『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



「夢の名残り、辿り着くその先」






クリスマスイヴを明日に控えた日。
ここ海鳴大学では学生たちによるクリスマス祭が催されていた。
要は、文化祭のようなものである。
その為、この大学の学生ではない一般の方々も出入りし、校内は人で溢れ返っていた。
そんな中、地図を片手に門の付近で立ち尽くす一人の少女が居た。
数人がその少女へと振り返って視線を向けてるが、少女はそれには気付かずに辺りをきょろきょろと見る。
時折、声を掛けられているようだったが、それをややうんざりしながら追い払う。
と、それまで眉間に皺しか浮かんでいなかった少女の顔に笑みが浮かぶ。
その視線の先には一人の男性の姿があった。

「すいません、お待たせしてしまったみたいで」

「遅いですよ、恭也さん」

待ち合わせに遅れてきた恭也へと非難の声を上げつつも、その顔は会えた事による安堵と喜びに満ちていた。
そんな少女に恭也は詫びの言葉を入れる。

「すまない、可南子。ちょっと、ごたついててな」

「まあ、良いですけれど」

少しだけむくれて見せた後、可南子は改めて恭也へと向き直る。

「それよりも、お招きありがとうございます」

「ああ。それじゃあ、何処から見て周る」

恭也の言葉に出し物のパンフレットを開いて検討し始める可南子の横顔を恭也はじっと眺める。
その視線を感じ、横目でチラリと恭也を窺うと、思ったよりも近くに恭也の顔があり、
頬を染めて慌ててパンフレットへと視線を戻す。
それに見入る振りをしながら、頭の中に浮かぶ恭也の顔を必死で追い払い、顔の熱を静める。
あの事件以来、連絡のなかった恭也から電話があったのは三日ほど前の事だった。
自分の大学でクリスマス祭をするから来ないかと。
それにすぐさま行くと返事をし、可南子はこうしてここ海鳴大学に居るのだった。
何故、恭也が誘ってくれたのかまでは分からないが、可南子は再び恭也に会えるこのチャンスを逃す気はなかった。
そうして、今現在に至るという訳だった。
などと頭の中で整理しながら思い返している内に、顔の熱もさがったようで、
可南子はパンフレットの一箇所を指差す。

「それじゃあ、ここから」

可南子の指差す場所を見て頷くと、恭也はその場所へと可南子を案内するように歩き出す。
そんな恭也の手をじっと見詰めながら、可南子は半歩ばかり後ろを歩く形で付いて行く。
おずおずと右手を伸ばすものの、触れるか触れないかの所で手は引っ込められる。
それを何度か繰り返した後、可南子は思い切って手を伸ばす。
と、恭也が不意に声を掛けてくる。

「歩く速度が速かったか?」

半歩遅れて付いてくる可南子が気になったのか、そんな事を尋ねてくる恭也に、
可南子は手を後ろで組んで誤魔化すように首を振って恭也の言葉を否定する。

「そんな事はないですよ」

「そうか? それなら良いが」

気にするようにこちらを窺う恭也に合わせ、可南子は横に並んで歩き出しながら、
そっと気付かれないように溜め息を吐くのだった。



可南子をあちこちに連れ回している間に、時間も大分過ぎ、外はすっかり日が落ちていた。
遠くに見えるグラウンドには火がくべられ、闇を赤く照らしている。
人々が流れる音楽に合わせて踊る姿も見られる。
そんな中、恭也がそっと可南子の前に手を差し伸べる。

「良かったら、踊りませんか」

前にも同じような形で誘われたのを思い出し、可南子はおずおずと手を差し出す。
曲に合わせて踊りながら、恭也が近くにある可南子の耳へとそっと話し掛ける。

「前は踊れなかったから。
 それに、次の機会があれば、一番最初に相手をしてもらう約束だった」

「それで今回、誘ってくださったんですか?」

「ああ」

「覚えていてくれたんですね?」

「当たり前だろう」

恭也の言葉に嬉しさで胸を一杯にしながら、少しだけ意地悪そうに、
それで何かを期待するように、近くにある恭也の顔をじっと見詰める。

「どうして、当たり前なんですか?」

「それは…。その、あの約束は俺にとっても大切なものだったから」

「確かに、約束は大切ですもんね」

言って、ここまでにしてあげようとか考えていた矢先、恭也からさらりと言われる。

「確かに約束は大事だけれど、それ以上に可南子とした、大切な約束だったから」

その言葉に可南子は顔を真っ赤にし、言った恭也も顔を赤くしたまま、二人は無言で踊る。
やがて、どちらともなく笑い出す。
笑いながらも綺麗なステップを踏み踊る二人。
可南子の長い髪が流れるように後方へと伸びる。

「綺麗な髪だな」

「ありがとうございます。結構、手入れに手間を掛けてるんですよ。
 密かに自慢だったりします」

「そうか」

「恭也さんだったら、触っても良いですよ」

「それじゃあ、後で」

「はい。あ、そうそう。この間、祐巳さまが…」

お互いの事を話しながら踊る二人。
その顔はとても満ち足りており、お互いに相手を想っている事が分かる。
華やかな衣装はないけれど、喧騒から離れてたった二人きりで踊る二人の下へ、
ただ月の光だけが優しく降り降りる。
何気なく交わした約束を、しっかりとした絆を築いて、二人は月光の下、ただこの瞬間を楽しみながら踊る。
静かに軽やかに、いつ終わることもなく、ただ二人きりの時間を。





おわり







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