『とらいあんぐるがみてる』



最終話 「大団円?」






月が変わったとは言え、まだ肌寒さも感じられる三月最初の日曜日の午後。
小笠原邸のリビングで、美影は祥子へと事件に関する事を話していた。

「前に話したリスティさんから連絡があって、祥子を狙う存在はもうなくなったみたいよ」

「そう、それは良かったわ」

美影の言葉に祥子は、ようやく落ち着けたとばかりに息を吐き出す。
アニィと戦った事は話してはいないが、何となく勘付いているかもしれない事は美影にも分かっている。
それでもその事は伏せたまま、美影は黒幕が捕まって全てを自供したという事だけを祥子へと伝えた。
それが今から三日前。リスティが美影の元を訪れた翌日の事である。
だからといって、祥子を狙う組織がすぐに活動を止めるかというとそれは分からず、
美影はその間もずっと祥子の護衛をしていたのだ。
それが昨日の夜、リスティから電話があり、依頼を引き受けていた組織ファースが撤退した事を知らされた。
ファースとしては、自分の所の人間が捕まった上に依頼の取り下げと来ては素直に引き下がるか怪しかったが、
膨大な違約金を支払う事で話が着いたとの事である。
勿論、その違約金は依頼主が払う事だし、それについては自業自得なので美影としてはどうでも良い事である。
唯一にして、最大の焦点である祥子の身柄に関する安全が、はっきりと保障されたのであれば。
そんな訳で美影も肩の荷が下りて、ようやくほっとしたといった心情だろうか。
祥子はカップを手に取り、静かに口を付けるも、不意に思い出したようにその手を止めて美影を見遣る。

「それはそうと、美影が元に戻る方法は見つかったの?」

祥子にはペンダントが壊れて元に戻れないという事は説明してあった。
また、その解決方法をリスティ経由で調査してもらっているとも。
それを聞いていたからこそ、祥子はそう尋ねたのだが、美影の顔を見る限りでは芳しくはないようである。
案の定、美影は首を横へと振って目を伏せる。

「生憎とまだ見つかってないわ」

「そう」

最初にこの話を聞いたとき、自分の所為でもあると謝罪を口にした祥子であったが、
それを美影に止められ諭されてからは、謝罪を口にしないようにしている。
美影がそれを喜ばないと理解しているからであり、だから祥子は話を変えるべく、
寧ろ最も気になっていて、未だに聞けずにいた事を今が良い機会だからと尋ねる。

「美影はこれからどうするの? もう私の護衛をする必要はないのでしょう。
 やっぱり帰るのよね……」

寂しそうに語る祥子に美影は何とも言い辛い顔を見せ、困ったように言う。

「それがそうもいかないのよ。家の者たちは誰も私の現状を知らないから、急に帰っても驚くでしょうし。
 まあ事情を説明すれば受け入れるでしょうけれど、リスティさんにもう少しだけ待って欲しいとお願いされたしね。
 何でも、このままで家に戻ると殺されるとか何とか言ってたけれど……」

珍しく慌てた様子で懇願してくるリスティの事を思い出し、美影は首を傾げていたが、
祥子にとってはその辺りの事情はさておき、話の中にあったある言葉に勢い付くように続けて尋ねてくる。

「それじゃあ、当分はこっちに居るの?」

「そうなるわね。リスティさんと祥子のお祖父さんが話をして、今回の事件で起こった事故として、
 当分は面倒を見てくれるという事で決まったみたいなのよ。
 という訳で、当分は私はここでお世話になりつつリリアンに通う事になると思うわ。
 ……祥子が反対するのなら、また別の手を考える事になっているのだけれど」

言って美影は祥子を見遣る。
やはり騙していたという負い目や、傍に居ることで事件の事を思い出してしまうのではという思いから、
美影は遠慮がちに祥子を見るも、当の本人は微笑を浮かべていた。

「反対なんてする訳ないでしょう。私も美影がもう少し傍に居てくれるというのなら嬉しいわよ」

祥子の言葉に美影も微笑を浮かべると、嬉しそうな声を出す。

「そう言ってもらえて、私もとても嬉しいわ」

互いに微笑を浮かべたまま、無言で見詰め合う二人。
非常に絵になる光景で、祐巳辺りが見れば溜め息でも吐くかもしれない光景である。
座ったまま見上げてくる祥子に、傍に立っていた美影は微笑から苦笑に笑みを変えると自分のスカートを摘んでみる。

「それはそれとして、どうして私はこんな格好をしているのかしら?」

そう言って自分の姿を見下ろす美影。
紺色のロングスカートに、これまた同色の上着。
その上に白いエプロンを身に付けた――早い話がメイドに扮している――美影を見上げ、祥子はお茶を一口。

「あら、前に祐巳との約束を破った罰でしょう」

「それは祥子の所為だったような気がするのだけれど?」

「元々の元凶は美影でしょう。それに、大人しく罰を受けると言ったじゃない。
 だから、今日一日は私付きのメイドとして給仕させているのよ」

まるでそれぐらい優しい罰だと言わんばかりに言い放つ祥子。
その態度を見ながら、美影は肩を竦めて見せる。
既に何度か同じやり取りを朝からやっていたのか、その顔には諦めがはっきりと浮かんでいた。
それでも言わずにはいられないのだろう。
と言うよりも、ちくちくと祥子に嫌味を言っているつもりなのだが。
当の本人は至って気にする事無く、どうやら祥子の中では完全にあれは美影の所為で落ち着いてしまったみたいである。

「はぁ。何があっても、祥子はやっぱり祥子のままという事ね。
 ご丁寧に私にぴったりと合うサイズのメイド服まで用意してくれて」

「似合ってるのだから良いじゃない。あ、紅茶のお代わり頂けるかしら?」

「はい、かしこまりましたお嬢様」

慇懃に頭を下げると、そっとテーブルに置かれたカップにティーポットから紅茶を注ぐ。

「冷めたのじゃなくて熱いのが欲しいのだけれど?」

「はいはい、分かったわよ。少しお待ちください」

言うと美影はキッチンへと足早に立ち去っていく。
とは言え、別に怒っていたり嫌々という雰囲気はなく、二人とも楽しんでいるのは顔を見れば分かる事である。
数分後、新しい紅茶とカップを用意して戻ってくると、祥子の前にカップを差し出す。

「よく考えてみれば、祐巳ちゃんとの約束を破ったのは祥子も同じなのに、祥子だけ何もなしってのはずるいわよね。
 それに、普通に考えたら私が罰を受けるのだとしても、その対象は祐巳ちゃんじゃないかしら?
 なのに、肝心の祐巳ちゃんはいないし」

「美影の所為で私が破る羽目になったのだから、私に対してでも問題ないでしょう。
 まあ、確かに祐巳に対しても埋め合わせの必要はあるわね。だったら、今度祐巳を呼んで同じようにする?」

「勿論、その時は祥子も同じ格好をするのよね」

「あら、私はやらないわよ。寧ろ、私たち二人でそんな事をしたら、あの子は落ち着かないんじゃないかしら」

祥子の言葉に美影はその通りだなと頷き、その光景を思い浮かべたのか小さく笑う。
どうやら祥子も同じ事を想像したらしく、期せずして二人して同時に笑う事となる。

「まあ、あの子の埋め合わせは今度するとして、美影もそろそろ座ったらどう?」

「あら、私はメイドなのだからそういう訳にはいかないんじゃないかしら?」

「なら、主の命令よ」

「横暴なお嬢様ですね」

言いつつ美影は祥子の隣に腰を下ろすと、自分のカップに紅茶を注ぐと一息入れる。
そんな美影の横顔をじっと見詰め、気付いた美影が視線で何と問い掛けてくるのに穏やかな顔を見せ、
どこまでも優しい口調で今思った事をそのまま口にする。

「別に大した事じゃないわよ。
 ただ、ずっとこうして美影に仕えてもらうのも悪くないわと考えていたのよ」

「祥子、何を言っているのよ」

「冗談よ、冗談。半分はね」

「残りの半分は本気って事じゃない」

「そうね。一緒に居たいと思ったのは本当だもの」

祥子の言葉に驚いたような顔をするも、すぐに美影も笑みを浮かべる。

「私もよ。……そうね、確かにそう考えると、このまま祥子に仕えるのも悪くないわね」

二人は無言のまま、どちらともなくテーブルの上にあった手を取り合う。
繋がった手と手に互いに微笑を浮かべ合い、満ち足りた顔でゆったりとした午後を過ごすのだった。





おわり




<あとがき>

まず、別に趣味に走ったエンディングという訳じゃないですよ。
美姫 「いや、思いっきり趣味だと言われても否定できない状況なんだけれど?」
いやいや、本当に違うって。このエンドは元から予定通りだし。
美姫 「つまり、最初から趣味に走っていたと」
まあ、そう言われると否定はしにくいが。
ともあれ、これにてとらみてもようやく完結です。
美姫 「マリとらとほぼ同じ頃に始まって、遅れること……長かったわね」
確かに。いや、本当にようやく完結です。
まだまだ、祥子や美影の絡みや、敵であるアニィとの絡みとかもやってみたいかったですが。
美姫 「とりあえずは、これにてお仕舞いね」
うん。本当に長い期間掛かってしまいましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
美姫 「ありがとうございました」







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