『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



「穏やかな日常」






鍛錬を終えた恭也は一度、大きく肩で息を吐き出す。
同じように、恭也の前で対峙していた女性も息を吐き出す。

「ふぅー。やはり、強いな恭也は」

「そういうリノアこそ。その勘の良さは凄いな」

「恭也も人の事は言えないと思うけれどね」

それでも褒められて嬉しいのか、僅かに笑みを浮かべて道場の端に置いてあったタオルを手にする。

「ほら」

一つを恭也へと渡しながら、もう一つで汗を拭く。
受け取ったタオルで同じように汗を拭きながら、恭也はやけに静かだと感じる。
そんな恭也の考えが分かったのか、リノアが答えるように口を開く。

「私と恭也だけだよ、今は。皆、出掛けているよ」

「そうか。しかし、よく考えていた事が分かったな」

「まあね。恭也の事なら、大体は分かるつもりだよ」

「それは、あれか。つまり、俺が単純だと」

「さあね」

言って笑いながら、リノアは腰を降ろす。
その横にやや憮然な顔で同じく腰を降ろす恭也を見て、リノアは微笑を浮かべる。

「これぐらいで拗ねるとは、中々可愛いね」

「からかうなよ」

「別にからかってなんかないさ。ふぅー。
 それにしても、ここはいい所だね。ずっと居たくなる」

「ずっと居たいのなら、居ればいい。
 かーさんたちも喜ぶだろう」

「恭也は?」

「うん?」

敵対しているきは冷ややかな表情ばかり見ていたが、親しい者には結構、色んな表情を見せる事が分かってきた。
今も、足を抱えて膝の上に顔を乗せながら悪戯っぽい笑みで見てくるリノアに、恭也は思わず尋ね返す。
が、すぐに意味を理解し、やや照れながらも答える。

「そうだな、俺も嬉しいかな」

「それは、いい鍛錬の相手として?」

「それも勿論あるけど、それだけじゃない。それより、そろそろ再開しよう」

「いつもなら、もう少し休んでいるだろう。
 それよりも、他にはどんな理由があるんだい?」

楽しそうに聞いてくるリノアから視線を逸らすが、じっと見詰められていては落ち着かず、
仕方なく恭也は重い口を開く。

「…家族としてだな」

「家族か。いい言葉だね。でも、もう少し違う答えを期待したんだけれどね」

「それはどういう…」

「それは、自分で考えなさい。私はね、自分から言うのは嫌なの。
 例え、それを確信していてもね。
 やっぱり、こういう事は相手に先に言って欲しいじゃない。
 それとも、恭也は女から言わせたい?」

リノアの言葉に少しだけ考え、やがて恭也は真剣な顔付きでリノアを見る。

「リノアにずっと居て欲しい。
 鍛錬の相手だからとかじゃなく、一人の女性として」

「ふんふん。何で?」

「それは…。俺がリノアの事を好きだから」

「やっと言ってくれたね。ちょっと長いわよ。
 私も好きよ、恭也」

そう言って微笑むリノアに、恭也も微笑み返す。
と、不意にリノアは笑みを深めると、自信の左頬を軽くすっと指先で撫でる。

「私を傷物にしたんだ。ちゃんとその責任は取ってもらわないとな」

「傷物って、人聞きの悪い」

リノアの言葉に苦笑を浮かべつつ、回答を避ける恭也。
そんな恭也に、リノアは続ける。

「まあ、私の顔じゃあ、傷が一つ付いた所でそうそう変わらないだろうけれどね」

「そんな事はない」

「そう? そう言って貰えると嬉しいね。
 でも、そうなると、責任を取る気はないって事なのかな?」

ここまで言われては、恭也としてはどうしようもないのだが、それでも抵抗を試みる。

「……分かってて言っているだろう」

「さあね。でも、さっきも言っただろう。
 私から言うのは嫌だって」

その言葉を聞き、恭也はまたしても苦笑を浮かべると、ゆっくりと口を開ける。

「ちゃんと責任は取るさ。他の奴には渡さない」

この言葉に嬉しそうな笑みを見せるものの、思った以上の言葉だったのか、リノアは顔を赤くさせる。
それが珍しく、恭也はまじまじと見詰める。
恭也に見られていると分かると、リノアは隠すようにそっぽを向く。
そんなリノアの様子が可愛くて、つい恭也はその頬を両手で挟んで逃げられないようにする。

「きょ、恭也、何を!?」

「いや、ただ可愛いリノアの様子を間近で見ようとな」

「なっ、何を言っている。私が可愛いなどと…。
 わ、分かった、さっきの仕返しだな」

「まあ、それも確かにあるが、可愛いというのは嘘ではないぞ」

間近で真顔のままそう言われて、リノアは益々赤くなる。
その様子がさっきまでの毅然としたものとは違っていて、恭也は口元に笑みを浮かべる。

「わ、笑っているではないか! やはり、嘘なんだな。
 からかっているんだろう」

「本当だって。その証拠に、こんなにもドキドキしているだろう」

言ってリノアの手を胸に当てる。
確かに恭也の鼓動は早くなっている。
しかし、それとこれとは別だと叫ぼうとして、その瞳に言葉を無くす。
どのぐらい、そのまま見詰め合っただろうか。
すっかり日が傾き、道場の中に西日が差し込む。
長く伸びた二つの影が、いつしか一つに重なる。
そこには言葉も音もなく、ただただ静謐が。
紅く染め上がる床や壁の中にあって、ただ一つ黒い影だけが時が流れているのかも怪しいほど、
全く揺らぐ事無く、ただそこに佇んでいた。





おわり







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