『An unexpected excuse』
〜桐葉編〜
「俺が、好きなのは…………」
そこまで口にした所で、恭也は不意に制服の内ポケットへと手を伸ばす。
そこから取り出されたのは着信を知らせるために震えている携帯電話であった。
ディスプレイに表示されている名前を見て、届いたメールを開く。
一方で恭也の言葉を待っていた一同は、良い具合に気勢を削がれて恨めしげに恭也の手にある携帯電話を見遣る。
その視線に気付いたのか、恭也は携帯電話から視線を外して全員を見渡し、もう一度口を開く。
「好きな人が居る事は居るし、その人と付き合っている。だが、誰かは秘密だ。
色々と事情があるんでな。これで勘弁してくれ」
そう言われれば、これ以上は流石に好奇心だけで聞くなんて真似も出来ず、
また殆どの者はそういう人が居ると分かって満足したのか、一人二人とこの場を立ち去っていく。
それでも中には数人、真剣だったらしい子も混じっているようで、
そういった子達は一様に落ち込んだ顔を見せているのだが、こればかりは仕方ない事だろう。
誰もいなくなった中庭で、ほっと一息吐く恭也の背後からそっと現れる一人の女性。
恭也の方も特に驚いた様子を見せず、後ろを確認する事無く名を呼ぶ。
「桐葉か。一体、いつから居たんだ」
「結構、最初から。だから恭也が鼻の下を伸ばしていた所もちゃんと見ていたわ」
少し面白くなさそうな顔をして恭也の隣に腰を下ろす桐葉に、恭也はそんな顔をしていないと反論するも、
その鼻先に携帯電話を突きつけられる。
「証拠の写真も撮ったわ」
機械が苦手な桐葉の言葉に別の意味で驚く恭也を見て、桐葉は勘違いをする。
「やっぱり鼻の下を伸ばしていたという自覚があったのね」
何処か冷めた眼差しで見詰めてくる桐葉へと恭也は弁解するように違うと否定の言葉を口にし、
すぐさま桐葉が機械を弄っているという事に驚いた事を説明する。
だが、それはそれで不満だったらしく、やはり桐葉の顔は不機嫌ではあった。
けれども先程とは違い、その顔は拗ねているもので恭也は思わず可愛いと思って見詰めてしまう。
じっと見詰められている視線に気付き、桐葉の頬に朱が差す。
「な、なに?」
思わず問い掛ける声も何処か上擦ったものであり、恭也もまたじっと見詰めていた事に気付かれ、
顔を若干赤らめながらも、誤魔化すように自分の携帯電話を掲げて見せる。
「いや、桐葉からメールが来たから驚いてな」
「それぐらい、私だってようやくだけれど覚えたもの」
「そうだったな。でも、他の機能はまだ使えていないみたいだけれどな」
「必要ないもの。それに恭也だって似たよなものじゃない」
桐葉の言葉にその通りではあるのだが、やや憮然とした顔で少しはましだとぼやきつつ桐葉から来たメールを開く。
「しかし、漢字変換は出来るようになったはずだと思ったけれど。
何故、ひらがなで送って来たんだ」
「だって急いでいたから」
桐葉からのメールを見る恭也の隣から、桐葉も少し身を寄せて覗き込む。
だが、自分で打ったものが送る途中で望む形に勝手に変わるはずもなく、ディスプレイに表示されているのは、
桐葉自身がさっき送った通りのままで、『ひみつ』とだけ書かれたメールであった。
正直、これだけで分かってくれた事を少し嬉しく思いつつ、桐葉は誤魔化すように髪を掻き揚げ、
腕が恭也の肩に触れ、頬を髪が掠めていく。
そこで二人とも互いの顔が物凄く近くにある事を知り顔を更に赤らめるも、だからといって離れる事もしない。
「そう言えば、他にも分からない機能があるんだけれど……」
言って桐葉は更に恭也に顔を近づけ、身体を寄せる。
殆ど恭也に寄り掛かるような姿勢にも、恭也は何も言わずにただ何をと尋ねる。
だが、桐葉からは中々続く言葉が返って来ず、また視線も携帯電話ではなく恭也の顔をちらちらと眺めている。
その仕草に苦笑を漏らしつつ、恭也の手は自然と桐葉の髪に伸びており、そっと撫でる。
その事に文句を言うでもなく、逆に目を細めて甘えるように恭也に更に寄り掛かる。
「桐葉の髪は本当に綺麗だな」
「そう、ありがとう」
そっけない返事ではあるが、頬は赤くなったままでその瞳は明らかに恭也の言葉に喜んでいた。
勿論、恭也もそれが分かっており、何度も桐葉の髪を撫でるように梳く。
剣を握っているからか、硬くごつごつしている恭也の手ではあるが、桐葉はその手で撫でなれるのが好きだった。
暖かく大きな掌を心地良く感じながら、桐葉は今の体勢が少し不満なのか腰を浮かせると恭也の首に腕を回す。
「ちょっと動かないでね」
一言断りを入れ、そのまま恭也の両足の間に入り込むと身体を横に向けて恭也の胸に頭を傾ける。
首に回していた手を離し、自由になった手で恭也の髪を触る。
「私ばかりじゃ不公平だから」
「いや、別に俺は……」
「私がやりたいのよ」
照れてそっぽを向きつつも、手はしっかりと恭也の髪を撫で上げる。
甘えるように無意識の内に恭也の胸に顔を埋めたり、目を細めて首筋に甘く噛み付く。
その度に見せる恭也の反応を楽しげに見上げる桐葉へと、恭也はお返しとばかりに喉や頬を撫で、
髪に顔を埋めたり、耳や首に同じように噛み付いたりする。
互いにじゃれ合い、その口元を綻ばせる二人。
流石に人前ではやらないが、普段の二人を知る者が見たら間違いなく驚くような光景であろう。
勿論、二人は周辺に人が居ないのを確認しているからこそ、ここまで気を許しているのだろうけれど。
「恭也、首はくすぐったいわ」
「ん、そうか」
そう返事を返しつつも、恭也は桐葉の首を指先でくすぐる。
身を捩り、恭也の指から逃れるように悶えるも、それが更に恭也の心を刺激するのか、止める気配を見せない。
我慢できずに桐葉は恭也の手首を掴むと、まだくすぐろうと伸ばしていた指に歯を立てる。
流石に本気で噛んだりはしないが、痛みを感じる程度には噛み付く。
やり過ぎたかと思い謝りつつも、恭也は噛まれたままの指を桐葉の口の中で更に動かす。
これには桐葉も驚いて指を離そうとするも、頭を押さえられ舌先を指で撫でられる。
恨めしそうに見上げた恭也の顔は楽しそうに笑っており、引き下がるのも癪だとばかりに逆に恭也の指を舐める。
今度は恭也が驚いて指を口から引き抜くのを受けて、桐葉は笑みを見せる。
やられたとばかりに改めて反省した恭也の指をハンカチで拭ってやり、やり込めた事に満足そうな笑みを浮かべる。
「本当にしょうがないんだから」
「反省している。流石に調子に乗りすぎた」
言い置いて優しく頭を撫でてやり、今度は真剣な顔付きで桐葉を覗き込む。
互いに無言のまま見詰めあい、どちらともなく目を閉じる。
ゆっくりと顔を近づけて、そっと唇に触れる。
「……恭也、次の授業私はさぼるから」
言って目を閉じる桐葉へと安心させるような笑みを返し、
「ああ、分かった。なら、俺も付き合おう」
そっと桐葉を抱き締める。
恭也の腕の中に包み込まれる感触を抱きながら、桐葉は安心して眠りにつくのだった。
その額に軽くお休みのキスをし、桐葉の寝顔を飽きる事なく眺め、ただ静かに見守るように付き添うのだった。
<おわり>
<あとがき>
今回は1050万ヒットでねこさんからのリクエストです。
美姫 「希望として、砂を吐きそうなくらい甘々の要望だったんだけれどね」
うーん、まだまだ甘さが足りないか。
美姫 「駄目駄目ね。砂を吐くまではいってないわよ」
やっぱりまだ足りないか。しかし、この二人で甘々は結構難しかった
美姫 「甘さが足りないけれどね」
ぐっ。ねこさん、こんな感じになってしまいました。
美姫 「甘さがまだ足りないかもしれませんけれど」
それでは、この辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
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