『とらいあんぐるがみてる』



第33話 「報告」






美影がシスターに迫られると言う衝撃な体験をした翌日、いつもよりも警戒した様子で校門を潜る美影。
視界の隅に黒い影がちらりと見えてはそちらへと視線を向け、ほっと胸を撫で下ろす。
周りから見ていればいつもと変わらないように見えるのだが、祥子は何故か美影が落ち着いていないと感じ取っていた。

「美影、気のせいじゃないと思うのだけれど……」

「私は至っていつも通りよ」

「まだ何も言ってないわよ」

呆れたように額に手を当て、小さく嘆息する。
そんな祥子を見下ろし、美影はとりあえずは落ち着こうと気付かれないように深呼吸を数回する。
そこへ狙い澄ましたかのようにシスター・マリィがやって来て朝の挨拶をしてくる。
祥子は普通に、美影は少しだけ引き攣りつつも挨拶を返す。
そんな美影へとマリィは他の誰にも見られない位置で薄っすらと笑みを見せる。
思わず背筋に寒気を感じるも、祥子はただ不思議そうに美影を見返すだけである。
そんな様子を可笑しそうに眺めながら、マリィの視線が美影から祥子へと映る。
やや細められた鋭い視線が祥子の全身を観察しようとした所で、美影は自然と二人の間に割って入る。
彼女の性癖を考えれば、これぐらいで反応するものではないと思うものの、護衛者として自然と動いてしまった。
祥子は当然気付かないが、祥子を注視していたマリィに気付かれる事になるのは当然で、
それだけで疑われるような事はないと思うが、迂闊だったかもしれない臍を噛む思いでマリィを見詰める。
だが、訝しげな顔も不審そうな目もしておらず、ただ微笑ましいものを見るような視線を美影へと向けてくる。

「やきもちなんて本当に可愛いわね」

どうやら勝手に誤解してくれたようで、その事に関しては美影は感謝の気持ちを抱くが、
その勘違いの仕方には背筋が凍りそうになる。
とりあえず惚けて見せるが、マリィは分かっているとばかりに笑みを深め、

「心配しなくても、私の本命はあなただけよ」

美影にだけ聞こえるようにそっと呟くと手を伸ばし、美影のタイを掴む。

「高町さん、少しタイが曲がっているわね」

タイを直すように手を動かし、離し際に軽く胸に触れる。
思わず腕で庇いそうになるものの、祥子が居るためにそれを留めて礼を口にする。

「良いのよ。それよりも、いつまでもこんな所にいると遅刻しちゃうわよ。
 二人とも、そろそろ教室に行きなさい」

「それもそうですわね。美影、行きましょう」

「ええ」

ごきげんようと挨拶する二人に同じように返しながら、祥子が校舎へとを振り向いた瞬間に美影の耳元に顔を寄せ、

「本当に気にしなくても良いのよ。あなたが少しでも綺麗に見えるのなら、これぐらい手間でも何でもないもの。
 ふふふ、照れちゃって可愛いわね、美影」

言うだけ言うとさっさと立ち去っていくマリィ。遠ざかる気配を感じつつ、美影は足早に祥子の隣に並ぶ。
すると、こちらはこちらで何故か機嫌が悪そうに見えた。

「えっと、祥子?」

「何かしら?」

表面だけを見ればいつも通りなのだが、やはり機嫌が悪いと感じて口を閉ざす。
そうすると、更に機嫌が悪くなっていく。
何故、と顔にはっきりと困惑を出す美影を横目に眺め、祥子は小さく息を吐く。
幾分かそれで冷静にでもなったのか、少しだけ機嫌が直ったようではあるが、美影はまだ黙ったままで、
先に沈黙を破ったのは、祥子からであった。

「いつの間にタイを直されるぐらいシスター・マリィと仲良くなったのかしら?」

少し棘があるような言い方だが、そこには純粋な疑問も浮かんでいた。
かと言って、本当の事など言えないし言うつもりもなく、無難な回答を返す。

「仲良くって事はないと思うけれど。
 そもそも、シスター・マリィとは昨日の噂の件で呼ばれて始めて個人的に会ったぐらいなのよ。
 タイの事に関しても偶々じゃないかしら。
 もしくは、変な噂が出ているのだから、服装ぐらいちゃんとしておけという暗黙の重圧とか」

「ふーん、そうかしら。美影も何やら楽しそうに話をして、随分と親しそうに見えたけれど?」

その言葉に美影は思わず力いっぱい否定の言葉を発してしまう。

「それはないから! って、ごめん。
 あー、その。他の人には絶対に秘密よ」

「秘密? そうね、良いわよ。何を教えてくれるのか楽しみだわ」

「正直言って、シスターって苦手なのよ。その中でもあまり言いたくはないけれど、シスター・マリィは特に苦手なの。
 別に悪い人じゃないってのは分かってるわよ。でも身構えてしまうと言うか……」

「この学園でシスターが苦手というのもあれだけれど、美影が特定の誰かを嫌うなんてね」

「あのね、別に嫌っている訳じゃないって言ってるでしょう。
 それに私は別に聖人君子でも何でもないんですから、誰かを嫌う事だってあるわよ」

「まあ、確かにそれもそうよね。でも、シスター・マリィが苦手ね。
 確かに秘密にしないといけないわよね」

美影の言葉に納得したのか、そう言ってくる祥子の機嫌はいつの間にか直っており、こっそりと胸を撫で下ろすと、
念を押して言い聞かせるように言う。

「とにかく、今のは絶対に内緒よ」

「ふふふ、分かってるわよ」

笑いながら校舎に入っていく祥子に続きながら、美影もまた校舎へと。
今日も祥子が一日平穏で過ごせるように、祈るのではなく万全を期すべく周囲の警戒をしながら。





  ◇ ◇ ◇





その日の夜、鍛錬を終えた美影の携帯電話へとリスティから連絡が入る。
電話の向こうでやけに疲れた声で、挨拶もそこそこに用件を切り出してくる。

「早速で悪いけれど、ようやく分かったよ」

「本当ですか。ありがとうございます。
 かなり疲れているみたいですね」

早く知りたいと思う一方で、いつもみたいにからかったり、軽いやり取りさえせず、
あまりにも疲れを感じさせる声音のリスティに思わずそう返してしまう。
それに対し、リスティは否定するでもなく疲れたままで思わず零す。

「まあね。美影から昼に連絡を受けてから、
 すぐ学園長に秘密裏に教職員からシスターまで学園内にいる者全員の資料を写真付きで貰い、
 その後は延々と裏取りだからね。僕だけじゃなくて、流石に皆疲れているよ。
 昨日も徹夜で……って、それは良いんだよ。美影は美影の仕事をしているんだ。
 だったら僕らもきちんと仕事をしないとね」

軽く頬でも叩いたような音の後、幾分ましになった声でリスティは本題へと話を戻す。

「出身地や母校を訪れて徹底的に調査をした結果、二人ばかり可笑しな人物が出てきた。
 どちらも新学期が始まるのと同時にやって来ている。
 そして小笠原のプロジェクトが昨年の暮れ頃にスタート。
 脅迫として送られてきた写真の日付が今年に入ってすぐのもの。偶然だと思うかい?」

「偶然とも言えますけれど、あまりにも重なり過ぎですね。
 私たちの仕事上、用心するに越した事はないかと。でも、殆ど裏は取れているんじゃないんですか?
 出身地や母校まで行ったのでしょう」

「ああ、どちらも苦労したよ。一人は英語教師の谷川雅巳。
 産休の先生の代わりでやって来て、孤児院の出だ。けれど、その孤児院は既にない。
 母校はアメリカにある大学なんだけれど、これが現在連絡待ちって訳さ」

欠伸を噛み殺し、リスティは残る一人に付いて語り出す。
だが、それを聞いて思わず美影の口から疑問の声が出る。

「どうかしたのかい?」

「い、いえ、何でもありません。それで……」

すぐに平静を取り戻し、美影はリスティに続きを促す。
いつもなら何か突っ込んでくるかもしれないが、やはり疲れが溜まっているのか促されるままに続きを口にする。

「シスター・マリィ。本名、マリィ=コールフォルト。
 フランスの教会から日本の教会へ来る事が決まっていたんだけれど、丁度、学園がシスターを一人探していて、
 日本語も堪能という事で彼女に白羽の矢がって感じでリリアンへと赴任したシスターなんだけれど。
 ここまでなら、そんなに不思議がらなくても良いんだよ。
 問題は確認のためにフランスの教会に写真を送ったんだが、誰もが首を傾げるだけなのさ。
 本人だと断定できないけれど否定も出来ないとさ。
 どうもフランスにいた頃はずっとフードを被って俯いてばかりいて、誰もはっきりと顔を覚えていないんだ。
 はっきりと言えば人見知りするタイプだね」

「……私が知っているシスター・マリィとは全然違いますね」

「まあ、これに関しても日本に来て変わったとも言えるけれどね。
 向こうでは本当の自分を出せず、大人しくしていたとかね」

リスティの言葉に思わず納得しそうになるも、そう簡単に警戒対象から外す訳にはいかない。
美影の中でマリィは別の意味でも警戒すべき人物となる。

「分かりました。特にその二人には気をつけるようにします」

「ああ、大変だと思うけれどしっかりと頼むよ」

比較的安全だと思われていた学園内も既に安全とは言い切れない。
それを改めて思い知らされたような気がして、更に気を引き締めると美影は静かに電話を切るのだった。





つづく




<あとがき>

少しだけ事態が進展?
ある意味、王道的なパターンで。
美姫 「それで、マリィは本当に敵なの?」
それはまだ言えない!
美姫 「ほらほら、きりきりと吐け〜」
うぅぅ、実際にどうなるのかは次回以降を。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。







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