『風に乗せた言葉』
日も暮れかけた海鳴臨海公園の一角。
周囲に人気もないベンチに一人座り、誰かを待っているのは高町恭也であった。
そんな恭也の元へ、シルバーブロンドの女性が近付いてくる。
女性は親しげに片手を上げて恭也へと呼びかける。
「悪いね、待たせてしまったかい?」
「いえ、大丈夫ですよリスティさん」
「そうか、それなら良かった。しかし、大学生ってのは暇なのか?」
「いきなり呼び出しておいて、それは随分な言い方ですね」
苦笑めいた表情を見せながら告げる恭也に、リスティはあっけらかんと笑い飛ばす。
「あははは、ごめんごめん。いきなり呼び出したのに、すんなりと承諾したからさ」
「今は夏休みですからね」
「そう言えばそうだったね。さて、早速だけど本題に入るよ」
恭也の隣に腰を下ろすと、やや真剣な顔付きに変わって話を切り出す。
リスティの雰囲気に合わせるように、恭也も顔付きを変えるとその内容に耳を傾ける。
「と言っても、そんなに堅苦しいものじゃないんだけどね。
今度、ゆうひがチャリティーのコンサートツアーを終えてこっちに戻ってくるみたいなんだ」
「そう言えば、フィアッセもそんな事を言ってましたね」
「そうか。確か、フィアッセはこっちじゃなくて向こうに戻るんだったよね」
「ええ。向こうで幾つかする事があるみたいで。
ティオレさんと一緒に向こうに戻るみたいですね」
何をしにとも聞かず、二人の間に暫しの沈黙が降りるがそれを振り払うようにリスティは話を再開させる。
「それで、ゆうひがこっちにいる間だけで良いから、恭也に護衛をしてもらえないかと思ってね」
「俺が、ですか?」
「ああ」
「ですが、護衛ならちゃんとした人に頼んだ方が…」
「まあ普通ならそうだろうけどね。でも、僕は恭也に頼みたいんだ。
それに、君もこっちの道に進む気があるんだろう」
「漠然とですが、それも考慮してます」
「だったら、いい経験だと思ってさ。
さっきも言ったように、そんなに堅苦しく考えないで良いから。
多分、大丈夫だとは思うんだよ。ただ、あんな事件があった後だからね。
万が一の保険ってことさ。
君はまだその道のプロじゃないけれど、腕は確かだからその万が一が起こった時にも安心できるしね。
ゆうひもそんな護衛だなんだが周囲にいるよりも、知り合いの方が落ち着けるんじゃないかって思うし」
言って恭也の顔を見ると、もう一度恭也にとって良い経験になるんじゃないかと駄目押しするように呟く。
恭也は少し考えた後、リスティの提案を受け入れる。
これにより、今後、ちょくちょくとリスティからの依頼が来る事になるなどとは、
この時点では想像も出来ない事であったが。
ともあれ、恭也の了承を得たリスティはゆうひが駅に着く日時を告げるとベンチから腰を上げる。
「それじゃあ、頼むよ。ああ、ゆうひには護衛だという事は内緒でね。
まあ、ばれても問題ないけど知らないほうが良いだろうし。単に知人が迎えにって事で。
実際、当日は宴会の準備で迎えに行ける者もいないしね」
「ええ、分かりました。それじゃあ、また」
恭也も立ち上がってリスティへと挨拶をすると、二人はその場で別れる。
◇ ◇ ◇
ゆうひが海鳴へと戻ってくる日、恭也は予め聞いていた時間よりも早く駅へと行くと、ゆうひが着くのを待つ。
電車が到着し、待つ事しばし。
恭也は駅から出てきたゆうひを見つけて近付く。
「こんにちは、椎名さん」
「おおー、こんにちはや恭也くん。そっかそっか、迎えというんは恭也くんの事やってんね」
「聞いてなかったんですか」
「リスティが楽しみにしておけって言うからな。
誰が来るんかと楽しみにしてたんよ。大穴としては知佳ちゃんやってんけどな」
「仁村さんの妹さんでしたね。残念ですが、戻られてはいないみたいですよ」
「そっか。それは残念やけどしゃあないな。まあ、恭也くんが来てくれたから良しとしておこうか。
ほな、行こうか」
行って恭也の腕に腕を絡めようとするゆうひに、恭也は顔を赤くしながら後ろに下がる。
「し、椎名さん!」
「あぁーん、恭也くんがうちを避けた〜。
うぅ、うちめっちゃ悲しいわ」
「あ、す、すいません。で、ですけど…」
「あはは、冗談や、冗談。相変わらず恭也くんは真面目さんやな」
笑う椎名に恭也もそれ以上は強く言えず、ただ肩を竦めてゆうひの荷物を持つと歩き出す。
その後を慌てたようにゆうひが追う。
「待ってぇなぁ。怒った?」
「いえ、怒ってませんよ。それよりも、早く行きましょう。
皆さんも待ってますから」
「そうやね。ほな、さっさと行くとしますか!」
やたらと元気なゆうひに小さく微笑を溢しつつ、恭也はゆうひと並んで歩き出す。
その後は言うまでもなく、さざなみでの宴会へと突入し、恭也は逃げたくとも護衛という名目上、
逃げる事が出来ずに参加する事となるのであった。
幸いだったのは、ゆうひも酒に弱く無理に勧められる事がなかったことか。
宴会は主賓であるはずのゆうひが隅にいるのにお構いなく、真雪とリスティによって盛り上がる。
それらを眺めながら、ゆうひは楽しそうに笑い、時に突っ込みを入れていた。
ゆうひの横で歌う時とのギャップを改めて感じつつ、恭也は静かに食事をする。
「恭也くん、楽しんでる〜」
「はい、楽しんでますよ」
「やったら、もっと笑わなあかんよ〜」
言って恭也の頬を両側から引っ張るゆうひ。
「椎名さん、酔ってます?」
「まさか〜。うちは飲んでへんよ」
「…ですよね」
酔ってないのにテンションの高いゆうひに何とも言えずに黙り込む恭也に、ゆうひは大声で笑う。
「ほらほら、恭也くんももっと楽しまなあかんで〜」
「はぁ。あ、それよりも、椎名さんは明日は何か予定ありますか?」
「予定? もしかして、恭也くんがデートに誘ってくれるんか〜」
「いえ、そうじゃなくてですね」
「なんや、つまらんな。デートに連れて行ってくれたら、フィアッセに自慢するのに」
溜め息を飲み込むと、恭也はゆうひの予定を改めて尋ねる。
「んー、特になんもないけどな。
まあ、翠屋には行こうと思ってたけど」
「そうですか。じゃあ、俺も一緒に行っても」
「なんや、やっぱりデートのお誘いか? もう、恭也くん相手やったらいつでもオッケーよ」
「いえ、ですから。はぁ。もう、それで良いです。
ただ、特に予定もなく街を歩かれるのでしたら、荷物持ちも兼ねて案内でもと思っただけですから」
「あははは、そんなに拗ねんでも良いやんか。
それに、やっぱりそれってデートと変わらんで〜。
まあ、恭也くんは優しいからな。そやね、それやったら頼もうかな」
「分かりました。何時ごろ、伺えば良いですか?」
「そやね〜」
二人のそんなやり取りを真雪が面白そうに見ていたが、リスティから事情を聞いているのか、
それに関して二人に絡む事もなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、ゆうひを迎えに行き、街を散策した後、当初の目的であった翠屋へとやって来た二人は、
空いていた席に腰を下ろして、それぞれに注文を済ませる。
「うーん、やっぱり翠屋さんのシュークリームは最高やね」
「ありがとうございます」
「これで、ようやく海鳴に帰ってきたって気がするわ。
やっぱり、耕介くんの料理とこのシュークリームを食べんと帰ってきたいう実感がな〜」
ゆうひの言葉に恭也は何処か嬉しそうにしつつ、コーヒーを口にする。
「しかし、恭也くんも甘いもんが苦手なんて人生の何割か損してるで〜」
「そんなにですか」
「せや。やっぱり、疲れた時には甘いもんやろう。
歌った後にも甘いもん、頭を使った後にも甘いもん。
勿論、食後のデザートにもな。ほら、こんなにもいっぱい」
「それは言い過ぎですよ。第一、そんなに甘い物ばかり食べていたら太りますよ」
恭也の言葉にゆうひは大げさに仰け反ると、恐ろしいものを見たように恭也を見遣る。
「きょ、恭也くん、それはゆったらあかんで。禁句やで、禁句。
うぅぅ、何て恐ろしいことを。そないな事を言われたら、うちはもう甘いもんが食べれんやないか……」
そんなゆうひの言葉に、恭也はからかうようにゆうひの目の前にある食べかけのシュークリームを指差す。
「それじゃあ、それはもう食べないんですか」
「……それはそれや。やっぱり、折角出されたもんを残すんも悪いしな」
「太る心配はもう良いんですか?」
「ッ! あかんで、恭也くん。なんや意地悪や。
うぅぅ、恭也くんがそんな事言うやなんて、ひょっとしてうちは太ってしまったんとちゃうか……」
がっくりと肩を落とすゆうひに、大げさなと思いつつも恭也は何とか言葉を選ぶ。
「すいません、からかい過ぎました。ゆうひさんはそんなに太ってませんよ」
「そんなにって事は、ちょっとは太ってるんやね。やっぱりぃぃ。
うぅぅ、やっぱりコンサートツアーの時に、寝る前に食べてたケーキがあかんかったんやろか」
「毎日食べてたんですか!?」
「毎日ではないけどな」
驚く恭也にゆうひは力なく答える。
本格的に落ち込みそうなゆうひへ、恭也は必死に言葉を投げる。
「大丈夫です。ゆうひさんは全然、太ってませんから」
「そないな事言って、うちを油断させて太らせる気なんや〜」
「いえ、そんなつもりはないですから」
「うぅぅ、本当に」
「ええ」
「じゃあ、もし太ったら恭也くんが責任取ってな」
「責任ですか」
「そや!」
「分かりました」
「えっ!」
あっさりと告げられた言葉に、言ったゆうひの方が慌て出す。
それを可笑しそうに眺めつつ、恭也は至極真面目な顔で淡々と告げる。
「責任を持って、ダイエットできる一日の運動メニューを考えます」
「……あはははは〜。やるなぁ、恭也くん。
うんうん、恭也くんも成長してるんやね。いやー、ゆうひさんも一本取られたわ〜」
僅かに顔を上気させて笑うゆうひに、恭也は何の成長ですかとぼやきつつも一応、
礼を言う辺り、かなり難儀な性格ではある。
と、ひとしきり笑った後、ゆうひは恭也の頬を摘んで引っ張る。
「でもな〜、あんまりお姉ちゃんをからかうもんやないで〜」
「ゆ、ゆうひふぁん」
ゆうひの腕を掴み、何とか離そうとする恭也だったが強くも出来ずにゆうひが満足するまで頬を引っ張られる。
ようやく解放された頬を押さえつつ、恭也はブツブツと文句を溢すのだった。
◇ ◇ ◇
その翌日も、そのまた翌日も恭也は何かと理由を付けてはゆうひと共に行動し、
ゆうひもまた恭也をあちこちへと連れまわす。
一度、忍の家へと連絡もなしにゆうひを連れて行った恭也は、
ノエルに案内されて入ったリビングで、驚きのあまり言葉をなくして立ち尽くす忍を見て小さく笑う。
悪戯が成功したと微笑する恭也は、後に妹たちに珍しいものを見れたと語るが、
ゆうひに会えた忍はそれに怒る事はなく、その後数日の間は始終ご機嫌だったとか。
そして、ゆうひが海鳴に滞在する最終日、ゆうひはいつものように恭也を連れて臨海公園へと足を伸ばしていた。
「うーん、日が長いとは言っても、流石にこの時間やと日も落ち始めてるな〜」
「そうですね」
静かな園内を二人で歩きながら、言葉も少なくただ足を動かす。
と、不意にゆうひが足を止め、それに合わせて恭也も足を止める。
思いつめたような顔に、力強い瞳で恭也を見詰める。
「なあ、恭也くん。ここ数日、ずっとうちに付き合ってくれたやんか」
「はい」
「それって、リスティにうちの護衛を頼まれたからやんな」
ゆうひの質問に無言でいる恭也へ、それを肯定と受け取ったゆうひは肩から力を抜いて背中を向ける。
腕を大きく伸ばし、背伸びをするようにしながら話し始める。
「やっぱりそうか〜。まあ、何となくそうちゃうかとは思っててんけどな」
「すいません」
「いや、別に恭也くんが謝ることとちゃうし」
慌てて恭也へと振り返り、手を大きく振って恭也をフォローする。
「ただな、うちは恭也くんと一緒に出掛けるんが楽しかったから、だから一緒に居たいと思ったんや。
けど、恭也くんは仕事とまではいかんでも、頼まれたからうちとおってんなーって思ったらな」
ゆうひが寂しげな顔を見せると、恭也の胸はまるで見えない手に掴まれたように痛みを訴える。
そんな顔を見たくなくて、笑っていて欲しいと思い、口を開こうとするが言葉は出てこない。
それでも言葉を探す恭也へと、ゆうひが先に口を開く。
「…一緒に出かけているうちに、うちはちょっと気付いた事があってん。
気付いたというよりも、そうなってしもうた。
フィアッセには悪いと思って、最初は諦めようかと思ってんけどな。
でも、そんなんはうちらしいないってフィアッセに昨日、電話で怒られてもうてな。
断られるかどうかは別として、これだけはちゃんと伝えようと思ってな。
聞いてくれるか」
何となく予感めいたものを感じつつ、恭也は静かに頷く。
そんな恭也をじっと見詰め、夕日のせいだけでない赤さに顔を染めつつ、
ゆうひは静かに風になびく髪をそっと押さえながら、ゆっくりとその言葉を口にする。
「うちは恭也くんのことが好きになってしまったみたいや」
先程よりも顔を真っ赤にするゆうひを見て、恭也は純粋に綺麗だと感じる。
同時に、自分の鼓動が早くなり、掌に汗を掻いていることも。
胸が苦しさを訴えるが、それは嫌な感じではなくむしろ。
そして、恭也も自分の気持ちに気付く。
いや、気付かない振りをしていたのをしっかりと見る。
ゆうひにどう答えるか考える恭也の前で、ゆうひはやや目を伏せつつも、恭也の顔をしっかりと見据えると、
はっきりとした声で、自分の気持ちをはっきりと言葉に乗せて恭也へと届ける。
「恭也くん、うちと付き合って!」
そこまでゆうひに言わせてしまった事に少し後悔を抱きながら、恭也の返事を恐々と待つゆうひに一歩だけ近付く。
顔を真っ赤にして俯くゆうひに対する恭也の答えは既に出ており、それを伝えるべく、
恭也もまたその口を静かに開き、その言葉を口にして風に乗せてゆうひの耳元へと届ける。
返事は勿論…。
おわり
<あとがき>
久しぶりの短編は、450万ヒットリクエスト〜。
美姫 「Mr.Kさん、ありがとうございます」
少し遅くなりましたが、ここにお届けを!
美姫 「恭也Xゆうひです」
多分、ほのぼのとしているはず……。
美姫 「この後の二人はどうなったのか」
それは皆さんのご想像にお任せ〜。
美姫 「こんな感じですが」
いかがでしたでしょうか。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺りで」
ではでは。
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