『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第39話 「決戦の火蓋は星の下」






小笠原邸に届けられた一通の手紙により、恭也たちの目の前に現われた六神翔との決戦の日取りが決まる。
明日の夜、十二時丁度に、郊外にある廃ビル。
そこが指定されていた。
恭也は南川へと連絡を入れると、万が一のために小笠原邸の周りに護衛の者たちを配置してもらう。
その後、美沙斗から掛かってきた電話により、今回の相手の素性が明らかとなる。

「間違いなく、六神翔と名乗っていたんだね」

「はい」

「という事は…」

「ええ。祥子たちを狙っているのは、邃という事になりますね。
 しかし、何故、今になって急に活動を始めたんでしょうか。
 それに、祥子たちを狙う理由は」

「確かに、幾つか疑問があるね。とりあえず、こちらでももう少し詳しく調べてみるから。
 恭也も、あまり無茶しないようにね」

「ええ、分かってますよ。それじゃあ」

そう言って電話を切ると、恭也は傍にいた美由希に今の出来事を伝え、最後に締め括るように、

「とりあえずは、明日だな」

「うん」

それに頷き返すのだった。





  ◇ ◇ ◇





決戦当日、恭也と美由希は指定された場所へと赴いていた。
出掛ける前の祥子たちの不安そうな顔を思い出しつつ、恭也と美由希は指定された場所へと足を踏み入れる。
既に先に来ていた二人が恭也たちに気付き、声を掛けてくる。

「おお、よく来たな」

アンゼルムの言葉に特に何も返さず、恭也たちは静かに二人から距離を置いて対峙する。
それに気を悪くした様子もなく、アンゼルムは軽く腰を落とす。
その横で、今度は拓海が口を開く。

「少し予定の時間よりも早いですが、始めるとしましょう」

言うなり、恭也へと目掛けて発砲。
それをその場から飛び退き躱すと、恭也は拓海へと向かって走り出す。
アンゼルムは、拓海が発砲すると同時に地を蹴り、美由希へと迫る。
巨体を美由希の手前で沈ませ、美由希の横薙ぎの斬撃を躱すと、そのまま美由希の腹目掛けて拳を振るう。
風を切る音を纏わせ、迫ってくるその拳を美由希は小太刀で捌き、アンゼルムよりも更に深く身を屈める。
そのまま、アンゼルムの足を払うように蹴りを繰り出す。
それをアンゼルムは軽く飛び退いて躱すと、両者は少しの距離を持って対峙する。
鋭い眼差しに険しい顔付きをして、アンゼルムを睨むように見る美由希とは対照的に、
アンゼルムは何処か楽しげな笑みをその口元に貼り付ける。

「くっくっく」

思わず口から洩れたといった感じの笑い声に、美由希は口調もきつく声を上げる。

「何が楽しいんですか」

「何って、決まってるじゃないか。今、この瞬間だよ。
 お前のような者と闘えるって事以外に、何があるって言うんだ」

「そんなくだらない事の為だけに、組織に協力しているんですか」

「別にくだらなくはないさ。俺はとても楽しいぜ。
 現に、お前ら二人とこうして会えたんだしな」

「…私は嬉しくありません」

アンゼルムの言葉を切り捨てると、美由希は話はここまでと言わんばかりに、アンゼルムとの距離を詰める。
もう一刀の小太刀を抜き、左右からアンゼルムへと斬り掛かる。
それらをアンゼルムはそれぞれの手に付けた手甲で弾き、捌いていく。
防御の合間に、隙を見つけては攻撃を繰り出すが、美由希も同様に小太刀でそれらを弾き、時には躱す。
両者は攻防を入れ替えながら、月と星の下、夜空に甲高い音を奏でる。



拓海を追って、恭也は建物の中へと足を踏み入れる。
祥子の話によると、建設途中で会社が倒産したらしく、建設途中で打ち捨てられているらしい。
その言葉通り、塗りたての壁や、鉄骨が剥き出しのままの場所も見受けれる。
そんなものには目もくれず、恭也はただ拓海の後を追う。
唯一の光源である月や星の明りさえ、建物内へは殆ど入ってこず、外よりも更に暗い中、突如、火花が散る。
柱の一つの陰から放った拓海の銃弾を、恭也が小太刀で弾いたために生じた火花だった。
拓海は銃を放つなり、その結果を見もせず、すぐさまその場から立ち去る。
闇へと溶け込むように消えた拓海を追って、恭也は慎重に足を進めて行く。
階段を登り、二階へと辿り着く。
と、恭也はすぐさましゃがみ込み、先程まで恭也の頭のあった位置の壁が弾ける。

ガガガ!

薄暗い廃ビルの壁に、銃弾によるものと分かる穴が幾つも開く。
その弾痕の下に蹲っていた恭也は、すぐさま駆け出す。
走りながら、凶弾の飛来した先の闇を凝視する。
しかし、昼でさえ暗いビルの中。
しかも、今は夜とあっては視界もそう良くない。
それでも、夜目の利く恭也は、かすかな月明りだけでその先を見る。
しかし、その先には誰もいない。
銃を放つとすぐにその場を離れたらしい。
恭也は、その事に気付きつつ、それでも飛来した方へと走り寄る。

(戦い慣れしているな)

今までのやり合いでそう感じつつ、恭也は拓海の気配を探る。
しかし、相手も然る者で、そう簡単には気配を掴むことがきない。
と、また恭也の耳が風を切って何かが飛んでくる音を捉える。
瞬間、恭也はそこからすぐさま跳び退く。
その数瞬後、その場に先程の壁に穿った穴と同じものがコンクリートの床を剥がす。
見えない所からの攻撃を、恭也は音と空気の流れ、そして気配だけで躱して行く。
そんな恭也の動きを、少し離れた所で眺めながら拓海はすぐさま移動を開始する。
必要以上に恭也には近づかず、付かず離れずの距離を保ちながら。

(あれを察知して、その上避けるか。双翼として、裏世界にその名を轟かせるだけのことはある)

正面からの対決では、自分に分が悪い事は分かっている。
だから、拓海は見えない所からの遠距離攻撃に出たのだ。
これならば、銃を得物とする自分に有利だと判断したから。
実際、見えないところから飛来する凶弾に、恭也も最初は戸惑っていた。
そして、恭也が凶弾の飛んできた先である拓海の元に近づく前に、拓海はその場をすぐさま移動する。
いや、移動しながら銃を放っていると言った方が良いだろう。
接近させずに仕留める。それが拓海の考えた、対恭也の戦い方だった。
しかし、最初こそ戸惑っていたものの、恭也はその全てを未だに躱し続けている。
それならば、こちらの凶弾が尽きるか、恭也の集中力が切れるのが先か。
そう考えてはいたが、それは甘い考えかもしれないと考えを改める。
恐らく、拓海が持っている弾数が尽きるまで、恭也の集中力が切れることはないと感じたからだ。
普通、こういった攻撃を警戒して、神経を張りつめていれば、肉体的には兎も角、精神的な疲労が溜まっていく。
これは、常に自分を中心とした周囲全体に気を配っているからである。
しかし、このぐらいでは恭也は何ともないのか、全く疲れた表情を見せない。
いや、単に見せないようにしているとかではなく、本当にこれぐらいの事では疲れないのだろう。
拓海は残る装備を頭に浮かべ、多少作戦の変更が必要だと認識する。
それでも、接近戦はぎりぎりまで避けようと考えつつ。
拓海は両手の銃を恭也へと向けて発砲すると、その身を翻して一気に距離を開ける。
今までと同じように、恭也は拓海が銃を放った場所まで来ると、気配を探る。
それを視界の隅に入れつつ、拓海は今まで保っていた距離を大きく引き離すのだった。



「へっへへ。中々やるじゃないか」

「ぐぅぅ」

笑みを貼り付けたままそう告げるアンゼルムに対し、美由希は歯を食いしばり声を出す事はない。
お互いの顔を近くに眺めつつ、両者は鋭い眼差しで相手を見詰めたまま、次の手をどうするか考えを巡らす。
美由希の左右の小太刀は、アンゼルムの左右の手甲によって受け止められており、その状態で拮抗していた。
単純な力勝負なら、アンゼルムの方に分があるのだろうが、美由希は絶妙に力の向きを変え、この状態を保っている。
それだけでなく、美由希の力もそんなに弱い訳でもなかった。
余裕の笑みを見せているアンゼルムだが、その実、美由希のその想像以上の力に驚いていた。
どのぐらいその状態でいたか、一瞬、アンゼルムは力を抜く。
急に力を失い、前へとつんのめりそうになるが、それを予想していたのか、美由希は態勢を崩す事はなかった。
しかし、アンゼルムは美由希の小太刀が手甲から離れた瞬間、状態を後ろへと伸ばし、その勢いで美由希へと頭突きを繰り出す。
同時に、両手を交差させるように、美由希へと拳を繰り出す。
美由希は咄嗟に小太刀で両手の攻撃を防ぐが、頭突きをまともに喰らってしまう。
目の奥で火花が散り、鼻の奥がじんと痺れる感じを受ける中、美由希は少しでも威力を減らそうと後ろへと飛び退いていた。
再びアンゼルムと距離を開けつつ、鼻腔の奥に鉄じみた匂いを感じ、美由希は鼻を軽く擦る。

「折角の綺麗な顔も、鼻血が出てたら半減だな」

楽しそうに笑いつつ、美由希との距離をすぐさま詰めると、左右の拳を何度も繰り出す。
それを捌いていく美由希。
どれぐらい同じ攻撃を繰り返したか。
アンゼルムは不意に左右から繰り出していた拳の速度を落とす。
左の拳をこれまでと同じように右の小太刀で弾くと、美由希は左の小太刀でアンゼルムへと斬り掛かる。
その美由希の斬撃を、アンゼルムは弾かれた左手で捌き、右の拳を先程の連撃の時よりも早い速度で繰り出す。
それを右の小太刀で何とか防いだ美由希の足元へと、アンゼルムの蹴りが襲い掛かる。
美由希はその場で軽く跳び上がると、アンゼルムの蹴り足へと両足で着地し、その力を利用してアンゼルムと距離を開ける。
両足から着地したものの、完全に勢いを殺しきれず、地面を滑るように後退して止まると、美由希は小太刀を後ろへと引く。
開いた距離を詰めようと向かって来るアンゼルムに対し、美由希も地を蹴って詰め寄る。
美由希の最も得意とする射抜が繰り出される中、アンゼルムは右腕を立てると、向かって来る刃の内側へと手の甲を当てる。
触れた瞬間、手首を返し、刺突の力を外側へと流す。
これにより、最小限の動きで、アンゼルムは美由希の伸ばした右腕の外側、死角となる位置へと自身の身体を置く。
そこから、アンゼルムは左の拳を美由希の頭上へと打ち下ろす。
しかし、美由希が放ったのは射抜であり、ただの刺突ではない。
外側へと逸らされたはずの小太刀は、円を描くようにして、アンゼルムへと迫る。
それに合わせ、美由希は身体を回転しつつ、アンゼルムから離れる。
美由希の耳元を、唸り音を上げてアンゼルムの拳が通過して行く中、美由希の斬撃はアンゼルムの首へと向かう。
それを右の手甲で受け止めるアンゼルム。
その顔には、やはり笑みが浮んでおり、彼がこの戦いを心の底から喜んでいる事が窺い知れた。



(ここにもいないか。今までとは違って、微かにアイツの気配を感じたと思ったんだが…)

恭也は用心深く周囲の気配を探り、やはり弓拓海の気配がない事が分かると、慎重に歩みを続ける。
その視界の隅で何か動いたような気がして、そちらへと振り向く。
が、そこにはただ闇が広がっているだけだった。
それでも、用心深くそちらを注視する恭也の感覚が、上の階からの気配を捉える。

「いつの間に…」

呟きつつ、恭也は慎重に、けれど素早く階段を登る。
下の階よりも見通しの悪い造りに、舌打ちしたいのを押さえつつ、恭也は気配を感じた場所へと進む。
その途中、風を切る微かな音を聞き、恭也はその場から跳び退く。
恭也がたった今まで居た場所に、無数の針のようなものが突き刺さる。

「トラップか…。時間前に来て、準備をしていたのか」

恭也は顔を顰めつつ、更に慎重に足を進める。
二歩と進まないうちに、恭也はその場を跳び退くと、そこに銃弾が襲い来る。
しかし、避けた先からは、頭上から刃物が降り注ぐ。

「くっ!」

それを避けた所へ、またも銃弾が襲い来る。
今度は避ける事をせず、小太刀で弾くと、銃弾の来た先へと走る。
かなり先に人影を見つけ、恭也は走る速度を上げようとするが、その足が細い糸を切るような感触を受ける。
途端、左右の通路から無数の刃物が襲い来る。
それら全てを、驚異的な身体能力で避けると、前方を見る。
しかし、拓海は既に違う場所へと移動したらしく、ただ闇が広がるだけだった。
そんな恭也の様子を離れた所から眺めつつ、拓海は静かに呼吸を繰り返す。

「あれだけ攻撃したのに、未だに無傷か。
 まあ、良い。ここまでの罠は、小手調べ程度に過ぎんからな。
 ここから先は、今以上のトラップがお前を待ってるぜ。
 あまり、トラップを発動させすぎて、このビルが壊れなきゃ良いがな。
 とりあえずは、ちゃんと俺を追って来いよ」

呟くと、拓海は柱の陰から飛び出し、恭也へと向けて発砲する。
弾の切れた銃に、すぐさま弾を補充しつつ、後はひたすら逃げる。
その間に、恭也はまたトラップの一つに引っ掛かる。

(それにしても、ある程度、トラップにも精通しているのか。
 幾つかのトラップは発動前に沈黙させられてる)

そんな事を考えながら、拓海は巧妙に恭也をある場所へと誘って行く。
その後を追う恭也は、自分がどこかに誘われているかもしれないと感じつつも、ただ後を追って行く。

(はぁー。夏の間に、弓華さんと訓練をしていて良かった。
 お陰で、トラップに付いて、多少なりとも対処できる)

遠い地にいるであろう弓華に少しだけ感謝すると、すぐに気を引き締めて、後を追い始めるのだった。





  ◇ ◇ ◇





「どちらも良い動きをしよる。流石は、御神の剣士といった所か」

宗司の呟きに、海透はただ黙して何も答えない。
薄暗い部屋の中、二人は目の前にある幾つものモニターで、恭也と美由希の戦いをただじっと静かに見詰める。





つづく




<あとがき>

決戦の火蓋は切って落とされた!
美姫 「って、決着がついてないし」
それは、次回……かな?
美姫 「次回では決着がつくのね」
あ、あははは〜、どうだろう。
しかし、バトルシーンは難しいな〜。
美姫 「アンタがヘボなだけよ♪」
え、笑顔であっさりと……(涙)
美姫 「でも、事実だし♪」
うぅぅ、その通りだよ!
美姫 「まあまあ。頑張りなさい」
言われなくても、頑張るさ!
美姫 「それじゃあ、また次回までごきげんよう」
また次回で!





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