『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第56話 「恭也と可南子と」






昼食を取り終えた一同は、それぞれの教室へと戻る。
美由希が受け取ったプレゼントの数々は、とりあえずそのまま薔薇の館へと置いていく。
教室へと戻る一行の一番後ろを歩く可南子は、微かに顔を俯かせて何か考えているようだったが、それに誰も気付かなかった。

午後の授業を終え、放課後に再び薔薇の館へと集まる。
学園祭も終わり、大きな仕事は今の所はないので、のんびりとお茶を楽しむ祥子たち。
お茶請けには、美由希が貰ったクッキーやカップケーキが並ぶ。
それらを摘みながら、話に花を咲かせる面々の中、可南子はただ一人静かだった。
そんな可南子の様子に気付いた恭也は、気遣わしげに可南子へと視線を送る。
その視線に気付いたのか、可南子が顔を上げて恭也へと視線を向ける。
視線がぶつかると、可南子は逸らそうとするが、それよりも先に恭也が僅かに扉へと目を向ける。
その意味を悟り、可南子は諦めたのか、微かに吐息を零すと、席を立つ。

「すいません、教室に忘れ物をしたので取ってきます」

その言葉に他の誰かが反応するよりも速く、恭也が席を立つ。

「では、念の為に付いて行きましょう」

美由希に後を頼むと、恭也と可南子は薔薇の館を出る。
館を出た二人は、すぐに館の横へと移動する。
それから恭也は可南子に向き直り、

「どうかしたんですか?」

恭也の問い掛けに対し、可南子は小さく首を振って何でもないと言うが、恭也は尚も問い掛ける。
その言葉に可南子はゆっくりとだが話し出す。

「じ、実はですね……」

可南子はそこまで言うと、微かに俯き腕を後ろへと回してモジモジと体を僅かに揺する。
そんな可南子を可愛いと思いつつ、恭也は静かに可南子が話し出すのを待つ。
やがて、意を決したように後ろへと回していた手を前へと持ってくると、そのまま恭也へと差し出す。
一瞬、きょとんとなる恭也だったが、差し出された可南子の両手にちょこんと乗ている小さな包みが目に入る。
少し考えた後、その包みを取ると、恭也は可南子へと尋ねる。

「これは、俺が貰っても良いんですか」

「あ、はい。そ、その、昨日、美味しそうに食べてらしたから、作ってみたんですが…」

「一体、いつの間に…。あ、夕食後にリビングに居なかったのは」

「そうです。これを作ってました」

恭也の言葉に少し恥ずかしそうに答える可南子に、恭也が不思議そうに尋ねる。

「でも、すぐに渡してくれれば良かったのに」

「は、恥ずかしいですから、誰も居ない時に渡そうと思ったんです。
 でも、お昼休みに美由希さまが沢山貰ってきて、それを皆さんで食べると仰ったので、余計に渡し辛くなってしまって…」

「そんな事を気にしなくても良いのに。元々、あれは美由希が貰った物なんだし」

「それはそうなんですけど…」

また俯く可南子に、恭也は優しく声を掛ける。

「ありがとうございます」

その言葉に、可南子はすぐさま顔を上げると、僅かに笑みを浮かべる。

「いえ。恭也さんには色々とお世話になってますから。そ、そのお礼です」

「そんな大した事は…」

「いいえ。私にとっては、とても大事な事だったんです。
 父の事とか…」

恭也の言葉を遮り、可南子は少し大きな声でそう言う。
それを受け、恭也も何も言わずにただ頷く。
そんな恭也の目を見詰め、可南子はその勢いのまま言葉を紡ぐ。

「そ、それで、今ここで食べてもらえますか。
 その、皆さんの分を作る余裕がなかったので…」

「ああ、そういう事か」

可南子の言葉に頷くと、恭也は受け取った包みを開き、中に入っていたクッキーを一つ摘んで口に放り込む。
それをじっと不安そうに見詰めている可南子へ、恭也は飲み込んでから声を掛ける。

「うん、美味しいですよ」

それを聞き、ほっとしたような顔になると、すぐに嬉しそうな笑みへと変わる。
そんな可南子の前で、恭也はクッキーをもう一つ掴むと口へと放り込む。
二人は恭也が全てのクッキーを食べ終えるまでその場にいた。
全て食べ終えると、

「ごちそうさま」

「いえ」

恭也の言葉に微かに頬を染めつつ、可南子は髪を指先で弄りながら地面をじっと眺める。

「それじゃあ、中に戻ろうか。あまり遅いと心配するだろうし」

「あ、はい」

恭也の言葉に頷くと、可南子は先に薔薇の館へと歩き出す。
その背中を追って恭也もゆっくりと歩き出すのだった。





  ◇ ◇ ◇





東京郊外にある人気のない山奥。
その山奥に、何かの研究施設を思わせるような建物が存在していた。
既に時刻は深夜を回っているというのに、その窓から明りが見てとれる。
それだけではなく、空気を震わす甲高い音や、日本ではあまり馴染みない乾いた音が響く。
単発で聞こえてくるときもあれば、休む間も無く絶えず聞こえてきたりもする。
そんな銃声が飛び交う中、壁の後ろや柱の陰へと移動する者たちの姿があった。
時には応戦するように、手を出しこちらも発砲する。
この建物の至る所で、こうした銃撃戦が繰り広げられていた。
その建物内でも、最も奥まった個所、それも地下に美沙斗の姿はあった。
片手に小太刀を持ったまま、壁に凭れ掛かっている。
と、微かに壁から顔を少しだけ出した途端、激しい銃弾が美沙斗へと降り注ぐ。
壁と言わず、床や果ては天井にまで銃弾が飛び、塗装が剥がれていく。
それを感じながら、美沙斗の後ろから一人の女性が呆れた様な声を出す。

「やれやれ。まるで素人ですね。どうやったら、天井に弾が飛んでいくんですか」

日本語ではない言葉で発せられたその内容に、美沙斗は表情も変えずに答える。

「恐らく、ここに居る者たちは訓練を受けてないんだろう。何せ、白衣を着ているぐらいだからね
 恐らく、訓練を受けたものは、全て上に居るか……」

「この奥という訳ですね」

「多分……ね。邃という組織はその全てが謎とされているけれど、その前身ともいうべきものは…」

「幾つかの組織を吸収した組織でしたね」

「ああ。その中から、一定の能力を持った者たちのみで構成されたのが邃だからね」

「単なる烏合の衆とは違い、様々な方面でそれぞれ優秀な者たちが居るという事ですね」

「ああ。その反面、こうして苦手な部分が出てくる。
 さしずめ、ここに居る者たちは戦闘員ではないんだろうな」

「成る程。つまり、この先にはかなり重要なものがある可能性があるという訳ですね」

「ああ。そして、恐らく当然のように戦闘員も待ち構えているだろうね。……弓華」

「了解ね」

銃弾が止んだのを見逃さず、美沙斗は今まで話していた相手の名を短く呼ぶ。
それだけで意図を察した弓華は、余計な事は言わず、短く答えると片手を上げて前へと振り下ろす。
と、二人の後ろに居た数人の男女が一斉に飛び出して銃を撃ち始める。
向こうが怯んだのを見て、美沙斗と弓華は廊下を駆け出す。
その後に続くように、手に様々な近接用の武器を持った者たちが続き、先ほど銃を撃っていた者たちがそれを援護する。
何人かが撃ち返してくる中、美沙斗と弓華は後ろに続く者たちと比べても更に早い動きで敵陣へと切り込む。
元々、戦闘訓練を受けていなかった者たちだったため、二人に接近され、
味方への被害が出る事を恐れてか、銃を撃つ事に躊躇いが生じる。
そこへ、美沙斗と弓華の後に付いて来ていた者たちがやって来て、あっという間に全員を無力化する。
それを確認すると、美沙斗は通路の先へと視線を向ける。
その先には頑強な扉があり、どうやら電子ロックらしきものも伺える。
そんな美沙斗の横に並び、弓華が小声で呟く。

「どうやら、あそこが終点みたいね」

「ああ。さて、何が出るか」

「とりあえず、歓迎はされてないでしょうけどね」

美沙斗たちは慎重にその扉まで近づくと、扉の前で足を止める。
この扉を開けるには、セキュリティーカードを入れ、パスワードの入力が必要なようだった。
弓華が黙って手を上げて合図すると、心得た者で一人の男が前へと進み出てくる。
男はその手に、先ほどの白衣を着ていた男たちの中の一人の襟首を掴んでおり、その男に扉を開けるように促がす。
白衣の男は首を何度も縦に振ると、手を内ポケットへと入れる。
瞬間、周りにいた者たち数人が銃を構え、それに怯えて動きを止める。
その白衣の男の内ポケットへと男が手を伸ばし、そこから一枚のカードを取り出すと、白衣の男へと渡す。
それを震える手で受け取ると、白衣の男は扉横に付いているスロットへとカードを通す。
ピッという電子音が小さく鳴り、赤いランプが緑へと変わる。
それを確認すると、その横に付いている数字の書かれたキーを何度か押す。
全ての作業を終えると、ガコンという重々しい音と共に、扉がゆっくりと少しだけ開く。
それを確認すると、白衣の男は気絶させられ、廊下の隅へと寝かされる。
開いた隙間から二人程が中を確認するが、視認できる範囲には何も見ることが出来ず、美沙斗や弓華を振り返る。
それを受けた二人は顔を見合わせると頷き、他の者たちに確認するように顔を見渡す。
それだけで理解したのか、全員が頷く。
それを確認すると、弓華と美沙斗がそれぞれ左右から扉へと近づく。
嫌が上にも高まる緊張感の中、弓華がゆっくりと足を上げ、扉を中へと蹴り開ける。
瞬間、幾つもの銃弾が打ち込まれる。
しかし、全員が左右へと分かれていた為、被害はない。
僅かに顔を出して中を確認した弓華は、反対側に居る美沙斗へと声を掛ける。

「すいません、美沙斗。どうやら、終点ではないようです」

弓華の言葉通り、扉の中は少し広いフロアのようになっており、美沙斗たちが居る場所から正面の奥に扉がまたあった。
部屋の中央よりやや奥側に敵は陣取り、銃を撃ってくる。
再び始まった銃弾に身を引きながら、美沙斗は微かに笑みを見せて弓華に返す。

「確かに終着ではないけれど、歓迎はあったね」

「ええ。それも、かなり熱烈な…。
 あまりしつこく求愛する男性は嫌われますよ」

「しつこくなくても、弓華は相手を振るだろう。
 たった一人以外からの求愛は」

「み、美沙斗、今、ここでいう事ではないでしょう」

「ああ、確かに悪かったね。それにしても、これだけ集中して撃たれると、中には簡単には入れないね。
 …さて」

今まで冗談を言い合っていた二人が真剣な顔付きに変わる。
同時に、他の者たちも気を引き締める。

「グエン」

「はい」

美沙斗に名前を呼ばれ、一人の男が短く返事をしながら美沙斗の傍へと来る。
同時に手に何やら取り出すと、ピンらしきものを抜き、暫らく時間を置いてから中へと放り投げる。
中へと転がった物体は、そのままフロアの中ほどまで転がると、突然閃光を発し、爆音を立てる。
銃声が止み、中から慌てた声が聞こえてくる。
美沙斗の合図で、一斉に中へと踏み込むと、それを察したのか視力が回復していないにも関わらずに発砲してくる。
先程の者たちと違い、味方に当たるかもしれないなどという考えは浮ばないのか、当たったらそれまでと思っているのか。
どちらにしろ、視力が回復していない為、殆どがあさっての方向へと飛んでいく。
しかし、それでもちゃんと飛んでくる弾もあり、何人かがそんな銃弾に当たる。
フロア内にあった休憩用のソファーや柱、木などの陰に入りつつ銃弾を躱し、反撃する警防隊員や、
接近戦を得意とする者は、敵へと目指して掛けていく。
美沙斗や弓華も後者に当たり、二人は敵陣へと飛び込むと、近くに居る者から倒して行く。
こうなってくると混戦状態となり、警防隊の方は銃による援護を味方に当たらないように慎重に行う。
敵の方も銃を捨て、接近戦へと切り替えてくる。
視力も回復したのか、一方的な展開から徐々に拮抗し始めるが、最初の先制が聞いたのか、そのまま警防隊が押しきっていく。
次々と敵を倒す警防隊の中にあって、やはり美沙斗と弓華の動きは抜き出ていた。
ようやくフロアを制圧し終えた美沙斗たちは、辺りを警戒しつつ、奥にある扉へと辿り着く。
ここの扉はさっきのと違い、極普通の鉄製の扉で鍵も掛けられていないらしく、すんなりと開く。
慎重に扉を開け、中へと踏み入る。
しかし、危惧したような反撃もなく、少し拍子抜けするぐらい静かだった。
左右に扉が幾つか付いている廊下を進む。
警防隊員が何名で組んで、それぞれの扉へと入って行く。
それらを眺めながら、美沙斗と弓華は真っ直ぐに進んで行く。
やがて廊下を突き当たって曲がるとその先の正面に新たな扉が現われ、美沙斗と弓華は慎重に開ける。
その部屋の中には、幾つかのコンピュータが電源が入った状態で置かれており、美沙斗たちの姿に気付いた白衣を着た者たちが、
突然の闖入者に驚いて動きを止める。中には、椅子から落ちる者も居た。
ここまでやって来た美沙斗たちに抵抗するだけ無駄だと思ったのか、元々戦闘を得意としない者たちという事もあり、
白衣の者たちは全員が大人しくなる。
全部で三人居た男たちを拘束しつつ、美沙斗は机の上に置かれた書類らしきものに目を留める。
同時に、一瞬だけ動きを止めたかと思うと、それを訝しく思って声を掛けようとした弓華よりも早く、その書類を手に取る。

「美沙斗、どうしたんですか」

弓華の呼び掛けにもすぐには答えず、美沙斗の目はその内容を辿っていく。

「美沙斗?」

「あ、ああ。これを…」

二度目の呼び掛けで気付いた美沙斗は、手にしていた書類を弓華へと見せる。
内容は数枚の写真に地図や、建物の見取り図などがあった。
そして、その表紙には、かなり重要な事を示す印と、『リリアン女学園襲撃計画』という小さな文字があった。
美沙斗は白衣の男たちを睨みつけつつ、これに付いて聞く。

「これはどういう事だ」

美沙斗の眼光に震え上がりつつ、一人の男が何とか声を出す。

「し、知らない。ただ、上から送られてきただけで。我々は、ただそれを保管していただけです」

「……」

その言葉の真偽を測るように睨み付けてくる美沙斗に、男たちはすっかり怯える。
そんな美沙斗の肩に、弓華はそっと手を置く。

「美沙斗、とりあえず落ち着いて」

「……あ、ああ、そうだね。後で、捕まえた奴らから聞き出せば良いか」

「そうですよ。それに、事と次第によったら、私たちもこのまま手伝いますから」

「しかし、それは隊長の許可が」

「勿論、ちゃんと取りますよ。
 でも、元々、邃を日本へと出さないようにアジトの襲撃計画があったんですから、大丈夫かと。
 それに、何人かを取り逃がして、それを追って私たちが来たんですから、折角ですから私たちを利用しないと」

「利用というよりも、協力と言ってくれる方が良いかな」

「ですね。では、協力しますから」

「それは礼を言わないとね。それよりも、この事を恭也たちに伝えるべきか」

「もう少し、詳しい事を聞きだしてからの方が良いんじゃないですか」

「それもそうだね。後、幾つアジトがあるのか。まだ何人の仲間が居るのか。
 聞きたい事は、それこそ山のようにあるからね」

「ええ。それらが少しでも分かってから、恭也くんに連絡すれば良いんじゃないですか。
 まだ、その計画書によると日にちもありますし、ここは余計な心配をさせるよりも、護衛に徹してもらう方が良いでしょうね」

弓華の言葉に美沙斗は頷く。
その横を、白衣の男たちを連れた警防隊員が通り過ぎていった。





つづく




<あとがき>

今回の日常は可南子。
美姫 「さて、後何回、日常編は書かれるのかしらね」
ふふふふ。
美姫 「ぶ、不気味な笑みを浮かべるな!」
ぐげりょぉ! し、しどい……(涙)
美姫 「酷くないわよ!」
と、とりあえず、事態はゆっくりと、しかし確実に進んで行くのだった。
美姫 「日常はいつ破られるのか!?」
とりあえず、次回までごきげんよう。
美姫 「って、それは私の台詞よ!」
うぎゃっ! ぐげっ! ぐにょっ!
ちょ、いっ! …ま、げっ! …待て、げろみょにょぴょーー!!
美姫 「……ふ〜、ふ〜」
ピクピク……。
美姫 「それじゃあ、ごきげんよう」





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