『An unexpected excuse』

    〜陽菜編〜






「俺が、好きなのは…………」

そのまま続けてすんなりと名前が出るかと思われたが、一端口を閉ざす恭也。
張り詰めていた空気が更に緊張感を増し、誰もが恭也の言葉を待つ中、ようやくぽつりと呟かれる。

「悠木姉――」

「むー、折角きょーの浮気現場を押さえて風紀シールを貼るつもりだったのに」

脹れた顔をした小柄な少女が恭也の後ろから現れ、その言葉に恭也は呆れたような溜め息と共に、

「誰が浮気だ」

と呟くのだが、その声は続いて聞こえた何かが落ちる音に消される。
そちらを振り向けば、最初に現れた少女よりも髪の長い、けれども顔立ちが似た少女が立っていた。

「あ、あはは、ご、ごめんね。何かお邪魔したみたいで。
 えっと、それじゃあ私は用があるから」

そう言うとすぐさま踵を返して走り出す。

「陽菜!」

その背中に向かって恭也は叫ぶが、陽菜は振り返りも足を止める事無く走り去る。
すぐさま後を追おうとする恭也に向い、彼の懸念を取り払うようにタイミング良く陽菜の姉、かなでが声を投げる。

「きょー、ここはわたしに任せてひなちゃんを!」

「助かる」

「ただし、ひなちゃんの勘違いをちゃんと解かないと風紀シール100枚だからね」

かなでの言葉に小さく手を上げて返すと、恭也は陽菜の向った方へと走り出す。
その背中を見送りと、かなでは満足そうに数度頷き、突然の事態に呆然となるFCたちへと声を掛けるのだった。



「陽菜、待ってくれ」

校舎裏まで走り、ようやく陽菜に追いついた恭也はその腕を掴んでこの短い逃走劇に幕を下ろす。
しかし、捕まった陽菜は弱々しい力ながらも抵抗を続け、恭也の手を振り払おうとする。
けれどもそう簡単に恭也の手は離れてくれず、ようやく諦めたのか大人しくなる。
恭也に背を向けて顔を俯かせたまま、陽菜はただ黙っていた。
恭也は何とか自分の方を向かせようとするのだが、頑なに背を向けるのを見てそれ以上の無理強いはやめ、
変わりに後ろからそっと手を伸ばして抱きしめる。
人の居ない校舎裏とはいえ、人目に付かないとは言い切れないこんな場所で、
まさか恭也がこんな事をするとは思ってもおらず、驚きいて思わず顔を上げる陽菜。
その目尻に光るものを見つけ、恭也は指でそれを拭ってやる。
その事で見られたと悟ると、陽菜は何とか笑顔を作り、

「ちょっと目にゴミが入っただけだから。もう大丈夫だから、ね。
 お姉ちゃんに見られたら、また……」

「あのな、陽菜。幾らなんでもその勘違いは酷いぞ」

まだ事態が飲み込めていないのか、混乱した様子の陽菜に今度は恭也も呆れたように溜め息を吐いてしまう。

「俺たちは恋人同士じゃなかったのか」

照れつつも恭也ははっきりとそう口にする。
そうしないと、陽菜は勘違いしたままだと思うからこそ、精一杯気持ちを込めて。
それが伝わったのか、単に恭也の口から出た言葉に照れたのか、陽菜もまた顔を赤く染め上げる。
暫し沈黙が二人を包み込むが、先に陽菜がそれを破る。

「でも、さっき好きな人を聞かれて恭也くんがお姉ちゃんって――」

「だから、そこが勘違いなんだ。
 あれは質問に答えたのではなく、悠木姉が悪戯しようとしたから注意しただけだ」

「そ、そうなんだ。そ、それなのに私ったら一人で勘違いして……。
 うぅぅ、恥ずかしい」

恭也の言葉から嘘じゃないと読み取ったのか、陽菜はさっきの自分の行動を思い出して、
今度は別の意味で顔を赤くさせる。
そんな陽菜を慰めるように片腕だけを離し、そっと頭を撫でてやる。
優しく撫でられ、ごつごつとした掌だけれども、陽菜は気持ち良さそうに目を細める。
が、そこで今の自分の状態を思い出し、またしても照れから顔を赤くする。
けれど、それを振りほどくことをせず、寧ろ回された腕にそっと手を添え、恭也にそっと凭れかかる。
背中に感じる心地良い温もりに身を委ねるように目を閉じる。
恭也は陽菜を抱きすくめたまま少しだけ移動し、下を覗き込まない限りは見られないように壁に凭れかかって座る。
後ろから抱かれたままの陽菜も同じように座る格好となるのだが、その場所は恭也の足の上である。

「改めて言うのは少し恥ずかしいが、俺が好きなのは陽菜だから」

「うん、私も恭也くんが好き」

身体を横に向け、陽菜も恭也の身体に腕を回してまた赤くなった顔を隠すように恭也の胸に押し付ける。
言葉の途中で声がくぐもってしまったが、恭也には聞こえていると信じて。
それを肯定するように、恭也の手が陽菜の髪に触れる。
その心地良さにまた目を閉じる陽菜であったが、すっと唇に触れた感触に驚いて目を開ければ、
顔を赤くして何故か空を見上げている恭也の顔が視界に映る。
思わず唇に指先で触れ、今更ながらに耳まで赤くする。

「い、今、恭也くん……」

言い掛けて恥ずかしさから言葉を飲み込む陽菜に、恭也はとぼけた振りをするも、決して目を合わせようとしない。
明らかに照れているのだと分かるその態度と、今まで何度と繰り返した行為故に、先程何をされたのか確信する。
小さく深呼吸を繰り返し、陽菜は恭也の頬に手を伸ばして左右に引っ張る。

「恭也くん、どうしてこっちを見てくれないの?」

「……別に意味はない」

陽菜の手をやんわりと振り解き、そう告げる間も視線は空を向いたままである。

「もう、人と話をする時はちゃんと目を見ないと駄目でしょう。
 それとも、私の顔なんて見たくない?」

悲しげな声でそう言われ、恭也はすぐに否定しながら陽菜へと視線を戻すために顔を俯け、
瞬間、恭也の視界の下を小さな影が過ぎり、唇に柔らかな感触が触れる。
思わず呆けてしまった恭也の胸に、飛び込むように顔を埋めて表情を隠そうとする陽菜。
恭也の目には陽菜の髪と、赤くなった耳だけが見えている。
同じように自分の顔も赤くなっているのだろうと感じながら、恭也は少し乱暴に陽菜の髪を掻き乱す。

「や、やめて、髪がくしゃくしゃになる」

恭也の暴挙を止めようと手を伸ばすのだが、顔を見られたくないのか恭也の胸に埋めたままでは、
手は空を掻くだけである。

「もう、恭也くんの意地わ――」

ようやく顔を上げて文句を口にするも、さっきまで振り回されていた手をそっと握られ、
思ったよりも近い距離で見詰められて言葉に詰まる。
対する恭也はただ口元に小さな笑みを浮かべ、乱れた髪を手櫛で整えて謝ってくる。
その間に陽菜も落ち着いたのか、握られた手を握り返し、互い違いに指を絡めるように繋げ直す。
二人は手を繋ぎ、居心地の良い静寂の中で寄り添い合うのだった。





<おわり>




<あとがき>

1150万ヒット〜
美姫 「おめでとうございます」
という訳で、ねこさんからのキリ番リクエストで陽菜でした〜。
まずは反省かな。あまり甘々にならなかったかも。
美姫 「確かにね」
まあ、学園内ではこれが限界という事で。
ともあれ、こんな形になりました〜。
美姫 「少しでも楽しんで頂ければ」
そして、ちょっとしたおまけを最後に。
美姫 「陽菜じゃなくて、かなでとのエピソードだから削除した分ね」
そういうこと〜。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で。また次にお会いしましょう」
ではでは。



「きょ〜、ひなちゃんに無理矢理迫ったっていう報告が来ているんだけれど?
 しかも、学園内で……。えぇ〜い、そんな人には風紀シールだ!」

その日の放課後、教室を出た恭也をかなでが捕まえて開口一番にそう口にする。

「ご、誤解だ! と言うか、俺たちの関係をお前は知っているだろうが!」

当然ながら全力で否定をすれば、かなではからからと笑い声を上げる。

「冗談だよ、冗談」

「その割にはしっかりと2枚ばかり貼られているんだが?」

言って恭也が指差すのは自分のブレザーの胸元。
そこには恭也の言うように、風紀シールが左右にしっかりと貼られていたのだった。







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