『マリアさまはとらいあんぐる』
第15話 「イベントデー後半戦」
薔薇の館へと入った恭也たちの後に、数人の生徒が続く。
それに気付いた恭也は、部屋へと入る前に一歩退き、ドアを開けながらその生徒たちを先に中へと通す。
その恭也の行為に礼を言いながら、その生徒たちは中へと入って行く。
最後に恭也も中に入ると、扉を閉め祥子の横へと座る。
中に入った生徒たちは、どこか緊張した面持ちでただ座っているだけだったが、それを見た令が立ち上がり、お茶を淹れ始める。
その間に、志摩子はその生徒たちに笑いかけると、話を切り出す。
「皆さんはカード探しの方は宜しいのですか?」
「あ、はい」
志摩子の問い掛けに、幾分緊張気味に答える。
志摩子が幾つか話し掛け、それに二言三言答えて返すといったやり取りが続く中、令が全員の前に紅茶の入ったカップを置く。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
令に対し、お礼を述べる生徒たちに軽く答え、令も席に着く。
その後、令や志摩子が色々と話し掛けているうちに、生徒たちも幾分緊張が取れてきたのか、話が弾み出す。
その頃になると、祥子も話に加わりだし、数人の生徒が嬉しそうな顔を見せるのだった。
「はー、なかなか見つからないものね。祥子の隠しそうな場所なら、幾つか分かるんだけど」
そう呟きながら歩くのは、紅薔薇さまこと、蓉子だった。
その呟きを聞いた訳ではないが、祥子のカードを探している生徒の何人かが蓉子の後を付いて来ていた。
恐らく、蓉子の行く先に祥子のカードがあると思っているのであろう。
それを見ても、蓉子は特に何も言わずに歩いて行く。
「恭也さんの隠しそうな場所……」
蓉子は何か思いついたのか、さっきよりも確たる足取りで歩き始めた。
「うーん、恭也くんの隠しそうな場所ね〜。さてさて…」
聖は頭の後ろで手を組みながら、ぼんやりと空を見上げる。
「……駄目だ、思いつかないや。かといって、あてもなく探すには、この学園は広いし」
聖はそのまま寝転がると流れる雲を何となしに見詰める。
(ふー、恭也くんか。栞以来、かな。ここまで想うのって。ねえ、お姉さま、ちゃんと一歩ひいているよ)
聖は、自分の姉である先代の白薔薇の台詞を思い出しながら、そっと目を閉じた。
「さーて、何処を探そうかしら。ついでに令のカードも探しましょう。
見つけたら、きっと由乃ちゃんが…」
江利子は笑みを浮かべると、令の隠しそうな場所を幾つか上げていくのだった。
恭也は祥子たちに気付かれないように、そっと何度目かの溜め息を吐く。
正直、今の状態は恭也にとって結構辛いものだったりする。
普段からあまり喋らない恭也が、初対面と言ってもいい女性、それもお嬢様方と一緒に長時間お茶をしているのである。
実際に話をしているのは、その相手の生徒自身か、祥子たちなのだがそれでも精神的に疲れていた。
恭也は何度も話し掛けられ、その度に少しだけ相槌を打っているだけだった。
(こんな調子では、この人たちも不満だろうに)
恭也は真剣にそう考えていたが、実際はそれだけの反応でも充分に生徒たちは喜んでいたりする。
それに気付かない辺りが、美由希たちに朴念仁と言わせるのだろうが。
そんな調子で、薔薇の館での一時は思った以上に成功していたのであった。
「ここにはないみたいね」
蓉子は周りの木々を見上げながらそう呟く。
「てっきりここだと思ったんだけどね。まあ、いつまでもここにいても仕方がないし、次の場所を目指しましょうか」
蓉子はその場にさっさと区切りをつけると、次の目的地へと向うのだった。
聖は目を閉じたまま、頬を撫でる冷たい風に身を任せる。
「うーん、春だったら気持ち良いんだろうけど、やっぱり冬だと寒いね」
聖は呟くと、体を起こす。
「さて、と。栞の時とは違うから、今度は大丈夫だよお姉さま」
誰にも聞かれることなく消えて行く言葉と共に、聖は立ち上がるとある方向を目指して歩いて行った。
(さて、志摩子はどう出るかな?)
その顔に笑みを浮かべて。
「やっぱり、ここにあったわね」
江利子は自分の予想が当たった事を、さも当然と言わんばかりの顔で呟く。
江利子が右手で摘んでいるのは、一枚のカードだった。
その色は、黄色。
「しかし、由乃ちゃんもよく考えれば分かるでしょうにね。
最も、彼女の場合は、逆に令の事を知り尽くしているというのが失敗なんだろうけどね。
どうしても、令に関係のある場所を探してしまうものね、彼女は。
でも、令に関係あるもので一番は自分だって事に気付かないとね」
そう言って江利子は微笑むとカードをポケットに仕舞い込む。
「令なら、絶対に由乃ちゃんに見つけてもらいたがるという事をね」
そう言って江利子は、一年菊組の教室を後にした。
恭也がこの場の雰囲気に何とか慣れた頃、扉が開けられる。
そして、そこから顔を出したのは、
「やっほー、皆どう?」
「白薔薇さま、それは私たちの台詞では?」
「そう?祥子たちもここで可愛い生徒たちとお話してるんだから、別に構わないんじゃない?」
聖の言葉に苦笑を浮かべつつ、令がお茶を淹れようと席を立つ。
それを片手で制し、聖は恭也の肩に手を置く。
「悪いけど、ちょっと恭也くんを借りるね」
「はあ、俺は構いませんけど、一体?」
「ああ。ちょっと手伝って欲しいのよ。別にカードの隠し場所を教えろ、とかじゃないから安心して」
そう言うと聖は外へと出て行く。
恭也も慌ててそれに続く。
祥子たちは一瞬呆気に取られるが、すぐに話に戻るのだった。
一方、廊下へと出た恭也は既に聖の姿が見えなくなっているのに気付き、急いで階段を降りる。
一階まで降りた所で、横手から手を掴まれる。
恭也は予めそこに人がいるのが分かっていたので、特に驚く事もなく、そちらを向く。
「で、何ですか?」
「よく来てくれた。では、ご褒美にこれをあげよう」
そう言って聖は小さな箱を恭也に差し出す。
「これは?」
「ビターチョコ。あ、大丈夫だよ。ちゃんと甘さを押さえて作ったから。
甘党の祐巳ちゃんなら、こんなのチョコレートじゃないって言うかも知れないけどね」
そう言って笑う聖を見ながら、恭也は首を傾げる。
「俺が貰っても良いんですか?」
「良いよ、良いよ。そのために呼び出したんだから。
あ、でも皆には内緒だからね。一応、恭也くんにチョコをあげるのは禁止って事になてるんだから」
「そう言えばそうでしたね。わかりました。これはありがたく頂きます」
そう言って恭也は箱を開けると、一つだけ取り出し口に放り込む。
「……本当に甘さが押さえられていて、口当たりも良くて、とても美味しいですよ」
「そう、それは良かった」
聖は少し照れたような顔をして、目を逸らす。
その聖の視界に、あるモノが飛び込んできた。
「あれ、これって」
そう言って聖が掲示板から取ったのは、白いカードだった。
「志摩子のカードね」
「本当ですね」
二人は顔を見合わせると笑みを浮かべた。
「さて、カードも見つかった事だし戻りましょうか」
「はい」
恭也と聖は連れ立って、階段を登っていくのだった。
(恭也くんのカードは見つけられなかったけど、これはこれで…)
聖がよからぬ事を考えている事など、恭也が知るはずもなかった。
「ああ、もう時間がないわ。
令のカードを見つけて、どうやって由乃ちゃんをからかうか考えてたら、いつの間にかこんな時間になってるし」
自業自得の上に、勝手な台詞を吐きながら江利子は悔しげに呟く。
しかし、すぐに笑みに変わると、
「まあ、これはこれで楽しめそうだから良いわ」
そう呟くのだった。
午後4時半、リリアン女学園に一際大きな音が鳴り響くと、その後に放送が流れる。
「時間となりましたので、ゲームは終了とさせて頂きます。
参加者の皆さんは、薔薇の館前までお越し下さい」
その放送と共に、ぞろぞろと集団が移動を始め、暫らくすると薔薇の館前に生徒たちが集まる。
それを確認すると、新聞部の一人が壇上に立ち、マイクを手に握る。
「では、結果発表を行います」
その言葉に、カードを見つけられなかった殆どの生徒は肩を落とすが、誰が見つけたのか気になるのだろう。
静寂と興奮が辺り一体を包み込んだ。
やがて、ゆっくりと結果が告げられていく。
つづく
<あとがき>
ふふふふ。イベント終了!
美姫 「ちょっと、一体誰と誰が見つけられたのよ!」
それは次回で明らかに。
美姫 「まだ考えてないとか」
それはない!既に、次回の頭は出来ているもん。
美姫 「それを見せなさい!」
やだ、やだ!
という訳で、また次回!
美姫 「あ、こらー」