『高町家新年会』
「皆さん、明けましておめでとうございます」
「くぅ〜〜ん」
「皆、おめでと〜」
「皆様、おめでとうございます。昨年は忍お嬢様共々、大変にお世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願いいたします」
新年の挨拶をしながら、高町家と入ってきた三人と一匹に、桃子が真っ先に返事を返す。
「那美ちゃん、忍ちゃん、ノエルさん、久遠、おめでと〜」
「おめでとうございますー」
桃子に続き、残る家人も次々に挨拶をする。
毎年恒例の、何処でも見られる光景。
ここ高町家でも、それは変わらず、ただ、昨年との違いは、新たな顔ぶれが数人加わっていることだった。
それはさておき、本日、こうして集まったのは、新年会が行われるからであった。
かくして、客人たちも各々の席へとついた所で、新年会という名の下に、無礼講という宴会が幕を開けたのだった。
◇ ◇ ◇
「さ〜て、それじゃあ、隠し芸でもやってもらおうかな〜」
良い感じに出来上がりつつある桃子のこの一声に、若干一名ほど慌てる。
「も、桃子さん、それは私もするんでしょうか」
「勿論、美沙斗さんもですよ〜」
「し、しかし、私は……」
「何だったら、私と一緒に歌でも歌います〜?」
桃子の言葉に、首を横に振る美沙斗の横で、晶が立ち上がる。
「よっしゃー! じゃあ、俺からいきます!」
晶はそう言うと、宴の席の前に空けられたスペースへと出て行く。
そこには、敷物の上に瓦が何枚も積み重ねられていた。
「去年は20枚だったので、今年は30枚に挑戦します!」
「良いわよ〜、晶ちゃん〜。いけいけ〜」
ご機嫌な桃子に答えつつ、晶は目を閉じて、すっと息を深く吸い込む。
そして、ピタリとその動きを止めると、かっ、と目を見開き、息を一気に吐き出しながら、己が拳を瓦へと打ち下ろす。
拳は、見事に目の前の瓦を全て叩き割ったのだった。
途端に拍手が飛び交い、それに照れつつもお辞儀をしながら、晶は席へと戻る。
「恒例の晶ちゃんの瓦割りね。もう、これを見ないと、年が明けたって気がしないわ。
晶ちゃん、来年は、40枚に挑戦ね〜」
「はい、任せてください桃子さん」
そんな会話の横で、美沙斗が軽く頷き、
「なるほど。ああいうので良いのなら……」
美沙斗は皆の前で歌うよりはと決断をして、立ち上がる。
「では、次は私が」
「きゃ〜、美沙斗さん、頑張ってね〜」
桃子の声援に苦笑しつつ、美沙斗は前へと出る。
それを不安そうに見つめる美由希と目が合い、ふっと笑みを浮かべる。
「美沙斗さ〜ん、一発ガツーンとお願いしますね〜」
テンションの高い桃子に呆れつつ、恭也は隣に座る忍にそっと声を掛ける。
「一体、かーさんにどれぐらい飲ませたんだ」
「失礼ね〜。まるで、私が飲ませたみたいじゃない」
その言葉に、恭也はこの場にいる者たちをぐるりと見渡し、もう一度忍へと視線を戻すと、徐に口を開く。
「この中で、そんな事をするのが、お前以外に浮かばないんだが」
「酷いよ、それは。まあ、否定はしないけどね」
「……しないのか」
半ば呆れつつ言う恭也に、笑みを見せつつ忍は続ける。
「でも、今日はまだ勧めてないんだけど」
「……あー、それはつまり、あれか。
かーさんは……」
「そう。素面って事。まだ酔ってない」
流石の忍も苦笑しつつ、そう告げる。
その解答に、恭也は少し頭を押さえるのだった。
一方、そんな恭也たちの会話など露知らず、美沙斗は紙を一枚取り出し、次いで小太刀を取り出す。
「まさか、兄さんに冗談半分で教えられたこの技が、実際に役に立つ日が来るなんて……」
そう呟きつつ、美沙斗は紙を二つに折り、その間に小太刀を入れる。
「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十二枚……」
そうして、どんどんと斬られていく紙。
その技を見ながら、桃子は懐かしそうに呟く。
「ああー、士郎さんもよくそれをしてたわ〜」
「そうなの、恭也」
その呟きに、忍が恭也へと尋ねると、恭也は一つ頷き、遠くを見るような目になる。
「旅先で旅費が尽きた時に、たまに大道芸としてやってたな」
「あ、あはははは」
その答えに、那美がどこか引き攣ったような笑みを見せる。
その間にも、紙は切られ続け、128枚となっていた。
そして、その切れた紙片を突如、空中へと投げ、小太刀を振り回す。
空中を舞った紙片が、残すことなく二つに斬られ、地へと降りる中、美沙斗はそっと小太刀を鞘へと戻しつつ、
「128枚が、256枚」
言い終えると同時に、小太刀を完全に鞘へと収める。
「きゃ〜、美沙斗さん、最高。士郎さんと変わらない腕ね〜」
嬉しそうに言う桃子の言葉だったが、美沙斗は少し複雑そうな顔をしていたのだった。
その後、那美の神楽舞、レンの棍による演武などと続き、次に美由希が立ち上がる。
その美由希に、恭也が声を掛ける。
「美由希、去年のように、本を一冊丸々朗読は止めてくれよ」
「わ、分かってるよ。流石に、あれは失敗だったと反省をしたんだから。
今年は凄いんだからね。今の言葉を、恭ちゃんが泣いて謝るぐらい凄いものを見せてあげるよ」
自信満々に言い放つと、美由希は前へと出ると、曲が流れ始める。
チャラララララ〜ン チャララララララ〜ラ
「まさか、マジック!?」
レンの驚いた声に、美由希は不適に笑うと、一本のステッキを取り出す。
その両端を握り、すっと動かすと、スッテキの半分から先が花に変わる。
「わぁ〜、美由希さん、凄いです」
素直に感心する那美と美沙斗に対し、他の者は何と反応したら良いのか困ったような顔を見せる。
そんな者たちに、美由希は人差し指を2、3度振ってみせる。
「これは序の口。本番はこれからだよ」
そう言って何もない左手を見せ、軽く握る。
次いで、人差し指と中指だけを立てると、その間にボールが現れていた。
次いで、薬指、小指、親指と立てていき、その都度、二本の指の間にボールが現れる。
左手に4つのボールを出した美由希は、それを左手の中へと仕舞い、再度、手を開くと、ボールは全て消えていた。
これには、恭也たちも少なからず感嘆の声を上げる。
それに気を良くしつつ、美由希は更に不適な笑みを見せる。
「ここまでは、ただのウォーミングアップ。ここからが、いよいよ本番だよ」
そう言って、部屋の外から縦に長い箱を持って来る。
「これが本日のメイン。人体切断マジック!」
意気揚々と言う美由希に、恭也たちから更なる感嘆の声が飛び出る。
そんな中、美由希は箱を開いてみせる。
「ご覧のように、種も仕掛けもありません。それじゃあ、恭ちゃん、この中に入って」
美由希に言われ、恭也は前へと出て行く。
美由希は、出てきた恭也の手を取り、その箱の中へと入れる。
「あ、この穴から手を出して」
準備が済んだ美由希の横には、箱から首から上と左手首より先、そして、両足の脛より下を箱から出した恭也がいる。
美由希は箱と同じ横幅を持つ金属板を取り出す。
「これは、先が刃物になってまーす」
そう言いながら、その切れ味を証明するように、大根をそれで切ってみせる。
「これで、今から恭ちゃんの身体を二つに分けます」
『おおー』
ギャラリーの声援に答えつつ、美由希はそっと恭也の腹位の位置にある切れ目にそれを入れる。
少しずつ入って行く板が、途中でその動きを止める。
「美由希、少し痛いんだが……」
「無問題! ここから一気に行くよ〜」
「いや、かなり本気で痛いんだが」
「大丈夫。痛いのは最初だけだよ。後から、その痛みが快感に」
「何の話をしてる! 何の!」
そんなやり取りに笑い声を出す桃子たち。
どうやら、桃子たちは恭也は協力者だと分かったようだった。
「何だ、恭也は自分で芸をするんじゃなくて、美由希ちゃんと協力だったんだ」
「まあまあ。それでも、恭也さんがこんな事をするのは珍しいんですから」
そんなギャラリーの言葉を余所に、美由希は板を無理矢理押し込もうとする。
「この馬鹿、ちょっと止めろ」
「大丈夫。全て私に任せて」
「任せてられないから、止めろと言ってるんだろう」
「口ではそう言ってても……」
「えーい、馬鹿者」
このままでは埒が明かないと感じた恭也は、忍たちの方を見る。
「こういった事に一番詳しそうな、忍、ノエル。
こういった奴には、大概、入った者には仕掛けが分かるようになってるんだよな」
「え、まあ全部が全部って訳じゃないけど、美由希ちゃんみたいな素人がするんなら、
多分、そういった仕掛けの分かるような箱だと思うけど。
だから、事前に打ち合わせをしていた恭也が、そこに居る訳でしょう?
……って、まさか」
話している途中で、忍は嫌な予感を感じて尋ねる。
それに頷きつつ、恭也が叫ぶように言う。
「事前の打ち合わせなんかしてないぞ。更に言えば、俺は本当に立っているだけだ。
もっと言えば、本気で痛い」
この言葉に、全員が美由希を見る。
美由希はそれを受けて、本当に不思議そうな顔をする。
本気で分からないといった顔をする美由希に、恭也が告げる。
「美由希、残念だが俺の身体は、この仕掛けに収まっていないみたいだぞ。
出来れば、いや、直ちにやり直しを求める」
そんな恭也の言葉に、美由希は何を言ってるのと言わんばかりに笑みを見せて言い返す。
「始めに言ったじゃない。種も仕掛けもありませんって」
「……ちょっと待て! そう言いながらも、実際は種も仕掛けもあるもんだろうが!」
「あははは〜。またまた、冗談ばっかり。大丈夫だって。この間見たテレビでは、上手くいってたんだから。
こうして、何もない箱に入れられて、真っ二つにされた人がちゃんと無事に出てきたんだから」
言いながら、美由希は板を押し込もうとする。
「ば、馬鹿か! あれはちゃんと仕掛けがあるに決まってるだろう!
って、無理に押し込むな! 痛いだろうが!」
「誰が馬鹿なのよ。恭ちゃんこそ、馬鹿なことを言って。
だって、テレビに出ていたマジシャンも、種も仕掛けもないって言ってたよ。
それに、実際に箱の方にも種も仕掛けもなかったし」
「だ、だから、それは、って、痛いと言ってるだろう」
そんな二人のやり取りを眺めつつ、忍が呆然と呟く。
「ああー、確かにこのままだと恭也が泣いて謝るかも……。別の意味で」
「忍お嬢様、そのようなことを仰ってて宜しいのでしょうか。
このままでは、恭也様の身体が本当に二つに分かれてしまうかもしれませんが」
「って、そうだった」
ノエルの言葉に、全員が我に返ると、美由希を取り押さえ、恭也を箱から出す。
「し、死ぬかと思った……」
痛む腹を押さえつつ、恭也は心底、安堵の息を零す。
恭也が押さえた箇所の服は破れ、薄っすらと血が滲んでいた。
それを見た美由希が、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 何で?」
「あれ、でも、何で、もあるか、この馬鹿者!」
怒鳴る恭也の後ろで、なのはが驚いた声を上げる。
「ああー。これって、本当にただの箱を繋ぎ合わせただけのものだ!」
なのはの言葉に、全員がその箱の中を覗き込む。
美由希が見せた時には気付かなかったが、なのはの言うとおり、箱の中は箱同士を繋いでいると思われるテープが見えた。
それを見て、恭也は身体を小刻みに震わせる。
それに不穏な空気を読み取った美由希が、微かに引き攣る笑みを浮かべる。
「あ、あのー、恭ちゃん?」
「ふっふっふ。そんなに切断マジックが見たいのなら、俺がやってやろう」
「え、遠慮します……」
「遠慮などいらない。さあ、この中へ入れ」
「既に命令!? って、嫌だよ。ちょっとした勘違いじゃない」
「その勘違いで、俺は危うく死ぬ所だったんだぞ」
「ご、ごめんってば。ゆ、許して。わざとじゃないんだよ」
「そうだな。簡単に切断してしまっては面白くないからな。
……よし、こうしよう。お前が箱の中に入る。
俺は、そんなお前を箱の外から小太刀で刺す。上手く避けろよ」
「無理だよ! あの箱の中に、そんなに大きなスペースなんてないんだし」
「大丈夫だ。武士の情けで真剣は使わないでいてやろう。この刃落し刀で」
「それでも嫌、って言うか、何処から出したの、それ」
「細かいことなどどうでも良い。さっさと入れ。黒ひげ危機一発ならぬ、美由希危機一発だ」
「い、嫌だよー。かーさん、助けて」
美由希は涙目になりながら、桃子を見る。
しかし、それよりも早く、桃子は目を逸らせると、何事も無かったかのように席に着き、徳利を持つ。
「さーてと、じゃんじゃん飲むわよ〜」
「桃子さん、付き合いますよ」
「ありがとう、忍ちゃん」
「でしたら、私がお酌を」
「悪いわね、ノエルさん」
「いえ、お気になさらずに」
そんな三人を見た後、美由希は晶たちへと視線を向ける。
しかし、既に晶たちも席へと戻っており、そこでは……。
「那美さん、これはちょっと自信作なんですよ。良かったら、どうぞ」
「ありがとう、晶ちゃん。……うん、美味しい」
「なのちゃん、うちが作ったんやけど、コレどうかな」
「……うん、美味しいよ」
「うぅ……、皆酷いよ」
そう呟いた所で、美由希は残る一人、そして、この中で尤も自分の味方だろう人物を見る。
その人物は、他の者たちと違い目を逸らすこと無く、じっと見つめ返してくる。
それに希望を見出し、美由希は言う。
「母さん……」
美由希の呼びかけに、美沙斗は少しだけ嬉しそうな顔を見せた後、憂いを帯びた眼差しで彼方を見る。
「私に、娘なんていないよ。そう、血に塗られた私に、娘なんて……」
「な、何よ、それー! ここに、今、貴方の目の前にいるじゃない!」
喚く美由希に、美沙斗は仕方なさそうにそちらを再び見ると、
「今更、私が母親面なんて……」
「そ、そんな事ないよ、母さん」
「本当にそう言ってくれるのかい、美由希」
「うんうん。だ、だから、助けて……」
「ああ、静馬さん。美由希はこんなにも立派に育ちましたよ。
これも、偏に恭也のお陰です」
感涙にくれる美沙斗を眺めつつ、美由希は引き攣った笑みを見せる。
「その恭ちゃんのお陰で、私の命は風前の灯なんだけど」
「失礼だな、美由希。ちゃんと避ければ、無傷で済むぞ。
尤も、避けられればだがな」
「な、何、それ! 当てる気満々じゃない。た、助けて、母さん!」
最後の希望を離してたまるかとばかりに、美由希は助けを求める。
美由希の声に、美沙斗は我に返ると、美由希を再三見詰め、ゆっくりと口を開く。
「美由希の事は、全て恭也に任せてあるから。
恭也に任せておけば、大丈夫だと信じてるから」
そう言って背を向ける。
そんな背中に、二人は別々の思いの篭った言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます、美沙斗さん」
「今のこの状況で、何を信じてるのー!」
美由希の叫びは虚しく、美由希の身体は箱の中へと収められるのだった。
……………………
………………
…………
……
宴もたけなわな高町家のリビング。
その隅っこで、ぼろ雑巾のように横たわる影が一つあったとか、なかったとか。
<おわり>
<あとがき>
新年、明けておめでとう。
美姫 「おめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
お願いします。
さて、新年最初のSS。
美姫 「新年らしく、新年ネタね」
まあ、宴会ネタだけどね。
美姫 「それにしても、美由希が新年早々、可哀想な目に……」
あははー。まあまあ。
何となく、こういったネタって、美由希のほうがやり易いんだよな。
美姫 「たったそれだけのために」
いや、それだけ美由希が好きという事で。
美姫 「その割には扱いが……」
あははは。
と、とりあえず、今年もよろしく!
美姫 「それでは、また」