Re: リコリス予告 ( No.1 ) |
- 日時: 2007/09/04 21:55
- 名前: 小判次
- リコリス-Traiangle Fate-予告
「時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンです。あなたが第一級捜索指定遺失物を複数所持していることを確認しました。早急に供出してください。従わない場合はロストロギアの不法所持と認定し、あなたを捕縛します。」
フェイトは多数のマジックアイテムの中から、ペンダント状をしたものを手に取る。 すると、突如三角形を二つ重ねたような魔法陣が展開された。
〈ignotus terram passivum quaerebam.〉
「……こっ、これは……! 艦長、未知の魔法陣を確認しました!!」 「お兄ちゃん、ど、どうしよう……!」 「落ち着けフェイト、すぐに回収局員が向かう!」
〈perfeci. adsilio.〉
そしてフェイトはこの世界から消えた。
「くそ、転移されたか……! エイミィ、サーチャーはどうなってる!?」 「ご、ごめん……エラーで全然追跡できなかった……。」 「くそっ!」
「大丈夫ですか?」 気づくと、ほぼ同年代と思われる男の子がフェイトを覗き込んでいた。なぜだろうか、フェイトはその子が誰かに似ていると思った。 「ええ、でもここは何処なんでしょうか。」 「え? ああ、ええと海鳴市の藤見台墓地です。」 「え……?」
彼岸花が、咲いていた。
「ねぇ、フェイトちゃん、聞いた? マッドシーカーの解析が終わって、そろそろ外世界が観測できるようになるかもしれないんだって。」 「そうなんだ……。あれからもう8年か……あの時は何も言わずに戻されちゃったし、移動できるようになったらできるだけ早く挨拶に行きたいな。」 「フェイトちゃん、うらやましいなぁ……ちっちゃいお兄ちゃんとかお姉ちゃんに会ってきたんでしょ?」 「赤ん坊のなのはもかわいかったよ?」 「にゃあああ、それはだめー!!」
「完全自律侵食融合デバイス《サクリフィス》の起動を確認しました。フェイト・T・ハラオウン執務官、この件に関して全権を委任します。サクリフィスを回収、不可能ならば破壊してください。サクリフィスは未知な部分が多い上、非常に戦闘能力が高いです。また、くれぐれも、自分が寄生されないように気をつけて。」 「了解しました。」
「サクリフィス、あなたを捕縛します。」 「通常退避行動不能……。論理転移。魔力の吸収を要する。キャリアーへの接触が不可欠。」 「しまっ……!!」
「……恭也……さん?」 「目が覚めましたか、フェイトさん。お久しぶりです。六年ぶりですね。」 「…って、え、そっちの恭也くん!? あれ、でも8年ぶりじゃ……」 「あれ、そうでしたか? ……『そっちの』という言い回しが若干気になりますが、何はともあれ、大事無いようでよかったです。付き人の……なんでしたっけ、ああ、バルディッシュさんも心配してましたよ。」 「お目覚めですか、マム。」 「……え? ば、バルディッシュぅぅぅ〜〜「イェッサー」〜!? なに、なんで、どうして!?」
「私、普通の人間じゃないんだ。」 「月村……」「忍さん……」 「夜の一族って言うの。一族の掟で、記憶を消さなきゃいけないんだけど、もしも秘密を共有してくれるなら……」 「友達でも、兄弟でも、……他のでも……関係はどうあれ、きっと、……ずっとそばにいる」 (忍さんも、普通の人じゃないんだ……私は……)
「君、そんな小さな女の子がこの時間に一人歩きは危ないぞ。お父さんかお母さんはどうしたんだ?」 「……」 「む、反応が無いな。この時間に交番においていくのもかわいそうだし……翠屋にでも連れて行くか……。」
「恭也? もう閉店時間だけど、どうしたの? …って、その娘どうしたの!? まさか誘拐とかしてないでしょうね!? ああ、士郎さん、恭也が犯罪者に「ビシッ」うぅ〜」 「高町母、少し黙れ」 「はいはい……で、その娘は?」 「いや、この時間に商店街をうろうろしていたのでな、迷子かと思ったのだがどうも様子が違うし、この時間に交番に一人でおいておくのもかわいそうだからとりあえずつれてきた。」 「ふぅん……ねぇお嬢ちゃん、私はね、桃子さんっていうの。お嬢ちゃんの名前は?」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……フローラ。」
「私の黒い羽は、不幸しか呼ばないから……」 「フィアッセさん、あなたは昔の私に少しだけ似ているね。」 「フェイト……?」 「母さんの不幸の原因は私じゃなかったけど……悲しみに囚われすぎると、きっと自分の大事なものも、大切な人の大事なものも、……みんな見えなくなって、みんななくしちゃうよ?」
「……これは、サクリフィス!!」 「……違う……。私が追いかけていたサクリフィスじゃない……。でも、同じく危険なものであるのには変わりない。止めないと……」
「え? 恭也くん!? だめ、来ないで!!」 恭也に魔力弾が降り注ぐ。 「恭也くーーーーーーん!!!」 「ははは、ちょうどいい時間稼ぎになったな。じゃあ僕は撤退させてもらおう。おっと、彼のこと早く見ないと危険だと思うよ。じゃあね」 「くっ……! 恭也くんは……?」 「えっ……傷は……無い? いや、違う……サクリフィスが、憑いてる!」
「どう、那美。」 「原因は分かりませんが、生命力がとても減ってますね。霊力治癒で、とりあえず命の危機は抜けたと思いますが、目覚めるかどうかは分かりません。あとは……恭也さんの中に、何かもう一人いますね。」 「……サクリフィス。」 「……え?」 「生き物に寄生して、力を根こそぎ奪って勝手に戦う古代兵器のようなもの。それが恭也くんの生命力を奪っているんだと思う。」 「うーん、私の目にはそんなに悪さをしているようには「……ちょっと、人聞き悪い事言わないでくれる?」……」 「「……え?」」 「誰がサクリフィスよ、誰が生命力奪ってるってのよ! 確かに恭也の命を守るためにちょっと……いや、かなりだけど生命力つかったけど、それでも恭也が生きてるのは私のおかげなんだからね!!」 「……どなた?」
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.5 ) |
- 日時: 2007/10/19 01:57
- 名前: 小判次
- 始まりの始まり。
「クリストファー・フォード氏ですね。」
今私は、白髪の壮年の男性の前にいる。
「時空管理局、フェイト・T・ハラオウン執務官です。管理局はあなたが第一級捜索指定遺失物を複数所持していることを確認しました。早急に該当物を供出してください。従わない場合はロストロギアの不法所持と認定し、あなたを捕縛します。」
私の言葉に男性は一瞬驚き、そして悲しげな笑みを浮かべた。
クリストファー・フォード。
富豪の家の主であり、広い庭を持つ邸宅に住む彼は、武装局員が非合法組織を制圧したときに洗い出された裏ルートでの闇取引から捜査線上に浮かび上がった。 いくつか管理局指定の危険なロストロギアを購入した形跡があり、さらにはその他にも多くの雑多な古代遺産を持っているようである。
今回の私の任務は、彼の持っているロストロギアの回収だ。
「お嬢さん。私は、これらを使用することは特に考えてはいない。私はコレクターだ。それでも、問題になるのだろうか。」
彼は静かに、そして真っ直ぐににこちらを見据えて尋ねてきた。
事前調査では彼に犯罪歴はなく、特に危険思想も持っていないという。だからこそ、私のような新米に回されてきたのだろうが。 納得してもらえるよう、それでいて両者ともに状況を把握できるように言葉を選び、彼に答える。
「そう答えられたのなら、少なくともロストロギアを所持していたという自覚はあったようですね。」 「いや、あってもおかしくはないとは思っていた程度だ。まぁ、いろいろと表には出れないような連中から買ったものも多いのでね。自分が白だと確信していたわけではなかった。それでも、私はこれを使って何かしたいわけではない。納得ができないのだ。」 「第一級捜索指定ロストロギアは使い方次第で大災害が起こり得るものばかりです。だから、事故でそれが起きないとは言い切れない。また、その他のロストロギアが危険でないという確証もありません。空管理局は、その事故を未然に防ぐためにもロストロギアを回収しているのです。残念ですが、あなたの主張は認められません。」 「……そうか。だが、了解するまでにひとつ確認しておきたい。危険性の低い古代遺産なら私が持っていても問題はないのかね?」 「ええ。扱いに資格が必要なものがあるかもしれませんが、その場合は後日通達が入ると思いますので、今日のところはロストロギアを供出していただければ問題ありません。」
私の言葉に、彼はそうか、これでも金をかけているからな、といって薄い笑みを浮かべた。
「私はどれがロストロギアなのか知らない。とりあえず、コレクションのある部屋まで連れて行こう。ついてくるといい。」
そういうと彼は先にたって歩き出した。 よかった、フォードさんもいい人らしいし、特に何も起こらずに終わりそうだ。 それでも最低限の警戒はしながら、彼の後に続く。
「ご協力、感謝します。」
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.6 ) |
- 日時: 2007/10/19 01:58
- 名前: 小判次
- 「――これは……」
数分後、私の目の前にすさまじい光景が広がっていた。
部屋を埋め尽くさんばかりの棚、棚、棚。 さらにその棚をまたマジックアイテムが埋め尽くしている。 思わず言葉を失った。
「驚いたかね。これが私のマジックアイテムコレクション、フォード・コレクションだ。」
自分のコレクションを自慢するかのように、いや、実際にしているのだろうが、フォードさんがいう。 私はただ圧倒され、すごい……、とつぶやいた。 私の驚嘆の言葉にフォードさんが相好を崩す。
あまり数が多いなら私の手には負えない。というか、見た限り手に負えそうにない。 それでもとりあえず数を尋ねてみる。
「これ、いったいいくつあるんですか?」 「そうだな、二千点強といったところかな?」
二千点――気が遠くなってくる。 フォードさんはうれしそうに言うが、私にとっては笑い事じゃない。 この中から数点のロストロギアを見つけ出すなど、私にできるわけがない。困った。 しょうがない、艦長に連絡を取ろう。
「……フォードさん、多少お時間頂いてもいいでしょうか。申し訳ありませんが、とても私一人では探しきれませんので、上のものに連絡を取ります。」
困りきってそういうと、フォードさんはさもありなん、といった様子で笑って頷いた。 フォードさんの了解を受け、私は義兄、クロノ・ハラオウンに通信を入れる。
その通信はすぐにつながった。
「クロノ艦長、調査隊をお願いします。可能ならユーノがほしいです。」 「調査隊? どうしたんだ、フェイト?」 「フォード氏の件について、彼から協力を取り付けることはできたのですが、私では見つけられそうもありません。ユーノを貸していただけるように本局に頼めませんか?」
私の言葉に、お兄ちゃんは訝しげに眉をひそめる。
「見つけられないって、どうしてまた?」 「あ、えっと、例のロストロギアはフォード氏のマジックアイテムコレクションの中に紛れていると思われるんですが、それが二千点以上もあるようでして……」 「それはまた……。でもユーノは今別件の調査要請で無限書庫に籠り切りでね。僕としても馬車馬のように使ってやりたいところだが、残念ながらあいつを出すことはできない。」
あっさりと一番の解決策は絶たれてしまった。
「それに、だ」
まだ何かあるの? 話の雲行きが怪しい。 ……私を送り出した時は全部任せるって言ってたし、泊り込みで調べて、とかいわれたらどうしよう。 その様子を想像してしまい、自然と顔がこわばる。
そんな私を気にも留めず、クロノは言葉を続ける。
「今はどこも手一杯で、人を集めて送るのにも少し時間がかかる――そうだな、今そこにフォード氏はいらっしゃるか?」 「え、フォードさんですか? いらっしゃいますが、どうするんですか?」 「交渉したいことがあるから、彼と通信を繋げてくれ。」
あれ? 結構ハードな命令も覚悟してたのに、なんかクロノが全部進めてしまいそうな感じがする。 そうか、管理局だって暇じゃない、私をこんなところで遊ばせとくわけには行かないもんね。 変なことを考えてしまってごめんなさい、お兄ちゃん。
「……フェイト? どうしたんだ?」 「あ、ご、ごめんなさい、すぐに繋ぎます。」
すぐに反応を返さない私にクロノが訝しげな視線を向けていた。 いけないいけない、いくら緊張感のない任務だからといってボーっとするのはまずいよね、うん。
急いでフォードさんを通信に参加させる。
「お初にお目にかかります、次元航行艦アースラ艦長、クロノ・ハラオウンと申します。」 「これはご丁寧に、クリストファー・フォードです。お若いのに立派なものですな、ハラオウン殿。……ん? ハラオウン?」
フォードさんは何か引っかかったような様子で私のほうに視線を向けてくる。 まぁ、よくある事だし半ば予想はしていたけど。
「ああ、そちらは義妹です。」
クロノの言葉に合わせて私も会釈をする。 フォード氏はとても感心した様子で頷きながら優しい目で私を見ている。
「ほほう、兄妹そろってこうも立派では、親御さんもさぞ鼻が高いでしょうな。」 「いえ、それほどでもありません。失礼ですが、本題に入りたいのですがよろしいですか。」
この手の話はクロノもなれたもので、世間話を早々に切り上げて交渉に入る。
「はい、伺いましょう。」
フォード氏も表情を引き締めてモニターに向き直る。
「フォード・コレクションを次空管理局アースラの一時預かりとさせていただきたい。三日以内に調査を終えて、ロストロギア以外は即時お返しすることは約束します。」
その言葉にフォードさんが渋い表情になっていく。少なからず拒否感があるのは間違いない。 本当にこの人はマジックアイテムが好きなんだな、と分かる。
「む……、その申し出は断ることはできるのですかな?」 「無論、すべての魔法機器を接収する権限は時空管理局にはないので、この場では任意協力の形を取ります。ただし、断られた場合は正式な令状を申請して後日強制捜査に入ることになるでしょう。私としてはこの場で協力を頂いたほうが、双方にとってよい結果になると確信しています。」
その答えを聞き、フォードさんの顔がさらに渋る。 彼はそのまましばらく悩んでいた。 悩みに悩みぬき、しばらくして彼の口が開く。
「本当に、三日後には私のところに戻ってくるのだね?」 「はい、このクロノが全霊をかけて必ずお返しします。お望みでしたら、接収されたロストロギアの目録をつけてもよろしいですよ。」 「……了解した。フォード・コレクション、あなた方に預けよう。」 「ご協力、感謝します。」
ついに彼が折れた。 彼には悪いが、これで効率よく回収を行うことができる。 マジックアイテムとなると少し手癖が悪くなるかもしれないが、それでも彼は魅力にあふれた人間だ。 元気付けるためにも、一刻も早く調査を終わらせてあげたいと思う。
「フェイト、回収隊を送ろう。コレクションの整理を開始しておいてくれ。僕は本局に応援を頼んでおく。」 「分かりました。」
私は寂しそうにしているフォードさんに向き直る。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.7 ) |
- 日時: 2007/10/14 01:13
- 名前: 小判次
- 「コレクションの取り扱いについて、なにか言っておきたい事などはありますか?」
「使い方が分かっていないものも結構あるのでね。とりあえず、傷を付けないようにしてもらえるとありがたい。効果が失われないに越したことは無いのだが、判断できないものもあるので高望みはしないよ。」 「それはまた無茶な集め方をなされますね……」
私は苦笑せざるを得なかった。 使い方が分からないマジックアイテムなんて、いつ暴走するかも分からないのに手元においておく気にはなれない。 本当にマジックアイテムとなると見境がなくなるんだ。
「それでは、傷を付けないよう梱包を厳重にすることにします。封印処理はした方がよろしいでしょうか。」 「そのあたりはお任せするよ。私の把握している範囲では、封印しても問題なく機能するし、私自身簡易封印を施しているものもある。」 「分かりました。」
そのとき、私の目に不思議な色をしたペンダントが止まった。 青いようにも赤いようにも、また黒くも見えたりする。 ペンダントヘッドはタグ状というかタブレット状というか、まったく飾り気は無い。
「フォードさん、これは……?」 「ああ、それは私もよく分からないんだ。見た目から、何らかのエネルギー結晶体かと思って計測してみたこともあるんだが、エネルギー値は高くなかった。素手で触れてもなんら問題なかったから、簡易封印だけ施してある。」 「そうですか……」
なぜかそれに強い興味を抱いた私は、フォードさんの言葉を聞いて、それを手にとってみた。
その途端、初めて見る魔法陣がペンダントヘッドを中心に展開された。 三角形を互い違いに重ねた所謂「六亡星」に、たくさんの円が組み合わさったような形だ。
「えっ……」
《ignotus terram passivum quaerebam.》
ペンダントから音声が響き、魔力の奔流が流れ狂う。 予想だにしていた無かった突然の事態に、私は頭の中が真っ白になってしまった。
私は何もできずにペンダントを握ったままだった。 しかし、こちらの異常に気づいたのか、お兄ちゃん から緊急通信が入る。
「フェイト! どうした!?」 「お、お兄ちゃん、どうしよう……! なんか、変なのが起動しちゃった……!」 「落ち着け、すぐに回収隊が向かう! 自分でも何とか押さえ込めないか、試してみるんだ!」 「う、うん、わかった、やってみる! バルディッシュ!」 《Yes,sir!》
お兄ちゃんの言葉に少し落ち着きを取り戻した私は、バルディッシュの補助の元でなんとかそのペンダントを封印しようとする。 しかし、魔力の奔流はまったく治まる気配が無い。 また少しずつあせって行く私の耳に、ペンダントから新たな音声が聞こえた。
《perfeci. adsilio.》
魔力がいっそう強くなる。 そのままペンダントは白い光を放ち、私はそれに飲み込まれていく。
……あ、まずい。押さえ込むのに魔力を使いすぎた。 私の意識はそのまま薄れ、闇の中に落ちていった。
幕間 アースラ・司令室 「テスタロッサ・ハラオウン執務官及び魔力の放出源のロストロギアと思われるペンダント、転移しました!」
通信士の言葉に、唇をかむ。 だが、悔しがっている暇など無い。すぐに通信主任のエイミィに確認を取る。
「エイミィ! サーチャーのほうにはどう出てる!」 「……」
エイミィは答えない。
「どうした、エイミィ。」 「……ごめんクロノ、最初っからエラーが出て、何も分からなかった……多重転移とか関係ないよ。整備不良かもしれない……きっと私の責任だ。」
思わず舌を打つ。それを受け、エイミィはさらにうなだれたようだ。だが、そんなことをしている暇は無い。
「責任とか、そんなのは後回しでいい! すぐにサーチャーとソナーを再整備! 全力でハラオウン執務官の捜索に当たる!」
フェイト、無事でいてくれ……!
「…………ぶ………か……」
声が聞こえる。どこか懐かしいような気もする声。 私に呼びかけているの? 意識が急速に浮上していく。
「あ、気づいた。良かった、どこかおかしいところはありませんか?」
気がつくと、私とほぼ同じか少し下ぐらいに見える無表情な男の子が私を覗き込んでいた。 ……なんか、この子……誰かに似てる気がする……。
「む、ボーっとしてるし、頭でも打ったのか? お姉さん、立てますか?」
私が返事を返さないから、男の子に心配させてしまったようだ。 私は彼に笑顔をむけ、礼を言って起き上がった。男の子は安心したのか、すこしだけ目元が緩だ。 ……あ、ちょっとかわいいかも。
そうだ、あのペンダントは……と思ったが、探してみるまでもなくあのときのまま手に握っていることに気づいた。 よかった、フォードさんのコレクション、きっとこれはロストロギアだからお返しすることはできないかもしれないが、それでもなくしてしまうのは心が痛む。
自分の状態を把握したので、改めて辺りを見回してみる。 ここは……お墓? でも、なにか見覚えのある景色のような気もするし……現状把握は急務だ。 この男の子に聞いてみよう。
「あの……私、なぜここにいるのか分からないんですが、ここは何処なんですか?」
半分嘘だ。私がここにいるのは、十中八九このペンダントのせいだ。 それでも、ここにいる理由も、ここが何処なのかも分からない以上、こう聞くのがいいだろう。
案の定、男の子は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、それでもすぐに無表情に戻った。 そして私は、信じがたい言葉を聞くことになる。
「ここは、海鳴市の藤見台墓地です。」 「……え?」
――彼岸花が、咲いていた。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.8 ) |
- 日時: 2007/10/14 01:16
- 名前: 小判次
- 物語前夜祭、最後の日常。
今日は休暇だ。六課への出向が終わって一年、本当に久しぶりになのはと会う約束をしている。
待ち合わせはクラナガンのある喫茶店。 そろそろ時間まで十分、まだなのはは来ていない。
と、ドアベルが鳴りなのはが入ってくる。 私は立ち上がり手を振って声をかけた。
「なのは!」
なのはもこっちに気づいたようで、にっこり笑ってこっちに歩いてきた。
と、その向こうから小さな影が突進してくる。 その影はそのまま私に飛びついた。
「フェイトママ〜!」
一年前は毎日聞いていた声。 その声の主の顔を思い浮かべ、満面の笑顔でふわりと受け止める。
「ヴィヴィオ! 元気だった?」 「うん! ヴィヴィオ元気!」
ヴィヴィオはそのままぐっとしがみついて、花の咲いたような笑みで私を見上げた。 ヴィヴィオを抱き上げると、心地よい重みが腕に伝わってきた。
「大きくなったね〜。」 「うん! どんどんおっきくなるよ!」
久しぶりに会えて本当にうれしかったのだろう、にこにこと笑って私の言葉を繰り返すような応えを 返してくる。 ヴィヴィオがにゅふふ、と抱きついている横で、なのはも近づいてくる。
「久しぶり、フェイトちゃん。」 「なのはも変わりないみたいでよかった。」
フェイトちゃんもね、といってなのはは席に着く。 私もヴィヴィオを下ろして座る。 ヴィヴィオはそのまま膝の上に上ってきたが、なのはがそれじゃケーキ食べれないから、ヴィヴィオはケーキいらない? と言ったらヴィヴィオはあわてて膝から降りて、私の隣にちょこんと座った。
ヴィヴィオが食べたいものを決めたようなので、ウェイトレスを呼び止める。 ヴィヴィオはショートケーキとオレンジジュース、なのははアイスミルクティーを頼んだ。 私はブレンドコーヒーをホットで頼む。
注文を復唱したウェイトレスが離れていき、一息ついたところでなのはが話しかけてくる。
「ヴィヴィオ、寂しがってたよ?」 「ええ……」 「別に、私と休暇が重ならなくても、フェイトちゃんが休暇だったらヴィヴィオに会いに来てくれていいのに。J・S事件も六課のときに終わったし、大きなヤマは一通り片付いたでしょ?」 「そうだね。……うん、ヴィヴィオ、次のお休みのときは一緒に遊園地いこうか。」 「え、ホント!? やったー! ぜーったい、約束だからね!」
そんなこんなで、ヴィヴィオの相手をしながらしばらく世間話に華を咲かせる私たち。
そのうち、こんな話題が出てきた。
「あ、そうだ、そういえば、マッドシーカーの解析も終わってしばらく経ってるし、そろそろ外世界の観測ができるようになるかもしれないんだって。」 「へぇ、もうそんなところまで行ったんだ。機能解析、意外と早かったね。」 「そう? 遺産の現物が手元にあって、7年はかなり長いと思うんだけどなぁ?」 「そうはいっても、使ってる魔法方式すら資料が一切なかったでしょ?」 「えっと、なんでも、命令はかなり複雑に活用変化するらしいけど、AIが単純だったから推察しやすかったんだって。あと、指向もミッドチルダ式に近いみたい。」 「そうなんだ。」 「まぁ、マッドシーカーに簡易でもAIが積んであったから何とかなったって感じらしいんだけどね。」
マッドシーカー。 7年前、私がフォードさんの屋敷で稼動させてしまったペンダント状のロストロギアは、そう名づけられた。 あの後は、研究担当のほうに回されてしまったので、そっちのほうにあまり近くない私が知ってる事といえば、無限書庫にもほぼ資料がなかった魔法方式だったってことと、 その魔法方式が仮に「神代六亡式」って呼ばれてること、あとはマッドシーカー自体はどうも世界間移動をするためのものらしいってことぐらいだけど。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.9 ) |
- 日時: 2007/10/17 00:59
- 名前: 小判次
- 「それにしても、あれからもう7年か。……観測、って事は世界間移動はまだなんだよね?」
少し思うところがあって、私はちょっとした確認をする。 なのははきょとんとしながらも、私の問いかけに答えた。
「うん、そうだけど、それがどうかした?」
思い出すのは、少しだけ曖昧になった、それでも決して忘れることはないだろう衝撃的な出来事。 次元世界論の基礎を揺るがしたあの世界のこと。
「ほら、あの時何もいえないでいきなり戻されちゃったから、可能なら高町さんちにできるだけ早く挨拶に行きたいなぁ、なんて……ね。」
そう、あのとき私が転移した場所は「海鳴市」だった。 私はそこで恭也くんに助けられて、すこしだけ 高町家にお世話になった。 素性もはっきりしない私を受け入れてくれた高町家の方々、いくら感謝しても足りることはない。
でも、別れは突然だった。 外を出歩いているときにマッドシーカーが再起動してしまい、お礼も言えないままにこの世界に戻ってきてしまったのだ。
それはさておき、なのははちょっと考え込むと、思い当たったのか、あぁ!といった様子をみせる。
「あ、そっか。フェイトちゃん、ちっちゃいお兄ちゃんたちに会ってきたんだよね。羨ましいなぁ。」 「なのは、小さいって言っても恭也くんは私たちよりひとつ下なだけだよ?」
私がそう答えると、なのははむしろ意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、きっとお似合いだね、フェイトちゃん? 歳も近いから、安心してアタックできるよ?」
……はぁ。何かと思えばそんなことか。 たしかに、なのはのお兄さんの恭也さんに好意を抱いていたことは否定はしないけど……。
「なのは、たしかに恭也さんはかっこいいけど、私のはただの憧れだったんだから。きっと、私だって恋愛感情を持ったことはなかったんだと思うよ。今だから言えるけど。」
それに、仮に私が恭也さんが好きだったとしても、あんなことがあった以上、彼は恭也さんにはなり得ない。なにより……
「それに、恭也くんならもうきっと相手がいるよ。」 「む〜、そうやって冷静に返されるとなんかつまんなーい。」
なのはは口を尖らせる。でも、私がなのはのおもちゃになってあげる義理なんかないんだからね。
「つまらなくて結構です。」
いつもなのはにいじられてばかりでは面白くないので、私も反撃に出ることにする。
「それより、赤ちゃんのなのは、可愛かったよ〜?」
途端になのはは真っ赤になった。
「にゃにゃにゃ〜、フェイトちゃんやめて〜!!」
ぶんぶん手を振って抗議してくるが、まったく気にせずににこやかに続ける。
「私がおうちの中にいる間はべったり甘えてきたもんね。」 「にゃ〜〜〜〜!」
なのはは耳まで真っ赤になって、必死で私を止めようとする。 私はそんななのはに、まったく違う角度から止めを刺す。
「ほらなのは、目立ってるよ? ほかのお客さんに迷惑でしょ。」 「あうぅ〜〜……」
なのはは頭から湯気を出して沈黙した。
珍しくなのはをやり込めることが出来て、満足していた私。 だがしかし、なのははとんでもない切り札 を切ってきた。
いきなりヴィヴィオに抱きついたと思うと、
「ヴィヴィオ〜、フェイトママがなのはママのこといじめるよ〜。」
などとのたまったのだ。 ヴィ、ヴィヴィオに泣きつくなんて卑怯……
「なのはママをいじめちゃダメ!」 「ヴィヴィオ、私は別にいじめてたわけじゃ……」 「いじめちゃダメなの〜〜〜〜〜!!」
結局、ヴィヴィオとなのはにひたすら頭を下げる羽目になってしまった。
なのはがようやく機嫌を直したところで、ちょっと気になっていたことをなのはに聞いてみる。
「……そういえば、何でなのはがマッドシーカーの情報なんか知ってるの?」
私がそういうと、なのはは半眼で私のほうを見てきた。
「フェイトちゃん、私の職場忘れた? 戦技教導隊だよ?」 「あ、そうか。……ってことは、軍事転用できそうな技術もあったの?」 「うん。ひとつはまだ特秘条項だからいえないけど、たとえば魔力の隠蔽圧縮なんかがあったかな。」 「あ、反応が小さかったのはそれでか。いきなりあんな魔力が出てきたからびっくりしちゃったよ。」 「あはは、あれはそれだけじゃないらしいけどね。」 「え?」 「こっちは特秘条項に引っかかるからだめだよ〜。ま、どっちも安全性はソフト面に依存するらしいし、神代六亡式はミッドチルダ式、ベルカ式とも互換性ないみたいだから、技術屋さんに頑張ってもらうしかないね。」
……いつの間にかお仕事の話になってしまっていた。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.10 ) |
- 日時: 2007/12/16 10:39
- 名前: 小判次
- その後は、街にショッピングに繰り出したり、公園をお散歩したりしてなのはたちと楽しい休日をすごした。
なのはたちを駅まで送り(ヴィヴィオは「遊園地、絶対だからね!」と何度も念を押していた)、帰路につく。
道すがら、私は回想に浸っていた。
なぜだろう、自然と「あの時」のことが頭に浮かんでくる。やはり、マッドシーカーという名前を聞いたからだろうか。
その時は魔力が空っぽだったからだろうか、バルディッシュも沈黙していたし、バリアジャケットも解除されていたので、私は管理局の制服を身に纏っていた。 少し場違いだろうが、バリアジャケットのままで明らかに怪しまれるよりはずっとマシだった。
そこで出会った少年、彼に起こされ、そこが「海鳴市」であることを確認した後、彼の名前が「高町恭也」であることを聞いた。 なのはのお兄さんと同じ名前。混乱しつつも、自分が事故に巻き込まれて気づいたらここにいたこと、帰る手段が思い当たらないことを伝えると、彼は自分の家まで私を連れて行ってくれた。
やはりそこは、なのはの家と同じだった。 でも、そこにはなのはのお父さんがいなかった。 かわりに、知らない子が出入りしていた。 いや、アレはほとんど居候といっても差し支えなかっただろう。 城島晶ちゃん。……桃子さんに教えられるまで、女の子だって分からなかったけど、女の子だって分からないぐらいに粗暴で、剃刀みたいに張り詰めた子だった。 美由希ちゃんも、こっちの美由希さんからは想像できないぐらいに人見知りをする子で、こちらの高町家と比べると、決して居心地が良くはなかった。
それでも、桃子さんは笑顔で私を迎え入れてくれ、美由希ちゃんも恭也君と桃子さんに押されて、お話をすることは出来た。でも、晶ちゃんはずっと邪魔者を見るような目で見てきた。
結局、最後まで和解することは出来なかったけど、今はどうしているのだろうか。今改めて思い返してみると、昔のエリオと晶ちゃんがかぶって見える。 願わくは、彼女が救われんことを。
そういえば、戻される直前にあのお墓で恭也君と話したこともある。何か悩んでるみたいだったから、私から声をかけてみたのだ。 結局、何の悩みなのかは話してくれなかったけど、話したあとの恭也君は何か違っていた気がする。 特に何を言った、という記憶はないのだが、私との会話が彼の悩みの解決の助けになったなら嬉しいな。
いろいろと、そんなことを思い返しながら、私は家路を行く。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.11 ) |
- 日時: 2007/10/14 01:23
- 名前: 小判次
- 次の朝、職場にいくと、私より先に出て電子書類をいじっている影があった。
「フェイト執務官、おはようございます。」
六課が解散してから私の補佐官になった、ティアナ・ランスターだ。
「おはよう、ティア。そんなに固い呼び方はいい、って言ってるでしょ?」 「いえ、そうは言っても仕事中ですし。」
まったく、ティアは固いというか真面目というか、でもそんなところがいいところなんだけど。
「あ、フェイト執務官に辞令です。いま開きますか?」
その言葉に、思わず眉をひそめる。
「辞令? 捜査要請じゃなくて?」
執務官には、功績による昇進、というものはない。 試験の際に考慮される要素ではあるものの、試験を受けなければ昇格はありえない。 よって、通常は異動を伴う任務を受けたときに、事後のつじつまあわせとして異動の辞令が来るぐらいである。 それだって、まず捜査要請の話が先に来るのが筋なのだ。
「……いえ、辞令みたいです。とりあえず、読んでみれば分かるんじゃないでしょうか?」 「……そうね。」
ティアの言葉ももっともだ。とりあえず電子書類を開いてみる。 そこにはこんなことが書いてあった。
『本日正午付で、貴官フェイト・T・ハラオウン執務官を次元航行部隊対脅威遺失物臨時分室室長に任命する。なお、貴分室の担当する任務において、当司令部は全権を委任するものであるとする。』
と、もう2通。ひとつは、その「臨時分室」の説明とか、オフィスの場所とかを書いたもの。 そしてもうひとつが……
『対脅威遺失物臨時分室に、警戒指定未知遺失物「サクリフィス」の確認及び確保、不可能ならば破壊を命ずる。詳細な情報は別資料を参照のこと。』
「はぁ……。」
もうこれはため息をつくしかなかった。 つまり、これはサクリフィスに対応するためだけの辞令ってことだ。
海の司令部も大分切羽詰ってるみたいだ。 警戒指定未知遺失物、要するに、観測されたことがあり、それでいて詳細不明の凶悪なロストロギア。 そんな代物が回ってきたのだ。 話すら通さずに辞令まで出してきたのだから、かなり緊急性が高いのだろう。 前回の被害が大きいものだっただろうことが用意に推測できる。 でも、当然ながら疑問もある。なぜ新しく担当分室なんか立てる必要があったんだろうか。
と、そこにもう一通書類が届く。どうやらこれが資料らしい。
「これは……」
なるほど、この推定が事実なら艦では対処できない。 だからスタンドアローンが出来る私なのか。 それにしても単独で戦闘に当たらねばならないのが現場指揮官とは、まぁなんと無茶な人事だろうか。
「厄介だね……。」
ヴィヴィオと遊園地に行くのは、大分先になりそうだ。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.12 ) |
- 日時: 2007/09/26 19:02
- 名前: 小判次
- 異界探査用ロストロギア・マッドシーカー
形状はペンダント。実際には鎖は後からつけられたものであり、タグ状をしている本体のペンダントヘッドは携帯しやすいように加工されたものらしい。魔法陣の分析では、現存するどの魔法体系にも属さない、完全に失われた魔法体系で作られたロストロギアである。魔法陣は三角形を互い違いに重ね、さらに複数の小円が複雑に重ねられたものである。調査中ではあるものの、無限書庫の資料から見ても、現段階では特徴が同一である可能性がある事例は《サクリフィス》しか見つかっておらず、文献でも所謂「六亡星」が描かれた魔法陣は神話にしか書かれていない。管理局は便宜的に神話から題材をとり、この魔法体系を「神代六亡式」と呼ぶことにした。 このロストロギアは世界間を移動するらしいものであることは以前からわかっていたが、神代六亡式の解析が進み、1年ほど前に効果の詳細が判明した。探査魔法に反応して起動し、起動者ごと未知の世界に移動し、一定期間の後に元の世界に帰ってくるロストロギアである。移動する範囲に制限はないと思われ、実際に今までのミッドチルダ式では絶対に存在が観測できなかった平行時界(後述注)の世界に跳んだと思われる。 客観的には観測できなかったが、次の事例がある。マッドシーカーは7年前にフェイト・T・ハラオウン執務官とともに反応をロストした後、三日後にロストした場所で反応が確認された。執務官の話によると、異世界に飛んだということだが、最初はその町並みから、自らが当時暮らしていた第97管理外世界「地球」だと思ったという。彼女はその世界において、海鳴市なる土地で高町なのは一等空尉とその家族と同一存在、あるいは根源を同じくすると思われる人物らに接触した。なお、我々の知りうる海鳴市とは第97管理外世界に存在する高町一等空尉の故郷である。彼らはこちらの彼らより12,3歳ほど若かった、ということらしい。また、現時点で存命している高町一等空尉の父が死亡していたという点から、時間移動をした可能性はきわめて低い。 現在の次元理論では、同一の根源を持つ平行世界は否定されており、また、存在の根源を同じくする人物は存在はするものの、その世界における地名や家族構成まで同一である可能性は天文学的な数字であり、管理局は、いままでほとんど注目されてこなかった「平行時界仮説」を裏付ける可能性のある事例とした。 現在このロストロギアは今まで観測できなかった「外世界(仮称)」への観測・干渉技術を開発するための研究用資材として使われており、外世界を認知する技術についてはすでに実用化のめどは立っている。
注・平行時界仮説 またの名を外論理世界仮説という。ミッドチルダ基準の時間は媒体によらず一定である魔力線の到達速度に拠っているが、現在知られている世界においては例外なく魔力線の速度は同一である。これは、現在知られている世界のロジックが根源的に同一であることに起因するが(そのロジックをまとめて同一ロジック群という)、そのロジックが異なる世界が存在する、という仮説が平行時界仮説である。それらの世界はまったく確認されていないが、この仮説ではミッドチルダ式の属するロジック群の技術では異なるロジック群に拠る世界は認識できない、としているので、そもそも証明が不可能であるとして注目を浴びることはなかった。 平行時界仮説という名前は、ロジックの違いから魔力線の到達速度が変わることにより、その世界では時間の流れが違うであろうという類推に起因する。従って、本来的にはこの仮説の名称は別称の外論理世界仮説である。 マッドシーカーにより、今まで観測できなかった世界の一部を観測する目処が立ったため、近いうちにこの仮説の一部(主に魔力線速度に関して)の真偽が判明するものと思われる。 また、上のマッドシーカーに関する資料に出てきた「外世界」という呼称は、外論理世界をさすものではなく、観測可能だった今までの世界を内世界と呼称し、それに対応して新技術により観測可能になった世界ということで外世界としたものである。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.13 ) |
- 日時: 2007/09/26 19:42
- 名前: 小判次
- 完全自律侵食融合デバイス・サクリフィス
最初に確認されたのは26年前である。第32管理世界の各地都市部にて通り魔が続出し、さらには無傷の死因不明の変死体もしばしば出るようになった。管理局も大規模な捜査線をしいたが成果は一向に上がらなかった。そんな中、首都近郊にて巨大な魔力反応が確認され、武装局員が急行したところ、一般人と思われる人物らが未知の魔法陣を展開し、魔力弾や魔力暴走による破壊活動を行っていた。ただ、それまで逃げ惑っていた人物が同様に破壊活動を開始するなど、不可解な状況も多々あった。武装局員が鎮圧を開始したものの、混乱が激しく、なかなか収まらなかったが、最後に巨大な爆発が起きて破壊活動は収まった。数多くの一般人の犠牲者を出し、また、その爆発で多数の武装局員を失ったものの、それ以降これら一連の事件は起こらなくなった。 その後、このときの映像を分析したところ、どうも常に1対1で戦闘行動している二人の組み合わせがあるらしいと分かった。それらの人物が絶命してすぐに次の人物が参加していることから、何らかが彼らを操り破壊活動を行っていたのではないか、という分析結果になった。また、魔力の暴走など、ユニゾンデバイスの融合事故の事例などに酷似していたものもあることから、一方的に融合できるユニゾンデバイスが存在するのでは、という意見も出された。それらの検証結果を受け、管理局はそういったものが存在した場合、これらの同系機と思われるものについては完全自律侵食融合デバイス・サクリフィスと呼称する事を決定した。 この事件におけるサクリフィスは最後の爆発で失われたと思われる。ただし、少なくとも事件に二つのサクリフィスがかかわっていたであろうということから、まだサクリフィスが現存している可能性は排除しきれないため、あらたにサクリフィスが目覚めた場合に備えて対応マニュアルの作成の必要がある。
※サクリフィスは未知の部分が多すぎるため、マニュアル作成は困難を極めた。ただし、生命体に取り付いて破壊活動や魔力の暴走を繰り返す、とされている点から、あまりに多人数で対応するのはむしろ被害を広げる恐れがある。現時点では、サクリフィスには少数精鋭で対応すべき、との姿勢がとられている。
今回公開した資料は、管理局の略式資料、という位置づけです。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.14 ) |
- 日時: 2007/12/15 11:09
- 名前: 小判次
- 本当の始まり。
出会いはいつだって桜の季節だった。
少なくとも、今までの記憶にある限りではそうだった。
でも、神咲さんと再会して、曖昧だった記憶も少しずつ甦りつつある。
そして、最近ときどき夢に見るようになった記憶。
ただひとつ、秋にあった出会い。
突然現れ、突然去っていったあの人は。
あなたはもっと我侭でいい、と言ってくれたあの人は。
夢か現か、まだ分からない。
そういえば、名前はなんだったろうか。
まぶたの裏に映るのは、赤と黄色の彼岸花。
もしかしたら、彼女は、曼珠沙華の精だったのかもしれない。
今はまだ、まどろむばかり……。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.15 ) |
- 日時: 2007/12/15 11:12
- 名前: 小判次
- 私、いや、対脅威遺失物臨時分室がサクリフィス事件を受け持って、しばらくがたった。
今回のサクリフィスは、前回とは違い次元世界間を移動しているようだった。
幸い、臨時分室に全権を委任する、って言葉があった通りに、バックアップも万全で、サポートや情報処理に長けた人材が多く配備されてきた。 それに、サクリフィスは神代六亡式で作られている可能性が高いと言うことで、解析された範囲での神代六亡式のデータと、サクリフィスに対する反応シミュレーションデータももらっている。 サクリフィスが前回と同様の行動をとるのなら、私さえ初動で抑えることに成功すれば被害は防げるだろう、と当初は思っていた。
しかし、そううまくはいかないものらしい。 今回のサクリフィスは、前回のサクリフィスに比べると行動範囲は広いものの大分おとなしかった。 事実、サクリフィスに魔力を吸い殺されたと思われる原因不明の変死体しか出ていないし、その数も前回に比べて圧倒的に少ない。 事件としては小規模なので、前回よりマシと言えるのだろうが、歯がゆいことに、そのせいで足取りがほとんど取れていない。 ある意味では前回のほうがはるかに捜査しやすかった、といえた。
このままでは埒が明かない。 そう判断し、足を追うのをある程度諦め、行動パターンを読む一種のプロファイリング捜査に切り替えた。 次にサクリフィスが現れそうな次元世界を予測し、観測すること3週間。
「室長、小さいですがサクリフィスらしき反応をキャッチしました!」
オペレーターから、待ちに待った言葉が放たれた。 すでに犠牲者は4人。これ以上増やすわけには行かない。 すぐさま出撃準備を整えるため、指示を飛ばす。
「中継拠点になり得る近場の艦に協力要請! 次元転移の準備は出来てる?」 「はい、先方の了解を取ればすぐにでも!」 「現場の状況は?」 「第59管理外世界、知的生命体が少ない世界です。サクリフィスの付近には……あれ?」 「どうしたの?」 「い、いえ、中型以上の生命反応がなかったので。サクリフィス本体が単体で行動している可能性があります。」 「そう……。ならなおさらここで決めるべきね。」
一気に高まる緊張感。皆の動きが慌しくなる。 私も出撃を控え、直属の補佐官たちに確認をとる。
「シャーリー、サポートは頼んだよ。」 「はい、任せてください。」
シャーリーは優秀だし、後ろについてはシャーリーに任せておけば大丈夫だろう。続けてティアナのほうに向き直る。
「それから、ティア。」 「はい!」 「前に言ったとおり、室長代行はあなた。私の出撃中は指揮お願いね。」 「了解しました!」
ティアナの指揮能力はなのはのお墨付きだ。 捜査もこの1年でそれなりに経験をつんできたはず。きっと、大丈夫だ。
そして、もう一人。
「ラングリッジ准空尉、何かあったら後はよろしく頼みます。」 「あい承り申した。高町一尉の顔を潰さぬ様、全力にて任を全うする所存。」
セヴィル・ラングリッジ准空尉。私に何かあったときのために、一人で前線に出ることが出来る後詰めとして、なのはの縁で来て貰った戦技教導隊員。 なんでも、攻撃力は高くないけど読みと技術に長け、特に捕まえることに関しては右に出るものはいないとか。
「室長、該当海域に停泊中のL級十七番艦から協力が取り付けられました!」
オペレーターから声がかかる。
「分かったわ。フェイト・T・ハラオウン室長、執務官として出撃します。以降の指示はティアナ・ランスター室長代行に従ってください。」 『了解!』
どうやら、出る準備も整ったようだ。 最後に、最高の相棒に声をかける。
「行くよ、バルディッシュ。」 《Yes,sir!》
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.16 ) |
- 日時: 2007/12/15 11:15
- 名前: 小判次
- ポートを抜けると、そこは見渡す限りに広がる荒野。
強い風の中、そこに一人の少女が佇んでいた。だが、そこに生命体反応は出ていない。
見た目の年のころは十五ほどだろうか。 金の髪は肩ほどで切りそろえられ、何も映さない冷たい青眼は灰色の空を見つめている。 人間らしくない、ぞっとするような美貌だった。
(あれが……サクリフィス……?)
と、そのとき彼女が私のほうに視線を投げかけてきた。
(捕捉された? なら、行動を起こすしかないね。)
サクリフィスは完全自律らしいので、意思疎通が可能かどうかの確認もかねて、まずは口上を上げることにする。
「時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンです。あなたには殺人並びに次元密航の容疑がかけられています。」
私がそう言うと、少女はぼんやりと投げていた視線をこちらの目に合わせ、呟いた。
「時空、管理局……。」
やはりその言葉には感情はほとんど感じられなかった。 しかし、こちらの言葉をしっかり認識しているようだし、意思疎通は可能だと判断し、言葉を続ける。
「あなたは知的魔法生命体、あるいは生命体でなくともそれに順ずるものだと判断されたため、投降し管理局の保護を受けるなら裁判と弁護の機会が与えられます。抵抗せず投降してください。」
この言葉に、彼女の表情が少し変わった。
「あなた……たちは、私の行動の……邪魔を、するの?」
これは、おとなしく従ってくれる、ということはなさそうだ。 いつ攻撃が来てもいいように意識を張り巡らせながら、言葉を返す。
「あなたの目的は知りませんが、目的並びにそれを為す過程に違法なものがなければこれからの行動を制限するものはありません。ただし、今までの罪を清算するために一時的に管理局で身柄を確保することになります。」 「要するに、邪魔、するのね……?」
彼女の雰囲気がスーッと鋭くなる。
「汎用行動マニュアルB3項適用、作戦行動の上で障害になることが予想される存在のうち、明確に味方であると判断されないものについては消去を推奨する。」 「戦術評価プログラム起動、並びに環状況心理プログラムを戦闘モードに移行。」 「環状況心理プログラムより戦術評価プログラムへ。第三種心理戦術Bの適用を推奨。引き続き分析を継続する。」 「能敵対因子を排除する。惨劇の華、状況開始(コードネーム・ミゼリア、スタート)。」
そう告げると、いきなり巨大な魔力弾を放ってきた。私はそれを大きく下がってよける。
「魔力がもったいないから、早めに決める。」
彼女はそういって、縦横無尽に魔力弾を撃ち続ける。
「バルディッシュ!」 《Haken Form.》
それらを紙一重で交わしながら、ソニックムーブで一気に詰め寄ろうとして……踏みとどまった。
(相手は侵食融合能力が疑われる未知の存在。迂闊に近寄るのは命取りになるかも。)
接近戦は諦め、弾幕を交わしつつハーケンセイバーを撃つ。 だが、それらは全て分厚い魔力障壁に遮られた。
(もったいないって、その使い方のほうがよっぽどもったいないじゃない!)
そう思いながら、バルディッシュをデバイスフォームに戻し、プラズマランサーを撃ち込んでみるが、それでも結果は同じ。 心の中で舌を打ち、危険を承知でバリアブレイクして懐に飛び込もうかとも思ったとき、突然弾幕の雨が止んだ。 何事かと改めて身構え、サクリフィスのほうを見ると、どうも転移しようとしているらしい。
(……この子、戦いなれていない?)
サクリフィスとの間合いは、ちょっと高速戦が出来る魔導師なら一息に飛び込める距離である。 転移しようとしているタイミングといい、いくら防壁が厚いとはいえあまりにも無防備。 あるいは罠か、とも思ったが、この好機を逃すわけには行かない。
「はあぁぁ!」
バルディッシュにバリアブレイクを任せ、一気に障壁内に飛び込む。 やはり障壁が突破されることは想定していなかったらしく、彼女は驚きによってか動きを一瞬止めた。
「!!」
その隙にストラグルバインドをかけ、ほとんど抵抗らしい抵抗もされずに彼女の拘束に成功した。
「ここまで、ですね。あなたを先の容疑並びに公務執行妨害現行で連行します。」
だが、彼女はまだ諦めていないのだろうか、何かをつぶやいている。
「戦術評価プログラムより報告。魔力運用妨害の術式を確認、通常手段での脱出は不能と判断。実験用秘匿機能04を開放。」 「リアルタイムレポート・ID:J4479B、敵対要素の使用魔法はユニロジック系高速術式と推測される。」 「以上の点より、第二種潜伏戦術A・ステップ1の適用優先度をDからBに上方修正。この戦術の適用を推奨。」 「論理転移には貯蔵魔力量に問題が確認される。魔力の吸収のため、キャリアーへの接触が不可欠。」
そういうと彼女はまっすぐこっちを見つめてきた。 何かいやな予感がする。念のためにクリスタルケージをかけようとしたそのとき、サクリフィスから「色がなくなった」。
「えっ?」
ストラグルバインドを掛けているにもかかわらず、サクリフィスはその姿を変える。 小さな猫になってバインドを潜り抜け、そのまま飛び掛ってきた。 すぐ近くに寄っていたのと、動きが予想外だったのとで、私はそれをよけることが出来なかった。
「しまっ……!」
力が抜ける。 いつかのマッドシーカーのときと似たような感覚。 すごい勢いで魔力が消費されていくのが分かる。 だんだん遠くなっていく意識。
「行き先未設定、二次転移設定ランダム。論理転移・クイックスタート。」
それが、意識が消える前に聞こえた最後の言葉だった。
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蛇足。 ( No.17 ) |
- 日時: 2007/12/15 11:17
- 名前: 小判次
- ――臨時分室・ティアナ――
「サクリフィス、ハラオウン執務官ともども転移! ……やはり追えません。」 「魔法陣の照合完了。マッドシーカーのものと98.3%一致しました。やはり、外世界に跳んだものと推測されます。」
オペレーターから上がってくるのは、あまり芳しくない報告。 フェイトさんが帰ってこれなくなった、と思うと、自然と体が震えてくる。
そんな私に見かねてか、シャーリーさんにしかられてしまった。
「しっかりしなさい、ティアナ・ランスター『室長代行』! あなたがそんなでどうするんですか!」
……そうだ、私は室長代行。私がしっかりしないと、フェイトさんに迷惑がかかる。
「ありがとう、シャーリーさん。もう大丈夫。」
私がそういうと、シャーリーさんも少しだけ目を緩めて頷いた。
「まだ内世界にいる可能性もないわけではないので、引き続き同様の捜査を行っていきます。また、可能な限りハラオウン執務官の捜索も並行して行ってください。私たちのほうからも、可能な限りマッドシーカーの研究結果を回してもらえるように働きかけますので、仕事は増えますが皆さんよろしくお願いします。」
以下、本当に蛇足。
「あ、ラングリッジ准空尉も次から出ていただきますので、よろしくお願いし、ま……!?」
ラングリッジ准空尉のほうを見ると、冷や汗をかいて真っ青になっている。 心なしかカタカタ震えている気もする。
「ど、どうしたんですか准空尉!?」 「これは、ランスター陸曹長……でなかった、室長代行。いや、わたくし、これから高町一尉に報告しなければならぬのですが、次の訓練、生きて帰られるのだろうか……。」 「あ……。」
あの記憶がよみがえる。 背中がじっとりと汗でぬれてくる。 なのはさんは私のためにやってくれたんだ、ということは頭では分かっているのだが、恐怖というものはなかなか拭えないらしい。
「いや、でも准空尉の継戦能力はオーバーSだって聞いたんですが……。」 「だからですよ……。高町一尉とわたくしの相性は極悪ゆえ、下手に長引くから嬲り殺しになるのです。」 「……。」
もう、心の中で合掌するしかなかった。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.18 ) |
- 日時: 2007/12/23 13:38
- 名前: 小判次
- とりあえず、セヴィル君の設定でも置いてみます。もうちょっと詳しく出来てるけど今出てる辺りまで。
セヴィル・ラングリッジ 航空戦技教導隊所属戦技教導官・准空尉 ミッドチルダ式・空戦AAA−ランク 戦術評価・継戦能力ともにオーバーS、魔力評価はAAA。 空士訓練校卒、入局4年目の19歳男性。 魔力を体から切り離すことに才能があり、設置魔法と捕獲魔法に長けている「特殊拿捕魔導師」。 戦技教導官である以上、当然それ以外についても人並み以上にはこなす。 ただし、放射の才能はなく、砲撃魔法が苦手である。
なのはの後輩であり、その縁で対脅威遺失物臨時分室に後詰めとして出向してきている。
なのは曰く、素直だけど小賢しい後輩。 行動は落ち着いているようでいて、絡んでみると常時ハイテンションであり、妙に仰々しい怪しい喋り方をする。所謂奇人。(ここ、今回では全然使えてないですな……)
武装隊時代になのはに指導を受け感銘し、教導隊配属直後も直接の上官になったなのはをこの上なく敬愛しており、その盟友でありやはりエースでもあるフェイトのことも尊敬している。
それから、プロローグ時点(多分最後まで変わらない)のリリカル側の主要人物の年齢と階級でも。
フェイト・T・ハラオウン 21歳。三佐待遇執務官。空戦S+ランク。
シャリオ・フィニーノ 19歳。執務官補佐、陸曹長。
ティアナ・ランスター 18歳。執務官補佐、陸曹長。陸戦AAランク。
高町なのは 21歳。戦技教導官、一等空尉。空戦SS−ランク。
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Re: リコリス-Triangle Fate- ( No.19 ) |
- 日時: 2008/02/07 02:21
- 名前: 小判次
- リコリス 第一部 波乱の再会
一話
五月十二日(金) 風芽丘学園 午後
「 か ちく 」
……ん……
「……高町くん!」
――いつの間にやら寝ていたようだ。 この声は、月村だろうか。 すこし頭がボーっとするものの、眠気を振り払って頭を上げる。
「あ、やっと起きた。もうとっくに授業終わったよ?」
月村は苦笑していた。 むう、すると午後ずっと寝ていたことになるのか。 それにしても、すぐに起きないとは不覚。 すでに五月も半ば、春眠なんたらという時期でもないし、それほど疲れているつもりもなかったのだが。 とまれ、体を伸ばしながら礼を言うと、月村は隣の席のよしみだし、と笑った。
「じゃあ高町くん、また来週ね。」 「ああ、またな。」
月村と校門で挨拶を交わし、別れる。 今日は特に予定も入っていないし、翠屋でも手伝うか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
八束神社の裏手の森の奥、人知れず一人の女性が倒れている。 その顔色は青白い。早めに人が見つけてくれなければ、危険な容態に陥るだろう。 しかし、そこは人気など普段は全くない場所。余りそういった見込みは無かろう。 と、彼女の右手の中で何かが明滅する。 そして次の瞬間、金色の光が立ち昇った……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「よし、今日はここまでとする。」 「ハァッ、ハァッ……。有難うございました。」
今日の深夜の鍛錬も終わり、続いて美由希に幾つか注意点を告げる。 後片付けも終わり、いざ帰ろうかというとき、少し離れた場所に何者かの気配をかすかに感じ取った。 どうもこちらに気づいている様子はなさそうだが、この時間帯にこんなところにいる者が一般人だとは思えない。 念のために美由希を先に帰らせることにしよう。
「美由希、先に帰っていろ。俺もすぐに続く。」 「うん、分かった。かーさんにもちょっと遅れるって言っとくね。」 「頼む。」
この前の久遠との事があったからだろうか、美由希は少し心配そうな顔をしながらも神社の表へと出て行った。 美由希の気配が完全に離れきったところで、気殺して件の気配の方向に向かう。 さて、何事もなければいいが。
移動すること百メートルほどだろうか、銀髪に黒いスーツの男性と倒れている金髪の女性が見えた。外国人、なのだろうか。 一瞬婦女暴行の可能性も考えたが、どうも男性は女性を心配しているように見える。 また、うっそうとした森の中で視認可能な距離まで近づいているにもかかわらず、相手はこちらに気づいていない。 おそらく武術の心得はほとんど無いだろう。俺たちに危害を加えるような存在ではなさそうだ。 だが、気配を殺している様子は無いのに妙に気配が薄い気はする。 とりあえず、気殺を解いて声をかけてみる。
「そこの方、どうなさいましたか?」
男性は驚いたのだろうか、すこし肩をぴくりと震わせた後、少し安堵した様子でこちらを振り返った。 が、俺を見て少し驚いたような表情を見せた。もっとも、すぐに消えてしまったが。 そして彼は表情を引き締め、口を開いた。
「高町恭也殿、主を助けていただきたい。」 「……なぜ俺の名前を?」
名乗ってもいないのに、初対面だと思われる相手に名を呼ばれ、思わず警戒する。 そんな俺の様子を見て、男性は困った様子で続けた。
「私も正直混乱しているのです。どうか何も訊かず、主を助けてください。」
そう訴える彼の黄金の瞳は真摯な光を湛えていた。 ……これは手を貸さざるを得ないな。これで断ったらこっちが悪者みたいだ。
「分かりました。とりあえず家で寝かせましょう。彼女を運んでもらえますか。」
俺がそういうと、男性はばつが悪そうな顔をした。
「私では主を動かせなかったのです。高町殿、どうか主をよろしくお願いします。」
……これはあれか、見ず知らずの女性を抱きかかえてここから家まで行けと言うことか。 俺は兎も角、この女性が誤解されて迷惑をおかけすることにならなければいいが、そうも言っていられない。 こんなことなら、美由希を返さなければ良かったな、といまさら後悔した。 それにしても、彼も見た限りいい体躯をしているのに、なぜ駄目だったのだろう。 まさか、この女性が見かけよりはるかに重いとかなのだろうか。 いや、まさかそんなことは無いだろう。というよりも、女性の体重を類推するのは失礼だ。 邪念を振り払いつつ、抱き上げるために女性の隣にしゃがみこむ。 そしてその女性の顔が見えたとき、記憶の中をあるビジョンが走った。
一面の彼岸花、そして眠る少女……。 幻のような邂逅、最後にもらった言葉……。
「フェイトさん……。」
気が付くと、俺は彼女の名前を口に出していた。
「ただいま帰った。」
玄関から声をかけると、湯上りなのだろう、髪を下ろした美由希が出てきた。
「恭ちゃんおかえ……り……?」
美由希は俺たちを見て呆けてしまった。 まぁ、それも仕方ないだろう。俺は気を女性一人抱えていて、さらにその後ろに黒服の男が無言で付き従っているわけだし。
「えと……どちら様?」 「神社の裏手で拾ってきた。」 「拾ってきたって……。」
大分困惑しているようだ。だが、今はそんなことをしている場合ではない。
「こちらの方は大分体温が下がっている。風呂上りのところ悪いが、彼女を風呂で暖めてやってくれ。俺は客間に布団を敷いておく。」 「あ、うん。分かった。」
気を失っている女性を美由希に託す。美由希が風呂場に向かうのにあわせ、来客用の布団を準備しに客間に向かう。男性も、何もできることがないからだろう、後に付いてくる。
家に帰るまでの帰り道で、男性から話を聞いた。彼はバルディッシュ、というらしい。 主の剣だ、と自己紹介していたが、用心棒か何かでもしているのだろうか。その割には彼自身からはほとんどそれらしい気配を感じなかったが、それほどの手練なのかもしれない。 しかし、混乱している、といってそれ以上の彼についての情報は得られなかった。何かのショックで記憶の混濁が起きたのだろうか。 そして、彼の主であると思われる女性。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。彼女については、名前以外語ってはくれなかった。 それは、話せないというよりは、話していいのか判断しかねる、といった様子だったが。 それにしても、彼女の顔を見たときにフラッシュバックした記憶。やはり、ハラオウンさんはあの時の少女なのだろうか。 それならば、その連れであるバルディッシュさんが俺の名前を知っていること自体は分からないでもない。 ただ、なぜ一目見ただけで俺が「高町恭也」と結びついたか、という疑問は残る。
ものを考えながら作業すると、時間が経つのは早い。いつの間にか布団を敷き終わってしまっていた。 バルディッシュさんに何か聞こうにも、聞けそうなことはあらかた聞いてしまったし、彼は自分からはまず話してくれない。 なので、やることもなく待つしかない。 しばらくすると、美由希がハラオウンさんを抱えて現れた。
「恭ちゃん。」 「うむ。」
美由希に場所を譲り、彼女を布団に寝かせる。多少血色は良くなっていたが、目を覚ます様子はなかった。 美由希が掛け布団を掛けながら、聞いてきた。
「この人たちは?」 「バルディッシュさんとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンさんだ。彼はSPか用心棒か、そんなところらしい。あとは知らん。」 「知らんって……。病院には連絡しないの?」 「いや、訳ありだろう。しないほうがよさそうだ。」 「じゃあ、どうするの? 何かあったらうちじゃどうにも出来ないよ。」
不安げな表情を見せる美由希。 ううむ、どうすべきだろうか……。 少し考えをめぐらせるうち、一人心当たりが見つかった。
「そうだな、那美さんに明日の朝来てもらおう。」
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