『マリアさまはとらいあんぐる』



第29話 「嵐の前」






リビングで楽しそうに話をしているのを見ながら、恭也は空いている席へと座る。
そんな恭也に江利子が話し掛ける。

「ねえねえ、恭也さん。私にも恭也さんたちがやっている剣術って出来るかしら?」

「出来なくはないとは思いますけど、やめた方が良いですよ」

恭也は真剣な顔つきで、江利子に言う。

「前にもお話しましたけど、俺たちがやっているのは剣術です。
 つまり、身を守る護身術とかとは違って、あくまでも人を倒す為の技なんです。
 その為なら、たとえ卑怯と罵られるような事だってします。
 普通に暮らすなら、そんなモノをわざわざ学ぶ必要はありませんよ」

恭也の言葉に江利子は頷くと、

「簡単に出来そうもなさそうだから、面白そうだったけど、確かに動機が不純だったかもね。
 恭也さんたちはそれこそ子供の頃から鍛練されてきたんですものね。それも人の何倍も」

何でも卒なくこなす江利子にとって、己の努力によって登りつめた境地にいる、
それも、江利子がちょっとやそっと努力しても追いつくことの出来ない境地にいる恭也はきっと新鮮に映るのだろう。
そんな気持ちからか口を付いて出た江利子の言葉だったが、それすらも自分の未熟さを実感させた。
あまり感じない気持ちを実感する事に、自分の事ながら楽しそうに笑みを零す。
そんなやり取りを見ていた由乃が、江利子が黙り込んだのを見て、恭也へと話し掛ける。

「でも、恭也さん。今回みたいな事がまた起こった時のためにも、簡単な護身術とか教えて欲しいな」

「一番良いのは、危険な所には近づかないことですね。後は、大声で助けを呼ぶとか」

恭也の言葉に由乃は頬を膨らませると、

「そんな当たり前の事じゃなくて、相手がナイフを持っていた時の対処とか」

由乃の言葉に、恭也はしばし考え、

「時と場合によりますけど、その場合はあまり抵抗しない方が良いでしょうね。
 下手な抵抗をすれば、どうなるか分かりませんし。
 それに、今回のようなケースなんてそうある事じゃありませんよ」

「もし、今後そういった事が起こった場合、恭也さんは助けてくれますか?」

令が由乃の横から口を出す。
その質問に対し、恭也は迷う事無く答える。

「ええ、勿論です。そういった俺の力が必要な時には連絡をくれれば、必ず」

恭也のその言葉と真剣な表情に、全員が思わず見惚れる中、美由希一人がため息を吐いていた。

(恭ちゃん、これ以上ライバルを増やさないでよ〜)

勿論、美由希のそんな心の叫びなど気付くはずもなく、恭也たちは談笑を続ける。
そんな中、話が江利子の兄の話になる。

「全く、うちの兄たちときたら、必要以上に過保護で困るわ」

「でも、それだけ江利子さんを大事に思っているという事なんですから」

江利子の呆れ混じりの言葉に、恭也がフォローを入れる。

「それは分かってるけど、幾ら何でもあれはいき過ぎよ」

江利子のその台詞に、恭也が何かをいう前に美由希が笑いながら答える。

「恭ちゃんは、その件に関しては何も言えないよー。恭ちゃんもなのはには甘いもん」

「そんな事はない」

「そう思っているのは、恭ちゃんだけだって」

美由希の言葉に、全員が頷く。
それを見ながら、恭也は渋い顔をするが、気にせず美由希は続ける。

「でも、過保護って事はないかな」

何かを考えるように美由希は話す。

「恭ちゃんって、誰に対してもそんなに甘やかさないもんね。
 まあ、なのはには甘いけど、それとは別の意味で。その人が何かをやろうとしている時は、黙って見ているよね。
 それで、どうしようもない状態になった時や本当に困った時、助けを求められた時なんかにはそれとなく手を差し伸べて」

美由希の言葉に、祥子たちも頷く。
何となく分かるといった感じなのだろう。
それに対し恭也は一言だけ言う。

「そんな事はない」

美由希は照れた恭也の顔を見て、肩を竦めるとそれ以上は何も言わなかった。
代わりに江利子が口を開く。

「うーん、私も恭也さんみたいな兄がいたらなー。あ、別に兄じゃなくても良いんだけどね。
 寧ろそっちの方が良いかも。
 恭也さんにだったら、大事に思っているからという理由で、そこまで束縛されても良いんだけどな」

殆ど直球に近い江利子の言葉に、全員が色めき立つ中、当の本人はいたって平静な様子で答える。

「俺は江利子さんの事も大事な友人だと思ってますよ。
 でも、だからと言って束縛するなんて事はしませんから安心してください」

「………くすくすくす。やっぱり恭也さんって面白いわ。益々、興味が湧いてくるわ」

恭也の答えを聞き、江利子は益々楽しそうに笑うのだった。





  ◇ ◇ ◇





夕食後、リビングには全員が集まっており、各々寛いでいた。
そんな中、台所にいた令が手に何やら持って姿を見せる。
その後ろからは、一応の為護衛に付いていた美由希も姿を現す。
令は恭也の傍まで来ると、手に持った盆を恭也に見える位置に降ろし、

「クッキーを焼いたんだけど、良かったらどうぞ」

と差し出す。
恭也は礼を言って、それを受け取り口に放り込む。

「これは、美味しいですね」

恭也の言葉に令は嬉しそうな顔をすると、祐巳たちとトランプをしていた由乃にも渡す。

「美味しいでしょ。令さん、料理上手なんだよ。手際もとても良いし」

そう語る美由希を冷ややかな目で見て、

「お前と比べれば、誰でも手際は良いと思うがな」

「うぅ〜」

「でも、確かに美味しいな」

そう言って恭也はもう一枚手に取って食べる。
それを令は嬉しそうに見ていた。
暫らくの間、皆で寛いでいたが、時間が進むにつれて恭也と美由希は時計に目を向ける。
時刻が10時半を過ぎた頃、恭也は全員に話し掛ける。

「もし、連中が襲ってくるとしたら夜中になると思います。
 ですから、部屋に戻ったら出ないようにしてください」

この言葉に全員が神妙に頷き、それを確認すると恭也は更に続ける。

「じゃあ、今日はそろそろ休みましょうか」

この意見にも誰も異論はなく、自室としてあてがわれている部屋へと戻って行く。
全員を部屋の前まで送り届け、最後に祥子を部屋へと連れて行く。

「では、恭也さんおやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

恭也は震えている祥子に気付くと、そっと肩に手を置く。

「大丈夫。祥子は俺たちが守るから。祥子は何も心配せずに休むといい」

その言葉に笑みを浮かべて頷くものの、晴れない顔で恭也を見る。
恭也は首を傾げつつも、催促せず祥子が話すまで待つ。
やがて、祥子はゆっくりと話し始める。

「私のためというのは分かっているけど、あまり無茶はしないで下さいね。
 どうしても危なかったら、逃げてください」

「……ああ、分かった」

恭也の返事を聞きながらも、まず逃げないであろうと祥子は心のどこかで分かってはいた。
それでも、今の返事で自分を納得させるように頷くと、部屋へと戻る。
その背中に、恭也は安心させるように声を掛ける。

「そんなに心配しなくてもいい。
 相手も正体がばれたばかりで、迂闊な行動はできないだろうから当分は安全だ」

祥子は部屋の中に入り、恭也の方へと振り返る。

「ありがとう。じゃあ、ゆっくり休ませて頂くわ」

「ああ」

笑みを浮かべる祥子に、同じく笑みを浮かべて返す。
そんな恭也の前で、扉が静かに閉まっていった。
暫らく扉の前で佇んだ後、その場を離れ一階にいた美由希の元へと向う。

「恭ちゃん、皆は?」

「全員部屋に戻った。……さて、それじゃこっちも準備をするか」

「うん」

恭也の言葉に美由希は頷くと、予め用意し隠しておいたバックを取り出す。
バックを開け、中から自分と恭也の武装を取り出すと、その身に着けていく。
全ての装備を整えると、恭也と美由希は玄関へと向う。

「とりあえず、庭で迎え撃つ。出来る限り屋敷の中には入れないように」

「うん、分かった」

美由希の声を聞きながら、そっと玄関の扉を開ける。
恭也の後に続き、美由希も外に出ると、皆を起こさないようにそっと扉を閉める。
恭也はそのまま扉に背を預けるように凭れ掛り、その横に同じ様に美由希もまた立つ。
目を瞑った恭也に、美由希が小さな声で話し掛ける。

「後ちょっとで時間だね」

「ああ、そうだな」

静かな庭に、恭也と美由希の声だけが流れる。

「守れるかな?」

「…守るんだ」

「うん、そうだよね」

それっきり二人は黙り込むと、ただ時が来るのを待つのだった。
その時はゆっくりと、だが確実に近づいて行く。





つづく




<あとがき>

今回は決戦前の一時でしたねー。
美姫 「決戦かと思ったのに!」
お、怒るな。江利子のエピソードをここで入れたかったんだから。
それに、今回は2話アップだから、すぐに次話が、ね、ね。
美姫 「仕方がないわね。じゃあ、さっさと次にかかりなさい」
ラジャー!





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