『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第44話 「歌姫たちの午後」






学園長室でフィアッセたちと分かれた恭也は、薔薇の館へと戻って来ていた。
もうすぐ昼休みも終る時間だったので、祥子たちは既に教室へと戻る準備をしていた。
それでも、ギリギリまで恭也を待とうとしていたのだろう、恭也が中へと入ると、全員が一斉に振り向く。

「用件の方は、もう済んだのですか」

「ああ」

そう尋ねてくる祥子に、恭也は頷いてみせる。
それを受け、時間もあまりないという事もあり、すぐさま教室へと戻る事にする。
特にこれという事も無く、無事に午後の授業を終えた恭也たちは、薔薇の館へと集まっていた。
今は、特にこれといった仕事もなく、のんびりとした時間が流れる中、階段を上ってくる音が聞こえてくる。
程なくして、扉がノックされる。
代表するような形で、祥子が入室を促がすと、扉が開いてその客が姿を見せる。

「すいません、ちょっとお聞きしたい事があります!」

そう言いながら飛び込んできた三奈子を見て、殆どの者が同じ事を考えていた。
即ち、

(ああー、どこかでみた光景…)

そんな事を思っているなど考えもせず、三奈子は恭也へと顔を向けると、話し出す。

「あ、あのですね、い、今、私がそこで誰に会ったのか、お分かりになりますか。
 そ、それでですね、その方たちが仰るには、指導を聖歌隊に。
 しかも、それを頼んだのが、恭也さんと…。一体、全体、どういうご関係で。
 いえ、そもそも、どうして、こんな所に。いえ、それは恭也さんがお頼みしたんでしたわね。
 ええ、ええ、分かってます。落ち着いてますよ、私は」

説得力の無い事を最後に言って、大きく肩で息をする三奈子に、祥子が呆れたように言う。

「三奈子さん、とりあえず、落ち着いて下さい。
 それと、何を仰ったのか、全く分かりませんでしたので、もう一度、今度はきちんと整理してからお話ください」

「え、ええ」

祥子の言葉に、三奈子は多少は落ち着きを取り戻したのか、そう頷くと、何度か深呼吸を繰り返す。
そして、整理が付いたのか、ゆっくりと話し出そうとして、そこへ、また新たな来客が来る。

「今日は千客万来だね、祥子」

「ええ、本当に。どうぞ、お入りください」

「は、はい。失礼します。じ、実は、恭也さまにお聞きしたい事と……。
 って、お姉さま!? こんな所で何をしてるんですか?」

「それはこっちの台詞よ。貴女こそ、どうしたのよ」

「前と順序は違うけれど、似たような事があったわよね〜」

完全に他人事といった口調で、由乃がそう言う。
少なからず、似たような事を思っていた面々だったが、このままでは埒があかないと判断し、
とりあえず、三奈子の用件からを伺う事にする。
しかし、遠慮がちに真美が声を上げる。

「あ、すいません。実は、お客様をお連れしてまして」

どうやら、扉の向こうで待っているらしく、それを聞いた祥子は呆れたように入ってもらうように告げる。
その声が聞こえたのか、真美が扉を開けるよりも先に、外から扉が開かれる。

「お邪魔しま〜す」

「邪魔するんやったら、帰ってや〜」

「ゆうひ、ここはお嬢さま学校なんだから、そんなのは通じないって」

「うぅ〜、笑いは全国共通やと思っとたのに」

ちゃんと挨拶をして入室して来たフィアッセの後に、ゆうひとアイリーンがそんな事をしながら入ってくる。
二人のやり取りを茫然と眺める一同の中、恭也は頭を押さえ、美由希は苦笑いを浮かべている。
先に入ったフィアッセは、恭也を見つけるなり、抱き付く。

「恭也〜、久し振り〜」

「久し振りって、昼休みも会っただろうが」

「もう、良いじゃない。って、美由希も久し振り」

そう言うと、今度は美由希に抱き付く。
美由希も笑顔を浮かべて、抱き返す。

「本当に久し振りだね」

「うん、元気そうだね」

そう言って離れたフィアッセと変わるように、アイリーンとゆうひも美由希へと挨拶をする。
そして、どうして三人がここにいるのかという疑問を浮かべた美由希に、フィアッセが事情を話す。

「そうだったんだ。それで、昼休み…。
 恭ちゃんも、教えてくれれば良かったのに」

「仕方がないだろう。あの時は、話す時間がなかったんだ。
 それに、下手に教えて、フィアッセ達の邪魔をする訳にはいかないだろうが」

「それはそうなんだけれど…」

「邪魔やなんて事はないで〜。恭也くんとうちらの仲やん。
 えっと、志摩子ちゃんやったよな。久し振り、元気にしてた」

「あ、はい。その節は大変お世話になりました」

「ええって、ええって。所で、聖ちゃんはおらんねんな」

「あ、お姉さまは、もう卒業されたので」

「ああ、そっか」

「何、ゆうひ。そっちの子と知り合いなの?」

「そうやで。少し前に、恭也くんを取り合って、それはもう壮絶な戦いを…」

「以前、SEENAさんのコンサートに行った時に、楽屋の方まで挨拶に行ったんですよ」

「ああ、そういう事ね」

「恭也くん〜。ボケを殺すんは、あかんで〜。
 そないな事されたら、うち、悲しいわ」

「すいません。しかし、このままだと話が進まないと思いましたので」

「うぅ、そんな殺生な。恭也くんは、ゆうひさん殺すにゃ刃物は要らぬ、ボケさせなければ、それでいい。
 って、言葉を知らんのかいな〜」

「すいません、全く知りませんでした。初耳です」

「うぅ〜。また、そんな真面目な返答を……。アイリーン、うち、自信無くした〜」

そう言うと、横にいたアイリーンに抱き付く。
アイリーンは苦笑しながらも、その背中を軽く叩きながら、

「ああ、はいはい。可哀相、可哀相。
 でも、お笑いをなくしても、貴女にはまだ、歌があるでしょう」

「そうやったな。うちには、歌があるんや」

「そうよ! 今こそ、その想いを歌に乗せて」

「よっしゃ。一番、椎名ゆうひ、歌わさせて頂きます。
 歌は世につれ、世は歌につれ。椎名ゆうひが歌います、海峡〜」

「こらこら、二人共、それぐらいにしておきなよ。
 皆、茫然としてるじゃない」

今にも歌いだそうとするゆうひを、フィアッセが止める。
慣れている恭也と美由希は兎も角、多少は知っているはずの志摩子も含め、全員が呆気に取られたようになっていた。

「初めての人には、ちょっとショックだったかもね。
 SEENAが、普段はこんなだって事実は」

「アイリーン、それはどういう意味や。うちは、皆と仲良くしようとやな」

「でも、半分以上、地でしょう」

「まあ、それも否定できんな」

そう言って朗らかに笑うゆうひ。
そんな中、恭也は冷静にフィアッセへと尋ねる。

「所で、時間は良いのか。それに、どうしてここに?」

「うん? だって、恭也ったら、昼間に言ったじゃない。同じ学園内でも、あまり会えないだろうって。
 だったら、私が会いに行くって行ったでしょう」

「まさか、それだけか」

「そうよ♪ 学園長にお願いして、恭也がよくいる場所を聞いたのよ。
 それで、途中で会った、この子に案内をお願いしたって訳」

「そういう事か。…真美さん、フィアッセたちが迷惑をお掛けしたようで」

恭也は納得したように頷くと、真美へと頭を下げる。
それを、真美は慌てて上げさせる。

「い、いえ。そんなに大した事はしてませんから。
 それに、CSSの方たちとお話できて、私の方こそ、お礼を言いたいぐらいですよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「恭也〜、私の時と態度が違う」

「気のせいだ」

「ふ〜ん。あっそう、そういう事を言うんだ」

フィアッセはにやりと笑みを浮かべる。
それを見て、恭也は益々、ティオレさんに似てきたなと思いつつ、慌てて口を開く。

「それよりも、早くしないと聖歌隊の人たちが待っているんじゃないのか」

「うん? あ、それもそうだね。でも、その前に、そちらの方たちも紹介してよ、恭也」

フィアッセの言葉に、恭也はこの場にいる者たちを紹介する。
紹介された面々は、多少緊張しつつも、どうにか挨拶を済ませる。
全員の紹介を終え、改めてフィアッセたちも紹介を済ませると、フィアッセは時計を見る。

「と、そろそろ行かないと、本当に駄目だわ。アイリーン、ゆうひ」

「そうね。それじゃあ、恭也、美由希、またね」

「恭也くん、美由希ちゃん、またな〜」

「それでは、これで失礼します。それと、また、ここに来ても良いですか?」

フィアッセの言葉に、祥子は笑みを浮かべて頷く。

「ええ。こちらこそ、是非」

「ありがとう。それじゃあ、また来させて頂きますね」

そう言うと、三人は薔薇の館を出て行く。
三人を見送った後、恭也は少し疲れたようにそっと息を吐く。
そこへ、三奈子と真美が、それぞれ、不安そうな顔と興味津々といった感じで恭也に視線を向ける。
そんな二人の反応を見て、祥子が口を開く。

「つまり、お二人はフィアッセさんたちと恭也さんの関係をお聞きしたいんですね」

「その通りです」

二人は祥子の言葉に頷くと、恭也へと視線を向ける。

「フィアッセの両親と俺の父親が友達で、その関係で、俺や美由希も小さい頃からフィアッセとは知り合いなんですよ。
 つまり、幼馴染ですね」

「そのお陰で、CSSの方たちとも知り合いなんですよ」

恭也の言葉を補足するように、美由希がそう付け足す。

「えっと、できれば…」

「記事にしないでくださいという事ですね」

「ええ」

「まあ、別に構いませんけれど……。多分、無駄だと思いますけどね」

恭也の言いたい事を察し、先にそう言った真美だったが、最後にはそう呟く。
この時には、どういう事かは分からなかったが、翌日にその意味を知ることとなる。
何故か、翌日の昼には学園の殆どの者が、その事を知っているという状況になるのだった。
勿論、犯人は言うまでもなく、フィアッセ本人から聖歌隊へと伝わり、そこから、といった事だった。



ある程度の時間が経ち、恭也たちは変える支度を整える。
帰りに聖堂へと寄り、少しだけ中の様子を窺う事にして。
聖堂では、聖歌隊は丁度、休憩に入ったらしく、椅子に腰を降ろしてゆっくりとしていた。
そんな中、ゆうひは一人中央へと立つと、徐に歌いだす。
その透き通った歌声は、聖堂一杯へと広がり、いつの間にか話をしていた生徒たちも口を噤み、その歌声に耳を澄ませる。
それは、外で見ていた祥子たちも同様で、その歌声に聞き惚れえる。
いつの間にか、ゆうひを中央にフィアッセとアイリーンも傍に立ち、歌い始めていた。
三人の歌声が重なり、更に高く高く響いていく。
三人が立つ場所へと、ステンドグラスから差し込む光によって、ある種の神々しささえ感じさせた。
ついさっきまで、薔薇の館でふざけていた人物と目の前の人物が別人のような気さえ起こしそうになる。

「…凄い」

誰かが思わずそう零した言葉に、勿論、誰も異論もなく、最後まで聞き惚れるのだった。
と、歌い終えた途端、いつものように朗らかな笑みを浮かべる。

「もう、皆して、そんなに注目されたら、恥ずかしいやんか」

ゆうひの周りには、何人かの生徒が集まり、何やら楽しそうに話を始める。
誰にも分け隔てのない笑みを見せるゆうひは、やはり、すぐに打ち解けたようだった。
そこへ、フィアッセやアイリーンも加わり、暫しの休憩を楽しむ聖歌隊たちを眺めつつ、恭也たちはその場を去る。

「はぁー、やっぱりSEENAさんは凄いですね」

「そういえば、志摩子はSEENAの…」

「ええ。こんなに間近で聴けるなんて。この間のコンサートの時もかなり間近で聴きましたけれど。
 やっぱり綺麗な歌声ですね」

「CSSの人たちは皆、歌が大好きで、何よりも、歌に想いを魂を込めてますから。
 って、ティオレさんの受け売りですけどね」

「そんな人たちに教えてもらえるなんて、あの子たちにとっては、それだけでも大変な事でしょうね」

令が感動したまま、呟く。
それに祥子は頷きながら、微笑する。

「本当に、当日が楽しみだわね」

恭也が、自分たちの為にフィアッセたちを呼んでくれたことには気付いたが、
その事を言って礼を述べても、恭也は喜ばないと分かっているので、祥子はただ素直にそう口にする。
そんな祥子の言葉に、祐巳が嬉しそうに頷く。

「はい、本当に楽しみですね、お姉さま」

祐巳だけでなく、全員が楽しそうな笑みを浮かべるのを見て、恭也と美由希はやっぱりフィアッセたちの歌は凄いと思うのだった。





  ◇ ◇ ◇





目の前にある扉を、ノックするのももどかしいとばかりに、やや乱暴に叩き、中からの返答が返るなり、扉を開く。
急ぎ中へと入ると、扉を閉めながら、美沙斗は口を開く。

「隊長、すぐに休暇をください」

「急にどうしたんだい」

「いえ、ちょっと事情がありまして」

「ふむ。美沙斗くんがそこまで言うのなら、かなりの事情なんだろうね。
 何とかしてあげたいけれど…。せめて一週間、いや、三日程待てないかな」

「どうしてですか」

「これだよ」

そう言って、隊長と呼ばれた男は、美沙斗に向かって机の上に一つの書類を滑らせる。
それを受け止めると、美沙斗はざっと目を通していく。

「これは…」

「龍のアジトが新たに幾つか分かった。
 今、そこへと攻め込む算段を考えていた所なんだ」

「他の部隊で代わりは出来ませんか」

「うーん、うちはいつも、人手不足だからねー。
 今、この時点でなければ、問題は無かったんだけれど…」

「どういう事ですか」

「ああ。他の部隊にも、それぞれ任務があるんだよ。
 それと、邃の件は聞いてるよね」

「はい」

「どうも、大掛かりな動きがあってね。
 何人かが日本へと発ったのは知っていると思うが、それ以外の者も動きを見せてね」

美沙斗は無言のまま、続きを待つ。
さして間を置かず、隊長は続ける。

「こっちに残っている邃の勢力がどれぐらいかは、正確な所は分からないけれど、全員が日本へと向かおうとしている」

「それは本当ですか?」

「ああ。確かだよ。流石に、そんな大掛かりな動きをされて、黙っている訳にはいかないだろう。
 幸い、今回はうちのほうが早いからね。日本へと向かう前に、一気にケリを付けようと思ってるんだよ。
 だから、さっきの任務は君の隊に頼みたいという訳だ」

「……分かりました。では、この任務が終れば、もらえますか」

「ああ、構わないよ。ただし、焦りは禁物だからね」

「ええ、分かってますよ。それに、あの子たちなら、多分、大丈夫でしょうから」

「あの子たち…?」

「いえ、こちらの事ですよ」

「そうかい」

隊長は、大体の察しは付いたみたいだったが、それ以上は何も口にせず、ただ黙って口を閉ざすのだった。





つづく




<あとがき>

ふ〜。
美姫 「えーい、一息入れている暇があるなら、さっさと次よ、次!」
う、うぅぅぅ、わ、分かってるやい……。
美姫 「さて、今回もとりあえずは日常ね」
ああ。だが、確実に魔の手は伸びて来ている…。
美姫 「そろそろかしら?」
何が?
美姫 「……」
あ、あははは〜。そ、それはまだ、秘密だよ〜。
美姫 「はぁ〜。まあ、良いわ。何か疲れた……」
えっと、えっと、…肩でもお揉みしましょうか?
美姫 「うん、お願いね♪」
はいはいは〜い。
美姫 「う〜ん、そこそこ」
ここだろう。
美姫 「そうそう。はぁ〜」
それでは、また次回で〜。
美姫 「ごきげんよ〜」





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