『DUEL TRIANGLE』






第二十九章 裏切りの遺跡





破滅のモンスターたちの襲来で俄かに慌しくなる防衛線。
既に出撃の準備を終え、進軍した王国軍は王都から離れた荒野にて、破滅軍と対峙する。
モンスターの群れは、前方に軍が現れたにも関わらず、何も考えていないかのように進軍してくる。
これに対し、王国軍も迎え撃つべく前へと進む。
二つの軍がぶつかり、あっという間に静かだった荒野は戦場と化す。
その戦場の一角、他の個所と比べても破滅の進行を最も食い止めている場所に美由希たちは居た。

「破滅の将が一人も見当たらないけれど」

群がるモンスターへとセリティを振るいながら、美由希は近くに居たカエデへと声を掛ける。
それにモンスターの一体を蹴り飛ばしたカエデが答える。

「確かに、近くには居ないでござる。
 もしかすれば、もっと後ろに居るのかもしれんでござる」

「もしくは、ここには来ていないのか」

言って炎の矢を解き放ち、数体の敵を葬るリリィの後ろから、ベリオが心配そうな顔を見せる。

「もしかして、破滅の将たちは初めから救世主の鎧の方へと向かったのかも…」

「そんな! どうやって!?」

「救世主の鎧が封じられている場所は、千年前の遺跡だから。
 学園の地下から以外にも、そこへと通じる道があったとしても可笑しくはないわ」

「……ナナシ?」

いつもとは違う口調で語るナナシに、全員が思わずナナシへと注目する。
そんな視線に気付いたのか、ナナシはきょとんとした顔で首を傾げる。

「どうかしたんですの?」

「いや、どうも何も…。ナナシ、今さっき自分が言った事覚ええてないの?」

リリィの問いかけに、ナナシは益々首を傾げる。

「う〜ん、何か言ったような気がするんですけれど、よく覚えてないんですの〜」

思わず肩の力が抜けそうになるが、今はそれどころではないと思い直し、美由希たちは戦闘に集中する。
ナナシも若干、顔を引き締めると腕に巻いた包帯を解いて敵へと飛ばす。
そこへ美由希とカエデが斬り込み、援護するようにリリィとベリオの魔法が飛ぶ。
次々とモンスターを打ち倒していく救世主候補たちの活躍を目の当たりにして、
王国軍も士気を高めていく。





 § §





地下空洞のような場所へと出た恭也たちは、そこへと足を踏み入れた瞬間に薄ら寒いものを感じる。
体に纏わりつく空気そのものが淀んでいるような感じを受ける中、未亜は益々身を縮こまらせる。
霊感のあまりない恭也さえ、ここに漂う怨念めいたものを感じる。
無言で歩を進める三人の耳に、微かにうなり声が届く。
思わず身を竦めて足を止める未亜の手をそっと握ってやりながら、恭也は更に奥へと進んで行く。

「…マスター、残留思念が実体化しかけています」

「残留思念?」

「恐らく、この遺跡で亡くなった人たちの怨念…」

リコの言葉が聞こえたのか、未亜はまたしても身を竦ませる。
恭也は慎重に神経を辺りへととがらせ、ゆっくりと進む。
誰かに見られているような視線を感じながらも、それらしき気配はなく、下へ下へと進んで行く。
他と比べてなんとなく階段らしくなっているものの、岩肌が剥き出しの斜面と殆ど変わらない場所を歩きつつ、
ようやく平坦な場所に足を下ろす。
でこぼことして歩き難いことこの上ない地面を、恭也は未亜とリコの手を引いて進んで行く。
と、その前方の空中が、ゆらりと揺れる。
それに続くように、遺跡の影からもぞろぞろとアンデッドが湧き出てくる。

「どうやら、あまり歓迎されていないみたいだな」

良いながら二人から手を離し、ルインを呼び出す。
未亜も震える足を堪えながら、ジャスティを構える。

「う、恨めしい……。カ、カラダ……」

「ご、ごめんなさい〜〜!!」

何か幽霊らしき影が呟いた途端、未亜は狙いもろくに定めずに矢を放つ。
それは放物線を描き、何事か呟いていた霊へと当たり消滅させる。

「やるしかないようだな」

未亜の攻撃によって敵と認識されたのか、襲い掛かってくるアンデッドたちへ、リコの火の玉が飛ぶ。
吹き飛ぶアンデッドの群れの頭上から、無数の矢が降り注ぐ。

「いやぁぁぁぁっ!」

未亜の絶叫と共に、ジャスティから凄まじい魔力が放出され、何十本という矢が放物線を描いて飛ぶ。
空中に浮かんでいた霊にも、地を這うように蠢いていたゾンビにも、無数の矢が飛来する。
隙間が殆どない状態で放たれる矢を前に、恭也も斬り込む訳にも行かず、その場に留まる。
未亜が第二射へと入る前にリコと目配せをすると、未亜の攻撃した地点を中心に、
恭也は左側へ、リコは右側へと遠距離からの攻撃を仕掛ける。
黒い斬撃が風を撒いて未亜の射から逃れたゾンビを切り刻む。
リコの放った雷撃が、同じく攻撃を逃れていたゾンビを打ち貫く。
その間に、力を充電し終えた未亜が、再び矢を放とうと構える。

「未亜、さっきよりも後方へと射て」

恭也の言葉に咄嗟に従い、ジャスティの角度を上げると再び無数の矢を雨の如く降らせる。
後は同じように恭也とリコが逃れた敵を打ち払い、
その攻撃をもう一回する頃には、あれだけ居たアンデッドの姿は何処にも見当たらなくなっていた。
アンデッドの姿が消えたことにより、安堵の息を零す未亜の頭をそっと恭也は撫でる。

「よくやったな、未亜」

「あ、あははは〜。何か夢中だったからあんまり覚えてないけれど…」

気持ちよさそうに目を細める未亜を下から見ていたリコは、恭也のもう一方の袖を引っ張る。

「…マスター、私も頑張りました」

「ああ、お疲れさん」

恭也はその手でリコの頭を撫でる。
それに目を細めつつ、リコは小さな声で呟く。

「未亜さんの潜在能力は、かなりものです」

「確かにな」

「そ、そんな事ないよ。それに、今のだって恭也さんやリコさんが手伝ってくれたから…。
 それに、どうやったのかよく覚えてないし」

謙遜するように照れながら言う未亜の頭をもう一度だけ撫でると、恭也は手を放す。

「自由に引き出せるようになれば、未亜は相当強くなるだろうな」

「そ、それは…」

「まあ、別に無理する必要はないさ。未亜があまり闘う事が好きじゃないのは知っているからな」

「うん。……でも、恭也さんの力になるんなら、もっと頑張るよ」

「何か言ったか?」

「ううん、何にも。それよりも、早く行こう。また、出てきたら嫌だし」

そう慌てて言うと、未亜はさっさと歩き出す。
恭也とリコはすぐさまその後ろを追って歩く。
三人が暫くそうして進んでいくと、急に広い空間へと出る。
三人の前には、ここまで進んできた道とは違い、明らかに人の手によるものだと思わせる階段があり、
それが遥か下へと伸びている。
階段の先もごつごつとした岩肌ではなく、滑らかな床が伸びている。
神殿を思わせるような造りを見下ろしながら、恭也たちは慎重に、けれど足早に降りて行く。
ようやく、一番下の床へと足を着けた恭也たちを待っていたのは、先程よりも多いアンデッドの群れだった。

「一体、ここにはどれぐらい居るんだ」

言いつつもルインを構える恭也を先頭に、未亜とリコが一歩下がる形で構える。
先程は我を失った未亜の暴走気味の攻撃のお陰で楽に倒せたが、今度もそれに期待するわけにはいかない。
恭也はルインを握る手に知らず力を込める。

「マスター、ここは私が」

「バカを言うな。幾らリコでも、これだけの数…」

「ですが」

何か反論しようとするリコだったが、それを遮るように未亜が少し前方を指差す。

「恭也さん、リコさん、あそこ」

そこには、半透明に透けた身体の女の子が一人立っていた。
見るからに霊体だと分かるその少女は、何が悲しいのかただ涙を流していた。

「どうして?」

不意に今まで泣いていた少女が、涙を流しながら小さな声で呟く。
何のことか分からずに立ち尽くす恭也たちに、少女は構わずに続ける。

「どうして、わたしたちを殺すの?
 どうして、救世主様はお父さんやお母さんを殺すの?」

少女の言葉に衝撃を受ける恭也と未亜。
どういうことなのか少女へと問い掛けるが、少女はそれが聞こえていないのか、ただ自分の思いだけを口にする。

「どうして、救世主様は世界を滅ぼそうとするの?
 皆が悪いことをしたから? だから、罰なの?」

「どういう事だ。救世主がこの子を?」

「もしかして、学園長が言っていた救世主の鎧に乗っ取られた救世主がって事?」

恭也と未亜が疑問を口にする間も、リコはただ黙って少女を見詰めている。
悲しげに言葉を紡いでいた少女の声が、徐々に恐怖が混じり始め、最後には絶叫を上げる。
途端、少女の身体が宙へと浮き、その背後に今まで佇んでいたアンデッドの中へと加わる。
アンデッドたちは口々に救世主への恨み言や、助けてくれるように懇願する声を上げつつ、恭也たちへと迫る。
と、今までずっと黙ってアンデッドたちの動向を見ていたリコが両手を頭上へと振り上げる。
小さな呟きと共にその両腕を振り下ろすと、一際大きな雷が頭上より十数本降り注いでアンデッドを消し飛ばす。
恭也たちの居る場所から、その奥に見える扉まで一直線に道が開き、リコはその場に倒れ込む。
それを恭也が支える。

「リコ、何て無茶を!」

「…マスター、今のうちに。私の事は放っておいても大丈夫ですから…」

「そんな事出来るわけないだろうが。リコも連れて行く」

言って恭也はリコを背負うと、リコが作った道が再び塞がれる前に走り出す。
未亜もその後を追う。前方を塞ごうとするアンデッドへ恭也の斬撃が飛び、
背後や周囲のアンデッドへと未亜が牽制の矢を放つ。
それが当たったとかそんなのには関係なく、未亜はただ矢を放っていく。
ようやく扉の前へと辿り着いた恭也たちは、そのまま扉を開けて中へと入るとすぐさま閉める。
さっきまでのある意味賑やかな場所とは打って変わり、神殿らしく静謐な空間が広がる。
その部屋の最も奥に、金色に鈍く輝く鎧が鎮座していた。
救世主の鎧が放つ禍々しいオーラに眉を顰めつつ、恭也は目の前の鎧を見る。

「確かに、呪われていそうな感じだな。
 クレアたちが破壊を命じるはずだ」

呟いて恭也はルインを構える。
と、不意に目の前の鎧が僅かに動いたかと思うと、鎧から声が出る。

「我を求めよ、救世主…」

「なに?」

問い返す恭也に構わず鎧は続ける。

「無限の力を手に入れ、真の救世主たれ」

言って、鎧の身体部分が浮き上がる。
否、鎧全体が一つの生き物のように起き上がったのだ。
誰も着ていないはずの鎧はしかし、誰かが装着しているように立ち上がると、その手をゆっくりと前へ差し出す。

「我を、求めよ……」

その言葉とは違い、鎧が恭也を求めるようにその足を一歩踏み出す。

「救世主よ。世界を決める者よ…。
 一人、嘆きの野を行く者…。我を、我を求めよ。
 無限の力を手にするため。真の救世主たらんとするために。
 それをなすべき力を、手に入れよ救世主」

鎧の手が間近に迫り、恭也は後ろへと飛ぶ。
それでも鎧は手を伸ばし、歩を進める。

「我、汝に無類の力と知恵を授けん。
 さあ、真なる救世主たらん者よ、我を求めよ」

言って更に恭也へと迫る鎧に、恭也の背後から矢が飛ぶ。

「それ以上、恭也さんに近づかないで!」

それは鎧の表面に弾かれて何のダメージを与えられなかったが、恭也はその隙に更に距離を開ける。
再び矢を構えた未亜は、先程効かなかった事を考慮し、その矢に魔力を込めて放つ。
今度は鎧へと当たった瞬間に小さな爆発を起こし、鎧をよろめかせる事に成功する。
そこへ恭也が距離を詰め、ルインを振るう。
徹で内部へとダメージを与えるが、中は空洞なのか大して効いた様子も見せず、
鎧の背後から数本の鋭い切っ先が伸びて恭也へと襲い掛かる。
それをルインで弾き反撃するも、固い音を立てて弾かれる。

「ちっ」

中へとダメージを伝えても駄目。
表面は鎧で阻まれる。

「…となれば、鎧そのものを斬る」

先程の魔力を込めた未亜の攻撃を思い出しつつ、恭也は鎧の攻撃を捌いて行く。
魔力の使いすぎで背中を壁にもたれさせて座り込むリコの分まで、未亜は恭也を援護する。
未亜の矢が鎧に突き刺さるも、それを気にせず恭也だけを執拗に狙う。
左右から合計八本伸びてくる剣のような切っ先から身を躱しつつ、恭也は未亜へと声を投げる。

「未亜、こいつの膝を」

それで恭也の考えが伝わったのか、未亜は一つ頷くとジャスティを構える。
慎重に狙いを膝へと付け、ジャスティの力を引き出す。
未亜の手に白い光が集まり、一本の長い矢となる。
それを未亜は放つ。
真っ直ぐに鎧へと向かった矢は、途中で数を六本に増やし、全て膝の一点に突き刺さる。
急な膝への攻撃に傾いた鎧へと恭也は距離を詰めると、ルインの力を引き出すようにする。
普段、斬撃を飛ばす感覚を前に飛ばすのではなく、刀身に込めるように。
ルインの刀身に黒い輝きが纏わりつく中、恭也はルインニ刀を交差させて鎧の胸、中心へと振り下ろす。
雷徹による一撃は、鎧に皹を生じさせる。

「未亜!」

恭也の再度の呼び声に、未亜はその皹目掛けて矢を射る。
吸い込まれるように突き刺さると同時、恭也は納刀していたルインを間髪置かずに同じ場所へと振るう。
黒い輝きを未だに纏ったルインの、抜刀からの四連撃、薙旋を喰らい、鎧の胸部分が粉々に砕け散る。
そのまま横たわる鎧を見下ろし、恭也は深く息を吐き出す。

「未亜、よく分かったな」

「うん、何となくそうじゃないかって思って」

「そうか。助かった、ありがとう」

「えへへ」

恭也に褒められて嬉しそうに笑う未亜。
と、不意に恭也は視線を鋭くすると、鎧のあった場所の奥へと視線を飛ばす。

「誰だ!」

「フフフ。よく気が付きましたね。流石は赤の主といった所ですか?」

恭也の視線の先から、白い仮面を被ったくすんだ金髪の男が現れる。

「赤の主?」

聞き慣れない言葉に未亜が首を傾げるが、それを誤魔化すように恭也はルインを構える。

「お前たちは破滅の将か」

「ええ、そうですよ。しかし、ふむ…。
 ムドウ、どうやら不意打ちは通用しないようですよ。
 今、お前たちと言いましたからね」

「ちっ。気付いていたって事かよ」

仮面の男よりもかなり前方、恭也に近い柱の影から2メートルは越すかと思うほどの大男が姿を見せる。
ムドウと呼ばれた男はその身に似つかわしい程の大きな刃物を肩に担ぎ、恭也を面白そうに見据える。

「殺すなとは言われたが、少し大人しくさせるぐらいなら構わないんだろう、シェザル」

ムドウの言葉にシェザルと呼ばれた仮面の男は仕方がないですねと肩を竦めつつも、止める気はない。
ムドウはそれににやりと口を歪ませると、ゆっくりと恭也の前に移動する。
同時に恭也もルインを構え、一触即発の雰囲気が漂い始める。
そこへ、第三者の声が響く。

「そこまでにしておきなさい、ムドウ」

シェザルの後ろからローブを着た男が姿を見せる。
その姿を見て、恭也たちは驚愕する。

「ダ、ダウニー先生……?」

未亜が呆然とその人物の名を口にする。
それに対し、ダウニーは平然としたまま、ムドウへと命令する。

「ムドウ、今はまだその時ではありませんよ。
 どうやら、我々の目的である鎧の回収も出来ないようですし、今回は引きますよ」

「ちっ、仕方ない、副幹の命令とあれば、従わない訳にはいくまい」

言ってムドウは恭也に背を見せる。
恭也が飛び掛ろうとすると、その前方に数本の雷が振る。
ダウニーが手を恭也へと向けたまま、小さな笑みを浮かべる。

「座学は兎も角、戦闘に関しては本当に優秀ですね、あなたは。
 背を向けた相手にも躊躇なく攻撃をする。間違いではありませんよ。
 ただ、それを私が黙って見ているとでも?」

「何故だ?」

「何故? 勿論、私の部下ですからね、彼は」

「そうじゃない。どうして、裏切って破滅に味方する!」

恭也の言葉にダウニーは静かに目を閉じると、静かな声を出す。

「最初から裏切ってなどはいませんよ。私は元より王国の敵対者。
 破滅の民を統べる42代目総帥、ダウニー・リードです。
 尤も、今は副幹をやっていますが」

「つまり、ダウニー先生、いや、ダウニーの上にまだ居るという事か」

「そうなりますね。さて、無駄話はここまでにしましょうか。
 我々は他にしなければならない事がありますので」

言ってローブを翻すダウニーの後に続くように、シェザルとムドウも踵を返す。

「お前と遊ぶのはまた今度だ。
 まあ、出来ればお前じゃなくて他の救世主候補共の方が、嬲りがいはありそうだがな。
 ガハハハ。それじゃあ、また五日後にな」

「…馬鹿ですかあなたは」

「んだとぉっ!」

大声で笑うムドウへ、シェザルが呆れたような声を上げる。
その言葉に眦を上げ、睨み付けるムドウへ、シェザルは冷ややかに言い放つ。

「本当の事だろう。何故、敵にわざわざそんな事を教えるんですか」

睨み合う二人の間にダウニーが割って入る。

「止めなさい、二人とも。それよりもさっさと引き上げますよ」

「逃がすか!」

言って恭也は斬撃を飛ばす。
それを魔法の障壁で受け止めると、ダウニーは聞き分けのない生徒を諭すように言う。

「別にあなたの意見など関係ないのですよ。我々が引き上げると言っているのですから」

ダウニーはなおも何か言おうとするが、不意に口を噤む。
それを見計らったかのように、この場にまたしても新たな闖入者が現れる。

「…なるほど、お前が赤の主か」

言ってダウニーたちの背後より現れる一人の男。
顔全体を黒い仮面で覆い、黒いマントを羽織った男は値踏みするように恭也を見詰める。
ダウニーたちはそんな男に恭しく頭を下げる。

「まさか、主幹自らがお出ましとは…」

「噂の救世主候補というのを、この眼で見るのも悪くはないと思ってな」

言ってもう一度、恭也、未亜、リコと順に見詰める。

「お前が、白の主なのか…」

目の前の男の強さを感じ取りながら、ふと湧いた疑問を恭也はぶつける。
それに対し、男は可笑しそうに笑いながら首を横へと振る。

「違う。私は破滅の将を束ねし者。
 そもそも、赤や白の主という事は、救世主に最も近いという事だぞ。
 二つの精に認められることによって、救世主となるのだからな。
 ならば、本来は女性が主となるものだろう。つまり、お前が例外も例外という事なんだ。
 分かったか、恭也」

「っ! どうして俺の名を」

「お前だけではない。そっちが、未亜、そっちがリコ。他の者たちも知っているぞ」

よくよく考えれば、ダウニーが破滅側である以上、こちらの情報は筒抜けなのだ。
その事に今更ながらに気付き、恭也は小さく舌打ちを見せる。
そんな恭也へと仮面の男は近づいていく。

「素直に引き下がっていれば良かったものを…。
 仕方ないな。どれ、ここらで赤の主には退場を願うか…」

言って腰より剣を抜き出すと構える。
恭也もルインを構え、二人の間に目に見えない火花が散る。
緊迫した空気が漂う中、男の傍より倒したはずの鎧が起き上がり襲い掛かる。
男はそれを見ても慌てもせず、ただつまらなさそうに鼻を鳴らすと身体を回転させ、
腰からもう一本剣を抜き放ち、鎧目掛けて地を蹴る。
交差するように合わせられた二本の剣による斬撃を受け、
鎧は手足のパーツをバラバラに崩して、今度こそ倒れる。
たった今、男が見せた技を見て、恭也は驚愕の表情を浮かべる。

「今のは雷徹!?」

「…ほう、雷徹と言うのか。さっきお前がこの鎧を倒すのに使っていたのを見てな。
 俺も同じく二本の剣を使うので、真似てみたのだが。
 中々の技だな」

簡単に言う男に、恭也は内心の驚きを押さえ込む。
あっさりと御神流の奥義を真似られたという事実に薄ら寒いものを感じつつも、
恭也は男を射るように見る。
その視線を心地よさそうに受け止めると、仮面の男は剣を収める。

「ここで殺そうかと思ったが、もう少しだけ生かしておいてやろう。
 あの程度のヤツさえも倒せない奴など相手にしても、面白くもないしな」

自分が今しがた倒した鎧を一瞥しながら、男は続ける。

「もう少し手ごたえがあるかと思っていたんだがな。
 どうやら評価を変えねばなるまい。
 我々は救世主候補どもを、過大評価をしていたようだ」

男のどこか馬鹿にするような言葉にも、恭也はただ無言で男を見続ける。
一瞬でも気を抜くつもりはなく、隙あればという恭也の態度に男は仮面の奥で微かに笑う。
しかし、未亜は男の言葉に珍しく怒りを現す。

「恭也さんは弱くなんかない!」

言ってジャスティスを構えると、恭也が止めるまもなく矢を放つ。
それをつまらなさそうに見詰めたまま、男は剣を一閃させる。
自分へと襲い掛かってくる三本の矢をそれだけで打ち落とすと、振り下ろした剣をそのまま上へと振り上げる。
剣先から小さな風の刃が未亜目掛けて飛ぶ。
動けない未亜へと向かう風の刃を、恭也がルインで打ち砕くが、風の刃はもう一つあった。
恭也は未亜に覆い被さるようにして地面へと倒れ込んで風の刃を躱す。
しかし、左腕が切り裂かれ、血を流す。

「今のさえも完全に躱せないとはな」

やれやれといった感じで肩を竦める仮面の男を睨みつつ、恭也は左腕を押さえる。

「折角の召還器も使いこなせないのでは、ただの武器と同じだ。まさに、宝の持ち腐れだな。
 さて、ダウニー、戻るぞ。次の準備に取り掛からなければならんからな。
 いつまでも、この程度の奴らの相手をしている暇もない」

「ま、待て」

「無駄だ。今のお前では俺には勝てん。
 ムドウが言った5日後が楽しみだ。精々、あがいて見せろ。
 お前らが抗い、恐怖を、絶望を感じるのを楽しみにしているぞ。
 だから、今は見逃してやろう」

明らかに上からものを言ってくる男に、恭也はしかし、言い返す言葉もなくただじっと睨い付ける。
未だに戦意を失っていない恭也に男は小さく鼻で笑うと、ダウニーの傍に寄る。
ダウニーは男へと恭しく礼を捧げると、小さく呪文を唱える。
ダウニーたち四人の足元に魔法陣が浮かび上がり、身体を淡い光が包み込むと、四人の姿が消える。
それをただ見詰めていた恭也だったが、完全に消えたと分かると、力を抜く。
と、左腕に未亜の手が当たる。

「恭也さん、傷の手当てをしないと」

「大丈夫だ。ちょっと掠った程度だし」

「でも、こんなに血が…」

思ったよりも結構、深い傷だったのか、血が腕を伝って流れる。
しかし、それ以上の流血はないようで、未亜はほっと胸を撫で下ろすと自分の服の袖を千切る。
それを包帯代わりにして恭也の腕に巻いていく。

「本当は綺麗な布の方が良いんだけれど…」

「いや、充分だ。と、リコ、大丈夫か?」

離れた所にいるリコへと声を掛けると、小さく返事が返ってくる。

「申し訳ありません、マスター。敵の逆召喚を許してしまうなんて」

「仕方ないさ。リコの魔力はまだ戻ってないんだしな」

それでも申し訳なさそうにするリコに、恭也は気にするなともう一度告げると立ち上がる。

「それよりも、地上に戻って報告をしないとな」

「はい」

「うん」

恭也の言葉に答えて未亜は立ち上がるが、返事をするもののリコは座ったままである。
まだそこまで力が回復していないのか、先に行くように告げる。
そんなリコを恭也は背負う。
驚くリコと羨ましそうに見詰める未亜という反応を気にも止めず、恭也は扉へと手を掛けた所でふと動きを止める。

「向こうにいる亡霊どもはどうしたもんか…」

「あっ。…私が道を作るよ」

恭也の言葉にジャスティを強く握って言う未亜に対し、リコが静かな口調で告げる。

「多分、もう居ないと思います。
 鎧が破壊されたことによって、ここに亡霊たちを縛っていたものはなくなりましたから」

「つまり、あの亡霊たちは鎧に操られた救世主に殺され、
 死後もその恨みを利用される形で鎧によってこの地に縛られていたって事か」

「ええ」

「本当にやるせないな」

「…うん」

リコの言葉に恭也と未亜は複雑な顔をする。

「マスター、今は…」

「そうだな。今は他にするべき事があったな」

言って恭也は目の前の扉を押し開く。
リコの言った通り、そこには亡霊たちの姿は何処にもなく、ただただ静けさだけが横たわっている。
歩き始めた恭也の後ろを付いていきながら、未亜は赤の主という言葉を思い出して気になったが、
必要な事ならいつか話してくれるだろうと、今尋ねる事は止めるのだった。





 § §





何処とも知れない部屋の中。
そこにある玉座のような椅子に仮面の男は腰を降ろし、傍らに立つダウニーへと話し掛ける。

「あの男、恭也は魔法が使えないんだったな」

「ええ、そうですが。それが何か」

「いや、もし使えたら更に強くなるのかと思ってな」

「主幹。あなたの趣味をとやかく言うつもりはありませんけれど、我々にはすべき事が」

「分かっている。だが、あの目は良い。きっと次に会う時は更に強くなっている事だろうからな。
 出来れば、俺と互角にやり合えるまでになって欲しいものだ」

楽しそうに呟く主幹に、ダウニーも小さく笑みを零す。

「それまで生きていると良いですけれどね」

「ははは、確かにな。今のままでは、ロベリアにも勝てんだろうからな。
 そう言えば、イムニティやロベリアが奴を気に入っていたな」

「ええ。仲間になるように誘ったとも聞き及んでいます」

「仲間か。確かに仲間になれば、かなり役に立つだろうな」

「何かご不満でも?」

男の言葉に少しだけ混じる複雑そうな色を見抜き尋ねるダウニーに、男は小さく笑う。

「ああ。仲間になってしまうと、殺し合いが出来ないからな」

「確かに、そうなりますね。私としては些細な事ですが、主幹には大きな問題ですからね」

「まあ、今はそれよりも先にやる事があるがな。
 で、首尾の方は?」

「もう少しで整います。五日後には」

「そうか」

ダウニーの返答に満足げに頷くと、主幹は黙り込む。
何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか。
ダウニーはただ主幹の隣に立ち、同じように沈黙する。





 § §





破滅の将が一人もおらず、またモンスターたちも弱いものばかりだった為、
王国軍は破滅軍を押し止めるだけでなく、押し返していた。
徐々に減っていく破滅軍に王国軍の士気は更に高まり、遂には破滅軍は撤退を始める。
深追いする事は避け、幾つかの部隊を維持したまま、王国軍は防衛線へと引き返す。
さきの戦いとは違い、はっきりと分かる形での勝利に多少は浮かれる王国軍の中で、
美由希たちは怪訝な顔をしていた。

「幾らなんでも、簡単に撤退し過ぎるでござるな」

「うん。本気なら、破滅の将が一人ぐらいは出てきても良いのに」

「これは囮だったって事でしょう。元々、連中の目的は鎧の方だったんだし」

「でも、リリィ。それだと、撤退するという事は目的を果たしたって事になるんじゃ…」

「そんな! じゃあ、恭ちゃんは!?」

「落ち着きなさい、美由希。別に、撤退した理由が目的を果たしたからとは限らないでしょう。
 恭也たちが鎧を破壊したから、目的がなくなったという事もあるんだから」

「ダーリンの事だから、きっと無事ですの♪」

ナナシの言葉に美由希は少しだけ顔の強張りを解いて頷く。
が、その身体は早く戻りたくてソワソワしている。
それはカエデたちも同じだったから、その事について誰も何も言わなかった。
防衛線に戻った美由希たちは、破滅が五日後まで攻めてこないという事を聞かされる。
それの真偽を巡って賢人会議で今、争われているらしいが、
美由希たちには、クレアとミュリエルの名前で帰還命令が出ていた。
その命に従い、美由希たちは学園へと戻るのだった。





つづく




<あとがき>

という訳で鎧は破壊。
美姫 「あ、あっさりと…」
まあまあ。
とりあえず、これで敵さんも全部勢揃い〜。
美姫 「一体、どんな力を持っているのか!?」
さーて、次回は五日後に迫った破滅軍との戦いに対して備える救世主たち…のはず。
美姫 「いや、アンタが分からないと、誰にも分からないでしょうが」
あははは〜。冗談だって、冗談。
美姫 「アンタの場合、冗談にならないから怖いのよね」
確かに。
美姫 「って、納得するな!」
ぐげがんじゅっひぃがっぼべらにっ!
美姫 「訳の分からない叫び声を上げるな!」
……り、理不尽だよ〜。言葉にならない叫びって事だよ〜。
美姫 「はいはい。とりあえず、また次回でね〜」




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