『リリカル恭也&なのはTA』
第14話 「気になるビデオレター」
「むー」
鏡に向き合い、じっと自分の顔を見詰める。
前髪が少し気になるのか、指先で何回か摘まんでようやく納得したのか指を離すと横を向き、今度は横顔を眺める。
「うーん」
更に回って鏡に後姿を映し出し、鏡を見るために後ろを見れば、当然ながら鏡に映る姿も振り返っており、後ろ髪の確認が出来ない。
と、一連の動作で少し髪が乱れたのか、鏡に近付くと手櫛で髪を梳き、そこに呆れたような声が掛けられる。
「フェイト、そこまで気にしなくても今日も可愛いってば」
「本当に? 何処か可笑しな所はない?」
「ないってば。この間は偶々だったんだし、恭也やなのはも気にしてなかったんだから良いじゃないか」
少し疲れた色を見せつつ、アルフは鏡の前で身嗜みを整えるフェイトを見ながら言う。
が、それがまずかったのか、フェイトは更に鏡と睨めっこを始めてしまう。
その様子をぼんやりと見詰めながら、事の元凶たる恭也に胸中で文句をぶつけるのであった。
事の発端は大した事ではない。
既に何度目かになるビデオレターが送られて来て、その内容というよりも恭也の一言が原因である。
その前に送ったフェイトのビデオレター内において、フェイトの髪に寝癖がついており少しはねていたのだ。
恭也は単にそれを指摘し、寝起きだったのかと尋ねてきた。
勿論、恭也にからかうつもりなどもなく、単に嘱託魔導師の試験の話を思い出し、頑張りすぎるフェイトの身体を心配しての事である。
遅くまで勉強していたため、寝起きでビデオレターを撮り寝癖に気付かなかったのではと。
実際、髪の指摘の後にフェイトの身体を心配した言葉をくれたのだが。
それを聞いたフェイトは顔を赤くし、送ったデータのバックアップがないかと部屋を探し回る騒動にまで発展した。
バックアップなどした記憶がない以上、逆にある方が可笑しな話であり、当然ながらそんな物は見つからなかったのだが。
あの時は丁度、クロノとの鍛錬を終えてシャワーを浴びた後で、偶々髪がはねていただけなのだ。
だが、指摘された事がよっぽど恥ずかしかったのか、今回は入念に鏡の前でチェックを繰り返している。
昔と違って良い傾向かもしれないと思いつつ、元来じっとしているのがどちらかと言うと苦手なアルフである。
ご主人様の変化を素直に喜びつつも、いい加減良いんじゃないかと少し思ってしまう。
とは言え、強引に止めさせたりしない辺りは、やはりアルフといった所だろうか。
ぼんやりとフェイトの行動を見守っていると、ようやく満足と言うか妥協したのか、フェイトは鏡の前から離れる。
それを見てアルフもビデオの操作をするべく立ち上がる。
こうして、フェイトからのビデオレターの撮影が始まる。
いつもと同じく挨拶から入り、近況を話す。
とは言え、公判中という事もあり、自由に外を出歩く事など出来ないために近況と言っても大して変わらない。
自室での勉強と偶に時間を作ってくれるクロノとの実戦形式の鍛錬。
後は時折、アルフが貰ってくる本を読んだりと、本当に変化がないなと自分でも思う。
それでも、フェイトは今の時間を充分に楽しんでいた。その事を拙くても必死に伝えようと画面の向こうに話す。
やがて、一通り話し終えると幾分緊張した面持ちで画面に向かい居住まいを直す。
「明後日、いよいよ嘱託魔導師の試験です。えっと、試験内容は幾つかの項目があるんだけれど、多分大丈夫だと思います。
最後の対戦形式だけはちょっと不安なんだけれど頑張ります。合否は次のビデオレターで伝えられると思うから」
えっと、えっとと何を言えば良いのか少し悩みつつフェイトは言葉を紡いでいく。
落ち着かせるようにアルフが声を掛けても、少し不安そうにアルフを見上げる。
どうも対戦形式に関して若干の不安があるらしい。相手がかなり高ランクだと聞いているかららしいのだが。
フェイトなら絶対に大丈夫と断言するアルフと、不安そうな顔で恭也たちに向かって絶対ではないと訴えるフェイト。
カメラは静かにその様子をしっかりと写す。
と、フェイトがカメラとアルフの間をおろおろと何度も顔を動かすものだから、髪が少し乱れる。
それに気付いたアルフが手を伸ばして髪を整えようとすれば、
「ま、また髪はねているの?」
フェイトはアルフよりも素早く自分の髪に触れ、僅かに乱れた髪を慌てて整え出す。
「あうあう。ち、違うんだよ、恭也さん、なのは。この前のも別に寝起きだったとかじゃなくて。
ちゃんと睡眠は取っているので大丈夫です。この間はシャワーの後だったから……。
こ、今回はちゃんとチェックしたのに。本当にちゃんと寝ています。無理はしていないから、信じて」
慌てた様子で髪を整えるフェイトを落ち着かせようとアルフがフェイトの肩に手を置き、静かな声で言う。
「落ち着きなってフェイト。別にはねてい訳じゃないから。単にさっきの動作で髪がちょっと乱れただけだよ。
大丈夫、もう直っているから」
「本当に大丈夫、アルフ?」
「うん、大丈夫だよ。いつもの可愛いあたしのご主人様だよ」
アルフの言葉にほっとしつつも可愛いといわれて照れて俯くと、虫の鳴く様な小さな声で反論する。
「か、可愛くなんてないよ。アルフ、別に気を使ってくれなくても良いよ」
「あたしは事実を言っただけだって。フェイトは可愛いんだからもっと自信を持ちなって」
「うぅぅ、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、可愛いってのはなのはみたいな子だよ」
「なのはも可愛いけれど、フェイトも可愛いって。もう本当に信じないんだから。
だったら、恭也やなのはにも聞いてみなよ」
「ええっ! そ、そんなのいいよ!
そんな返答に困るような事を聞いたら二人に悪いでしょう」
必死でアルフの口を押さえて黙らせようとするフェイトだが、当然ながらカメラは回ったままである。
それに気付いていないのか、もしくは小声で話しているつもりで聞こえていないと思っているのか。
どちらにせよ、後日届いた恭也たちからのビデオレターにはしっかりとその返事が入っており、
それを聞いたフェイトが顔を真っ赤にし、アルフの声も何処か遠くに聞こえるという状態になるのは後日である。
ともあれ、今はフェイトの必死の様子にアルフも諦めたように肩を竦め、改めて二人はビデオを正面から見詰める。
後はさっきも口にした健康に関しての話となり、心配してくれた事に感謝の言葉を口にし、ちゃんと体調管理している事を告げる。
それから恭也たちが送ってくれたビデオレターの感想や返事などをし、最後に小さく手を振る。
「恭也さん、なのは、またね」
フェイトの隣でアルフも同じように、こちらは大きく手を振ってビデオレターを締め括る。
そうしてビデオを停止させ、フェイトはほっと一息吐く。
次は魔法関連ではない方を撮る為に再び鏡に向かう。
「なのはの二人のお友達に変な所は見せられないしね。
アルフ、今度のは魔法関係の話は禁止だからね」
「分かっているよ、大丈夫だって」
フェイトの心配を笑顔で笑い飛ばし、アルフは次の分を撮る準備をする。
こうして、本日二回目のビデオレター撮影が始まるのだった。
∬ ∬ ∬
早朝の藤見台、士郎の眠る墓地よりも少し登ると見晴らしの良い場所へと出る。
そこから更に奥へと進めば、昼でも人の殆どこない草原が広がる。
今、そこに普通の人では認識できない実際の世界とを切り離す結界が張られていた。
その結果内に佇むのは恭也となのはの二人である。
二人とも立ったままなのは同じだが、腕を組んでじっと見詰める恭也に対し、見られているなのはは杖を構えて目を閉じている。
二人の距離はざっと十メートル程離れており、恭也の見ている中、構えた杖――レイジングハートになのはの魔力が満ちていく。
桜色の魔力が着実に力を溜めていく様子を具に見ながら、恭也はその魔力の量に驚く。
「我が妹ながら恐ろしいな」
【はい。魔力量だけで言っても、主様となのは嬢とではそれこそ天地程の開きがあります。
おまけに鍛錬を積んだという事もあるでしょうが、その構築にも目を見張りますね。
なのは嬢の持つレイジングハートの力もあるとは言え、本当に大したものです】
「良いパートナーに出会えたという事か」
【はい。主様と私と同じですね】
「そうだな」
恭也とグラキアフィンが会話する中でもなのははレイジングハートを中心に魔力を集め、その集中は乱れていない。
「しかし、欠点である魔力チャージの時間を縮めるのではなく、逆に一度に集める魔力の量を上げるとは」
【威力の底上げをまず優先ちしたようですね】
「まあ、本人もまだ検討中と言っていたから最終的にどんな形になるのかは分からないがな」
言っている内に魔力を集め終えたのか、なのはは目を開ける。
応じるようにグラキアフィンが一瞬輝き、結界が更に大きく広がる。
それを感じ取り、なのはは空へとつい先日考え付き、レイジングハート協力の下編み上げた魔法の試射を行う。
「行くよ、レイジングハート」
短い肯定の言葉に力強く頷き返し、なのはは自身の持つ魔法の中で最も威力を持つ魔法、スターライトブレイカーを放つ。
なのはを中心にドーム状に広がった魔力が一瞬で収束し、レイジングハートの先端から一直線に放たれる。
その威力の大きさに恭也が呆れる中、なのはの放ったスターライトブレイカーは宙を切り裂き、結界に当たって消え去る。
その筈であったのだが、何故か結界を貫き空へと伸びていく。
いや、ただ貫くだけではない。どのような作用が働いたのか、砲撃が当たっていない箇所にも皹が入り、修復される間もなく、
あっという間にガラスの割れるような音を立てて結界が綺麗に破壊される。
「あ、あれ〜? 可笑しいな、わたしの考えだとあそこまで距離が出れば威力が落ちて結界に当たって打ち消されるはずなのに」
「ふむ、詳しくは分からないが構築に問題があったのではないか?
確か魔法を使用する上ではかなり重要なんだろう」
「うーん、実はわたしもよく分かってないんだよね。
理論とか難しい事は勉強してないし。何となく、こうしたらこうなるみたいな?
それで今回もやったんだけれど、可笑しいな。魔力チャージには問題はなかったし、威力も計算通りだったのに」
兄妹二人で首を傾げる中、デバイスはと言うと。
【レイジグハート、なのは嬢に魔法の基礎理論は説明していないのですか?】
【基本の部分は一応軽く教えました。
ですが、マスターはどちらかと言うと実戦タイプですので、実際にやってみる方が早いと思いまして。
今回に関しても構築等に問題はありませんでした。ただ、どうやら結界破壊の効果が付与されたみたいで……】
「感覚で魔法を構築するからそんな事になるんだ」
と、不意にここには居ないはずの声が聞こえてくる。
見れば、恭也たちの目の前に憮然としたクロノの顔が浮かび上がっている。
今回、少し大きめの魔法を使うという事で結界を張る必要もあり、事前にクロノたちの許可を得ていたのだ。
結界に関してもグラキアフィンの補助をしてもらっていた。
故に今の結果に関してもしっかりと目撃されており、言い訳はできないであろう。
「全く、事後処理を考えると頭が痛いよ。朝も早いとあって目撃者が少なかったのが救いだよ」
言葉通りに頭を押さえるクロノになのはは謝罪しつつ、また何かを思いついたような顔で考え込む。
その邪魔をしないように沈黙するレイジングハートであるが、当然、クロノは黙っているわけにはいかない。
「なのは、君の魔法の才能が高いのは分かったが、くれぐれもその世界には魔法が存在しないという事を忘れないでくれ。
頼むから次はもっと控え目な魔法を頼む」
「あ、あはははは、気をつけます」
控え目な魔法ならわざわざ許可を取る必要もないだろう、などとこっそり思いつつも、
恭也は後の処理を行うクロノの事を慮り黙っておく事にする。
恭也と同じ事を思ったグラキアフィンもまた口にはせず、先程のなのはの魔法を思い返しアドバイスできる事を探す。
クロノとしてはまだ小言を言い足りない所ではあるが、すぐに後処理をしないといけないという事もあり、軽く挨拶すると通信を切る。
映像が消えるとなのはは胸を撫で下ろすように一つ大きく息を吐き出し、見ていた恭也に誤魔化すように笑顔を向ける。
「にゃははは、失敗しちゃった」
「そうだな。とは言え、一概に失敗とも言えないだろう。
結界を破壊できるようになったんだしな」
「それはそうなんだけれど、思った通りではなかったよ」
「そこはまだまだ精進が足りないって事だろう。何事も最初から上手く行く訳ではないさ」
なのはを慰めると、今日の早朝鍛錬の終了を口にする。
まだしたい事があったんだけれど、と言いつつも流石に今日は大人しく終わる事にする。
何より、予想外の小言で時間を取ってしまった。今からすぐに帰って学校へと行く準備をしないといけない。
恭也となのはは来た道を軽くランニングを兼ねて走って戻るのだった。
つづく、なの
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