『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第61話 「リリアン女学園襲撃!」






土曜の朝、明日は日曜日で休みの上、授業が午前までとあり、登校する生徒たちの顔もどこか普段よりも明るく感じられる。
そんな中にあって、僅かに緊張が感じられる一団があった。
表面上は普段と変わらないが、よくよく見れば、親しい者たちなら気付くだろう。
そんな祥子たちの様子に僅かに苦笑する恭也。

「今からそんなに緊張してどうするんだ。それに、周りの人たちが変に思うぞ」

「そんな事を言われましても…」

恭也の言葉に真っ先に反応したのは、この中で最も隠し事の苦手な祐巳だった。
祐巳は思わず同じ方の足と手を同時に出してしまいそうになり、
それを意識して普段通りに歩こうとする所為で、余計に可笑しくなっていた。
尤も、本人はその事に気付いていないみたいで、祥子がそっと溜息を吐く。

「確かに恭也さんのいう事も分かるけれど、多少の緊張は仕方ないわよ。ねえ、祥子」

「あら、私は別に緊張なんかしてないわよ」

「はいはい、そういう事にしておいてあげるわよ」

「ちょっと令、何か引っ掛かる言い方ね」

「そんな事ないわよ」

さらりと返す令に、祥子は肩を竦めて見せる。

「まあ、良いけれどね。私は恭也さんたちを信じてるから」

「あら、私だって信じてるわよ。でも、緊張は別よ。
 まあ、流石に祐巳ちゃん程ではないけれど」

令は苦笑しながら祐巳へと視線を向ける。
全員の視線を受け、祐巳は誤魔化すように小さく笑うしかできなかった。

「まあ緊張するのは仕方ないですよ。絶対に守るから、もう少しだけ肩の力を抜いて。
 深呼吸でもして」

恭也に言われ、祐巳は何度か深呼吸を繰り返す。

「ふぅ〜。はい、少しは落ち着きました」

そう言って、いつもの笑みを浮かべた祐巳に感化されたのか、全員の空気も緩やかになる。
それを感じつつ、恭也と美由希は辺りへの警戒を解かないまま、歩き始める。
しかし、この二人の動きや表情はいつもと変わらず、予め、今日は家を出てから周囲を警戒するから、
少し歩みが遅くなると聞いていた祥子たちでさえ、単にいつもよりややゆっくりと歩いているという風にしか感じられない。

「お二人共、やっぱり凄いですね。緊張してないんですね」

そんな二人をじっと見ていた乃梨子が感心したように呟くが、それに二人は苦笑を浮かべる。

「一応、緊張はしてますよ。襲撃の時間は聞いているけれど、それ以前に襲って来ないとも限らないですし。
 それに、遅くてもその時間には襲撃があるから。ただ、必要以上の緊張は、いざという時に困るからね。
 まあ、それを表には出さないようにはしてますから、見た目は分からないかもしれませんけど。
 と言っても、恭ちゃんは普通の人と違って神経が図太いから、本当に緊張してないという可能性も捨てきれな……。
 い、いふゃいよ、ひょうふゃん」

「そうか、そうか。痛いか。それは良かったな。ちゃんと神経が通っている証拠だな。
 まあ、何処かの誰かさんが言うように、俺は神経が図太いらしいから、ちょっとその痛みが分からんがな」

恭也は美由希の頬を引っ張る手に更に力を込め、もう一方の手で反対の頬も掴むと、両側へと引っ張る。

「ふょ、ふょめんなふぁい〜〜」

「お前、真面目に謝る気はないんだな」

「ふょ、ふょんなことふぁ〜。っふぇ、ふょうふぁんが、ふひをおさえふぇるふぇいでふょうが!」

「何を言っているのか、全く分からん」

困った奴だとばかりに頭を振る恭也に非難の目を向ける美由希の横から、志摩子が穏やかな顔を恭也へと向ける。

「多分、美由希さんは、『そ、そんな事は〜。って、恭ちゃんが、口をおさえてるせいでしょうが!』と言ったんだと」

その言葉に、美由希は頬を引っ張られながらも強く頷き、その所為で余計に痛い目を見る。
そんな美由希を冷ややかに見下ろしながら、

「バカか?」

呟きながら手を離した恭也を睨みつつ、美由希は頬を何度も擦ると、恨めしそうに見遣る。

「バカは酷いよ。誰の所為で」

「はいはい、悪かった、悪かった」

「全然、反省してないでしょう! 大体、恭ちゃんは……何でもありません」

「ったく、朝から疲れさすな」

「誰の……。あ、鳥だ〜。何て鳥だろう、あれ」

恭也に鋭く睨まれた美由希は、偶々近くを飛んでいた鳥を指差して誤魔化す。
美由希が指差した先を見ていた志摩子が、美由希へと笑いかけながら、

「あれは、すずめね」

「…いや、まあ、そうなんだけど。えっと、志摩子さん、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

何とも言えない顔を見せながら戸惑いつつも美由希は、一応、教えてもらったので礼を言う。
そんな美由希を見ながら、志摩子は可笑しそうに笑う。
いつものような笑みではなく、楽しそうに笑っている志摩子を見て、美由希は自分が志摩子にからかわれたを気付き、少し剥れる。

「くすくす。ごめんなさいね、美由希さん」

「ぶ〜、志摩子さんまで、恭ちゃんみたいな…」

「お前の頭は、鳥か」

恭也は呆れつつも、咄嗟に頭をガードした美由希に何もせずにただ肩を竦めるだけだった。





  ◇ ◇ ◇





恭也や美由希が心配したような、計画時間よりも速い襲撃も無く、無事に全ての授業を終える。
本当なら、このまま家へと帰りたいところだが、そうなると、他の者が襲われるので、祥子たちは薔薇の館へと向かう。
昼食を取り、特にすることも無く、いつもの様に話をする。
しかし、時間が経つにつれ、徐々に口数が減ってくる。
日もすっかり短くなり、外が赤く染まる頃には、部屋の時計が進む音だけ妙に耳へと聞こえてくる。
やがて、時計の長針が薔薇の館へと来てから何度目かになる真上へと近づいた頃、恭也と美由希がゆっくりと席を立つ。
高まる緊張が部屋の中を張りつめさせる中、恭也たちは大丈夫だからと声を掛け、部屋を出て行く。
階段を降りながら、恭也と美由希は昨夜の内に決めていた事を確認し合う。

「美沙斗さんたちが裏から手を回して、出来る限りの生徒や教師たちをこの時間までには帰すように手配してくれているはずだ」

「うん、分かっている。ここにやって来る人は、敵だね」

「ああ、そう考えて良い。一応、教師の顔は全員覚えているな」

「うん、大丈夫」

「なら、良い。俺は裏へと周るから、お前はこの薔薇の館の前で」

「後は臨機応変に、だね」

恭也は頷くと、先に薔薇の館から外へと出る。
恭也はそのまま裏へと周り、美由希は少し薔薇の館から離れた所へと身を隠す。
恭也の気配が離れて行くのを感じつつ、美由希はゆっくりと深呼吸をし、静かに瞳を閉じる。
裏へと向かった恭也は、薔薇の館から離れた所で足を止め、そのまま薔薇の館へと通じる道で静かに立ち尽くす。
期せずして、美由希と同じように瞳を閉じる。
時計の長針が真上へと辿り着き、同時に学校の外、少し離れた所から季節はずれの花火が一発上がる。
それを合図をし、学校の周囲に複数の影が姿を見せる。



上がった花火を見上げながら、美沙斗は小さく口の中で呟く。

「どうやら、始まったみたいだね」

その呟きに答えるかのように、美沙斗の前に数人の男たちが現われる。
男たちは当初、美沙斗を見て驚いたようだったが、何事も無かったかのように通り過ぎようと歩き出す。
男たちがその一歩目を踏み出すよりも早く、美沙斗が男たちへと話し掛ける。

「つれないね。折角、待っていたんだ。もう少しゆっくりしていったらどうだい?
 尤も、ここから先へは行かせる気はないけれど」

美沙斗は小太刀を一刀、ゆっくりと抜き放ちながら、男たちを見渡す。
それを見た男たちの反応も速く、それぞれが懐へと手を忍び込ませると、それぞれの獲物を取り出す。

「サイレンサー付きの銃に、ナイフ、そして、素手か」

美沙斗は男たちを見渡し、その獲物を確認すると、一番近くに居た男へと走り出す。
と、美沙斗が居た場所に穴が開き、煙が立ち昇る。
銃を手にした男は舌を鳴らすと、もう一度美沙斗へと照準を合わせるが、その向こう側にいる味方が邪魔して撃つ事を躊躇う。
その間に美沙斗は一人目の男へと近づくと、男の獲物であるナイフを弾き飛ばし、茫然としている所へ、斬りつける。

「がぁっ!」

右足の腱を切断され、地面へと倒れる男を一顧だにせず、美沙斗は次の男へと向かう。



美沙斗とは離れた所で、弓華もまた男たちと対峙していた。

「他の侵入ルートにも隊員の配置は済ませてあります。大人しく投降する気は……。
 ないみたいですね」

弓華は同時に襲い掛かって来た二人の男を冷ややかに見詰め返すと、腕を振るい、投擲用のナイフを男たちへと投げ付ける。
それは真っ直ぐに男たちの肩へと突き刺さり、男たちの動きが若干、止まる。
弓華は投げると同時に男たちへと走っており、二人のうち、自分から向かって右側の男の肩に刺さったナイフへと蹴りを放つ。
更に深く刺さるナイフに悲鳴を上げる男の顎を、そのまま足を降ろさずに蹴り上げると、鳩尾、脇腹と殴りつけ、
最後に肘を鼻の下へと叩き込む。
口と鼻、肩からも血を流して倒れる男を踏み台にして飛び上がると、今度は左側の男へと上空から襲い掛かる。
ここに来て、他の男たちも自分のするべき事を思い出したのか、めいめいに武器を取り出し、
銃を持っている者はその銃口を弓華へと向ける。
しかし、その頃には弓華は男の顎を丁度、逆立ちしたような態勢で両手で掴んでおり、そのまま勢いをつけて、男の背中側へと降りる。
男の顎の下で組んだ両手はそのままに。
結果、男は仰け反るような格好になり、そこへ身体を半回転させその背中、腰の付け根辺りへと、弓華の両足の蹴りが決まる。
嫌な音と共に、男は口から空気を吐き出すとそのまま崩れ落ちる。
完全に白目を向いており、意識はなくなっている。
下手をすれば下半身不随にもなりかねない攻撃をやって、平然としている弓華に男たちも流石に危険を感じて後退る。
弓華はそれを醒めた眼差しで見遣る。

「まったく、自分達が他人に危害を加えるのは良いのに、自分達が加えられるとなったら、
 途端に人を冷酷無比な人間だと言わんばかりの目で見て。
 まあ、その考えはあながち間違いではないかもしれないですけどね。
 あなたたちみたいな人相手には、一切の容赦はしませんよ、私は」

呟くと同時に駆け出す弓華へと、男たちの攻撃が始まる。



「悪いが、ここから先は行かせるわけにはいかないんだ。
 これも、弓華隊長の命令でね」

「嘘吐け。お前の場合は、御神隊長に良い所を見せたいだけだろうが」

「な、何を言う。そんな訳あるか」

「二人共、いい加減にしておけ。ほら、あちらさんも怒ったじゃないか」

いきなり現われて訳の分からない言い合いを始めた二人を茫然と見ていた邃の男たちは、銃を取り出して構える。
それを見た、目の前の三人組のうち、それまで横で黙って居た男が言うが、その声はどこまでも人を喰ったようにしか聞こえず、
銃を構えた男たちは一斉に引き金を引く。
それを見た男たちは、すぐさまその場を飛び退いており、着弾した頃にはその場には居なかった。

「流石に、御神隊長や弓華隊長のように、銃弾を弾いたり、避けたりは出来ないからな。
 さて、真面目にやりますか」

その男の言葉を合図に、警防隊の三人はそれぞれの獲物を取り出すと、男たちと交戦を開始した。



恭也は遠くからの戦闘の開始を感じつつ、事前に美沙斗より聞いた配置とこの周辺の地図を頭に思い描く。

(美沙斗さんと弓華さんがそれぞれ一人で、敵の計画書より分かったメインとなるルートを待ち伏せ。
 他の隊員の方たちが、三人一組で他の侵入ルートを担当してくれている。
 美由希と二人では、正直、少しきつかったな)

恭也は美沙斗や弓華たちに感謝しつつ、こちらへとゆっくりと近づいて来る者を待っていた。
程なくして、その人物が現われる。

「ここで待ち伏せか。やはり、計画の事は知られていたみたいだな」

「ああ。でも、お前までが出てくるとは思わなかった」

恭也の言葉に、目の前に立つ長髪に長刀を持った女、リノアが微かに笑みを覗かせる。

「そうか? 私だって邃の者だから、出てきても可笑しくはないだろう」

「確かに。だが、何故、邃に居るんだ?」

「……色々とあるんだよ」

「宗司という奴が言っていた新しい世界というやつか。
 だが、そんな事のために、何の罪も無い祥子たちを攫うと言うのか!」

「…私はお前と話すために来たのではない」

リノアの表情がほんの少しだけ翳りを帯びたように見えたが、すぐに元に戻る。
恭也はが自分の勘違いかと気を引き締める前で、リノアは静かに長刀を抜き放ち構える。

「この間は助けが来たが、今度はそうはいかないぞ」

「……」

リノアの言葉に恭也は無言のまま、ただ構えることによって応じる。
人気のない学園の裏。普段でさえも、この場所には誰も来ないような薄暗い場所で、二人の剣士はただ静かに向かい合う。





つづく




<あとがき>

遂に切って落とされた戦いの火蓋。
美姫 「今度の舞台は、学園内という日常の場所」
日常を象徴する場所で、ある意味、非日常と呼ばれる事態が!?
美姫 「果たして、どんな結末が待っているのかしら」
それは、次回までお待ちください。
美姫 「それじゃあ、次回までごきげんよう」
ではでは。





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