『An unexpected excuse』

    〜リリカルなのは 続編〜






本日最後の授業終了を告げるチャイム。
それが鳴り響くなり、恭也はがばりと起き上がる。
まるで見計らったかのように、チャイムと同時に身を起こす恭也に、
隣に座っていた忍は思わず驚いて横を向くほどだった。

「もう授業は終わったんだな」

「うん、たった今。って言うか、まるで計ったかのように起きたわね」

「チャイムが鳴ったからな。それでだ」

「いや、鳴ると同時だったような気もするけど」

「チャイムが鳴る寸前、微妙にだが空気が変わるだろう。
 震えるというか」

「いや、さも当たり前のように言われても。そりゃあ、偶にそんな気がする事もあるけど。
 でも、寝ていたら絶対に気付かないって」

忍の苦笑混じりの言葉に首を傾げる恭也。
二人とも、生徒たちが立ち上がって礼をしている中、
それに気付かずに座ったまま話し込んでいる所を見る限り、ある意味似た者同士なのかもしれない。
ともあれ、ようやく長い午後の授業も終わり、恭也は気もそぞろで鞄を掴む。

「どこ行くの? まだHRが終わってないわよ」

「……そうだったな」

忍の言葉に恭也は鞄を机の横に掛けて腰を落ち着ける。
が、その様子はどこか落ち着きがないようにも見え、忍はただ首を傾げる。
隣人が不審がっている事に気付く事もなく、恭也はいつもよりも長いHRの終わりをまだかまだかと待つ。
ようやくHRの終わりを担任が告げるなり、恭也は席を立ち真っ直ぐに扉へと向かう。
その背中を呆然と眺める忍へ、同じように不思議そうな顔をした赤星が近づき、
二人は揃って顔を見合わせると、ただ首を傾げるのだった。



恭也が早足に校門へと向かうと、そこはちょっとした人だかりが出来ていた。
とは言っても、放課後のまだ早い時間。
生徒で溢れ返る程ではなかったが。
それでも、十数人の生徒が何やら校門の方へと視線を向けては、仲間たちと何やら話し合っていた。
嫌な予感を覚えつつ、恭也はその中を進んで行き、彼らが見ていたのが予想通りだと知って嘆息する。
出来る限り早くやって来たつもりだったが、やはり人目を惹いたらしい。
幸い、声を掛けられた様子はないみたいで胸を撫で下ろす。
と、その件の少女が恭也に気付き、顔を上げるとその顔に満面の笑みを浮かべる。
周りから一際大きなざわめきが起こる中、少女はそんな事は気にも掛けずに左手を上げて大きく振る。
少女が笑みを、手を振る相手である恭也も自然と注目を集める形となるが、
それらに気付かない振りをしながら、少女――なのはの元へと向かう。

「待たせてしまったか」

「ううん、そんな事ないよ。ちょっと前に来たところだし。
 それに、恭也は授業なんだから仕方ないよ」

言って恭也の腕を取るなのは。
恭也は周囲の視線に少し照れつつも、好きなようにさせる。
なのはも周囲の視線を感じるのか、少し照れたようにはにかむ。

「にゃはは、流石にちょっと恥ずかしいかも」

「なら、やめておくか」

「ううん。恥ずかしいって気持ちもあるけれど、やっぱり嬉しいって気持ちの方が大きいから。
 恭也が良いって言うんなら、このままが良いな」

言って上目遣いで見詰めてくるなのは。
その愛らしいお願いに恭也は柔らかく微笑み返し、空いている手でそっと頭を撫でてあげる。

「えへへ。恭也の手、温かくて気持ち良くて、優しいから好き。
 恭也に頭を撫でられたり、髪を触られたりすると、なんか胸の奥がほわーんって暖かくなる」

目を細め、ぎゅっと恭也の腕を抱き込むと、なのははそっと頭を恭也の肩に乗せる。
その姿はどこから見ても仲の良いカップルであった。

「さて、何処に行く」

「うーん、翠屋はどうかな。こっちの翠屋ってのがどういうのか見てみたいし。
 あ、でも、流石におかーさんに会うのは拙いかな」

「いや、大丈夫だろう。
 まあ、同姓同名の上に似ているとなれば、少しは不思議に思うかもしれんが。
 明らかに別人だしな」

「だよね。じゃあ、翠屋に行こう♪」

なのはの要望を聞き、恭也は商店街へと足を向ける。
恭也と腕を組みつつ、なのははご機嫌で恭也との会話を楽しむ。

「やっぱり、私の世界とは色々と違うね」

「そうなのか」

「うん。あ、もう着いちゃった」

翠屋の前に立ち、なのはは少し残念そうに言う。
何を残念がるのか分からない恭也に、なのははじっとその瞳を見詰め、次いで自分の腕を見る。
正確には、恭也の腕を抱え込むようにしている腕を。
つまり、なのはは腕を離さないといけない事を残念に思っているのだとようやく理解するも、
流石に店の中でこの状態で居る事はできないだろうと、恭也はなのはを見詰め返す。
仕方ないという顔をしながらも、お願いするようにまたしても恭也を見上げるなのは。

「じゃあ、席に座るまで。それも駄目?」

本当に久しぶりに出会えたなのはにとって、恭也に甘えられる時間はかなり貴重なのだろう。
そう訪ねてくるなのはに対し、同じぐらいなのはに甘えられるのが嫌ではない恭也が嫌とは言えず、
店内で桃子に見つかってからかわれる事と、なのはの喜ぶ顔を秤に掛け、考える事もなくすぐに結論は出る。

「席に着くまでだぞ」

「あ、うん!」

恭也の言葉になのはは元気良く返事を返すと、店の扉へと手を掛ける。
ドアベルが音を立てて店内へと新たな来客を告げる。
それに答えるようにやって来たウェイトレスは、
やって来たのが恭也だと知ると手伝いかと思って仕事に戻ろうとする。
が、その腕に引っ付いているなのはを見て、次いで恭也の顔を見る。
何か凄いものを見たと言わんばかりの顔を見せる少女に苦笑を返しつつ、
今日は客として来たことを告げて空いている席へと案内してもらう。
幸い、フロアに桃子の姿はなくほっと胸を撫で下ろしかけた恭也だったが、
カウンターの向こう、そこから僅かに目だけを出している桃子を見つけ、その視線がぶつかる。
どうやら丁度、下に置いてあるコーヒー豆を取り出していたらしく、
店に来た当初、恭也の視界には入らなかったみたいだった。
目だけしか見えていないが、恭也にははっきりと分かった。
あのカウンターの向こうで、桃子が笑みを浮かべているであろうと。
そんな恭也の様子を見て、なのはもそちらへと視線を向け、大よその事態を察して小さく笑う。
二人が席に着き、注文をしようとするよりも早く、桃子の声がウェイトレスへと投げられる。

「ああー、そこは私がやるから、美佳ちゃんはこっちをお願いね」

お願いするこっちが見当たらないのだが、美佳と呼ばれた少女は返事をすると離れて行く。
代わりに桃子が嬉しそうな顔で近づいてくる。

「ご注文は決まりましたか? まだのようでしたら、また後で伺いますが……」

訪ねながらも、桃子はその女の子に何処かで見たようなという感覚を覚える。
しかし、それを顔に出す事無くスマイルを浮かべるのは、やはりプロなのか。

「えっと、また後でお願いできますか」

「はーい、かしこまりました」

メニューを開いて眺めるなのはにそう返事をすると、桃子は踵を返して離れて行く。
離れながらも、なのはの顔を思い描き、必死で思い出そうとする。
と、ようやくその顔に似ている人物を思い出す。

(そっか。どこかで見たような気がしていたけれど、なのはに似ているのね。
 まあ、可愛い子だし、しっかりした子みたいだから)

そう考え、空いているカウター席へと座り込むと、恭也たちの様子を窺う。
メニューを開きながら、楽しそうに話す二人。
なのはの方は間違いなく恭也へと好意を見せているのが分かる。
だが、恭也の方はこちらに背中が向いていて見えない。

(はぁぁ、ひょっとしてまたただの友達とかじゃないわよね。
 でも、ただの友達ならあそこまでしないわよね。うん。
 それに、背中越しとはいえ、あの子も楽しそうだし……。うん、おっ、これはこれは)

ちらりと見えた恭也の横顔を見て、桃子は一人笑みを深める。

「あ、あのー、店長。流石にそれ以上は危ないですよ……」

恭也の横顔が見えたのではなく、見ようと桃子が椅子に対して横に座り、そのまま背を傾けていったのである。
そして、既に身体を支えるために椅子の背とカウンターに着いた桃子の手が震えている事から、
限界を感じたウェイトレスがそっと注意する。
そんな様子を背中越しに一瞥すると、恭也は呆れたような溜め息を吐くのだった。



恭也たちに呼ばれて注文を聞きに来た桃子へとそれぞれに注文を済ませる。
確認の為に繰り返す桃子へ、恭也は頷きを返し、

「はい、それでお願いします。おかーさん。
 ……っ! にゃにゃにゃ」

思わず、つい出てしまった言葉になのはは慌てて口を押さえる。
恭也もまさか、それだけで気付かれるとは思わないまでも、何か思うんじゃないかと桃子の様子を窺う。
しかし、予想に反して、そこには怪訝そうな顔も何かを窺うような様子もなかった。
一言で現すのならば、それは単純な喜びであろうか。
なのはの発言にほころびそうになる笑みを堪えているといった感じ。
その様子に恐る恐る様子を窺うなのはに、桃子はたまらずに抱きついてしまう。

「ん〜〜、かっわいいぃぃ〜〜。お義母さんだなんて、もう!
 ねね、もう一回言って」

「はにゃ〜〜。え、えっと、ちょっ……」

強く抱きついてくる桃子に困った顔を見せるなのはを見兼ね、恭也が間に入る。

「かーさん、ちょっと落ち着いて」

「って、ああ、ごめんね。つい、あまりにも可愛かったから」

「可愛かったら抱きつくのか、高町母」

「そんな事しないわよ。ただ、何となくなのはみたいじゃない、この子って。
 だから、ついね。何か、なのはに甘えられているような気になっちゃって。
 本当にごめんね。お詫びにケーキをサービスするから」

「い、いえ、そんな」

桃子の言葉に慌てて断ろうとするも、桃子の方も譲らず、恭也がその言葉に甘えるように言うことで落ち着く。
ようやく、ここに至って桃子はなのはの名前を聞いていない事に気付く。

「そういえば、今更なんだけれど、この子の名前は何て言うの?」

「あ、初めまして。高町なのはと申します」

「へっ!?」

後に恭也が非常に珍しいものを見たと語る桃子の呆けた顔を、なのはは苦笑で眺める。

「えっと、うん、なのはちゃんね。私はこの子の母親で、桃子って言うのよ。
 桃子さんでも、さっきみたいにおかーさんでも、好きなように呼んでね」

何とか調子を取り戻してそう告げると、桃子は聞いて良いものかどうか悩みつつ、
結局は素直に聞く事を選ぶ。

「えっと、もしかしてなのはちゃんはうちの恭也と」

「えっと、その……」

真っ赤になてモジモジと俯くなのはを見て、桃子は確信する。
同時に、心の中で大いに喜ぶ。あの恭也がやっと、やっと。
しかも、こんなに可愛い子を、と。
ただ、それを顔に出すようなことはせず、ただ恭也の肩にそっと手を置いてその場を去っていくのだった。



翠屋で時間を過ごした後、恭也となのはは高町家へとやって来ていた。
どうやら、全員出掛けているようで、鍵を取り出して開けるとなのはを中へと招く。
お茶でも淹れようとした恭也を座らせ、なのはがお茶を入れて隣に座る。
お互いに無言のまま、お茶を飲む音だけがリビングに響く。
その心地良い沈黙を恭也が破る。

「そう言えば、いつまでこっちに?」

「今日の夜だよ。深夜に臨海公園にアースラへのゲートを開いてもらうから」

「そっか。それまで、あまり時間はないが何処か行くか」

「ううん。今日はここでのんびりする」

「良いのか」

「うん。何処かに出かけるのは、また今度で」

「分かった」

二人は特に何をするでもなく、ただソファーに座って寄り添う。
穏やかな空気に包み込まれたリビングで、なのはは恭也の肩に頭を乗せて、ぴったりと身体をくっ付ける。
恭也はなのはの頭を髪を撫で、時折、思い出したようにお互いの顔を見詰める。

「あっ」

なのはの結ばれた髪、その先端を撫でていた恭也の手がふと耳に当たり、なのはは小さな声を洩らす。

「ああ、すまない」

「ううん。急にだからびっくりしただけ」

「ひょっとして、耳が弱いのか」

「うーん、分からないよ」

「そっか」

首を傾げるなのはに対し、恭也は興味を持ったのか指を髪から耳へと持っていく。

「んっ。ちょっ、くすぐったいよ」

「ふむ」

なのはの反応に気分を良くしたのか、恭也は何度も耳を撫で、その度になのはは身を捩る。
試しに耳に息を吹きかけると、思ったよりも大きな声を上げる。

「もう、恭也!」

「あははは、すまん。まさか、そこまで反応するとは思わなかった」

「うぅ、私だって思わなかったよ。とにかく、耳は禁止だからね」

「どうしても?」

「どうしてもです!」

そう断言するも、恭也にじっと見詰められると、なのは小さく俯いて少しだけ頬を赤く染めながらも小さく呟く。

「うぅ、恭也がどうしてもって言うのなら、たまに、たまにだったら良いよ」

なのはの上目遣いが恭也に効くように、恭也の無言のお願いはなのはに効くようであった。
了承を得た恭也は、早速なのはの耳に触れる。
その度にくすぐったそうに身を捩り、声を堪えるなのはの反応に恭也は堪らず軽く口付けをする。
きょとんとするなのはだったが、すぐに甘えたように鼻を鳴らして恭也の首筋に擦り寄る。

「不意打ちはずるいよ。だから、もう一回……して」

耳元でそっと囁かれたなのはの言葉に、恭也はなのはの腰と背中を抱きかかえて膝の上になのはの身体を乗せる。
恭也の足の上に寝転ぶように座り、背中を恭也の腕で支えながらなのははそっと目を閉じる。
背中を支えているのとは逆の手でそっと頬を優しく撫でまわした後、恭也はなのはの唇へとそっと触れる。
一秒、二秒……、ゆっくりと唇を離す恭也の首へと腕を回し、なのはは潤んだ瞳で恭也を見詰める。
今度はなのはから恭也へと顔を近づけ、更にキスをする。
応えるように、恭也は先程よりも深いキスをなのはへとしながら、背中をそっと撫で上げる。
熱く上気した頬に、互いの息が当たる。
それでも、二人は一時とも唇を離さない。
時折、互いの喉が動く。
なのはは恭也の首へと回した腕の一本を解き、背中へと回し、
更に深くとねだるように強く抱きしめ、恭也も応えるように、貪るように口付ける。
手でなのはの背中を撫で、頬に髪に耳に優しく触れていく。
どのぐらいの時間そうしていただろうか。
ゆっくりと、本当にゆっくりと二人は離れる。

「ふにゃぁぁ〜〜〜」

顔を真っ赤にして、とろけたような顔でそのまま恭也の足の上に身体を横たえるなのは。
恭也も上気した顔でそんななのはを優しく見詰める。
互いの荒い呼吸が音のないリビングでやけに大きく聞こえる。
まだ焦点のあっていないなのはへ、恭也は心配になって声を掛ける。

「大丈夫か、なのは」

「……うん。何か、まだ夢心地というか、空を飛んでいるみたい。
 とっても気持ちいいの」

甘えるように恭也の身体に擦り寄るが、上手く力が入らないのか、体を起こすのもなかなか上手くいかない。
そんななのはを支えながら、足の間になのはを座らせる。

「ん〜〜♪」

まだ気だるい身体を恭也に預けながら、頬をスリスリと寄せる。
自然と頭を撫でながら、恭也は一度だけ頬へと軽く唇を触れさせる。
笑顔で見上げてくるなのはに、最近ではよく見せるようになった笑顔で恭也も応える。

「恭也、私、今とっても幸せだよ♪」

「ああ、俺もだ」

今度は触れるだけの軽いキスを交わす二人。
夕日の差し込むリビングは、とても満ち足りた、そして優しい空気で溢れていた。





<おわり>




<あとがき>

デットヘリングさんからの400万ヒットリクエストです。
美姫 「おめでとうございます。そして、ありがと〜」
リリカルなのはの続編。
幾つかの台詞指定もありましたが、違和感なく上手く出来ていれば……。
うぅ、ちょっと不安。
美姫 「ともあれ、何とか完成ね」
ああ。こんな感じになりました。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。







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