『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






第八話 脱出は気まぐれに





部室を出たは良いけれど、さてどこから見て周ったものか。
隅々まで見て周るとなると、流石にこの学校内だけでもかなり時間が掛かるだろうしな。
できる限り効率よく行きたいものだ。

「それでしたら、手分けして探しますか?
 流石に一人で行動するのは何かあった際に困るでしょうし、二手に分かれるというのが妥当でしょうか」

「でもでも、やっぱり何かあった時のために皆一緒の方が良いですよ〜。
 ホラー映画とかでも、別々に行動した人から襲われますし」

恐々と顔を若干青くして古泉の意見に反対するのは、言わずもがな朝比奈さんだ。
と言うか、怖いのならそんな映画を見なければ良いじゃないですか。

「わ、私は嫌だって言ったんですけれど、何事も経験だからって鶴屋さんが……」

ああ、そう言うことですか。いや、もう事情はよく分かりました。
あの人の事だから何を言っても暖簾に腕押しみたいな感じで連れて行かれたんでしょうね。
嫌がる朝比奈さんの腕を引っ張り、楽しそうに笑う鶴屋さんの想像が容易につく。
……これって傍から見れば俺とハルヒの奴も似たようなもんに見えなくもないんじゃないのか。
いやいや、きっと気のせいだ。俺は朝比奈さん以上にはっきりと拒否の意思を示しているじゃないか。
まあ、相手も鶴屋さん以上にこっちの事など知ったことかというハルヒの所為でか、大して違うように見えないだろうが。

「でも確かに何が起こるのか分からないのであれば、変に別行動しない方が良いかもしれませんね。
 どちらかが何かを見つけたとして、それをもう一方に伝える事ができないでしょうし。
 それでも分かれるとするのなら、探索範囲と時間を決めて、
 もう一度ここに集合すると言う形にしないといけないでしょうが」

言って高町さんは時計を俺たちに見せる。
ああ、なるほど。確かにこれだと何十分、何時間後にもう一度集合と言っても集合できるかどうか分からないな。
ハルヒの奴、念入りな事に時間まで止めてくれているみたいだ。
高町さんが見せてくれた時計は、秒数がまったく動いていなかった。
改めて部室に戻って時計を見れば、やはりこちらも秒針が進んでいない。
偶々ここの時計と高町さんの時計、共に電池が切れたというのならごく低い確率よりも、
時が止められていると自然と考えられるのは、普通人を自認する立場としてはどうかと思わなくもないが。
ともあれ、こうして俺たちは共に行動するためにとりあえずは部室棟から順次見ていくことにしたのであった。



古泉曰く、そう見つかりそうもない所にはないだろうという事だったので、
物をどかしたりといった事はせずに部室棟全てを見終えた。
結果は全くそれらしきものは見つからず、であったがな。
部室も全てが入れたわけじゃないが、入れた部室はちゃんと調べたはずだ。
だとするなら、部室棟にはないという事か。
まあいきなりすんなりと見つかるとは思っていなかったとは言え、部室棟でもそれなりに時間を使ったからな。
時間は流れていなくとも、俺たち自身はそれを感じるし疲れだってする。
唯一の救いと言えるのかどうかは知らないが、不思議と腹が空かないのは正直助かるな。
ハルヒの奴も流石に俺たちを飢えさせる気はないみたいで、これに関しては一安心といったところか。
とまあ部室で少し休憩を挟みながら、つらつらとそんな事を考える事ができるぐらいには体力も回復したか。
一番お疲れの様子であった朝比奈さんも落ち着いたみたいだし、そろそろ再開しますかね。
俺の考えている事と同じ事を高町さんや古泉の奴も思ったらしく、自然と男三人で顔を見合わせてしまう。
朝比奈さん、それじゃあ行きましょうか。

「はい!」

少し休憩したからか、ここに戻ってきたときよりも元気な様子で立ち上がる。
にしても、これからまた延々と何かを探さなければならないんだよな。
はぁ、本当に疲れる作業だ。この前の日曜は不思議探索。
今度の日曜も不思議探索。だと言うのに、今ここでこうして訳の分からないもの探索とはね。
本当に何が悲しくてこんな事ばっかり。
ここにいないハルヒへと愚痴や文句を纏めて投げつけながら、俺もまた部室を後にする。
さてさて、今度は校舎の探索といきますか。



 § §



あー、疲れた。
あれから学校の中という中を走り回った俺たちは、再び部室へと戻ってきていた。
朝比奈さんなんてもう疲労をはっきりと顔に出し、ぐったりと椅子に座ってられる。
そんな姿もとても綺麗ですよ。口に出すには恥ずかしいので胸中でそう褒めちぎり、
俺も疲れた身体を投げ出すように椅子にぐったりと座り込む。
対面では古泉の奴も流石に疲れたのか、珍しく口数も少なく腰掛けていた。
探索を開始する前と全く表情が変わらないのが長門と高町さんの二人である。
高町さんは途中、へばってしまった朝比奈さんをおぶってまでいたというのに。
ともあれ、俺たち三人は疲労から無口となり、疲れていない二人は元より自分からあまり喋らない故に、
自然と部室には沈黙が降りることとなる。
でまあ、ここで俺たちがこうしていると言う事はどういう事だったのか説明はいらないだろうな。
全く持ってここから出るための何かなんて見つからなかったよ。
探し方が悪いのか、途中からは結構丁寧に探すようにしたんだがな。
まさかとは思うが、ずっとこのままとかじゃないだろうな。
ハルヒよ、俺たちを閉じ込める気がないのなら、その脱出のための鍵とやらをもっと分かりやすく、
もっと言えば、この部室の何処かに置いておいてくれよ。
……ん? 部室、部室? 何か忘れていないか。
こう肝心な所を調べ忘れているような。
改めて部室を眺めてみる。
ラックにずらりと並ぶのは朝比奈さんの衣装の数々。
棚には本に古泉の奴が持ち込んだ各種ゲーム。
我らが偉大なる団長様が座る席にはパソコン。……パソコン?
……ああー!

「ふぇっ、な、ななななんですか!?」

思わず大声を上げた俺に朝比奈さんが脅えたような視線を向けてくるも、今はそれに構っている暇はなかった。
何で俺はこれを調べていないんだよ!
前にも二度、ヒントと脱出手段としてこれを使っているじゃないか。
俺は急いで団長席に座るとパソコンの電源を入れる。
立ち上がるのをもどかしく待つ俺の周囲に、長門以外の面々が集まってくる。

「なるほど、僕もすっかり失念していましたよ。
 パソコンを立ち上げる。いやはや、こんな簡単な事すらしてないんですから」

全くだ。これで本当にここに脱出するために何かがあったら、本当に骨折り損だな。

「それでも良いですよ。元の世界に戻れるのなら」

希望が見えてきたのか、朝比奈さんは嬉しそうに俺の後ろから画面を眺める。
ようやく立ち上がったパソコンを前に、俺はマウスを操作して色んなフォルダを開いていく。
だが、期待に反してそれらしきものは一行に見つからない。
期待させてしまって悪い事をしたけれど、パソコンでもないのか。

「まだ分かりませんよ。前と違い、今は各部員もパソコンを持ってますからね。
 そのうちのどれかという可能性もあります」

古泉の言葉に俺たちはそれぞれ自分たちのノートパソコンを起動させる。
長門は本を読むのに忙しいみたいだから、俺が代わりに操作してやる。
始めは高町さんにお願いしたのだが、機械は苦手だと言われてしまったしな。
しかも、OSが高町さんの世界とは違うみたいだ。
こんな些細な所でも異世界の住人だと実感してしまった。
とまあ、そんな余談はさておき、俺たちは自分のパソコンの隅から隅まで調べる。
朝比奈さんも四苦八苦しながらも何とか中身を調べ終えたみたいだな。
こうして全員が自分のパソコンを調べ上げ、結果としてそれらしきものはなかった。
いや、本当にどうなっているんだろうね。無事に出れる事を節に祈りたくなってきたね。
この場合、祈る対象は神様じゃなくハルヒになるんだろうけれど、この現状を作り出したのもあいつなんだよな。
なんて不条理な。自ら閉じ込めておいて、祈るまで出さないつもりか。
とやや支離滅裂になりそうな思考を何とか戻し、次なる方策を考えなければならないのだが……。

「よくは分からないんだが、この異相空間だったか?それはこの学校の外にも広がっているんですよね。
 だとすれば、その何かも外にあるという可能性はないんですか?」

高町さんの言葉にその可能性を考えていた身としては頷くしか出来ない。
出来ないが、学校の中だけでこれだけの労力を要したんだ。
それが外となるとどれだけになるか。ああ、もう考えるだけでも溜め息のオンパレードだな。

「とは言え、高町さんの仰られたように外を探すしかないでしょうね。
 とりあえずは、我々SOS団にとって最も馴染み深い所から探してみませんか」

疲れた顔をしながらもそう提案する古泉。
まあその通りなんだがな。どちらにせよ、もう少し休ませてくれ。
さっきの探索中も時折休息を取っていたとは言え、今はまだ身体がだるい。

「でしょうね。正直、僕もまだ疲れてますよ」

ってな訳で、次は学校の外まで範囲を広げて探索するという方針は決まった訳だ。
で、そのためにも今はしっかりと休んで体力を取り戻さないとな。
もう本当に疲れたよ。このまま眠ってしまいたい欲求にかられるが、それをすると起きれるか自信がないから、
首を回したり背筋を伸ばしたりして眠気を振り払う。だが、朝比奈さんは既にうつらうつらとしており、
時折思い出したかのように目を開けるという事を繰り返してらっしゃる。
うーん、そのままお眠り頂いて、あどけない寝顔を見てもみたいがそういう訳にもいくまい。
俺自身の眠気を吹き飛ばす意味も兼ね、俺が朝比奈さんに話し掛けようとした瞬間、ぽつりと長門が呟く。

「来る」

非常に短い言葉が吐かれた瞬間、全身を何とも言いがたい感覚が襲う。
例えるのなら起伏の激しいジェットコースターに乗った時に感じる無重力みたいな感じか。
立ち上がりかけていた俺は思わず蹈鞴を踏むも何とか転ばずに済んだ。
一体、今のはなんだったんだ
そんな事を思っていると、まるでタイミングを見計らったかのように部室の扉が勢いよく開け放たれる。
そして、そこからは我らが団長こと涼宮ハルヒのご登場である。
おいおい、一体どうなっているんだ。まさか、元の世界に戻ってきたのか?

「皆、もう揃ってるわね。いやー、ちょっと遅くなったわ。
 それにしても、皆ちゃんと集まっているなんて感心、感心。

何か企んでいるような笑顔を見せるハルヒをじと目で眺めると、その視線に気付いたのかハルヒは俺の目の前に立つ。

「何よキョン。その何か言いたそうな顔は」

別に何もないけれどな。
単に本物かどうか見極めようとしただけだ。
だがよくよく考えてみれば、この傍若無人がそうそういてたまるか。
間違いなく、こいつは俺らがよく知るハルヒに間違いなさそうだ。
とすれば、やはり元の世界に戻ったのか。
機嫌よく団長席に座り、朝比奈さんへとお茶の注文をするハルヒを横目に、俺はこっそりと長門に尋ねてみる。

「あなたの感覚でいう所の元の世界に戻った」

しかし、一体どうして戻ったんだ。
やっぱりパソコンがキーだったのか。
そんな言葉にだが長門は首を横へと小さく振る。
その上で俺の顔をじっと見上げてきて、

「時間が経てば自ずと戻れるようになっていた」

はい!? 聞き間違いか? ああ、そうか聞き間違いじゃないんだな。
って、ちょっと待ってくれよ! 勝手に元に戻れた!?
そ、そういう事は早く言ってくれよ長門。思わず近くにあった椅子に腰を下ろし机に突っ伏してしまう。
見れば、他の人たちも長門の言葉が聞こえたのか、同じく疲れたように机に突っ伏している。
そんな俺たちを首を少しだけ傾げて不思議そうに見遣ると、
――まあ、他の連中にはいつもと変わらないように見えるんだろうが、かなり貴重なものを見れたし良しとするか。
なんて考えていると、長門はその首を傾げたままぽつりと、

「聞かれなかった」

はぁぁ、いや、まあ確かに聞かなかったが。
そもそも……いや、まあ良い。こうして無事に戻って来れたんだしそういう事にしておこう。
こちらを不思議そうに見てくるハルヒの言葉を右から左に聞き流し、
俺は疲れた身体を明日こそはゆっくりと休めたいと本気の本気で、それこそ心の底から思ったね。





つづく




<あとがき>

という訳で無事生還〜。
美姫 「ところで何故、別世界に閉じ込められたの?」
その理由は次回で明らかになる!
そんな訳で、また次回で。
美姫 「まったね〜」




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