『An unexpected excuse』

    〜セイバー編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也が一旦言葉を切ると、まるでそれを見計らったかのように第三者の声が届く。

「キョウヤ」

声を掛けた主は恭也たちの前に姿を見せると、少し困ったような顔を見せる。

「もしかして、私は何か邪魔をしてしまいましたか?」

周囲の様子を見て何かを感じ取ったのか、小柄で美しい金髪の少女は恭也へと申し訳なさそうにする。
そんな少女に恭也は問題ないと告げると、ここに来た理由を尋ねる。

「はい、実はモモコが……」

そう言って大きな包みを軽く持ち上げてみせる。
今まで気付かなかったが、少女の手には風呂敷で包まれた何かが握られていた。

「それは?」

「はい、私の昼食です」

「あー、アルトリア? よく事態が飲み込めないんだが」

恭也が困ったように少女――アルトリアに説明を求める。

「あれはお昼になった時の事です。
 いつものように用意されているであろう昼食に心を弾ませてキッチンに入った私は、
 そこでありえないものを見たんです」

重々しく語り出したアルトリアに、思わず恭也たちは黙って事の推移を見守る。
正面から闘えば、恭也と美由希の二人を同時に相手にしてさえ余裕を見せるアルトリアの緊張した様子に、
ただ言葉を待つ一同。
一体何があったのかと聞く態勢の中、アルトリアは真剣な顔付きのまま続ける。

「何と、そこには何も用意されていなかったんです!」

ある程度予測していたとは言え、あまりにもな言葉にやはり恭也は疲れたような顔を見せる。
だが、危惧したような本当に恐るべき事態ではなかった事にこっそりと胸を撫で下ろし、晶とレンを見る。

「いえ、今日は桃子ちゃんが作るって言ってたんで」

「そうなんです、師匠。うちらが弁当を作っているのを見て、桃子ちゃんが。
 せやから、うちらも今日はセイバーさんの昼食は作ってなかったんです」

「まさか、桃子ちゃんが忘れたとか」

「そうなのか? いや、でもさっきかーさんの名前が出てたが……」

恭也の疑問に対し、アルトリアは頷くと更にその続きを話し始める。

「私が絶望を味わっていたその時、電話が鳴ったんです。
 それはモモコからで、昼食は翠屋に用意してあるので戸締りをして来るようにというものでした」

「という事は、翠屋に行ったんだな?」

「はい。そこでこれを渡されて恭也の所で食べるようにと」

嫌な予感をひしひしと感じつつも、この場合はアルトリアに全く非がないだけに何も言えずに黙り込む恭也。
そんな恭也を前にアルトリアの意識は既に手にした包みに注がれており、
早く食べたくて仕方がないという事がよく伝わってくる。
流石に家に帰って食べるように言うのは少し可哀想な気がして、恭也はとりあえずアルトリアを座らせる。

「……アルトリアは何も悪くないしな。しかし、少し来るのが遅かったんじゃないか?」

多分、いつも一人で食べているアルトリアを思い、一緒に食べさせようとでも思ったのだろうと考えた恭也は、
しかし、既に自分たちが食べ終わっている事を思ってそう口にする。
部外者が学校に入っているという事に関しては無頓着なのか、既に考えないようにしているのか、
とうに気にしていない辺り、恭也の思考もどうなんだろうか、という突っ込みをしたいのを堪える忍。
それぞれに色々と思う所がある中、完全に放置された形となったFCたちこそが、この場合は一番の被害者であろう。
が、恭也もそちらの事には気付かず、嬉しそうに包みを開けるアルトリアに目を細める。
包みを開けながら、アルトリアは少しだけ言い辛そうに、

「いえ、少し道に迷いまして。勿論、この学校の場所は知っています。
 知っていますが、途中に色々と誘惑が!」

「……あー、つまり昼時だから商店街から漂ってくる食べ物の匂いについふらふらと誘われてしまったと」

「なっ!? キョウヤ、幾ら私でも食い意地ばかりが張っているみたいな言われ方は心外です!」

「分かっている。他にも、つい店頭に並んでいたぬいぐるみか何かに気を取られ、
 恐らくは空腹で腹が鳴るか何かするまで時間も忘れて見ていたとかか。
 で、ふと我に返って急ぎここまで来たと」

「み、見ていたのですか!?」

その台詞で恭也の言葉が事実だと認めたアルトリアに対し、恭也はただ軽く肩を竦めて見せる。

「まあ、その辺は良いじゃないか。それよりも昼がまだなんだろう」

「ええ」

恭也の言葉に空腹を思い出し、アルトリアはようやく包みの中身、弁当箱を取り出す。

「おおー、これまたアキラやレンにも負けず劣らず美味しそうな」

弁当の中身を見て顔を輝かすアルトリアに、晶やレンも中身を覗き込み。

「うわー、さすが桃子ちゃん」

「ホンマやな。これはうちらももっと精進せな」

そんな二人の言葉に更なる期待を膨らませ、いざと箸を手にした時、一枚の紙が箸箱に添えられていた。
嫌な予感を感じた恭也が止めるよりも早く、アルトリアはその紙を開いて中を見て顔を紅くさせる。

「何が書いてあったんだ」

「いえ、こ、これは……。し、しかし、この通りにしなければ食べれないのなら……。
 いや、しかしマスターの手を煩わせるのも……。
 ああー、しかし是非とも味わってみたいという要求を抑えるのは難しく」

一人悩み出すアルトリアの手からその紙を抜き取り、恭也はそれを開ける。
その周囲で美由希たちも興味を持ったのか覗き込む。
そこには桃子の字で、

『恭也に食べさせてもらう事。翠屋アルトリアちゃん専用裏メニューよ♪ 桃子』

と、ただそれだけが書かれていた。
恭也は即座に手紙を握り潰し、それを見なかった事にする。

「あの紙はかーさんが入れ忘れた。もしくは、気付かなかったということで」

「それはできません! そのような卑怯な真似。
 ましてや、モモコに嘘を吐くなど!」

アルトリアらしい言葉に苦笑を見せつつも、ならどうすると問い掛ければ顔を紅くして固まる。

「あまり生真面目に考えなくても……」

「恭ちゃんに生真面目と言われてもね〜」

「確かに、どっちもどっちのような気がするわね」

「でも、セイバーさんは確かに恭也さんよりも考え方が堅いという感じはしますよね」

恭也の言葉を皮切りに、それまで事態を傍観していた美由希たちが話し始める。
それらを聞き流して恭也はアルトリアに食べるように促すが、アルトリアは意を決したように恭也に箸を差し出す。

「キョウヤ、お願いします」

「……いや、だから」

「お願いします。確かにマスターにこんな事を頼むのはサーヴァント失格かも知れません。
 しかし、私は是非ともモモコのご飯を食してみたい。あれだけ美味しいおやつを作る事の出来るモモコです。
 きっとこれも美味しいに違いありません。ですから、さあ!」

妙な気迫まで漂わせて箸を恭也へと差し出す。
その迫力に押され、渋々と恭也も箸を手にする。

「じゃあ、いくぞ」

「はい、お願いします」

まるで手合わせでも始めるのかというぐらいに緊張した面持ちで向かい合い、そう声を掛け合う二人。
おずおずと恭也はおかずの一品へと箸を伸ばして摘み上げると、それをアルトリアの口元へと運ぶ。

「あ、あーん」

「……こ、これは騎士たる私には屈辱。いや、それ以上にこう何やら恥ずかしいものが……」

「アルトリア、心情を解説してないで出来れば早く食べてくれるとありがたいのだが……」

「ああ、これは失礼しました。では、心して頂きます。
 あ、あーん」

おずおずと開けた口へと箸を運び込み、アルトリアへと食べさせる恭也。
一口口にしたアルトリアは目を閉じ、それを味わうように飲み下すとカッと目を見開く。

「こ、これは……。す、素晴らしい!
 流石はモモコです。この時代に来て、様々な食文化に触れて驚きの連続でしたが……。
 むむ、これはアキラやレンにも負けませんね。いや、寧ろ味の深さでは上ではないでしょうか」

アルトリアの感想に晶やレンも少しだけ嬉しそうに桃子の腕を自慢するも、
すぐに自分たちも追いついてみせると意気も高く宣言する。

「その時は、是非とも私に味見を」

味見役の約束も取り付け、更なる幸せを噛み締めつつアルトリアは恭也に注文を出す。

「キョウヤ、次はそちらの……」

「ああ、これだな。はい」

言って次のおかずをアルトリアへと食べさせる。
最初の一口により吹っ切れたのか、恭也はもう大人しく言われるがままにアルトリアの口へと料理を運び、
アルトリアは料理の美味しさから既に照れもなく、ただただ早く次をせがむ。
それはまるで餌をねだる雛鳥と、餌を与える親鳥のようでもあり、知らず微笑ましいものを見るように和む一同。
が、そんな中、完全に存在を忘れ去られていたFCたちが、ここに来て非常に遠慮がちに声を掛ける。

「あ、あのー」

その声に二人揃って我に返り、思わず赤面してしまう。
アルトリアなどは耳まで赤くして、隠れる事の出来る穴がないかと探し出す始末である。
慌てるアルトリアを落ち着かせつつ、恭也は少し記憶を辿ってすぐに何をしていたのかを思い出す。
忘れていたのを誤魔化すように咳払いを一つし、次いでFCたちへと顔を向けると、

「俺が好きなのは、ここにいるアルトリアだ」

そうはっきりと告げる。
何となく想像が付いていたのか、FCたちが吹っ切れたように引き上げる中、
アルトリアは恭也の言葉に、さっきよりも顔を真っ赤に、首まで染め上げる。

「な、なななな、何を突然!?
 た、確かにそうはっきりと気持ちをぶつけられるのは嬉しいですが、その、こんな大勢の前で!
 い、いえ、それが嫌というのではないのです! ないのですが、さ、さすがに恥ずかしいと言いますか……。
 うぅぅ」

指と指をツンツンと突付きながら俯くアルトリアに伝染されるように、
恭也もまた急に恥ずかしくなって視線を逸らす。
だが、俯くアルトリアの顔には照れている中にも、はっきりと言ってくれた事に対する喜びが表れていた。

「え、えっと、次はこれで良いか」

沈黙に耐え切れなくなった恭也がおかずを一品摘み上げてアルトリアへと持っていく。
まだ少し紅い顔を上げ、目の前にあるおかずを見詰めつつもアルトリアは幸せと言った顔を見せる。

「キョウヤの先程の言葉で今は胸がいっぱいです」

「……なら、この弁当はもういらないか。なら、残りは俺が全て頂くとしよう」

「いえ、あの、それは。
 折角用意してくれたモモコにも悪いですし……
 その……」

恭也の言葉に一転して慌てふためくアルトリアを見て、恭也は小さく笑みを浮かべる。

「冗談だ」

「むー。そうでした、貴方はそういう人でもありました」

拗ねるアルトリアに恭也は益々笑みを深めるのだが、それを見てアルトリアは更に拗ねる。
このままでは循環するかに思われたが、流石にこれ以上はアルトリアが本当に怒りかねないと判断し、
恭也は摘んでいたおかずをそのままアルトリアの方へと持っていく。
目の前に運んでこられたおかずを条件反射のように口にし、途端に頬を緩めるアルトリア。
思わずまた笑みを零す恭也にアルトリアは不機嫌ですよいう顔を作るも、すぐにそれは崩れてしまう。

「あ、あの、キョウヤ次はそれを……」

「分かった、これだな」

「ありがとうございます。……一応、私はさっきまで怒っていたんですが」

「でも本気で怒っていた訳じゃないだろう?」

「それはそうですが……。何となくずるいような気がします」

「何がだ?」

「ただでさえ美味しいご飯なのに、それをキョウヤがこうも甲斐甲斐しく食べさせてくれるんです。
 これでは私の怒りも長続きしないではないですか」

アルトリアの台詞に赤面し、思わずその頭を撫でる恭也。

「な、何をするんですか、突然」

その行為に文句を告げるも、アルトリアは目を細めて恭也の手を受け入れ、
寧ろ恭也が撫で易いように頭を少し恭也に寄せる。

「いや、アルトリアがあまりも可愛かったからつい。すまない」

「い、いえ、別に嫌という訳では。
 そ、それに私が可愛いなど……」

「いつも言っているけれど、本当にそう思ったんだ」

「……で、でしたら仕方ありませんね。
 どう思うかは個人によるでしょうし、そのキョウヤがそう言ってくれるのは私も嬉しい」

柔らかく微笑むアルトリアの頭をもう一撫ですると、そのまま手を頬に当てる。
アルトリアも恭也の手の感触を感じ取るかのように、自身の手をそっと恭也の手に重ねる。
恭也が少し身を乗り出すと、アルトリアはそっと目を閉じる。
微かに触れる唇の感触に小さな吐息を漏らし、閉じた目を開けるとアルトリアは照れた顔を隠すように俯く。

「えっと……、それでは次はそちらのを」

少し上擦った声ながらもそう告げるアルトリアの注文通りに、恭也はおかずを取り上げる。

「あーん」

「あ、あーん」

再びアルトリアは恭也に弁当を食べさせてもらい始める。
その顔は最初よりも幾分か和らいだものになっており、恭也の方もまた同様に穏やかな顔をしていた。
二人きりとなった中庭での午後の時間はゆっくりと過ぎていく。





<おわり>




<あとがき>

680万ヒットで、シグザウエーブさんからのリクエスト〜。
美姫 「セイバー編ね」
おう! ヒロインなのに今まで書いてなかったという。
美姫 「ようやくの登場〜」
リクエストありがとうございました。
ちょっとだけ甘く、ほのぼのとした感じで。
美姫 「そしてお約束の食べ物関係のネタという訳ね。
はいそうです。こんな感じになりました。
美姫 「それじゃあ、また次の誰かでお会いしましょう」
ではでは。







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