『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



「夕影の映る明日」






「それにしても、遠路はるばる来た早々に神社とは。
 乃梨子さんらしいというか」

「どういう意味ですか」

「いや、別に。だが、仏像はないですよ?」

「そんな事は分かってますよ。ただ、来たかっただけですから」

そんな会話をしつつ、二人は階段を降りて行く。

「にしても、突然、来るなんて言うから驚いた」

「あははは。それは、まあ、色々とありまして」

詳しく聞かない方が良いだろうと思ったのか、恭也は何も言わずに居た。
そんな恭也の気遣いに感謝しつつも、そこは聞いて欲しかったのか、乃梨子は少し肩を落す。
それに気付き、恭也は事情を聞く事にする。

「実はですね…。この冬休みの間に、仏像巡りをしてまして…」

「そうか。でも、志摩子は一緒じゃないのか?」

「はい。今回は一人です。で、ですね。私とした事がうっかりしてまして。
 交通費等もきちんと考えていたんですが、とある所で数年に一度の仏像のお披露目があって…」

「つまり、それに行ったと」

「はい、その通りです。まさに不覚でした。
 まさか、そんな事があるだなんて…」

「ああ、それに行った所為で、交通費が足りなくなったんですね」

「…その通りです。このままでは東京まで戻れない。
 かといって、2、3日で稼げるようなバイトもない。と、そんな時、ある事に思いついたんです」

「つまり、海鳴に行く、ですか」

「はい。丁度、ここまでの運賃は残ってたので。
 という訳で、東京までの運賃を貸してください!
 必ずお返ししますから!」

という予想通りでいて、尚且つ、突拍子もない行動に苦笑を浮かべる。

「まあ、それぐらいは構いませんよ。
 ですが、今日はもう遅いですから、帰るのでしたら明日以降にした方が」

「でも、何処かに泊まるようなお金は…」

「でしたら、うちに来たら良い。勿論、乃梨子さんが嫌はなければですが」

「でも、家の人とかは」

「その辺は大丈夫ですよ」

「…えっと、それじゃあ、お邪魔します」

そう言って恭也へと頭を下げるが、勢いよく下げすぎたのか、階段を踏み外す。
それを恭也が腕を引いて受け止める。

「大丈夫ですか」

「あ、はい。すいません」

「いえ、どういたしまして。
 それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

今度は足元に注意しながら降りて行く。
高町家へと向かって歩く道すがら、乃梨子はぽつりと洩らす。

「恭也さんは優しいですね」

「そんな事はないですよ。美由希たちは、意地悪だと言ってますから」

「充分に優しいですよ。まあ、確かに無条件で手を差し伸べるというのとは違いますけれど。
 ある程度は、自分でやらないといけないと分かっているから、恭也さんはただ後ろで眺めている。
 いいえ、それと分からないように支えている。
 でも、先へと進むのは、あくまでもその人の力じゃないといけないから。
 ただ、本当にどうしようもない事が起こって、その人が倒れてしまって、
 立ち上がることが出来ない時、そんな時には、恭也さんは手を差し伸べる」

乃梨子の言葉に照れたように頬を掻きながら、恭也は肩を竦めて見せる。

「それは買い被りですって」

「そんな事ありません!
 決して長いとは言えないような期間でしたけれど、それでも、恭也さんの事はずっと見てましてから!
 だから、分かるんです。それに、そんな恭也さんだから、私は好きに……って、わああぁぁっ!
 今のはなし! 忘れてください!」

「いや、忘れてと言われても…」

「う、うぅぅ」

困ったように言う恭也に対し、乃梨子は耳まで真っ赤になる。

「な、何でこんな失敗ばっかり…」

まるで泣き出しそうな乃梨子の頭にふわっと大きな、それでいて無骨な掌が乗る。

「恭也さん…」

「いつもはしっかりしている風に見えるけれど、何処か抜けている所があるのは、やはり姉妹だからかな。
 志摩子に似ている」

「あ、あんまり嬉しくない所が似てますね、それって」

「そうか。それはそれで、良いと思うけれどな」

「何処がですか」

「少なくとも、俺はそういう所も含めて乃梨子さんが好きですよ」

「えっ…?」

さらりと言われたために思わず聞き返してしまうが、恭也はやや顔を赤くして目を合わせない。
乃梨子は必死で頭を働かせ、今の個所をリプレイする。
やがて、その顔が徐々に驚きに変わる。

「え、す、好きって、きょ、恭也さんが私をですか!?」

「そんなに驚かなくても」

「驚きますって。えっとからかっているとか」

「違います」

「…夢とか?」

「これでも、夢だと思いますか?」

言って頬を引っ張る。

「痛い……。という事は、現実?」

頷く恭也を見て、乃梨子はようやく理解する。
そして、理解すると同時に再び顔を真っ赤にする。

「ほら、こんな所でじっとしていないで、早く行きましょう」

そう言って差し出された恭也の手を暫く呆然といった感じで眺めた後、満面の笑みを浮かべてその手を握る。

「はいっ!」

暮れていく日を背に受けながら、乃梨子は滞在期間を延ばそうと心に決め、繋いで手を強く握り返す。
それに応えるように、恭也もまた強く乃梨子の手を握り返す。
一つに繋がった二人分の影を追うように、二人はゆっくりと歩き出す。
これから先もそうであると言うように。





おわり







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