『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



「夢の続き」






東京某所にあるホテルの一室。
ここに正装した恭也の姿があった。
とは言っても、正装している風に見えるが、服の内側には隠しポケットが無数に付いており、
その背には二本の相棒が今も静かに納まっている。

「恭也さん、そろそろ行きましょうか」

そう言って声を掛けてきたのは、今回の依頼主、
正確には依頼主の娘で護衛対象である小笠原祥子、その人であった。
祥子はパーティーへと出席するため、綺麗なドレスを身に着け、珍しくアクセサリまで身に付けている。
顔にはに薄っすらと軽く化粧を施しており、今日始めて見た訳ではないのに、恭也はまたしても見惚れる。

「恭也さん?」

自分の言葉に返事をせずに、ただ呆然と立ち尽くす恭也を訝しげに見遣りつつ声を掛ける。
その声に我に返った恭也は、ゆっくりと部屋の外へと出て、
怪しい人物が居ないのを確認してから、祥子を部屋の外へとエスコートする。
会場となっているのは、祥子が今居た部屋から三階下にある大ホールで、そこでは既にパーティーが始まっている。
今日のパーティーの趣旨までは聞いていなかったが、今回は祥子の父である融主催のパーティーという事らしい。
そんな事を考えつつ、エレベーターを待っていた恭也はふと呟く。

「いつの間にか、小笠原お抱えのボディーガードとなっているような気がする…」

そう呟く恭也だったが、それもあながち間違いではない。
何処かでパーティなどがあって出席する場合、必ず恭也へと依頼が来るのだから。
ただ、もっと正確に表すのなら、小笠原お抱えではなく、祥子専属の、となるだろうが。
そんな恭也の呟きを聞きつけたのか、祥子が恭也の方へと視線を向けながら首を傾げてみせる。

「そうかしら?」

「ああ。ここ三ヶ月ばかりで、既に何回目だ」

言いつつ着いたエレベーターの内部を一応、確認する。
このエレベーターは貸切となっているが、念の為である。
異常がない事を確認すると、二人は乗り込んで目当ての階を押す。
静かにエレベーターが下がるのを感じながら、恭也は続けて言う。

「祥子は、こういった公の場があまり好きではないのではなかったのか」

「ええ、勿論。でも、そうも言ってられないのよね。
 でも、今日のこれさえ済めば、当分はないわよ」

「そうか」

ほっとしつつも、祥子に会えない事に少しだけ寂しさを覚え苦笑する。
エレベーターが小さな音を立て、目的の階へと着いた事を知らせる。
降りながら、両脇に立つ黒服に小さく頭を下げる。
目で異常がなかったか尋ねる恭也に、向こうも目で何もなかった事を伝える。
大広間へと向かって歩きながら、少しだけ祥子が不満そうな声を出す。

「恭也さん、今日は褒めてくださらないのね」

言って恭也の前に出るとドレスの裾を軽く抓み、その場に回って見せる。
それを聞き、若干慌てたように恭也は言う。

「よく似合ってる」

「そう? お世辞でも嬉しいわ。でも、何か取ってつけたようだけれど」

「そんな事はないぞ。いつも綺麗だけれど、今日は特に綺麗だった。見惚れていたぐらいだ。
 だから、言葉が出なかったんだ」

「ふふふ、まあ、そういう事にしておきます」

そう言って笑って背中を向ける祥子に、ほっと胸を撫で下ろす。
最初の護衛の際、祥子のドレス姿に何も言わなかったら、拗ねて始終話をしてくれなかったのだ。
勿論、その理由に恭也が気付くことはなく、ただ機嫌が悪い祥子に首を傾げるだけだった。
それを見兼ねた使用人の一人が、祥子がドレスを選ぶのにどれだけ時間をかけたとか、
そういった事をそっとパーティー終了間際に教えてくれて、ようやく納得したのである。
以来、恭也は真っ先に褒めるようにしていたのだが。
今日はいつもよりも着飾った祥子に、本人が言うように見惚れてそれを忘れていたのだった。
とはいえ、祥子の方もそれが分かっていたのか、不機嫌そうな様子は見せていなかったが。
それでも、やはり口にして欲しかったのか、それがさっきの発言へと繋がったのだろう。
ともあれ、目当ての部屋へと着いたのか、祥子が扉の前で足を止める。
恭也は祥子の前へと出て、扉へと手を伸ばす。
と、その手をそっと祥子が取り、そのまま腕を絡めてくる。

「さ、祥子!?」

「良いから。今日はこうやって護衛して」

「いや、その…」

どう言って良いのか纏まらないうちに、扉が内側から開けられる。
訳が分からずに、祥子に引っ張られるようにして入った中では、

「皆さん、祥子の婚約パーティへようこそ。
 少々、早い登場ですが、主賓の登場です」

壇上でマイク片手にそう語る祥子の父、融の姿があった。
その内容に呆然としている間に、恭也と祥子へとスポットライトが当たり、祥子が様子を窺うように見上げてくる。

「そういう事なんだけれど、恭也さんのお気持ちはどうですか?」

「はぁ、やられた。まさか、こんな事を企んでいたとは…」

「もし、嫌でしたら、そう言ってくださいね。
 その場合の対処もちゃんと準備してますから」

言って見詰めてくる祥子へと顔をそっと近づけると、恭也は祥子にしか聞こえないように囁く。

「これが返事…」

言って、恭也はそっと祥子に口付けをする。
途端に周りから盛大な拍手が巻き起こるが、二人の耳にはお互いの息遣いしか聞こえておらず、
喧騒の中、ただお互いだけを感じ取るように、長いキスを交わすのだった。





おわり







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