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暁の不破
日時: 2009/07/22 21:01
名前: 雷斗

どうも、皆さんこんばんは、そして、はじめまして。
私、雷斗と申します。

まず、このSSですが、とらいあんぐるハート3と暁の護衛をクロスさせたものです。
原作には無い、オリジナル設定も多少入る予定でいます。

この作品では、原作と異なり、御神一族は健在している設定のため、
恭也の苗字は不破、美由希の苗字は御神となります。
また、士郎と桃子が出会っていない為、なのはを始めとする高町一家および、
海鳴での関係者の登場はしない予定です。

よって、設定および登場人物は、ほぼ暁の護衛に比重が偏ることになると思います。

ただし、例外的にとらは3から一部の登場人物は登場予定ですので、
その人物が誰なのかは、登場するまでお待ちください。

このような作品が気にいらない場合は、戻ることをお勧めします。

それでは、「暁の不破」 始まります

「暁の不破」
プロローグ「恭也の進路」

 中学校の卒業まで残り数か月となった少年 不破 恭也は、
 いつも通り、朝の鍛錬を終えた後、朝食を済ませ、学校に行くつもりでいた。
 しかし、今日はいつもとは違い、朝食の前に御神宗家現当主の御神 静馬に話があるという事で呼び出しが掛かる。
 そして、今は御神宗家の屋敷を訪れ、案内された一室で正座をして、静馬の到着を静かに待っている。

「突然呼び出してしまって、すまないね、恭也」
 しばらくして、ふすまを開けて、静馬が到着し、恭也に言葉を掛ける。
「いえ、気にしないで下さい、静馬さん。それで、話と言うのはなんですか?」
 恭也も待たされたことを気にせず、呼び出された理由を尋ねる。
「月日が経つのも早いもので、恭也ももうすぐ、中学校を卒業する……
 うちの美由希も同じく小学校を卒業して中学生になるしな……」
 静馬は感慨深く、月日の経過の早さを突然口にする。
「はぁ」
 静馬の真意が分からず、恭也はあいまいな返事をする。
「ところで、恭也はこの先の将来については考えているのかい?
 士郎に聞いても、ロクな答えが返ってこないから、恭也本人の口から聞きたいんだが、話してくれるか?」
「はい、一応は……。俺は静馬さんや一臣さん、一応父さんのように誰かを護る為に剣を振るう道を進むつもりです」
「そうか……。だが、俺達の剣はどれだけ誇りを持ったとしても、所詮は人殺しの剣。
 結果として、誰かを守る為に、誰かの命を奪う……その覚悟が、お前にはあるのか? 恭也」
 この先、恭也が御神真刀流もしくは御神不破流のどちらを受け継ぐことになるかはわからないが、
 静馬達と同じ要人警護(ボディーガード)の道を希望していることは、誰にでも理解できた。

 だからこそ、静馬が今の内に聞いておかなければならないのは、人の命を奪う覚悟があるのかということ。
 奪われた命の分は、奪った者が生涯を掛けて背負い続けなければならないのだから……

「……はっきり言って、わかりません。ただ、俺が守りたい人に対して牙を剥いて襲いかかる者には、決して容赦しないつもりです」
 人を殺したことのない恭也には、命を奪うという事が理解できなかった。
 故に、恭也は自分が心の内に持っている覚悟を静馬に話す。
「その覚悟は、結果として相手の命を奪う事も厭わないという解釈でいいのかな?」
「……はい」

「ふむ、それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか。恭也は今年で中学校を卒業したら、高校はどこに行くつもりなんだ?」
「特に希望もないので、地元の高校に通うつもりですが、それが何か?」
「いや、恭也には暁東市にある『憐桜学園』に通ってもらおうと考えているんだが、どうだろうか?」
「どんな学校なんですか?」
「優秀なボディーガードを育成すると共に、一流の資産家令嬢たちが多く通っている学校さ。
 かつて、俺や一臣、士郎も通っていた学校で、昔は資産家の御子息も通っていたんだが、制度が変わって、今は資産家令嬢だけになってしまっているが、
 ここでは、男はボディガードとしての訓練を積み、卒業したら、同じく学園に通う一流の資産家令嬢たち、もしくは、その関係者のボディーガードとなる。
 在学中には、実践訓練として、同じ学園の資産家令嬢たちの護衛をすることもある。どうだ? 興味が湧かないか?」

「確かに、興味が湧きます。実際に自分が守ることになりうる人物がどんな人達なのか知ることができますし、在学中にも、要人警護の経験が積めるのはいいですね」

「だろ? 今までのように俺や士郎の仕事の手伝いをするのではなく、
 恭也一人でどこまで要人警護ができるかどうかを在学中に確かめてくるだけでも通う意味は十二分にあるはずだ」

「静馬さんの言いたい事は理解できましたが、どうしてその学園への入学を勧めるのですか?
 父さんや静馬さんが通っていた事だけが理由ではないのでしょう?」

「相変わらず、年に似合わず、察しが良いな。 恭也には、『憐桜学園』在学中にある仕事をこなして欲しいんだ。
 その為には、対象と同じ学校である方が、都合が良いし、仕事もしやすい」

「それがもう一つの勧める理由ですね? それで、俺に任せる仕事と言うのはなんでしょうか?」

「実は、護衛対象は人ではなく、情報だ」

「情報?」

「そうだ。ある人物に関する情報を守って欲しいとの依頼があって、
 恭也には、その人物についての素性、経歴等を探る者に、対象の情報が漏らさないようにするんだ」

「方法については何も問わないという認識で良いですか?」

「ああ、最悪、その探る者の命を奪ってでも、対象の情報を守って欲しいとの依頼主からの要望だからな」

「わかりました。 最初から命を奪うつもりではありませんが、その可能性については考慮した上で仕事に臨みます」

「頼もしい答えで安心したよ」

「それでは、情報を守る対象の人物の名前について教えて頂けますか?」

「対象の名は朝霧 海斗。彼も、今年恭也と同じく、『憐桜学園』に入学してくるはずだ」

「朝霧 海斗……(どこかで聞き覚えがあるような……)」

「どうかしたのかい?」

「いえ、問題ありません。 それで、情報を守る相手は同級生なのですか?」

「そうだ。 詳しい事は、依頼主である神崎 佃吾郎氏から聞いてくれ。恭也が仕事について尋ねる事は、俺の方から話しておく」

「助かります」

「話は以上だ。 それじゃあ、無事入学できるよう勉学に勤しむんだぞ。 おそらく、恭也の今の成績では危ないラインだからな」

「……努力します」
 静馬との話を終えて、恭也は不破の屋敷に戻る。


 その後、初めて一人で仕事を任されるという喜びも合わさって、恭也は『憐桜学園』へと入学を決める。

 そこで出会う人々との交流を通じて、恭也はどんな成長を見せるのか?

 だが、神崎 佃吾郎氏から仕事の詳細を聞かされた恭也は、朝霧 海斗の素性と
 それをどんな方法を持ってしても守らなければならないという、
 今回の仕事の難しさを思い知る事となる……
 




 第1話に続く
メンテ

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Re: 暁の不破 ( No.96 )
日時: 2014/09/13 14:35
名前: 雷斗

「暁の不破」
第96話「遭遇」

 午後の授業中。

 海斗は麗華に雷太から頼まれたことを掻い摘んで話す。

「面白いこと考えるじゃない、アイツ」

「全然面白くないだろ。
 一つ間違えば、問題になりかねないぜ?」

 海斗がそう感じるのも当然なことで、
 この辺りで、演技とはいえ御嬢様を襲って、
 もしも学園関係者や警察に見つかれば、説教では済まされない。
 弁明しても刑務所行きになってしまう可能性さえあるからだ。

「だから、私に話しておくんでしょ?」

「……まぁな」

「恭也も付き合うの?」

「……ああ」

「存分に変質者のフリをしてくればいいじゃない」
 これまでの鏡花とのやりとりで、麗華はすっかり鏡花の事を嫌っており、
 珍しく積極的に賛成し、海斗達を激励する。

「気は進まないがな」

「けれど、このことで評価が上がるとは思えないわね」

「私もそう思う」

「やっぱりそう思うか?」

「ボディーガードは、何かあった時の為にいるんだし。
 主を守るのは当然の事じゃない」

「それでも、吊り橋効果を狙ってるんだろうな」

「そこにしか希望がないのも哀れね」

 無事(?)麗華の許可をもらえたものの、
 海斗にとって、訪れてほしくない放課後がやって来る。

 雷太からの情報では、鏡花はこの後、
 街に寄ってから帰宅するため、
 約束の時間までは一時間以上時間がある。

 その為、恭也達はいつも通り四人で帰宅する。

「帰るわよ」

「ああ」

 廊下に出ると、偶然、彩と尊徳と出くわす。

「御姉様達も、今からお帰りになるんですか?」

「そうよ」

「では、一緒のお車で帰ります? もちろん、忍さんも」
 せっかく帰るタイミングが同じため、彩が一緒に帰ることを提案する。

「私は歩いて帰るからいいわ」

「私も」
 しかし、彩とは帰宅する手段が違う二人は、彩の提案を断る。

「そうですか……」

「行きましょうか、彩御嬢様」
 断られた以上、この場に留まっても意味がないと判断し、
 尊徳が彩に車に向かうことを促す。

「私もご一緒してよろしいですか?」
 一瞬、残念がる彩だったが、今度は一緒に歩いて帰りたいと申し出る。

「彩御嬢様!?」
 いつもとは違って食い下がる彩に尊徳は驚きを隠せない。

「それは構わないけど」

「私もいいわよ」

「ありがとうございます」

「家までは距離があります。 お車の方がよろしいのでは?」

「久しぶりに歩きたいんです。 いけませんか?」

「御嬢様がそれでよろしいのなら……」

「はい」

「海斗、くれぐれも粗相のないようにな」

「どうして、俺にだけ言うんだよ?」

「恭也と違って、信用ならないからだ」

「はいはい、ご丁寧にどうも」

「尊こそ、この間みたいに立ちションとかするなよ?」

「た、立ちっ!?」

「「へぇ……」」

「違いますよ、御嬢様っ!?」

「この間ってなんだ! 僕の生きてきた軌跡にそんなことは一度もない!」

「…………」
 尊徳の言葉を聞き、過去を振り返ってみる海斗。

「勘違いみたいだ。 どんまい」

「とんでもない勘違いをするなっ!
 もう少しで信用を一気に失うところだったじゃないか!」

「仲がよろしいんですね、お二人は」

「私には犬と猿に見えるけどね」

「同じく」

「僕は礼儀を知らない人間が嫌いですから」

「本当に願い下げだな、この礼儀知らずめが」

「すみません……って、貴様だぁ!」

「……意外といいコンビかも」

「ピリピリするなよ。 これやるから」
 さっと一筆した便箋を海斗が差し出す。

「なんだ、これは?」

「肩たたき券ネクストだ」

「……ネクスト?」

「その券をもったヤツは
 一回俺に肩たたきしなきゃならない効果を持つ」

「…………」
 海斗の肩たたき券ネクストの説明を聞いた瞬間、
 尊徳の身体がブルブルと震える。

(尊徳の我慢も限界のようだ)

「これ以上僕をからかうなら……お前を殺す」
 便箋をビリビリと破きながら、尊徳が海斗に最後通告を出す。

「怖っ」

「これ以上からかってると、本当にキレそうね」

「最近の若者は衝動的だと言うしな」

「衝動的、ですか?」

「肩がぶつかったことにキレて暴行、
 注意されたことにキレて殺害、そういうことさ」

「怖いです……」

「それを未然に防がなきゃならないボディーガードが短気なのは良くないわね」

「世も末ね」

「まったくだ」

「大人になれ、尊徳」

「僕の評価が暴落していくっ!?」
 四面楚歌状態となり、がっくりと膝を崩す尊徳。

 そうして、六人で徒歩で帰宅し、
 夕方、恭也と海斗は雷太に指定された場所へと赴く。

「約束の時間までそろそろか……」

「ああ」

(多少の前後があるとはいえ、
 間もなく、雷太達がやって来る頃だな)

 恭也達は辺りに人気がないことを確認してから、
 雷太から受け取っていたものを頭に被る。

 そして、電柱に身を潜めてターゲットを待つ。

(俺が第三者の立場で俺自身を見ていたら、
 99%不審者だと思うだろうな)

「さて、問題は鏡花を襲う理由だが――――」

「金目的の誘拐?」

「それは無理があるだろ」

「そうだよな。 武器も持たず、おまけに車のような移動手段を
 用意してないヤツが誘拐するのもおかしな話だよな」

「もっとも無理なく可能性を考えると、
 やはり強姦まがいの犯罪者を演じるのが正しいだろう」

「そういえば、昨年憐桜学園の御嬢様達を猥褻目的で
 犯行を犯した人間が数名逮捕されてたよな?」

「ああ。 だが、その大半が御嬢様に触れる前に、
 ボディーガードの手によって逮捕されている」

「俺達の場合は、速やかに倒され、
 速やかに逃げないとダメなんだよな?」

「ああ、だから―――来た!?」

 二人が演じるべき変質者について話し合っているうちに、
 鏡花と雷太がやって来る。

 しかし、二人との距離はだいぶ遠い。

(よし―――)

 しばらく待って、近くまで迫ってきた二人の前に恭也達が飛び出す。

「ちょっと待て、げぇっへっへ」
 多少自信がある声色を使って、変質者を演じる海斗。

「…………」
 一方、恭也は無言で変質者特有の恐怖感を出そうとする。

「なんですの? 貴方達」

「御下がりください、鏡花様。
 こいつらからは犯罪の匂いがします」
 何度も練習したのか、雷太から出たのは決まったようなセリフ。

 パチッ
 そして、雷太は恭也達にウインクし、頼むよ〜と合図する。

「キモ……」
 その光景に吐き気を覚えるが、気を取り直して海斗は演技を再開する。

「お嬢ちゃん、俺といいことしようぜぇい」

「いいこと?」

「決まってるでしょ? げぇへげぇへ」
 ワキワキと手を動かしながら、海斗が鏡花に近づく。

「変質者?」

「そのようです。 ですが、震えないで下さい。
 僕が貴方をお守りしますから」

「……………」
 しかし、鏡花は震えるどころか、興味深い視線で恭也達を観察している。

「それでどうするつもりかしら?」

(なんて挑発的な女だ)

「そりゃあもちろん、その魅力的な身体をお触りするのさ」

「雷太」

「はい、御嬢様」

「その男達を捕まえて、マスクをはがしなさい。
 全国に素顔を晒して差し上げますわ」

「お任せください」

「やれるものならやってみろ、げぇへげへ」

 特撮作品の雑魚キャラのように、恭也達が無防備な格好で飛び掛る。

「とぅ!」

 ドスッ!

「ぐあ!」

「ぐふ!」
 素早い動きで恭也達の懐に飛び込み、パンチをぶち込む雷太。

 恭也はうまくパンチのタイミングに合わせて後方へ飛び、
 そのまま倒れて、気絶したフリをする。

(……痛っ!?)
 一方、海斗は雷太のパンチをまともに受け、腹部に痛烈な痛みが走る。

「ちょ、お前……!」

「せいぁ!」
 海斗の静止を無視して、雷太が全力で攻撃を仕掛けてくる。

「やってやる、やってやるそー!」

(雷太のヤツ、完全に浮かれてるな。 海斗は大丈夫か?)
 まさに殴る蹴るの暴行に、恭也は海斗を心配する一方で、
 これが普通の学園なら、退学決定だと思う。

「こ、こんの……」
 まったく攻撃をやめようとしない雷太に海斗の我慢も限界となる。

「これでトドメだ!」
 雷太が背中から一本の武器を取り出す。

(抜き取るところを初めて見たぞ)
 一見すると白い棒切れだが、確かな性能を備えた警棒だと、
 海斗は聞いたことがあった。

 同時に、もしもあんなもので殴られたら、シャレにならないと理解する。

「調子に乗りすぎた、コラ!」
 そんな防衛本能から、海斗は雷太の振り上げられた手を、
 振り下ろされる前に押さえつけ、その無防備の額に頭突きを喰らわす。

「ぎゃー!」
 不意の強烈な一撃に、目から火花が飛び散るような思いをしたであろう
 雷太は警棒を持ったまま地面にぶっ倒れる。

 気を失った雷太の手から警棒が離れ、コロンと地面に転がる。

(バカ……)
 心の中だけだが、恭也は海斗の行動を見て頭を抱えたくなる。

「……っ」
 一方、今まで涼しい顔をしていた鏡花に、初めて焦りが生まれる。

「ヤベ……」
 恭也よりもかなり遅れて、海斗が今の状況を理解する。

「雷太、しっかりしなさい!」

「…………」
 いくら鏡花に声を掛けられても、雷太は返事ひとつしない。

(当分起きねぇよ、この様子じゃ)
 立ち去るに立ち去れなくなった海斗は呆然と鏡花を見る。

「こ、このままでは、私は薬を打たれて外国に売られてしまいますわ!
 そして、荷馬車に揺られるんですわ!」

(ドナドナかよっ)
 心の中で小さく突っ込んでおく海斗。

「なにやってるの、こんなとこで」
 海斗の目の前にいる、鏡花の少し後ろから
 不意に、ガサッとビニールの音がした。

「や、やっと戻ってきましたのね!」
 現れた声の主に安堵する鏡花。

(あれがもう一人のボディーガードか)

「!?」
 新たに表れたボディーガードを見た海斗は驚きの表情を見せる。

「ねぇ、これどういうこと? なんでコイツが伸びてんの」

 ゲスッ
 気絶して倒れている雷太に蹴りを入れる女。

 しかし、海斗には、その人物に心当たりがあった。

(杏子……)

「目の前の変質者にやられましたの」

「変質者? ……ま、どう見ても怪しいけど、
 もしかして、私に対処しろってこと?」

「当然ですわ。 私は雇い主ですのよ?」

(そうか……俺を探してるって言ってたのは、こいつか)

(海斗は目の前の女に心当たりがあるのか?)
 明らかな動揺を見せる海斗に、恭也は海斗の知っている相手だと察する。

「余計な手間」
 溜め息一つついて、鏡花にビニール袋を押し付ける杏子。

「これ持ってて」

「お、おじさん、帰ろうかなぁ……」

「はぁ」

「やっぱり悪いことはいけないよねぇ、げぇへ」

「こう言ってるけど?」

「逃がしてはいけませんわ。
 私に脅威を向けた者は、抹殺します」

「…………」
 すり足で後ろへ下がる海斗に対して、遠慮なく近づく杏子。 

(潮時だな……)
 これ以上、長居しない方が良いと判断し、
 恭也は相手が油断している隙をついて、
 狙い澄ました水面蹴りで杏子の足を払う。

 ドスンッ!!

「痛っ!」
 完全に不意を突かれ、まともに背中をぶつける杏子。

「逃げるぞ!」

「撤収!」
 その間に、鏡花達に背を向けて恭也達は走り出す。

(こんなところでアイツと再会するのはよろしくない)
 杏子の事を思いながら、海斗は恭也の後ろに付いて走り続ける。

「はぁはぁはぁ………」
 そして、完全に撒いたところで海斗は息を整える。

「どうにか逃げ切ったな」
 息を整える海斗の横で恭也が周囲を確認する。

「ああ」

「なあ」
 落ち着いたところで、恭也が海斗に先ほどの事を確認する。

「あん?」

「さっき、黒堂 鏡花と一緒に居た女だが、知り合いか?」

「まあな」

「そうか。 この先、何事もなければいいが……」

「そうだな」

(今日の一件で、まだ杏子は俺に気づいていないはずだ)
 対峙した時に、杏子が海斗に気付いている様子を見せなかったことから、
 海斗が二階堂にいることはまだバレていないと考える。


 その後、二人は変装に使用していたニット帽を捨てて、それぞれの家へと戻った。


 ―――― 深夜 二階堂邸 ――――

 コンコンッ……

「失礼します」
 皆が寝静まる頃、ツキは麗華の自室を訪れる。

 すでにメイドとしての業務は終えており、
 今は個人として過ごす時間。

 そうでなければ、報告できない話をツキは麗華にしに来た。

 ツキが麗華の部屋に入ると、二匹のチーターが迎え入れる。

「どうしたの? こんな時間に」

「実は、麗華御嬢様に知らせておきたいことがありまして」

「知らせておきたいこと?」

「海斗様がやってきて間もなく、彼の素性について調べられていたかと思います」

「……もしかして、何かわかったの?」

「はい」

「何がわかったのっ?」
 ツキの言葉に、身を乗り出すように麗華が詰め寄る。

「詳しいことはまだわかっておりませんが、
 どうやら海斗様は資産家の一人息子のようなのです」

「資産家……」

「宮川様ほどの家庭ではないかと思われます」

「ボディーガード本家とまで言われる宮川よ?
 その辺りと同等だったら、もっと資料があってもいいはずよね」

「その情報はどこから?」

「それが……旦那様のご友人からなのです」

「お父様の?」

「本日、旦那様の使いで金沢家へ参りました」

「そこで、海斗様の事を聞かれまして」

「聞かれた?」

「はい。 朝霧家のボディーガードが、
 麗華御嬢様の警護をしているそうだな? と」

「…………」

「この付近に朝霧という性は存在しません。
 ですが、朝霧という名を知られていたことも事実です」

「県外から、とも考えられるけど……」

(そう、それにしても妙なのだ。
 宮川様や南条様は県外の名家出身にも関わらず、
 憐桜学園なんかには膨大な資料が揃っている。
 それに、一般家庭からボディーガードとして
 憐桜学園に通い出している生徒だって例外じゃない。
 唯一、例外なのは御神様のところくらいだ。
 よって、海斗様が資産家の息子であるなら、
 なおさら情報が集まっていなければ変)

「それで、詳しいことは聞けたの?」

「私は、確かに朝霧というボディーガードが
 麗華御嬢様をお守りしていると告げました。
 そして、なぜお聞きになるのですか? と」

「ツキの質問に対して、なんて返ってきたの?」

「残念ながら、そこで口を伏せられてしまいました」

「…………」

「私の推測になりますが、ひょっとすると旦那様は、
 海斗様の事を知っておられるのでは?」

「今の話を聞く限りじゃ、なんとも言えないわね。
 お父様は素性の分からない男、って言ってたし」

「はい」

「でも、金沢家の主が、海斗の事を知っていた。
 けれど、朝霧という名前の資産家は、資料に存在しない。
 仮に資産家として破産していたとしても、
 記録として残っていなければ不自然だし。
 ますます謎が深まるばかりね」

「はい」

「ありがとう。 また何かわかったら、教えて」

「畏まりました」

「頼むわね」

「それでは、失礼します」

「ふぅ……」

 扉を閉めたところで、ツキは一息ついて、
 自分の部屋へと戻る。

(麗華御嬢様と同じくらい、私も海斗様の過去が気にかかる。
 海斗様が資産家の家庭で育ったことは意外だった。
 もっと荒々しいイメージを抱いていたから。
 ならば、どうして情報が存在しないのか?
 どうして、素性を話したがらないのか?)
 海斗の過去について考えながら、ツキは先ほど麗華に報告しなかった
 今日の夕方の出来事を思い返す。

 不意に訪れた一人の女性。

 海斗様を訪ねてやって来た。

 唯一過去を知る人物かも知れないのに。

(どうして、私はそのことを麗華御嬢様に話さなかったのだろう?)
 
(確定要素じゃないから?)

(でも、海斗様があの女性と対面したとき、
 どんな反応をするのかが気に掛かる)

(もしかしたら、私は感じているのかもしれない。
 話してしまうことで、何かが起こりそうだと)

(何かって、何? ……わからない)

「もやもやする」
 心の中で自問自答を繰り返すうちに、ツキは気分が悪くなってしまう。

「…………」
 ゆっくりと頭の中で芽を出し始める黒いもの。
 ツキは頭を振り払い、その芽を刈り取る。

 芽が出なくなるまで、何度でも刈り取り続ける。

「掃除、しよう……」
 そして、気分を変えようと、ツキは深夜の二階堂邸を掃除し始める。


 その後、自分の身に降りかかる危険に気づかないまま……


 第97話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.97 )
日時: 2014/09/13 14:35
名前: 雷斗

「暁の不破」
第97話「暴露」


「バカバカバカバカぁ!」
 予想されていたことだが、翌日、雷太から呼び出され、
 海斗は一方的に責め立てられる。

「……いや、すまん……」
 さすがにこればかりは、海斗は頭を下げる以外になかった。

「暴漢も満足に追い払えない、
 ダメポガードって言われたじゃないか!」

「ポ?」

「なんだ、それは?」

「ダメガードって言われたけど、
 ポって付いた方が可愛いと思って」

(ポッと顔を赤らめるな、ポッと)

「次こそはちゃんとやってもらうからね」

「「断る」」

「なんでなんだよ!」

「よく考えてもみろ、ボディーガードなんて
 守って当たり前みたいなフシがあるだろ?」

「どこかで聞いた言葉だな」

「……もっと別の観点から責めていくべきだ」

「別の観点? 努力は嫌だよ」

「性根から腐ってやがるな」←同じく努力が嫌いな男の台詞

「仕方ない……贈り物をするってのはどうだ?」
 楽して評価を上げたいという雷太の姿勢に呆れながら、
 恭也は鏡花へのプレゼントを提案する。

「それいいな。 例えば、毎朝花束を渡してみるとかだな……」

「なんかよさそう。 でも、僕に惚れちゃわないかな?」

「「心配するな!!」」

「そんなに力強く言わなくても……」

「話が逸れてるぞ」

「それで、どんな花がいいかな?」

「ラフレシアなんてどうだ?」

「ラフレシア?」

「ああ」

「よくわからないけど、僕を嵌めようとしてない?」

「失礼なヤツだな。 ラフレシアの花言葉を知らんのか」

「そんなのわからないよ」

「そういうお前は知ってるのか?」

「確か、永遠の愛、気の長い愛だ」

(嘘だけどな)

(嘘だな)
 ラフレシアの花言葉は知らないが、
 海斗の言ったことは嘘だと察する恭也。

「こ、告白みたいじゃないか」

「違うな……言い換えれば永遠の忠誠心、
 気の長い……つまり、虐められても忠誠心を貫くってことだ」

「おぉ、僕にぴったりじゃないか」

「だろ?」

「わかった。 早速手配してみるよ」

「ちょっと待て」
 席を立とうとする雷太を海斗が呼び止める。

「一つ聞きたいことがある」

「なに?」

「お前の他に、鏡花にはボディーガードがいるよな?」

「あ、うん。 ひょっとして会った?」

「軽く会った程度だがな」

(それもこっちが一方的に)

「俺の事は絶対に秘密にしろ」

「えっ!? なな、なんで?」

「……なぜドモる」

「お前……まさか」

「たた、他意はないけど、なんでかなぁと」

「なんでもいい。 絶対に言うな」

「う、うん。 もちろん」

「…………(ジー)」
 雷太の反応を注意深く見つめる海斗。

「じゃ、僕はこれで……」
 海斗の視線に耐えられなくなったのか、この場から逃げ出そうとする雷太。

「言ったな?」

「ああ、間違いないな」

「ギクッ!」

「テメェ!!」

「だだ、だって仕方ないじゃないか!
 僕が暴漢にやられたって、あの女に思われるのが嫌だったんだ!」

「仕方ない、だと?」

「それに向こうも、君を探してみたいだし!」

(だから嫌だったんだよ!)

「どこまで話した? 名前だけだろうな?
 俺が二階堂でボディーガードしてることまで
 言ってないよな?」

「もももも、もちろんっ」

「言いやがったな、テメェ!」

「落ち着け! 海斗」
 雷太に殴りかかろうとする海斗を恭也が止めに入る。

「仕方ないじゃないか! うわぁぁぁぁ!」

「あ、くそ」
 都合の良い言い訳だけ並べて、雷太がドタドタと素早い動きで逃げ出していく。

(逃げたか……だが、雷太を捕まえて責め立てたところで、問題は解決しない)

 逃げ出す雷太を捕まえることは恭也にとっては容易なことだったが、
 そうしたところで問題の解決にはつながらないと判断し、この場は見逃す。

「マジかよ……」

(あいつに、そこまで知られたってことか……)
 ガックリとしながら、海斗は空き教室の椅子に腰を下ろす。

「ヤベェな、こりゃ」

「そんなにマズイのか?」

「ああ、あいつは短気だからな。 すぐにでも何かしてきそうだ」

「気をつけろ。 何かあれば協力するから」

「頼む」
 雷太の事よりも杏子の件を気にしながら、二人は教室へと戻る。


 ―――― さらに翌日の昼休み ――――

 またしても雷太に呼び出され、一方的に苦情を告げられる二人。

「どどどど、どうしてくれるんだよぉ!!!!!」

「……何が」

「聞くまでもないだろう……」

「昨日、海斗君達に言われた通り、ラフレシアを盛大にプレゼントしたら、
 僕の大切なフィギュアがこんな姿になっちゃったんだよぉ」
 昨日の出来事を恭也達に話しながら、雷太が手を開くと、
 そこにはバラバラとなったフィギュアの残骸が見える。

「スクラップだな」

「喜ぶどころか怒ってたよ!」

「悪いな。 実はこの前言った花言葉は、
 ラフレシアの花言葉じゃなかったみたいだ」

「なんだってぇ!?」

「そもそもラフレシアに花言葉なんてあるのか?」

「本当に知らないのか?」

(Corps Flowerと言うからには、
 『腐った〜』って意味を持ってそうだが。
 つまるところ印象は最悪だな)

「ひどい! ひどすぎる!」

「すまん」
 一応、雷太に謝罪する海斗。

「海斗君を信じたのに!」

「だいたい、男が花言葉を知ってても気持ち悪いだろ?」

「責任とってよ! 鏡花御嬢様の僕に対する信頼度が0になったよ!」

「わかった、わかった。 信頼回復に全力を注ぐ」

「で、そもそも前はどれくらいあったのだ?」

「80!」

「「うそつけ!!」」

「……70!」

「はい、それも嘘」

「…………20、かな」

「1だろ」

「それは言いすぎだ。 5程度はあってもいいはずだ」

「どこまで僕を見下すんだ!」

「悪い」

「つい本音が出た」

「抱きつくぞ!」

「「それは勘弁してくれ」」

「僕をあまり怒らせない方がいい……」
 ゴゴゴ、と雷太から威圧的なオーラが放たれる。

「む」
 本気で怒っていることがわかり、海斗の顔色が変わる。

(さすが実力者……)
 伊達に学園4位の評価をもらってはいないなと、感心する恭也。

「わかった! わかったから落ち着け!」

「さあ僕の信頼回復に努めてくれ」

「普通、自分で考えて自分でやるもんだろ?」

「まあな」

「考えても浮かばないんだ。
 二次元の物語みたく、選択肢があればいいのに」

「そんな限られた選択でいいのかよ?」

「だって、どれかに正解があるからね」

(なんとも悲しい男だ……)

「それなら、小さな心配りっていうのはどうだ?」

「心配り?」

「すぐに成果が出るわけじゃないが、
 今まで以上にエスコートに気を使うってことだ」

「具体的には?」

「具体的には…………」

「……………」

(そもそもエスコートを考えたこともない俺には
 適当な例題を出すことさえ出来ないな)

「よし次だ」
 結局、エスコートについて、
 何も具体例が思いつかなかったため、
 別の案を考えることにする海斗。

「な、なんなんだよぉ」

「何も思いつかなかったんだろ?」

「そうだ……大切な事を忘れてたぜ」
 恭也からの鋭いツッコミをスルーしながら、
 海斗は何かを思い出す。

「大切な事?」

「お前、口臭と体臭を改善しろ。
 普段から臭い臭い言われてるから、
 一定の距離を保たれるだろ?」

「今の海斗君達の距離でいいのかな……」

 恭也達と雷太は面と向かって話しているが、
 その距離は1メートルくらい離れており、
 皆、雷太とは少なくともこれくらい間を空けている。

「そうだな。 そういうことだ」

「でも、努力するのは……」

「ガムや香水でいいんじゃないか?」

「おお、それなら努力のうちには入らないな」

「そうだね」

「あまりやる気じゃないな」

「何か問題があるのか?」

(自分を誤魔化したくない、とでも思ってるのだろうか?)

「僕って臭いのかなぁ」

「そこからかよ!? 臭ぇよ!」

「間違いなく」

「僕にはよくわからないけど」

「いいから、明日からガムと香水を使え! わかったな?」

「わ、わかったよ」

「それだけでも関係は改善していくはずだ。
 中身を良く見せる前に外見から見せていけ」

「よしやってみる!」

(もう二度と頼って来るなよ)
 雷太を納得させたところで、海斗は二度と頼ってこないことを祈る。

「それで、その後あいつはどうだ?」
 雷太の相談が終わったので、海斗は何気なく杏子について聞いてみる。

「あいつ?」

「……杏子のことだ」

「あぁ……」
 杏子の事を快く思っていないのか、雷太は苦虫を潰したような顔を見せる。

「二人は知り合いなんだね、やっぱり」

「ま……ちょっとな」

「僕はあの女が大嫌いだから、どうでもいいことだけれど」

「嫌い?」

「何故だ?」

「御嬢様でもないのにしゃしゃり出てくるんだ。
 男がいかに尊重される生き物であるかを理解していないんだよ」

「なんて時代遅れな……」

「そんな理由か……」
 杏子を嫌いな理由を力説する雷太に恭也達は思わず引いてしまう。

「なんか知らないけど、二階堂に行くって言ってた気がする」

「何? 本当か?」

(海斗の言った通り、すぐに行動を起こしてきたな)

「二階堂に行くだと?」

(まさか、面前と向かって俺に相対する気か?)

「ヨシッと」
 海斗の質問に答えず、雷太は何やら携帯を操作しており、
 操作が終わると携帯を閉じる。

「何をやっている?」

「ガムと香水の注文だよ。 これで注文は完了したから、
 海斗君達の言った通り、明日からやってみるよ」

「待て、もう少し杏子の事を話せ」

「だから、わからないってば。
 知り合いなんだったら、直接話すといいよ」

(そんなことができないから、聞いてるんだよ)
 至極真っ当な雷太の意見に、海斗は心の中で反論する。

「それじゃあ、僕はこれで」

「ああ」
 結局、事情を話す事を避けたい海斗は、
 鼻歌を歌いながら出ていく雷太を見送る事しかできなかった。

「本当に行動を起こしてきたな。 どうするんだ? 海斗」
 雷太がいなくなったところで、恭也が杏子に対して、
 海斗の意見を聞く。

「今の時間なら鉢合わせすることはないが、
 俺が不在の間に何も仕掛けてこないとは言い切れない」

「とりあえずは様子見か」

「それしか手がねぇな」
 結局、打開する手が思い浮かばず、向こうの出方を伺うとし、
 二人は教室に戻ることにする。

「ツキ!」
 恭也達と別れ、二階堂の屋敷に着くなり、
 丁度、中庭の掃除をしていたツキを呼ぶ。

「おかえりなさいませ。 どうかしましたか?」
 いつもと違う海斗の態度に驚きながらも、
 メイドらしく、麗華の帰りをきちんと迎える。

「今日、誰かが俺を訪ねて来なかったか?」

「いえ、誰も訪問されておりません」
 杏子が海斗を訪ねてきたのは昨日の事だったため、
 ツキは今日は誰も訪ねてこなかったと答える。

「誰かと会う予定でもあったの?」
 麗華もまたいつもと違う海斗を不審に思い、
 誰かと会う約束をしていたのかと質問する。

「いや、誰も来なかったんならいい」
 麗華の質問に海斗は答えず、話を終わらせようとする。

「海斗様に御神様以外のお友達がいるはずないので、
 誰かが海斗様を訪ねることはありえないと思います」

(サラッと毒舌ありがとよ)

「部屋に戻る」
 とりあえず、今日は杏子が来なかったことだけはわかったため、
 ツキと麗華を置いて、海斗は屋敷の中へ入っていく。

「何なの? あいつ」

「さぁ」
 一方、海斗の一連の言動がわからず、麗華とツキは首を傾げる。

(何事もなければいいが……)
 自室に戻り、ベットに寝転ぶが、
 海斗の気持ちは一向に落ち着かない。


 杏子が次にどんな行動に出るかがわからず、
 こっちから出向いて対処できない状況が
 海斗にとっては、ひどくもどかしかった……



 第98話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.98 )
日時: 2014/09/13 14:36
名前: 雷斗

「暁の不破」
第98話「手紙」


 杏子が海斗の正体を知ったであろう日から、
 数日が経過し、その間に杏子から海斗への
 接触は無く、緊張の糸が緩みかけた頃、
 狙い澄ましたかのように、事態は急変する。

「海斗くぅん! 恭也くぅん!」
 これまで見たことがないような笑顔で、恭也達の方へ向かってくる雷太。

「「うっ」」
 一方、雷太が接近してきた瞬間、
 バッと鼻を押さえて、息を止める麗華と忍。

「なんだっ!?」
 雷太が近づいてくるだけで、
 この場の全員の鼻を刺激する強い匂い。

(限度というものを知らないのか?)

 匂いが強い事を除けば、
 どうやら香水であることが理解できる。

「どうだい? 生まれ変わった僕は。 はーっ」
 ガムの匂いを吹きかけているつもりなんだろうが、
 まるで匂ってこない。

 それほどに香水の匂いが強すぎた。

「お前、どれだけ香水使った」

「瓶一本」

「使いすぎだ!」

「そうかな? 手にシュシュっとやっただけじゃ、
 なんか全然ダメな気がしたから……」

「鏡花の反応も酷かったんじゃないか?」

「笑顔だったよ」

「……そうか」

(きっと冷え切った笑いだっただろうな)

「それで何か用か?」

(これ以上、雷太がここに居たら、鼻が曲がりそうだ)

「うん。 あの女から手紙を預かったんだ」

「なに?」

「誰の事?」
 海斗の知り合いの女と聞き、麗華が問い詰めてくる。

「お前には関係ない」

「なにそれ……」

「いいから渡せ」
 一方、麗華に見られる前に雷太から差し出された手紙を奪い取る海斗。

「これ、封がされてないな」
 海斗が手紙の裏側を見ると、少しだけ口が開いており、
 封がされていなかったことが分かる。

「中身は見てないからね。
 香水を教えてくれた海斗君に怒られたくないし」

「そうか」

「それにあの女の手紙なんてどうでもいいよ」

(どうやらその辺は信頼してもよさそうだ)
 雷太が杏子の事に興味が無いのは、
 これまでの言動から理解でき、信頼に値すると判断する。

「ありがとよ」

「ううん、これから毎日香水をつけて、
 鏡花御嬢様に恥じないボディーガードをやっていくよ」

「せめて使う量を減らしてあげなさい」
 鏡花が嫌いとはいえ、さすがに不憫に思ったのか、
 麗華が雷太へ香水の使用量を減らすことを促す。

「いえ、どんどん増やします。 ぐぅふぐぅふ」
 しかし、鏡花が喜んでくれていると信じて疑っていない雷太は、
 今よりも香水の使用量を増やすと答える。

「……さようなら、鏡花」
 麗華が今生の別れを連想させるように、胸の前で指を十字に切り、

 恭也達は一人の御嬢様の行く末を思い、涙する。

 実際には、ただ単に香水の匂いに目がやられただけだったが……

 授業中、麗華からの視線が無いことを確認し、
 海斗は受け取った手紙を開く。

 そこには見慣れた汚い字で短くこう書かれていた。

 三つ編みをしたメイドを一人預かっている

 ぐしゃ!
 読み終わった瞬間に、手紙を握り潰す。

 そして、授業中にも関わらず、携帯を取り出し、
 ツキの携帯番号に電話する。

 しかし、コールを始めてから、一向に繋がる気配はない。

(電源が入っていないのか?)

「くそ……」

(普通の学園みたいに、俺の一存で早退はできない。
 かと言って、麗華に報告し、大事にもしたくない)

「海斗」
 その時、不意に恭也から紙切れを渡される。

(放課後まで待て、か)
 中身を見ると、海斗の異変に気付いた恭也から助け舟が出る。

「待つしかないのか……放課後を……」
 今までで一番長く感じたであろう、学園一日がこうして始まる。

 そして、内心の焦りを抑える事のみに集中し、ようやく授業を終え、
 いつも通りの時刻に帰宅する。

「あら?」
 そこで麗華が異常を感じ取る。

「どうかしたの?」
 麗華の反応を不思議に思った忍が、麗華に理由を聞く。

「いつもならツキがいるはずなのに、変ね」

「掃除に夢中なんじゃないか?」

「別にいなくたって一緒だろ」

「相変わらず言うことに人情がないわね」

「俺だからな」

「はいはい」

「忍」

「なに?」

「すまないが、少しだけ寄って行かないか?」

「恭也がそう言うなんて珍しいけど、麗華の方はいいかしら?」

「かまわないわよ」

「助かる」

「恭也、お前……」

「行くぞ、海斗」

「ああ」
 屋敷の中に入るなり、麗華達を他の使用人に任せ、
 二人はすぐに走り去る。

「どうしたの? あの二人」

「さあ」
 事情が分からない麗華達は、ただただ首を傾げるしかなかった。

「とりあえず、何があった?」

「ツキがさらわれた」

「ツキ? ああ、三つ編みをしたメイドの子か」

「ああ」

「しかし、本当にさらわれたのか?」

「それを今から確かめる」

「わかった。 彼女が見つかったら連絡する」

「頼む」
 恭也に事情を説明し、二人は屋敷中を駆け回り、
 同時に海斗は、ツキの携帯に電話する。

 しかし、何度かけても、ツキには繋がらず、
 屋敷のどこを探してもツキの姿が見当たらない。

「くそっ!」
 恭也と合流して報告を聞くもダメだったようで、
 この状況を海斗は壁を叩いて悔しがる。

(やはり、手紙の事は本当だったのか……)

 プルルルルル………
 その時、不意に海斗の携帯に電話が掛かってくる。

「っ! もしもし!」
 相手も確認せず、掛かってきた電話を即座に出る。

「……海斗」

「杏子、お前か……ツキをどうした」

「預かってる」

「俺に用があるなら、直接言いに来い」

「それをされて一番困るのは、あんたじゃないか」

「だからってメイドを人質にするかよ」

「一歩間違えば、すでに檻の中だ」

「私がそんなミスすると思ってるの?」

「…………」

「何日も下見した上でやれば、簡単なことね」

「なるほど、俺の正体を知って、
 すぐ仕掛けなかったのはそういうことか」

「7時に倉庫街。 来なければメイドの命の保障は無い」
 最後に約束の時間と場所を海斗に伝え、杏子は電話を切る。

「ち……」

「向こうはなんて言ってきた?」

「7時に倉庫街に来い、だとよ」

「で、どうする?」

「行くしかないだろう。
 あまり時間が経てば、麗華辺りが異変に気づいて、
 大事になりかねないからな。 それまでには片づけたい」

「なら、俺がお前の代わりに行ってくる」

「マジかよ!? それであいつが素直に引き下がるとは思えないが……」

「だったら、彼女に手紙でも書け」

「そんなもん書いて、どうするんだ?」

「彼女に渡してやる。 ただし、意識を刈った後で、だがな」

「相変わらず、容赦のないヤツだ」
 そう言いながらも、杏子に会わずに済むことを心の中で感謝し、
 海斗は杏子に向けて一言だけの手紙を書く。

 俺の事は忘れろ、と。

「できたのか?」

「ああ」

「それじゃあ、俺が戻るまで、海斗は麗華達の傍にいてくれ」

「わかった」

 約束の時間になり、恭也は倉庫街の一角にやって来る。

 いくつもある倉庫の中で微かに明かりが灯る倉庫があった。

(おそらく、あそこだな)
 誘うように、扉が僅かに開いており、
 倉庫の手前で、中に気配が二人分あることを感じ取る恭也。

 ギィ……
 扉を開いた瞬間、明かりが消される。

(暗闇か……都合が良い)
 ここに来た相手が偽物だと気づかれることを避けたい恭也にとって、
 杏子が倉庫の明かりを消していることは都合がよかった。

 そして、気配から位置を把握していた恭也は、
 杏子が暗闇に目が慣れる前に勝負を仕掛ける。

「誰!?」
 接近してきた恭也に杏子が気付くも、その姿を捉えることができない。

「せっ」
 一方、杏子を正確に捉えている恭也の拳が、杏子の腹部に突き刺さる。

「あぐっ!」

(悪いな、今は海斗の事を知る者が現れてもらっては困る)

「か、海斗……」

「……すまない」
 崩れ落ちる杏子を謝罪しながら抱きとめて、
 そっと壁にもたれかからせる。

「これは海斗からだ」
 そして、杏子の手に海斗からの手紙を握らせる。

「おい、大丈夫か?」

 その後、倉庫の隅でぐったりしていたツキを見つけ、
 ところどころ汚れているが、特に心配ないことが確認できると、
 意識が戻っているかどうか、軽く頬を叩く。

「…………」

「ふむ、完全に伸びているな」
 意識の戻らないツキを背負って、恭也は倉庫に杏子を残し、
 二階堂の屋敷に向かって歩き出す。

「ん……」
 その途中、気を失っていたツキが意識を取り戻す。

「気が付いたか?」
 背負っているツキの方へ顔を向けて、恭也が話しかける。

「御神様? ど、どうして御神様が!?」
 一方、何故恭也に背負われているか理解できず、ツキが激しく狼狽する。

「少し落ち着け」

「はい」
 恭也の背中から降り、ツキが落ち着きを取り戻す。

「身体の方は何ともないか?」

「ええ、大丈夫です」

「そうか、よかった」

「つかぬことをお聞きしたいのですが、
 御神様はどうして私を背負ってらしたのですか?」

「君が気を失っていたからだ」

「…………」

「他に質問は?」

「私が気を失っていた場所に、他に誰かいませんでしたか?」

「いや、誰もいなかったが」
 ツキの質問に、気を失っている間に倉庫街に連れて行かれた事を
 覚えていないと察し、杏子との接触を隠す恭也。

「そうですか……」

(では、あの女の人は一体どこへ……)

 杏子に海斗の過去について情報を持っていると言われ、
 思わずついて行ったツキだったが、結局、海斗について
 何も聞けず、気を失っている間に(恭也がついた嘘を信じて)
 当の杏子がいなくなっていた事を知り、その行方が気になる。

「とにかく、早く屋敷に戻ろう。
 今日の事は麗華達には内緒にした方がいいかもしれないな」

「……はい」

(どうして御神様は私を……いや、止めておこう)
 恭也の提案に従いながら、二階堂と直接関わりの無い恭也が
 無関係な使用人の自分を探しに来たのか、その真意が知りたいツキであったが、
 それ以上に麗華へ迷惑を掛けたくない気持ちから、それを押し留める。

(さて、海斗に連絡を入れないとな)
 一方、無事にツキを救い出したことを海斗に連絡する恭也。

 そして、屋敷に戻るなり、ツキは汚れたメイド服を着替え、
 何食わぬ顔で麗華の前に現れる。

 当然の事だが、恭也とはタイミングをずらしている。

 その後、麗華に色々と聞かれたが、麗華を危険に晒したくないのと、
 すぐに杏子に気を失わされ、ほとんど何も覚えていなかった為、
 ツキは結局、屋敷の裏庭をずっと掃除していたと誤魔化す。
 

 ―――― 倉庫街 ――――

「ん……痛っ」
 恭也の一撃から意識を取り戻した杏子は腹部の強烈な痛みに
 反射的に両腕で抱えながら、顔を歪ませる。

 パサッ……
 痛みをこらえながら起き上ると、床に恭也が残した手紙が落ちる。

「何これ?」
 身に覚えのない手紙を不審に思いながら、中身を見てみる杏子。

 そして……

 ぐしゃっ!
 手紙を握り潰し、空に向かって大声で叫ぶ。

「何が、何が俺の事は忘れろよ! 海斗ーーーーー!!」

(それにしても一体、誰だったの?)
 手紙自体は海斗の字であったが、先ほど現れた人物が
 海斗ではなかったと思う杏子。

 しかし、何も確証は無く、その姿もわからなかった為、
 (そもそも恭也とは全く面識が無いことも重なり)、
 どこの誰であったかも予想ができない。

 わかっているのは、恐ろしく腕が立つことだけ。

 確信は無いが、また海斗に近づけば、
 同じ目に遭う事は想像でき、一時的ではあるが、
 今は手を引くしかないと判断する。

 もう一度、海斗に会うまでは絶対に諦めないと心に強く誓って。


 第99話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.99 )
日時: 2015/03/19 18:16
名前: 雷斗

「暁の不破」
第99話「緊急事態」

 ブー、ブー、ブー……

「ん?」

(こんな朝にメールを受信するなんて珍しいな)
 とりあえず、受信したメールを確認する海斗。

 『二階堂家の屋敷の皆様へ』と題したメールであることから、
 海斗にだけでなく、屋敷の関係者に宛てたメールであることが
 わかった。

 『麗華御嬢様、及び彩御嬢様の提案により、
  本日の旦那様のお誕生日には、嗜好を凝らし
  庭先で行なうことが決定致しました』

 『パーティーの時間まで、旦那様には
  内密にとのことですので、よろしくお願いします』

 『また事前にお知らせしていた調理場の皆様に追伸です』

 『当初イタリアのフルコースを振る舞う予定でしたが、
  旦那様のお好きなものを食べて頂きたい御嬢様方の
  お願いもあり、バーベキューに変更いたします』

「あのオッサン、いい歳して肉が好きなのか」

「そう言えば、二階堂って何をしてるんだ?」
 ふと、源蔵が普段何をしているか、全く知らないことに
 海斗は今さらながら気づく。

「まぁいいか、そんなことどうでも」
 しかし、その事自体が海斗にとってはどうでもよかった為、
 すぐに考える事をやめる。

「誕生日会つったって、俺が特別何かする訳でもなし」

(単純に晩飯が焼肉になったぞって知らせと同じだ。
 いつも通り過ごしているとしよう)

「うそ、それ本当なの?」

「うん。 料理長クビになっちゃうんじゃない?」

 海斗が食堂に行くと、メイドたちが集まり、
 何やら話しており、話の一部が海斗の耳にも届く。

「何かあったのか?」

「朝霧様……実は……」

「肉が無い?」

「はい。 旦那様がお好みになられる牛肉が、
 配達業者の事故で届かないみたいなんです」

「牛肉なんてどこででも手に入るだろ?」

「旦那様は、特定のお肉しかお食べになりませんので」

「外国産の安い肉を食わしとけばいいだろ」

「そんなことしたら、私達は全員クビです」

(たかだか牛肉の産地が違うだけでクビになるかよ。
 こいつらは主従関係ってもんに臆病なだけだ)

「金持ちなら空輸なりなんなりで、取り寄せられるだろ?」

「今、そのことで掛け合ってるそうです」

「尽くす人間も色々大変なんだな」

「朝霧様は、いつもお気楽……いえ、
 堂々たるお姿でいらっしゃいますね」

「今、間違いなくお気楽つったな? あ?」

「きゃああ!」
 思わず失言してしまったメイドに、海斗が両方の握り拳で
 こめかみをグリグリする。

「おはようございます」
 メイドへのお仕置きを終え、席に座る海斗へツキが挨拶する。

「おう」

「まだ、食事は来てないのか。
 今朝はスズメのスープとか聞いてて楽しみだったのだが」

「スズメじゃなくて、ツバメだ」
 席で朝食を待つ海斗の隣に尊徳が座り、海斗の間違いを指摘する。

「スズメもツバメも似たようなもんだろ」

「まるで違うな。 貴様にはスズメとツバメの区別もつかないのか?
 巣も食べられなければ、鳥としても食べられない。
 その上、人間の食べる穀物にまで被害を与えるんだぞ。 害鳥だ」

「は? スズメは食えるぞ」

「うそをつくな」

「うそじゃねえよ。 焼き鳥にして食うと旨いぜ」

「……想像したら、気持ち悪くなってきた。
 貴様、どこで育った。 人間の食べるものではないっ」

「だったら、同じことを恭也にも言ってみろよ。
 あいつもスズメを食べたことがあるって言ってたぜ」

「なん……だと……」

「くく、楽しみだぜ。 今の尊の言葉を聞いて、恭也がどんな反応するのか。
 尊が言いにくいんだったら、俺から言ってやってもいいぜ」

「ふ、ふん、仕方ないから、僕が折れてやろう。
 スズメも食べられることを認めてやる」

(こいつ、ビビったな)

「普通に売られたりするんだがな……(金がある場所で育つと、そんなことも知らないのか)」

「それに穀物を荒らすと言っても、
 害虫を駆除してくれる役目も持っていることを忘れるな」

「ふん。 本当かウソか分からない雑学に付き合うだけ時間の無駄だな。
 ちなみに、正確にはツバメの巣のスープだ」

「なんだツバメを煮込んでるわけじゃないのか」

「スズメと言い、ツバメと言い、そんなに食べたいのか」

「食べたことのないものなら食べたいと思うのが普通だろ」

「節操を弁えた上でならば、な」

「申し訳ございません、皆様。
 料理長が体調を崩したため、ツバメの巣のスープは
 後日という、ご了承頂きたいと思います」

「小耳に挟んだが、旦那様にお出しする肉の調達に戸惑っているとか?」

「は、はい……」

「空輸の手配をしたんじゃ?」

「それが……どうやら事故を起こした車が崖から転落してしまったようで、お肉も……」

「なんと」

「また買いなおせばいいだろ」

「貴様の脳はとろけるプリンか。
 旦那様が唯一口にされるお肉は日本でも一年に限定された量しか取れないんだ」

 尊徳の言葉に、コックも頷く。

「年に一度、お取り寄せするのが精一杯で……
 それが今回配送していたお肉だったのです」

「どうせ肉の違いなんてわからないだろ。
 適当に国内産でも選んどけばバレやしねぇよ」

「味音痴の貴様には分からないかも知れないがな」

(とても深刻に思えなかったが、俺を除く全ての
 人間がうろたえてるところを見ると、相当マズイらしい)

 一方、その影響で朝食にツバメの巣のスープが出せなくなった為、
 調理の必要のないパンを出すことに対して海斗が不満を漏らす。

「俺は不満だ。
 と言うことで、パンが運ばれて来たら、
 鋭いローで台を蹴飛ばして料理をメチャクチャにしてくれ」

「そんな不道徳な事を僕に頼むな!
 それと気安く肩に手を置かないでもらいたいっ」

「色々確かめ合った仲じゃねえか」

「気色の悪い事を言うな」

 結局、今朝の朝食はパンを食べるしかなく、
 海斗の不満が解消されることはなかった。

「聞いたぞ、海斗」

「うぉ、いきなり現れるな、心臓に悪い」
 廊下を歩いていると、不意に佐竹に声を掛けられ、珍しく海斗が驚く。

「学園関係者がどこにいようと自由だろう」

「新しく入って来た訓練生の面倒は見なくていいのか?」

「私が指導するカリキュラムは少ない。
 それは去年のお前が一番よく知っているだろ」

(……そう言えば、あまり見なかったな)

「なるほどな。 こっちで御嬢様のケツを追いかけてたってことか」

「…………」
 海斗の言葉を聞いた瞬間、偶然近くにいた一人の御嬢様が佐竹から距離を取る。

「少し距離を離して歩いてください」
 そのボディーガードも佐竹に対して、御嬢様を自分の背に隠し、警戒を露わにする。

「バカモノ! 大きな声で誤解されることを言うな!」

「めちゃめちゃ警戒されたな」

「そんなことよりも、肉が無くなったそうだな」

「あんたまで肉かよ。 どいつもこいつも……」

「そうは言うが、これは一大事だ」

「どういうことだよ?」

「旦那様のパーティーでアレが無いなんてことになると、
 数年ぶりの惨事が起きかねないのだ」

(どうやら屋敷の人間が肉にこだわるのには、
 過去の出来事が関係あるらしい)

「詳しくは聞いていないが、調達は不可能なのか?」

「そうみたいだな」

「…………」

「そうなると、当初の予定だった料理に戻すべきか……
 肉をメインにしなければ、それでなんとかなるだろう」

「ちなみに料理長は倒れて病院に運ばれたぜ?」

「なんだと!?」

「ますます参った」

「いっそのこと、パーティーを開かないってのはどうだ?
 源蔵のオッサンは知らないんだろ?」

「毎年行っていることだ。
 報告せずとも旦那様は楽しみにしておられる」
 海斗の提案に、佐竹は首を横に振る。

「あ、そ……」

「何か舌を満足させられるものがあればいいが」
 佐竹も色々と考えてみるが、何も打開策は思い浮かばず、
 そのままどこかへ行ってしまう。

(そんなことを言いに、ここまで来たんだろうか)
 その後ろ姿を見ながら、海斗は肉の話をするためだけに、
 佐竹が声を掛けてきたのか、思わず考え込む海斗であった。


 第100話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.100 )
日時: 2015/03/19 18:16
名前: 雷斗

「暁の不破」
第100話「海斗の秘策」

 放課後になっても、事態は一向に改善されず、
 麗華との話も、今日の誕生日会のことばかりとなる。

 そして、帰宅途中で恭也達と別れ、
 海斗は麗華に付き添って街中を歩いて回る。

「参ったわね」

「そんなに肉が必要なのかよ」

「少なくともバーベキューにするならね」

「今から凄腕のコックを呼んで、
 イタリア料理なりフランス料理なりやらせればいいだろ」

「無駄よ。 お父様は信用したコックの料理以外は口にしないから」

「毒でも盛ると思ってんのか?」

「前に聞いたことがあるけど、お父様は若い頃から
 好きなものばかり食べてきたらしいわ」

「後、同じ料理を好んだの」

「かなりの偏食家だな」

「自他共に認める、ね」

「だから食べなれたコック以外の料理には、
 嫌でも拒絶反応は出てしまうのよ」

「食べなれない肉を食べた場合も、か」
 そう海斗が麗華に問い掛けると、麗華は無言で頷く。

「で、どんな拒絶反応が出るんだ?」

「聞かない方がいいわ」

「なに?」

「前にお父様が拒絶反応を見せた時、
 その場にいた私達家族と佐竹を除いた全員が
 解雇されてるから」

「……どんな惨劇があったんだ……」

「でも、食べなれた食材以外でも、
 本当に美味しければ美味しいって言える舌はもってるの」

「だから最悪お父様を唸らせるものが出せれば、
 今年のパーティーも無事に切り抜けられるんだけど」

「祝ってる感じじゃねえな、それ」

「そうね。 怒らせない事を前提にした催しだし」

(源蔵のオッサン哀れ)

「でも世界の料理も色々食べてきてるだろうし……
 はぁ、ダメね。 簡単に見つかるなら苦労はいらないわ」

 当初の牛肉に代わるものは無いかと、
 精肉店を見て回っていた麗華だったが、
 ついに探すことを諦める。

「大丈夫なのか?」

「屋敷には何十人何百人っているのよ?
 人数の数だけ脳があるんだから、誰か一人くらい
 満足できる食材や解決方法を見つけてるでしょ」

「なるほどな……」

(待てよ? そう言えば今朝の尊との話で、少し話題に出たアレはどうだ?
 牛肉や豚肉に比べればクセは強いが……)
 麗華と共に屋敷の戻る最中、海斗は今朝の尊徳とのやり取りを思い出し、
 もしかしたら、上手く収めることが出来るかもしれないと考える。

「お出かけですか」

「ああ、ちょっとな。 麗華には許可を取ってる」

「そうですか。 いってらっしゃいませ」

 ツキに見送られ、屋敷の外へと出ていく海斗。
 目的は、あの食材――スズメを求めて。

「べ、別に源蔵のオッサンを満足させようと
 思ってるわけじゃないんだからなっ!」

「……さ、行くか」

(ツッコミが返ってくるわけでもないのに、
 一人で叫んでると逮捕されてしまうぜ。
 だが、本当に源蔵のオッサンの為ではない)
 海斗は心の中で一人、言い訳がましい事を考える。

 ただ、海斗は安くても美味しいものはあることを知っている。
 そして、今朝の尊の態度や麗華の話を聞く限り、金持ちは
 高いものしか食べない傾向にあるのは間違いない。

 海斗達のようなボディーガードに対してさえ、
 毎朝毎晩出てくるのが当たり前のような高級食材。

 だからこそ可能性がある。
 間違っても屋敷にいる誰一人として、
 スズメを食べた者はいないはず。

(問題点を挙げるとすれば、扱ってる店が極端に少ない事だろう。
 まず間違っても量販店なんかには置いていない。
 と言うより、扱ってる店を見たことがない。
 趣味である本では何度か見たことがあるが……
 あと、自分で捕まえて食べたりな)
 海斗はスズメの調理法は焼き鳥しか知らない。
 理由は、手軽で場所を選ばず、簡単だからだ。

「最近じゃスズメも減少傾向にあるらしいな」
 ここ数年で思い返してみても、確かにスズメを見る機会が
 減っていた気がする海斗。

「スズメの肉って扱ってる?」
 考えていても仕方が無いので、海斗はとにかく聞いて回る事にする。
 最初は、個人で肉屋をしている店を訪ねてみる。

「スズメの肉ぅ?」
 聞いた途端、顔をしかめる店主。

「鳥肉ならあるぜぃ。 鶏だけどな」

「スズメの肉を探してるんだが……」

「俺は肉屋を始めて20年だが、
 スズメの肉を求めてきた客に会ったのは初めてだ」

「食ったこともねえが、あらぁ狩猟してもいいもんなのかね?」

「ああ。 鳥獣保護法でも狩猟鳥に指定されてるはずだ」

「しかし、扱ってるとこはわからねぇなあ」
 う〜んと腕を組み考え込む店主。

「もしかしたら……」

「何か知ってるのか?」

「3丁目で肉屋を開いてる爺さんがいるんだが、
 昔、蛙の肉を販売してて客に怖がられてたことがあったな」

「蛙も美味いんだよな」

「なかなか変わったもん食うんだな……」

「気になるなら行ってみたらどうだ?」

「そうだな」

(他に手がかりもないなら、行ってみるのもいいだろう)

「ただ、少し変わってるから気をつけな」

「変わってる?」

「人付き合いが悪いんだよ。 それもかなり」

「蛙の肉を売りさばくくらいだからな」

「確かに悪そうだ」

「住所は―――」

 店主から店の住所を聞き、海斗はそこに向かう。

 そこは賑やかな繁華街の中にあって、少し閑散とした場所。
 人通りの少ないその場所に、一軒の肉屋があった。
 客の姿はない。

(さっきの店のオヤジによると、肉の目利きや捌く腕は相当のものらしいが、
 偏屈な性格のせいであまり繁盛はしていないようだ)

「雰囲気も悪いしな」

(この店に入るくらいなら、あっちにしよう。
 とまず思われてしまう典型的に潰れていく店の筆頭だ)
 などと失礼な事を考えながら、店の前に立ってみるが、
 その爺さんの姿が見えない。
 誰か出てくるのを、海斗はカウンターの肉に目を落とす。

「違いはよくわからねぇな」
 しかし、良し悪しが全く分からない海斗は、
 自分は肉屋になるセンスが無いことを理解する。

「なんじゃあ、おまえは」
 カウンターの肉を見ていると、煙たがった顔つきで
 一人の爺さんが出てくる。

(こりゃ、間違いなく客に逃げられるわ)

「冷やかしなら帰れ」

「肉を探してるんだ」

「ふん。 そんなもん向こうのスーパーで買えばよかろう」

(まがりなりにも商売人なら、自分のを売れよ……)

「スーパーなんかじゃ手に入らない肉なもんでな」

「なんじゃと?」

「スズメの肉が欲しい」

「何を言い出すのかと思えば、スズメの肉じゃと?」

「ああ、マジで探してるんだが意外と見つからなくてな」

「スズメなんて、すぐに買えると思ってたのが甘かったぜ」

「何にも知らん小僧が……スズメの肉は貴重な食材に数えられるのよ」

「あんなにいるのにか?」

「数はおっても、獲れる肉の量が少ないわ」

「それにスズメは地方でも一部でしか食されとらん」

「あんなに美味いのにな」

「最近の者は食べもしないで不味いと勝手に決めつけよる」

「この辺で売ってるとこは無いってことか」

「ない」

「スズメには需要が無い。 需要が無ければ店頭に並ばん」

「蛙の肉を売ってたっつーから、
 ちょっと期待して来てみたんだが……
 さすがに爺さんも扱ってないみたいだな」

「そんなもん用意してどうする気だ?」

「あ? ちょっと見返したいヤツがいてな」

「話してみい」

「断る。 面倒くせぇ」

「年寄りの言う事には黙って頷け!」
 そう言って、バシッと頭に巻いていたタオルを床に叩きつける。

「なんなんだよ……」
 仕方なしに、海斗は今までの事を話す。

「金持ちを見返してやりたい、か……」

「悪いかよ」

「ふん、変わっとるの」
 突然、爺さんは立ち上がり、カウンターの幕を下ろす。

「今日は店じまいじゃ。 ほれ、手伝わんか」

「俺が?」

「小僧以外に誰がおろうか」

「背中を蹴り飛ばしてもいいか?」

「ぶつくさいっとらんで手伝え!」

「…………」

 店じまいを始める事20分。
 まだ夕方前にも関わらず、本当に店を閉めてしまう爺さん。

「では、行くぞ」

「は? どこに」

「スズメの肉がいるんじゃないのか?」

「いやそうだけどよ……」

「だったら黙ってついてこんか!」

「……関わるんじゃなかった……」

「時に小僧。 少しはスズメについて知ってるようだが……
 今、どれだけ貴重な食材か、よくわかっとらんようだな」

「数はいるが、一羽から獲れる量は少ない。
 また需要が無いことから量販店には並ばない……だろ?
 雑学王の俺に言わせれば簡単なことだな」

「ワシがさっき言ったことではないか!」

「ち、耄碌してるから気づかないと思ったんだが」

「何と言う罰当たりな小僧だ……
 それだけじゃない。 スズメは狩猟こそ認められているものの、
 大量に採ることが非常に難しい鳥なんじゃ」

「仮に需要があったとしても、スズメは鶉と違い、
 容易に家畜化できない生き物だからな」

「そうなのか……さすがに歳食ってるだけあって、物知りだな
 いや、歳とかの問題じゃないな。 まさに雑学の知識じゃねえか。
 無駄知識」

「いちいち文句が多いわ!」

「った、ったいって」
 爺さんにバシバシとタオルで叩かれる海斗。

(マジでその辺のゴミ山に蹴り飛ばそうか)

「ワシが生まれた頃は、まだかすみ網を使用することも出来たんじゃが」

「かすみ網? 聞いたことないな」

「もう何十年も前に一切の使用が禁じられた罠だ。
 今、捕獲するとすれば、空気銃なんかは必要になるの」

「とんでもない代物だな……
 庶民的な食べ物とばかり思ってたのに。
 しかし、そんなもんをどうやって用意するんだよ?」

「黙ってついてくればええ」

「………ったく」

「お、おいおい……爺さん、こっちは……」
 最初は黙って付いてきた海斗だったが、
 爺さんの行き先が分かった途端、慌てて静止する。
 
「心配いらん。 ワシの後をついてくれば問題ない」

 爺さんに付いてやって来たのは、立ち入りを禁止された区域。
 同じ世界にありながら、別世界とも言える混沌とした場所。

「…………」

「ふん……何を怖がっとる」

「別に、そんなんじゃねえ」

「なら、さっさとついて来い」

「ああ」
 足取りが重くなるのを感じながら、海斗は爺さんに行く。

「これは……」

 着いた先は廃墟と化したはずのスラム街。
 だが、パラパラと人の姿が見える。

「こんな昼間から。ここの住人が出歩いてるなんてな……」

「ほう? 詳しいの」

「別に……」

「ここ数ヶ月で誕生した闇市だ。
 蛙の肉、スズメの肉……需要は無いが、求める者はおる。
 そう言ったものを売ってるのさ」

「…………」

「ここで待っとれ。 交渉してくる」
 そう言うと、爺さんは闇市の中にいた一人の男に話しかける。
 こっちを見ながら、なにやら話している。

「……商売か」

(闇市と言うからには、非合法なものも売られているんだろう。
 しかし、俺の知るこっち側の世界とは違い、変わっている……)

「…………」

「ふむ、まぁこんなもんだろ」

「手に入ったのか?」

「ざっと20羽ってところか」
 海斗の質問に、袋を掲げ、袋の中に入っているスズメを見せる。

「大勢で食うには物足りんがな」

「幾らだ? それ」

「別に金はいらん」

「それはマズイだろ?」

「いらんといっとろうが!」

「頑固だな」

「戻るぞ。 このままじゃ焼いて食うにも食えんだろ」

「確かに」

「ワシが捌いてやる」
 
 繁華街に戻り、爺さんに全てのスズメを捌いてもらった頃には、
 すっかり陽が沈み始めていた。

「ほれ」

「ああ、悪いな」
 爺さんの見事な手際に、海斗は思わず魅入っていた。

「ほんとに金はいいのか?」

「いらん」

「そうか。 ありがたくもらっとくぜ」

「用が済んだなら、とっとと帰れ」

「そうする」

「……あんた、あっち側の出身なのか?」

「…………」

「上手くいったんだな」
 繁盛はしていないものの、こうして店を構えているのが、
 何よりの証拠だと海斗は思う。

「苦労ばっかりよ」
 そう言った爺さんの目は、どこか悲しげで……
 少し誇らしさを持っていた。

「じゃあな、また来るぜ」

「ふん、二度と来るな」

 最後までぶっきらぼうな爺さんと、そう言葉を交わして、
 海斗は急いで、屋敷へと戻る。


 第101話につづく 


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.101 )
日時: 2015/03/19 18:16
名前: 雷斗

「暁の不破」
第101話「秘密兵器」

 海斗が屋敷まで戻ってくると、すでに庭先は慌しくなっていた。
 どうやら、バーベキューと言う方向で決まりらしい。

「よく考えてみたら、そうじゃないと困ってたな」
 もし、バーベキューからイタリア料理とかになってたら、
 とてもじゃないがスズメの肉は出せなかった為、
 バーベキューから変更されなかったことに海斗は安堵する。

「結局、なんか目新しいものは見つかったのか?」
 そして、皆の作業を見守っていた麗華を見つけ、話しかける海斗。

「残念だけど無理だったみたいね。
 とにかく出来る限り高級な食材を集めさせたけど、
 どれもお父様を唸らせるには、至らないわね」

「どうやら、俺の出番が来そうだな」

「……もしかして、その手に持ってる袋?」

「ああ」

「でも、あんた、確か私が渡したのって……」

「ああ、一万返すな」
 借りていた一万札を麗華に返す海斗。

「……それ、なに?」
 さすがに無償で海斗が持ち帰った食材に不安を隠さない麗華。

「楽しみにしてろ。 きっと上手く行く」

「ちょっと待ちなさい。 もし変なもの出したら、
 あんた一瞬でクビよ、クビ!」

「変なものってなんだよ?」

「……人肉?」

「最低だな、その発想」

「じゃあ、見せなさい。 今すぐ見せなさい!」

「断る。 楽しみは後にとっておけって言うだろ?」

「永久に残しておきたいわ……」
 麗華から漏れた言葉は、海斗に対して全く期待していない事を指していた。

 陽が完全に暮れた頃、源蔵の誕生日会が開催される。

「おめでとうございます。 お父様」

「おめでとうございます」

「うむ。 毎年のことながら、お前達に祝って貰えるのは嬉しい」
 最愛の二人の娘から、源蔵は花束を受け取る。

「あのオッサンも笑うんだな」
 そんなことを思いながら、パーティーの進行を見守る海斗。

 そして、つつがなくパーティーは進行していく

 しかし、どこか張りつめた空気があるのは、
 おそらく今焼かれている肉が誰かの人生を
 終わらせかねないと思っているからなのかもしれない。

「くく、すぐにこいつをお見舞いしてやんぜ」
 そんな中で、秘密兵器の投入を今か今かと伺う海斗。

「ほんとやめてもらえる?」

「何を?」

「その怪しい袋」

「お前の親父が代わりの肉に納得しなかった時の為に、
 俺がわざわざ自分の足で調達してきたんだぞ」

「それが怖いってのよ」

「そんなに疑うなら、食わせてやろうか?」

「食べる前に何か説明しなさい」

「肉だ」

「何の肉でどこの産地?」

「日本産で鳥肉だ」

「鳥肉? ほんとに?」

「ああ、鳥肉だ」

「わかったわ……食べてみればいいんでしょ」

「ちょっと待ってな」
 麗華を待たせ、海斗は肉を焼きに行く。
 スペースがたくさんあったので、場所取りは簡単だった。

「…………」
 その時、隣で肉を食べていたメイドが、ジッとスズメの肉を見ていた。

「なんだよ」

「い、いえ……あの、なにかなぁ、と」

「食ってみるか?」

「結構です」
 ちょっと距離を置き、恐る恐る海斗の手元を見るメイド。

「どいつもこいつも、見た目で判断しやがって」

(しかし、このまま丸焼きに近い状態で持っていくと、
 麗華も嫌がる可能性があるな……)

「串のようにしてみるか……」

(そうすれば、串焼き鳥に見えるだろう)
 海斗は自分なりに優しい気配りを見せる。

 店の爺さんには捌いて羽先を切ってもらい、
 胸を開き、内臓を取り除く工程までやってもらっている。

 頭部の処理は海斗でも出来る為、残してもらっている。
 手元にハサミを用意し、頭を開くように切り落とす。

「ひぎっ!!」

「あ?」

「な、なんでも……ありませんっ……」
 今にも泣きそうな、しかめっ面を見せるメイド。

「ああ、わかる、わかる」
 しかし、海斗はメイドの反応を見て、本人とは異なる解釈をする。

「え?」

「頭を切り落とさず焼けってんだろ?
 俺もそう思うんだが、そしたらアイツ食べないだろうからな」

「あ、頭……食べるんですか……?」

「当たり前だろ。 この白い脳みそが美味いんだろうが」
 麗華の為に切り落としたスズメの頭をメイドに見せる。

「うぅ……ぐ……気持ち悪い」

「後でお前にも食わせてやるから」

「え……」
 海斗の一言に、メイドは完全に固まってしまう。

 そんなメイドを放っておいて、海斗はスズメの調理に集中する。

「よし。 見事に美味しそうな焼き鳥になった」
 そして、完成したスズメを持って、麗華の元へ向かう。

「ほら。 焼き鳥だ」

「……なんか、匂いと色が違うんだけど?」

「産地や飼育方法によって多少は変わるだろ。
 お前は親父と一緒で食べ慣れたものしか食えないのか?」

「この偏食家が!」

「わ、わかったわよ……食べるわ」

「でも、その前に、毒見させていい?」

「断る」

「私の人生も、思ったより短かったわね」

「食ってから文句を言え。
 強引に押し込んで食わせるぞ」

「……はむっ!」
 断崖絶壁から飛び降りる覚悟を決めたように、
 決死の顔をしてから、スズメにかぶりつく麗華。

(カリッとするほど焼いた為、バリバリとした食感が
 口の中に広がっていることだろう)
 麗華に続いて、海斗も一口サイズに切り取ったスズメを食べる。

「なんか……普通、って言うか……むしろ美味しいわね」

「だろ?」

「でもこれ、鶏肉じゃないでしょ?」

「鳥肉だ」

「……鳥……何の肉?」

「スズメだ」
 そう言って、ビニール袋の中身を見せる海斗。

「げろげろげろっ!」

「ぶわぁ!!」
 袋の中身を見た瞬間、麗華の口で生成された食べ物が、
 海斗の服に向かって吐き出される。

「汚ねぇなあ!」
 お嬢様が口からものを吐き出すところを見せまいと、
 海斗はサッと姿を隠させる。

「あぁ、あんた……スズメなんて食べさせるな!」

「美味いだろうが」

「そういう問題じゃなくて……」

「立派な食い物なんだよ、これも」

「む……」
 海斗の言葉にムッとしながら、麗華がゴシゴシと持っていたハンカチで口を拭く。

「お前の勝手な嫌悪で、スズメを否定するな。
 蛙とかも、どうせ食べもしないで嫌いって言うんだろ?」

「それは」

「牛や豚が食えて、蛙やスズメが食えないのは納得できねぇ」

「確かに……そうかも。
 なんで、私があんたに説教されなきゃなんないのか、わからないけど」

「美味かったんなら食え。 クセになるから」

「わかったわよ。 でも、もう生は見せないで」

「脳みそも美味いぜ?」

「そういうことは言わなくていいから」
 プルプルと箸を震わせながら、口元に運ぶ麗華。
 そして、何度か繰り返す内に慣れたのか、
 スムーズに箸を動かすようになる。

(上手くいったようだな。
 過程はどうあれ、麗華が好んでくれてよかった。
 もし、源蔵のオッサンに食べさせる機会がなかったとしても、
 満足するには充分だろう)

「さて、俺は自分の食べる分でも焼くか」

(何分、一羽から獲れる量が少ないからな。
 一口、二口で一羽を消化してしまう)

「か……海斗」

「あ?」

「少し残しておきなさいよ」
 恥ずかしそうに口をモゴモゴさせながら、麗華が小さく呟く。

「…………」

「なによ」

「わかった、残しとく」

 そんな時、ついに恐れていた事態が訪れる。

「……不味い」

「旦那様……」

「この肉は凄くまずぅい!」

「ひい!」

「肉を出すからには、例の肉かと思ったが……」

「も、申し訳ありません!」

「心地いい気分が台無しだな」

「国内で用意できる可能な肉で一番良いところを
 お持ちさせて頂いたのですが……」

「不愉快だな」

「おい、オッサン」

「…………」

 海斗は自信満々のニコニコ顔で源蔵の傍へ行く。

「そんな肉じゃ満足できないんだろ? これを食え」
 そして、源蔵へ秘密兵器を差し出す。

「ふん」
 しかし、海斗の出した料理に見向きもせず、
 屋敷の方へと歩いて行く。

「テメ、食わずに逃げる気かよ!」

「ここにある肉など、どれも一緒だ。
 私を怒らせる前に消えろ」

「この偏食家オヤジが」

「本来ならクビにするところだが……
 肉が事故で手に入らなかったことは耳にしている」

「あ、ありがとうございますっ!」

「……野郎」

「あ、ありがとう、朝霧君!」

「あ、あぁ?」

「君が口を挟んでくれなったら、
 きっと私はクビになってしまっていた!」

「そ、そうか……そんな泣くことでもないだろ」

「おおん、おおん!」

「…………」
 その場で嬉し泣きするコックを放置し、海斗は屋敷に向かう。

「部屋に戻ったのか?」
 姿の見えない源蔵の行き先を書斎と予想し、部屋の中に入る。

「なんだ貴様、ノックもせず!」

「食え」

「いらんと言っただろ」

「あんたが食ったことのない肉だ」

「……なに?」
 海斗の言葉を聞き、初めて肉に目を落とす源蔵。

「確かに見たことが無いようだ。
 キジ、ニワトリ、カモ、ハト……なんだ、これは」

「ふふん」

「ん? ……なるほど、そうか、アレか」

(どうせわかってないんだろ?)

「スズメだな? この肉」

「な、なんで知ってんだ?」

「スズメは食用ではないか。 あまりに下等過ぎて、
 記憶から掘り起こすのが大変だったがな」

「まさか食べたことも?」

「食べるまでもない。 不味いに決まっている」

(どうやら最後の一線だけは守れたようだ)

「批判は食ってから聞こうか」

「必要ない」

「なんだと?」

「私くらいになれば、ある程度想像がつく」

「その舐め腐った態度が鼻につくぜ」

「貴様ももう少し、礼儀を弁えた方がいい」

「…………」

「どうしても食え……と言うなら、賭けをしよう」

「賭けだと?」

「私が不味いと判断すれば、お前はクビだ」

「な……」

「麗華の為を思い、今までは目を瞑ってきたが、
 目に余るところが多すぎるからな」

「そんなもん、仮に美味くても不味いって言える
 あんたが圧倒的に有利じゃねえか」

「その通りだ。 不条理な賭けだ、これは」

「…………」

「尤も、料理に関して嘘を言うつもりはないが……
 どう判断するかは貴様に任せよう」

「……いいぜ」

「随分と早い決断だな。 後悔するぞ?」

「俺には自信がある」

「よかろう。 貸せ」
 源蔵に言われるがまま、海斗が皿を手渡す。

「フォークやナイフは持ってきていないのか?」

「手で食え。 その為に骨がついてる」

「どこまでも口の減らんヤツだ」
 麗華のように見た目で嫌うことは無く、
 源蔵はスズメを手に取る。

「香りは悪くないが……」

「頭が一番美味い」

「なるほど」
 少しは躊躇するところが見たかった海斗だったが、
 その希望は叶わず、源蔵はそのまま頭からかぶりつく。

(偏食家で食わず嫌いだと思ったが、麗華の言うように、
 オッサンは色んな料理を食べてきたんだろう。
 別にスズメの焼き鳥に自信がないわけじゃない。 だが……)

「…………」

「……なるほど」

「もう充分だ」
 一羽を平らげ、源蔵が手を休める。

「どうだったんだよ?」

「所詮はスズメだな」

「くっ……」

「今、日本ではほとんど捕獲されておらず、
 主にアジアの国から輸入するだけの食材にすぎん」

「つまり不味い、ってことか」

「……そうだ……と、言いたいところだが、よかったな。 私が初見で。
 食べたことの無い味と言うのは、評価が難しい」

「なんだよ、それ」

「もう下がれ」

「ああ……」

(どうやら、気に入っては貰えなかったらしい。
 悪いな、爺さん)
 心の中で爺さんに、海斗は退室する。

「くそ……」
 悔しそうに皿に残った肉を見下ろす海斗。

「絶対美味いって言うと思ったんだが」

 しかし、その思いは真正面から受け止められ、
 それを否定された。

「ムカつくオッサンだぜ」

「あんた、どこ行ってたのよ?」

「ちょっとな」

「ちょっとって、まさかお父様に食べさせたんじゃ……」

「ああ」

「あんたねぇ……私は美味しいって言ったけど」

「分かってる。 もう言うな」

「落ち込んでるの?」

「別に。 好みなんて人それぞれだろ?」

「……貸しなさいよ」

「あ?」

「残ったのは全部食べるから」

「無理すんな。 いくら美味しいつっても、
 そんなに食べられるほどのもんでもないんだろ?」

「随分弱気になったわね。
 生憎だけど、お世辞で油物食べるほど、
 私の心は寛容じゃないから」
 そう言って海斗から皿を奪い取る。
 本当に美味しそうに、麗華は肉を口に運ぶ。

「…………」

「何、ジッと見てんのよ」

「案外いいヤツだな、お前」

「はぁ? なにそれ……あんたこそ、
 随分熱が入ってるじゃない」

 その後、大事なことを思い出し、
 先ほどのメイドの元へ向かう海斗。

「おら、食え!」

「いやぁああ! 覚えてたんですかぁ!!」

「遠慮なく頭からガブリと食わせてやる!」

「ひいいいいい!」

 憂さ晴らしをするように、メイドの口に
 スズメの頭を詰め込むのであった。

 それから、しばらく経ったある日のこと……

「お、おい、海斗……貴様、何をやったんだ!?」

「これ……」

 海斗と尊徳は、並べられた料理に目を丸くする。

「えー、グルメ家であられる旦那様の発案により、
 屋敷の料理メニューに新しく加えられました」

「私も名前は聞き及んでおりましたが、
 口にしたのはつい先日のことであり、とても美味でした」

「それが、このスズメの姿焼きです」

「おそらく最初は戸惑う方もいるかもしれません。
 しかし、旦那様と、私がオススメする一品でございます」

「あ、あのオッサン、全然素直じゃねえ!」

 唯一、新しいメニューが加わった理由を知る海斗は、
 あの時の、源蔵の意固地な態度を思い出し、思わず叫ぶ。

「うむ。 実に美味い。 さすがは私の見つけた隠れ食材」
 そんなことは露知らず、源蔵は書斎でスズメの姿焼きを満足げに頬張る。


 その日以来、二階堂の屋敷のメニューが一つ増えたのであった。


 第102話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.102 )
日時: 2015/07/26 09:16
名前: 雷斗

「暁の不破」
第102話「パジャマ会」

 この前の勝負で恭也を引き抜くことに失敗してから、
 しばらくの間、おとなしくしていた妙だったが、
 そろそろリベンジに動き出しても良い頃だと思い、
 唯一の相談相手である侑祈に話を持ちかける。

「ねえ、侑祈」

「…………」
 しかし、当の侑祈本人は心ここにあらずと言った感じで返事をしない。

「ちょっと、聞いてるの?」

「え?」
 再度呼び掛けられ、侑祈がようやく反応を示す。

「え? じゃない。 ちゃんと人の話は聞いてよね」

「あぁ、うん。 聞いてた、聞いてた」

「じゃあ、何言ってたか当ててよ」

「どうやったら友達が出来るかで悩んでるんでしょ?」

「違うし!」

「友達ゼロじゃん」

「ぜ、ゼロだけど違うものは違う!」

「他に悩みなんかあったっけ? あ、貧乳か」

「それも違う!」

「大丈夫、貧乳はステータスだから」

「そうなの? き、恭也も?」

「あいつは胸が大きい子が好きそうだなぁ……」

「ガーン」
 侑祈の根拠のない一言にショックを受ける妙。

「知らないけど」

「って、貧乳のことでもないってば」

「もっと乙女チックな悩みを抱えてるんだからね!」
 だが、すぐに復活し、自分の悩みとは違うと言う。

「乙女な問題なら、乙女に聞けばいいじゃん」

「へっ?」
 侑祈から珍しくまともな意見をいきなり出たことに妙は呆気にとられてしまう。

「麗華御嬢様とか、彩御嬢様とか、忍御嬢様とかにさ」

「そんなの、相談できないし……」
 しかし、引き抜きたいボディーガードのプリンシパル本人と
 その周囲の御嬢様に話す事には躊躇する妙。

「友達じゃないもんな」

「うるさーい!」

「でもほら、パジャマ会なんか開いたらいいんじゃない」

「パジャマ会?」

「女の子同士、パジャマで夜に集まってお喋りするんだよ」

「そういうのって結構、仲が深まったりするし」

「そうかな?」

「訓練校時代、パジャマじゃないけど、私服で集まって語り合ったりしたし」

「そしたら、仲よくなった?」

「うん」

「そ、そっか……パジャマ会かぁ……」

「もっとも、そういうのはみんなをまとめられる人が
 話を持ち出さないと成立しなかったりするけど」

「パジャマ会か……」

「聞いちゃいないか……
 にしても、妙ちんからは恭也のことばっかりだな」


 ――――― 翌日 ―――――


「あ、あのさ……」
 もじもじしながら、恭也達の元へ近づいてくる妙。

「また一緒にお昼を食べたいとでも言うんでしょ?」

「き、今日は別の用だもん」

「へぇ、それはまた……」

「それで別の用って何?」

「それは……」

「早く言ってもらえる? 時間がもったいないし」
 相変わらず勿体ぶる妙の態度に、麗華が不快感を露わにする。

「がんばれ、妙ちん」
 妙から少し距離を置いた位置から、侑祈が小さな声でエールを送る。

「すぅ〜………」
 意を決したように、妙が大きく息を吸う。

「?」

「な、何?」

「パジャマパーティーしよ!!!」

「「はぁ?」」


 ――――― 放課後 ―――――


「えへへ〜」

「♪」

「はぁ」

 元々、彩の提案で月村邸で遊ぶ予定が立っていたが、
 そのまま月村邸に泊まり、パジャマパーティーを
 するという流れで話はまとまる。

 目的は異なるものの、彩と妙がご機嫌な事に対し、
 また面倒事に巻き込まれたと、麗華が一人溜め息をつく。

「………あ…………みんな……」
 そして、恭也達が月村邸に着くと、
 そこにはさくらが困った顔して立っていた。

「……うわ……なんだ、これ……?」
 屋敷の状態を目にした侑祈が思わず驚きの声を上げる。

「……コレ、鉄骨じゃないか……」
 彩に同行している尊徳もまた、同様の反応を示す。

「……家の改修工事?」
 各々、驚きの反応を示しながら、麗華が忍へ尋ねる。

「……違うよ」
 麗華の質問に忍は首を振って否定する。

 しかし、屋敷の扉の前には、工事で使う様な鉄骨が、
 わやくちゃに積まれている。

「……私が、こちらを出る時にはありませんでしたが……」

「……私が来た時には、こうなってた」

「…………嫌がらせね…………」
 ノエルが外出してから、さくらが月村邸を訪れるまでの
 短い間に起こった出来事に、忍は安二郎が行った行為だと理解する。

「直接手を出せないからって、こんなこと…………」

「………ま、いいや……別に裏口からも入れるし」
 さくらとは対照的に、忍は気にすることなく、
 麗華達を裏口へと案内する。

「…………………片付けます」
 一方、ノエルはこの場に残り、鉄骨の処理することを伝える。

「……片付けるって……」

「恭也、忘れたの? ノエルの力」

「ああ」
 忍に言われ、ノエルがロボットである事を思い出す恭也。

「では、皆様、下がっていて下さい」
 いつの間にかメイド服へ着替えてきたノエルが、グッと鉄骨を取る。

「……………」

 ………ギギ
 金属が軋む音とともに鉄骨がゆっくりと浮き上がる。

 そして、ノエルは丸ごと一本の鉄骨を抱え、
 そのまま歩いて、庭の隅へと鉄骨を移動させる。

「……ノエルに任せて……ま、みんなは裏口から」

「侑祈、手伝いなさい」

「了解、妙ちん」

「妙にしては、気が利くじゃない」

「私にしてはって、どういうこと?」

「まぁ、まぁ」
 またしても喧嘩を始めそうになる二人を彩がなだめる。

「相変わらず、凄いわね、ノエル」

「ほぇぇ」

「………これで……最後」

「ありがとうございます、錦織様」

「いや〜、お安いご用ですよ、こんなの」
 同じロボットであるとは知らず、ノエルとの共同作業が出来た事に、
 侑祈は浮かれ、照れ隠しのように頭をかく。

 ――――― その日の夜 ―――――

 ボディーガードたちが別室で談笑している頃、
 御嬢様達は、一室に集まり、床に座って輪になっている。

「と言うことで、第一回パジャマパーティー!」
 そして、妙の掛け声とともにパジャマパーティーの開始が告げられる。

「…………」

「…………」

「…………」
 しかし、一人テンションの高い妙に対して、
 他の三人は全く付いて行くことができないのだが、
 妙がそのことに気付く様子は無い。

「一度、こういうのしてみたかったのよね〜」

「それにしても……妙も子供ね。 パジャマパーティーなんて」
 ノリノリな妙の姿に、麗華は子供だと一蹴する。

「べ、別にいいでしょ! 楽しそうじゃない」

「私は眠い」

「可愛くないわね。 外見だけじゃなく心も」

「それで、何を企んでいるの?」

「た……企むってなに」

「あんたが無意味にこんなことするとは思えない」

「やだな、親睦を深めようと思っただけで」

「嘘つきは舌を抜かれるわよ」

「なによー」

「お、落ち着いて下さいね、二人とも」
 昼間と同じような状況に、またしても彩が仲介に入る。

「言い出せないことがあるんじゃないの?」

「う……鋭い」

「あんたと彩は、分かり易すぎるのよ」

「私もですかっ!?」
 不意に話を振られ、激しく動揺する彩。

「どっちも自覚が無いところとかね」

「私は嫌だけど、彩とか忍なら、
 真剣に答えてくれるんじゃない?」

「何か悩みがあるんですか? 私でよければ、お聞きします。
 力になれるかどうかは、わかりませんが」

「え、えと……みんなには好きな人とかいるのっ!?」

「…………」

「…………」

「…………」
 前振り無しでいきなり振られた話題に、
 誰も妙の質問に答えようとはしない。

「なんとか言ってよ!」
 その様子に耐えきれず、妙は何か言ってほしいと訴える。

「なるほどね。 なんとなく想像はしてたけど」

「けど少し興味あるわね。 彩、どうなの?」

「わ、私ですか!? いません、いません!」

「その割には慌ててるわね」

「ですから、いませんっ……」

「男性として、気になる方はいますが……ごにょごにょ」

「それって好きってことじゃないの?」

「いえ……多分、違う、と……思います、が……」

「はっきりしないわね」

「だって、わからないんです。
 気になってても、お話しする機会は少ないですし」

「私なんかが話しかけても、ご迷惑だと思うし……」

「ねえ、ねえ、誰の事か分かる?」

「彩が知り合う男なんて、妙以上に限られてるから」

「誰々? ワクワク」

「聞かない方がいいんじゃない?」

「私もそう思う」

「ねえ、誰なのよ? 気になってる人って」

「私も知ってる人かな?」

「そんなこと言えませんっ!」

「ケチー」

「じゃあ、あんたはどうなの?」

「へっ?」

「気になってる人がいるから、こんなこと言うんでしょ?」

「わわ、私は……えへへへ」

「笑って誤魔化さない」

「…………」

「ま、まぁ、ほら……ね?」

「全然分からないから」

「むー」

「一応クギを刺しとくけど……二人とも好きになる人は
 身分を同じにしなきゃダメよ?」

「…………」

「…………」
 麗華の忠告に、妙と彩は何も言えずに黙り込む。

「ふぅ……重症そうだけど」
 その光景に、もう手遅れのレベルだと麗華は理解する。

「やっぱり、ダメだと思う? 身分が違う人」

「普通に考えれば、当たり前って言われるわよ」

「…………」

「親ってのは、少しでもいいところに嫁いで欲しいと思うものだし、
 今の時代、平民と富豪の差は天と地ほどあるわ」

「むしろ宇宙と地中海かも」

「そういうこと」

「そこはほら、なんとかなんないかな?」

「ならない」

「ズバッと三振……」

「御姉様は、やはり同じ身分の方を好きになってるんですか?」

「勝手に現在形にしないで。 生憎だけど私の心を動かせる男に出会ったことないし」

「私は、朝霧君だと思ってたけど」

「っ!」

「っ!」
 先ほどまで同じ身分の人を好きになれと言っていた麗華が
 (真偽はともかく)ボディーガードである海斗が気になっていると聞き、
 目を見開いて、驚く二人。

「どうしてそう思うの?」

「私から話していいの?」

「別にいいわよ」

「今まで、麗華のボディーガードを志望してきた人って、
 内外問わず沢山いたでしょ?」

「そうね」

「でも、その中で唯一許したのは、朝霧君だった」

「確かに特別って意味じゃ間違ってないけど」

「あくまでもボディーガードとして特別なのよ」

「そもそも、一番恋愛しちゃいけない相手じゃない」

「ボディーガードは危険、だから?」

「ええ」

「そうなんだ……」

「…………」

「私達はまだいいわ。 でも、事実が公に出たらボディーガードは死ぬわね」

「ま、前から思ってたけど、どうしてダメなのかな?
 御嬢様が認めたんだったら、いいと思うけど……」

「私も詳しいことは知らないけれど、
 単純に考えれば、資産家の娘を預ける親の立場上、
 ボディーガードに奪われるなんて以ての外、ってことなんじゃない?」

「ボディーガードがプリンシパルと恋愛しちゃいけないってのは
 ルールとして絶対の位置にあるけど、正式な規則としては禁じられてないのよ?」

「そうだったわね」

「これは佐竹に聞いた話だけど、過去に数件だけ認められたことがあったらしいの」

「ど、どうして認められたのですか?」

「簡単な事よ」

「恋愛しちゃいけないってルールは、親がそのボディーガードを認めないからであって、
 親さえボディーガードを気に入れば、荒波が立つとしても、事実上は問題ないってこと」

「なるほど……確かに」

「まぁ、親が認めるケースなんて例外中の例外ね」

「ボディーガードにだって素敵な人はいるよ」

「心当たりがある言い方ね?」

「も、ものの例えよ、例えっ」

「親ってのは外見や内面だけじゃなく、
 相手の資産、世間体、果てには遺伝子まで気にするから」

「…………」

「どうしても恋人がほしいなら、色々探せばいいじゃない?
 倉屋敷の名前を出せば、男は沢山言い寄って来るわよ」

「容姿と胸に問題がなければね」

「胸は私の方が大きいもん!」

「私と比べないで」

「むー」

「また始まったわ」

「忍さ〜ん」
 もう自分じゃ抑えきれないと判断し、忍に助けを求める彩。

「それじゃあ、そろそろお開きね」
 結局、妙の悩みは解決には至らず、夜も遅いことから、
 麗華がパジャマパーティーの終了を告げる。

「それじゃあ、お休みなさい。 麗華、彩、妙」

「お休み―」

「お部屋までお送りします」
 部屋の入り口で待機していたノエルが、
 ドアを開けて、三人を部屋に案内することを申し出る。

「私はいいわ。 少し、妙と話したいことがあるから。
 彩を先に案内してあげて」

「?」
 この場に残ると言い出す麗華に首を傾げる彩。

「畏まりました。 お休みなさいませ」
 一方、ノエルは麗華の要望を聞き、彩を部屋へと案内する。

「話したい事?」

「あんたもあからさまね。 恭也のことでしょ?」

「えぇっ!?」

「忍の家にまで乗り込んでくるくらいだから、
 諦めきれないってことはわかってる」

「うぅ〜」

「あんたより恭也とは付き合いが少しだけ長いから言える事だけど、
 あいつはそこらのボディーガードのように資産に目が眩む男じゃない」

「そんなことわかってるわよ」

「でも、もし自制しても止められないんなら、
 ここから先は覚悟を決める事ね」

「覚悟……」

「命懸けになるかもしれないってこと」

「…………」

「じゃ、お休み」

「え、あ……うん……」
 彩を送り終えて戻って来たノエルに妙を任せ、麗華も割り当てられた部屋へ向かう。

「……ま、意味ないでしょうね」

「忠告を聞いて素直に諦められる性格なら、
 今頃、もう少しまともに成長しているだろうし」


 いつもと違い、妙の事を案じる麗華だったが、
 忠告は無駄になると、これから先のことを予想していた……


 第103話につづく

メンテ
Re: 暁の不破 ( No.103 )
日時: 2015/07/26 09:16
名前: 雷斗

「暁の不破」
第103話「宣戦布告」

 皆が寝静まる頃、昼間の件が気にかかり、
 恭也は屋敷の周囲を見回りすることにする。

「…………」
 外に出ると、庭にノエルが一人立っていた。

「………ノエル」

「……恭也様」

「見回りですか……? お疲れ様です」

「……ああ」

(そう言えば、ノエルが前に気になる事を言っていたっけ……
 『あの人が欲しいものは、この家屋敷と……それから、私』だと)
 ふと、以前、ノエルが忍に嫌がらせをする相手の要求に自分自身が
 含まれていることを思い出し、その意味を聞いてみることにする恭也。

「………ノエル」

「………はい?」

「……前に言っていたな、この嫌がらせをしている相手が……
 ノエルの事を欲しがってるって」

「……ええ、事実ですよ………」

「あの方は…………私を欲しがっています」

「………それは……どういう……」

「……そのまま、言葉どおりですよ」

「確か、侑祈はノエルに使われている技術を応用して生み出されたんだったな」

「はい、元々、私は忍御嬢様の御先祖様が作った自動人形……
 持ち主の元で働き……時には『狩り』をする……
 自分で考え、的確に命令を実行する……忠実な僕」

「その中でも、私はかなりの後期型の『より人間に近づけること』を
 目的として作られた芸術品………『エーディリヒ』式」

「あの方が、私を欲しがっているのは、これが理由です」

「忍御嬢様曰く、分解して、技術を売れば……一体いくらになるか……
 皆目、検討がつかないっと」

「それに、現在も稼働している自動人形は、数えるほどしか残っていませんし……
 ………捕まえようとしても、皆、高い戦闘能力を持っています」

「分解しようにも、忍御嬢様のような専門の技術者がいなければ、
 ただ壊すだけだというのに……」

(なるほど、傷つけず、無傷でノエルを手に入れたいが為に、
 身内である忍にも平気で嫌がらせをするという訳か)
 専門家ではない恭也に配慮してか、かなり噛み砕かれた説明を聞き、
 恭也はノエル自身に対する価値について理解する。

 それから、しばらくノエルと雑談をする間、周囲を警戒していたが、
 幸い、何者かが襲撃するような気配は無く、恭也も眠ることにする。

 そして、ノエルから自身が狙われてる理由を話してくれてから数日後……

「……は〜、いい天気だね〜…………」

 学校に行く前………少しの間、恭也達は明るい空の下、
 三人で庭先でお茶を飲んで過ごす。

(これが早起きでなら健康的なのだが………
 まあ、それについては触れないでおこう)
 すでに遅刻は確定済であったが、無粋な事は言わないことにする恭也。

「!?」

「………侵入者です……」
 恭也とノエルがほぼ同時に何者かの気配を察知し、顔を上げる。

「………………」
 現れた侵入者を見て、ノエルが微かに表情を曇らせる。

「………まさか……あいつ……?」

「あいつ?」
 初めて見る顔であったが、忍の表情から
 歓迎すべき客人では無いことを察する恭也。

「……えらい久し振りやな………」

「………………元気やったか、忍ぅ……?」
 一方、忍の前に現れた人物はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、
 忍に声を掛けてくる。

「………………」
 侵入者から声を掛けられ、忍の表情が硬くなる。

「………安次郎……!」
 そして、小さな声で侵入者の名前を呟く。

「……こんにちは……本日は、どのような御用向きでしょうか……」
 静かに、丁寧に、ノエルが安次郎に要件を尋ねる。

「……ちょい遅れたがな……怪我だの誰かからの嫌がらせだのと、
 何かと不運な可愛い親戚の為に……わざわざ見舞いにきてやったんやないか」

「…………」
 誰の差し金だと言わんばかりの表情で、無言で訴える忍。

「お前が、ワシの言う事聞いてくれたら……」

「………ワシがお前のこと、守ったってもええねんけどな」

「そしたら、不幸な事故も、ピタリと止まるんやが………?」

「…………」
 安二郎の申し出に対し、忍は何も答えない。

「………なぁ……悪い事言わへん……」

「……言う事聞けや……一時は、ノエルの事もうちで預かるゆうたが……そこまでは頼まへん」

「…………」

「征二とカミさんの残した美術品の半分……それから、ここの土地と家屋敷……………」

「ワシが上手い事活用して、きっと増やしたる……」

「……ここほど広なくても、便利で快適な家も用意したる……」

「…………なぁ……………? どや?」

「………何度言われてもね」

「……私はこれ以上、譲歩する気は、無いよ」

「どうしても、あかんか」

「………殺されたくなかったら…………出てって」
 我慢の限界を超えたのか、忍から冷たい声が発せられる。

(忍の目が……赤い……?)

 忍の瞳の色が変わったとたん、ズシン!と、
 重い殺気が忍から放たれる。

「……お前は……そないな事出来る子とちゃうやろ……?
 ノエルも、ワシがお前に手を出したりせん限り……
 無闇に人間に攻撃はでけへん…………」

「……………」

「…………譲ってくれや……」

「そうでないとワシは、最悪の選択をせなあかんかも知れんのや……」

「…………出てって」

「……あんたの言う事なんか………もう一言だって……聞かない」

「……………」

「……………月村……さん……?」
 双方歩み寄りを見せない状況に、第三者が現れる。

「……………綺堂んとこの……さくらか……」

「………………何の御用ですか?」

「……ああ……ただの見舞いや……」

「………もう、帰るところやった……」

「………ノエル」
 安次郎は、花束と、ケーキか何かが入っているであろう箱をノエルに渡す。

「………腕は……不幸やったな……」

「……犯人も、そこまでするつもりはなかったらしいで………」

「……ちゃんと……くっついたか……?」

「………………」

「………御嬢様の左腕は……無事、完治されました」

「………………しばらく……」

「何週間かは、ホンマに不幸も起こらへんとワシは思う」

「ただ………………今月の末頃までに、お前が、ワシに頼ってくれなんだら……」
 勝手に喋り出したと思ったら、安次郎は急に、話の先を言い淀む。

「………………」

「………お大事に………な……」
 結局、その先を言わず、安次郎は恭也達に背を向けて、帰っていった。

「………ノエル」

「それ、捨ててきて」

「………かしこまりました」
 忍の命令に従い、ノエルは、ゴミ袋を取って来て、
 袋の中に花束とケーキ箱を詰めると、袋の口をギュッと縛る。

「………はぁ」

「………いいや! 気分変え!!」

「…………………今朝は、あんなヤツには会わなかった……」

「いいね?」

「………ああ」

「…………かしこまりました」

「………………」

「………改めて……おはよ、さくら」

「………おはよう、忍………」

(……………月村………安次郎………。
 イメージどおりな部分と……少しイメージと違う部分と………。
 よく………わからない…………………)


 その後、安次郎が言った通り、
 恭也達は、何事も無く、平穏無事な時間を過ごした………


 近いうちに来るであろう危機を今の間だけ忘れて……


 第104話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.104 )
日時: 2015/07/26 09:17
名前: 雷斗

「暁の不破」
第104話「真夜中の死闘」

 毎日が変わり映えしなくとも、平穏無事な毎日が送れると思い始めた頃、
 その夜、ノエルから『話がある』と切り出される。

「……ノエル」

「話って………?」

「……あの方の……安次郎様の事です……」

「…………」

「……近いうち、いらっしゃるそうです」

「!?」

「…………今度は……かなり荒い手を使ってでも」

「……なんで……そこまでして、親戚から遺産を取りたいんだ?」
 安二郎の目的はノエルから聞いて知っていたが、
 そこまで執拗に拘る理由までは見当がつかず、二人に確認する恭也。

「………わかりません………」
 しかし、二人ともその理由を知らず、分からないとノエルが答える。

「ですが…………危険なことが、起こるかもしれません……」

「……その時は……どうか……………忍御嬢様の事をよろしくお願い致します」
 そう言って、ノエルは深々と恭也に頭を下げる。

(忍もノエルも、俺にとって大切な人………。
 きっと、いや、必ず、俺は二人を護ってみせる…………)
 ノエルの話を聞き終えた恭也は、ノエルと共に屋敷の外で見張りを始める。

 ブロロロ………

 恭也達が見張りを始めてから、しばらくすると、
 不意に、月村邸の前で車が止まる。
 しかも、ただの乗用車では無く、小さなトレーラー。

 そして、そこから降りてきたのは……

「………この間の坊主か……」

「…………」

「なんや、忍の男か?」

「…………」
 安次郎からの問い掛けに、恭也は何も答えない。

「………ノエル……最後にもう一度だけ聞くで」

「……ワシに……忍の財産を任せる気は、あれへんか……?」

「……………ありません………」

「…………それが………忍御嬢様の意思です………………」

「…………………」

「……そんなら……しゃあないな……」

「忍の、心の拠り所であるお前を………………」

「…………ブチ壊すしかない……」

「…………………」
 庭の物音に気付いた忍が、屋敷の中から現れる。

「……『イレイン』を………起動させ」

「………!?」

「イレインって、まさか……」
 以前、襲撃された時に見間違いでは?と思っていた忍だったが、
 安二郎の言い放った名前を聞き、見間違いではなかったことを理解する。

「………残った金、全部をこいつらにつぎ込んだ……」

「………これで、お前から財産取れなんだら、ワシは破産や」

「…………………」

(……冷たい目………)
 安二郎の命令で現れたのは、かつて見た侑祈を思い起こすような冷酷な瞳をした自動人形。

「…………封印していた自動人形」

「ノエルよりも後期型の……最終機体や」

「………ノエル!」

「ブレード!!」

「………はい」

「……ここまでして………」

「同系の姉妹機を戦わせてまで…………お金が欲しい!?」

「あんただって……決して貧乏じゃないはずなのに!」

「……世の中には、お前みたいにな……………綺麗な姿してて、
 才能に溢れてる連中ばっかとちゃうねん……」

「ワシらみたいな凡俗はな……金がのうなったら、
 愛も幸せも手に入らへんのや!」

「……イレイン」

「……………行け……」

「…………了解………」

 静かに…………

 『イレイン』と呼ばれた女性が………否、自動人形が、動き出す。

「……………」
 ノエルが、腕にイレインと同じような刃を取りつけて、恭也達の前に出る。

「……恭也………手を出しちゃダメだよ」

「人形同士の戦いには………人間は、からめない………」

「現在の私は、絶対戒律によって……忍御嬢様への手出しは不可能ですが、
 『私に攻撃する』『ノエルを庇おうとする』『安次郎様を攻撃・脅迫する』
 以上の行動が取られた場合は、リミッターが解除されます…………」

「………そちらの方にも、同じ条件が適用されます……お気を付け下さい」

「………最終機体の………初期状態………」

「………あの子、起動して、何日!?」
 前回の襲撃から逆算しても、イレインが起動されてから、
 それほどの日数が経っていないと予測し、安二郎を問い詰める。

「…………………さぁな」
 しかし、安二郎自身そんなことは覚えてはおらず、忍の質問をはぐらかす。

「………ダメ!! 今すぐ止めて……このままじゃ、危ない!!」

「……………行きます……………」

「………………」

 ひゅ。

 風が巻いたかと思うと、瞬時に二人の姿が交差する。

 キィン!

「………………」

「………………」

「…………思った通り……互角以上や……」

「……ダメ! やめさせて!」

「………止めて欲しかったら、ワシに……」

「……そういう問題じゃない!!」

「あの最終機体は……」

「………『安次郎様への脅迫』行為と認定……
 リミッターを……解除します」
 忍が安二郎を説得する姿をイレインは脅迫行為と判断し、
 自身に掛かっているリミッターを解除する。

「………………!!!」

「…………御嬢様!!!」

「………リミッター……………解除………」

「………………」
 リミッターが解除されたイレインは何かを確認するように
 キョロキョロとあたりを見回す。

「…………自由時間…………」

「………………あははは!!」
 先ほどまでの冷たい目から一転、
 突然、まるっきり人間のような表情を見せたイレインは、
 高笑いを始める。

「………あんたが、あたしの起動者……?」

「…………有難う………永い眠りから、起こしてくれて」

「む………な……なんや………?」

「ふ〜ん……薄いけど……一族なんだ」

 ザシュ!!

 一瞬のためらいも、行動を起こす『機』も取らず……。

 『イレイン』は、安次郎を斬り付けた。

「…………が……………っっ!!」

「…………あーらら……」

「……どうしよ……起動者がいなくなっちゃった……」

「…………そういうわけで……イレイン………これより
 『自分の身を守る為』の、自律的防御行動に、入りま〜す…………」
 イレインは不敵に微笑みながら、左腕の刃を構える。

「…………この人、あたしの噂を知らなかったのね……」

「可哀想っていうか、馬鹿っていうか……」

「……イレインは……自動人形に『自我』を持たせる研究の成果の粋を集めた、最終機体………」
 忍の口から語られる最終機体の真実。

「…………あたしは……自由になる……」

「……………やりたいようにやる……………」

「………彼女の自我は……強すぎて……」

「……追われたりすると、厄介だわ……」

「目撃者は………皆殺しね…………」

「…………だから………」

「………………」
 スッと忍の前に、ノエルが立つ。

「…………あ、同系機の……お姉さんか……」

「大丈夫よ、あなたには手を出さない」

「この場で殺すのは………人間だけ……」

「………………」

「………あ……随分旧型なんだ……ロクな思考も持ってないのね……」

「………同系だと思って、見逃そうと思ったけど……」

「…………ただの鉄屑なら……ぶっ壊してもいいか……ハート」

「…………ただの鉄屑では……ありません……」

「……………あーん?」

「………………」
 スーッと………ノエルが構えを取る。

「………この体は………ただの鉄屑なんかじゃ……ない」

「旧型が……いっちょまえにプライド気取る?」

「……教えてあげようか………………」

「……おんなじタイプの機械ならね……」

「………旧型より、新型の方が………より多機能で、より強いってぇ!!!」

 ビュウッ!!
 イレインの手に握られた、光るロープが、風を切る。

「………恭也様…………手を出さないで下さい」

「………人では………この子に、敵わない………」

「あはは……ついといで!」

「……!……」
 イレインとノエルは、向かい合ったまま、屋敷の方へと駆けて行き、そのまま中へ。

「………タイプ『イレイン』の、究極武装……」

「………『静かなる蛇』……」

「…………自動人形でも……この一撃は、効くわよ〜〜……♪」

「………………」

「…………ぐ……」
 死んだと思われた安次郎だったが、まだかろうじて、息があるようだ。

「………あなたは、ほとんど人間だから……」

「病院行っても、大丈夫よね……」
 忍が携帯で救急車を呼ぶ。

「う………」

「がは………」

「………忍………」

「…すまん………」

「……謝るくらいなら!」

「……………最初っから……こんなこと、しないで………!」

 …………ガサッ…………

 突然、車の中から、複数の気配が現れる。

「………………」

(……イレイン………?)
 その姿は、先ほどノエルと共に屋敷の方へ駆けていったイレインと
 瓜二つで、思わず目を疑う恭也。

「………一緒におった……サンプル……」

「イレインが……持って来……言うから……」

「……あ……っっ」

 キィン、キィン……

「………………」

「…………目覚めた………」

「あたしの、可愛い妹たち……」

「……指揮能力………」

「…………ふふふ♪」

「……『イレイン』が最終形と呼ばれた理由は……ここ」

「…………!」

「………………」
 オリジナルのイレインの指示に従い、サンプルの一体が合流する。

「あたしは、5つの体を一人で制御できる……」

「………さて……こっちはニ対一………」

「表は、どうなってるかな……?」

「………忍御嬢様……恭也様……!」

「……忍……下がって」

(……多分、電流が流れているであろう、あの光るロープを、
 この子達が持っていないのは幸いだったな………)
 恭也は忍を庇いながら、手にした小太刀を抜く。

(完全武装していて、良かった)

「……ダメだよ! いくら、恭也が強くても……一人じゃ、
 自動人形四体には敵わないよ………!!」

「………………」

「ああ、そうか……忍は、知らないんだな………」

 シュルと、鋼糸をほどく恭也。

「………俺もね」

「侑祈と戦った時より……強くなってる」

 御神流 奥儀ノ壱 虎切

 挨拶とばかりに、四体の内の一体へ先制攻撃を喰らわせる。

 それを見た、残りの三体が、すかさず戦闘態勢を取る。

 また、恭也に吹き飛ばされた一体も、若干よろめきながらも
 立ち上がってくる。

(やはり、峰打ちじゃ……ダメだ。
 ……………斬るしか…………ないか…………)
 人間では無いとは言え、斬る事を躊躇えば、
 間違いなくやられると感じ、恭也は覚悟を決める。

 一方、屋敷内では……

「………………あははー♪」

「さて、どうする………?」

「あんたの世代だと、火器なんか無いでしょ?」

「………」

「………………」
 イレインの指摘に対して、ノエルが腕を前に伸ばし、構えを取る。

「………………」

「……距離12……カートリッジ×2……」

「………標準セット………」

「………ナンバー4……! 回避……!!」

「ファイエル!!」

 ドゴーンッ!
 掛け声とともに、ノエルの腕が体から切り離され、
 イレインレプリカを吹き飛ばす。

「が………………っ」

「4!!」

「…………っの………ふざけた武器で……イキがってんじゃないわよっっっ!!!」

「………この腕は……」

「忍御嬢様が、一生懸命に作ってくれた………」

「何日も徹夜して……図面を引いて……」

「………………」

「………腕も……脚も……私の体は、どんな小さな部品の一つまで………………」

「…………忍御嬢様の、愛で出来てる……………」

「…………くっさいセリフで………酔ってんじゃないわよっ!!」

「…………レプリカ達! 全員集結!!」

「…………3………2…………!?」

 ―――― オリジナルが集結指示を出す同時刻 ――――

 ズシャッ!

「…………あ………ぐ……」

「………………」

(機械とは言え……女性を斬るのは…少し、心が痛む……
 だが、ためらわなかった自分に………少し、驚きを感じたりもする。
 さあ………残り……………一体……くっ!?)
 さすがに、四体を同時に相手をして、無傷であるはずもなく、
 ポタポタと、斬られた肩と、脚から血が流れる。

「…恭也……!」

「………オリジナルのもとへ……集結……」

(まだ倒していない一体が、この場から引いた……。
 イレイン本体のもとへ戻るのか……?)


 イレイン本体からの指示を受け、
 恭也と戦っていたレプリカが撤退していく。


 そして、真夜中の激闘は、間もなく決着の時を迎える……



 第105話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.105 )
日時: 2015/07/26 09:17
名前: 雷斗

「暁の不破」
第105話「終焉」

 レプリカが集結する間も、ノエルとオリジナルのイレインの戦いは続いていた。

 戦闘が激化する中、イレインの光るロープが絨毯を弾いて火がつく。

「………あっ……たまに来るわ……!!」

「………何やられちゃってんのよ……!!」

「………………」

「………の、役立たず!!!」
 八つ当たりするように、本体のもとに合流したレプリカを
 イレインは、光るロープで一掃する。

「…………!」

「………にゃああ……」
 そんな危険な状況へ不意に現れる、以前、二階堂の屋敷で
 保護した"ねこ"と名づけられた一匹の猫。

「にゃああん……」

「……ねこ……!!! あぶな……!!!」
 レプリカを追って屋敷の中に到着した恭也は、
 目の前の状況に対して、反射的に声を上げる。

「………!」
 そして、ねこを助けようと恭也は走り出すが、
 それより先にノエルが動いていた。

「……………!」

「スキありっ!」

 ノエルは………ねこを助けて………

 イレインの刃に、斬られた……

「………………!」
 バッと、ノエルが恭也に向かって、ねこを投げる。

「にゃあああん……」

「…ねこ……」

「ノエル!!!」
 恭也はねこが無事であることに安堵すると同時に、
 イレインに斬られたノエルの名を呼ぶ。

「………………!?」
 一方、ノエルにトドメを刺そうとしたイレインの体が、
 不意に、ぐらりっと揺らぐ。

「………起動酔い………」
 突然起きた出来事を見て、恭也に遅れて屋敷の中に入ってきた忍は瞬時に原因を突き止める。

「イレイン! 活動を止めて、メンテナンスしないと……」

「何年か振りの再起動で、いきなりの戦闘なんて、無理なんだよ………!!」
 そして、自分の命を狙う相手にもかかわらず、その身を案じる。

「………誰が……………っ」
 バシッと、光るロープが一閃し、帯状に炎が上がる。

「くぁぁああああ!!」
 イレインはその隙に、ホールの奥へと走り去る。

(く……炎が、意外と大きい)

「……ノエル……ノエル……!!」

「にゃああ……」

「………忍御嬢様…」

「……ねこさん……御無事で……」

「………」

「いいよ、もういいよ、ノエル……」

「……それくらいの傷なら、私、すぐ直せるから……」

 ガチャ……

 ノエルが腕から刃を外す。

「忍御嬢様……炸裂カートリッジを」

「………なんで……どうするの……?」
 ノエルは、炸裂カートリッジを忍から受け取り、手首にはめる。

「…イレインは……多分、調子が戻ったら……御嬢様達を殺しにやってきます……」

「…………今しかないんです……」

「……今でも……勝てるかどうかは、わかりませんが……
 確率は……今が一番高い……」

「相討ちに出来れば……私の勝ちです………」

「……やだ……」

「やだよ、ノエル」

「………なんで……笑ってるの……?」
 これまで表情を変えることがなかったノエルが
 初めて見せる笑顔に、忍は戸惑いを隠せない。

「……馬鹿だな……そこ、笑うとこじゃ、ないよ…………」

「…………………」

「恭也様………」

「忍御嬢様の事を………どうか、よろしくお願いします………」

「……そのセリフも、違うよ!!」

「………そんなの、死にに行くときのセリフじゃない………」

「………忍御嬢様………」

「……私はきっと……、あなたを守る為に……生まれました……」
 バッとノエルは立ち上がり、風のように、ホールの奥へと駆けて行った。

「……ノエル!!!」

「…………恭也、いやだ……!! お願い、ノエルを………!」

「………あ………」
 忍が恭也の負傷を見て、声を上げる。

「…………………」

「…………………」

(……だけど…………行かなくちゃ)

 ザシュッ!
 立ち上がろうとする恭也の背後から、襲い掛かる黒い影

「…………………」
 もう一撃を加えようと、黒い影もといイレインレプリカがブレードを構える。

(…………まだ…………一体……動けるヤツが……)
 背中を走る痛みに耐えながら、恭也はイレインレプリカの方へと身体を向ける。

「だあぁぁぁーーーー!!!」

 ズバッ!
 残った力を振り絞り、恭也は最後のレプリカを倒す。

(………く………目が眩む……………だけど…………行かなくちゃ)
 そして、足を踏ん張り、どうにか意識の糸が途切れないように心を強く持ち、
 忍とねこを連れて、屋敷の外へと駆け出す。

 ――――― 同刻 逃走したイレイン ―――――

「……はぁ……はぁ……」

「………戻った……」

「……そうよね…………あたしは……自動人形の……最終形……」

「…………………」
 調子を取り戻したイレインにノエルが追いつく。

「………旧型…………わざわざ殺されに来たの……?」

「…………………」

「……何よ、その目は………!!!」

「……貴方は……豊かな心を持っているのに……ものを考えないのね……」

「………あんたより、はるかに考えてるわ……」

「……自由を手に入れる事……」

「あたしは、せっかく生まれたこの心で、この命で………」

「自由に、やりたいことをやる!!!」

「あんたみたいな……命令に従うだけのお人形とは、違うのよ!!」

「………わたしも………」

「やりたいことを、やっている………」

「……………大切な人を………………」

「幼い頃から、私の事を守ってくれた……」

「………私がずっと守ってきた……………」

「…………大切な人の笑顔と幸せを……守る事」

「………好きな人を見つけて、やっと……子供みたいに笑うようになったあの人を」

「………もう、泣かせるわけには………いかない!!」

「……その腐れた人形根性を、否定する為に生れたのが……このあたし!!」

「最終機体、イレインなのよ!」

「…………………」
 自分の方が上だと言い放つイレインへノエルが無言で右腕を構える。

「………………同じ技が!!」

「……距離16……」

「……風向き参考……」

「……標準セット……」

「二度効くとでも……!!」

「………………カートリッジ………×5……
 フルロード・バースト………」

「…………………!!!」

「…………………ファイエル!!」

 ドッゴーーーン!!!……

(……火の勢いが強い……………ノエル………!!)

「…………………ノエル………………!!」
 恭也とともに屋敷の外へ避難した忍はノエルの名を呼ぶ。

「…………………」

「…………………イレイン………」
 周囲を炎で囲まれた中で、地に伏せるイレインへ声を掛けるノエル。

「あなたも……忍御嬢様に拾われていたら……きっと、
 生き方も最後も……違ったでしょうね」

「…………………痛みは……ない……」

「寂しいとは思うけど、悲しくは……ない……………」

「……私は、最後まで………涙を流す事は、なかった……」

「…………………最後は………笑っていこう……………」

 そんな中、幼い忍とのやりとりを思い出すノエル。

「…………ノエル……」

「パパとママ……死んじゃったんだって……」

「…………………死……ですか……」

「私には、理解できない概念ですが……」

「……この世から、いなくなっちゃうこと……」

「すべてが止まってしまうこと……」

「………悲しくないの……なんでだろう……」

「わたし、冷たい子なのかな…………」

 幼い頃、そう言っていた小さな女の子が……

「………ノエル!!」

「ノエル……いやだ……!」

「ずっと一緒にいてくれなきゃ、いやだぁあああああ!!!!」

「…………泣けるように……なったんですね……」

「…………わたしのために………泣いてくれるんですね……」

「…………………」
 忍の変化を嬉しく思い、これまでの忍との思い出を振り返るノエル。

「………ノエルは…………」

「ずっと、そばにいてくれるよね……」

「………わたしが、ずっと一人でも……」

「………そばにいます……」

「……ノエル………」

「……新しい服、買ってあげようか……」

「…………ありがとうございます」

「ノエル……腕、調子おかしい……?」

「直してあげる……みせてごらん」

「……ノエル」

「御神君ってね……面白いんだ……」

「……もしかして………好きになるかも……」

「…………………」

「全てが止まること………」

「ずっとそばに……」

「いられなくなること………………」

「…………………あ…………………」
 もう忍のそばに居られない事を理解したその時、
 ノエルの瞳から涙がこぼれる。

「…………ノエルーーー!!」

 ドッカーーーン!!
 忍の悲痛な叫び声とともに、屋敷の中で大きな爆発が起きる。


 恭也達は…………何も出来ずに…………

 ただ、燃えていく家を、眺めるだけで…………
 
 …………遠くで救急車と………少し遅れて、消防車の音が聞こえて………

 …………………………恭也達は……………

 ただ、立ち尽くしていた…………………

 ―――――― その後 ――――――

 イレインとの死闘から数日間、忍は寝る間も惜しんで、
 ノエルの修復にひたすら没頭する。

 その間、忍は反対したが、さくらの説得に渋々納得し、
 恭也達を世話するメイドを数人雇うようになり、
 ノエルはメイドからメイド長へと昇格となった。

 そういった周囲の助けの甲斐もあって、
 ノエルの修復を予定よりも
 ずっと早く完了することができた。

 しかし……

 ………ノエルは………

 まだ、目覚めない。

 全ての機能は完備して………

「……次は、イレインにも負けない」

 …………状態で。

 ……………ゆっくりと…………。

 月村家のメイド長は、眠ったままだった。

 ………………そして………………

 さらに数ヶ月経ったある日……

「はぁ〜いい天気だね、恭也」

「ああ」

 ビューーーッ!!

「あ!? 帽子が………」
 不意に拭いた風に忍が被っていた帽子が上空へ飛ばされる。

「……距離……24…25……」

 その時、小さく呟いた………声がした。

「……風向き参考………照準セット……」

「…………ファイエル……」

 ぼしゅ!!

 白い拳が、風を切って飛び……………。

 見事帽子を上空で捕まえると、

 ワイヤーに引き戻されて、するすると戻ってくる。

「ロケットパンチ……」

「……はい………そうですよ」

 忍の漏らした言葉に返ってきた……聞き覚えのある声。

「にゃー」
 その姿を見たねこは、その者へ駆け寄っていく。

「…………ノエル…………」

「……………おかえり……………」

「………はい…………忍お嬢様…………」


 ついに、ノエルは目を覚ます………


 ………以前と寸分違わぬ姿、形で………



 第106話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.106 )
日時: 2015/11/08 21:29
名前: 雷斗

「暁の不破」
第106話「異変」

 イレインとの激闘で、恭也は怪我を負い、プリンシパルである忍が
 ノエルの修理で籠り切っている為、珍しく、海斗と麗華が二人だけで
 学園へ行くこととなる。

 そして、何事もなく授業が終わり、放課後を迎えるのだが……

 玄関口。

 海斗がいつものように下駄箱を開く。

「……………」

「何ボーッとしているの。 早く帰るわよ」

「ああ」

「下駄箱に何かあるわけ? ひょっとして虐め?」

「ちげーよ」
 麗華の疑いを晴らすように、海斗が普通に下駄箱から靴を取り出して履く。

「なんだ、画鋲が仕込まれてたり、靴が隠されてたりしてるわけじゃなかったのね」

「残念だったな」

 屋敷の戻り、自室に入った海斗は、ポケットからあるものを取り出す。

「ラブレター、ってことはありえないだろうな」

 白い封筒。

 海斗の靴の上に置かれていたものだ。

 触ってみる限り、カッターの刃が仕込まれているといったことも無い。

 海斗は念のためにと、ハサミで横口……

 つまり、本来の開け口とは違う場所を切り開く。

 そこから出てきたのは一枚の紙。

「……やっぱ、ラブレターじゃねえな」

 そこに書かれていたのは……

 『今すぐにボディーガードをやめろ』という文字。

 だが、海斗が興味を持ったのはその次の文。

 『やめなければ、お前の過去を暴露する』

 という添え書きだった。

「過去を暴露……ね」

(俺を妬んでいる人間が、学園内にいるとはあまり思えない)
 と考えるが、直後、自分自身でそれを否定する。

「いや、そうでもない、か?」

 海斗が麗華のボディーガードであることに対し、

 尊徳を筆頭とし、反対している生徒は少なくない。

(もしかしたら、その中の一人ってことも考えられなくもないが……)

「…………」

(もしも、ことが公になれば、そいつは問答無用で追放だろう。
 だが、リスクを冒してまで、こんなことをするのだろうか?)
 犯人像を色々と思い描いてみるが、はっきりしたことは海斗もわからなかった。

 しかし、ほぼ間違いなく内部犯ではある。

 一般の人間が、玄関口までやってくることなどまず無理だからだ。

「麗華に見せなくて正解だったぜ」

(ったく、恭也がいない時に限って面倒なことを)
 などと心の中で不満を漏らしながら、海斗は机の引き出しからマッチを取り出す。

 以前、部屋で秋刀魚を焼こうとして手に入れておいたものである。

 だが、煙が出る事で警報装置が発動することを知り、結局、秋刀魚を焼くことは諦めた。

「始末してくるか」
 
 庭先で燃やし、手紙をなかったことにする海斗。

 残しておいて得することは何もないからだ。

 そして、黒墨となった手紙が、ボロボロになって上空へ舞っていく。

「よし」

 ――――― 翌日 ―――――

 例えば、勘違い。

 あるいは一度きりの好奇心。

 どちらでも無いにせよ、似た類のものだと海斗は思っていた。

 しかし、登校した朝、そこには一枚の手紙があった。

 見た目は昨日と全く同じものである。

 しかし、麗華や他の御嬢様やそのボディーガードがいる傍では、

 さすがに中身を確認することはできない。

 そう思った海斗はポケットに手紙を忍ばせておき、

 後で確認することにする。

 結局、学園内で確認することが出来なかった為、昨日と同じく、

 自室で手紙の中身を確認する。

「同じ内容か……」
 海斗もまた、昨日と同じく、手紙を焼却処分し、証拠を隠滅する。

 それから、さらに翌日、翌々日に同じ手紙が下駄箱の中に入っていた。

 その更に翌日、ようやく怪我が完治した恭也と、
 ノエルの修理に一段落がついた忍が学園に向かう途中で麗華達と合流する。

「ようやく復活か?」

「ああ」

「忍もお久しぶり」

「ええ」
 わずか数日ではあったが、随分長い間会っていなかったように言葉を交わす四人。

 一方、連日手紙を受け取って、今日で五日目。

 ついに手紙が途切れる。

(飽きたのか、それとも、これ以上リスクを背負えないと思ったのか)

「これで心配事もなくなったな」

「また玄関でブツブツ言って……」

「気にするな」

「俺たちがいない間に何かあったのか?」

「ちょっとな……」

 安心したのも束の間、海斗はもっと早く、もっと危機感を持つべきだったと後悔する。

 手紙が途切れたということは、目的を放棄した場合と、

 達成した場合の二つの可能性があるということを。

 ざわ……ざわ……。

 そして、それは恭也達の教室の近くまで行ったところではっきりする。

「何かあったのかしら」
 自分たちの教室の周りが騒がしいことに、警戒心を露わにする麗華。

「誰かがこっそり持ってきたドリアンが外気に触れたとか」

「それは一大事ね」
 海斗の言った冗談を麗華が適当に流す。

「とにかく教室に行けばわかる事だろう」

「それもそうね」

 恭也の一言で、四人は教室に向かう。

「あっ……」
 そこに教室から出てきた侑祈が恭也達を見つけ、驚いた声を上げる。

「何かあったのか?」

「今、ドリアンの匂いが充満してるから、開けない方がいいって」
 海斗が教室の中を覗き込もうとすると、侑祈に止められる。

「アホか、お前。 んなことあるわけないだろ」

「同レベルでしょ」

「…………」

(気のせいじゃ、ないか)
 騒ぎは教室のはずなのに、周囲の視線がほとんど海斗一人に
 向けられていることに、海斗自身も気のせいではないと感じる。

「どけ」

「ダメだって」
 教室の扉を開こうとする海斗の肩を侑祈が掴み、制止する。

「離せ」

「う……」

 威圧し、侑祈を引き離すと、海斗が教室の扉を開く。

 そこには、海斗の机に花瓶が置かれてあったり、

 死体が転がってるなんてことはなかった。

 もちろん、何かの異臭もしていない。

 ただ一つ……

 黒板に赤いマジックで書かれた殴り書きの文字。

 海斗は背筋がゾクリと凍りつくのを感じた。

 そして、自分の後ろから、麗華が覗き込むのがわかった。

 直後、ごくりと唾を飲む音。

 それが、海斗の耳に鮮明に届く。

 『朝霧 海斗は人殺しだ』

 そこには、ただ、それだけが書かれていた。

「見世物じゃないぞ!」
 恭也が放った一言で、周囲の野次馬たちはシンと静まり、
 その直後、バラバラと散っていく。

(あいつか……)
 そんな中で、一人薄笑いをしながら、海斗の方をジッと見ている男子生徒。
 その人物が犯人に違いないと、恭也は相手の顔を脳裏に焼き付ける。

「あっ……」
 恭也の視線に気づいたのか、男子生徒は人ごみの中へと消える。

(相手の顔は覚えた……今はこっちが先決だ)

「侑祈、すまないが、バケツに水を汲んできてくれないか?」
 恭也は犯人を捕まえる前に、まずは黒板を綺麗にしようと、
 侑祈に水を汲んでくることを頼み、自身は用務員に雑巾を借りに行く。

「あ、ああ、わかった」
 呆然と立っていた侑祈は、ハッとしたような顔をして、
 バケツに水を汲みに行く。

「悪いな、恭也」
 借りてきた雑巾で黒板を綺麗にしている恭也へ
 海斗がすまなそうに声を掛ける。

「気にするな、あんなもの、誰だって良い気はしない」
 掃除の手を止めることなく、恭也が返事をする。

「そうだな」

「それより……」
 黒板から綺麗に文字が消えると、恭也が海斗に耳打ちする。

「ん?」

「犯人と思われる相手の顔を見た」

「マジか!?」

「ああ……」

「だが、海斗と一緒だと警戒される恐れがあるから、俺が一人で行ってくる」

「いや……いい」
 恭也の提案に、海斗は首を横に振る。

「何故だ? 放っておく理由はないはずだ」

「まあな。 だけど、犯人がそいつ一人は限らない」

「確かにそうだが……同じようなことが起こる可能性はずっと低くなる」

「相手は恭也に顔を見られたんだ。 これ以上のリスクを負う真似は
 流石にしないと思うぜ」

「まあ、お前がそういうなら、俺は構わないが……」

「悪いな(それに、書かれた内容が嘘でもないからな)」

 それから一時間程遅れて、授業が始まる。

 誰もがざわめきを消し切れず、

 浮ついたような雰囲気を色濃く残していた。

「麗華は大丈夫?」

「海斗なら、正直、人殺しってイメージがないわけじゃないしね」
 忍からの問いかけに、特に気にした様子も見せず、サラッと答える麗華。

「それは、それで、どうかと思うけど……」
 自身のボディーガードに対し、辛辣なコメントを言う麗華に忍は呆れてしまう。

「でも、大胆な行動をとった犯人に興味はあるわね」
 むしろ、犯人に対して興味すら抱くほどだ。

「どうして?」

「だって、十中八九学園関係者ってことでしょ?」

「まあ、それは間違いなさそうね」

「御嬢様だろうとボディーガードだろうと、
 悪と呼ばれる人間は必然的に存在する。 俺も含めてな」
 一方、当の海斗本人は犯人のような人間はどこにでもいて、
 自身さえもその中に含まれると話す。

「犯人への皮肉のつもりだろうが、
 あまりそういうことを言わない方がいい」
 さすがに先ほどの出来事の直後で、この発言は不謹慎だと、
 恭也が海斗を諌める。

「別に。 注目されるのはうざったいけどな」

「あんた、恨み買いそうな性格してるものね」

「悪かったな。 つーか、少しはお前にも責任がある」

「私に?」

「お前は有名どころらしいからな……
 そいつのボディーガードの身にもなってみろよ」

「見事なまでに釣り合ってないわね」

(ケロッと言うな、ケロッと)
 皮肉が全く通じない麗華の態度に心の中でツッコミを入れる海斗。


 しかし、今日の出来事が確実に隠された真実への道筋を


 導き出す一つのキッカケとなる事を海斗は気づいていないのだった……



 第107話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.107 )
日時: 2015/11/08 21:29
名前: 雷斗

「暁の不破」
第107話「別離」

 先日の出来事で騒ぎが起きてから数日。

 海斗は源蔵から書斎へと呼び出される。

「…………」

「…………」

 しかし、海斗が書斎に訪れても源蔵は何かを話すわけでもなく、
 無言で海斗を睨み続けること数分。

「憐桜学園で、何やら渦中にいるようだな」
 ようやく、源蔵の口が開き、先日の騒動について触れられる。

「…………(早くも耳に届いていたらしい)」

「それも、中傷と言うには酷い部類のもののようだ」

「そうみたいだな」

「無論、中傷文に対して内容が現実と一致しているとは思わん」

「しかし個人的にでも恨みを買うことは不利益しか生まない」

「なにかしら敵意を持たれていると言うことだ」
 立て続けに正論を述べ、源蔵が椅子に腰を深くかけ直す。

「犯人に心当たりはないのか?」

「ないな」

(いや、恭也が犯人らしき人物を目撃しているが、そんなことは関係ない。
 犯人がいようといまいと、そんなことは大したことじゃない。
 書かれていることが事実である以上、それ以外で問題はない)

「…………」

「麗華が第三者に敵意や悪意を持たれ、危険な目に遭わせられるのであれば、まだ納得はできる」

「それがボディーガードによる危険だとすれば、私は目を瞑るわけにはいかなくなるのだ」

「つまり……俺にやめろってことか?」

「あるいは、全てを正直に話す事だ」

「なんだよ、それ」

「私も無関心な男ではない。お前の経歴に関しては多少調べさせて貰っている」

「仮にも私の娘の護衛を任せているのだからな」

「なるほど……」

「これまでは目を瞑ってきた部分もあった。
 しかし、もしもこれ以上傷口が広がるようなことがあれば容赦しない」

「だったら、今すぐに手を打とうとは思わないのかよ」

「俺はあんたが俺をボディーガードとして許可したことに納得がいってないんだけどな」

「佐竹の頼みであったから、許可したにすぎん」

「でなければ、お前のような男などっ―――」

「はっ!?……とにかく、私からの話は以上だ」
 海斗に対する蟠りを吐き出そうとした瞬間、
 源蔵は冷静さを取り戻し、話をその場で打ち切る。

 バタンッ

「面倒だ」
 書斎から出た直後、海斗はどうにもならない状況に苛立ち、不満を口にする。

「非常に面倒だ」

(今すぐにでも、衝動に突き動かされる若者になりたい。
 思い切って、屋敷の金庫でも破って金を奪い、逃走してみるか?)

「現実的じゃないな」
 ふと、思うがままに行動してみようと思う海斗だったが、
 すぐに首を横に振り、我に返る。

(そもそも、俺が思う金庫であるとは限らない。
 最近のものは、指紋検知や膨大な桁数のパスワードに支えられた
 電子ロックのようなものが多いらしい。
 かと言って、停電させても、充電機能で一ヶ月は
 電気の供給がなくても稼働し続ける金庫もあるからな)

「試みても逮捕されて終わりだな」

(そこからは奈落の底だ……いや、それも一興なんだが)

「ちょうどいいところにいたわ」
 海斗が部屋へと戻る途中、麗華とばったりと出くわす。

「なんだよ」

「これから少し実験を手伝ってもらおうと思って」

「実験だと?」

「人間の限界」

「なんだそりゃ……」

「軽くここから外に飛び出してみて」

「ここ2階だぞ?」

「大した高さじゃないでしょ?」

「飛べる飛べないかの二択で聞かれれば、
 飛べると答えるしかないが、意味がわからん」

「だから人間の限界を調べてるのよ」

「身近な人間で試すのがリアリティがあっていいのよ」

「なら、お前が飛べ。 飛ぶ勇気が足りないなら、背中を押してやる」

「いいから飛べ」

「…………」

(なんて女だ)

「ったく、人を2階から強制して飛ばせるのは、本物の虐めっ子くらいなもんだぜ」
 そう言って。海斗は窓を開けようとする。

「何してるの?」
 すると、何故か麗華に質問される。

「ここから飛び降りればいいんだろ?」

「普通に飛び降りるだけなら、誰にでも出来るわよ」

「普通に飛び降りる以外に、どう飛び降りろと?」

「こう頭から飛び込むように」

「それ、死ぬ」

「じゃあ背中から」

「もっと死ぬ」

「使えない男ね」

「…………」

「もう飛び降りるのはいいわ」

「そりゃよかった。 もう行くぜ」

「……勝手にやめるのは、絶対に許可しないわよ」
 海斗がその場から立ち去ろうとした時、
 背中越しに聞こえた、か細い声。

「なんだそりゃ」

「あんた、そんな顔してるじゃないの」

「どんな顔だよ?」

「短い付き合いだけど、あんたのこと理解してきてるつもり」

「そんな間柄でもないと思うがな」

「もし逃げ出したら、地の果てまで追い詰めてやるわ」

「なに言ってやがんだか」
 適当に麗華の言葉を聞き流しながら、海斗の意思は、
 すでに半分がもう、この屋敷にはなかった。

「…………」
 そして、そんな海斗の気持ちを見抜いたように、
 麗華が静かに海斗を見つめる。

「ちょっと付き合いなさいよ」

「あ? どこに?」

「あんたの部屋」

「こんな夜中に男の部屋に来るのか?」

「バカ言ってないで来なさい」

「へいへい」

「心当たり、あるんでしょ?」
 ベッドに腰を下ろした麗華が、容赦なく聞いてくる。

「何が?」

「あんたが中傷される理由よ」

「態度が気に食わないんじゃねえか?」

「真面目に聞いてるのよ!」

「おい……」
 今までよく耳にする怒鳴り声とは、異質だったことに海斗は思わずたじろぐ。
 焦りと言うか、何か怒り以外の感情を含んだ声。

「このままじゃ、あんたは解雇なの!」
 麗華自身も自分の異常に気付いたようだが、構うものかと言うように続ける。

「なんだよ、やけに入れ込むじゃねえか」
 強い言葉に気圧されるように、海斗の喉が急速に渇く。
 しかし、どうにか平静を保って皮肉を返す。

「悪い? 私はあんたを気に入ってる。
 だから、手放したくないと考えるのはいけないこと?」

「……別に。 そう考えるのはお前の自由だ」

「なんなの? 何も語ろうとせず。フラフラと逃げるように関係ないことばっかり言って」

「それじゃ、あんたを助けるに助けられないでしょ!」

「助けて欲しいなんて言ってねえ。
 お前の意思はともかく、元々俺はボディーガードなんてやるつもりなかったしな」

「っ!」

 バシッ!!!

 気持ちのいいくらい爽快な音がした。

 麗華の平手を止める事もできたが、海斗はしなかった。

「話せ! あんたが私に逆らうな!」

(強引な物言いだぜ。 そんな麗華は嫌いじゃない。
 むしろ……好感が持てるほどだ)

「お前に話す事は何もない」

「あんたってヤツは!」
 そう言って、ぐっと握り拳を作る麗華。

 それを見た海斗は殴ってくるかと思ったが、
 いつまでも鉄拳は飛んでこなかった。

「そう……私が、信用できないってこと……」

「いいわ、もう」

「何が」

「あんたがどうしようと、私は知らない。
 勝手にどこにでも行けばいい」

「そうかよ。 これで、晴れて許可が下りたわけだ」

「…………」
 海斗の横を麗華が無言で通り過ぎていく。

 ガチャン!

「お前―――」
 その時、一瞬見えた麗華の表情に、反射的に呼び止める海斗だったが、
 麗華は立ち止まることなく、海斗に背を向けて退室する。

「泣いて……た……?」

(あいつが? 俺なんかのことで?)
 そう思った時、胸の奥がずきりと痛む。

「……俺は……」

(俺はもう……ここにはいちゃいけない。
 あいつが少しでも俺を思ってくれているからこそ……
 二階堂に迷惑はかけられない)

(出て行こう。 深く考えず、自然に、赴くままに)

「…………」
 必要な準備を終え、海斗はゆっくりと部屋を振り返る。

 すでに時刻は深夜の3時。

 屋敷の人間もほとんどが眠りについているだろう。

「忘れ物は、ないな」
 片づけられた部屋には、もう海斗の欠片は残っていない。

「世話になったな」
 屋敷の門まで着いたところで、振り返って屋敷を見渡す。

(尊も彩も、佐竹も源蔵のオッサンも……
 そして、麗華も眠っていて、つい先日まで俺がいた居場所)

「効いたぜ、お前のビンタ」

(俺とあいつがこの世界で、もしも対等に出会っていたとしたら、
 恐らく即効で惚れてただろうな)
 屋敷から去ろうとしている今、自然とそう思う海斗。

「対等……か……」
 そして、『たられば』を考えずにはいられない。

「楽しかった……んだろうな、やっぱ」
 退屈だ、疲れると言いながら、海斗は麗華といることが楽しかったのだ。
 最後の最後に、そのことを理解する。

「じゃあ、な……」

「…………(ギリッ)」
 屋敷から去っていく海斗を見ていた佐竹は、悔しさを滲ませ歯ぎしりをする。

「ヤツと、違う選択を選んだのか、海斗」

「ヤツと違う選択をっ……!」

「何の為に、貴様のようなゴミを拾って来たと思ってる!」

「これでは、これでは私はっ!!」

「まだだ、まだ……まだ手はあるはずだ!」
 しかし、ここで諦めるなどできず、
 自ら思い描いた結末に向かう道を必死に模索し始める。


(これから、俺はどこへ行き、どこへ消えていくのか)
 ついこの間当てもなく旅立とうとしていた自分が嘘のように、
 一寸先には闇が広がっているような感覚に囚われる。

「このジジイが!」
 繁華街をフラフラ歩いていると、突然、大きな声が聞こえてくる。

 ゲスッ!

「あ、あぐ……ぅ……」

 コンビニから、引きずられるように出てきたのは30代後半の男と、
 80近そうな老人だった。

 老人は足首を持たれ、地面を引きずられている。

「あ、あの……その辺で勘弁してやって下さい」
 その光景にコンビニの店員らしき若者が男に言うが、
 怒ってるであろう男は聞き入れない。

「こいつぁな、うちの食事をただ食いしたんだよ。
 無銭飲食ってヤツさ。 どうせコンビニでも盗みでもしようとしたんだよ」

「なんとな言えや、オラ!」

 ドスッ!

「ふぐぅっ!」
 ビーン!と全身を張り、老人は男の蹴りを腹部に食らう。

「警察に突き出したって、こっちは一銭も得しねえ!」

 ゲスッ! ガスッ!

「うぐ!」
 ただただ、繰り返し蹴り、ストレスを晴らす。

「ひっ……」
 若者は老人の苦悶の表情に恐れ、店の中へと戻っていく。

 男は怒りで前が見えていない。

 老人が死んでしまうかもしれないなど、

 思いもよらないのだ。

 せめてもの救いは、

 深夜でも人通りが途絶えない商店街のおかげだろう。

「くそがっ!」
 蹴る事をやめ、最後に老人の顔に唾を吐きかけ、男は去っていった。

 海斗はただ無言で、その様子を観察し続ける。

 男が去っても、老人は動かない。

 針の進まぬ時計のように、事切れてしまったのか。

 それから30分くらいが経ち、

 老人はピクリと身体を動かした。

 そして、何事もなかったかのように立ち上がり、

 フラフラと歩き出し、どこかへと向かう。

 行く当てもない海斗は老人を追いかけていく。

 すると、歩き疲れたのか、老人は地面にその身を横に倒した。

「…………」
 海斗は老人へそっと近づく。

「あんたぁ……さっきから、わしになんじゃ」

「気づいてたのか?」

「気配には敏感でのぅ……」
 老人の身体がプルプルと震えているが、
 単純に歳のせいではなく、先ほど痛めつけられたことによるものらしい。

「あんた、平気なのか?」

「……平気?」
 老人はゆっくりと顔をあげ、まだ色を失っていない瞳で海斗を見た。

「ふん、あんなもの、屁でもないわ」

「…………」

「今の世の中は、本当に腐っておる」

「だが、弱い人間が悪い。
 子供だとか老人だとか、そんなものは言い訳だ」

「…………そうじゃな……」
 皺だらけの顔で老人が笑う。

「それに、あそこに比べれば、ここは天国」

「あそこ?」

「見えるじゃろう、あの黒い塊が」
 そう言って、老人が指差すのは、明かり1つ灯らない禁止区域。

(やはり、あそこの出だったのか)

「まあ座らんか? ほれ」
 そう言って、老人はまるで自分の家のように海斗を招く。

「そうだな」
 促されるまま、老人の隣へと腰を下ろす。
 その時、老人からは腐敗した臭いが漂ってきたが、不快感は無い。

「お前さんも、あっち側の人間じゃな?」

「……わかんのか」

「気配が違う。 まるで違う生き物のようじゃ」

「いつ、こっち側に来た?」

「一年前だ……」

「こっちには、なんでもある。
 金、食べ物、明かり、幸せ……なにもかもが」

「向こうでは人を殺したとしても、
 それが一銭の得にもならないことが日常茶飯事」

「じゃが、ここでなら、殴る蹴るに耐えるだけで生きていける。
 悪魔と違って、手加減を知っておるからのぅ」

「…………」

「戻りなさるのか?」

「……さぁ……」

「一度こっちを知れば、もう戻れん。
 戻れば後悔することになる」

「そうかもな」

「そうかも知れねぇ……」

「人は……一人では生きていけぬ」

「強く孤高の中、頂上で高らかに咆えようとも、
 その土台になっているのは、必然として人間なんじゃ」

「帰る場所があるなら、帰った方がいい」

「ねえよ。 もう……俺に帰る場所なんてねぇ……」

 失った居場所への未練を断ち切るように、

 海斗は立ち上がり、歩き出す。

 そして、当てもないまま、闇の中へと、その姿を沈めていった……


 第108話へつづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.108 )
日時: 2015/11/08 21:30
名前: 雷斗

「暁の不破」
第108話「海斗のいない日常」

(目覚めが悪い……)
 翌日、いつも通りの時間に目を覚ました麗華であったが、
 その目覚めはひどく気分の悪いものだった。

「あのバカ……」

(どうして私を頼ってこないのよ。
 何を抱え込んでるか知らないけど、
 私なら、ほとんどの問題を解決してやれるのに)

「顔合わせづらいわね」
 時間が経ったことで麗華は少し冷静になる。

(もう一度、今度はゆっくり聞いてみよう。 あいつのこと)
 いつの間にか、自分の中で海斗の存在が大きくなっていたことを
 自覚する麗華。

 それは……もう、ボディーガード……そう呼ぶには遠いような存在。

「二階堂 麗華も地に落ちたわね」

「おはようございます」
 部屋を出た瞬間、待ち構えていた佐竹が朝の挨拶をしてくる。

「お、おはよ……びっくりするわね」

「申し訳ありません。 ですが、急ぎ耳に入れておきたいことがありまして」

「何?」

「海斗の事です」

「もしかして、何か話す気になった?」

「いえ、そうではなくて……どうやら、出て行ってしまったようです」

「……え?」
 予想外の返答に、佐竹が何を言ったか、
 麗華はすぐに理解することが出来ない。

「私も今朝知ったのですが、部屋の中から私物がすべて消えていました」
 本当は夜中に屋敷から出ていく海斗の姿を見ていたにも関わらず、その事を伏せる佐竹。

「まさか……」
 そんなことなど微塵も疑わず、会話も途中に、麗華は走り出す。

「あ、御嬢様っ」
 海斗の部屋の前にポツンと立っているツキを押しのけ、
 麗華は海斗がいるはずの部屋に入る。

「…………」
 そして、部屋の中を見渡すと、元々、海斗の私物はほとんどなかったにも関わらず、
 麗華は現状を理解する。

 確かに部屋にあったはずのものがなにもないことを。

 ベッドに熱もない。

「御嬢様……」

「あいつ、バカじゃない?
 ちょっと引っぱたかれたからって……なんで……」

「…………」
 ぽっかりと、自分の心に大きな穴が開いていくのがわかる麗華。

 海斗はいなくなったものの、これまでの日常と変わることなく、
 いつも通り徒歩で学園に向かう途中、忍たちと合流する。

「おはよ、麗華」

「おはよう」

「海斗はどうした?」

「…………」
 恭也から真っ先に質問されるであろうことを問われ、麗華は回答に悩む。

(この場でウソを言っても、いずれバレるだろうし、
 もしかしたら、恭也だったら、海斗の居場所を知ってるかも)
 僅かな可能性に望みを掛け、麗華は忍たちには正直に話すことにする。

「あいつは……出て行ったわ」

「ウソでしょ?」

「本当よ」
 忍の問いかけに、麗華が首を横に振って答える。

「…………」
 一方、恭也は麗華の回答を聞いて、黙ったままでいる。

「それで、恭也に聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「海斗がどこに行ったのか、知らないかしら?」

「知らないな。 というより、どうして俺に聞くんだ?」

「一番海斗と仲が良かったのは恭也だったから、
 恭也にだけは話すんじゃないかと思って、期待してたんだけど…………」

「期待に応えられなくてすまないな。 俺も何も聞いていない」

「そう……」

(海斗のことだ……禁止区域に行った可能性が高いが、
 麗華がそれを知れば、間違いなく向かっていくだろう)
 海斗の行き先に検討がついている恭也だったが、
 確信が無い上、麗華が行きかねないことを考え、話さないことを決める。

「俺からも聞きたいんだが、海斗が出て行った理由に心当たりはないのか?」

「知らないわ」

「そうか……では、海斗が出ていく直前に、何かやり取りをしなかったか?」

「っ!?」

「麗華?」

「あったんだな?」

「それが何だと言うの?」
 苛立ちを隠すことなく、恭也に怒りをぶつける。

「あったんだな?」
 そんな麗華の八つ当たりを無視して、再度同じ言葉で問う。

「ええ」

「恭也、どういうこと?」

「先日の海斗への中傷以降、表立った動きは無かったが、ずっと煙は燻り続けていた。
 そんな学園の状況が周囲へ漏れていたとしても不思議はない」

「そっか……そうよね」

「大方、海斗にボディーガードを辞めさせる話でも出たんだろう。
 それを知った麗華は、海斗に……」

「そうよ! あいつを問い詰めたわ!
 でも、あいつは何も言わずに出て行ったのよ!」

「予想通りか。 らしくない行動をしたものだな、麗華。
 誰だって、自分の過去を根掘り葉掘り聞かれて、いい気がするはずがない。
 ましてや、この状況ではなおさらだ」

「それでも、私はあいつの―――――」

「海斗の……なんだ?」

「……なんでもない」
 恭也の質問に答えず、麗華は強引に話を終わらせ、先頭を歩き出す。

「恭也……」

「麗華のあの態度、どう思った?」

「どうって、あれはまるで……」

「やはり、忍もそう思ったか」
 はっきりと口にはしなかったものの、今のやり取りを見て、
 忍が恭也と同じ印象をもったようだ。

(ここまでの麗華の反応……もしかしたら、本気で海斗のことを……
 いや、結論を決めるには早計過ぎる、それに、海斗だって麗華に
 問い詰められたくらいで出ていくことはしないだろう……
 だとすれば、残る可能性は……)
 そして、海斗が出て行った理由が絞り込めた恭也は、
 後日、その人物に直接確認しようと考える。


 学園から帰宅後、源蔵から呼び出され、麗華が要件を訪ねると、
 最も聞きたくなかった答えが返ってくる。

「新しいボディーガード?」

「そうだ。 あの男が抜けた穴を埋める必要があるだろう」

「必要ないわ」

「なんだと?」

「私は今まで一人だった。 また一人に戻るだけのことじゃない」

「確かに今まではお前の我侭を聞いてきた。
 しかし、お前がどう言おうとボディーガードを付ける」

「お父様!!」

「聞きなさい」

「…………」

「お前は、確かにしっかりとした自立心を持っている。
 双子の妹である彩と比べても、その差は大きいだろう」

「しかし、孤高故に、先日、事件に巻き込まれた。
 忘れたわけじゃないだろう?」

「あれは……」

「一緒に過ごす時間が、決して他の家庭と比べ、多いとは言わない」

「だが、私は誰よりもお前を知っているつもりだ」

「他人を嫌う傾向にあることもな」

「…………」

「わかってくれ。 お前の為だ」

「…………わかった」

「そうか」

「けど、気に食わないボディーガードなら容赦しない」

「何人でも用意しよう。 お前が納得のいくボディーガードを見つけるまで」

「もう……あの男の事は忘れなさい」

「別に、引きずってなんかないわよ」

「言っただろう? 私は誰よりもわかっているつもりだと」

「お父様」

「この話はこれで終わりだ。 いいな?」

「はい……」

「麗華御嬢様」

「何よ、もしかして待ってたの?」

「少し気になりましたから」

「そ……」
 いつもの素っ気ない返事をして、麗華はツキを連れて、自分の部屋へ歩く。

「随分……随分と、静かになりましたね」

「バカがいなくなったからでしょ」

「あぁ……そう言えば、いなくなったんでしたね」

「仕事が辛くて逃げ出すチキンが」

「ほんとチキンよ」

「…………」

「あなた、あいつと仲が良かったから、少しだけ寂しいんじゃない?」

「普段無口なクセに、あいつの前だと楽しそうに笑ったりしてたしね」

「最初は寂しいかも知れないけど、すぐに忘れるわよ。
 じゃ、私は部屋に戻るから」

「はい。 お休みなさいませ、麗華御嬢様」

「あのバカ……麗華御嬢様を泣かせるな」


 ―――― 翌日 ――――


「もう少し離れて歩きなさい」

「……は」

 朝のいつもの通学時間にも関わらず、
 麗華は苛立たしい気分だった。

 原因は今日からボディーガードになったという男だ。

 歳は二十代後半くらいだろうが、学園の前まで送り届けることになっている護衛である。

 学園の中まで張り付く執拗なボディーガードを毛嫌いすることを知っている源蔵の
 せめてもの配慮だと言うことを理解している麗華。

(けれど、気に食わない)

(何が……と言われればそれまでだけど、多分すべて。
 声、態度、距離、空気、全てが私をイライラさせる)

「車で行くわ」

「は、畏まりました」

(いつも徒歩で通学していることを知っているくせに、
 特別理由を問い詰めてくるようなことも無い。 それは当たり前の事だ。
 仕えるボディーガードが私たちに口を挟んでくるなんてことは、普通ない……あいつを除いて)

(また、考えている自分がいる。 もういい加減、忘れなさい。
 そう言い聞かせても。 あいつの声、匂い、暖かさ、
 そんなものを昨日のように思い出してしまう。
 そして、もう遥か昔のようにさえ感じてしまう)

(どうしてだろうか。 屋敷には大勢の人が行き交う場所。
 でも、以前ほどの生気を感じられない)

「人気者……と言うよりは嫌われ者だったけど」

(それでも活気を与えるには十分な存在だったみたいね)

「…………」
 屋敷の外へ出る途中、ベンチに座り、空を見上げる尊徳を見つける。

 麗華は無性に口寂しくなり、嫌っていたはずの尊徳へと近づいた。

 隣のボディーガードとは喋りたくなかったからだ。

「どうしたの、ボーっとして」

「ここ、これは麗華御嬢様。 おはようございます」

「彩を待ってるみたいね」

「…………」
 麗華の隣のボディーガードに気が付き、尊徳は黙って頭を下げる。

 ボディーガードもそれに対し、小さく会釈する。

 当然空気は重い。

 これは隣のボディーガードが悪いと言うよりは、初対面だからだと思う麗華。

(けれど、一年経っても、二年経っても、変わりはしないだろう)

「あいつがいなくなって寂しいんじゃない?」
 麗華はまた、自分の気持ちを他者に置き換えて話す。

「…………」
 麗華の問いかけに、どこか同情的な表情をつくる尊徳。

(もしかしたら、その一言だけで見透かされたかもしれない)

「清々してますよ。 静かな日常に戻りましたし。
 まぁ、少しだけ静かすぎる気もしますが」

「そうね」

「すぐに感覚も元通りになるでしょう」

「人は忘れられる生き物だし」

「……そう、ですね」

「…………」
 今の発言は、自分でも惨めだと麗華は思う。

(これじゃあ、まるで私が忘れられていないと言ってるようなものじゃない)

「お車の準備が出来たようです」

「そ」
 麗華は逃げるようにして、その場で背を向ける。

「あの……麗華御嬢様」

「なに」
 尊徳の方へ振り返らず、返事だけを返す。
 感性の鋭い人間に、今の顔を見せたくなかった。

「地位と名誉は……絶対に守らなければならないものです」

「なにそれ、もしかして、私を侮辱してるの?」

「いえ……お気に触ったのなら、謝ります」

「今のは聞かなかったことにしておく」

「ありがとう、ございます」

「…………」

(なんでこんなに、疲れるのよ)

(私は、こんなに弱い人間だったのだろうか)
 授業を右から左へ聞き流し、そんなことを考える麗華。

(隣の席は空白。 あのバカはもういない)

 憐桜学園も、不測の事態に慌てた対応を見せていた。

 本来、やむを得ず学園を去るにしても、前もって学園に通達しておくのが常識。

 しかし、海斗は突然いなくなった。

 代わりのボディーガードを用意するのにも、それなりに時間を要するとのこと。

(けれど、あと一週間もすれば、新しい学生が私のボディーガードになるだろう。
 もちろん、学園だけの関係にするつもりだ。 屋敷で一緒に暮らすなんて、考えられない)
 そう思えば思うほど、自然に受け入れた海斗を思い出す。

 ふと、前にパーソナルスペースの話をしたことを思い出す。

(海斗には不思議と惹きつけ、嫌悪させない何か、不思議なものをもっていたんだろう。
 だから、あれほど近くに入り込まれても、不快にはならなかった。
 恭也にも同様のことが言えるが、彼は忍のボディーガードだ)

(……あぁ……初めてのことだけど、不覚。
 私は海斗に、惚れていたんだ)

(乙女のように言えば、白馬の王子様を見た瞬間とでもいうのか、
 誘拐されたあのとき……私を連れて逃げてくれた、その瞬間から……。
 本当に不覚。 どうしていいかもわからない)

(忍に打ち明けたいところだけど、以前否定した手前、言いにくいし、
 忘れるにしても、経験が無いから、いつ忘れてくれるかもわからない)

(忘れたいことを忘れられず、忘れたいことを思い出す。
 私は……堅苦しい日常が嫌いだった)

 授業が終わり、学園の校門前まで行くと、連絡をしていなかったにも関わらず、
 さも当然のように、迎えの車が麗華を待っていた。

「お疲れ様でした」

「…………」
 麗華は無言で車に乗り込む。

 ボディーガードの男もまた、無言で麗華の隣に座る。

(気持ち悪い……冷静で真面目を装ったボディーガードに吐き気がする)

(海斗……)

 それから数日後、新しいボディーガードに耐えられなくなった麗華は、
 源蔵の元を訪れ、ボディーガードの変更を希望する。

「あのボディーガードをクビにしてほしい?」

「そうよ」

「…………」

「いつそうしても構わないと言ったのは、お父様よ」

「確かにそうだが、まだ数日じゃないか」

「気持ち悪いのよ」

「ペコペコ頭を下げて、命をお守りしますと言うけど……内心どうなのかしら?
 私みたいな小娘を本気で守りたいと思ってるなんて、信じられないわね」

「年下に敬語使って、命令通り動いて……
 腹の中じゃ得てして最低なことを考えていそうよ」

「それに、あれロリコンなんじゃない?」

「イヤらしい視線を平気で送ってくる。 視線がスカートや胸に集中してるのに
 気づかれないとでも思ってるんじゃないかしら」

「あと―――」

「麗華」

「……何よ」

「知り合いに精神科の医者がいる。 少し見てもらうのもいいかもしれないな」

「なにそれ。 私が病気だとでも言いたいの?」

「少し神経症……ノイローゼ気味に思う」

「私は至って冷静。 間違ったことは言ってないわ」

「…………」

「とにかく、あんな護衛は願い下げ」

「なら、どう言うボディーガードなら納得する」

「それは……」

「あの小僧がそんなに気に入ってるのか」

「別に、違うわよ……」

「個人的な感情を除けば、あの男には目を見張る面もある」
 源蔵は立ち上がり、麗華の隣に腰を下ろす。

「お前を窮地から救いだした勇気は、本物だろう。
 だが、良くない過去を持っているのも事実だ」

「それが屋敷の中だけならともかく、外に広まってしまえば、
 お前や彩にも苦しい思いをさせる。 それはわかるな?」

「……ええ」

「そして、何より、ヤツは自分で出て行った」

「もう諦めなさい」

「…………」

「望み通り、今のボディーガードは解雇しよう。
 今度は少し元気のある若者を呼んでみるのもいいかもしれんな」

「私は……私はっ……」

「頼む、麗華。 お前まで、いなくならないでくれ……」

「お父様……もしかして、お父様は……海斗の事で、何か知っているんじゃ……」

「…………とにかく、忘れるんだ」

「お父様!」

 コンコン……
 麗華が源蔵を問い詰めようとした瞬間、不意に、扉がノックされる。

「ツキです」

「どうした?」

「旦那様にお客様が見えております」

「通しなさい」

 ガチャ……

「どうぞ」

「恭也!?」
 意外な来訪者の姿に、源蔵の前にも関わらず、驚きを露わにする。

「君か……こんな時間に何の用だね?」
 一方、源蔵は驚く様子もなく、自然な態度で恭也に訪問理由を尋ねる。

「夜分遅くに申し訳ありません。 源蔵さんに折り入ってお話があって伺いました」

「わかった、話を聞こう」

「ありがとうございます」

「そういう訳で、麗華の話はこれで終わりだ」

「お父様!」

「すまないが、出て行ってもらえないか?」

「あんた、何を言って―――」

「俺は今、憐桜学園のボディーガードとして、ここに来たわけでは無い。
 これ以上は…………言わなくても察しがつくな」

 恭也の服装と威圧する雰囲気に、誘拐された際、
 海斗と口論になった時に発せられた、
 抑えつけられるような感覚を鮮明に思い出す麗華。

 だか、今回感じる威圧感は、その時の比ではない。

「…………わかったわ」

「とにかく、ヤツ以外なら、どんなボディーガードでも呼び寄せる事を約束しよう」
 そして、源蔵が最後に、麗華が海斗を除き、希望するどんなボディーガードでも
 呼び寄せることを約束し、恭也の方へと顔を向けてしまう。

 バタンッ!

(本当に、どうしようもないのだろうか。
 諦めきれない。 どうしても、もう一度、あいつに会いたい)
 そんな思いが、麗華の心の中にずっと渦巻いていた。


 第109話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.109 )
日時: 2015/11/08 21:30
名前: 雷斗

「暁の不破」
第109話「選択」

 麗華達の退室後、恭也と源蔵は向かい合う形で、
 ソファへ腰かけ、話をし始める。

「それでは、突然の訪問理由を教えてくれないか?」

「はい、単刀直入にお聞きしますが、
 源蔵さんは朝霧 海斗について、どこまで知っていますか?」

「どこまで、とは?」

「海斗に関する事、全てです。 戸籍、家、家族――――」

「!?」

「やはり、気づいていたんですね?」

「ヤツの名字を聞いたときはまさかとは思ったが、
 初めて顔を見た瞬間に、はっきりと確信した。
 間違いなく、アイツの息子だと」

「しかし、貴方はそのことを誰にも話してはいません。
 海斗のプリンシパルとなった娘の麗華にも」

「当たり前だ。 あんな裏切り者の大罪人の名前など、誰が口にするものか!」

「気持ちはお察しします。 その辺りの事は聞き及んでおりますので」

「一体、誰から―――まさかっ」

「源蔵さんの想像通りです」

「だが、何故君に……」

「そんなことより、俺は今回の件について判断を一任されています。
 その上でお聞きしますが、源蔵さんは海斗をどうしたいですか?」

「ヤツはすでにこの屋敷から出て行った。
 ならば、もうヤツとは何の関係もない」

「それが貴方の答えですか?」

「そうだ」

「ですが、麗華の方はどうでしょうか?」

「何故、そこで娘の名前が出てくる?」

「麗華は海斗を連れ戻したいと考えているのではないですか?」

「そのことについては、君が訪ねてくる直前に話はついている」

「では、俺に海斗の居場所の心当たりがあって、
 そのことを麗華に伝えたとしても、今と同じことが言えますか?」

「なん、だと」

「居場所を聞けば、間違いなく、麗華は海斗の後を追うことでしょう。
 だからこそ、当時の被害者であり、麗華の父親である、貴方の意思を
 確認しておきたいんです」

「仮にヤツを殺してくれと私が言ったら、君はどうする?」

「殺します」

「さすがは御神。 例え、友人、知人であっても一切の迷いはないか」

「しかし、麗華の気持ちを尊重するのであれば、
 その選択は間違いであるとも思っています」

「…………」

「この場で決断できないのであれば、俺に任せてもらえますか?」

「……わかった、君に任せよう」

「承知しました」

「だが、麗華が自分でヤツの元へ向かうことだけは絶対に止めてほしい。
 そして、可能であれば、麗華の望みは君が叶えてやってくれ」

「わかりました。 では、失礼します」

 バタンッ!

「来ていたんですね、佐竹校長」
 書斎から出ると、目の前に佐竹が立っており、恭也は何事もなく声を掛ける。

「お前も動くのか? 恭也」

「その様子だと、海斗が出ていくのを知っていたと判断しますが、何故止めなかったんですか?」

「ふ、私の説得など海斗が聞く耳を持つはずがないだろう」

「そうかもしれません」

「それで、海斗をどうするつもりなんだ?」

「麗華次第だと思います」

「どうやって、麗華御嬢様を動かす算段になっている?」

「簡単ですよ。 海斗の居場所をチラつかせればいいだけです」

「ならば、その役は私が買って出よう」

「ありがたい話ではありますが、そちらこそ、どういうつもりなんです?」

「私にとって、今の状況に陥ることは望んではいなかった。 それだけだ」

「なるほど、海斗が二階堂にいなければ、困るというわけですね」

「余計な詮索は止めてもらおう。 それで答えは?」

「協力を申し出るのであれば、素直に受け入れます。
 では、いつ伝えてもらえますか?」

「明朝に伝えるつもりだ」

「急ですね」

「準備が必要であれば、日を改めるが」

「いえ、先延ばしにしても、状況は何も変わらないでしょうし、明朝で構いません」

「わかった」

「それでは、お願いします」

 佐竹との話を終え、恭也は月村邸へと戻る。

 そして、月村邸に戻ると、忍へ事情を話すとともに、

 海斗を連れ戻すことになった場合に備え、

 説得に必要な道具の準備をお願いし、忍は快く受け入れてくれた。


 ―――― 翌日 ――――

 朝の通学

 制服に着替え、部屋の扉を開けると、

 ツキが立っており、麗華を呼び止める。

「麗華御嬢様」

「お話があります」

「なによ、改まって」

「…………」

「…………」

「少し外してもらえる?」

「は……」

 廊下で話すことはせず、部屋の中に戻り、
 麗華は改めてツキから話を聞くことにする。

「それで? あまり時間はないわよ」
 ツキに伝えた時間が無い理由、
 それは今日も車で行くことと、
 ボディーガードと顔を合わせる時間を少なくするため、
 ギリギリの登校時間になっているからだ。

「……差し出がましいとは思います。
 けれど、今、この時、一度だけ聞かせて下さい」

「大げさね……それで?」

「確実に、とは申し上げられませんが……
 海斗様がどこにいるか、わかりました」

「っ」
 平穏を保っていた麗華の心音が跳ね上がる。
 ドクドクと、一気に沸騰するお湯のように。

「言ったでしょ、もういいわよ。
 私の元から勝手にいなくなったんだから、それで」
 跳ね上がる心音を無理矢理抑えつけ、平静を保ちながら、麗華はツキの話を打ち切ろうとする。

「ですから……一度だけ聞かせて下さい」
 しかし、ツキは珍しく食い下がり、話を続ける前に麗華の意思を確認する。

「本当にもう、海斗様を必要とされていないなら……」

「私は二度と、このことについて話しません」

「……なによ、それ」

「例え、後になって気が変わったから、そう仰っても、
 私は何一つお答えしません」

「脅し……ってこと?」

「どう捉えて頂いても、結構です」

「…………」

(ツキが、海斗の居場所を知っている?)
 伝えられた話を俄かには信じられない麗華。

 なぜなら、海斗がこれからどこに行くかなんて、
 本来誰にも想像できない事であるからだ。

(もしかして、仲の良かったツキには、
 自分がこれからどこに行くか、伝えていた?)
 そんなことを考え、イラつき、嫉妬する自分自身を激しく嫌悪する。

「…………」
 そんな麗華の様子をツキは真剣な表情でジッと見ている。

(どっちを選んでも、この子の態度は変わらないだろう。
 ただ海斗のいない日常に戻るだけ……)

「まぁ、別に居場所を聞くだけなら、聞いてもいいわ」
 ずるいと思いながら、麗華は自分の意思を示すことから逃げ出す。
 答えを保留しておき、答えを覗こうとしているのだから。

「御嬢様」
 そんな麗華の気持ちを見透かしたツキは小さく首を横に振る。

「私は……このことを麗華御嬢様に話したくありません」

「海斗様の居場所を、お教えしたくないのです」

「えっ?」

「もしかすると、私も麗華御嬢様も、大罪を犯してしまうかもしれないからです」

「居場所くらいで大げさな……」

「居場所を聞くと言うことは、私は海斗様を迎えに行くものと考えます」

「これ以上、海斗様に関わるつもりが無いなら、
 それは当然、居場所を聞く必要などないからです」

「…………」
 至極当然のツキの指摘に麗華は何も反論することができない。

「ご英断ください」

「……私は……」

「こうして、私がお聞きしているのは……
 麗華御嬢様が海斗様にご好意を抱かれているから、です」
 きっぱりと、麗華の前で内に抱いている気持ちを言い切るツキ。

「ですから、最後の選択肢をご用意しました」

「……ほんと、大げさよ」

「お聞きになりたいのですね?」

「…………(コクッ)」
 麗華は本当に少しだけ、目で見てもわかり難いほど少しだけ、頷いた。

「わかりました。 でしたら、お聞きになった後で、ご判断下さい」

「海斗様は……今、禁止区域にいらっしゃいます」

「……え……っ……?」

(禁止区域? あいつがなんで、あんな場所に……)
 幾らボディーガードをやめたからって、
 どうしてあんな場所に行かなければならないのか、麗華は疑問を抱く。

(殺人や強盗なんかの重い罪を犯した人間が、最後の最後に逃げ延び、
 死に果てると言われる地獄に……)
 ぐるぐると巡る思考から答えは導けない。

「まさか……」
 そして、精一杯振り絞った言葉も、疑問符で終わる。

「佐竹様にお聞きしました」

 昨日、恭也に提案した通り、佐竹はツキに海斗の居場所を伝えた。

 麗華に直接伝えなかったのは、色々と詮索される事態を避ける為である。

「佐竹? やっぱり、佐竹は何か知ってたのね?」

「海斗様は……あの危険区域のお生まれだそうです」

「うそ……」

「だ、だってあいつ……憐桜学園に入学してたっ!?」

「すべて佐竹様のお力によるものです」

「なん、なんで……佐竹、あいつを?」

「そこまでは存じません……
 ですが、海斗様は、間違いなく禁止区域のお生まれです」

「…………」

「私がこんなことを言うのは、
 おそらく誰よりも許されないことだとは思いますが……」
 失笑しながらも、ツキの目は本気だった。

「知らなかった事実を知ってしまった以上、
 海斗様をボディーガードに引き戻すことは不可能です」

「……そう……でしょうね」

 禁止区域を出身とするものは、こちら側でまず職に就くことが出来ない。

 家も戸籍も保証人も、そして遺伝子からも否定された存在たち。

 犯罪者予備軍。

 世間からの風当たりは、言葉にするだけでも強い。

「どうなさいますか?
 選択肢は一つしかありませんが、お聞きします」

「そんなの……」

(決まっている。 もし海斗を連れ戻したとしても、
 私やお父様、彩、二階堂の人間すべてに不幸しか招かない。
 もちろん気づかれることなく事なきを得るかも知れないが、
 学園での中傷を考えるとまず無理。
 なぜなら、そのことを知っている人間がいたのだから。
 あいつがあっち側の人間であることを)

 コンコン……
 不意に部屋の扉がノックされる。

「っ!」

「私が」
 動揺する麗華を余所に、ツキが応対に出る。

「はい」

「もうすぐ登校のお時間です」

「わかりました」
 ボディーガードより出発の時間が近いことを伝えられ、ツキが承る。

 ガチャン

「どうしますか? 麗華御嬢様」

「選択肢なんて、一つしかないって言ったじゃない」

「あいつを迎えになんて行けない」

「リスクばかりが、大きすぎる……」

「それが正しい判断です」

「では行きましょう。 玄関までお送りします」
 麗華の意思を確認し終えたところで、ツキが出発を促す。

「……でも……」

「…………」

「私が無茶で、強引な性格なのは、あなたが一番知ってるわよね?」

「はい。 誰よりも存じております」

(そう、私が強引である象徴は目の前にいるのだ)
 ここにツキがいることこそ、その証明であるからだ。

 麗華は鞄を放り出し、制服を脱ぎ始める。

 さすがに学生服で街中を移動するには目立ちすぎる。

「あの場所は、とても危険です」

「最悪、死ぬことになるかも知れません」

「それを止めないなんて、ひどいメイドね」

「麗華御嬢様の教育を受けてますから」

「立派な教育者みたいね」

「もしかしたら、庇いきれないかもしれない」

「構いません」

「……ありがとう」

「お礼を申し上げるのは、私の方です」

「こんな私をお傍に置いていただき、ありがとうございました」

「護衛の方は、私が庭先に誘導します」

「お願い」

「最終的に、どのような決断をされるか、私にはわかりません……」
 ノブに手をかけたツキが、顔だけを振り返らせる。

「やはり海斗様を連れ戻せないのか、それとも強引に連れ帰って来るのか……」

「おそらく、このような機会は二度とありません」

「絶対に後悔しない選択をお選びください」

「ええ……」

 ツキが護衛を連れて庭先に出たのを確認し、

 麗華は屋敷の裏口から外へと回る事にする。

 しかし……

 屋敷の裏口で待ち受けていた意外な人物によって、足止めされてしまう。

「どこへ行くつもりだ?」

「っ」

「……恭也」

「何か用?」
 出鼻を挫かれた気持ちを必死に抑え、恭也に要件を聞く。

「麗華を邪魔しに来た、と言ったら、どうする?」

「笑えない冗談ね」

「当然だ。 冗談などではないからな」

(ゾクッ)
 恭也と目が合った瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われ、身震いする麗華。

(おそらく、ここから一歩でも前に出たら、恭也は一切の容赦はしないわね)
 そして、目の前に見えない境界線があることを理解し、その場から前に動かない。

「本気、なの?」

「ああ。 どこかの無知な御嬢様が危険な道に走らないようにするのも、
 ボディーガードの務めだからな」

「なら、私は大丈夫よ」

「学園に行く時間に、私服で出かける御嬢様のどこが大丈夫なんだ?」

「だったら、プリンシパルを放っておくボディーガードの方が問題じゃない?」

「もし、忍のことを言っているなら、問題は無い。
 なぜなら、今日は体調不良で休んでいるからな」

(たぶん、恭也は全部知ってるんだわ。
 なら、敵対するより味方に引き入れる方が賢明ね)
 裏口で偶然鉢合わせするなんて、まずありえないことから、
 麗華は恭也が現状を把握していると判断し、交渉を試みる。

「ねえ」

「なんだ?」

「恭也は海斗がどこにいるか、知ってるんでしょ?」

「ああ。 今朝早く、佐竹校長から連絡をもらった」
 麗華の質問に、佐竹から海斗の居場所を聞いたと答える恭也。

「なら、プロのボディーガードとして、貴方に依頼するわ。
 海斗のところまで、私を護ってちょうだい」
 そして、確信を得たところで、麗華は恭也に海斗のところまでの間、
 自分の護衛を依頼する。

「引き受けてやりたいのは山々だが、断る」

「どうしてよ!」

「残念だが、俺がすでに受けている依頼と矛盾することになるからな」

(すでに誰かが恭也に何かを依頼している? でも、一体誰が……
 もしかして、お父様? いいや、それはありえない。
 私を止めるだけなら、部屋の中にでも閉じ込めておけばいい訳で、
 それをわざわざ外部に依頼するなんて、どう考えても変だわ。
 だとしたら、昨日、二人は一体何の話を……)

「話は終わりか? なら、早く制服に着替えて、学園に向かうことを勧めるが」

(それよりも、どうすれば、恭也に動いてもらえるのかを考えるべきね)
 この場を強引に切り抜けようとすれば、海斗を連れ戻す以前に、
 海斗のところにすら辿り着けないことを理解し、
 目的を達成する為の手段を模索する。

「だったら、海斗を私のところまで連れてきて!
 それだったら、矛盾しないんでしょ?」

「…………」

(今までの麗華なら、自分の手で海斗を連れ戻すことに拘ったはず……
 だが、そのプライドを守る事より大切だと言うことか)

「お願いよ! 私にはあいつが必要なの! だから、力を貸して!」
 決して誰かの前で涙を見せることがなかった麗華が、
 なりふり構わず、溢れ出る涙を流しながら、
 恭也の胸元にしがみ付いて、必死に協力を求める。

「本気……なんだな?」

「ええ」
 涙をぬぐいながら、恭也の問いかけにはっきりと答える。

「ならば、その依頼を引き受けよう」

「ありがとう」

「気が早いな。
 礼なら海斗を連れ戻すことに成功したときだろう?」

「これは依頼を引き受けてくれたことに対する感謝よ」

「依頼を引き受けるにあたって、一つ協力してくれないか?」
 そう言って、ポケットから取り出したモノを麗華に渡す。

「ボイスレコーダー?」

「ボディーガードの任から逃げ出した臆病者の目を覚ます為、
 ありったけの思いを吹き込んでくれ」

「わかったわ」

「それじゃあ、俺は少し外すから、その間に頼む」

「吹き込むところを聞かないの?」

「そういうプライベートな部分には踏み込まないようにしているからな」

「そう」

 ―――― 五分後 ――――

「終わったわ」

「すまない」
 録音を終えた麗華からボイスレコーダーを受け取る。

「それじゃあ、海斗のこと、お願いね」

「わかった。 ただし、五体満足で連れ戻せないことは見逃してくれ」

「この私から逃げ出したんだもの。
 少しは痛い目を見てくれないと割に合わないわ」
 恭也が依頼を受けてくれたことに安堵したのか、
 麗華はいつもの調子を取り戻す。

「それでこそ、麗華だ」
 この場での目的をすべて果たした恭也は、
 麗華を置いて、一人で禁止区域へと向かう。

「頼んだわよ」
 出発する恭也の背に小さく声を掛ける麗華。


 次に恭也が二階堂の屋敷を訪れたときに、


 海斗が共にいる事を強く願いを込めて……



 第110話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.110 )
日時: 2015/12/29 21:42
名前: 雷斗

「暁の不破」
第110話「未練」

 これで禁止区域に入るのは三度目になり、
 街の通りを歩くのと変わらない足取りで恭也は足を踏み入れる。

(顔でも覚えられたのか?)
 足を踏み入れると、相変わらず遠くから監視するような視線を感じるが、
 恭也に近づく者は誰もおらず、二度の大暴れが原因ではないかと、
 ふと自問自答してみる。

(邪魔が入らないなら、好都合か……)
 しかし、特に答えを求めている事でもなかったので、
 適当なところで考えるのを止め、禁止区域の奥にある
 特別禁止区域へと進んでいく。

「!?」
 そして、海斗のアパート付近まで到着すると、
 背後から現れた気配を感じ取り、反射的に小太刀を振るう。

「珍しいヤツに会ったものだ」
 恭也の背後から現れた男も拳を繰り出しており、
 お互い、相手に当たる直前でピタリと攻撃を止める。

 恭也は背後を振り返り、男と正面から対峙する。
 と、同時に、どちらからというわけでもなく、
 小太刀と拳を下ろす。

「……生きていたんですね。 海斗から死んだと聞きましたが」
 相手の男の顔はフードに隠れて確認できないが、
 感じ取った気配から男の正体を察する恭也。

「…………」
 恭也の問いかけにフードの男は何も答えない。

「まあ、そんなことは今の俺には関係ありませんが、
 それより、やはり海斗は戻ってきてるようですね?」
 その様子に今の質問に答える気は無いと判断し、
 別の質問をする恭也。

「……ああ」
 
海斗について尋ねられ、男は隠そうともせず、あっさりと肯定する。

「向こう側へ連れ戻すつもりか?」
 お返しとばかりに、今度は男が恭也に質問する。

「出来る限り説得はしますし、海斗が望めばですけど、
 もし、完全に拒むようであれば……」

「ヤツの実力では、どう転んでも勝ち目はないだろうから、好きにすればいい」
 恭也が言い切る前に男は恭也と海斗が対峙した場合、
 海斗に勝ち目がないと断言する。

「随分とあっさりしていますね」

「すでに決別した間柄だ。
 一応、ここでの生きる術は叩き込んでやったがな」

「邪魔をするなら容赦しないつもりでしたが、賢明な判断です」

「情けないことだが、すでにお前の実力は俺より上だろう。
 そんな相手と戦ったところで、生じるのは不利益しかない」
 男は恭也との実力差を把握しており、何より勝敗に関わらず、
 何も得られないのでは意味が無いと答える。

「それじゃあ、俺は海斗のところへ行きますが、
 何か伝えておきたいことはありますか?」

「別に……何も」
 恭也の質問に男は首を横に振り、何もないと返す。

「わかりました。 では、行きます」
 対峙していた男に背を向けて、恭也は歩き出す。

 男もまた、恭也に背を向けて、どこかに向かって歩き出す。

 お互い、もう一度再会する機会があるのか、
 それとも、二度と会う事が無いのか、
 その事には決して触れる事はなかった。
 
「一日なんて早いものだな」
 二階堂の屋敷を出てから、海斗は毎日のように、
 部屋で何もしないまま過ごしてばかりおり、
 気がつけば、今日も床に座ったまま半日を過ごしてしまっていた。

「……そろそろ、飯の時間か」

 当然のことだが、禁止区域に戻ってきてから、食料の調達は楽ではなくなった。

 表から僅かに回ってくる食料を買うか、誰かから奪うか、

 いずれにしても自分の手でしなければならないからだ。

「……ん?」

 僅かに感じられた気配……

 しかし、一瞬にして気配は消え、位置の特定すらできない。

「盗みにしちゃ……不釣り合いなヤツだ」
 ここまで気配を完璧に殺せる者がこの近辺では心当たりはなく、
 そこまでの腕を持った人間が来ても得られるものは特に無い為、
 物好きなヤツが現れたと海斗は認識する。

「まあいい、今は食料を手に入れることが先決だ」
 そして、自分には関係ないと判断し、部屋の外へ出ようと扉を開ける。

 ガチャ……

「よぉ」
 すると、目の前に恭也が立っており、海斗に声を掛ける。

「恭―――バキッ!!」
 いきなり現れた恭也に驚くと同時に、納得する海斗。
 その直後、恭也が繰り出した拳をまともに喰らい、部屋の壁に叩きつけられる。

「いきなり何しやがる!!」
 一瞬何が起こったのか理解できなかった海斗だったが、
 頬を走る痛みで、ようやく状況を把握し、恭也へ先ほどの行動を問い質す。

「その程度の攻撃もかわせないとは、少し見ない間に随分腑抜けたな、海斗」
 海斗の質問に、恭也は海斗の腕が落ちていないか確認する為に殴ったと返す。

「………何しに来た?」
 一方、突然試されたことに納得はいかなかったが、
 海斗は恭也へここに来た理由を聞くことを優先する。

「俺が居場所を突き止めたことには疑問を抱かないんだな?」

「元々、お前は俺がここの出身だと知ってたからな。
 どうせ、俺の居場所なんて、すぐに予想できたんだろう?」

「まぁな」

「それで、わざわざ禁止区域まで追いかけてきて、俺に何の用だ?」

「少し聞きたいことがあってな」

「聞きたい事?」

「何故、ボディーガードを辞めた?」

「麗華のボディーガードになる時も言ったが、
 俺は最初からボディーガードをやる気なんかなかった。
 気まぐれで麗華に付き合ってやっていたが、
 それもいい加減飽きてきたから辞めた、それだけだ」

「なら、麗華に対して、何の未練も無いんだな?」

「………ああ」
 恭也の問い掛けに、少し間を空けて、海斗が返答する。

「では、麗華の身に何が起ころうとも、関係は無いな?」

「???」
 恭也は不吉な事を口にしたが、海斗はその意味が理解できず、頭に疑問符を浮かべる。

「せっかく持ってきた手土産が無駄になってしまったが、中身だけでも見てみるか?」
 そう言って、恭也は取っ手の付いた四角い箱を海斗の前に置く。

「手土産?」

「これだ」
 箱を覗き込む海斗に、中身を見せる恭也。

「っ!?」
 海斗は箱の中身を見た瞬間、自分の目を疑った。

 箱の中に入っていたのは、自分たちと同じくらいの年齢の血塗れとなった女の首。

 だが、海斗が驚いたのは、その女の髪の色と髪型であった。

 表情こそ髪に隠れて見えなかったが、あれはまさしく―――― 

 ガチャンッ!!

 目をこすり、もう一度確認しようとした時、

 恭也に箱の蓋を閉じられてしまう。

「勝手に閉めるんじゃねぇ!」
 その行動が許せなかった海斗は、怒りを露わにして、恭也に文句を言う。

「そんなに慌ててどうした?」
 明らかに動揺する海斗に対し、恭也は落ち着いた態度で、その理由を聞く。

「どうしたもこうしたもねぇ! いいから、もう一度、箱の中身を見せろ!」
 飄々とする恭也の態度にイラつきながら、
 海斗は恭也の質問など無視して、箱を奪おうと手を伸ばす。

 ガシッ!
 しかし、その手は、恭也によって阻まれてしまう。

「……勝手に触れるな」
 先ほどまでとは態度が変貌し、恭也は掴んだ海斗の腕を捻り上げる。

「ちっ……」
 力づくではビクともせず、海斗が諦めて力を抜くと、
 恭也が海斗の腕を解放する。

「理由を言え」

「………あいつ、なのか?」

「あいつ?」

「とぼけるんじゃねぇ! あれは間違いなく麗華の首だった!」
 確信は無かったが、海斗は自分の目を信じ、恭也に箱の中身を打ち明け、
 知っていて自分に見せたのではないかと問い詰める。

「だったら、どうした?」
 だが、熱くなる海斗とは対照的に恭也の態度は至って平静を保ったまま、
 海斗へ箱の中身を知りたがる理由を聞く。

「なん、だと……」

「箱の中身が仮に麗華の首だったとして、
 今のお前に何の関係がある?
 すでにボディーガードを辞めたお前が、だ。
 もう何の未練も無いんだろう?」

「ぐっ……」

「そうそう、麗華から伝言を預かってきたのを忘れていた」
 ポケットから麗華の想いを録音したボイスレコーダーを取り出し、
 海斗の前に見せつける。

「伝言?」

 ピッ!

「ザ……ザザ……海斗……」
 恭也が再生ボタンを押すと、小さい雑音の後、海斗の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「麗華っ!?」
 この間まで当たり前のように聞いていた麗華の声に、
 海斗は懐かしさすら感じるほど、長い時間が経ったような錯覚を覚える。

「……帰ってきてよ……」

「ボディーガードとして……」

「私の……として……」

「もし、あんたが望むなら……」

「逃げてもいい……」

「あんたと二人で、どっかへ―――」

 メキメキ……グシャッ!!

 すると、まだ麗華が喋っている途中で、
 おもむろに恭也は力を籠め、海斗の目の前で
 ボイスレコーダーを握り潰す。

「何、しやがる……」
 バラバラになったボイスレコーダーを見つめながら、
 呆然自失になる海斗。

「ここまで聞ければ十分だろう?
 そして、もう二度と聞く必要は無いのだから」

「恭也ぁーーー!!」
 ついに海斗の怒りは頂点に達し、雄たけびを上げる。

(ようやく腑抜けた状態を脱したか……)
 その様子に、恭也は死んだ魚のようだった海斗の目に力が戻ったことを確信する。

「テメェ―が殺ったのか?」
 海斗もまた、心の中で抱いている疑問を恭也にぶつける。

「…………」

「黙ってないで、さっさと答えやがれ!!」

「実に楽な仕事だったぞ。どれだけ強がろうと、
 麗華もやはり所詮は口先だけの御嬢様だ」

 海斗に急かされ、淡々と恭也が返した言葉は、
 肯定と判断するには十分なものであった。

「そうか……だったら……」
 恭也の言葉で疑問が確信へと変わり、
 ここから先の海斗の行動も確定する。

「だったら?」

「恭也……てめぇは殺す!!」


 麗華を失った怒りで我を忘れ、猛然と恭也に挑みかかる海斗

 もはや避ける事の出来ない闘いの中で、恭也の選んだ行動は?

 そして、勝つのは一体、どちらなのか?


 第111話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.111 )
日時: 2015/12/29 21:42
名前: 雷斗

「暁の不破」
第111話「想い」

 ダッ!!

「うおぉぉーーー」
 怒りを拳に込めるかのように強く握りしめ、恭也に殴りかかる海斗。

(速い……これまでの海斗の比じゃない!?)
 今までとは比べ物にならない速度で迫ってくる海斗に対し、
 恭也はその場から動かず、防御態勢をとる。

「無駄だ!」
 恭也の防御など気にせず、海斗の右拳が恭也の左腕を捉える。

 ズガッ!

「手応えあり!」
 拳から伝わってくる感触で、間違いなく当たったと確信する海斗。

 ドォォーーン!
 海斗のパンチを受けた恭也はそのまま部屋の壁に激突する。

(ガードされたが、左腕はイカレちまったはず……)
 この一撃くらいで恭也が終わるはずはないが、
 少なくとも左腕へのダメージは免れにないと海斗は判断する。

 ガラガラ……

「…………(ムクリ)」
 様子を伺う海斗に対し、恭也は瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
 海斗のパンチを受け止めた左腕も何ら異常は見当たらない。

「無傷……だと?」
 一方、何事もなかったかのように立ち上がり、
 服に付いた埃を払う恭也の様子に、海斗は驚きを隠せない。

「一つ聞く」
 そんな海斗へ恭也が突然の質問を投げかける。

「あん?」

「今のパンチ、まさか全力か?」

(ピキッ)
 挑発する恭也の言葉に海斗の怒りのボルテージは更に上がる。

「今度はこちらから行くぞ」
 反撃とばかりに恭也の方から海斗に攻撃を仕掛けていく。

「へっ、その程度かよ」
 だが、海斗は恭也の攻撃をあっさりとかわし、喋る余裕すら見せつける。

 スゥ……

 しかし、挑発し返す海斗を気にする様子はなく、
 恭也がおもむろに片手を広げて、海斗の前に突き出す。

「???」
 突然の恭也の行動が意味することが理解できない海斗。

「50%」
 何の前振りも無く、恭也がある数字を告げる。

「……何?」

「今の俺のスピードだ。 お前の力が見たくて、セーブさせてもらった」

「負け惜しみか? 恭也らしくもねぇ」

「ならば、ここから先も、同じような口が利けるのか?」

 チッ……

 恭也が喋り終わった途端、異常な殺気を感じ、
 反射的に回避行動をとった海斗だったが、完全には間に合わず、
 頬を強い衝撃がかすり、態勢が崩れる。

(な……なんだ、この感じ……全身の皮膚がざわめくような……)
 まるで周囲を恭也に取り囲まれているような錯覚を感じ、
 海斗の全身が最大限の警戒音を鳴らす。

「これで……60%だ」
 そんな海斗に向かって、まだ全力ではないことを告げる恭也。

(まだ上があるって言うのかよ……)
 その言葉を聞き、自分が絶体絶命の状況に居る事を理解する海斗。

 だが、二人の闘いの決着はまだついておらず、

 ここから先、恭也が攻め、海斗が守るという構図が固定され、

 徐々に恭也が海斗を追い詰めていく流れへと突入する

「ぐ……」
 かわすことはできないが、どうにか防御は出来る為、
 海斗は反撃のチャンスを待って、恭也の攻撃を耐え忍んでいたが、
 それも限界が近いことを感じ始める。

「さっきまでの勢いはどうした? 俺を殺すんじゃなかったのか?」
 海斗の限界を察しているのか、恭也がまたも挑発的な言葉を浴びせる。

「くそぉぉーーー」
 その言葉を聞き、防戦一方だった海斗が初めて反撃に転じ、
 恭也の喉元を狙って攻撃を仕掛けるが……

 スゥ……

 捉えたはずの恭也の身体を海斗の攻撃がすり抜けていき、恭也の姿が霧散する。

(残像!?)

「どうする? まだ続けるか?」
 本物の恭也は海斗の背後に回っており、
 結果が見えたと言わんばかりに、海斗へ続行の意思を問う。

「なんでだ? どうして届かねぇ!!」
 攻撃が当たらないことに納得できない海斗は、
 続行する意思を示すように闇雲に拳を振り回すが、
 すべて空を切るばかりで、恭也には一発も当たらない。

「まだ分からないのか!」
 そして、海斗の攻撃の間を縫うように、
 恭也が放った一撃が海斗にヒットする。

「ぐはっ……」

 ズサッ!
 恭也の拳が海斗の顔面をまともに捉え、その勢いで床に倒れ込む。 

「俺には護りたい人がいる……そして、お前にもいたはずだ。
 だが、お前はそれを自ら手放した!!」
 倒れた海斗へ、恭也は自身の闘いに掛ける思いを語り、
 海斗に欠けているものを指摘する。

(くそ……足に来てやがる……)
 一方、度重なり受け続けた恭也の攻撃によるダメージで、
 海斗は立ち上がる事さえ困難な状態に陥る。

「答えろ! 海斗! お前の力は一体何の為にあるんだ!」

「うるせぇ! 俺は自分の為に強くなったんだ! 守るものなんて必要ねぇ!」
 ふらつきながらも、なんとか気力を振り絞って立ち上がる海斗。

「そんな薄っぺらい力しか持たないから、お前は弱いんだ!」

 ガスッ!!

「がは……」
 だが、ようやく立ち上がった海斗に対し、
 恭也の容赦ない攻撃が襲い掛かり、
 またしても、床に倒れ込んでしまう。

「麗華はお前にとって、その程度の相手だったのか!」
 そして、床に倒れた海斗へ恭也が追い打ちで腹部へ何度も蹴りを叩き込む。

 ドスッ! ガスッ!

「ぐっ……」

「偶然出会い、気まぐれでボディーガードすることになっただけの御嬢様か!」

 ガシッ!
 さらに蹴りを叩き込もうとした恭也の脚を海斗が両腕で受け止める。

「むっ!?」

「違う……」

「何が違う! どう違う! はっきり口にしてみせろ! 朝霧 海斗!」
 海斗の両腕を振り払い、麗華に対する海斗の気持ちを問い質す恭也。

「あいつは俺の女だ! 誰にも渡しはしねぇ!」
 先ほどと違い、しっかりとした足取りで立ち上がり、
 海斗は自身の気持ちを大声で叫びながら、
 渾身の一撃を恭也に向かって放つ。

 ガスッ!
 そして、その一撃を逃げることなく、顔面でまともに受ける恭也。

「当たった……」
 まさか当たるとは思っていなかった海斗は、その光景に呆気にとられる。

「良いパンチだ。 その力が見たかった……」
 一方、海斗の一撃を受けた頬を手の甲でさすりながら、
 恭也は素直に海斗の力を褒め称える。

「恭也?」
 急に様子の変わった恭也を見て、海斗もつられるように気が抜けて、
 崩れるようにして尻餅をつく。

「まったく、あまり手間を掛けさせるな」
 呆れたような声で、恭也は今回の種明かしを始める。

「どういうことだよ?」
 何を言っているのかわからず、海斗が説明を求める。

「今の冷静になったお前なら、気づくと思ったんだがな」

「まさか……」

「もう一度、箱の中を良く見てみろ」
 ようやく海斗も気が付いたと判断し、先ほど見せた箱を開く恭也。

「これって……ただのマネキンの首じゃねぇか!!」
 よく中身を見ると、麗華に似た髪の色をしたカツラを被せられた、
 血糊付きのマネキンの首だと分かり、海斗は驚きを隠せない。

「そうだ」

「じゃあ、麗華は……」

「もちろん、生きている」

「さっきは殺したって言わなかったか?」

「俺は一度もそんなことは言ってはいない。
 お前が俺の返事を勝手に勘違いしただけだろ?」

「な、なんてヤローだ!!」
 悪びれることなく、しれっと返す恭也に、
 海斗は自分以上に意地の悪い男だと確信する。

「それだけ、お前の精神が不安定だったということだ。 少しは反省しろ」

(ぐっ……反論できねぇ)

「それで、これからどうするんだ?」
 海斗を連れ戻す為のキッカケ作りと、海斗自身の気持ちの確認を終え、
 恭也は、いよいよ本題の海斗に二階堂の屋敷の戻る意思があるのか、尋ねる事にする。

「俺は戻れない……」
 恭也の質問に対し、海斗は戻らないと返す。

「何故だ?」
 ここまでお膳立てをしても、なお戻らないと言う海斗に恭也は理由を聞く。

「わかってんだろ? これから先、俺があいつにどれだけ迷惑をかけることになるのか」

「だから、麗華の元を去ったのか?」

「あれ以上いれば、あいつに火の粉が降りかかっていた……だから―――」

「だから、どうした?」

「なんだと?」

「そんなもの、お前が払えばいいだけだろ?」

「そのために……俺はボディーガードを辞めたんだ!」

「だが、それはただの逃げだ。自分でもわかってるんだろう?」

「…………」

「こうなったからには、責任をとればいい」

「責任……」

「そうだ」

「……悪い……」

「何故謝る?」

「どうしていいか、わからねぇんだ」

「…………」

「麗華と居たい気持ちはある……だが、やはり、俺は戻れない」

「その理由はなんだ?」
 戻りたい気持ちがありながら、戻れないと言い続ける海斗へ、
 再度、その理由を聞く恭也。

「俺の身体には、どす黒い血が流れてる」

「知っている」

「そんな俺が麗華の傍に居れば……」

「お前にまともな血が流れてないことくらい、
 麗華は出会った時から理解してるだろう」

「…………」

「海斗……覚えておけ。
 自分の世界を変えられるのは、自分だけだということを」

「その言葉は?」

「昔、誰かから聞いた言葉だ。 たぶん、俺の母親が聞かせてくれたんだろう」

「たぶん?」

「俺は生まれてから、すぐに母親に捨てられたらしい。
 尤も、物心がつく前の話だから、あまり実感はないがな」

「俺と似たような境遇だったんだな、お前も」

「そういうことだ」

「俺も自分の世界を変えられるのかな?」

「それはお前次第だ」

「そうか……だったら、自分で変えるしかねぇな」

「なら、さっさと帰るぞ……」
 そう言って、手を差し出す恭也。

「ああ……」
 その手をしっかりと握り、恭也の手を借りて、海斗は立ち上がる。

「その前に、少し俺に付き合ってくれ」
 立ち上がった海斗は、部屋の奥へと恭也を案内する。

(あれは、以前見た金庫か……)
 案内された先には、恭也が以前見た大きな金庫。

「これは?」

「親父が残した金庫だ」

「雅樹さんが?」

「この中には、親父の全てがあるらしい」

「全て……」

「俺に力と罪を教え、自分が得た快楽……
 それを全て、ここに入れていた」

「つまり、金ってことか?」

「あるいはそれに準ずるもの……
 宝石なんかの類だろう」

「…………」

「ここに戻ってきてからも、ずっと悩んでいた。
 これを開けてみるべきかどうか、ってな」

「…………」

「九分九厘中身がわかっていても、
 やっぱり開けてみるまでは納得が出来ない」

「だが、事実を知るのも怖いと思った」

「俺が苦しんで苦しんでいた中、
 あいつは金庫を覗く度に笑みをこぼした」

「宝を集めることに夢中だった狂人」

「一人で開ける勇気が無い……」

「海斗……」

「麗華の元に戻る前に、過去を清算したい」

「ここにある金を全て破り捨てて、
 少しでも自分の罪を洗い流したい」

「わかった」

「俺が証人として見届けよう」

「ああ……」
 海斗は震えそうになる手を抑え、金庫の鍵を開ける。

 そして……何年も知る事のなかった雅樹の宝を、

 海斗は初めて見ることになる。

 ギィ……
 埃を巻き上がらせながら開く扉。

 その奥には、びっしりと詰まった紙。

「…………」
 それを奥から取り出す海斗。

「……な……」
 だが、裏返して中を見た瞬間、海斗は驚き、声を上げる。

「…………」
 恭也もまた、予想外の代物に、無言ながら驚きを隠せない。

 札束だろうと思い、取り出した紙は……

 再生紙のようなものばかり

「これは……」

 そして、その再生紙には……下手糞な落書き。

「なんだ、なんだこれ……」
 海斗は紙を撒き散らしながら、
 一枚一枚、中身を確かめていく。

 飛行機、車、剣、猫、描かれたものは様々。

 どれも下手糞で、他人が見れば、わからないような形のものまである。

「俺の……落書きだ……」

「……これ……は……?」
 結局、金銭的な類は何も見つからず、頭の中が混乱する海斗。

 否、混乱と言う言葉さえ、正しいと思えない。

「……どういう事だ?」

「雅樹さんは普通に良い父親だったということか?」

「そんなはずない、あいつは人の皮を被った悪魔だ」

「優しさの感情を持ってるなんてこと……
 ありえるはずがないだろ……」

「……だが、これは……」

「何かあるはずだ、なにか……」

 しかし、幾ら探しても、その金庫から出てくるのは、

 どれもこれも『家族の思い出』とつくものばかり。

 そして、数は少ないが落書きに混ざって写真が出てくる。

「…………」

「家族の、写真か?」

「……ああ」

 もう、海斗の記憶には欠片ほどしか残っていなかった写真。

 それは恭也と海斗が出会う以前の頃。

 幼い海斗が母親の胸に抱かれ、寄り添う父親が笑っている。

 それは、どこの家庭にもあるような、幸せそうな家庭。

「…………」
 事実を目の前にしても、海斗はまだ混乱していた。

 雅樹の真意がわからなくなったからだ。

 金庫の中に入っているものは、一般的に『宝』と呼べるものでなければならなかった。

(そうでないと、俺は……これもあいつの仕業なのか?)

(自分が死んで、いつか俺が金庫を開けた時、
 宝なんてありはしないと落胆させることを意図していた?)

「…………」

「俺がこんなことを言うのも、変な話だが……
 雅樹さんは良い父親、だったんじゃないのか?」

「少なくとも、俺の記憶にある雅樹さんは、そういう人だったと思う」

「は……バカ言うな。 どこが良い父親なものかよ」

「あいつは悪魔だ。 人を疑うことを教え、
 人から奪うことを教え、人を騙すことを教えた」

「そんなもの、普通の人間が学ぶことじゃないっ」

「そうかもしれないな……俺もお前に会う以前から、
 命がけで父親と戦い続け、その中から生き抜く術を学んだ。
 俺もお前も、まともな教育など受けていないだろうな」

「それでも、お前の心は壊れなかった。 俺の心は、壊れちまってる」

「そして、こんな人間にした親父が、正しいはずがない。
 いっぱしに愛情なんて持ってるはずがない」

「あるとすれば、歪んだ愛情に似た何かだ」

「だが、結果として、お前はこの劣悪な環境で生き延びることができた」

「…………」

「お前は雅樹さんを恨んでいるのか?」

「恨んでる……そう、思ってた」

「今は違うのか?」

「わかんねぇ。 ただ、恨んでいたかっただけなのかも知れない」

「俺と言う人間を作り上げた親父を。
 それを言い訳にして、自分に嘘をつき続けただけなのかもしれない」

「もし、本当に雅樹さんが悪魔なら、
 今のお前に対して、麗華があれほどまでこだわるはずがないだろう」

「麗華がこの場に居たら、きっとそう言うはずだ」

「へ、自意識過剰な女だぜ」

「麗華の事をなんだと思ってる?」

「そうだったな……
 あいつは……天下の、麗華御嬢様、だった」

「そういうことだ」

「それじゃあ、今度こそ、帰るぞ」

「ああ……」


 自分の心と向き合い、譲れないものを見つけた今、

 これから先の道を、自分で切り開くことを決意して……


 第112話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.112 )
日時: 2015/12/29 21:43
名前: 雷斗

「暁の不破」
第112話「帰還」

 恭也達が二階堂の屋敷まで到着したとき、

 完全に日が暮れ、辺りはすっかり闇に溶けていた。

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

「何度も言わせるな」
 恭也は海斗に肩を貸しながら、何度繰り返したのか、
 わからなくなった同じ答えを海斗に返す。

「まったく体中ガタガタだぜ」

「自業自得だ」

「こんな状態にした張本人には言われたくねぇな」

「文句があるなら、自力で戻るか?」

「…………」
 ここで反論すれば、本当に置き去りにされかねないと思い、
 海斗は黙って恭也の肩を借り続けることにする。

 そして、恭也達が正門をくぐると、明かりの灯った屋敷と、
 二人の帰りを待つ者たちの姿が見える。

「お帰りなさいませ」
 そして、帰りを待っていた一人であるツキが、
 丁寧にお辞儀をし、二人を迎える。

「こんなところで、何をしてるんだ?」
 勝手にいなくなっておきながら、
 帰りを待っていてくれたとは思ってもみなかった為、
 海斗は念のため、この場にいる理由を尋ねる。

「御神様のお帰りをお待ちしておりました」

「……一応、そこの男も」
 かろうじて聞き取れる程度の小さな声で、
 海斗の帰りを待っていたと話すツキ。

「ずいぶんボロボロになって帰って来たわね。 恭也もお疲れ様」
 本当に海斗を連れ戻してきた恭也に対し、労いの言葉をかける麗華。

「悪いな、本当に五体満足で連れて帰ってこれなくて」

「ああ、せっかくのイケメンが台無しだぜ」

「いいえ、顔は大して変わっておりません」

「容赦ないツッコミをありがとよ」

「それじゃあ、俺も帰らせてもらう。
 お前もいつまでも俺の肩を借りてるんじゃない」

 ドサッ!!

「うぉ!?」
 まさか、有無を言わさずに下ろされるとは思わず、
 そのまま地面に倒れ込む海斗。

「そうだ、 明日、会いに行くから時間を作って欲しいと、
 源蔵さんに伝えておいてくれないか?」
 最後に源蔵へのアポイントを伝え、恭也は月村の屋敷へと帰っていく。

「はい、承りました」
 ぺこりとお辞儀をして、恭也の見送るツキ。

「麗華……」
 体中が痛むものの、少しは回復していた為、海斗は自力で立ち上がる。

「海斗……」

「俺、戻ってきてもよかったのか?」
 屋敷の到着するまでの間に散々恭也に聞いた質問を
 麗華にも質問する海斗。

「誰が何を言っても、あんたは私のボディーガードなのよ」
 海斗の質問に、麗華が海斗は自分のボディーガードだと返事をする。

「…………」

「だから、誓いなさい。 あんたにとって、私はプリンシパルだと」
 そして、この場で自分が海斗のプリンシパルであることを誓うことを命令する。

「…………」
 しかし、禁止区域で恭也に対し言い放った自分の気持ちもあり、
 麗華の命令に従うべきか、無言で思い悩む海斗。

「早く誓いなさいよ」

「悪い、少し考えさせてくれ」

「そう……」

(麗華のヤツ、少し変わったな)
 海斗の知っている麗華であれば、ここで誓うまで屋敷の中には
 入れてはくれないだろうと思っていた為、
 意外にも、自分の要求を受け入れたことに内心驚く。

「お疲れになったのではありませんか?」
 そんなやり取りをする二人へ、助け舟を出すツキ。

「ツキ……」

「そうね。 ずっと恭也の帰りを待っていて、すっかり身体が冷えてしまったわ」

「お風呂の準備が出来ております」

 ツキに促されるまま、屋敷の中へと入っていく二人。

「ああ、いい湯だった」
 すっかり深夜になっていた為、風呂は海斗一人であった。

 そして、窓から夜空を見上げ、麗華を待つ。

「あんた、なにしてるの?」
 その時、風呂から上がった麗華が現れ、
 海斗に何をしているのか尋ねる。

「ったく、女は風呂がなげーな」
 それほど長く待っていた訳では無いが、
 海斗はまるで長時間待っていたような口ぶりで返す。

「男が早すぎるのよ」

「それで何してるの? 空でも見てたわけ?」

「麗華を待ってた」

「な、なによ、それ」
 不意をつかれた海斗の言葉に、麗華は顔を赤くし、激しく狼狽する。

「お前がどう受け止めるかはわかんねぇけど……」

「俺の独り相撲もいいとこかもしれねぇけど……俺の部屋に来ないか?」

「な……」

「はっきり言わないとわからないか?」

「意味、わかんない……わよ……」
 顔を先ほどよりさらに真っ赤にし、
 麗華は小声で海斗の言っている意味がわからないと言うが、
 その表情から明らかに理解していることが読み取れた。

「お前を――――」

「ば、バカ! ほんとに言おうとするな!」

「どっちなんだよ」

「あんた、わかってるの?
 私はプリンシパルで、あんたはボディーガード」

「それを誓えって言ったでしょ」

「それは、少し考えさせてくれって言ったはずだ。
 だが、今、はっきりした」

「俺は、お前がプリンシパルだと認めない。
 ただ……守りたい女なんだ」

「っ!」

「だが、これだけは約束する。 例え、お前に拒まれても……
 お前が望む限り、俺はお前の傍にいる」

「…………」
 海斗の言葉に、麗華は何も答えない。

(どうやら、俺にはそこまで踏み込む資格はないらしい)
 その様子に、海斗は拒絶されたのだと判断する。

「わかった。 この話はこれで終わりだ」

「あ……」
 未練ありげな声を麗華が上げるが、
 当の海斗の耳には届かない。

「じゃあ、おやすみ」
 そして、海斗は麗華に背を向け、自室へと戻っていく。

「…………」

(数日離れただけで、随分と懐かしいもんだ。
 もう、戻れないと思ってたからな)

「寝るか」
 再び二階堂の屋敷に戻って来たことを懐かしむのも
 ほどほどに、海斗は就寝することにする。

 時刻は12時を回ろうとしていた。

 冷え切ったベッドに、身を潜り込ませる海斗。

 もしかしたら、ここに麗華がいたかも知れないと考えると、

 少しだけ心と身体が寂しく感じられる。

 それでも、身体は疲れ切っていた為、海斗はそのまま目を閉じる。

 ギィ……

 それから二時間ほど経過した頃、不意に部屋の扉が開く。

 そして、恐る恐る部屋の中へと入る人物が一人。

「……起きてるの……?」
 その張本人である麗華が、ベッドで横になっている海斗に小さく声を掛ける。

「…………」
 しかし、海斗は寝てしまっているのか、何も答えない。

「なによ、寝たの?」
 海斗の返事がないことに麗華が不満げな声を上げる。

「まだ2時じゃない……」

「…………」
 さらに麗華が声を掛け続けるも、やはり海斗からの返事はない。

「あ、あんな大層なこと言っておきながら、
 なに勝手に一人で寝てるのよ、バカ!」

「ずっと考えて、考えて……
 それで、ここに来た私がバカみたいじゃないっ」

「…………」

「いいわよ。 もう……」
 話しかける事を諦め、麗華は部屋を出ていくことにする。

 その時、突然、部屋の電気が点く。

「待てよ」
 部屋から出ていこうとする麗華を海斗が呼び止める。

「ひゃっ!」
 不意に声をかけられ、麗華が小さな悲鳴を上げる。

 一方、海斗は傍から離れようとした麗華を捕まえる。

「おおお、お、起きてたの!?」

「フラれたショックで寝つけなかったんだよ」

「なっ……」

「けど、ここに来たってことは……いいのか?」

「よくないっ!」
 顔を真っ赤にして逃げようとする麗華だったが、
 海斗は逃がさないように、腕をしっかりと掴む。

「蟻地獄へ落ちたからには、もう逃げられないぜ」

「ほ、本気?」

「お前がそうであってくれるなら」

「…………」

「どうしろって言うのよ……」

「よく、わからないんだから」

「座れよ」
 立ったまま落ち着かない様子の麗華を隣へ座らせる海斗。

「念のために聞いとくが……
 これから、何しようとしてるか、わかるよね?」

「……わかるわよ……」

「じゃあ、こっち向いてくれ」

「嫌」

「……なんだそりゃ」

「…………」

「じゃ、ちょっと強引に向かせる」
 優しく麗華の頬に手を寄せ、
 顔を自分の方へと向けさせようとする海斗。

「その前に……」
 しかし、麗華がその手を止めさせ、何かを訴えてくる。

「???」

「電気、消して……」

「わかった」
 麗華の要望を聞き入れ、海斗が部屋の灯りを落とす。


 その後、真っ暗になった部屋の中で、

 人知れず行なわれた行為を知っているのは、

 海斗と麗華の二人だけ……

 互いの想いを確かめ合ったことで、二人の絆は強固なものとなったが、

 まだ最大の障害を乗り越えていないことを海斗は明確に理解していた


 第113話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.113 )
日時: 2015/12/29 21:43
名前: 雷斗

「暁の不破」
第113話「説得」

 翌日、海斗は意を決して、一人で書斎へ向かう。

 コンコン……
 そして、静かに扉をノックし、源蔵が部屋の中にいるか確認する。

「入りなさい」
 すると、部屋の中から返事が返ってくる。

 ガチャ……
 源蔵がいることが確認できたため、書斎の中へと入っていく海斗。

(恭也も来ていたのか……)
 すると、昨日の別れ際に言っていた通り、
 すでに恭也が来ており、海斗と目が合う。

(海斗……)
 恭也もまた、海斗が来るであろうと思っていた為、
 特に何も言わず、無言を貫く。

「ん?」
 一方、源蔵は入って来た相手が海斗だとわかると、顔をしかめる。

「誰かと思えば、貴様か」

「…………」

「何しに戻って来た?」

「…………」

「なんとか言ったらどうだ」

「俺は正直言えば、人間としての価値もないクズだ」
 源蔵に促され、自分自身について話し始める海斗。

「…………」

「腐った地獄で生まれ、腐ったように生きてきた」

「胸を張れる行いなんて、やったこともない」

「あんたに対して、敬語ひとつ満足に使えやしない」

「無駄な雑学は知ってても、常識が無い」

「本当にクズだな」
 海斗の告白を聞き、呆れる源蔵。

「ああ、そう思う」
 だが、源蔵の発言を当然の反応と受け止め、
 自分も同感だと海斗は言う。

「だが……それでも……そんなクズでも……」

「大切な女を一人、守り抜くことは出来―――」

 ガスッ
 海斗が言い終わる前に、
 黙って聞くことが耐えられなくなった源蔵が海斗を殴り飛ばす。

「…………」
 源蔵の怒りは当然だと理解している恭也は、
 止める素振りすら見せず、ただ黙って様子を伺っているだけ。

「くっ……!」
 海斗もまた、殴られるだけのことをしていると理解している為、
 甘んじて、源蔵の一撃を受け入れる。

「自惚れるな、小僧!」
 しかし、一発殴った程度では娘に手を出された源蔵の怒りが収まるはずもなく、
 海斗の言おうとしたことを真っ向から否定する。

「資産も持たず、常識も持たず、戸籍すら持っていない貴様が……守る?」

「人を守る事は、そんなに簡単ではない!」

「この世界で貴様は何も出来ん」

「誰かを守るどころか、自分すら守ることなど出来はしない」

「金がなければ、何一つ物を買うことが出来ず」

「常識がなければ、他者に迷惑をかけ、煙たがられる」

「戸籍がなければ、満足に働くことすら出来ん」

「それでも……俺なら麗華を―――」
 源蔵の正論に対し、綺麗事で返そうとする海斗。

 ガスッ
 だが、またしても言い切る前に源蔵に殴られてしまう。

「おこがましいわ!」

「貴様は、どれほど悪に手を染めてきた?」

「一度か? 二度か? 数え切れないほどか?」

「そんな男が、私の娘の名を口にするのも汚らわしい」

「……それでも俺は……」

「まだ言うか」
 源蔵が海斗の胸元を掴む。

「私は絶対に認めん。 麗華だけでなく、
 例え万人がお前を認めたとしても、私は認めない」

「貴様も、雅樹も、私は認めん!」

(親父!?)

「どうして、そこで親父の名前が出てくるんだよ?」

「…………」

「答えちゃくれねぇか。 なら、俺からも言わせてもらうぜ」

「それでも俺は麗華を守る」

「…………」

「例え、世界中の人間すべてが俺を否定しても……
 俺は、もう二度と麗華の傍を離れない」

「恋人にでもなったつもりか?」

「そう取られても否定はしない」

 ガスッ

「ボディーガードと名乗る事さえ非常識」

「それに拍車をかけ、恋人だと? 戯けが!」

「最悪、麗華を連れ、駆け落ちでもしそうなものだ!」

「…………」

「愚かすぎる」
 駆け落ちを否定しなかった海斗を、
 源蔵は愚か者だと断じる。

「もう顔も見たくないわ!」

「俺は……どうすれば、俺は認められる!」

「そんな道は無い。 後にも先にもお前にはな」
 源蔵は冷たく言い放ち、海斗を書斎の外へと追い出す。

「ふぅ……」
 そして、海斗が出て行ったところで、
 源蔵は椅子に深く腰かけ、荒げた息を整える。

「大丈夫ですか?」

「すまない、見苦しいところを見せてしまったな」

「いえ、気にしないで下さい」

「それでは、昨日あったことを話してくれないか?」

「わかりました。 源蔵さんのご依頼通り、
 麗華が海斗の元へ向かうのを止め、
 その上で、俺が海斗を屋敷に連れ戻しました」

「それはヤツが書斎に来たことからも理解できる」

「海斗は俺に対し、麗華に対する自分の想いを打ち明けました」

「…………」

「ここから先は俺の想像になりますが、
 おそらく昨日、海斗は麗華にも自分の気持ちを打ち明け、
 麗華はそれを受け入れた……でなければ、源蔵さんに会いに来るとは思えません」

「確かに、君の言うとおりだ」

「今回は海斗の完敗でしたが、まだ諦めていないでしょうね」

「何度来ても、私の気持ちは変わらん」

「でしょうね。 しかし、本当に麗華と駆け落ちに走ったら、どうします?」

「君は神崎氏になんと言われているんだね?」

「以前お話した通り、佃吾郎氏は俺に判断を一任する、と」

「では、君自身はどうするつもりだ?」
 判断を一任されていると聞き、質問を変える源蔵。

「源蔵さんには申し訳ありませんが、
 海斗が雅樹さんと同じ道を選んでしまった場合は、
 不本意ながら、二人の命は保証しません」
 源蔵の質問に、恭也は二人の命は無いと答える。

「わが娘が、そんな愚かな選択はしないと信じたいものだ」

「俺からもいいですか?」

「なにかね」

「何故、雅樹さんの名前を出してしまったのですか?」

「口にしたくはなかった。 だが、ヤツの顔を見ていたら、
 言わずにはいられなかった……それだけだ」

「気持ちは理解できます。
 しかし、それは失言だったかもしれませんよ」

「…………」

「海斗はああ見えて、勘は鋭い方です。
 あの一言から、何か掴んでくるかもしれませんよ」

「まさか……」

「ええ、佃吾郎氏に辿り着く可能性がある、ということです」

「だが、ヤツは当然として、麗華個人にも神崎氏との繋がりはない。
 接触することなどできんはずだ」

「しかし、残念ながら、神崎の屋敷もこの区域にあります。
 アポは無理でも、直接向かう可能性は捨てきれませんよ」

「…………」
 恭也の可能性を否定する材料は無く、
 源蔵は無言でそれを受け止める。

「ここまで来てしまった以上、
 俺は二人には真実を知っておくべきだと考えています」

「本気で言ってるのかね?」

「最終判断は、佃吾郎氏に委ねますが、
 何も知らずに駆け落ちされるより、
 真実を知って、考え直させる方が得策かと」

「確かに、ヤツを認めることなど出来んが、
 自分の父親の愚行を知れば、さすがに嫌でも理解するか」

「では、あの二人が万一、佃吾郎氏まで辿り着いた場合、
 二人を佃吾郎氏と引き合わせてもよろしいですね?」

「ああ」

「それと、海斗達が駆け落ちに走らない限り、
 俺もこれ以上の介入はしません。
 後は二階堂の中での問題となりますから」

「わかった」

「それじゃあ、今日はこれで失礼します」
 源蔵への報告と、海斗達の処遇についての話し合いを終え、
 恭也は書斎を出ていく。

「ってぇ……」
 その頃、書斎を追い出された海斗は、中庭に移動し、
 殴られた箇所をさすりながら、麗華に結果を報告する。

「それで、見事に玉砕したってわけね」
 海斗からの結果を聞いた麗華は呆れた表情を浮かべている。

「いっそのこと、麗華と一夜を共にしたって言えばよかったか?」

「ばばば、バカじゃないの!」

「そんなに動揺するなよ」

「してない!」

 ガスッ

「な、殴られたとこを殴るなっ……」

「あんたがバカ言うからよ」

「なんとかしてお父様を説得しなさいよ」

「わーってるよ、それは」

「…………」

「一つ、これが正解かどうかはわかんねぇが」

「なに?」

「俺の親父が、何かのヒントになるかも知れない」

「あなたのお父さんが?」

「佐竹が親父を知っていたように、おそらくオッサン……旦那様も知ってる気がする」

「……そんな素振りが、なかったわけじゃ、ないわね」

「だから、調べてみようと思う」

「いいの?」

「今はこれしか手がかりがないからな。
 それに……お前の為なら、何のことは無いさ」

「そ、そういう歯が浮く台詞を言うな!」

「嘘くさいか?」

「生憎だが、そんな面白くもない冗談は言わん」

「だから質が悪い!」

「可愛いヤツだな。 赤くなって」

「く〜〜っ!」

「手、貸してくれるか?」

「あんただけじゃ、頼りないし」

「頼りにしてるぜ」

「あんた、卑怯」

「何が?」

「今までウダウダ言ってたり、非協力的な態度ばかりだったのに……
 なんで、そんなに優しい感じさせるのよ」

「お前になら、そうしてもいいと思ったからだよ」

「そういうのが卑怯!」

 ガツンッ
 恥ずかしさの裏返しと言わんばかりに、
 顔を真っ赤にして、海斗に向かって自らの頭をぶつける麗華。

「頭突きするなっ!」

「……恥ずかしくて、あんたの顔が見れないっ……!」
 両手で顔を隠し、イヤイヤと首を左右に振る麗華。

「…………」

(なんだコイツ……すげぇ可愛いんだが? 本当に、あの麗華か?)
 初めて見る麗華の姿に、海斗は思わず抱きしめたくなる。
 しかし、今の自分は赤の他人もいいところだと自覚し、自重する。

(なんとかして認めてもらわなければならない)
 そして、海斗は雅樹の通った軌跡を調べる事を心の中で決意する。 

「それで、どうするの?」
 屋敷の中へと戻り、源蔵を説得する為に何をするのか、海斗に尋ねる麗華。

「佐竹や旦那様が、俺の親父を知ってると言うなら、結構簡単かもしれない」
 麗華の質問に、海斗は簡単かもしれないと言い出す。

「どう言う事?」
 その言葉の真意を問う麗華。

「つまり、同じくらいの歳で、
 かつ、この辺りに住む人間なら知ってそうってことだ」

「理屈じゃそうなるけど、事は思ってるほど簡単じゃないわよ」
 海斗の考えを肯定するも、簡単ではないと話す麗華。

「その根拠は?」

「だって、私が最初に調べた時、
 誰一人、どんな小さな情報すら手に入らなかったもの」

「…………規制」

「え?」

「もしかして、俺の親父の事は、
 禁句のようなことになってるんじゃないか?」

「つまり、過去に何か、あったってこと?」

「親父が元々こっち側なんだとしたら、
 あっち側に『行かざるを得ない』理由があったからだろ?」

「そうでしょうね……伊達や酔狂で暮らす場所じゃないもの」

「仮に『起こってはならない何らかの事件』を
 親父が引き起こすか、巻き込まれていたと仮定しよう」

「ええ」

「そして、その事自体が禁句になっているなら、
 誰かが筆頭になって口外しないように命じたはずだ」

「少数の口裏合わせじゃ、一人の人間の情報を遮断することは不可能に近い」

「資産家たちを黙らせるほどの権力者……」

「そう。 そいつが情報を握ってるはずだ」

「二階堂にさえ口を挟める人物に心当たりは無いか?」

「そんなの、一人しか浮かばないわね」

「誰だ」

「あんたも知ってる人の関係者よ」

「神崎佃吾郎」

「神崎? ……薫のプリンシパルの?」

「ええ」
 海斗の質問に小さく頷く麗華。

「佃吾郎氏は、憐桜学園の生みの親なの」

「なるほど……それは大物そうだ」

「どうにかアポイントを取る事は出来ないか?」

「無理ね。 私は会ったことも無いもの」

「だったら、方法は一つしかないな」

「まさか……」

「直接、神崎の屋敷に行くぜ」

「……本気、なんでしょうね……」

「止めるか?」

「残念だけど、止めるだけの策が無いわね」

「策が無くても、ここは止める場面だろう」
 そんな二人の前に恭也が現れ、
 アポなしで神崎の屋敷に行くことを制止する。

「恭也!?」
 突然、登場する恭也の姿に、海斗は驚き、声を上げる。

「全く、二人揃って何を話しているかと聞いてみれば、
 さすがに佃吾郎さんに会う方法の相談だとは思わなかったぞ」

「そういえば、恭也は一時期、神崎に絡まれていたんだったな」

「人聞きの悪い言い方をするな」

「悪い」

「もしかして、恭也は佃吾郎氏と面識があるの?」

「ああ」

「麗華……」
 恭也の答えを聞いた瞬間、
 海斗は表情を明るくし、麗華の方へと顔を向ける。

「ええ、なら、恭也から佃吾郎氏にアポイントは取れないかしら?」
 麗華も同様だったらしく、
 恭也に佃吾郎へのアポイントを取る事をお願いする。

「可能か、不可能かと聞かれれば、それは可能だ。
 だが、理由も聞かずに、協力することはできんな」

「旦那様を説得したい。 その為のヒントが親父の過去にあるはずなんだ」

「海斗!?」
 理由を正直に打ち明ける海斗に、
 麗華は驚き、止めに入ろうとする。

「いいんだ、もう恭也に頼むしか方法は無い。
 であれば、この場での隠し事は逆効果だ」
 麗華の行動を海斗は首を横に振って制止させ、恭也に頼む以外手は無いと話す。

「良い心がけだ。 だが、本当に雅樹さんの過去を聞いてしまっていいのか?」

「どういう意味だよ?」

「ここから先に進めば、もう後戻りは許されないということだ」

「覚悟は出来ている」

「私もよ」

「最悪、二人とも命を落とすかもしれない、と言ってもか?」

「…………」
 恭也の放たれた一言に対し、すぐに答えられず、
 海斗の頬に冷たい汗が流れる。

(こいつ……本気で言ってやがる)

 ギュ……
 そんな海斗の心を支えるように、麗華が海斗の手を握る。

(麗華……)
 その小さな手は小刻みに震えており、
 麗華も怖いのだと理解する海斗。

「……(コクン)」
 それでも、麗華と離れることなどできない海斗は、
 恭也の問いに対して、大きく首を縦に振る。

「お前たちの覚悟、見届けさせてもらった」

「それじゃあ……」

「望み通り、佃吾郎氏に会えるように取り計らおう」

「すまねぇ、恭也」

「ふ、気にするな。
 それより、すぐに出発するが、二人とも大丈夫か?」

「ああ、頼む」

「私も平気」

「わかった、行こう」


 恭也の協力を得て、神崎の屋敷へと向かう海斗と麗華。

 そこで聞かされる父親の過去を知り、二人が選んだ道は?



 第114話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.114 )
日時: 2015/12/29 21:43
名前: 雷斗

「暁の不破」
第114話「父の過去」

 恭也と共に神崎の屋敷へと向かう海斗と麗華。

「ちょっとここで待ってろ」
 そして、屋敷の前に到着すると、恭也は二人を門の前で待たせ、
 一人で屋敷の中へと入っていく。

「今日は火急の知らせとのことだが、何の話をしに来たのかね?」
 いつもと同じく道場で待っていた恭也の元へ佃吾郎が現れ、用件を尋ねる。

「実は、雅樹さんの息子である海斗と、源蔵さんの娘の麗華が、
 佃吾郎さんに会いたいと言ってきましたので、そのお知らせに」
 そして、今回の訪問理由を佃吾郎に伝える恭也。

「……詳しく聞かせてもらおうか」
 佃吾郎は恭也の用件を聞き、事情を説明することを求める。

「……という訳です」
 恭也は海斗と麗華が好き合っている事、その事が源蔵に認められなかったこと、
 そして、二人がこのままでは雅樹と百合と同様の行動をする可能性があること等、
 知っている情報の全てを伝える。

「ふむ、それでお主はどう考えておる?」

「源蔵さんには雅樹さん達のことを話すべきだと提案し、
 受け入れてもらいました。 後は、佃吾郎さんが了解してくれるなら……」

「雅樹の話を聞き、二人が思い留まってくれれば良いんじゃが、
 万一の事態になった場合はどうするつもりなんじゃ?」

「これも源蔵さんには言いましたが、同じ過ちを繰り返す二人なら、
 不本意ではありますが、俺が二人を手に掛ける、と」

「お主の覚悟、しかと理解した。 二人を連れてきなさい」

「ありがとうございます」
 佃吾郎の了解を得たところで、恭也は立ち上がり、
 海斗達を呼びに、屋敷の外へと向かう。

「ったく、いつまで待たせるんだよ」
 中々、屋敷の中から戻ってこない恭也に痺れを切らし、
 海斗はブツブツと文句を垂れる。

「ほう、人にアポを頼んでおきながら、
 文句を言うとは、随分偉くなったな?」

「恭也!?」
 冷や汗を流し、恭也の登場に驚く海斗。

「それで、どうだったの?」
 一方、そんな海斗を無視して、麗華が恭也に結果を尋ねる。

「アポは取れた。 俺の後を付いて来い」
 麗華の問いに、恭也は結果を端的に伝え、
 そのまま二人を連れて、再び屋敷の中へと入る。

 恭也に案内されるがまま、道場へと連れられる海斗と麗華。

「お待たせしました」
 そして、道場の戸を開け、中で待っていた佃吾郎へ声を掛ける恭也。

「恭也に頼み、ワシに会いたいと言ってきたは、お主らか?」
 一方、佃吾郎は二人へ確認の意味を込めて話しかける。

「お忙しい中、失礼だとは思いましたが……」

「私は二階堂 麗華と言います。
 そして、こちらがボディーガードの朝霧 海斗です」
 佃吾郎の問いかけに麗華が自己紹介し、同時に海斗の紹介をする。

「どうも」
 麗華の紹介を受け、挨拶する海斗。

「ほう。 源蔵の娘とそのボディーガードか」

「まぁ、座りなさい」

「はい」

「ああ」

「して、このワシに何用かな? 御嬢さん」

「用があるのは俺の方だ……です」
 佃吾郎の問いかけに、海斗が麗華に代わって答える。

「む?」
 佃吾郎もまた、答えようとする海斗の方へと顔を向ける。

「朝霧 雅樹……この名前に聞き覚えはありませんか?」

「…………」
 海斗の質問に佃吾郎は何も答えず、海斗の顔をジッと見つめる。

(全く感情を悟らせない。 佐竹や恭也と同等か、それ以上かも)
 恭也に仲介を頼んだとはいえ、喋ってもらえないことを考慮し、
 海斗は表情から信憑性を読み取ろうと試みるが、全く読み取ることが出来ない。

「お主……名前はなんと言ったかのぅ?」
 そして、佃吾郎は何かを確かめるように、海斗の名前を尋ねる。

「海斗……朝霧 海斗」

「…………」

「なぜ、その男のことを知ろうとする?」

「今の俺にとって、大切なことだからだ」

「私にとっても、そうです」

「お主たちの全てを、ワシに話してみよ」
 すでに恭也から事情は聞いているものの、
 佃吾郎は二人の口から直接、話を聞きたいと言う。

「…………」
 佃吾郎の要望に対し、海斗は無言で麗華の方へ顔を向け、
 麗華に判断を委ねることにする。

「わかりました」
 海斗に判断を任された麗華は、しっかりと頷いて答える。 

 そして、海斗と麗華は包み隠さず、これまでのことを話し始める。

 海斗が特区の出身であること

 雅樹が元ボディーガードであること

 ボディーガードでありながら、二人が関係を持ったこと

 これらのことは恭也から伝えられていることも考えたが、

 二人は自分たちの口から伝えるべきだと思い、

 どれかを隠すことは一切せず、全てを話した。

「そうか……」
 最後まで黙って聞いていた佃吾郎であったが、
 二人の話が終わると静かに深く頷く。

「…………」

「…………」
 次の佃吾郎の言葉を、無言で待つ二人。

「いいじゃろう。 ワシの知るすべてを話そう」

(ついに俺の知らない親父を知る)
 佃吾郎から語られる話に不安と期待を混じらせながら、耳を傾ける海斗。

 佃吾郎の口から語られる雅樹の過去

 雅樹は優秀なボディーガードであり、朝霧家は秀でた資産家であったこと

 そんな雅樹のプリンシパルに選ばれたのは、神田川 百合という少女

 百合は、源蔵と婚約者同士であったが、百合が病弱であった為、

 二人の仲は周囲の期待通りの進展はしなかった……

 そして、卒業を控えたある夜、その状況を打開しようと源蔵は百合を

 屋敷に泊まる事を勧めた日に事件が起こる

 雅樹が百合を連れて駆け落ちしたのだ

 そんな二人を周囲は許さず、徹底的に追い詰め続けた

 だが、ある日を境に二人は完全に姿を消してしまう

 いつしか、一向に見つからない二人を探すことを周囲は諦める

 その代わり、佃吾郎はこの事実を隠蔽することを決め、

 この事件がキッカケでボディーガードとプリンシパルの恋愛が禁止だと、

 改めて、強く唱えられるようになった

「奇しくも……」
 佃吾郎の話が終わり、海斗が口を開く。

「奇しくも、俺は、今の親父と同じ立場ってことか」

「…………」

「…………」

「そりゃ、許すわけねぇよな。 源蔵のオッサンが」

(自分の婚約者を親父に奪われただけでなく、
 娘までその息子に奪われかねないんじゃ、拒絶されて当然だ)
 佃吾郎の話を聞き、これまでの源蔵の態度の理由を理解する海斗。

「ワシは隠居した身。 お主らに助言も苦言もしてやることは出来ん。
 だからこそ、恭也に依頼し、判断も任せた」

「今回も恭也に頼まれたから、こうして雅樹の話はしたが、
 二人が惹かれあっておるなら、よく考える事じゃ」
 そこまで言って佃吾郎は立ち上がり、海斗達に背を向ける。

「ワシを恨むか? 雅樹の息子よ」

「いや……俺があんたの立場なら、きっとそうした」

「……そうか」

「一つだけ、聞かせてくれんか」

「雅樹と百合は……幸せだったか?」

「…………」

「俺には、わからない」

「俺が生まれた時には、もう母親は死んでいたし……
 親父の笑顔を見た事なんてほとんどなかった」

「…………」

「ただ、思い出を大切にしていたことは確かだ」
 恭也とアパートで見た写真は、それを物語っていたと海斗は思う。

「……ありがとう。 話せてよかった」
 海斗の言葉を聞き、道場から出ていく佃吾郎。

「俺は佃吾郎さんと話があるから、二人は帰ってていいぞ」
 そんな佃吾郎を恭也が追いかけ、海斗達に先に帰っていいと伝える。

「佃吾郎さん」

「……別の部屋で話すか」

「はい」

「あの二人、どうすると思う?」

「駆け落ちを諦めてくれることを期待していましたが、
 正直、望みは薄いでしょう」

「…………」

「だが、二人が急ぎすぎているのもまた事実です。
 最悪の場合、先ほどお話しした通り、俺の手で決着をつけます」

「意思は変わらず、か……」

「さすがに親子二代で同じ過ちを繰り返させるわけにはいきませんから」
 そこまで言ったところで、恭也は立ち上がり、
 神崎の屋敷を出てこうと、佃吾郎に背を向ける。

「わかった……お主の意思を尊重しよう。
 ワシの代わりに結末を見届けてくれれば、
 今回の依頼は終了じゃ」

「承知しました。 では、失礼します」
 一度振り返り、佃吾郎にお辞儀をして、恭也は出ていく。

 海斗と麗華の行動を見届ける為に……あるいは二人を……

「親父、母親……オッサン、佐竹……」
 すべてのピースが埋まろうとしていると理解する海斗。

 にも関わらず、答えが見える気がせず、考えが堂々巡りする。

「ねぇ」
 屋敷へと帰る間、麗華が海斗に話しかける。

「ん?」

「どうするのが、正しいのかしら」

「…………」

「このままじゃ……絶対にお父様は納得しない」

「そうだな」

「あんたが望むなら、私は、あんたと……」

「なに言ってんだ」

「お前はまだ学生だし、俺だってそうだ」

「逃げ出したって待ってるのはただの地獄」

「でも、海斗がいる」

「あんたのいない時間は、もっと地獄だった」

「……麗華」

「私を連れて行って……」

「例え、それが、僅かな時間の逃避でもいい。
 ただ、お父様たちに対する反抗の行動でも構わない」

「だから……」

「…………」
 麗華の言葉に対し、海斗はその場で何も答えられなかった。

 二人は屋敷へ到着し、自室へと戻る。

(俺はどうすればいい……)
 ベッドに寝そべりながら、海斗は答えを求め、自分自身に問い掛ける。

(どう選択し、行動することが正しい……)

(麗華と一緒にいる為には、この屋敷で生活していくことは出来ない。
 オッサンも佐竹も、認めてはくれないだろう)

(今でこそ恭也のおかげでボディーガードに戻れたが、
 いつまでも留まるようであれば、つまみ出されるのが関の山だ)

(それでも、外でなら会う事も不可能じゃない。
 しかし、それもまた新しいボディーガードによって阻まれてしまうだろう)

(俺達が一緒になるには、麗華を強引に連れだすという選択肢しかない。
 それは……正しい選択なのだろうか……)

(それに、恭也の忠告を無視すれば、俺達二人とも、間違いなく……)


 考えられる選択肢とその結果を想像し、思い悩む海斗


 そして、海斗は雅樹と同じ道を選んでしまうのだろうか……


 第115話につづく


メンテ
Re: 暁の不破 ( No.115 )
日時: 2015/12/29 21:44
名前: 雷斗

「暁の不破」
最終話(第115話)「未来へ」

 早朝3時。

 人々が寝静まった時間。

 海斗と麗華は中庭で落ち合う。

「お待たせ。 準備してきたわ」
 そう言って、小さな手提げ鞄を持ち上げる麗華。

「本当にいいのか?」
 自分から言い出したとはいえ、麗華へ意思確認する海斗。

「今さらね」
 
「……そうか」
 海斗の返事を聞き、麗華は手を差し出し、海斗の手を取る。

(本当に……これでいいのか?)
 そう心の中で問いかけながら、一歩ずつ歩いて行く海斗。

 屋敷を出れば、もう引き返すことは出来ないと理解しながら……

(本当に……これでいいのか?)
 もう一度、同じ質問を自分自身に問い掛けるが、答えは返ってこない。

「…………」
 しかし、先ほどとは違い、海斗は歩みを止め、その場で立ち止まる。

「海斗?」
 外を目前ににして、突然立ち止まる海斗を不思議に思い、麗華が声を掛ける。

「…………」
 だが、海斗は麗華の声が聞こえていないのか、返事をしない。

「急がないと見つかるわ」

「戻るぞ」
 何を思ったのか、屋敷へ引き返すと言い出す海斗。

「え?」

「ここで逃げ出しても、なんにもならねぇ」

「でも……」

「親父が選んだ選択が、間違いだとは思わない」

「大切な人と生きる為に苦しい道を選んだ理由もわかる」

「だが……」

「親父と同じ道を歩くのは、間違ってる気がする」

「なんで、そう言えるの」
 駆け落ちを否定する海斗へ、その理由を問う麗華。

「もう、あんたはいつ追い出されてもおかしくないのに」

「確かにな」

「それでも、間違ってる」

「俺は俺のやり方で、お前の傍に居る」

「どうするって言うのよ」

「何回でも何回でも説得するさ」

「つまみ出されたら、忍び込めばいい」

「そんなスキルなら常人以上だしな」

「…………」

「怒るか?」

「あんたが決めたら……私は従うわ」

「そうか」
 麗華の手を引き、海斗は屋敷の中へと戻ろうとする。

「何故だ」
 そこに割り込んでくる第三者の声。

「えっ!?」

「っ」
 海斗達の背後、つまり正面口の闇から発せられた声に二人は驚く。

「何故、麗華御嬢様を連れ出さない?」
 闇の中から姿を現す佐竹。

「あんた、こんなところで何やって……」
 佐竹の姿を確認した海斗は、何をしているのかと問いかける。

 カチャ……
 そんな海斗の質問を無視して、懐から出した拳銃を構える佐竹。

「拳銃っ!?」

「何故連れ出さない!」
 そして、先ほどと同じ質問を繰り返し、海斗に問う。

「…………」

(どうやら、俺たちが行動を起こすことは、分かっていたらしい)

 そんな三人の様子を屋敷の中から伺う影が二つ。

「佐竹……」
 駆け落ちを止めた麗華を見て安堵すると同時に、
 佐竹の行動を見て、複雑な表情を浮かべる源蔵。

「これが佐竹校長の目的だったようですね」
 神崎家での内容を源蔵に報告に来ていた恭也は、
 今の状況こそ、佐竹の目的だったのだと理解する。

「何故、こんなことを……」

「それは本人に聞くほかありませんが、
 おそらく、過去を清算したかったのはないでしょうか」

「後は、源蔵さんがどれを選択するかで、
 海斗達の運命が決まります」

「私が?」

「海斗達は駆け落ちを止めた以上、
 俺が手を下す必要はなくなりました」

「だが、このまま見過ごせば、
 佐竹校長は海斗を殺してしまうかもしれません。
 もしかしたら、麗華も……」

「そんなことを佐竹がするはずがない」

「直接、麗華を狙ったりはしないでしょうが、
 麗華が海斗を庇えば、そういうことも起こりえます」

「…………」

「佐竹校長を止めますか?
 それとも、佐竹校長の行動を見逃し、
 過去を清算させますか?」

「わ、私は……」
 恭也の出した選択肢から源蔵が選んだのは……

「これは俺のやり方じゃない」
 屋敷の中から恭也達が見ていることなど露知らず、
 佐竹の質問に、海斗は駆け落ちすることを否定する。

「こんな形で麗華を連れ出しても、俺は、俺達は幸せにはなれない」
 神崎の屋敷で雅樹の過去を聞き、その結末を知った海斗は、
 同じやり方では、自分たちは幸せになれないことがその理由だと話す。

「だが、あの日……雅樹は百合御嬢様を連れ出した」

「幸せにすると言い、連れ出したんだ!」

「『引き返せ、今ならまだ間に合う』」

「『どれだけの大罪を犯しているか、わかってるのか!』」

「『警護対象者と駆け落ちなど……あまりに信じがたい!』」

「今でも一語一句違わず覚えてる、私のセリフだ」

「…………」

「あんたは、駆け落ちする親父たちを見たのか……」

「そうだ。 そして、今この時のように拳銃を突きつけた」
 そう言って、佐竹はゆっくりと一歩近づく。
 その照準は、海斗の心臓を捉えている。

「だが……私は結局……引き金を引けなかった」

「あんた、まさか」
 海斗の中で膨れ上がっていく一つの可能性。

「麗華と俺を引き合わせたのは……偶然か?」

「ど、どういうこと?」

「…………」

「あんたが俺にアレコレと世話を焼いたのは……」

「まったく、鋭いヤツだ、お前は」

「すべてはこの日を望んでの事」

「お前が麗華御嬢様を連れ、駆け落ちする状況を作りたかった」

「狂ってるぜ、あんた」
 自らの過去を清算する為だけに、ここまでお膳立てをした
 佐竹を海斗は狂っていると断ずる。

「ねえ、どういうことなの?」
 話についていけない麗華は海斗に説明を求める。

「佐竹は後悔してるのさ。
 昔、引き金を引くことが出来なかった自分を」

「だから、俺を利用して、同じ状況を作ったのさ」

(本当に僅か、夢ほどの可能性しか秘めていない、この状況をな)

「上にはこう報告しよう」

「海斗が悩む麗華御嬢様を強引に連れ出し、駆け落ちしようとした」

「私は制止するよう叫んだが、逃走を図ったため発砲」

「不幸にも弾丸は胸を貫き……死亡した」

「ほ、本気? そんな馬鹿なこと許さないわ!」

「麗華御嬢様は恋人の死に錯乱し、
 事実と異なったことを訴え続けている、そう付け加えよう」

「俺は親父じゃねえ。 そして、麗華も百合じゃねえ」
 状況は同じでも、今この場にいる二人は別人だと海斗は言う。

「いや、お前は雅樹だ」
 しかし、海斗の言葉を佐竹は否定する。

「その声、その顔……お前は雅樹だ」
 そして、海斗を雅樹と誤認する佐竹。

「…………」

「佐竹……」
 正気ではない佐竹の様子に、麗華が悲しげな表情を浮かべる。

「雅樹でなければ、私は、何の為にっ!」

「…………」
 佐竹に気付かれぬよう、少しだけ麗華との距離を空ける海斗。

 もしかすると、佐竹は撃つかもしれない。

 万一にも麗華に当てさせるわけにはいかなかったからだ。

「過去の過ちを、ここで精算する!」
 もう海斗達が何を言っても、その声は佐竹に届きそうに無かった。

 なぜなら、佐竹は今、過去と向き合っているのだから。

「やめ―――!」

「やめろ!」
 麗華が制止しようとした時、別の者の声によって遮られる。

「っ!」
 一方、その声を聞き、びくりと佐竹の身体が反応する。

 そして、驚いたのは佐竹だけでなかった。

 この場にいる、海斗も麗華も、一瞬思考が停止する。

「もう終わったことだ。 とうの昔に」

「旦那さまっ……!?」

「無事か? 二人とも」

「お父様! 恭也も!」

「その男は、雅樹ではない……海斗だ」

「…………」

「し、しかしっ!」

「当時、いや……私は今の今まで……
 ずっと、お前と同じように雅樹を恨んできた」

「だが、屋敷の中でお前たちのやり取りを見て、はっきりとわかった」
 深い、吸い込まれるような深い目で、海斗と麗華を交互に見る源蔵。

「あの二人の行動は、決して間違いなどではなかったとな」

「そうでなければ……あの二人の子に、こんな男が生まれるものか」

「お前の忠誠心には全幅の信頼と感謝を置く。
 だからもう、自分を許せ……佐竹」

「くっ……くぅ……うっ!」
 その場で膝を折り、蹲る佐竹。

「…………」
 その様子を無言で見守る恭也。

(佐竹は本当に忠誠心だけで、こんな行動をとったのだろうか?
 ひょっとすると、佐竹は百合……俺の母を……)
 源蔵だけでなく、もしかしたら佐竹も百合に対して、
 好意をもっていたのではないかと海斗は思う。

「しかし、お前達が同じ道を歩もうとしなかったのは、正解だったな」
 そんな海斗達に源蔵は駆け落ちを止めたことは正しかったと話す。

「そうですね。 そうでなければ、今頃、二人とも、
 佐竹校長ではなく、俺の手に掛かっていたことでしょう」
 恭也もまた覚悟を決めていたとはいえ、最悪の事態を回避できたことに安堵する。

「素直に忠告を聞いといてよかったぜ」

「賢明な判断だ」

「それで、お前達はどうするつもりなんだ?」
 駆け落ちを止めた二人に、源蔵はこれからのことを尋ねる。

「俺は俺のやり方で、あんたを納得させる」
 源蔵の質問に、海斗は説得してみせると返す。

「無理だな」
 しかし、海斗の答えを源蔵は即座に切り捨てる。

「お父様!」
 あまりに無慈悲だと、娘の麗華が噛みついてくる。

「少なくとも、何年かかるかわからんぞ?」

「え?」
 意外な答えが返ってきたことに、呆気にとられる麗華。

「恋人ともボディーガードとも、私は認めない」

「だが……麗華を守るのはお前の役目だ」

「じゃあ、そばに海斗がいてもいいのね?」

「好きにしろ」

「すぐに認めさせてやるさ」

「ふん」
 源蔵は海斗達に背を向け、蹲る佐竹の肩を叩く。

「君にも色々と世話になったな」
 そして、屋敷に入る前に、恭也に礼を述べる源蔵。

「いいえ」
 それに対し、恭也は首を横に振り、大したことはしていないと返す。

(俺は長い歳月をかけて……親父の辿ってきた道を、僅かに見ることが出来た)
 これまでのことを振り返りながら、麗華の手を握る海斗。

「海斗?」

「お前の手、思ったより小さいな」

「……当たり前でしょ。 御嬢様なんだから」

「はは、その通りだ」

(歩き出そう。 例え、どんな困難な道が待ち受けているとしても……)

(もう、俺は迷わない)

 こうして、朝霧 雅樹が過去に起こした事件は一応の決着を迎える。

 海斗は源蔵に認められることはなかったが、麗華と一緒にいることは許された。

 恭也の依頼についても、最後の結末を見届けたことで、無事、完遂となった。

 ―――― 翌日 ――――

「結局、今までと何も変わらないということなのかしら?」
 授業を終え、帰宅する途中で、昨日までの話を聞いていた忍から、
 色々と騒動はあったものの、元の鞘に戻っただけではないかと言われてしまう。

「そうなるのかもね。 海斗がお父様に認められる日もまだ来そうにないし」
 そんな忍の指摘に対し、麗華は肯定して返す。

「だ、そうだが?」

「うるせぇ! まだまだこれからだ」

「そ、期待せずに待ってるわ」

(いつもどおりの麗華だ。 昨日の麗華は幻だったのか?)
 関係を持つ前と全く変わらない麗華の態度に、
 海斗は夢でも見ていたのでないかと疑う。

「後悔しないな?」
 その時、背後から何者かが海斗に話しかけてくる。

「っ……!?」
 突然声を掛けられ、振り返ろうとする海斗。

「振り返らず、正面を見ていろ」
 だが、その行為を声を掛けてきた相手に止められてしまう。

「…………」
 従う必要などないはずなのに、何故かその言葉に逆らえず、
 黙って話を聞くことにする海斗。

「これから先、お前は必ず後悔する日を迎えるだろう」

「例え、数多くの人々がお前を認めても、
 絶対にそれを認めない人間は存在する」

「何故なら、認める人間を認めない人間がいるからだ」

「……それでも、行くさ」
 この先で迎えるであろう未来の話を聞かされても、
 海斗は自らの歩みは止めないと返す。

「わかっているのか? 今から、お前たちは始まる」

「絶望、恐怖、憎悪、そんなものがやって来るのはこれからだ」

「それでも引かねぇよ」

「……そうか……」

「なら行け。 立ち止まらず、ただ前を見て。 己の強さを信じろ」
 海斗の決意が変わらないことを理解したのか、
 声の主は海斗に進み続けろと背中を押す。

「それが朝霧 海斗、俺からお前に託せた唯一のバトンだ」

「あんたは……」
 海斗が背後の相手に声を掛けようとした時、
 すでに背中に感じられる気配は無くなっていた。

 海斗は一度だけ、最後に一度だけ振り返る。

 人々の波。

 そこに、熱を持った男はいなかった。

(幻覚だったのか?)
 麗華達はともかく、恭也まで気づかなかったことに、
 海斗は先ほどの会話が現実ではなかったと感じる。

(ただ、心の中で妄想を広げたにすぎなかったのか?)

(しかし、どうしてだろうか。
 遠くない日、その男と再会する日が来る……)
 根拠は何もなかったが、
 そんな確信めいた予感が海斗にはあった。

 そして、先ほどまで立ち止まっていた足を動かす。

 ふわりと一歩を踏み出す。

 まるで翼を得た天使のように、海斗の身は軽くなっていた。

(行こう)

「なにやってんの。 行くわよ」
 前を歩いていた麗華は振り返り、海斗に手を差し伸べる。

「ああ」
 差し出された手を握り、海斗は麗華の隣に立つ。

「恭也、私たちも行きましょう!」
 麗華に触発されたのか、忍は恭也の腕にしがみ付く。

「そうだな」
 その行為を気にすることなく、恭也は忍と共に海斗達の後を追う。

(ずっと待ち望んでいたのかも知れない。
 麗華とともに、歩いて行く道を)
 海斗は思う。 今の状況こそ、自分が望んでいたことだと。

(俺達は互いに人には言えない悩みを抱えて生きてきた。
 だが、それこそが俺達を結び付けてくれた絆でもある)
 恭也は理解する。 闇の中にも差し込む光があるということを。

 これから先、苦難、困難が待ち受ける道のり

 それを互いが支えあっていく道のり

((約束しよう。 この先、どんな不幸がお前を襲ったとしても、
  俺の命に代えて、護衛し、護り抜くことを。
  だから……どうか泣かないで欲しい。 強く、生き抜くために))


 二人のボディーガードが決意を胸に秘め、歩き出す

 その歩みは決して止まらない

 激動し始める歴史の波の中へ、大切な人と歩いて行くのだから……


 Fin


メンテ

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