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この穏やかな日常を(短編)
日時: 2008/03/29 18:00
名前: t.t

突然の投稿、失礼致します。
とらハの世界(特に3)が好きで、二次小説も読みまくっていた私「t.t」ですが、
この度、執筆に挑戦してみようと思い立ち、何とか形に出来ましたので、
この場をお借りし、発表することに致しました。
素晴らしい書き手の方が、多数居られる中、お目汚しとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

時間設定は、「とらいあんぐるハート3」のプロローグ前です。

>>7-8 「春と雪の幻想曲」
メンテ

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Re: この穏やかな日常を ( No.1 )
日時: 2008/04/09 11:02
名前: t.t

稲神山入山前日
高町家
長男 恭也自室
PM2:30

(む・・・先日準備していたときには、ちょうど良いと思っていたが、木刀が少し足りないかも知れんな。)

そう思いながら、下ろしていた腰を上げ、予備の木刀を仕舞っている場所に向かう。

(美由希の奴も、最近は上達が早いし、剣筋もまだまだとは言え、鋭くなってきているのも確かだしな。)

と、木刀を取り出しながら、そんなことを感慨深げに考えていたが、俺の部屋へ人の気配が近づいてくるのを感じ、意識を戻す。
・・・が、どこかほんわかとした雰囲気なので、不審者ではないだろう。
(まあ、一応警戒は怠らないが)
と言うことは、来客の様子も無かったし、家族の誰かだろう。 そこで俺は考えてみた。

(かあさんと、フィアッセは店・・・)
(美由希は、「今日は鍛錬も休みだし、図書館に行ってくる」と、先程出て行った)
(晶は道場で、レンは買い物・・・と言う事は)

そこまでで考えるのを止めた俺は、足音を立てないようにドアの前へと近づく。
そして、こちらへ向かってきていた人物が、部屋の前に立つ直前に少し勢いを付け、ドアを開ける。

「うにゃあああ!!」

(ふむ、なかなか良い鳴きっぷりだ。)

そこには、両手を挙げて、目を丸くする・・・という、漫画で使われる驚きの表現そのままの、高町家末妹・・・なのはの姿が在った。

「妹よ、万歳なんかして、嬉しい事でも有ったのか?」

と、自分でも白々しく思うが、驚きのポーズのまま固まっているなのはに、そう声をかける。
その声で我に返ったのか、なのはは眉をひそめながら

「ちがっ! おにーちゃんが急にドアを・・・」

と、否定の言葉を出している途中で、俺の表情に気付いたのか、ひそめていた眉を今度は吊り上げて、

「おにーちゃん・・・わざとなの!?」

と、小学生女子らしからぬ、低い声で言ってきた。
まあ当然だが、相当ご立腹の様子だ。
・・・ここで、まだとぼけても面白いんだが、これ以上なのはを怒らせると後々面倒なので、この場は素直に謝る事にする。

(・・・今、何気に2択で選択肢が出たような。 まあ、気のせいだろう)

おかしな事を考えている間に、なのはの視線が真冬並みに冷たくなってきたので、急ぎ謝罪の言葉を紡ぐ。

「すまん、そんなに予想ど・・・いやそんなに驚くと思わなかったんだ、許してくれないか? なのは。」

危うく、本音が漏れそうになったのを上手く誤魔化・・・せてないらしい。
なのはの視線がさらに北極並みになって、

「むー!」

と、迫力の無い唸り声を上げた。
まあ、何と言うか、可愛いと言えなくも無い。
・・・じゃなくて、このままでは数日、口を利いてくれなくなるパターンになってしまう。
ので、今度は、なのはの目を見つめ、誠意を込めて謝罪した。
すると、暫くは「わたしは不機嫌なの」という表情を顔に貼り付けたままだったが、やがて呆れた顔で

「まあ、おにーちゃんが意地悪さんなのは今さらだし、臨海公園までのお散歩と、鯛焼きでゆるしてあげます。」

と、なのはなりの妥協案を出した。
これに乗らない手は無いので、二つ返事で了承すると、
なのはは、何時ものふにゃっとした笑顔で、
「うんっ! じゃあ仲直り。」
と、俺の手を取り、握手をした。

ザワッ

(!!)

普通だと、その笑顔に心が温もる筈なのに、その時の俺はその顔を見た時、胸騒ぎがした。
いや、胸騒ぎというよりも、不安感といった方が正しいかもしれない。

(なんだ? 今、俺は何を不安に思った!?)

自分でも理解できない不安感に、俺の心が拒絶反応を起こして、脳を混乱させようと働きかける。
それに、何とか抗おうとするが上手くいかず、心の中を不安感が覆い尽くそうとした時・・・

「おにーちゃん!?」

なのはの心配げな声と表情が、その不安感を吹き飛ばしてくれた。
と同時に、先程の不安感の正体も、はっきりとではないが、掴めた気がした。

「おにーちゃん、どうしたの!?」

(・・・そうか、俺はきっと)

「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。」

なのはに、心配させない為の台詞・・・だが、

「うにゃ・・・考え事?」

なのはは、どことなく納得してない様子だ・・・だが、

「そうさ、他愛も無い考え事だ。」

本当に、それだけだ。

(明日からの山篭りを前に、気が高ぶっているのだろう。)

それだけじゃ無く、何か予感めいたものも有るのかも知れない。
だけど、それが殆どの原因だと思う。

(今の俺じゃ、もしもの時、あの笑顔を守れない・・・なんて考えてしまったのは。)

それが俺が掴めた、不安感の正体だ。

(まだまだ、修行不足だな俺も。 だが・・・だからこそ、明日からの修行を頑張らねばな。)

そう、家が在り、家族が在り、だから笑顔が有る・・・
この穏やかな日常を守る為に。

「よし、妹よ、散歩に行くか。」

「うんっ!」
メンテ
墓前にて(短編) ( No.2 )
日時: 2008/04/09 11:03
名前: t.t

テーマが同じ、と言うより前回の時間軸の続きですので、こちらに投稿しました。
いわゆる「短編連作」の形で、何作か綴っていこうと思います。



入学(始業)式後
藤見台
高町士郎 墓前
PM4:20

桃子は、翠屋の客足が比較的落ち着いた頃、松尾に断りを入れて休憩時間を貰い、士郎の墓参りに来ていた。
持参した特製シュークリームを供え、手を合わせながら、心の中で士郎へと話しかける。

(士郎さん、恭也と美由希は今回も無事に家に帰ってきました)

と、そこで朝の騒動を思い出し、苦笑する。

(……多少ハプニングはありましたけど)

そして、多少呆れたような心境になりながら、続ける。

(あたしも、お菓子の研究をしてる時は、人のことは言えないし、日にちを忘れる程、鍛錬に没頭するのは悪いとは言いませんけど、
でも美由希は入学式なんだし、二人にはもう少し気を付けて欲しかった……って、あなたに愚痴っても仕方ないわね。
それに、あなたも二人と同じ様な事をしていたし)

と、考えるに連れ、御神の剣士3人へ向けた溜息混じりの思考になっている桃子。
そんな桃子に対し、士郎の墓が汗をかいているように見えるのは、目の錯覚だろう。

(まあ、この件は夜、二人に説教する事にして)

と、気持ちを切り替えて、士郎への報告に戻る桃子
そんな桃子に対し、士郎の墓が「ほっ」と息をついているように(以下略)

その時、恭也と美由希は妙な悪寒に身震いしていた。 が、今は関係ないので放っておく。

(それにしても、美由希が高校、レンちゃんが中学に入学、晶ちゃんが中学2年生で、なのはが小学2年生……
で、恭也に至っては、来年高校卒業ですもんね、士郎さん。月日の経つのは早いっていうのは今更だけど、この時期は特に実感するわ。)

そこで桃子は、今まで士郎の墓に真直ぐに向けていた視線を、夕暮れに染まりゆく空に向けた。

(恭也が自分の進路を決める今年……ここ数年、穏やかだった高町家に、何か大きな変化が起こるかもしれない。
家の娘達への、恭也の影響っていうのは、本人たちが思っているよりも大きいから)

(高町家の大黒柱はあたしだって皆は言うし、自覚も有る。 でも、恭也が居てくれたから大黒柱で居られたと思う)

(あたしの責任って言うと、あの子は否定と言うより「自分が好きでしていることだから」って言うんでしょうけど、
でもやっぱり子供らしい笑顔と甘えが出来なくなったのは、美由希の師匠で……なのはの父親であろうと自戒してしまったから。)

そして、自分を責めるような表情で、再び士郎の墓へと視線を戻す。

(ねえ、士郎さん。 やっぱり『あなたが生きていてくれたら』って思っちゃうわ。
……意味もないし、そんなことじゃ駄目って理性では思うけど、時々感情が抑えられなくなる。)

(あなたが生きていてくれたら、フィアッセの声は……恭也の膝は……美由希は友達を……なのはにも寂しい思いを……
 なんてね。)

ふと、桃子は笑み浮かべる。 だが、何処かまだ自嘲気味なのは否めない。

(心配かけてごめんなさい。弱い私は、あなたの前では、高町家の母さんじゃなく、一人の女……高町桃子に戻ってしまう。
でも、大丈夫! 弱い姿はここでだけ。 家に帰れば高町家大黒柱に戻るから……だから、たまには甘えに来る事を許してね。)

(でも、こんな感傷的な事を考えるようになったのは、最近なんですよ。 それまでは、そんなことを考えている余裕も無いくらい
色んな事が有ったから。)

それから暫くの間、その色んな事を思い出すように瞳を閉じていた桃子だったが、おもむろに瞳を開けると、三度墓に語りかける。
その時の桃子の表情は、先程までに比べ、明るかった。

(そう言えば士郎さん、大きな変化の予感の中には、不安と楽しみが半分半分な事が有るんですよ。 何だか分かりますか?)

(ふふっ。あなたの事だから、家族の事はお見通しですよね。)

(そう、恭也と……フィアッセ、美由希、晶ちゃん、レンちゃん。この四人の内の誰かとの関係が「家族」から「男女」へと変わるかもしれない。
それが、楽しみでもあり不安でもあるわ)

(もしかしたら変わる事で「家族」が壊れるかもしれない。 築いてきた平穏が崩れるかもしれない。)

(……でも、4人が恭也に向ける「好き」っていう感情は、本人たちに自覚は無いけど「家族」よりも「男女」に近くなっているから、
無理に同じ状態を保とうとすると最悪、全員の心が歪んでしまう)

(だから、変わらなきゃいけない。)

(でも、その部分は変わっても、日常生活は変わって欲しくない……って言うのは、贅沢ですか?)

そう、問いかけたとき、ちょうど沈みかけの夕日と士郎の墓が重なり合い、まるで士郎が返事をしている様な神々しさを醸し出した。
それを見て、桃子は再び沈みそうになっていた思考を切り替えて、今日一番の笑顔になると、

(……そうですよね。家の自慢の子達だから、最悪な事にだけはしない……と言うよりも、最高の結果を出しますよね! うんっ!)

と、自分に気合を入れるように、最後に力強く頷いた。

(さて、それじゃあ、そろそろ店に戻らないと。……いい加減、松っちゃんも痺れを切らしているだろうし)

時計を見ながら、そう考えた桃子は、同時に松尾の怒り顔を想像したのか、冷や汗を浮かべる。

(じゃあ、今日はこれで帰ります。でも、近いうちにまた来ます。 その時は、もう少し楽しい話をしましょうね)

と、最後に士郎の墓に手を合わせて、翠屋へ向かおうと振り返る。
……と、そこには桃子に対して、目隠しを実行しようとしていた恭也の姿があった。

「……」

「……」

「……かーさんも墓参り?」

不自然に両手を下ろし、しらを切るように桃子に対して恭也が言う。

「……あんたねえ」

先程まで士郎に語っていた内容と、この恭也の子供染みた行動とのギャップに、桃子は頭を抱えた。
が、ひとつ溜息を吐くと、気を取り直し、

「恭也は、修行を終えた報告?」

と尋ねた。
その言葉に恭也は頷いて

「ああ。美由希の成長報告も兼ねてだけど」

そう言いながら、士郎の墓の前に立った。
桃子はその後姿に、

「そう。しっかり報告しなさい。 じゃあ、かーさんは店に戻るから」

と声をかけ、再度翠屋に向けて歩き出した。

「ああ、気を付けて」

「はーい」

恭也のさりげない優しい言葉に返事をして、歩みを進める桃子。
だが、思い出したように振り返り、低い声で

「ああ、恭也。 今日の夜、話があるから、美由希と一緒にリビングに居なさいね」

そう言うと、恭也の返事は聞かずに、振り返り歩き出した。
メンテ
いつか伝える言葉(短編) ( No.3 )
日時: 2008/04/03 14:20
名前: t.t

少し変わった事をしたかったんですが
…………色んな意味でごめんなさい。



               


               ―ごめんね
      
      わたしは何時も心の中で、あなたに謝っている。
      大きな秘密。あの日の事。その後の事。

               ―ごめんね
      
      例えば朝、「おはよう」と笑いかける時
      例えば日常の、何気ない会話の中
      どんなに温かい時間の中でも、わたしはあなたに謝っている。
      
               ―ごめんね
     
      あなたは優しいから、あなたから父親を奪ってしまったわたしを、許してくれている。
      いいえ、「きみのせいじゃない」と、初めから怒ってもいないのでしょう。

      でも、その優しさは、時に残酷で……

      いっそのこと、罵倒してくれたら……嫌いになってくれたら
      ……って思う自分が居る。
      
      でも一方で、あなたに嫌われたくない
      ……あなたの口から、わたしを責める言葉を聞きたくない
      ……って思う自分も居る。

               ―ごめんね
      
      我侭だって分かっているけど……どちらの思いもわたしの中に息づいている。
      あなたに贖罪を求めているのに、今の関係を壊したくなくて、何も言う事が出来ない。
      そんな、身勝手な葛藤。

      だから、今日も心の中でしか、あなたに謝る事が出来ない。

      ごめんね……お父さんを奪って ごめんね……時間を奪って
      ごめんね……夢を奪って  ごめんね……笑顔を奪って

               ―ごめんね 
               ―ごめんね 
               ―ごめんね 
               ―ごめんね

               ―だけど

      ある時、何故こんなにもあなたに対して臆病になるのかと自問した事がある。
      そして、導き出された答えは、自分を呆れさせた。
      わたしは、そんな事も判らなかったのか……と。  
      
      何故なら、それは罪の意識に埋もれていただけの……
      きっと出会った頃に芽生えた想い。
      時が経つにつれ、あなたの心の大きさに、その深さに触れるにつれ、育った想いだから。
      
      ……今はまだ臆病で、言葉にする事は出来ないけど、いつかあなたに伝えたい言葉が2つ。

      1つは、わたしの秘密を打ち明けて、心の内を吐き出して、

      「今まで、ごめんね」
      
      と。
      
      その時あなたは、きっと困った顔をするでしょうけど……。
      それはわたし自身、先に進む為に伝えなきゃいけない言葉。
      
      
      そして、もう1つ。
      ……この言葉を聞いたら、あなたはどんな顔をするのかな。
      困る? 照れる? それとも、喜んでくれる?
      不安の方が大きいけれど、その時は勇気を振り絞り、
      あなたの瞳を見つめ、心からの想いを言葉に込めて……
      
      「あなたを愛しています」
メンテ
ある日のさざなみ(短編) ( No.4 )
日時: 2008/04/09 11:00
名前: t.t

2に挑戦してみたんですが……こんな感じになってしまいました。
こーすけファンのみなさん、すみません



あの日、叔母である神奈さんの頼みを断っていたら……
いや、断らなくても、「さざなみ女子寮」のみんなから、信頼を得られずに実家に帰っていたら……
俺の人生はどうなっていただろう……。

人生に「IF」なんてないし、今更考えても仕方のない事だけど、ふとした折に考える。
……だけど、いや当然の如く、はっきりとした答えは何時も出ないままだ。

実家のレストランは兄貴が継ぐし、独り立ちするにしても、ある程度資金を貯めないといけない。
……いや、もしかしたら料理の道に進んでいない場合も有る。
俺が他に、人並みにできる事って言えば、人当たりのよさぐらいだから、
その時は、サラリーマンにでもなって営業活動をしているだろう。

そして、妻となる人と出会い、子供が生まれ、毎日を過ごして行く……
だけどそれは、誰もが通るような、余りにも漠然とした未来像だ。

そんな風に、曖昧にしか考えられないのは、今の暮らしが幸せだから。

料理をして、掃除をして、たわいない会話に花を咲かせ、沢山の住人と食事をして……
まさに、俺が求めていた生活がここにある。

この「寮の管理人」と言う職業は、俺の天職なんだと改めて思う。

だから俺は今、とても幸せだ。

この穏やかな日々を、何時までも続けていけるように……俺は心から誓う
例えどんな困難が待ち受けていようとも、乗り越えて見せると!

「耕介くん……うちとのことは、遊びと……ちゃうよね?」
「耕ちゃん!? 浮気したら殺すって言ったわよね? 私」

……って言うか、お願いします。 神様! 


「おおっ!? こーすけがいつもと違って、いやに落ち着いてるのだ!」
「落ち着いてるんやのうて、覚悟を決めたんや無かろうか。……まあ、自業自得やけど」
「けけけ、あれは覚悟を決めたんじゃなく、現実逃避に走ってる目だな、間違いなく」
「……おにいちゃん、それは情けないよ。 ……義妹の立場、返上しちゃおうかなあ」
「……最低だ」
「……(パリパリ)」(←ポテチを食べながら、見入っている)

さざなみ女子寮:縁側

「十六夜さん、今日も家は賑やかで楽しいですねえ」
「そうですね。とても良い事です」
メンテ
I will……(前編) ( No.5 )
日時: 2008/04/09 12:26
名前: t.t

特に長くは無いのですが、前後編に分けさして貰いました。




この難問は、どんなアルゴリズムを使えば解けるのかと、私は考える。
プログラムの並ぶ画面を、穴の開くほど見つめてみるけれど、一向にアイディアの欠片さえも浮かんでこない。

そこで、藁にもすがる思いで、ヒントになるようなものを求めて研究室の中を見回してみるけれど、
見慣れたこの場所で、そんなものが都合良く見つかるはずも無く、早々に諦めて、視線を机の上に戻した。

その時、何ともなしに目に入った時計の時間を見れば、先程同じように時間を見てから、15分程しか経っていなかった。

(ふう……。 順調に作業が捗っている時なら2、3時間どころか、気が付いた時には2,3日徹夜していた……
 なんてこともざらなのにな……)

溜息をつきつつ、そんな具にもつかない事を考えたが、こうしていても仕方が無いので、休憩と気分転換を兼ねて
甘めのココアでも飲もうと決めて立ち上がり、研究室から出ようとドアを開けた。

すると、そこにはメイド服を身に纏った女性――ノエルの姿があった。

「あ……ノエル?」

少し虚を突かれた格好になった私は、間の抜けた声でノエルに呼びかける。
でも、ノエルは特に表情を崩さず、いつもと同じ冷静な口調で

「忍お嬢様、お茶の用意が整いましたが、こちらにお持ちいたしましょうか?」

と、聞いてきた。

「いや、私も気分転換にって、ちょうど休憩に入ろうと思ってたところだから、リビングでいいや。
 ……それにしても、ナイスタイミングだったね」

いくら、ノエルが優秀なメイドだって言っても、こちらが思っただけの事を、こんなにピッタリに行えるはずは無い。
まあ、生活リズムや時間なんかを考えれば、それなりには出来るだろうけど、多少のタイムラグが出るのは仕方ないわけで
……些細な事だけど、ここまでピッタリだと嬉しくなって、さっきまでの憂鬱な気分が和らいだ。
その少し良い気分を味わいながらノエルに答えていた私だが、ある事に気付いてノエルに尋ねる。

「……ちなみに聞くけど、お茶って何時ものだったりする?」

こんな事を訪ねるには、もちろん理由がある。 ノエルの「お茶の用意」は大抵、私が好きな紅茶とお菓子で
まあ、何時もなら問題は無いんだけど、なにせ「今日の気分はココア」な状態になってしまっている。
紅茶だと少し……いや、すごく残念な気分になるなと思ったからだ。
普段そんな事を尋ねない私の言葉に、しかしノエルは怪訝な顔をせずに答えてくれる。

「はい、いつもの紅茶も、勿論御座いますが、先日さくらお嬢様から戴いた良い紅茶の葉と、こちらもさくらお嬢様から戴いたココアが御座いましたので、
いずれも直ぐにお出しできますように、準備を整えております」

……なんか今日に限って都合が良いような気もするけど、でもそんな感じで事が進むと悪い気はしないので、
気にせず自分でも上機嫌と判る声で、ノエルに飲みたいものを伝える。

「じゃあ、ココア。甘めでよろしく。」

「かしこまりました。では、お部屋の方でお待ち下さい。」

私の要求に頭を下げながら答えたノエルは、無駄の無い動きで踵を返しながら、立ち去っていく。
その後姿を少しの間見つめた後、私もリビングへと向かい歩きだした。


それから暫くゆったりとした時間を楽しんだ後、研究室へと戻った私は、目の前に写るプログラムと先程飲んだココアの味が誘い水となり、
さくらの事、ノエルの事を改めて考えていた。

綺堂さくら……私の母である月村(綺堂)飛鳥の妹(厳密に言えば義妹)で、つまりは私の叔母に当たる人。
でも、さくらが6歳の時に私が生まれたから、叔母というよりも姉といった方がしっくりとくる。
本人も、年の近い者から叔母とは言われたくないだろうし……なんて事は考えていなかったけど、いつの間にか私は「さくら」
と呼んでいた。 「さくらお姉さん」と呼んでいても可笑しくなかったんだけど、今ではそんな呼び方は、ふざけるときぐらいしか出来ない。

7年前、飛行機事故で両親を失った後、『一族』の中で一番親しくしている人。 凛とした美しさを持っているから一見冷たそうに見えるけど、とても優しい。
……なんて、今ではそんな風に好意を持って見る事が出来るけど、おてんばだった私は父親から事あるごとに、おしとやかなさくらを比較に出して
お説教を受けていたから、物心がついて割と長い間、好きではなかった……いや、はっきり言って嫌っていた。

そんな私が、さくらに心を開いたきっかけは、ある年のクリスマスイブ。
クリスマスプレゼントとして、さくらが私の家へと届けたのは、人間大の女性型の人形。
その人形は、大きさの面でも一般の子供が貰うようなものじゃなかったけど、何よりも特別だったのはそれが
「エーディリヒ式・最後期型」の「自動人形」と呼ばれる現代ではその技術は失われたけど、『一族』に存在だけは伝わっていた自律型の人形であったことだ。

まあ、さすがに伝説の存在であるだけに、動かなくなっていたけど……。

ただ、小さな頃から科学に傾倒していた私が、その人形に興味を持ち「動いているところを見たい」と思ったのは、自然の流れだ……何より、可愛かったし。

それから2年、一族の文献を読み漁り、試行錯誤を繰り返した果てに、何とか動いてくれるようになったときの感動は、今まで生きてきた中でも最高なのは
疑いも無い。

彼女は再起動を果たした際、私のことを主として忠誠を誓ってくれた。 そして主として、私は彼女に名前をつけた。
クリスマスイブに家に来たこと、それと偶然彼女のシリアルナンバーが1224だった事から「NOEL(ノエル)」……と。

それから今日まで、ノエルはいつでも私の傍に居てくれた。 ……母は自分の仕事を優先していたし、父からは怒られた思い出しかない。
さくらとの距離もまだそこまで縮まっていなかったし、学校の友達もいなかった。
そんな私が初めて心を開き、甘える事の出来る相手。 その存在に、私はどれだけ助けられた事だろう。

そのノエルを家に連れてきてくれただけでなく、両親が亡くなった後、その優しさで……強さで、私を守ってくれた。
そう、さくらは私にとって幾重の意味でも救ってくれた恩人で、この世で特別大切な二人の内の一人。

だから、今ではこの月村の家に暮らしているのはノエルと私の二人だけど、時々さくらも顔を出してくれるし
大切な二人が近くに居てくれるから、このままの暮らしで充分幸せで、他に誰とも親しくならないでいいと思っていた。

……あの夏の日が訪れるまで。
メンテ
I will……(後編) ( No.6 )
日時: 2008/04/13 16:00
名前: t.t

中途で放置は嫌だったので、形だけ完成にこぎつけましたが……精進致します。


……あの夏。 五年前の夏。 友達の受験ストレスを、「勉強合宿」の名目で旅行してガス抜きをさせる計画を立てたから、
もし友達が「行く」って言ったら、可南海岸にある別荘を「私を含めた十一人」に三泊四日で貸して欲しいと、さくらに頼まれた。

さくらの頼みでもあるし、別荘も置いてあるだけじゃもったいないし、そのメンバーもさくらからよく話を聞ていた人たちばかりだったから
貸す事に問題は無かったので、それは良かったんだけど、その時はまさか私まで参加する事になるとは思ってなかった。

後日、勉強合宿を行うかどうかを話し合う日に、さくらに誘われたのもあるし、私自身、話に聞いていた人たちを見てみたかったから、
話し合いをする場所……「翠屋」へと同行した。

そこで私は「本当だったんだ」と驚いた。……多分今なら口に出してるかもしれないけど、その時は感情表現が苦手だったのと、
初対面の人たちの前だったのもあって、なんでもない顔をしていたけど、本当に驚いていた。

こんなに可愛い……ぜったい女の子にしか見えない男の人がいるなんて……と。

さくらから、彼―相川真一郎さん―の事は聞いていたけど、幾ら「可愛い」と言っても、まさか、そこらの女の子より可愛いとは誰が思うだろう。
私はそこで「百聞は一見にしかず」って言うことわざにすごく納得が言った。

(……じゃなくて!)

と、ずれかけた思考を修正する。

とりあえず、話し合いの末「勉強合宿」を行う事になった。 そこでさくらが別荘の持ち主である私を、みんなに紹介したんだけど
人見知り……というより、普通の人とあまり接した事が無い私は、ぶっきらぼうな態度しか取ることが出来なかった。

本当はさくらが仲良くしている人たちだから、もう少し柔らかい態度をしようとしてたんだけど……多くの視線と相川さんの存在が私を強張らせた。

いくら彼の見た目が可愛いと言っても、話を聞いているうちに「やっぱり男の人なんだ」て思ったから。
それまでに、私の身近に居た男の人っていうのはお父さんだけで、その唯一の人からは怒られた思い出しかなく、他にはあまり付き合いの無い親戚と
その親戚の中でも、両親の財産とノエルを奪おうとしている『あいつ』……と、全く「男」にいいイメージがない私が、男の人が苦手になるのは自然の流れで……。

だから、相川さんは別に何もしていないけど、いつも以上に表情が固まるのが自分でもわかった。

まあ、でも元々別荘には道案内をするだけで、向こうでのみんなのお世話はノエルに任せて、私はこっちにいるつもりだったから
深く関わる事は無いだろうから、せっかく紹介してくれたさくらには悪いけど、このままの態度でいようと決めた。

そして当日、別荘までの道案内を終えた私は、予定通り家に帰ろうと踵を返した。
けど、甘かった。 さくらが屈託無く笑えるほど気を許せるような人たちが、私のことを放って置くはずがない事が解ってなかった。

で、当然の如く引き止められた私は、さくらもノエルもこっちに居て、家に帰ってもつまらないのは確かだったので、
本を読むなら此処でも出来るだろうからと、残る事にした。

……今考えると、ほんと素直じゃないって思うけど……その時はそれが本心だと、自分に思い込ませていた。
本当は誘って貰えて嬉しかったのに。

それからの四日間は、初めて体験する事が、楽しい事、辛い事を含め、目白押しだった。
『一族』以外の人たちとの生活。 
さくらから貰った帽子が飛ばされて、危険な夜の洞窟の中でノエルと二人穴に落ちた事。
ノエルの故障。 足の怪我。 遠い出口。 死ぬかもしれないと思った事。
その時にノエルに「幸せだ」と言ってもらった事。
心配のあまり、さくらを泣かせてしまった事。
その後食べたカレーの美味しさ。そのカレーを十二杯食べる人を二人も見た事。
自分で持った花火。

……そして、初恋と失恋。

相川さん―しんいちろうくん―
……最初は男って言う理由だけで毛嫌いして、話しかけられてもぶっきらぼうな対応を繰り返していた。
それでも、彼は私をみんなの輪の中に入れようと、誘い続けた。
天邪鬼な私は、彼を観察してその魂胆を見抜いてやろうとした。
でも、彼は純粋に私を楽しませようとしているだけで……。
その上、観察すればするほど彼の魅力が見えてきて、戸惑った。

以前さくらから相川さんの話を聞いたとき疑問に思った事がある。「どうしてさくらはその男の人の話をする時、嬉しそうになるんだろう」と。
そして、今思えば私の知らないさくらの表情を引き出した「相川真一郎」と言う存在に嫉妬していたのかもしれない。
だから、必要以上に「男」っていう部分を強調して、彼を遠ざけようとしたのかもしれない。

でも、たった数日だから一部だろうけど、彼の魅力が理解できた。 さくらに限らず彼の回りに多くの女性集まる魅力が。

……彼は太陽だ。 その屈託の無い心で光を照らすから、彼女達は自然にそこを目指すのだろう。

まあ、あの頃は「優しくて可愛くて楽しい」程度にしか思って無かったけど、改めて考えるとそう思う。

だから私もその光に誘われて……諦めた。
だってもう、彼の傍には沢山の人が……なにより、さくらが居たから。

まだ引き返せる内に距離を置こうと、研究を楯にして後の誘いは全部断った。
……ノエルを完全にする為に研究が必要だったのは確かだったし、何より彼の事を考えないように……と、この五年ほとんど研究室に篭りっぱなしだった。

そのおかげか、相川さんの事は「憧れていた人」で落ち着いたけど、最近研究の方で手詰まりになっている。
確かにトータルバランサーやノクトビジョン、耐塩水コートなんかの動力系の問題は殆ど上手く行ったけど、会話や表情と言ったメンタルの部分で
より人間らしく出来ないかと、様々なプログラムを組み立ててみたけど、上手く行かない。

……でも、あの夏の事を……相川さんの事を鮮明に思い出して、何が問題だったか今更ながらに解って……自己嫌悪だ。
なんで、こんな事を忘れていたんだろう。 もう答えは、あの時出ていたのに。
そしてきっと、さくらは私とノエルの事も考えて、あの夏に彼等と引き合わせたんだろうけど……その思いも置き去りにしていた。

ノエルをノエルのままで、メンタルの部分を成長させるには、プログラムなんかじゃ出来ないよね。
もし、出来たとしても、それは人格を強制的に変えるのと一緒だよね。
だから私もノエルも……狭い箱庭の中じゃ経験できない事を……沢山の人と話して、友達を作って、恋をして、恋人を作って……
そうやって自然にメンタル面を成長させなきゃいけなかったんだよね……さくら。

……だけど、やっぱり怖いよ。 『一族』の血、ノエルの事、そして『あいつ』の行為があるから、普通の人と友達になれば、多分その人を巻き込んでしまう。
そして、きっと私から離れていく……ううん、確かにそれも怖いけど、一番怖いのは、最悪な事態も考えられるから。
そう考えて、私は昔から友達を作らなかった。 

……違う、自分が傷つきたくないから、傷つく要素を減らす為に、作らなかっただけ。 
本当は欲しかった……友達が欲しかったのに、ノエルとさくらが居れば充分だなんて自分に嘘をついて、思い込ませてまで逃げていた。
だから、あの夏は相手に誘われて、それでも半歩だけだったけど、今度は自分から一歩踏み出してみよう。

……そう頭では考えられるのに、今まで逃げてきた分、臆病が身に付いて、心が賛同してくれない。

(ちょうど明日、最後の高校生活の始まりなんだし、同じクラスになった子に話しかけてみようよ)
イヤダ!
(いや、ちょっと、隣の席の子に話しかけるだけだよ?)
イヤダ、イヤダ!
(じゃあ、挨拶くらいなら、いいよね?)
……イヤダヨ……シラナイヒトハ……コワイ……

そんな風に、まるで葛藤が体中を支配しているかのように、思考の渦から抜け出せない。
それなら、と今度は1、2年の時に同じクラスだった人で、話しやすそうな人を思い浮かべてみた。

(…………同じクラスといえば、あの男の子……赤星君だっけ?)

と、暫く考えた中、2年間同じクラスだった人物を思い浮かべる。 目立つので、名前も覚えていた。

(相川さんみたいに、沢山の人に囲まれてるよね。 運動も出来るみたいだし、その上顔も良いから、女子の方が多いのも一緒だし)

と、そこまで考えて、何か引っかかるものを覚えた。

(あれ? 今、心がざわめいたような? ……でも、赤星君の事じゃない)

直接赤星君の事を考えた時には、そんな感覚は無かったので、それは間違いない。

(なら、その後? 赤星君の周りの人の事? ……でも、女子じゃない)

赤星君の周りに居る女子の事を考えた時も、別に思うところは無かった。

(じゃあ、周りに居る男子? ……みたいだね)

その時、先程感じたざわめきが、また襲ってきた。

(だけど、彼の周りに居る男子って言っても、直ぐには思いうかばな……いや、一人いた)

赤星君とは真逆で、普通なら目立たないはずの……でも、彼と話す時の赤星君が一番楽しそうだから、印象が強かった人。

彼の事を考えた時、心のざわめきが激しさを増していくのが自分でも判った。
きっと、この心のざわめきの正体は予感だ。 どんな予感かは、まだ解らないけど、彼の存在に私の中の何かが、反応している。

(……私の中の何か……それは多分)

でも、悪い予感じゃ無い。 悪い予感の時は、もっと背筋に冷たいものが走るから。 これは悪い予感じゃ無く、むしろ……

(私の予感って結構当たるし、信じるのは吝かじゃないけど……彼って話しかけにくい雰囲気がバリバリなんだけどなあ……私が言う事じゃないけど)

と、心の中で一人ツッコミしたが、空しいだけだった。
けど、そういうことが出来るくらいには、沈没していた気分が浮上しているのは確かで……

(きっかけが……何かきっかけがあれば、話しかけよう……)
……ダケド

まだ、心は迷っているけど、さっきと比べられないくらいに、抵抗が弱まっている。
……だから、これがラストチャンスだと、彼からも逃げたら、私は一生変われずに終わってしまうと、言い聞かせて。

―I will do so for me―
メンテ
春と雪の幻想曲 前編 ( No.7 )
日時: 2013/09/17 17:37
名前: t.t


ホークス様、申し訳ございません。
何とか形になったので、今さらながら投稿させて戴きました。



しんしんと しんしんと 音色が心にこだまする

しんしんと しんしんと 音色が心を塗りつぶす

白く 白く どこまでも白く この世界を染めるように

白く 白く どこまでも白く 雪はただ降り続いてゆく

しんしんと しんしんと






あの慌しかった、旅立ちと出会いの季節が通り過ぎ、風薫る若草の時期が来ると、
おれは毎年、あの雪の日を強く思い出す。

なのに、その思い出は霞み掛かったかの如く曖昧で覚束なく、まるであの出来事が夢だったかの様な
気にさえさせる。
あの日共に過ごした友人達も、程度の差は有るが皆一様に記憶がはっきりとして無く、
唯一つ確かなのは「五月に雪が降った」という事だけだ。
だが、皆の記憶が曖昧という不自然な現象が、逆にあの日の出来事が現実に起こった事だと
いう根拠の一つになるとも言える。 十年前の五月に雪が降った事は、気象庁の記録にも残って
いる事だし。

だから、おれは ―あの日集まった二十人近くの人間が同じ夢を見た可能性も、薄いとは言え有るが―
さくらや神咲先輩の「何者かが皆の記憶を消したのではないか」という言葉を信じている。
何故なら、あの日の事を思い出そうとすると、彼女 ―名前が分からないどころか、顔や声さえもおぼろ
げだが― の事が脳裏に浮かぶから。

そう、彼女の悲しそうな顔が……



ホークス様『ワンフレーズ・クエッション(オープン ザ タイムカプセル)』原案    駄筆者t.t作
とらいあんぐるハート二次創作

「春と雪の幻想曲」



ゴールデンウィークも終盤に差し掛かった五月某日、おれ ―相川真一郎― は、「さざなみ女子寮」
に居た。  男のおれが何故「女子寮」に居るかというと―

「真一郎君、今日が良い天気でよかったよね」
「そうですね。今日はバーベキューもありますし」
「うん。 メインイベントじゃないけど、青空の下でやるバーベキューは格別だからね」

と、今の会話にあったように、バーベキューとメインイベントの為だ。

ちなみに、今話しているのは、この寮の管理人である「槙原耕介」さん。
名前や喋り方で感じる通り男性で、十二年前紆余曲折有って「女子寮」の管理人に就任したらしい。
まあ、某住人(Mさん)曰く「耕介はロリっ気が有るから、真の目的は入寮してくる女子中高生」
らしい(笑)。

「……? 何か今、不穏な空気を感じたんだけど……」
「そうですか? おれは別に感じませんでしたけど、気のせいでは?」
「……うーん? まあ、一瞬だったし、悪霊の類なら幾ら酒が入っていても薫が反応しているだろう
 し、気のせいだったのかな?」

なんとなく腑に落ちない感じの耕介さんではあったが、気にしてもしょうがないと思ったのか、
直ぐに気持ちを切り替えて、暫くおれと会話をした。 その後

「……あ、そろそろ料理の追加をしないと。 じゃあ、ゆっくり楽しんでね」

そう言い、場を立ち去ろうとする耕介さんに、今日はほとんど彼が準備をしたり料理をしたりしていたと
気づき、代わるか手伝うと提案したのだが

「ありがとう。 でも合間を見て飲み食いはしてるし、準備や料理も割りと楽しんでやってるから、 
 気にしなくて良いよ」

と、丁重に断られた……のでおれは今、酒と料理と皆との会話を楽しんでいる。

そういえば、今ここに集まっているメンバーに会うのも、それぞれ時間的な差は有るが久しぶりで、
やはり仕事と全く関係の無い、気の置けない仲間同士で喋るのは楽しいと再認識させてくれる。

とはいえ、会話の内容は昔と違い、互いの近況や思い出話が中心で、毎日のように顔を合わせて
いた頃には、彼女たちとこんな話をする日が来るとは露程も思ってはいなかった。
だから、会話を重ねていく度に時の流れが、否が応にも感じられる。

特に、あの時は小学生だった、今も寮の住人である「陣内美緒」ちゃんと久しぶりに話したら
身長はもとより口調も変わっていて、少し戸惑ってしまった。

又、寮生や元寮生の人たちからは、色々興味深い話が聞けた。

カナダの国際救助隊で活躍している、仁村知佳さん。
鹿児島の神咲という退魔一族の血を引き、自身も優秀な退魔師である神咲薫さん。
イギリスに本校の在るCSS所属の国際的歌手「SEENA」こと椎名ゆうひさん。
大阪親日生命所属のバスケットボールプレイヤー、岡本みなみちゃん。

彼女たちは元寮生で、今ではそれぞれの拠点を中心に幅広い場所で活躍しているようで、その話を
聞くだけでも充実している事が充分に伺えた。

それから、さざなみ寮のオーナー兼「槙原動物病院」の院長である槙原愛さん
警察関係の仕事をしているリスティー槙原
有名漫画家「草薙まゆこ」であり「さざなみのセクハラ大王」の異名を持つ仁村真雪さん

こちらは十年前と変わらずさざなみ寮で暮らしている人たちで、彼女たちの日常も又、
非常に充実しているようだ。
ちなみに、先程話に挙げた美緒ちゃんは大学生で、アルバイトとしてペットショップで働いているらしい。

思い返せば彼らの事は、高校時代同級生だったみなみちゃんから話には聞いていても、
お互いに余り接点は無く、多分あの日の出来事が無ければ、ここまで親しく話をする仲には
なれなかっただろう。
だから、十年前の五月……あの雪の日の事は、人生において良い選択をした分岐点だった……
それは今でも間違いなく思える。
なのに……

「真くん、どうしたの?」
「ん? どうしたのって何が?」
「……うん、何て言うか、いまの真くんの表情が、どこと無く寂しそうだったから……」

こいつは、いつもはぽやぽやとしている癖に、こういう事になると変に鋭い。
だから、おれは昔からこいつに、隠し事がうまく言った例がない。
……いや、そう言えばこいつに限らず、親しくなった奴ら―特に女性―には、考えている事が
直ぐにバレていた様な……。
もしかして、おれって自分で思っている以上に分かりやすいのか?

「……真くん?」
「い、いや、別になんてことは無いんだけど……」

思考がずれそうになったところに、再び声が掛かり我に帰ったおれはしかし、その声の人物
―野々村小鳥―への返事に詰まった。
別に考えていたことを隠そうとしたわけじゃ無い。 ただおれ自身、感情の出所が掴めなくて
どう言葉にしていいか分からなかった為だ。
だからおれは、心配して声をかけてくれた小鳥に対して、不義理な上に安易な方法ではあるが
この場の雰囲気が重くなるのを避けて、軽口を叩いた。

「皆の……特に美緒ちゃんの成長と比べて、小鳥は変化が無くて不憫だなと思ってさ
 ……主に身体のな」
「……なっ! し、真くん!?」

その小鳥の声をきっかけに、小鳥との会話をそれとなく伺っていたらしい連中が、
おれへ非難の言葉を口に集まってきた。

「あー、しんいちろってば、また小鳥をいじめてー。 ほんとに意地悪なんだからー」
「こら、真一郎。 人の……特に女性の身体的特徴をからかうのは人として最低よ」
「もう、先輩ったら……しょうがないですね」
「あー、相川先輩! セクハラですか!? セクハラですね! 野々村先輩、泣き寝入りは
 いけません! ここは訴えましょう!」
「おいおい、相川。 お前は人のことからかえる立場じゃないだろう!? 昔から変わらないその女顔
 をなんとか……いや、昔より美人になってるから成長してるか。 くくっ、これは悪かったな」
「真一郎がセクハラ……。 セクハラっていうと、あの『甘いものは別』ってイウ?」
『そりゃ、別腹!』

初めの台詞から順に、鷹城唯子・千堂瞳ちゃん・綺堂さくら・井上ななかちゃん・御剣いづみ・菟弓華
最後のツッコミは、おれといづみだ。
……幼馴染である唯子と小鳥。 そしてさっき名前の出たみなみちゃんを含め、高校時代からの友人
で有る彼女達は所謂、「おれの考えがわかる親しい人達」だ。
だから、おれの様子が少しおかしいことに気づきながら、急場凌ぎの軽口にあえて乗ってくれたのだろう。
そんな皆の気遣いに感謝しつつ、おれもいつも通りの調子を取り戻そうと、反論を繰り出した。

「唯子は後で泣かす! 瞳ちゃん、ごめんなさい。 さくらはその悪戯っ子を見る目はやめてくれ!
 今のななかちゃんが言うと洒落にならないって! 男前度の増した御剣には言われたくない!
 弓華はもうツッコんだから、ノーコメントで」

しかし、やっぱり後から考えると、おれの態度は少しぎこちなかったと思う。

「むむっ! 弓華ちゃんのボケといい、今の相川くんのテンポのいい返しといい、これはなかなか
 見事なチームワークや! しかし、ここは関西人として負けられへん……お笑いグランプリは
 うちらのもんや!」
「いつからこの場は、お笑いコンクールになったんだよ!」
「おー、耕介くん。 料理をしながらもツッコむとは、なかなか腕を上げたな」

だが、ゆうひさんのノリを中心とした、さざなみの人達のおかげで、なんとか空気を変えることができた。

それからは和気藹々とした雰囲気の中、酒や食事が進み……やがて ―二人を除いて―
みんなの箸の動きも落ち着いた頃

「よっし、大喰らいの二人は別にして、みんなの腹具合も良い感じになったみたいだし、
 そろそろ今日のメインイベントを行うかね」

という、真雪さんの発言に皆が同意し、耕介さんが今日のメインイベントである
『タイムカプセルの開封』の為に、十年前にタイムカプセルを保存した場所へと向かった。

タイムカプセルは一般的には、学校の卒業時に「将来の夢」やら「卒業文集」なんかを保存の利く
入れ物に入れて、十年後や二十年後とかの同窓会に開けて昔を懐かしむという行事に使われたりする
言わば思い出作りの為の物だ。
そして、今からおれたちが開封するのも、その例に漏れる事は無い。
違うのは、これが学校の卒業時では無く、十年前の五月に今日集まっているメンバーでやったって事だ。

だけど、その言い出しっぺが居ないって言うのは、やっぱ、寂しいな…………。
……なあ、七瀬。

―わたし、タイムカプセルって経験したこと無いから、このメンバーでやりたいんだけど、どう?―
―まあ、言い出した本人が開封する時には居ないんだけどね……あはは―

そんな風に明るく言ってたけど、その顔が寂しそうだったのは言うまでも無く……。
だけど、七瀬はもう決めてたから……おれたちが卒業して、旧校舎が取り壊されたら成仏するって。
だからこそ、このメンバーでタイムカプセルという形に残る思い出を作りたかったんだろう。

……なんて、その時は考えていたけど、この後自分の浅慮さと、春原七瀬という人物に対して
見損なっていた事を、思い知らされる事になる。




「よーし、出てきたぞ!」

そんな喜色を含んだ声に、暫く七瀬の事を考えていた意識が、そちらへと向く。
そこには、割と大き目のダンボールを抱えた耕介さんの姿があった。

「おっせーぞ、耕介」
「いやいや『タイムカプセル』だし、なるべく奥の方にしまおう』って事……」
「言い訳はいいから、とっととダンボール開けろ」
「……はいはい、分かりましたよ」
「『はい』は一回!」

と、耕介さんが真雪さんにぞんざいな扱いを受けている中、

「そう言えば、タイムカプセルって土ん中に埋めるんじゃないの?」
「うーん、土の中だと特別な保存法が必要になるから、個人的にやるのは部屋に保管するほうが
一般的じゃないかな?」

と美緒ちゃんと知佳さんが素朴な会話をしていたり、

「今更ですが、椎名さんや知佳ちゃんは、よう休みが取れたとですね」
「まあ、知佳は難しいとはいえ『有給は取れる』って言ってたけど、ゆうひは何て言っても『SEENA』だし、
調整が難しかったんじゃない?」
「ああ、仕事やったら、あさひが変わりにやってくれてるから、問題あらへん」
「……」
「……」
「へーえ、あさひちゃんも歌が上手かったんですねえ」
「って、愛さんはしゃあないけど、薫ちゃんかリスティはツッコんでえな」
「いや、ツッコむ程のボケじゃなかったし」
「す、すいません……うちは、そういうことはあまり得意ではないので……」

椎名さんが神咲先輩や槙原相手にボケて不発の中、愛さんが相変わらずだったり
みなみちゃんは唯子と共に、まだまだ箸を止めようとしてなかったり……と
どうやら、真雪さんと耕介さんのやり取りはいつもの事らしく、さざなみのメンバーは気にしてないようだ。

……まあ、おれを含めた風ヶ丘組も、間に入ろうとはしなかった訳だが。

と、そんなことをしているうちに、耕介さんがダンボールの封を破り、中から目的のタイムカプセルを
取り出していた。
そして、一緒にしまっていた鍵を手にして……おれに差し出した。

「さて……真一郎くん、後はヨロシク」
「……は?」
「いやね、コレを開けるのは、おれの役目じゃないって気がしてね」
「……うーん、よく判らないですけど、鍵を開けるだけですし……了解です」
「うん。 じゃあ、はい」

というわけで、よく理由のわからないまま、タイムカプセルの鍵を押し付けられたおれだが、
周りを見たら、みんなが耕介さんの言葉に納得してるようなので、受け取った。

「ゴホン……では、御指名頂きました相川真一郎、タイムカプセルを開けさせてもらいます」

気の置けない仲間たちの前で鍵を開けるだけとはいえ、多くの瞳に注視される中、十年間の封印を
解く作業は、いざとなると少なからず感慨が湧いてきた。
更に妙な緊張感に囚われそうだったので、自身を軽い口調で解しながら鍵を差し込む。
そして、徐に鍵を捻ると
―カチャッ―
と音がしたので、施錠が解除されたことを確認し、次にカプセルの蓋に手を掛け……開いた。

『おー!』 ―パチパチパチパチ―

おれがタイムカプセルを開けると同時に周りからどよめきと拍手が巻き起こった。
……ただ、鍵と蓋を開けただけなのに、何か大仕事をやった気にさせられる。
どうやら、みんなも感慨と緊張感を持っていたらしい。

「では各々、自分の物を確認し、自己責任を持って引き上げるように!」
「って、学校の先生かよ!?」
「えっ? 唯子の事呼んだ?」
『呼んでない、呼んでない』
「……唯子ちゃんに、おいしいとこ取られてもうた」

と、緊張感から開放された後、いつもののやり取りを経て―
それぞれが、カプセルの中から自分が入れた物を取り出してゆき、


「ああ、ゆうひはCDを入れてたのか」
「うん、ちょうど発売したばっかりやったし、初心を忘れんようにって。
で、耕介くんは何入れたん? エロ本?」
「おれは中学生か! いや、中学生でもタイムカプセルにエロ本は入れないし!
 ……おれが入れてたのはコレだよ」
「んー? こーすけ、ソレ何?」
「まあ、おれもゆうひと同じように初心を忘れないって意味でみんなの部屋のマスターキー……の
写真だ。 ……本物を入れるのは無理だしね」
「……わざわざ、鍵の写真撮ったんだ」
「いいじゃないか。 そういう美緒は何入れてたんだよ」
「アタシ? アタシはねえ……じゃん!」
「おお、それはファミコンの……それも一番初期のソフトやん!」
「……って、それはもしかして、要らなくなった物を処分しただけじゃないのか?」
「……ありゃ、バレちゃった?」


「おいおい、見たことあるCG画集が入ってると思ったら、知佳の仕業か!」
「だって、嬉しかったんだもん! ……締め切りもきつかったし余計に」
「……まあ確かに、あの締め切りはきつかった……」
「でしょ!? で、まゆお姉ちゃんは何入れた……って、もしかしてその手にしてるお酒……」
「へっへー、入れた時が二十年物だったから、これは三十年物の泡盛だぞ」
「……こんなタイムカプセルの使用法ってアリなの?」
「アリに決まってるっつうか、こんなモンに形はねーって」
「で、真雪。 そのポケットにしまった知佳の入学式の写真は見せなくていいのかい?」
「……お姉ちゃん」
「てめー、このクソボーズ! そっちがその気なら、こっちもお前が隠してる手紙の内容バラすからな!」
「ふふん、ボクは飛べるし、真雪に捕まるようなドジはしないさ」
「はっ、わざわざ捕まえなくてもいいんだよ」
「……? どういうこ―」
「『将来の夢。 ボクは将来耕介のお……』」
「NOOOOOOO! STOP! WHY? どうして!?」
「けっけっけ、そりゃお前、書いてる時に見たに決まってんじゃねーか」
「……お姉ちゃん」


「あれー、瞳さんはソレを入れたんですか」
「まあね、そう言う鷹城さんはソッチの方を入れたわけね」
「成る程、お二方ともソノ線で来ましたか。 あたしってば、コンナの入れちゃいましたよ」
「まあ、ソレはソレで、井上さんらしいんじゃないかしら」
「……三人とも、その会話を傍から聞いてるとすごく怪しいんじゃが」
「へ? そうですか? ところで、神咲先輩は何を入れたんですか?」
「うち? うちも千堂たちが護身道に関したモンをいれたように、剣道に関したモンじゃ」
「あっ、あたしもバスケのやつを入れました。 やっぱり、部活してたらそういう発想になりますよね」


「弓華は包帯か……なるほどな」
「ハイ、未来の自分への戒めの意味を込めて入れました」
「……あれ? 御剣さんが持ってるのってバイト情報誌?」
「うん、ある意味わたしの青春だしね」
「あら? でも先程、わたしや野々村先輩と同じような便箋をお持ちだったような……」
「き、綺堂さん!? んなコト相川の前で言ったら―」

そんな風に、みんながそれぞれの品を手に、懐かしんだり、じゃれあったりしている。
だが俺は、その声をまるで街角のざわめきのように聞き流していた。


「……? どうした、相川? 脳梅毒にでもかかったか?」

そんなおれの様子に気づいた御剣が、憎まれ口を付け加えながら声を掛けてきた。

「どうしたって何が……というか、何でそんなマイナーな病気にかかったとか言われにゃならんのだ!?」
「いや、相川がわたしの手紙を見ようとも、からかおうともしないのが気味悪くてな」
「……気味が悪いまで言うか? 普通」

その憎まれ口に、いつも通りの答え方をしながらも、おれに気を使ってわざとやっているのが、
その瞳の色から伝わってきて……。
そして周りを見れば、みんなの御剣と同じような瞳が、おれへと向いてるのが分かった。

先程の小鳥とのやり取りの時のような事の繰り返し……だが、今回は先刻とは違い、自分の態度が
おかしくなっている原因は分かっている。

しかし、これは自分で解決するしか無いし、誰かに話したとしてもどうにもならない。

なんて、後から考えたら独り善がりとしか言えないが、その時は余程気持ちに余裕が無かったのだろう、
そんな風にしか考える事が出来なかった。
結果、御剣への答えの後、おれは言葉に詰まり、その場の雰囲気が少し重苦しくなった時

「真ちゃん。 これ、七瀬ちゃんから」

愛さんが封筒を差し出しながら、そう声を掛けてきた。

「七瀬から……ですか?」
「ええ、あの日に彼女から頼まれていたんです。 タイムカプセルを開けた時、真ちゃんに渡すように」
「……そうですか、有難う御座います」

『どうして七瀬は愛さんに?』そんな疑問はあったが、とりあえず愛さんにお礼を言いながら、封筒を
受け取る。 
その表書きの面には、こう書かれてあった。

『未来のみんなへ』

「どうやら、七瀬から俺たちへの手紙みたいだな」

その言葉に、しばらく黙っておれの行動を見ていた周りの連中が声をかけて来た。

「たち? 真一郎個人への手紙じゃないの?」
「うん、題名が「未来のみんなへ」だしね」
「そうなんだ。 じゃあ、折角だからしんいちろが読んで、みんなに聞かせてよ」
「……折角の意味が分からないけど、まあ七瀬に御指名受けたみたいだしな。 いいぞ」

と、おれは唯子の言葉にうなずくと、封筒を開き中から手紙を取り出し、読み始める。

「『未来のみんなへ  
あたしは、みんなと出会えて本当に幸せでした。
旧校舎で一人ぼっちのまま力を失って消えていくだけだった存在。 そんなあたしが、みんなと出会う
事で、友達が出来、楽しい暮らしが出来、そして恋が出来た。 
まあ、あたしも死んでるとはいえ人間だから、新しい欲も出て、心残りが完全に無くなるなんて事は
無いけど……
でも、みんなとの日々は、この世に存在できてよかったと、そう感じることが出来た日々でした。
だから、もう一度言います。
あたしは、みんなと出会えて本当に幸せでした。 

そんな幸せをくれたみんなへ、お返しというには口幅ったいけど、少しお節介をします。
もし、今の暮らしが、日常に対する些細な不満だけで、楽しく過ごせているのなら
「あのお節介焼き」と話の種にでもして下さい。
でも、何かに挫折したり、悩み苦しんでいるのなら、同封した最高の宝物で、踏み出す勇気と
仲間との絆を思い出して下さい。

P.S. あなたたちなら、絶対幸せになれるからね!』」

胸に込み上げるものを感じながらも、何とか手紙を読み終えたおれ。 周りを見れば、殆どが今にも泣き
出しそうな顔をしていて、こらえ切れず涙をこぼしている者さえいた。
そんな中、封筒の中に他にも何か入っている事に気づいたおれは、これが手紙にあった「最高の宝物」
だろうと思い、中の物を取り出した。

それは一枚の写真だった―
メンテ
春と雪の幻想曲 後編 ( No.8 )
日時: 2013/09/17 17:39
名前: t.t

草むらに寝転がり見上げた空は晴れ、どこまでも青く澄んでいた。
その眩しさに瞳を閉じれば、時折強く吹く風に揺れる木の葉の声がざわざわと響き、
葉緑の薫りが鼻腔をくすぐった。
確かに、五月は風薫る若草の季節なんだと、改めて認識できる刻間。
その中でおれは……

「真一郎くん、こんなところにいたのかい」

掛けられた声に、瞳を開けると、視界に飛び込んできたのは相変わらずの空の青さと
耕介さんの顔だった。
だから、おれは立とうとしたが、上半身を起こしたところで耕介さんが

「いや、俺も座るし、立たなくていいよ」

そう言って、おれの隣へと腰を下ろした。 そして何も言わず、空を見上げる。
そんな耕介さんに、どう声をかけていいのか分からなかったおれもまた、黙って空を見上げた。

「……………」
「……………」

暫くの時間―時間を計ってなかったので、はっきりとは分からないが五分程―そうしていた二人だった
 が、やがて視線をおれに向けて、耕介さんが口を開いた。

「ところで真一郎くん、コーヒー飲むかい?」
「……は?」

そんな耕介さんの突然の言葉を、おれが頭の中で上手く繋げられず戸惑っていると、その態度を違う
意味で捕らえたのか、耕介さんは苦笑気味に

「まあ淹れたてって訳にはいかないけど、こういう場所で飲むのも乙なもんだと思うよ」

と言いながら、提げていたリュックの中から、魔法瓶とカップを取り出した。
それを見てやっと言葉の意味を理解した俺は、まだ少し戸惑いながらも、断る理由も無いので

「えっと……はい、いただきます」

と頷いた。 その返事に、耕介さんは笑顔を浮かべると、魔法瓶の蓋を開け二つのカップにコーヒー
を注いで、その一つをおれに差し出した。

「ありがとうございます」

礼を言い、それを受け取ったおれに一つ頷くと、耕介さんは自分のカップを口にしながらその視線を
眼前に広がる緑へと向けた。

「毎日ここで暮らしてるから普段は感じないけど、こういう風に改めてみると、さざなみの周りは自然が
いっぱいで、自分がすごく良い場所に暮らしてるんだと再確認できるよ」

まあ交通的には不便だけどね、と付け加えながらも穏やかな表情を浮かべ、そう語る耕介さん。
しかし、おれは野暮と分っていながらも会話に乗らず、質問をする為に口を開いた。

「あの……おれの事、怒らないんですか?」

だけど、耕介さんは俺の言葉が本当に意外だったらしく、きょとんとした顔をこちらに向け

「……怒るって、なんで?」

と尋ね返されてしまった。

「いや「なんで」と言われましても……折角の集まりに水を差して、こんな場所いる訳ですし」

おれが口にした「こんな場所」とは、今耕介さんと二人座っている場所で、詳しく言えばさざなみ寮から少し
離れた場所にある原っぱの事だ。
来る前に一言断りは入れたが、こんな日にわざわざ一人でこの場所にいることは無いわけで……

だから耕介さんがここに来たのは、自分勝手な行動をしている、おれを叱る為に来たのだろうと思って
いたのだが一向にその気配は無く、思わず自覚があるならするなと言われてもおかしくないような質問を
してしまった。
そんなおれに、耕介さんは怒るでもなく、あきれた風でもなく、優しげな微笑を浮かべて語りかける。

「もし、真一郎くんの様子があのままで一人になろうとしてたなら、怒ると言うよりも、誰かが一言声を
掛けていたとは思うよ」

「(あのまま?)」

その言葉のニュアンスに、違和感を覚えたおれ。 とは言えそんな些細なことで横槍を入れる場面では
無いので、声には出さなかった……が、表情に出ていたらしく、耕介さんが疑問に答えてくれた。

「タイムカプセルを開けた後のまま……だったらね」
「…………」

なるほど。 まあ、自分でも隠そうとしてなかった……と言うより隠す余裕も無かったから、
様子がおかしい程度には気づかれていると思っていたが、どうやらお見通しだったらしい
……それも今の耕介さんの語り口から言って、ほぼ全員から。

「まあ、真一郎くんも含めて、みんな人の気持ちには敏感だからね。 自分の事になると途端に鈍くなる
のに……って、その件はおれも人のことは言えないらしいけど」

……そう言われると確かに(俺が敏感かは置いといて)、人の事に鋭く自分の事に疎い。 そんな人達
ばかりが集まってると改めて思う。 それと同時に、自分の馬鹿さ加減を改めて思い知らされていた。
だから、おれは決意する。 今まで胸にしまいこんでいた、彼女の話をしようと。

「耕介さん……おれの話を聞いて下さい」

おれの言葉に耕介さんは疑問を浮かべること無く、俺の言葉の続きを待つように、黙ってこちらを見た。
その視線に頷き、おれは話し出す。
十年前の雪の日に居た筈の……おれ以外誰の記憶にも無く、唯一のおれさえ名前は分らず、顔や声も
おぼろげにしか思い出せない女性の事を。

そのおぼろげな記憶の中ではっきりと分るのは、その女性が悲しい顔をしている事だけで。
毎年この季節になると、その悲しい顔が頭から離れなくなる事

そして、彼女の事を語り終えた時、それまで黙って話を聞いていた耕介さんが口を開いた。

「真一郎くん、不躾な質問になるから、答えたくないなら答えなくてもいいんだけど・・・・・・」
「はい」
「君のその女性に対する思いを、聞かせてもらってもいいかな」
「・・・・・・・・・・・・」

おれは、耕介さんの問いかけに対し、すぐに答えることができなかった。
それは、答えたくなかったとか、答えが出せなかったというわけじゃない。 
ただ、今の今まで人に伝えることなど考えていなかったので、
この思いを、言葉でどう表現していいのか判らなかったからだ。
そして、改めて考えてみて、まだあやふやながらも、なんとか耕介さんに伝わるようにと言葉にする。 

「・・・・・・正直に言うと、まだはっきりとは判らないんです。 その・・・・・名前も思い出せず、
顔もおぼろげな上に悲しい顔の印象しかない彼女と、当時おれは、どんな表情でそばにいて、
どんな時間をすごしてたんだろう・・・・・・この十年、特にこの季節になると、ずっと考えていました」

先の質問より、少なからず時間は経っている上に、要点を得ないであろう俺の言葉にも、耕介さんは柔らかい表情で耳を傾けてくれる。

「ただ、やっぱり答えの出ないまま、時間だけが経って行くんです。 ・・・・・・それはそうですよね。 
はっきりと思い出せないものの答えが、はっきりする訳がない。 
そんなこと分かりきっているのに、どうしても彼女のことが頭から離れずまた考える・・・・・・
堂々巡り、と言うやつですね」

と言いながらおれは、自嘲気味に苦笑し、少し息をついた。 

「で、なんでおれは、そんな答えの出ない彼女のことを延々と考えているんだろう・・・・・・という考えが、
いつだったか忘れましたけど起こりまして、
ずっと自問してたんですけど・・・・・・情けない話、今日までわからなかったんです」
「今日まで?」
と、そこまで黙っておれの話を聞いてくれていた耕介さんが、疑問・・・・・・というより、
相槌に近い感じで声を発した。
おれは、それにうなずきながらポケットに手を入れ、そこに入れていた物を取り出す。

「はい、これを見るまでは」
「それは・・・・・・君がタイムカプセルに入れていたものだね」
「ええ、何の変哲もないストラップです」

そう、おれがタイムカプセルに入れていた・・・・・・それを見た瞬間に思考が止まり、
みんなの言葉を街のざわめきのようにしたもの・・・・・・
それは、ストラップだった。 
本当にストラップとしては言葉通り、特別な機能も一般的に価値のあるものでもない、
そこら辺で売っている他愛もないものだ。
ただ、そのストラップの先に付いているもの・・・・・・雪の結晶をかたどったオブジェを目にした時、
頭の中が真っ白になったのだ。

「でも、そんな普通のストラップを・・・・・・いえ、ストラップの先にある雪の結晶を見た一瞬、
おれの思考は止まり、そしてその後心の中に湧いた感情は・・・・・・切なさと後悔でした」
「切なさと後悔・・・・・・か」
「はい。 その感情は、はっきりと浮かびました。 その元となる出来事や彼女のことは、
未だに濃い霧の中の景色のようにしか浮かびませんけど・・・・・・」
「・・・・・・それが、あの時のどこか切羽詰ったような雰囲気に繋がったんだね」

耕介さんがどこか納得をした表情でそう言った。 
・ ・・・・・なるほど、態度がおかしいだけでなく、そんな雰囲気を出していたのかおれは。 
どおりでみんなが心配な目で見る訳だ。

「・・・・・・そうですね。 その切羽詰ったという表現が、あの時のおれの気持ちを正しく表してると
思います。 ・・・・・・答えの出るはずのない彼女のことを延々と考え、そしてこのストラップ・・・・・・
多分彼女との思い出の物を見たときに湧き上がった切なさと後悔・・・・・・その先にある想い。 
それは耕介さんの問いへにも繋がりますが・・・・・・おれはきっとあの時彼女のことが好きで、
そして今でも好きなんだと思います・・・・・・多分」

きっと・・・・・・多分・・・・・・こちらとしてはふざけているつもりはないのだが、聞いている方からしたら
怒り出しても仕方がないようなおれの言葉にも、
耕介さんは何も言わず、話の続きを聞こうと耳を傾けている。

「・・・・・・自分の感情のはずなのに、自身を持ってそうだと言えず、予想でしか語れないんですよ。 
だから、耕介さんの問いに対するおれの答えは、「はっきりとは判らないけど、多分好き」・・・・・・です。
で、切羽詰ったと言うのは、自分の中にあるはずの想いや思い出を、自分の力だけで
引きずり出そうとしてたからですね・・・・・・
「こんなに感情を乱される程好きだったはずの彼女の事を忘れたままでいて良い訳がない、
何が何でも思い出さないと・・・・・・でもこれは自分自身の問題だから、周りの人を巻き込むわけには
いかないし、なにか良い方法はないのか」・・・・・・なんて、余程心に余裕がなかったんでしょうね。
今改めて自分で言ってて、自分を殴りたくなりましたよ」

と、再び自嘲気味に苦笑するおれ。 耕介さんも少し苦笑するような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな表情に戻り

「でも、七瀬ちゃんの手紙と写真を見て、いつも通りとまではいかなくても、みんなが安心して
君を一人にさせる位には余裕ができたみたいだね」

と、優しい口調で言った。 その言葉に頷きながら

「ええ、七瀬には感謝してもしきれないです。 あの手紙と写真がなければおれは今頃、
みんなの心配する声や助言も聞かずに良くない方向へ突っ走ってたでしょうからね。 
・・・・・・ただ、七瀬に直接お礼をいえないのは、ちょっと悔しいですけど」

七瀬がタイムカプセルに入れていたもの・・・・・・それは未来のみんなへと題した手紙とそこに最高の宝物と記された一枚の写真。
その写真は、十年前にさざなみ寮で写した、今日の面々プラス七瀬の集合写真で・・・・・・その写真の裏にはこう書かれてあった

―たとえ写真は色あせても、みんなと過ごした時間は最高の宝物―







「お、どうやら、痺れを切らして、迎えに来たようだよ、真一郎くん」

そう言いながら、顔を上げる耕介さん。 その視線の方向に顔を向けると、みんながこちらに来るのが
見えた。 その顔は、少し怒っていたり、心配していたり、苦笑していたり、からかう気満々だったり、
様々だが、一様におれのことを心配していてくれたのが伝わってくるような表情で、
改めておれは七瀬の言葉を噛みしめる。

(そうだよな。 まだ、願えば多少無理をしてでも会うことができるからって、つい思い違いをしてたけど、
今日集まった人たちとの時間っていうのは、お前や、彼女と過ごした時間と同じように
大事な、大事な宝物なんだよな。 ……確かに、彼女との時間はおれにとって特別なものだったのかも
しれない。 けど、それを今の暮らしにまで引きずるのは、みんなへの……彼女への冒涜だって
いうことが、今更ながら身に沁みたよ。  ……気づかせてくれて、ありがとうな、七瀬)

そう、心の中で七瀬に感謝しながら、耕介さんと同時に立ち上がったおれは、みんなの下へと
足を向けながら、五月晴れの空へと顔を上げ彼女を思う。

(顔も、名前も、思い出せないけど、あの時一番大事に思っていたはずの君……
出会ってくれてありがとう、恋をさせてくれてありがとう。
君の事はずっと、はっきりとは思い出せないだろうけど、君への想いを忘れることはないと思う。 
でも、七瀬がくれた春の陽射しのような暖かさが、凝り固まったおれの心を溶かしてくれたから、
これからは、なんとか前を向いて歩いて行くよ。……だから、身勝手とは思うけど、
あえてこの言葉を君に告げて、再出発への合図にすることを許してほしい)

後の言葉は、心の中ではなく言の葉として彼女に届くよう紡ぐ。

「さようなら、雪さん」

その名前と、青空に浮かんだ笑顔は、手のひらに舞った雪のように溶けて消え、
再びおれの脳裏に浮かぶことはなかった。





ひらひらと ひらひらと 舞い散る雪はやがて止み

ぽかぽかと ぽかぽかと 陽射しが春を告げている

白く 白く どこまでも白く この世界を染めていた雪は

やがて、春の日に溶かされて 川の流れと奏で合う

まるで幻想曲のように
メンテ

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