『DUEL TRIANGLE』
第十五章 日常
「静粛に!」
少し広めの会議室という感じの部屋で、一人の男の大声が響く。
その声に従い、部屋の中央にある大きなテーブルへと着いていた者たちも一旦は口を閉ざす。
それらを殊更ゆっくりと見渡した後、この会議を進行しているであろう、先程大声を出した議長と思しき年配の男が口を開く。
「本日、賢人議会議員の皆さまに集まって頂いたのは、先日来続く学園の変事と、王国各地で相次ぐ事件に対応するためです」
その言葉を聞いた途端、議員の一人であろう男がいきなり喋り出す。
「変事、変事と申しますが、その実体は単なる学生の過失による事故や、天災による一時的な治安の混乱なのではないのですか?」
言葉使いこそ丁寧だが、何処か棘のある言い方で、末席に座る学園長ミュリエルへと顔を向ける。
それを受け、その男の対面に座していた男も話し出す。
「コッポルくんの言う通りだ。
だいたい、本当にあるかどうかも分からん破滅などの為に、毎年毎年、莫大な予算をつぎ込んで、
救世主とやらを育てる必要があるのか疑問ですな。その分、他に回す方が民の為になるのでは」
そう言った議員、ベイスの言葉にコッポルも大いに頷き、また口を開く。
「その通りですよ。しかも、その救世主とやらに認められた人間も、学園創設以来、一人もいないと来ていますしね」
「まったく、学園は金食い虫、王家の道楽以外の何ものでもないですな」
「ええ、ええ、全くです。辺境で起きている事件の事よりも、学園の廃止を検討する方が、よっぽど国益にあうというものですよ」
コッポルとベイスの二人は、他の誰も発言をしない事を良い事に、好き放題言い始める。
他の議員もこの二人と同じ意見なのか、それとも中立を守っているのか、ただ無言のまま二人の会話のみが進む。
そんな中、ミュリエルが手を上げ、議長へと尋ねる。
「議長、私はオブサーバーですが、発言の許可を頂けますでしょうか」
「…発言を許可します」
議長の許可を受け、ミュリエルは議員たちへと話し掛ける。
「先日の召喚の塔の爆破については、明らかに何者かの作為的な意図が感じられます」
毅然と言い放つミュリエルに対し、面白くなさそうな顔を隠しもせずにベイスが問い掛ける。
「何者かとは、何者だね?
自分の管理責任を免れるために、適当な事件をでっち上げているのではないのかね?」
「学園は王国屈指の人材の集まる場所として、日頃より王国衛士により厳しく監視されています。
これは学生たちと言えども例外ではありません。重要な施設は教師の許可無く使用はできませんし、
ましてや、許可を得て使用中の施設で何か起きたか分からないというような事態はありません。
つまり、その警備の目を掻い潜り、しかも、召喚の塔という学園で最も重要な施設の一つを破壊する為には、
相当の準備と計画が必要不可欠です。私は学園で起こった今回の一連の事件の背後に、破滅の民の暗躍があると確信してます」
そう言い切ったミュリエルの言葉、特に破滅の民という単語に議員たちの間からどよめきが起こり、それは瞬く間に広がる。
それを押さえるようにして、議長がミュリエルへと問い掛ける。
「ミュリエル・シアフィールド。此度の件に破滅の民が関与しているという確証はありますか?」
「…残念ながら、それは」
議長の言葉に、ミュリエルは言葉に詰まる。
と、まるでそれを助けるかのように、会議の席の上座にあたる所に居た人物が声を上げる。
「議長、その件に関しては、私の報告書を聞いてから判断して頂いた方がよかろう」
「殿下?」
そちらへと振り向きつつ、議長は自身が殿下と呼んだ者と目を合わせる。
殿下と呼ばれたのは、まだ幼さの幾分か残る顔立ちをした、この場には些か不釣合いの少女だった。
だが、誰も何も言わない所を見ると、本当にこの少女が殿下なのだろう。
少女は隣りに立つ男へと短く言葉を掛ける。
「頼む」
「はっ。まず、ホルム州で疫病の発生状況ですが、三年連続で発生した疫病の患者数は推定12万人に及びます。
それと、無人化した村の数は12村です。
次にオーター州では原因不明の作物の枯死により、離散した家族が1万3千。
他州へと売られた娘の数は推定で3万人。
全国でも、山賊、盗賊といった連中が起こす凶悪事件の発生増加率は、ここ五年連続で150%を越えているというのが現状です」
王女の部下である男の言葉に、議員たちが言葉を無くす中、ベイスは渇く喉から何とか声を出す。
「そ、それは、単に天候不順による影響が積み重なっただけで……」
「まだある!」
ベイスの言葉を王女は大きな声で遮り、それによってベイスが驚いたように短く引き攣った声を出すのを無視して続ける。
「続けよ」
王女の言葉を受け、先程の男が再び手元の書類へと目を落としながら、更に言葉を続ける。
「長年飼っていた犬が突如凶暴化し、飼い主一家を噛み殺すといった事件が、別々の州で6件。
プレトレット州では、収穫祭の余興の一部として街に入った動物使いの一座の者達が突如、暴徒と化す事件が発生。
動物を輸送していたはずの荷車の中から現われたモンスターに、住民の約1/3、1000人近くが虐殺されました。
コーギュラント州では、辺境の村にモンスターの繁殖のために母体となる娘たちを差し出せという脅迫状が届き、
これを無視した村へと、モンスターの大群が襲い掛かかり、若い娘たちをことごとく攫っていく事件も発生しています」
ようやく男が口を閉ざすと、王女は議員たちを見渡す。
「どうだ? どれもこれも破滅の再来と、モンスターたちを背後で操る破滅の民の暗躍が感じ取れるきな臭い事件だと思わぬか?」
この王女の言葉に、議員たちは顔色も悪く、皆がただ頷く中、議長が何とか声を出す。
「しかし、王女殿下。それが事実だとするのならば、こんな所で呑気に茶飲み会議などをしている場合ではありませんぞ。
至急、軍を派遣して破滅の民と配下のモンスターどもの根城を断ちませんと」
議長の言葉に頷きつつも、王女は難しい顔をする。
「全くもってその通りではある。あるのだが……。
現状では、敵の数が多すぎる事に加え、事件の発生している場所も多岐に渡る為、軍を差し向けることもままならぬ」
「確かに、この現状では対処療法しか出来ないかと思いますが……」
「これが、破滅の特徴と言えば、それまでなのだが…。
我が身が救世主ではないのが口惜しいな」
王女が悔しそうに零した言葉に、ミュリエルも辛そうな顔を見せるのだった。
§ §
「はぁぁぁ〜」
もうすぐ授業が始まろうとしている教室の一つで、これ見よがしに盛大な溜息が零れる。
その溜息の主、リリィはジト目を恭也へと向ける。
背後から突き刺さる視線に、恭也はそちらへと振り返る。
「一体、何だ」
「べっつにぃ〜。ただ、折角、導きの書を手に入れたというのに、アンタのミスで白紙だったもんね!」
「別に俺のせいじゃないだろうが。中身は元々失われていたって、学園長も言ってただろう。
それに、俺は言われた通りに書を取って来ただけだ。何処をどうしたら、それがミスになるんだ?
それがミスというのなら、書を取って来ないで置いてくるという選択しかないと思うんだが?」
「くっ。う、五月蝿いわね! 変な正論を振りかざして!」
「正論なら、問題ないんじゃないのか?」
「一々、五月蝿いわね! 兎も角、白紙だったって事は、結局は手に入らなかったって事でしょう!」
「だから、俺のせいじゃないだろうが」
「全く、アンタのせいで、リコがどれだけ苦労しているのか分かっているの?
そう簡単に帰還方法が見つかるはずないんだからね」
リリィの言葉に恭也は少しだけ言葉に詰まる。
「…それに関しては、リコには感謝しているさ」
「いえ、私はマスターのために負う苦労であれば、全然構いませんから」
リコの発した言葉に、リリィが驚いたようにその名を呼ぶ。
「リコ殿、一体、いつの間に来たでござるか?」
「そ、それよりも、今の言葉って…」
美由希の言葉を遮るように、リリィが険しい顔で呟く。
「…危険だわ」
「何が危険なんだ?」
「アンタよ! アンタの存在に決まっているでしょうが!」
「俺? 何が危険なんだ?」
「アンタの調教よ!」
「ぶっ! ちょ、調教ってお前なぁ」
「無理矢理襲って、リコたちを自分の思うままに動かす。
何て卑劣な」
「勝手な事を言うな! 俺がいつ、女の子を襲った!」
「あら、そうだったかしら? あれはかなり強引だったから、傍から見たら」
「なっ! ベ、ベリ…」
慌てる恭也の横で、美由希は驚きに目を見開き、美由希とは恭也を挟んで逆側にいる未亜もショックを受けたような顔を覗かせる。
「ベリオさんまで!?」
「そ、そんな、恭也さん。…わたしだって……」
「未亜ちゃん、何か言った?」
「な、何も言ってないよ、美由希ちゃん」
恭也の体越しにこちらを覗き込んでくる美由希に、未亜は首を振りつつ答える。
その後ろでは、カエデが何故か嬉しそうな声を上げる。
「どうやら、救世主候補全員揃ったようでござるな」
「それより、次の授業は合同授業だったよな。
なのに、他のクラスの人が誰も来ないんだが」
恭也の呟きに、カエデの隣りの席に腰を降ろしたリコが答える。
「マスターとリリィさん、お二人の喧嘩の余波を恐れてですね。
その余波を防ぎきれる方々だけが、この場に残っているようです」
「余波って、別に俺は暴れるつもりはないんだが」
「マスターがそう思っていても、リリィさんが同じように思うかどうかは別ですから」
そう言ってリコはリリィへと視線を転じ、それにつられるように恭也もそちらへと視線を向ける。
「……ふ、ふふふふ。やっぱり、出会った時に始末しておくべきだったわ」
リリィはそう呟くと手の中に光玉を作り上げる。
「おいおい……。リリィ、それをどうするつもりだ?」
「ふふ、安心しなさい」
「そ、そうだな。幾らお前でも、こんな所で魔法なんか撃たないよな」
リリィの笑顔に、恭也は幾分リリィとの距離を開けつつ一つ頷く。
そんな恭也へとリリィは笑顔のまま、言葉を繋げる。
「塵一つ、この世に残さずに消し去ってあげるわ!」
「って、やっぱりか! くっ、ルイン!」
恭也はリリィの攻撃を防ぐ為に、ルインを一刀だけ呼び出し、その手に握る。
同時に、リリィが生み出した光玉を恭也目掛けて放つ。
それを迎え撃とうとした恭也の前に、さっと一つの影が立ち塞がる。
「み、美由希さん! 探しましたよ」
「セ、セルビウムくん? あ、危なっ…」
美由希の言葉が終わる前に、リリィの放った光玉がセルビウムへと当たり弾ける。
一応、リリィも教室内という事で威力を抑えていたのか、それほど大きな爆発も起こらず、
セルビウムは顔を煤だらけにして、直立した態勢のまま地面へと倒れる。
そんなセルビウムを見下ろし、恭也は手を合わせる。
「助かった、セル」
「くっ、運の良い奴ね。でも、これでお終いよ!」
そう言ってリリィは再び光玉を放り投げる。
セルビウムに気を取られていた恭也はすぐさま反応できず、咄嗟に両腕を眼前に交差させる。
と、そこへまたしても影が。
「あ、あのですね、美由希さん。その、実は……がっ!」
折角、立ち上がって美由希へと何かを伝えようとしたセルビウムだったが、またしてもリリィの魔法を喰らい、地面へと倒れ伏す。
「二度も盾となってくれるなんて。何ていい奴なんだ」
恭也は倒れ伏すセルビウムへともう一度、手を合わせる。
今度は、すぐに動けるようにリリィの方を注意しながら。
一方のリリィは、更に険しい顔付きに変わると、三度目の正直とばかりに光玉を放つ。
ルインを握る手に力を込め、振り被った所で、二度ある事は三度とばかりに、三度、恭也の前に立ち上がる影。
「今度、王都に知り合いが店を出し……がはっ!」
美由希へと向けた笑顔を浮かべたまま、セルビウムはゆっくりと仰向けに倒れる。
とうとう気を失ったのか、その目は閉じられていたが、その顔には満面の笑みが張り付いていた。
そんなセルビウムを見下ろしながら、二人から少し離れた所で、
「セルビウム・ボルト、やるでござるな」
と、カエデが呟いていたことなど、勿論、セルビウムが知るはずもなく。
「くっ。本当に悪運だけは強いわね、このバカが!」
「ちっ。いい加減に落ち着け! 教室内で、何度もそんな魔法を使うなよな」
恭也は呟きつつ、四度迫ってきた光玉をルインで切り裂く。
その切り裂かれた一片が、倒れるセルビウムへと振り、小さな爆発を起こしたような気もするが、それを見間違いと言い聞かせると、
恭也は一気にリリィとの距離を詰める。
近づいて来る恭也に、接近戦では不利と判断したリリィは牽制で魔法を放ちつつ、距離を開けようとする。
しかし、そこは狭い教室の中、数分も立たずにリリィの両手首は恭也に掴まれ、頭上高く持ち上げられる。
「ったく、見境無く魔法を撃つなよな」
「これで勝ったなんて思わないでよ! 私はまだ、本気じゃないんだからね」
「そんな事は言われなくても分かっている」
実際、教室内という事で、リリィはかなり手加減して魔法を撃っていた。
それでも、この威力かと、恭也は教室の惨状を見渡しながら、改めて救世主クラス主席は伊達ではないなとリリィの顔を見る。
リリィは掴まれた腕に顔を顰めながらも、恭也を睨みつける。
「で、この後はどうするつもりよ! リコたちみたいに、私の事も襲う?
でも、心までは絶対に許さないからね!」
「…だから、その襲うというのは、何処から来ているんだ……」
リリィの言葉に呆れたように溜息を吐き出す恭也に、リリィが噛み付くように言葉を撒き散らす。
「このバカ、変態、痴漢!
放せ! 触るな! 近づくな!」
「…………五月蝿い、このいかさまマジシャン!」
「なっ! また言ったわね!」
「言ったがどうした! へっぽこ魔術師!」
「何ですってー! バカのくせに、何を偉そうに!」
「誰がバカだ、誰が!」
「アンタ以外に誰がいるのよ! この地上最強のバカ!」
「誰が地上最強だ、誰が! 流石にそこまでは酷くない!」
二人は至近距離で顔を付き合せながら、口喧嘩を始める。
と、そこへ、第三者の声が割り込んでくる。
「それで、この惨状はどういう事ですか」
未亜がダウニーを呼んで来たらしく、ダウニーが教室を見渡して二人へと尋ねる。
やっと冷静になったのか、二人は罰が悪そうな顔をしてお互いを見て、その距離の近さに慌てて離れる。
「ふぅ。救世主クラスの二人が教室で乱闘ですか。全く、何をしているのですか。
今回は学園長への報告は控えておいてあげますが、その代わりに二人で後片付けをしてもらいますよ」
「わ、分かりました」
「すいませんでした」
ダウニーへと、リリィと恭也は素直に変事をする。
「それでは、私は授業の準備があるので、これで」
そう言って、二人に背を向けた所で、ダウニーの前に一つの影が立つ。
「で、今度、開店記念に半額サービスをやることにしたらしんです。
そこで、で、できたら、一緒に行きませんか。あ、いや、そ、その、デートという訳ではなくてですね…。
ただ、純粋に友達の開店祝いで…。少しでも多くの人に行って貰おうと……」
「で、セルビウムくんは、私と一緒にそのお友達のお店に行きたいと」
「な、何で、ダウニー先生が!? あ、あれ? み、美由希さんは?」
「何を言っているんですか、君は。生憎ですが、私はこれでも忙しい身でしてね。
君がその友達のために、多くの人を誘っているのは分かりましたが、私は遠慮させて頂きます」
「も、勿論です! あ、いや、そ、それは残念です。
あ、あはははは……」
虚ろな笑みを見せるセルビウムの横をすり抜け、ダウニーは教室を後にする。
一方、残された恭也は、立ったまま気を失いそうになっているセルビウムの肩に手を置くと、
「まあ、運が悪かったな」
「は、ははははは……」
渇いた笑みを浮かべて、その場に崩れ落ちるセルビウムを、哀れんだ目で見る。
しかし、首を振ってすぐにそんな事を振り払うと、後片付けを始める為に動き出す。
そんな恭也に、美由希たちも手伝いを申し出て、この時間、救世主クラスは揃って、教室の後片付けをするのだった。
つづく
<あとがき>
今回はちょっとした王国での出来事と、恭也たちの日常の一部〜。
美姫 「アヴァターの王女さまのご登場ね」
だな。
美姫 「さて、次回はどうなるのかしら?」
ふっふっふ。次回はいよいよ…。
と、まあ、それは次回までのお楽しみという事で。
美姫 「ふ〜ん。まあ、次回になれば分かるか」
そうそう。
美姫 「じゃあ、早速、次回を書きなさい!」
……いや、まあ、何となく予想はしてましたよ、ええ。
美姫 「ほら、つべこべ言わない!」
ぐ、ぐるじぃぃ。く、首ぃぃぃ。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」
ぎゅぅぅ〜〜。