『Moon Heart』
24/恭也と…
「う、うーん」
恭也は呻き声を上げつつ、ゆっくりと目を開ける。
最初に見えてきたのは、見慣れない天井だった。
次いで、自分の視界の下の方にある、二つの物体。
微かに重さを感じつつ、身体を起こそうとして、再び倒れる。
意外と大きな音が立ち、その音に気付いたのか、視界の隅にあった物体が動き出す。
「恭也〜、おはよ〜」
「恭也さん、まだ傷が完全に塞がっていないんですから、動いてはいけません」
「忍に秋葉……?ここは……」
「ここは私の家の客室よ。あの後、倒れている恭也をノエルに担いでもらって、ここに寝かせたの」
「そうか。ありがとう」
「良いって、良いって」
恭也の言葉に、忍は片手を軽く振りつつ笑って答える。
ここにきて、恭也は違和感を感じ、昨日の出来事を思い返す。
そして、尤も印象的なシーンを思い出し、思わず身体を起こす。
微かに痛みは走ったものの、顔を顰め何とか堪える。
そんな恭也の身体を秋葉がそっと支える。
「ですから、まだもう少しは寝てた方が宜しいですよ」
秋葉の忠告も聞こえていないのか、恭也は目の前にある秋葉の顔をじっと見詰める。
恭也にじっと見詰められ、秋葉は少し頬を染め、視線を少しずらす。
「ど、どうかしましたか?それとも、私の顔に何かついてますか」
「あ、秋葉…。無事だったんだな」
「え、ええ。琥珀のお陰で何とか、こうして…」
秋葉の言葉を最後まで聞くよりも早く、恭也は秋葉の身体を抱き締める。
その行為に、秋葉と忍は揃って顔を赤くする。
前者は嬉しさと恥ずかしさで、後者は怒りで。
「きょ、恭也さん……」
「恭也!何やってるのよ!」
秋葉は抱き締められたまま立ち尽くし、抵抗を見せない。
そんな様子に忍は益々腹を立て、恭也の背中を叩く。
普段なら兎も角、この時の恭也にそれは少しきつかった。
ましてや、忍が叩いたその個所はまだ完治していない傷があった事も幸いして、恭也は呻き声を上げる。
「あ、ごめん。大丈夫?」
「あ、ああ」
「本当に大丈夫ですか」
「ああ」
痛みに顔を顰める恭也の手から解放され、少し残念そうな顔を見せるものの、秋葉は心配そうに恭也を見る。
罰が悪そうな顔をしつつ、同じように忍も恭也を見る。
そこへ、扉が開き、三人の女性が姿を現す。
その内の一人は、部屋にいた者たちを見て、入ってくるなり声を上げる。
「駄目じゃないですか!恭也さんは怪我人なんですから」
そう言って人差し指を立てつつ、恭也の横へと立つ。
「分かってるんですか。血が少なくなっていた上に、怪我も酷かったんですからね」
琥珀に言われて、改めて昨日の出来事を思い出す。
(確かに、かなりの傷を負った……。ん?)
恭也は思い出しつつ、不思議な事を感じる。
不思議そうに首を傾げる恭也に気付いた琥珀が、恭也へと尋ねる。
「どうかしましたか?まだ、どこか痛みますか」
「いや、そうじゃなくて。どうして、傷がこんなに少ないんだ。
その上、既に治りかけているし」
恭也の言葉に、琥珀がフフンと鼻を鳴らす。
「それは、私と翡翠ちゃんのお陰ですよ」
恭也は琥珀と、その後ろにいる翡翠へと視線を向ける。
それを感じつつ、琥珀は続ける。
「私と翡翠ちゃんは感応能力という力を持っているんです。
この力で、恭也さんに私たちの体力を分けたんですよ。
尤も、私は既に秋葉様にも分けていたので、主に翡翠ちゃんが、ですけどね」
琥珀の言葉に続き、それまで黙っていたノエルが口を開く。
「恭也さまの体力が戻った所で、忍お嬢さまと秋葉さまの血を恭也さまに輸血しました。
お二人の血は少々特殊ですので、すぐに治癒が始まったのです。
後は体力の問題でしたが、これは先程琥珀さまが仰られたように、琥珀さまと翡翠さまのお力で何とかなりました。
ただ、予想よりも回復が早いので、それ以外にも何らかの力が働いたようにも思われます。
それが何かは分かりませんし、これはただの憶測ですので」
「そうか、分かった。皆のお陰で何とか無事だった訳か。ありがとう」
恭也は全員を見渡し、礼を述べる。
「別に大した事はしていませんので……」
照れたように下を向き、小さな声で呟く翡翠。
秋葉は髪を掻き上げ、横を向く。
「わ、私は手伝って頂いたお礼をしただけですから」
それが照れ隠しなのは、誰の目からも明らかだった。
それを口元に手をあて、楽しそうに琥珀が指摘する。
「お礼にしては、恭也さんを発見した時の取り乱し様はなかったですよね」
「な、何を言ってるの!そ、そんな事ある訳ないでしょう」
「いえ、秋葉様はかなり慌てていらっしゃいました」
琥珀に加勢するかのように、翡翠までもが言う。
「翡翠まで。それに、それを言うのなら、あなたたち二人も同じじゃない。
自分たちが感応能力者だという事も忘れて、慌てていたんじゃないかしら」
「いえ、そんな事はありません。あの場合、体力を分けた所で、大して意味がないと思っただけです」
「そんな事はないでしょう。貴女たち二人は優秀な能力者で、出血を抑える事も出来るはずじゃなかったかしら」
「あははは。まあまあ、秋葉さま。翡翠ちゃんも。皆無事だったんだから、良いじゃないですか」
琥珀の言葉に、忍が同意する。
「それもそうよね。うん、無事が何よりよ」
「はい、忍お嬢さまの言う通りです」
最後にノエルが締め括るように言って、取りあえずその場を収める。
「とりあえず、私は少し寝るわ。恭也はどうする?」
欠伸をしつつ尋ねる忍に、恭也は苦笑しつつ返事をする。
「そうだな。とりあえず、一回家に帰っておく」
「…そうね。よく考えたら、無断外泊なのよね恭也ってば」
「まあ、それは問題ないだろう、多分」
少し不安そうにしながらも、そう呟く。
そんな恭也に、琥珀が言う。
「多分、もう大丈夫だとは思いますが、昼頃までは寝てて下さいね」
琥珀に言われ、恭也は大人しくベッドに横になる。
「それじゃあ、秋葉様と翡翠ちゃんもお休みになってください。
昨日から殆ど寝ていないでしょう」
「ええ、そうさせて貰うわ」
秋葉はあっさりと頷くと、忍と連れ立って出て行く。
それを見送り、翡翠は琥珀へと尋ねる。
「姉さんこそ休んでないじゃないですか」
「あははは。私なら大丈夫ですよ」
言いつつも、その身体はどこかふらついている。
心配そうに見遣る翡翠と元気に振舞う琥珀に、ノエルが話し掛ける。
「お二方とも休んでください。何かあれば、私が起きていますので」
「でも…」
「私なら大丈夫ですから」
「……分かりました。お願いしますね。じゃあ、翡翠ちゃん行こう」
琥珀はノエルに頭を下げると、翡翠の手を取って部屋を出て行く。
全員が出て行って急に静かになった部屋で、ノエルが恭也に話し掛ける。
「では、私もこれで失礼いたします。何かあれば、遠慮せずに呼んでください」
「ああ、分かった」
ノエルに返事をすると、恭也は目を閉じる。
扉が閉まる音を聞きながら、恭也は再び眠りへと着くのだった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
昼前に目を覚ました恭也は、ノエルに送られ翠屋へと来ていた。
初めは家に戻るつもりだったのだが、途中で携帯電話に桃子から来るように連絡があったのである。
そうして、翠屋の前に立ち、
「とりあえず、何か食べよう」
腹を擦りつつ、恭也は中へと入る。
中に入るなり、恭也を見つけた桃子がやって来る。
「恭也!何とかしなさいよ!」
「…いきなり何だ、藪から棒に」
「あれよ、あれ!」
桃子が指差す先のテーブルには、美由希たちが集まっていた。
それだけならまだしも、その囲まれている中心に問題があった。
その中心の人物は、恭也に気付くと無邪気に手を振って笑ってみせる。
「ヤッホー、恭也」
「アルク!どうしてここに」
「アンタを尋ねて来たのよ」
驚く恭也の耳に、桃子が小声で囁く。
「そ、そうか。で、美由希たちは何を?」
「休校になったって言うから、美由希たちにはちょっとお店を手伝ってもらってたのよ。
そしたら、アルクェイドさんが恭也を尋ねてきたの。何とかしなさいよ。
忙しいから手伝ってもらうはずだったのに、さっきからああしてアルクェイドさんの周りに座って、
全然働かないのよ。もう、結構忙しいのに!」
桃子の言う通り、客がそれなりに入っており、二人程が忙しそうに働いている。
「じゃあ、後は任せたからね。私は奥に戻らないといけないの!」
桃子は言うだけ言うと、さっさと奥へと引っ込む。
その背中をため息混じりに眺めながら、恭也はアルクェイドの場所へと向う。
アルクェイドを囲むように座っていた美由希、晶、レンが恭也へと鋭い視線を向ける。
やっとの事で四季を倒したというのに、新たに発生した問題に恭也は内心頭を抱える。
「恭ちゃ〜ん。こちらの綺麗な方は誰かな〜?」
「何だ、自己紹介もしていないのか」
「したわよ」
「じゃあ、もう知っているだろう。改めて聞かなくても良いじゃないか」
「そ、そうじゃなくて、恭ちゃんとの関係を……」
「妹が聞きたいことは分かったわ。私が教えてあげる」
アルクェイドの言葉に、三人の視線が一斉に恭也からアルクェイドへと向う。
嫌な予感を覚えつつも、とりあえずは大人しくする恭也。
そして、アルクェイドはゆっくりと口を開き、
「恭也にはね、責任を取ってもらわないといけないの」
「どうして!?」
「それはね、私を滅茶苦茶に………ん、んぐぐ」
「こいつの言う事を真に受けるな。それよりも、さっさと仕事に戻れ。
それから、アルクちょっと来い!」
そう言うと、恭也はアルクェイドを引っ張って店の外へと向う。
「代金はツケといてくれ。後でちゃんと払う」
それだけを告げると、まだ茫然としている美由希たちを放っておいて、アルクェイドを引っ張って行く。
店を出て暫らくは、そのままアルクェイドを引っ張って行く。
やがて、人がいない住宅街まで来ると、恭也はアルクェイドを解放する。
「何するのよ」
アルクェイドが文句を言おうと口を開くよりも先に、恭也が言い放つ。
「それはこっちの台詞だ。一体、何を言うつもりだったんだ」
「何って?聞かれたから、答えるつもりだったんだけど」
「それが悪いと言ってるんだ」
「何でよ」
いつになく反抗的なアルクェイドに、恭也は首を傾げる。
「何か怒ってないか?」
「……当たり前じゃない!」
何を怒っているのか分からない恭也は、取りあえず素直に疑問をぶつける。
それを聞き、アルクェイドは拗ねたような声を出す。
「だって恭也、昨日約束の場所に来なかったから……」
「はあ?」
「はあじゃないわよ。ずっと待ってたんだからね。なのに、いつまで経っても来ないんだもん」
「いや、それはちょっと事情があって」
言うものの、アルクェイドは怒っているのか顔を合わせようとすらしない。
困った恭也は頭を掻きつつ、どうしたもんかと唸る。
そんな恭也の横で、アルクェイドは怒りが収まらないのか、未だにブツブツと文句を言う。
「大体、約束を守らなかった恭也が悪い」
「……あー、俺が悪かった。許してくれ。その代わり、一つだけ言う事を聞くから」
「本当に?」
「ああ」
「…………じゃあ、」
アルクェイドは恭也の言葉に暫し考えると、やがて口を開く。
「今度、どこかに遊びに連れて行って」
「へっ?それで良いのか?」
もっととんでもない事を要求されるかと身構えていた恭也は、意外な言葉に思わず素っ頓狂な声を出す。
そんな恭也に構わず、アルクェイドは満足そうに頷いた後、恐る恐るといった感じで恭也を見上げる。
「……駄目かな?」
「いや、お前がそれで良いんなら、それで良いが」
「うん。約束ね」
「ああ、約束だ」
「今度は破らないでよ」
「ああ、分かっている。肝に銘じておこう」
途端に機嫌の良くなったアルクェイドを眺めつつ、恭也は女心は複雑だと一人納得しているのだった。
<to be continued.>
<あとがき>
とりあえず、少しだけ遠野編。
美姫「まさか、これだけ?」
ははは。まさか。とりあえず、今回はここまでで。
次回はまたアルクェイドと少し動いてもらう。
美姫「ふーん。あ、そう言えば、完全にあの人の出番がないわね」
あ、あはははは。さて、また次回!
美姫「はぁー。まあ、良いか。私の出番がなくなった訳じゃないし。じゃ〜ね〜」