『An unexpected excuse』

    〜リリカルなのは 過去編4〜






闇の球体へと突っ込んだ二人であったが、その考えは少し甘いものであった。
身体を覆うように張ったフィールドは即座に魔力を奪われて消えそうになり、
常に魔力を張り巡らせていないといけない。
この状態では例え本体の元へと辿り着けても攻撃をするのは不可能に近い。
ゼロ距離、もしくは超近距離からの攻撃でないと効果がないだろうと思わせた。
球体の中だからか、球体から生える触手のような攻撃がないのは唯一の救いである。
そう思っていたのだが、現実とはそう甘くもなかった。
魔力の消費以外の障害もなく進む二人の前に、人魂のような塊が幾つも浮かび上がる。
それらは侵入者の存在を感知すると、一斉に襲い掛かってきた。
咄嗟にデバイスを構えて魔法を放つが、それらは発動する兆しもなく、
魔法陣は現れるなり、まるで硝子が割れるかのように壊れてすぐさま消えていく。

「くっ、なのは!」

自身に迫る闇の塊をデバイスを槍のように振り回して捌きつつ、フェイトはなのはへと意識を向ける。
フェイトは近接戦闘も得意としており、自身の戦闘スタイルに組み込んでいるために何とか捌けたが、
なのはは完全な魔導師タイプ、それも後方からの砲撃を得意とするスタイルである。
故に近接戦闘を苦手とする節がある。
故に心配して投げられた言葉。
だが、なのはは辛うじて自身に迫った三つの闇塊をレイジングハートで弾き、身体を捻って躱していた。

「きょ、恭也さんとの鍛錬のお陰かも。恭也さんの動きより遅かったから何とかなったけれど……」

言いながらなのはは前方を見据える。
そこには数十にも及ぶ闇塊が行く手を阻まんと立ち塞がっており、流石にそれら全てを凌げる自信はなかった。
勿論、そんななのはたちの事情など気にするはずもなく、闇塊は二人めがけて飛来する。
魔法は起動するなり魔力を吸われ、全く使うことができない。
その状態で何とか躱し続けるも、遂に闇塊の一撃がなのはに当たる。
身体を覆うフィールドのお陰で大したダメージはならなかったものの、
その勢いで倒れこみ、同時にフィールドが完全に消えてしまう。

「なのは!」

慌てて駆け寄るフェイトであったが、きょとんとした顔でなのははフェイトを見つめ返して身体を起こす。

「なのは、何してるの! 早くフィールドを」

「あのね、フェイトちゃん。落ち着いて聞いてね」

「分かったから、先にフィールドを」

魔力を吸われる空間内で、フィールドも張らずにこちらをのんびりと見てくるなのはにフェイトの方が焦りを見せる。
だが、なのははそんなフェイトの言葉にもフィールドを張る事もなく、ただ話し続ける。

「ここの空間内って、魔力を魔法として発動した場合はその魔力を吸い込むみたいだけれど、
 内部にいる人間から問答無用で魔力は吸い取れないみたい」

なのはの言葉に思わず動きを止めるフェイト。
だが、そこへ闇塊が襲い掛かり、なのはは飛びつくようにしてフェイトを押し倒す。
頭上を掠めていく闇塊の群れを視界に収めつつ、フェイトはなのはの言葉にフィールドを解除してみる。
だが、懸念していたように体の内部から魔力が吸い出されていく感じはしない。
試しに魔法を発動しようとすると、それはやはり即座に魔力を吸い取られて何も起こらない。

「普通に行けば無駄に力を消費しなかったってこと?」

やや呆然としたまま呟くフェイトであったが、なのはは小さく乾いた笑みを浮かべて立ち上がる。

「そう簡単にはいかないと思うけれど。
 だって、この中だと魔法が一切使えないのは変わらないし、それに……」

言って前方に群がる闇塊を見つめる。
二人を囲むように闇塊が広がっており、一斉に襲い掛かってくる。

「くっ。これが邪魔して進めないという訳ね」

「うん」

動き事態はそんなに早くはないのだが、その数がとてつもなく、ましてやなのはたちには攻撃手段がないのである。
数を減らす事も出来ず、ただ攻撃を躱すしかできず、
本体の元へと向かうには壁のように立ち塞がる闇塊を何としないといけないのだ。
やはりその数は脅威で、完全に攻撃を捌ききれずになのはもフェイトもあちこちに傷を負う。
バリアジャケットのお陰で未だに致命傷は免れているが、二人は息も荒く肩で呼吸を繰り返す。

「このままじゃ……」

「一旦、下がろうフェイトちゃん」

なのはの言葉にフェイトも頷き、二人は後退すべく動き出す。
が、背後から迫っていた闇塊に気付かず、なのはは背中を強打されて地面に転がる。
そこへ追い討ちを掛けるべく、更に数体が襲い掛かる。
なのはを助けようとするフェイトにも数体の闇塊が襲い掛かり、腕を足を打つ。
地面に膝を着くフェイトの目の前で、倒れたなのはの身体へと降り注ぐ闇塊。

「やめてぇぇっ!」

フェイトの叫びも虚しく、なのはの身体は大波に翻弄されるように転がる。

「なのはっ! 邪魔をしないで!」

バルディッシュを振り回し、フェイトはなのはの元へと駆けつける。
慌てて抱き起こすも、襲い掛かってくる闇塊にフェイトは傷の具合を確かめる間もなく、
なのはを支えるようにして撤退をする。
執拗に襲ってくる闇塊であったが、ある程度下がると襲ってくるものの数が減っていく。
自身も体のあちこちを傷つけられながらも、フェイトはなのはの体を支えて下がっていく。
やがて、闇塊の姿がなくなった所でようやく一息吐いてなのはを横たわらせる。
幸い大きな外傷などは見当たらないが、骨に皹ぐらいは入っていそうであった。

「ごめんね、フェイトちゃん」

「ううん、なのはが無事でよかった」

謝るなのはに少し涙ぐみながらも笑顔で返しつつ、フェイトはこれからどうするか考える。
なのはを置いて進むにしろ、一人であれを突破するのは難しい。
なら一度撤退する方が良いだろう。クロノへと連絡を入れ、新たな策を打ち出す。
フェイトはすぐに判断するとなのはを再び支えて起き上がらせ、そのまま後退するのだった。



闇の球体の外で待っていた恭也は、そこから出てきた二つの影に胸を撫で下ろす。
だが、すぐになのはの状態を見て慌て駆けつける。
フェイトの方も怪我をしているらしいと見て取り、フェイトからなのはを受け取る。

「大丈夫か、なのは!?」

心配そうに覗き込む恭也に笑い返しつつも、なのはは困ったように闇の球体を見つめる。
そんななのはに心配いらないとフェイトはクロノと通信を繋げようとして、異変に気付く。
それはすぐに恭也たちも気付く程の変化で、三人が見ている前で球体が縮小を始めたのである。
あっという間に縮んだ闇は人の形を取り、胸元に輝く宝石以外は完全な闇の人形が出来上がる。
その周囲には先ほどなのはたちを苦戦させた闇塊が二十ほどに数を減らして浮かんでいる。

「まさか、覚醒したの!?」

驚きに声を上げるも、すぐに苦痛に顔を歪めるなのは。
そんななのはにフェイトは首を横に振って否定する。

「まだ完全な覚醒はしていないみたい。あれは覚醒前の状態。
 自らの意思で行動できるようになったディスアグラトンは、
 覚醒のためにエネルギー、魔力を集めるために形を変えるって言ってたから」

フェイトの言葉を肯定するかのように、闇塊がフェイトたちに襲い来る。
手始めに近くにいた獲物という事なのだろう。
なのはを守るように立ち塞がったフェイトは魔法を発動させる。
フェイトの周囲に浮いた闇塊と同じ数の雷の矢が迎え撃たんと打ち出される。
しかし、まるでディスアグラトンと同じように触れた瞬間に霧散する。

『無駄だ。それは我が一部』

と、まるで頭に直接話し掛けてくるような声が聞こえてくる。
言葉の内容からこれがディスアグラトンのものであるのは間違いなく、意思がある事に軽い驚きを見せる。
だがそんな暇はなく、フェイトの魔力を吸収した闇塊がなのはとフェイトへと襲い掛かる。
考えるよりも早く体が勝手に動き、恭也は闇塊を持っていた小太刀で斬りつける。
すり抜けるかと思われたその攻撃はしかし、意外にも通じて闇塊を二つにかち割る。
割れた闇塊はそのまま空気に溶け込むように消え去る。
その現象を珍しがる事もなく、恭也は物理攻撃が通じると分かるなりもう一刀を抜き放ち迫る闇塊を全て斬り捨てる。
その剣速に目を見張るフェイトへと恭也は背中越しに声を投げる。

「あいつにも剣は通じますか」

「……さっきのアレが奴の一部というのなら恐らくは通じると思われます」

「分かりました。なら、なのはを頼みます」

「でも……」

危険だと言いかけるフェイトへと恭也は少しだけ顔を向けると、

「詳しい事は分かりませんが、俺の力が通じるのなら遠慮せずに利用してください。
 それに、なのはを傷つけたんですから、それなりの後悔はしてもらいます」

言うなりフェイトの返事も聞かずに走り出す恭也。
慌てて止めようとするフェイトであったが、そこへなのはの声が掛かる。

「剣が通じるのなら、多分大丈夫だよ」

「でも、相手は魔法を吸収する……あっ」

「そう。魔法は一切効かないけれど、恭也くんは元々魔法を使えないから関係ない」

なのはの言葉に納得しそうになるフェイトだが、逆に言えば魔法による防御もないという事である。
やはり一般人を巻き込めないとフェイトはせめて援護をと立ち上がるが、それを横たわって見上げながら、
なのはは小さく笑みを浮かべている。

「多分、大丈夫だと思うけれどね。
 考えてみたら、あの闇の中に普通に入れるんなら、恭也くんに協力を頼むんだったな」

なのはの言った言葉を信じられないようなものを見る目で見つめるフェイトに、なのは拗ねたような顔を見せる。

「言いたい事は分かるから良いんだけれどね。そんなに私ってば、いつも一人でやってるように見えるのかな?」

「一人というより、無茶ばかりって感じだけれどね」

あまりにもなのはが落ち着き払っていた所為で、フェイトもついつい軽口を返してしまう。
だが、すぐに思い出した援護すべくバルディッシュを構える。
が、既に恭也はディスアグラトンと接近戦を繰り広げており、大きな魔法の援護は無理そうである。
ディスアグラトンの腕が伸び、そこから闇塊が飛び出し、
人間ではありえない場所が曲がって変則的な攻撃が繰り出される。
上下左右、後ろと様々な方向からの攻撃に対し、恭也は躱し、小太刀で弾き、捌き、受け流す。
未だに掠らせもしない恭也に、ディスアグラトンも知らず感嘆の声を上げる。

『魔法使いにしては中々良い動きをするではないか。補助魔法か何かか。
 ならば、これでどうだ』

その声と同時にディスアグラトンの体から黒い霧が噴き出し、恭也を、いや、周囲を取り囲む。
突然の攻撃に恭也はディスアグラトンから距離を開けて様子を見るが、特に変わった様子は見られなかった。
それを見たフェイトはチャンスとばかりに、ディスアグラトンの本体である宝石部分へと魔法を放とうとする。
が、魔法陣が展開された瞬間に壊れる。それはまるで、闇の球体の中にいるときのように。
それでフェイトは気付く。この霧が闇の球体と同じ性質を持っていると。
フェイトが気付くと同時に、ディスアグラトンの前方に闇が集まる。
一瞬の間の後、そこから黒い魔力の本流が恭也へと真っ直ぐに伸びる。
大出力の魔法砲撃。こちらの魔法を使用できない状態にしての大出力の砲撃魔法。
避ける暇もないタイミングで放たれた魔法に対し、
普通の魔導師ならシールドを展開しようとして、展開できずに討ち取られるであろう。
だが、恭也はディスアグラトンへと更に踏み込み、瞬間その姿が掻き消える。

『消えた!? まさか転移魔法……。
 バカな。この魔力を吸い取る空間で魔法の発動だと……。
 しかも、一瞬のうちに発動するなど……』

ディスアグラトンの言葉が終わるよりも早く、フェイトは咄嗟に叫んでいた。

「胸元の宝石を狙って!」

何となくだが、恭也が攻撃に転じていると感じ取っての言葉。
足元のなのはの余裕がそう思わせたのか、それとも魔導師としての勘か。
とにかく、フェイトは恭也の姿が消えるなりそう叫んでいた。
そして、恭也の姿が消えて驚いていたディスアグラトンの胸元の宝石が割れる。
言葉途中で本体部分を破壊されたディスアグラトンは、そのまま人の形を崩していく。
溶け消えていく闇の向こう、砕け散るディスアグラトンを背にしてニ刀を手にした恭也の姿が。

「残念だったな。俺は魔法使いなんかではなく、ただの剣士だ」

消え行くディスアグラトンにその言葉が届いたかどうかは分からないが、恭也は小太刀を仕舞うと大きく息を吐き出す。
その光景を眺めながら、フェイトはディスアグラトンが完全に消滅した事を確認するのだった。



改めて恭也に礼を述べるフェイトとなのは。
照れながらもそれを受け取る恭也に、二人は思わず顔を見合わせて笑いを零す。

「さて、それじゃあ、私たちはそろそろ帰らないとね。
 少しぐらいはゆっくりしても良いんだけれど、流石になのはの治療をしたいし」

「……そうだね。慌しい形になってごめんね、恭也くん」

「気にしなくても良い、なのはさん」

「さっきは呼び捨てだったのに」

言われて初めて気付いたという顔を見せる恭也を可笑しそうに見上げつつ、なのはは少し寂しそうな顔を見せる。
それに気付いた恭也はそっと膝を着くと、その頭をそっと撫でる。

「また良くなったら、こっちに来たら良い。
 その時はゆっくりと街の案内でもしよう」

「そうだね。今度はお仕事じゃなくて観光とかで来たいかな。
 その時は宜しくね」

無言のままで頷き返す恭也をじっと見つめるなのは。
同じように恭也もまた言葉もなくただなのはを見つめ返す。
何か言いたい事があるような気もするが、言葉にはならず、それははっきりとした形をなさない。
それでも、何となく離れがたい気持ちを互いに抱きつつ。
それが少しの間とは言え、一緒に行動した仲間意識からくるものなのか、それとも別の何かなのか。
互いに意識しつつもはっきりと分からず、ただどちらともなく口を開く。

「またな」

「うん、またね」

次に会ったその時は、何かが分かるかもしれないという思いと共に再会を約束した別れの言葉を口にする。
静かに見詰め合う二人の間へと、非常に申し訳なさそうな声が割って入ったのはそれから一分ほどしてからである。

「あのー、二人とも私も居るんだけれど?
 そろそろ転移魔法を発動しても良いかな?」

フェイトの言葉に時間さえも忘れてただ見詰め合っていた二人は、顔を赤くして互いに視線を逸らす。
そんな不器用とも見える二人の様子に苦笑を零しつつ、フェイトはなのはの傍に立つとバルディッシュを構える。
念話でアースラとの通信を行い、転送の旨を伝える。
フェイトとなのはを囲むように魔法陣が展開され、周囲を淡く照らし出す。
最後にもう一度フェイトは恭也へと礼を述べると、なのはへと顔を向ける。
だが、なのははもう別れは済ませたとばかりにただ笑みを浮かべて恭也を見るだけ。
恭也もまた同様にこちらは微笑ではあったがなのはへと笑い返す。
やがて、ゆっくりと二人の姿が陽炎のように揺らめき、そして消え去る。
後には何もなかったかのように広がるただの景色のみが残される。
まるで今までの出来事が夢であったかのようにさえも思わせるほど、そこには何も残ってはいなかった。
それでも確かに恭也の記憶の中には、なのはと過ごした日々の思い出がしっかりと焼きつき残っており、
今までの出来事が夢ではないと、記憶が、身体がそれをしっかりと伝えていた。
恭也は一度だけ空を見上げ、その向こうに何かが見えないかと見つめる。
だが、そこにはただ青空が広がるだけで何も恭也の瞳には映さない。
それでも、その顔には落胆も何もなく、恭也は顔を前に戻すと丘を降り始める。
約束した次の再会を楽しみに思いながら。





<おわり>




<あとがき>

ようやく過去編が終わった〜。
美姫 「これ以降、ちょくちょくなのはがこっちの世界に来るのね」
そうそう。それで徐々に二人は。
で、なのは編へと繋がるという訳だよ。
しかし、まさかこのシリーズで中編みたいな連続ものを書くことになるとは。
美姫 「本当よね。それにしても、このシリーズもかなりの数になったわね」
数えるのは面倒だから数えてないが、作品数だけなら150超えてるんじゃないかな。
ヒロイン数も100は超えたと思う。
美姫 「100は超えてるわね。ほら、前に100突破って騒いでたじゃない」
そう言えば、そんな気もするな。
美姫 「このまま何処までいけるのか記録を作るのよ」
大変そうだが、まあ頑張りますか。
美姫 「で、次は誰にする?」
うーん、誰にしようかな〜。
美姫 「最早お決まりの文句を述べつつ……」
また次で。







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