『incomprehensible ex libris』

   第十章








恭也との電話を終えたリスティは暫し考え込み、嫌な予感を覚える。
その予感があながち外れていないような気がして、急いで携帯電話の番号を押していく。

「もしもし、僕だけど…」

相手が出るなり、リスティはそう切り出す。

(あの恭也が、名乗りもせずにいきなり要件を言うなんて、よっぽどの事だ。
 もしかして、朝言った冗談が本当になったか…)

リスティはそんな事を考えつつ、電話の相手に矢継ぎ早に話し掛ける。

「今、動ける者は全部で何人いる。……それじゃあ、少ない。
 (恭也が僕に電話を掛けてくるぐらいだ。きっと大変な事になっているはず)」

そこまで考え、リスティは電話の向こうに怒鳴るように言う。

「ひょっとしたら、St−01事件が絡んでくるかもしれない。
 今動ける人員全部と出払っている者を何名か回してくれ。当然、僕もすぐに向う。
 それと、目立たないようにする事を忘れるな。パトカーで来るなんてもっての他だからね。
 あぁ、何?ああ、場所ね。場所は……風芽丘学園だ」

リスティはそれだけを言うと、すぐさま外へと飛び出すのだった。



  ◇◇◇◇◇



恭也が屋上を飛び降りてすぐに扉が開く音がして、同時に弾丸をばら撒く音が響く。
その中でヤンのくぐもった声を聞きながら、恭也は四階を跳び越え三階の窓へと突っ込む。
教室に飛び込むと、すぐさま廊下へと飛び出る。
誰もいない廊下を慎重に進みつつ、恭也は相手の気配を探る。

(上の階に一人。そいつはこっちに向っているな。
 ここからだと少し分かり難いが、屋上にも一人…。
 屋上で昏倒させた奴はどうやら仲間の手でやられたらしいな)

恭也は冷静に状況を判断しつつ、次にどう動くかを考える。

(美由希たちも捕まっているみたいだし、やるしかないか)

恭也は覚悟を決めると行動を開始する。



  ◇◇◇◇◇



一方、四階の廊下で待っていたドイルは、下の階から聞こえてきた硝子の割れる音に舌打ちをしつつ階段をゆっくりと降りる。

(まさか、四階を飛び越して三階に行くとは…)

自分の読みが少し甘かった事を少しだけ後悔し、すぐさま頭を切り替える。
壁に背を付けながら、ゆっくりと足音を立てないように階段を降りていく。
三階へと降り立ち、壁に背を付けたままそっと廊下を窺う。

(いた!)

ドイルの視線先、そこにこちらに背を向ける形で恭也が立っていた。
あまりにも隙だらけのその状態を見て、一瞬だけ怪しむがそれもすぐに消える。

(屋上から逃れて安心でもしたのか。所詮は子供だな。その考えの甘さを悔やむが良い)

ドイルは一度顔を引き戻し、銃を握る手に少し力を入れつつ先程の恭也の位置を頭の中でトレースする。

(隙だらけだった。なら、このまま一気に!)

壁から背を起こし、ドイルは廊下へと瞬時に身を躍らせるとすぐさま発砲する。
当たったと思われた弾丸は、しかし空を切る。
ドイルが廊下へと飛び出し、発砲するよりも先に恭也は床を蹴っていた。
自分へと向って体を低くしながら走りこんでくる恭也に、ドイルは銃口を向け、引き金を引く。
そこへ恭也が袖口から何かを取り出す。
蛍光灯の光を鈍く反射させるソレを、恭也はドイルの手目掛けて投げつける。
恭也の手から放たれたソレ──飛針は寸分狂う事無く、こちらへと銃を構えていたドイルの手の甲へと突き刺さる。
ドイルは突然襲った痛みに照準を恭也からかなり外し、全く関係のない個所へ発砲する。
壁に銃弾が当たるのを尻目に、恭也はドイルへと肉薄すると左手でドイルの銃を持つ右の手首を掴み捻り上げる。
嫌な音を立てて腕があらぬ方向へ曲がる中、ドイルの口から絶叫が起こる。
ドイルの手から銃を落し、恭也は更に一歩踏み込む。
そして、右手に持っていた小太刀の柄をドイルの左横腹の少し上を突く。
短く空気を吐き出す音と共に、ドイルの体が前のめりに倒れる。
ドイルは足を一歩踏み出し、倒れるのを堪えるが、恭也は容赦なく左膝を鳩尾に、小太刀の峰で延髄を打ち付ける。
これを喰らい、ドイルはそのまま廊下へと倒れる。
倒れたドイルの傍に屈み込み、恭也は手掛かりとなる物を探そうとするが、背筋に嫌なものを感じてすぐさま跳び退く。
その直後、恭也の先程までいた辺りを複数の弾丸が襲う。
屋上にいたミハイルが銃声を聞きつけ、ここまでやって来たて恭也を見つけたのであった。
ミハイルは持っていた銃をフルオートで、四階と三階の間の踊り場から撃ったが、肝心の恭也には躱される。
そして、弾丸は一度放たれると敵味方の区別なく飛んで行く。
ミハイルの弾丸は倒れていたドイルにも向い、結果ドイルは無数の弾丸の餌食となる。

「ちっ!勘の良い奴だ」

仲間を撃ったというのに、ミハイルは自分の弾丸が躱されたことに苛立っていた。
ミハイルが階段を降りきり、三階へと降り立つ。
ミハイルは廊下へと姿を見せると、ろくに狙いもつけずに銃を撃ちまくる。
あまりにも滅茶苦茶に数を頼りに撃ってくるので、恭也はとりあえず手近の教室へと飛び込む。
それでも暫らくの間銃撃が続き、やっと止まる。
ミハイルは恭也が教室へと入ったのを見て、その顔に笑みを浮かべる。
マガジンを交換して、ゆっくりとその教室へと向う。
その途中、ミハイルの無線が鳴る。
一瞬、それを無視しようとするが、どうせ逃げられないだろうと思い直し、ミハイルは無線へと出る。

「はい」

「ミハイルか。一体、何をしているんだ。さっきから、銃声がやたらと聞こえてくるぞ」

無線機から聞こえてくるラルフの言葉に、ミハイルは銃を前に向けたまま答える。

「それはすまないな。しかし、思った以上にすばしっこい奴でな。
ヤンもドイルもやられた」

実際に止めを刺したのは自分だが、そんな事はおくびにも出さずに答える。

「それは本当か」

向こうから息を飲む声が聞こえるが、ミハイルは安心させるように言う。

「大丈夫だ。今、追い詰めた所だ」

「そうか。分かっていると思うが、油断するなよ」

「分かってるって」

ラルフにそう答えると、ミハイルは無線機を切る。
そして、銃を両手で持つとゆっくりと近づいて行く。

「坊や。もう鬼ごっこは終わりか?だったら、大人しく出てきな」

(尤も、出てきた瞬間にぶっ放すがな)

楽しそうな笑みを浮かべ、獲物を追い詰めた喜びに打ち震えるミハエル
ミハイルと恭也との距離は、教室二つ分は離れている。
この距離なら、例え反撃に来ても充分に返り討ちに出来るという自信がミハイルにはあった。
ゆっくりとその距離を詰めつつ、ミハイルは歩いて行く。
と、恭也の隠れていた教室の扉が開き、何かが飛び出してくる。
それを咄嗟に撃つが、それは机だった。
舌打ちをしたミハイルだったが、その机に続き恭也は飛び出してくる。
ミハイルはすぐさま恭也へと照準を合わせて発砲する。
何発もの弾丸が一斉に恭也へと向う中、恭也は教室へ逃げ込まずに前へと踏み出す。
予想外の恭也の行動に流石のミハイルも驚きで目を見張るが、すぐに次を発砲する。
恭也は前へと一歩踏み出すと、その足で強く地を蹴って斜めへと跳ぶ。
その後を弾丸が通過し、床に弾痕を穿つ。
ミハイルはそんな恭也へと銃口を合わせつつ、再度発砲する。
恭也は壁に足を着けると、更に上へと跳躍。
天井に足から着地(?)し、再度天井を蹴り、反対側の壁へと跳躍、その壁を更に蹴りつけ床へ。
そして、床から再び壁、天井、壁、床と蹴りつけつつミハイルへと迫る。
ミハイルも恭也へと向って銃を撃つのだが、既に恭也がいなくなった空間を弾は通り過ぎて行くだけだった。
両者の距離が徐々に狭まり、ミハイルの顔に焦りが浮ぶ。
やがて、ミハイルの銃が弾切れを起こす。
苛立だし気に役に立たなくなった銃を床に投げつけると、ミハイルは懐から大振りのナイフを取り出す。
銃声が止み、ミハイルが銃を捨てるのを見て、恭也は一気にミハイルとの距離を詰める。
それでも、予備の銃で発砲してきた際の注意を怠らずに。
ミハイルが迫りつつある恭也に向ってナイフを突き出す。
体重の充分に乗ったその一撃は、会心の攻撃だっただろう。
当たっていれば。
真っ直ぐに向かってくるその攻撃を恭也は身を沈める事で難なく躱し、ミハイルの懐へと潜り込む。
上体の浮いたミハイルは、しかし慌てる事無く頭の位置が自分の腰よりもしたに来た恭也の顔面に向けて膝を繰り出す。
ミハイルがこれが狙いだったと言わんばかりの笑みを浮かべるが、それはすぐに苦痛のそれに変わる。
自らの顔面に膝が迫ったのを見た恭也は、小太刀をその膝に突き立てたのだった。
声にならない言葉を発しながら倒れるミハイル。
それでも、倒れながらも身を捻り、恭也へとナイフを振るう。
そんな必死の攻撃も、恭也は軽く小太刀を振るって受け止め、そのままナイフを弾き飛ばす。
その瞬間、ミハイルが確かに笑った。
ミハイルはさっきまでナイフを持っていた、今は何もない手を恭也へと向けたまま倒れていく。
と、その手に、袖から飛び出した何かが握られる。
まさに刹那の早業で手にしたそれは、デリンジャ−と呼ばれる小型の銃だった。
ミハイルはそれを恭也目掛けて撃つ。
完全に決まったと確信した瞬間、恭也の姿が視界から消える。
それに驚く間もなく、ミハイルは意識を失った。





<to be continued.>




<あとがき>

ふぅ〜。
やっと、風芽丘テロリスト編も半分を過ぎたぞ。
美姫 「その割には、犯人の目的がまだ不明なのよね」
あ、あははは〜。では、また次回!
美姫 「……はぁ〜。毎度、毎度逃げ足だけは速いわね」










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