の続きを始める。
が、急に押し黙ってしまったシグナムに、恭也は困惑する。
何故か話し掛け難い雰囲気を纏うシグナムに、恭也は沈黙したまま二人の足は自然と人の少ない方へと向かう。
近くに人が居ないのを感じ、恭也は思い切って声を掛けてみる。

「シグナムさん」

だが、シグナムは足を止めこそすれ返事をせずにただ恭也をじっと見詰める。
困惑しつつも、何か悪い事をしたのかと尋ねる恭也に、シグナムはただ告げる。

「別に恭也は何もしていない。そう何も」

「……だが、何か怒っている」

「本当に分からないか?」

そう訪ねられても思い当たらない恭也。
それを見て、シグナムは仕方ないとばかりにやや不機嫌な声のまま、

「フェイト、忍、すずか、アリサ、ヴィータ、晶、レン……」

「それがどうかしたのか」

「まだ分からないのか。皆、親しそうに話すな」

「ああ、友達だからな」

「それは分かっている。私とも親しく話すよな」

「それは当たり前だろう」

「美由希、フィアッセ。そして、はやて」

シグナムの言葉にようやく何を言いたいのか分かったのか、
恭也がシグナムを見ると、シグナムは不機嫌な顔から少し照れたような顔になり、目を伏せて小さな声を出す。

「そろそろ、私の事もさん付けなしで呼んで欲しい……。
 口調は努力して変えたのに、そこだけまだだから」

シグナムの言葉に恭也はシグナムの名を呼ぼうとして、何故か照れて中々言葉が出てこない。
焦らす事なく、けれど期待するように待つシグナムを見て、恭也はようやく口にする。

「……シグナム」

「……ああ! 何だ、恭也」

「その、中々気付かなくてすまなかった」

「本当だ。何度、その鈍い頭を叩き切ろうと思ったか」

「すまない。だが、どうして急に?」

「……それは。さっき、皆と話している恭也を見ている内に、その……」

またしても照れて俯くシグナムへ、恭也はその頬へとそっと触れる程度の軽いキスをする。
驚いて顔を上げるシグナムを、恭也自身も驚いた顔で見返す。
思わずしてしまったようで、今になって照れる恭也。
シグナムもまた照れくさそうにしつつも恭也の腕を取ると、止まっていた足を動かす。
つられて歩き出しながら恭也は、愛しいその名をそっと呼ぶ。

「シグナム。そろそろ帰るか」

「ああ、そうだな。帰ろう、恭也」

連れ添って帰路へと着く二人の間には、
前にも増して強い絆が結ばれていると分かる雰囲気が、自然と醸し出されていた。





<おわり>




<あとがき>

シグナムの続編〜。
美姫 「今回は続編ね」
うん。まあ、後日談としては、
呼び捨てにした恭也に気付いた桃子が二人を外に出して良かったとか一人納得してたり、って所かな。
美姫 「なるほどね。でも、リリカルってまだ出番のないキャラが居るわよね」
……居るな。
美姫 「そっちはいつ頃出番が回ってくるのかしらね」
あ、あははは。滅茶苦茶気長に待てとしか。
美姫 「あははは〜」
あ、あはははは〜。
と、とりあえずは、また次で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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