『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第7話 「リリアンかわら版」






昼休み、昼食を取り終えた恭也たちは残る時間をゆっくりと過ごしていた。
そこへ、扉がノックされて生徒が入ってくる。
それを眺めつつ、由乃は隣に座っている祐巳へと小声で話し掛ける。

「ねえ、私これと同じような光景を何度か見たことがあるんだけど…」

「あ、あははは。でも、あの時と違って普通に入って来たよ」

「それも、そうね。でも、私の時の出来事と休み時間の出来事は、殆ど一緒なのよね」

「え、何か言った?」

「ううん、何でもないわ」

由乃と祐巳は会話を止めると、扉へと視線を向ける。
その視線の先には、新聞部部長、山口真美の姿があった。
その姿を確かめると、祥子は少し大げさにため息を吐き出し、眉間に指先を押し付けて軽く首を二、三度振る。

「はぁー。これは、新聞部部長に代々伝わる伝統とでも言うつもりなのかしら」

祥子の呟きに山百合会の面々は苦笑を浮かべるが、真美は一人訳が分からずに首を傾げる。
そして、恐らく何かの皮肉だろうとその言葉に謝罪だけを口にする。

「慌しくて申し訳ございません。少し、恭也さまと美由希さんにご用件があったものですから」

恭也はやはりさま付けで呼ばれる事になれないのか、少し居心地が悪そうにしつつも真美を見る。

(極自然にさま付けとは、流石お嬢さま学校だな)

前回はあまり他の生徒と関わらなかった為、そこまで思いもしなかった事を頭の隅に考えつつ、
ついで、自分をさま付けで呼ぶ一人のメイドを思い出す。

「それで、どういったご用件でしょうか」

黙っている恭也に代わり、美由希が真美に声を掛ける。
それを受け、真美は空いている席へと断わってから座る。

「実は、新聞部のアンケートにご協力して頂きたいのですが」

「「アンケート?」」

恭也と美由希は揃って声を上げ、それを聞いて真美は一つ頷く。

「はい。
 短い期間とはいえ、折角こうしてリリアンに来られたのですから、少しでも皆さんにお二人の事を知ってもらおうと思いまして」

言いたいことは分かるが、恭也は明らかに渋い顔をし、美由希は困惑した表情を浮かべる。
それに気付き、真美は慌てたように言う。

「アンケートと言っても、そんなに大したものじゃありませんし…」

「恭也さん、美由希さん」

真美の言葉を遮るように、祥子が口を挟む。

「もしお嫌なら、はっきりと断わっても構わないんですよ。ねえ、真美さん。
 当然、無理強いはしないわよね」

「そ、それは、勿論です」

祥子の牽制に真美は小さいながらも頷く。
そして、期待するような目付きで二人を見る。
恭也は美由希と顔を見合わせ、頷くと真美へと向き直る。

「申し訳ないんですが…」

その言葉を聞き、最後まで聞かないうちに真美は明らかにがっかりと肩を落とす。
そこへ、物凄い足音を立てつつ階段を上ってくる音が聞こえる。
一斉にその足音のする方向、扉へと視線を向ける。
まだ、その足音の主は姿を現してはいないが、間違いなく目的地はここであろう。
部屋にいる者たちは、扉が開かれてその人物が現われるのを待つ。
全員の注意が扉へと向いている中、由乃は祐巳の服の袖を軽く摘む。

「何、由乃さん」

「私、何となくこの次の出来事が予想できたりするんだけど…」

「あ、あははは。じ、実は私もどこかで見た光景がまた起こるんじゃないかなー、とか思ってたりして…」

乾いた笑みを浮かべつつ、祐巳もそう言って扉へと視線を向ける。
そして、真美、美由希を除く全員が予想していた通りの事が起こる。

「すいません、ちょっとお聞きしたい事が」

扉を開けるなり、挨拶もそこそこに、一気にそう捲くし立てる生徒。
それを見ながら、その場にいた殆どの者が同時に思っていた。

(やっぱり…)

一同の呆れたような視線を受け、さしもの三奈子も少したじろぐ。
しかし、それでも何とか言葉を続ける。

「えっと、少しお聞きしたい事が…」

そんな三奈子を呆れたように眺めつつ、祥子が口を開く。

「もう何も言う気も怒りませんわ。あの姉にして、この妹ありかしら」

そっと息を吐き出しつつ言う祥子の言葉に三奈子は反応し、その場に真美がいる事に気付く。
一瞬だけ躊躇うような様子を見せるが、それでも口を開く。

「恭也さん、一限目と二限目の休み時間の時に女子生徒と抱き合っていたというのは本当ですか!?」

『はい?』

三奈子の言葉に全員の声が見事に重なる。
事情を知っている祐巳たちはすぐに誤解だろ理解するが、そうでない者たちの反応が様々だった。
美由希は射すような視線を恭也へと向ける。

(ふーん。私には読書がどうとか言うくせに、自分は女の子と仲良くやってるんだ〜)

(ば、馬鹿な事を言うな。誤解に決まっているだろう)

ほんの微かな唇の動きと目の動きだけで会話する恭也と美由希。
恭也の言葉を聞いても、美由希は半信半疑の視線を変えずにじっと恭也を見詰める。
そんな二人に気付かず、志摩子は持っていたカップをソーサーに戻そうとして大きな音を立ててしまう。
カップから紅茶が少し零れ、それを乃梨子が慌てて拭いていく。

「あ、ごめんなさい乃梨子」

「いえ、大丈夫です」

一方、令は恭也の顔を思わず凝視し、声を上げる。

「恭也さん、一体誰とそんな事を…」

「そうです。一体、相手は誰なんですか」

令の言葉に三奈子も賛同するように恭也へと問い掛ける。
俄かにざわめき始めた室内で、祥子の声が静かにだがはっきりと響き渡る。

「とりあえず、落ち着きなさい」

祥子の言葉に、慌てていた者たちもとりあえず静かになる。
静かになったのを確認してから、祥子はゆっくりと口を開く。

「とりあえず、何か勘違いしている方が数人いるみたいなので、ここは恭也さんからご説明お願いします」

祥子に言われ、恭也は一つ頷くと休み時間にあった事を簡単に説明するのだった。
それを聞き、一同は安堵の息を零す。
そして、三奈子は真美を見ると、

「真美、ちゃんと気を付けるのよ。今回はたまたま助かったけれど、次もそう上手くいくとは限らないんだから」

「分かってます」

三奈子の言葉に真美は少し反省した様子でそう答える。
そんな真美を満足そうに見遣った後、三奈子は今更のように訪ねる。

「そういえば、どうしてあなたがここにいるの?」

「あ、それは…」

真美は仕方なく三奈子に自分がここに来た理由を説明する。
それを聞いた三奈子の眉が少し跳ね上がり、真美をじっと見つめてくる。

「真美。私が言った事、忘れたの?」

「いえ、そんな事はありません」

「だったら、どうしてここにいるのかしら?それとも、あなたは私の言う事は聞けないとか?」

「そういう訳でもないです。ただ、お姉さまの妹であると同時に、私は記者ですから。
 目の前のネタをそう簡単に見逃す訳には。
 それに、お姉さまの顔を立てて、こうして本人からの了承を得てからという方法を取ってますし」

ああ言えばこう言う自分の妹を見ながら、三奈子はため息を吐く。

「はぁー。立派に育ってくれて嬉しいわ」

「お褒めに預かり、大変恐縮です」

真美の言葉に三奈子は眉を再び上げるが、口調は穏やかに言う。

「第一、アンケートってどんな質問をするつもりだったのよ」

「まあ、ありきたりな質問ですね。趣味、特技から好きなものや嫌いなもの。
 後は、好みのタイプとか…」

真美がその言葉を発した途端、部屋に何とも言えない空気が一瞬だけ流れる。
そんな中、三奈子は務めて冷静を装いながら尋ねる。

「そ、それで、そのアンケートは取ったの」

「いえ、まだです。アンケートを受けてくださるか確認しようとした所で、お姉さまが乱入なさいましたので。
 でも、多分断わられるみたいですね。仕方がないですから、別のネタを探します」

席を立とうとした真美を三奈子は止める。

「まあ、待ちなさい真美。まだ、ちゃんと返事を頂いていないのでしょう。
 なら、返答だけでもちゃんと確認しないと」

そう言って、三奈子は恭也へと顔を向ける。

「恭也さん、ただ、アンケートの解答を載せるだけなんです。
 お願いします。引き受けてください」

「すいませんが、断わ…」

「恭ちゃん!それぐらいだったら良いじゃない」

「しかし、美由希…」

美由希の言葉に反論しようとした恭也だったが、横から思わぬ援護が加わる。

「良いじゃないですか、恭也さん。アンケートに答えるだけなんですから」

恭也は驚いたようにその発言をした祥子へと顔を向ける。
祥子に何か言おうとするが、それよりも先に志摩子が声を出す。

「そうですね。恭也さんが答えた事を、そのまま載せるだけなんですから」

つまり、知られたらまずい事は書かなければ良い、と言う事を言外に匂わせ、志摩子が言う。
恭也は味方を探そうと由乃たちの方を見るが、由乃は興味深そうな顔をしており、その横で令がこっそりと手を合わせていた。
それならばと祐巳へと視線を向けるが、それに気付いた祐巳はあからさまに目を逸らす。
つまり、お姉さまに逆らうつもりはないという事らしい。
恭也は残る一人へと微かな希望を込めて視線を向ける。
それに気付いた乃梨子は、何と言ったらいいのか分からない顔をする。
そんな乃梨子の肩に横から志摩子がそっと手を乗せ、

「乃梨子もアンケートぐらいなら良いと思うわよね」

「はい。アンケートぐらいなら」

志摩子の言葉に迷わずに頷く。
それから恭也へと視線を向けると、唇を小さくごめんなさいという形に動かすのだった。
味方が一人もいなくなった状況で、恭也はこれみよがしに盛大なため息を吐き出すと、頷くのだった。

「分かりました。ただし、それだけですからね」

一応のために念押しをする。

「勿論です。ありがとうございます!」

恭也の返答を聞き、真美は嬉しそうに答えると持って来ていたファイルをゴソゴソと漁り、そこから紙を取り出す。

「では、アンケート用紙はこちらになります。すぐに書き終わると思いますので、放課後にでも書いてください。
 頃合を見て、放課後に回収に伺いますので」

そう言って紙を恭也と美由希へと差し出す。
それを眺めつつ、祐巳は用意周到だなと感心していた。

「それにしても、三奈子さんは妹思いなんですね」

感心したように呟く美由希に、三奈子ではなく恭也が答える。

「ここのスール制度は大したものだな。
 先輩が後輩を導くだけでなく、その間にしっかりとした絆が結ばれるんだから」

恭也の言葉に美由希も前回の件での出来事を思い出し、感心したように頷く。

「そうだよね。なのに、世の中には妹に全然優しくない兄がいたりするんだから、信じられないよね」

「本当だな。そいつに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいな」

美由希は恭也をじっと見詰める。
そんな美由希の視線を真正面から受け止めると、恭也は不思議そうに言う。

「どうしたんだ、美由希。俺の顔に何かついているのか?」

「……別に〜」

笑みを浮かべて答える美由希と、全く表情を変えないままの恭也はじっとお互いを見遣る。
その横では、真美が誰にも聞こえないぐらいの小さな声でぼそりと呟いていた。

「今回の件は、私のためじゃないような気がするんだけど…」

真美の呟きは誰の耳にも届かず、ただ辺りの空気に消えていった。





つづく




<あとがき>

再び真美の登場です。
美姫 「二話続けてとは意外ね」
そうか?ここまでは当初の予定通りだし。
で、この後、っと、それ以上はまだ秘密〜。
美姫 「はいはい。どうでも良いから、さっさと書こうね〜」
……もう少し乗ってくれよ〜。寂しいじゃないか〜。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜♪」
うわあ!無視するかな、普通。





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