『DUEL TRIANGLE』






第七十三章 復興する街





歓声湧く中に降り立った恭也たちであったが、そのままその場に座り込んでしまう。
特にカエデは消耗が激しく、座る事も出来ずに地面に横たわっている。
大なり小なり傷付き、憔悴しきっている恭也たちを見て、クレアは騎士たちを制する。

「ご苦労であったな、救世主たちよ。
 だが、念のために尋ねたい。か…いや、破滅共はどうなった」

神と口に仕掛けてすぐさま言い直すクレアへと、恭也たちは疲れた顔を上げて互いを見ると、
最終的にミュリエルが口を開く。

「我々の目の前で滅びました。間違いありません、殿下」

その言葉を聞き、周囲の騎士たちが盛り上がる中、クレアは恭也たちの手当てを指示し、
念のために周囲の探索をするための隊を編成する。
事後処理を指示し終えたクレアは、恭也たちしか居なくなると女王然とした顔から、
途端に心配そうな顔に変わり、カグラやメルを手伝うように恭也の手当てを始める。

「本当に大丈夫なのか。あちこち怪我をしているではないか」

「それはまあな。でも、本当に大丈夫だから。
 どちらかと言えば、疲れているといった感じかな」

そう言う恭也の顔は確かに疲れている様子で、こうして手当てしている今も、
普段の恭也ではしないであろう、だらしない格好で寝そべっている。
それは何も恭也だけでなく、美由希やリリィたちも同様であった。
皆が皆、動くのも億劫とばかりに大人しく治療を受けながら、その場に寝転がっている。
だが、その顔は一様に晴れ晴れとしていた。
やがて、恭也たちの手当てを終える頃、クレアの元へと幾つかの報告が上がってくる。
それらへと指示を出し直し、ようやく一向は民の待つ王都へと帰還するのだった。





 § §





恭也たちが神を倒して十日程も経過した頃。
王都では日々、破壊された建物の瓦礫の撤去や、建築作業が行われている。
少しでも早い復興を目指し頑張る民たちに頼もしいものを感じつつ、
クレアは辺境へと派遣した部隊から届いた報告を耳にしていた。
どうやら、モンスターたちの姿は完全に消えたようで、あの日以来、目撃されたという情報は全くなかった。

「ふむ、そろそろ頃合か。
 民たちも自分の生まれ故郷に帰りたいだろうし、故郷でも復興作業が待っているじゃろうからな」

それに関する指示を幾つか出し、代表者との会談を設ける事を決め、ようやく一息吐いたクレアの元へと、
学園とその周辺の再興を目指し、学園と街両方の指揮を取っているミュリエルが訪れる。
ミュリエルは挨拶をした後、すぐさま用件を切り出す。
無用なお世辞やおべっかなしにいきなり用件を切り出すミュリエルに、しかしクレアは好ましく耳を傾ける。
この日ミュリエルが切り出した内容は、クレアに取っても少し早いと思うものであった。

「召喚の塔破壊に伴い、壊れたままだった魔法陣が修復しました」

「思ったよりも早いな」

「ええ、それはもう。修復には書の精霊たる二人が全力で当たっていましたから」

「…確かに、あの二人ならば」

ミュリエルの言葉を聞き納得すると、クレアは少し身を正してやや声を落とす。
今、この場にはクレアとミュリエルの二人しか居ないというのに、
声を潜めるのは何も誰かに聞かれたら困るとかではなく、単にその心情の表れだったのか。

「それで、救世主たちは何と?」

「まだどうするのかは聞いていません。
 ただ、リリィとロベリアにルビナスに関してはこのままアヴァターに居るでしょうが」

「そうか」

特に誰の事を気にしているのかは分かったが、ミュリエルはそれを口にするような事はせず、
ただ静かに用件のみを口にする。

「とりあえず、これから学園に戻り次第、皆に伝えようと思っています。
 本来ならば、元の世界に送り返すのが正しいのですが、もし、このままこちらに残りたいと申し出てきた場合、
 彼、彼女たちの意見を尊重したいと思いまして、こうして殿下に先に報告をしに来た次第です」

「分かった。勿論、その意見に異論はない。
 救世主たちにはアヴァターだけではなく、全世界を救ってもらったのだからな。
 その要求は可能な限り聞き届ける事を、今、ここでクレシーダ・バンフリートの名に誓おう」

「ありがとうございます。それではこれで」

クレアに頭を下げると、ミュリエルは踵を返して去って行く。
その背中を見送った後、クレアは深く息を吐き出すと何もない天井をただぼんやりと見詰めるのだった。





 § §





ミュリエルがクレアへと報告を行っていた頃、学園で恭也たちは忙しく動き回っていた。
一番、傷の深かったカエデの怪我も完治とまではいかなくても、問題なく動き回れるようになり、
そうなると救世主としての仕事が待っていた。
とはいえ、モンスターの居なくなった状況では戦闘行為などなく、もっぱら学園と街の復興に手を貸し、
人々を纏めるような仕事ばかりであったが。
やはり、母親の影響かリリィが意外と人を纏めるという事に能力を発揮し、率先して指示を出していた。
ルビナスなども持ち前の人当たりの良さからか、その周囲には多くの人々が集い、
ベリオは主に治療関係で奮闘を見せている。
そんな中、恭也に美由希、ロベリアはただひたすら瓦礫を退けたりなど力仕事を主にこなしていた。

「ふん、つくづく私にはこういった事がお似合いという事か」

皮肉るロベリアに対し、恭也と美由希は小さく苦笑を零す。
誰から指示された訳でなく、ロベリアが自らやっている事を知っているからだ。
だが、二人の兄妹は目だけで会話を済ませると、

「そんなに嫌だったら、他の作業をしても良いんだぞ」

「まあ、魔法陣の構築はリコさんとイムニティじゃないと駄目みたいだけど、他にも色々仕事はありますよ。
 何せ、人手不足ですし」

「はっ、救世主じゃない私が救世主様を押し退けて人に指示なんて出せないだろう」

「だったら、クレアが正式に破滅が滅んだ事を告げた式で、救世主として並べば良かったんだ」

「そうそう。学園長も列席していたのに、勿体無いよね」

「全くだ」

「救世主として皆に紹介されれば、賞賛の声もたくさん貰えたのに」

事実、救世主として紹介されたリリィたちはちょっとした有名人どころの騒ぎではなく、
これはこれで疲れるとぼやいては居たが。
当初、クレアより救世主として式に出るように言われた際、
その真実をしったリリィたちは複雑な顔ををしたものだ。
だが、クレアの強い願いと、何よりも民に希望を与えるためと言われてはどうしようもない。
それでも、肩書きなどなく、世界を救った功労者という形でと言ったのだが、
アヴァターには救世主伝説が浸透し過ぎており、結果、救世主とする事になったのである。
だが、救世主の真実は兎も角、世界を救ったのは事実で、
それを目標としていたリリィたちはすぐに気持ちを切り替えて、それを承諾したのだった。
その際、最後の戦いに参加したミュリエルもそこに名を連ねる事となったのである。
そんな事を思い出しながら、ロベリアは恭也と美由希の言葉を鼻で笑い飛ばす。

「そんなに賞賛が欲しかったのなら、お前たちこそ何故、辞退したんだ?
 その所為で、こんな裏方の力仕事ばかりやらされて」

「裏方は裏方でとても大事な仕事だぞ」

「そうそう」

「話を逸らすな」

ロベリアの追求に、恭也と美由希はからかい過ぎたかと反省しつつ、仕方なさそうに口を開く。

「俺たちは元の世界でもこれと似たような事をするために剣の腕を磨いていた」

「だから、別に何かが欲しい訳じゃないんだよ。
 強いて上げるなら、今、ここに居る人たちが平和を感じて、それで幸せな気分になって笑顔を見せてくれる。
 それだけで良いかな。…あ、あははは、なんてね」

美由希の言葉にロベリアは目を細め、微笑を浮かべる。

「ふんっ、損な性分だな、お前たちは」

それはロベリアさんもという言葉は飲み込み、美由希は苦笑を返すと再び口を開く。

「まあ、何だかんだと理由を付けているけれど、一番の理由は…」

「あまり目立つのは好きじゃないんだ、俺も美由希もな」

「お前たちらしいよ」

三人は他の者と比べても多くの仕事をこなしつつ、平然と会話を続ける。
これはこれで、人々にありがたがられているのだった。
今も重たい荷物を運びながら、ふと美由希は恭也へと尋ねてみる。

「ねぇ、やっぱりルインの声はもう聞こえないの」

「ああ、さっぱりな。それに、召還器による身体能力の向上も前ほどではないな。
 それは美由希たちもだろう」

「うん。それでも、召還器による多少の身体能力の向上はあるみたいだけど。
 これって」

「多分、召還器にされた元救世主たちの魂が解放されたんだろう」

「そっか。本当にそうなら良い事だね。ちょっと悲しいけれど」

「悲しむ事なんてないだろう。あいつらだって、騙されて世界を滅ぼしてしまったんだ。
 その無念や悔しさはかなりのものだろうからな。それが黒幕の死という形で解放されたんだ。
 このまま召還器としてあり続けるよりも、ずっと良いと私は思うぞ」

ロベリアの言葉に恭也も頷くのを見て、美由希は少しだけ考え込むが、すぐに顔を上げると、

「そうだね。これでやっと自由になれたんだもんね」

どこか吹っ切れたような、爽やかな笑みを見せるのだった。





 § §





日が落ちた学園の一角、美由希の部屋に全員が集まっていた。
本来なら男子禁制なのだが、それを咎める者はいなかった。

「はぁー、疲れた〜」

ソファーにうつ伏せに倒れ込むリリィをはしたないと窘めるベリオも疲れた顔を見せる。
だが、顔は皆笑顔であるが。やはり、闘ってばかりでないだけ疲れるにしてもましなのかもしれない。

「それにしても、恭也くんと美由希ちゃん、それにロベリアはずるいわね」

不意に呟いたルビナスに、名前を出された三人は訳も分からずに首を傾げるも、
他の者は言いたいことを理解したのか、同意するように頷く。

「本当にずるいわよ。何で、救世主を辞退しているのよ! しかも、私たちに内緒で!
 私たちだけ顔が知られて、お陰で街を歩くのも大変よ!」

「しかし、リリィは元々救世主になりたかったんだろう」

「それはそうだけど…。でも、その所為で仕事が忙しいじゃない」

「私たちもかなり忙しいんだがな」

リリィの不満にロベリアも不満そうに返す。
一方のイムニティも不満そうに美由希を見る。

「私も納得いきません。マスターの功績を知らず、マスターをこき使っている連中を見ると」

「こき使うって…。今は復興で人手が欲しい時だからね」

「分かってますが、納得しかねるんです」

「それを言うのなら、拙者も心苦しいでござるよ。
 拙者なんて、最後は殆ど役に足ってなかったでござるに。しかも、主様を差し置いて…」

「ですが、カエデさんのあの術がなければ、私たちはこうして無事ではいれなかったんですから。
 カエデさんも充分に資格はありますよ。ですが、恭也くんたちが辞退したのは確かに…」

「本当よ、赤の主! 辞退するのなら、自分一人にしてよね。
 マスターまで巻き込まないで欲しいわ」

「イムニティ、その言葉は撤回しなさい。マスターがそのような事をするはずありません」

見えない火花を散らす二人の間で未亜が困ったような顔を美由希に向けると、美由希は小さく嘆息する。

「あのね、イムニティ。私は自分一人で辞退を申し出たんだよ。
 そしたら、そこに恭ちゃんとロベリアさんがいただけで。だから、これは私の意志なの」

「……」

そんな事は分かっていたイムニティだったが、美由希自身に言われては黙るしか出来ず、
不満そうな顔をしながらも口を噤んで押し黙る。

「まあ、今更言っても仕方ないだろう。
 俺と美由希、ロベリアはそれぞれ自分たちの考えがあって辞退して、それをクレアが認めたんだから。
 まあ、あまり目立ちたくないってのもあったけれどな」

「う、うぅぅ。酷いですよ、恭也さんも美由希ちゃんも。私も目立ちたくないのに…」

恭也の言葉に未亜が不満らしきものを零すも、恭也に慰めるように頭を撫でられて沈黙する。
そんな様子を肩を竦めて見ながら、

「はいはい、分かりましたよ。私たちは精々、国民たちのマスコットとなりますよ」

「マスコットと言うよりも、指揮官って方がしっくり来るけれどね」

リリィの言葉に苦笑交じりで呟くルビナスに、リリィは何か思い出したのかやや腹立だしげに言う。

「それよ、それ。何で、いちいち私たちに確認しに来るのよ!
 少しぐらい自分たちで考えなさいよね!」

「リリィ、落ち着いて。何だかんだと言っても、まだ混乱しているんですよ。
 ある程度落ち着くまでの間は仕方ありませんよ」

そんな感じで就寝までの間、めいめいに話していると、ノックの音が響く。

「あ、はい」

「マスター、私が」

出ようとした美由希を制し、イムニティが扉を開けるとそこにはミュリエルが立っていた。

「皆揃ってますね」

ミュリエルの言葉に全員が頷き、一瞬にして空気が張り詰めたものに変わる。
それが何を思ってのものか理解し、ミュリエルは落ち着かせるように静かな声で淡々と告げる。

「安心しなさい。別にモンスターが見つかったとかではありませんから」

その言葉に先程の空気が霧散するも、何の用だろうかという事が全員の疑問となって浮かぶ。
部屋へと入ったミュリエルは、全員が身を正して自分の言葉を待っているのを見て、再び静かに口を開く。
それを見て、リコとイムニティは何か思い当たったかのようにやや神妙な顔つきに変わるが、
ミュリエルを注視しているため、誰もそれに気づく者はいなかった。

「前置きはなしで用件だけを告げます。
 召喚の塔の魔法陣が修復されました」

ミュリエルの言葉に、小さな動揺が皆に走る中、ミュリエルは続ける。

「殿下とも話し合って決まった事ですが、今後、どうするのかは皆さんの意見を尊重します。
 今の状況も状況ですから、すぐに答えを出す必要もありません。
 各自、ゆっくりと考えてください。それじゃあ、私はこれで」

そう告げて静かに部屋を出て行ったミュリエルだったが、殆どの者はそちらへと注意など払っておらず、
何か考え込むようにしていた。
先程とは打って変わって静寂が部屋に落ちる中、リリィが真っ先に動き出す。

「まあ、私には関係のない事だからね。アンタたちはちゃんと考えて決めなさいよ。
 じゃあ、今日は私も自分の部屋に戻るから」

全然、関係ないという風には見えない態度ながらもリリィは一息に言い放つとさっさと部屋を出て行く。
それを見送った後、他の者たちも次々と自分たちの部屋へと戻って行く。
一人残される形となった美由希は、ベッドに仰向けに倒れ込むとただ静かに天井を見詰める。
その顔は既に答えを出しているようでもあり、まだのようにも見えた。
他の者たちも似たような表情を見せる中、ただ一人、恭也だけは既に答えを出したように迷いのない表情であった。





つづく




<あとがき>

うーん、何か展開が早すぎたか?
美姫 「でも、こんなものじゃないの?」
だよな。式典は省略で良いよな!
美姫 「良いんじゃない。それよりも、いよいよ次でラストよね」
予定通りなら、そのはずだ!
美姫 「って、ここで予定狂うのって、ただのバカ以外の何者でもないわよ流石に」
あはははは。
それじゃあ、また次回で〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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