Re: 黒衣(仮投稿) ( No.565 )
日時: 2010/12/17 18:17
名前: テン







(どうしたものか)

ダウニーたちと対峙し、深く構えながらも、恭也は内心で呟いた。
出会った瞬間の状態だったなら、彼らと戦えば、恭也の試算では、勝率が5%を切っただろう。
その勝率を上げるために挑発をし続けていたのだ。
夏織には効かないのはわかっていたので、彼女にその挑発は向けなかった、今までの対峙で、彼女は即物的で、他人の言葉を受け流すタイプだとわかっていたのだ。
その彼女が、ダウニーへの挑発を止めなかったのは、少しでも恭也の話を聞いてしまった時点で、ダウニーが術中にはまってしまったからだ。下手なところで口を挟めば、ダウニーが一人で突撃しかねない。
だからこそ、むしろ恭也の援護をしたかのように聞こえた言葉も、恭也に全て吐き出させた方がいいと考えての行動だろう。戦闘中に挑発されてはたまらないということだ。
もしくは、夏織がダウニーを嫌っているだけかも知れない。
何となくだが、夏織があまりダウニーを信頼していないように見えるのだ。
何にしてもこちらが不利だ。
だからこそ最低限精神力は勝っていなければならない。
ダウニーは、もう平常心に戻ったようにも見えるが、決してそんなことはないはずだ。
一度を開いた傷口はそう簡単には塞がれず、血を流し続ける。あとはその傷口を広げてやればいい。
とにかく今は、精神的優位を持っていかれてはいけない。
だからこそ、鎧との戦闘の疲弊を見せてもいけなかった。
あのような戦いは、ただの前哨戦で、自分はまだ疲弊もしておらず、余力を残していると彼らに植え付けなければならない。

(ダウニー……か、厄介だな)

恭也は口で言うほどダウニーを過小評価していない。
口に出し、挑発したことは全て事実そう思っているが、戦闘者としての実力は、その戦う姿を見たことがなくとも高く評価していた。

(間合いは最大二十数メートル。近接は五メートルと言ったところか)

この男は恐らく魔法を使える。そのために異様なほど間合いが広い。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.566 )
日時: 2010/12/17 18:18
名前: テン


アヴァターに来て、恭也は魔法使いたちの戦い方も学び、それを間合いとして感じ取れるようになったが、この男はミュリエルに並び、その間合いが異様と言えるほど広い。
ここまでの広さを持つ者は、元の世界でもなかなかいないのだ。
拳銃でも、正確に当てるとすれば、その間合いは十メートルを確実に切る。
しかし、魔法はその応用性故に、下手をすれば銃などよりも命中率が高くなり、非常に脅威だ。
そして、近接の間合いは、恐らく片手剣の間合いだろう。
剣だけで戦えば、恭也は勝てる自信はある。夏織よりもかなり下と言っていいだろう。
だが、そこに魔法が加わる。つまり魔法剣士。それがダウニーの脅威度を上げていた。

(それに加えて……)

次いで、恭也は夏織とイムニティに視線を向けた。
不破夏織は強い。
その強さは、間違いなく美沙斗と同等と言える。
太刀の二刀流であり、手数もある。速さは御神の剣士に迫る程。
その上、ダウニーには隠していたこちらの手札を知られている。
とはいえ、それでも一対一ならば、そう簡単に負けることはない相手だった。
彼女にはスタミナがない。
いや、正確にはスタミナを犠牲にしているというのが正解だ。
太刀の二刀流は確かに手数は増す。しかし、太刀はそれなりの重さがあるし、その長さ故に、体感では数倍の重さとなる。その太刀を片手で振り回せば、当然ながらスタミナを早く消費し、さらに両腕に負担をかける。
しかも彼女の二刀流は我流に近い。恐らく、彼女は何かしらの流派を修めているのだろうが、それを二刀流へと彼女自身が変化させたのだ。
対して恭也は、小太刀の二刀。
小太刀は取り回しやすく、腕への負担も少ない。何より、元々御神流は二刀流という前提があるため、スタミナ……体力の増強は、その鍛錬にまで組み込まれていた。
二刀流、という意味だけで言えば、その錬度、肉体の対応度などは、どうやっても恭也の方が上なのだ。
つまり、膝が完治した今、長期戦に持ち込めば、かなりの確立で、恭也は勝利をもぎ取れる。
しかし、今回はイムニティとダウニーまでいる。
今のイムニティは持久力……恭也を主にしてしまったため、リコは戦闘中思うように魔力が回復できない……以外は、だいたいリコと同等であるらしい。
つまり、単純に足し算、引き算で計算……無論、戦いはそんなもので計れはしないが……すれば、こちらの戦力であるリコは、イムニティにほぼ相殺されてしまう。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.567 )
日時: 2010/12/17 18:18
名前: テン


早い話……

(あの二人を俺が一人で抑えなければならない……)

なんとも勘弁してのほしい話だ。
あの二人の戦闘者としての実力は、上に超がいくつかつく一流だ。
下手をすれば、美由希と美沙斗を一人で相手にするよりも分が悪い。
だが、だがである。

(本当の全力……か)

このときこそ見せ時と言えるだろう。
本当の真の意味で本気であり、全力の高町……否、不破恭也の全力を。
膝という故障を克服した今、膝を壊し、十余年にも及ぶ長い間、一度として出すことができなかった不破恭也の全力。

(難しいか……)

そう思いながらも、恭也は内心で苦笑した。
全力と一口に言っても、この十年以上出せなかったもの。それを今引き出せと言われても、無理な話である。
その十年以上の時で、恭也の精神と肉体は、加減するということを覚えてしまった。
それは膝が完治したからと、そう易々とは恭也に全力を出させてくれない。
恭也の精神と肉体は、まだ全力を出せないように、幾重にも鍵を掛けている。
この数ヶ月で、いくつかの錠前を開け、外し、砕いてきたかもしれないが、それでもまだ全ての鍵は開いていない。
鍵を幾つか開けることができたことで、基礎の上達に繋がった。
しかし問題は、この戦いで、幾つの鍵が開けられるかである。
ただ何となくわかることがあった。

(開かない、だろうな)

この戦いで、全ての鍵は開かない。
何かが確かに足りないのだ。
恭也が真に全力となるには、何かが足りない。
その何かはわからないが、開かないということは自身で何となくわかっていたのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.568 )
日時: 2010/12/17 18:19
名前: テン


必要なものは何なのか。
ジリッと、まるで古いビデオテープを再生させたかのような音が恭也の脳内に響き、浮かんだものは、彼が唯一憧れた男の背中だった。
必要なものは、それなのだ。
だからこそわかる。
もう永遠に……

(俺は全力には……なれない)

全力だと思っても、それはどこまでも加減された力にしかならないのだろう。
九割九分力を出せるようになったとしても、残り一分は生涯決して出せない。
もう、永遠に届かないのだろう。
あの背にも、その背に届くための、不破恭也の全力は。
しかし、

(一つでもこじ開けて見せよう……)

敗色は濃厚。
ならば限界まで、己を全力に持っていけるようにする。

構えを深くする。
先手はこちらだ。
自分がお前たちなど歯牙にも掛けていないと思わせるために。
鎧との戦いで疲弊などしていないと思わせるために。
絶対の自信を……

「っ……!」

彼らに叩きつける!



第六十一章



駆ける。
恭也が疾風の如く駆ける。
その動きに淀みはない。
その速度に翳りはない。
無尽蔵の体力を持っているとも言いたげに、疲労の色もない。
恭也のたった一つの駆けるという行動だけで、ダウニーは驚愕で目を見開いた。
先ほどまで救世主の鎧と戦い、幾度も小太刀を振るい続けた恭也の姿を見ていたダウニーは、恭也に余力があるわけがないと確信していたのだ。
だが、恭也はただ駆けるという行動のみで、それを否定してみせた。
そして、その驚愕が確かな隙だった。

「かっ……!」

一閃。
やはり翳ることはない速度で振るわれる小太刀。
横薙ぎの一撃。
ダウニーの左胴を切り裂く寸前で……弾かれた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.569 )
日時: 2010/12/17 18:20
名前: テン


それは先ほどと同じ構図。
夏織の振り上げの一撃。
だが、そんなことは元より承知している。夏織がこの場面で手を出さないことなどあり得ない。
恭也は弾かれた右の八景を無視し、右足を蹴り上げ、左足を軸に回転。その回転力を利用して、弾かれた右手を戻し、さらに加速。
右足を地面に叩きつけながらも、擦り付けるようにして滑らせ、回転力を注ぎ込んでの逆から横薙ぎへ。
夏織はもう一刀の太刀を振り下ろし、それを叩き潰す。
同時に、いつの間にか細身の片手剣を握ったダウニーが、素早い動作で鋭い突きを放った。
これに恭也は、左手で紅月を抜刀し、徹を込めて振り上げる。
徹が込められたそれは、軽々とダウニーの剣を弾き、さらにその衝撃が腕に伝わったため、大きくダウニーの腕まで弾かれた。
その瞬間……

「はっ……」

侮蔑と嘲笑を込めて、恭也は顔を歪めた。
恭也の顔は、ダウニーを嘲笑うそれ。
所詮お前はその程度だと、表情の全てで語る。

「ぐっ!」

それを見たダウニーは、額に血管を浮かべ、

「貴っ様ぁぁあああああぁぁぁぁ!」

高らかに吼えた。
完全に乗った。
恭也の挑発に。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.570 )
日時: 2010/12/17 18:21
名前: テン


その瞬間、恭也はダウニーのがら空きになった腹を蹴りつけ、吹き飛ばす。
もっとも多少の冷静さは残っていたのか、ダウニーは半ば自分から吹き飛んでいた。これでほぼダメージは流されているだろう。
恭也は吹き飛んだダウニーを追い、間合いを詰める。
が、それを待っていたとでも言うように、ダウニーは突きの連打を放つ。
その突きは確かに速い。

「なんだ、それは……」

だが、恭也はそれを何でもないように、弾き、かわす。

「ぎっ!」

その姿に、ダウニーの顔はさらに怒りで歪んでいった。
しかし、だからこそ恭也はダウニーの攻撃を軽々と、と見えるように対処できている。
ダウニーは、確かに超一流と言っていい戦闘者だ。
だが今のダウニーは怒りで我を忘れ、その攻撃を滅茶苦茶に放っていると言っていい。
だからこそ、恭也は軽々と対処しているように演技ができる。
とはいえ、その状態でこれだけ鋭く、速い攻撃ができるのだから、冷静に対処されていたら、こうまで簡単にはいかないどころか、押されていた可能性すらあった。
恭也としては、もっとダウニーを怒らせ、冷静さを失わせたいところ、だが……

「ふんっ!」

背後からいつの間にか片方の太刀を鞘の戻した夏織が、両手で一つの太刀を握り、大上段で恭也の頭を目がけ振り下ろしてきた。
背後からの攻撃でも、心でそれを捉えていた恭也は、上半身を下げながらも、右横へと飛び、かわそうとするが、夏織の刃が僅かに肩を切り裂き、ダウニーの剣がやはり僅かに横腹を抉る。
地面を滑り、恭也は傷を気にせず立ち上がった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.571 )
日時: 2010/12/17 18:22
名前: テン


「ふっ……はは」

恭也に手傷を負わせたことで、ダウニーはようやく気を取り直したのか、恭也が先ほど浮かべたような嘲笑を浮かべる。

「ふう、二人がかりの上、こんな負傷を追わせた程度でいい気になるとは、破滅の主幹の名が泣くぞ。その上この程度の実力とはな。
ああ、いや、すまん。組織のトップなのだから、この程度の腕前なのは仕方がないのか。トップに武力など必要ないからな」

しかし、恭也から返ってきた言葉は、痛烈な皮肉だった。
その言葉だけで、ダウニーの表情は元の怒りに戻る。

「この馬鹿が」

夏織の言葉は、ダウニーには届かない。
もうダウニーは恭也の戦術に乗ってしまったのだ。ここから冷静さを取り戻すのは、最早不可能に近い。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.572 )
日時: 2010/12/17 18:23
名前: テン


どんな行動も蔑まされ、挑発と変わり、それに苛立ち、苛立ちから受け流すことはできないという悪循環。
今のダウニーは、夏織からしたら、邪魔以外のなにものでもないだろう。
せいぜい壁か、少しでも恭也の邪魔をしてくれればいい程度。
そして、恭也は攻撃の体勢を立て直し、再び二人へと斬りかかった。



◇◇◇



リコと対峙するイムニティは、恭也たちの戦いを眺めながら、忌々しげに口元を歪めた。

「なんて化け物」

それは恭也へと向けられた言葉。
イムニティは長い間生きていて、今まで何百万、何千万もの人間を見て、そして多くの強者とも出会ってきた。その中でもダウニーや夏織は、救世主候補を含めた上位五十から八十……幾万と出会った戦闘者の中で、この中に入ればその時代、その世界でも最強に近いと言える部類だ……ぐらいに入るほどの強者だった。
それをたった一人で受け止める恭也は、化け物以外の何ものでもない。
そんなことができたであろう者は、イムニティも過去に一人か二人ほどしか出会ったことがない。
今もまだ恭也は、あの二人相手に『攻勢』に出ている。
受けに回るでもなく、追い込まれているわけでもなく、むしろ二人を防戦一方にさせ、追い込んでいた。

「禁書庫で会ったときは、ここまでじゃなかったわよ」

恭也の実力が異様なほど上がっている。
イムニティにはそう見えるのだ。

と、ダウニーが挑発されていて、それにはまってしまっていることを知らない……まだ逆召喚で現れていなかった……イムニティが、そう思ってしまうのは仕方がないことだ。
確かに禁書庫で彼女が戦ったときよりも、恭也の実力はかなり上がっている。だが、本来ならそれでもあの二人と同等程度なのだ。
その勘違いを、当然リコは正したりはしない。勘違いしてくれるならば、してくれていた方がいいに決まっている。

「…………」

この状態では、リコは迂闊に動けない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.573 )
日時: 2010/12/17 18:23
名前: テン


イムニティまであの戦いに加われば、恭也はすぐさま敗北するだろう。
本当なら、すぐにでも援護したい。しかし、それはイムニティも同じだ。
イムニティが援護のために魔法を使うなら、リコはそれをやはり魔法で相殺しなくてはならない。
恭也がダウニーたち二人と対等に戦っていると思っているイムニティも同じく、リコが魔法で援護を開始すれば、恭也の勝利は間違いないと、やはり魔法で相殺しなければならない。
故に動けない。
お互いが同じことを考えている。そしてその結果次第では勝敗がつきかない。
だからこそ易々と動くわけにもいかない。

(まずい……)

この状態、いつまで続くかはわからないが、先に動き出すとすれば、それはイムニティだろう。
しかも、恐らく……彼女はダウニーたちを援護するのを諦める。
イムニティ自身はまだ気付いていないか、迷っているのだろうが、ダウニーが死のうと、夏織が死のうと関係ないのだ。
恐らくイムニティは、彼女自身の主を守るため、もしくは救世主にするための策として彼らと行動を共にしているにすぎない。
つまり……いつでも切り捨てることができるのだ。
イムニティとしては、ダウニーたちよりも、主を取る。それはリコも同じだからわかる。
今後の策を捨て、ダウニーたちも切り捨て、リコを殺すことに全力を傾けるかもしれない。リコを殺すことができれば、それでイムニティは目的を達成できるのだから。

(どうすれば……)

恭也が主だと告げる?
それも確かに一つの手だ。
イムニティは、リコたちが白の主が誰であるかを知らないのと同じように、リコの主が誰であるかを知らない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.574 )
日時: 2010/12/17 18:24
名前: テン


だが、恭也が主であると告げれば……
リコを殺すのと、恭也を殺すのとでは、どちらがやりやすいかで言えば、恭也に傾くかもしれない。
そうなれば、この拮抗は続く。

(駄目……)

それは駄目だ。
根本的な解決にはならない。
拮抗では、リコ自身が動けないままだ。それでは結局恭也の援護は不可能だし、恭也を余計に不利にさせてしまう可能性もある。
それはできない。
ならば……

(先手必勝……!)

最速で自分がイムニティを潰し、恭也の援護に回る。
リコは魔力を込め、紫電をその身に纏わせた。
そして、

「ぐっ、あぁぁぁああああぁぁ!」

恭也の絶叫が響いた。



◇◇◇




夏織は、ダウニーと共に、鎧に向けていたような、恭也の怒涛の連撃を受け続けていた。
何とも元気の良い息子であると、内心で苦笑するが、間違いなく押されている。
しかし、体力を消耗したのか、恭也は連撃を止め、一息で後ろへと跳んだ。
否、それは誘いなのだろう。
無論、それに乗るような夏織ではない。が、それに乗る馬鹿が今ここにいた。
彼女の横から、恭也に飛びかかっていく影が一つ。
ダウニーである。

「あーあ。ホントに青いね」

完全に我を失っている。
戦いが始まってそれほど経っていないが、端から見れば、最初の下馬評は覆され、もう夏織たちの敗色は濃厚と映るだろう。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.575 )
日時: 2010/12/17 18:25
名前: テン


ダウニーが怒りに飲まれ、我を失った時点で、勢いは恭也に向かっている。その勢いを取り戻すのは並大抵のことでは無理だ。
あんな状態のダウニーとでは、連携もクソもない。下手をすれば、夏織がダウニーを、ダウニーが夏織を斬ってしまいかねない状態だ。
そもそもダウニーの精神状態が元に戻らなければ、幸運でも降ってこない限り、勝利はないだろう。
あれでダウニーも超一流の戦闘者。冷静であれば、夏織でも簡単には勝てない。
しかし、あの男はプライドが高すぎた。
恐らくダウニーは、過去にプライドを……自身がそう意識していなくとも、もしくはそんなものは持っていないと思っていたとしても……ズタズタに引き裂かれたことがあるのだろう。
しかし、そこから這い上がり、破滅の主幹となり、プライドを取り戻した。
だが、取り戻したからこそ、再びプライドを傷付けられると簡単に激昂してしまう。
そんなのを夏織はいくらでも見てきたからこそわかった。
もうこうなってしまった以上、時間を置かなければダウニーは平静に戻れない。
すでに魔法を使うことすら忘れてしまっている程、もしくは剣で恭也を見返してやるとしか思えない程、思考を狭めてしまっている。
これではダウニーの戦い方の幅は狭くなる一方だ。
魔法剣士と言えば……この世界では……聞こえはいいのかもしれいが、それは言い換えれば、どちらも中途半端ということになる。
少なくとも恭也よりも僅かに年上程度しか生きていないダウニーが、理論がまるで違う戦闘法、その両方を極めるのは、才能以前不可能だ。時間が足りなさすぎる。
そのダウニーでは、剣だけで戦う限り、決して恭也には勝てない。
本来ならば、二つを合わせて超一流の戦闘者であるのに、一流の剣士でしかないダウニーでは、その一生を詰め込こまれて培われた恭也の技術を越えられない。超一流の戦闘者であり、剣士である恭也を越えられないのだ。

「負けかね」

夏織は、ダウニーを助けに行かず、ただ見守る。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.576 )
日時: 2010/12/17 18:26
名前: テン


恭也は、後ろへと下がると、その両の手に大きく振るう。
同時に黒銀と紅銀の光が、恭也の手を離れて輝いた。
射刀術。
恐ろしい程鋭く、速く、二本の小太刀は、黒銀と紅銀の光は、一直線に、しかしお互いに速度、角度、着弾点を絶妙な間を開けて、ダウニーへとその凶刃を突き立てようとしていた。
しかしながら、我を忘れていてもダウニーの剣技の腕前は一流だ。その上に、彼が握る剣は細身で軽い。

「武器を自ら手放す等!」

ダウニーからすれば、その行為は愚の骨頂。
かの軽さ故に、瞬時に振るわれるダウニーの剣は、彼の顔へと飛んできた八景を弾き飛ばした。
しかしその僅か下に、さらに八景を弾けば、タイミング的に間に合わないような感覚で、紅月がダウニーの首へと吸い込まれる。
しかしそれも、八景を弾くために振り上げて、肩近くまで上がった剣を回転させ、柄でやはり紅月を弾いた。
恭也の射刀術の腕前は、恐るべきものだった。射刀術自体が難度の高い技術ではあるし、二つ同時に放ち、それぞれタイミングをずらすというのもそう。何より、身体の中でも、的として小さい頭と首を正確に狙いつけるという技量は、生半可な訓練では身に付かない。
しかし、それをダウニーは防いだ。
そのことで、今度こそ彼の自尊心は回復すると思われた。
だが、やはり精神状態が戻らないダウニーは、詰めが甘い。
あのように軽々と難度の高い射刀術を放てる者が、あの高町恭也が、これだけで終わるものか。

「なっ!」

それはダウニーの驚きの声で証明された。
ダウニーの視線の先には、宙に浮かぶ五つの黒い針。
彼自身が言った戦闘中に武器を手放すなど愚の骨頂。そんなことは恭也自身が一番理解していることだろう。
それで倒せればいい。だが倒せなければ……
ならば、それは単なる布石にすぎないのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.577 )
日時: 2010/12/17 18:26
名前: テン


ダウニーは冷静さを失い、それに気付かず、囮に目がいきすぎた。
顔、首、肩、心臓、腹部と、それぞれがそれぞれの軌道を描きながらダウニーに迫る。

「ぐぅうぅぅぅ!」

弾く、弾く。
それでもダウニーは、針を弾く。やはり彼の技量もたいしたものだ。
だが、弾き方が甘く、針は浅くダウニーの身体を抉っていく。
それでも致命傷なく、恭也の攻撃を全て弾ききり、今度は余裕を浮かべずに、恭也へと視線を……

「っ……!」

向けた瞬間には、恭也はダウニーの右斜め前……ほぼ目の前にいた。
そして、恭也は武器もなく、動く。
左でのジャブを一つ。
パンと小気味良い音をたてるが、その威力は音と比例していない。
続いてストレート。今度はゴキリと鈍い音。
ストレートで鼻先を押し潰し、頭を持ち上げると、死角の外からフックで頬を打ち抜く。
その三つだけで、ダウニーの脳が揺れ、潰された鼻から血が噴き出した。
そのまま恭也は右腕を上下に回転させるように直立に立て、その反動を使い、肘をダウニーの胸へと叩きつける。
続いて、肘に帰ってくる反作用を使い、振り子の要領で肘を戻し、さらに左足を一歩前に出し、右足を軸として、全ての力を乗せて右の掌底を腹部に突き立てた。
一瞬遅れ、左手の掌を突き立てた右手に重ねるように打ち込む。

「がっ!」

ダウニーの身体が、まるで矢を番えられた弓の弦のように曲がった。
衝撃でダウニーの口から涎がたれる。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.578 )
日時: 2010/12/17 18:27
名前: テン


剣士であるはずの恭也が、異様に錬度の高い格闘戦。
しかもその技に統一性がない。
実戦を語る剣術が、剣だけでしか戦えない、などということがあるわけがない。
むしろ殺しの技を語る彼らは、単純に相手を破壊する技は、そこらの武術とは比較にならないほどのものだ。
一口の剣術と言っても、こういった流派の多くは、総合武術と言うべきもので、本来体得する技というのは、剣だけに収まらない。
槍術、弓術……今はほぼ廃れているが、昔は馬術も入った……等々だけには収まらず、当然ながら無手術も錬り込まれる。
しかも恭也は、格闘術に関しては御神のある格闘術、体術だけでなく、色々なところから技を盗み、それを御神流に合わせていた。
その上に恭也は不破だ。暗殺と殲滅を主な仕事とする彼らは、剣だけに囚われては、それをこなせない。剣が使えなくなったから失敗、などでは話にならず、証拠を残さず殺すためには、剣だけでは駄目なのだ。
格闘の達人と試合をすれば、恭也は敵わない。が、殺し合いになれば、何の苦労もなく殺せるだろう。そもそも彼が使う徒手空拳の技は、ほぼ殺し技で、試合では使えない。
本来ならこれで終わる。
今までの攻撃に、徹が込められていたならば、もうダウニーの脳はかき混ぜられ、肋と共に背骨が折れ、肺は破れ、胃付近の臓器も破壊されていた。
いや、本来ならそれもいらない。今の四連打の単体でも、十分にダウニーを殺すことはできた。
頬ではなく。側頭部に拳を叩き込めば、恭也の記述と力、速度が乗る拳ならば、十分に頭蓋を叩き割り、脳を破壊できた。肘打ちも肋を折り、それを肺に刺すことで殺すこともできたし、掌底も衝撃の全てを背面へと逃がさず、内に残るように……徹とは違う技……すれば、内臓破裂程度は引き起こす。
派手さこそはないが、その一つ一つは、恐ろしいほどに、人を倒すではなく、殺すことに特化している。
しかし、恭也はそれらをしていない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.579 )
日時: 2010/12/17 18:28
名前: テン


せいぜい頬骨がわずかに割れ、鼻骨が砕け、肋がひび割れ、内臓を多少痛めた程度……十分に大怪我の範疇だが……だろう。
恭也は夏織を警戒しているのだ。
恭也としては、どうにも夏織の行動は読みづらい。
先ほどまで、ダウニーを助けていたにも関わらず、今は眺めているだけ。しかし、いつ飛び出してくるか、もしくは飛び道具を使ってくるかわからない。
そのために意識の七割は夏織へと向けていたのだ。その状態で徹を込めても、余計に衝撃を拡散させてしまうのがオチだし、技単体で倒すにしても、どうしても威力が薄れる。
出てくる気がないのかはわからない。ならば状況を動かしてみよう。
恭也は腰を折り、再び拳を丸め、それをショートアッパー気味に振り上げた。
恭也の拳は、ダウニーが剣を持つ右手へと伸びる。
そして、

「ぎっ!」

ボキボキと、ある意味では滑稽な、ある意味では恐ろしい音が響く。
恭也の拳は、柄を壁の役割をさせ、ダウニーの右手、その小指に深々と突き刺さるようにして押し潰していた。


ダウニーの小指の骨が砕け散った。
それは端で見ていた夏織にも、すぐにわかる。
もう、ダウニーの小指は原型を留めていなかった。直立に近いはずのそれは、完全に拉げ、折れて、砕けた骨が肉と皮を突き破って露出している。

(末恐ろしいよ、本当に)

これまでの恭也の動き、行動の全ては、もしかしたら常道を逸しているかもしれない。
しかしそれは恭也が、戦上手だったということ。
それだけの話。
その行動全てが、未来を予測しているかのような布石の連続。
射刀術を使ったのは、単純に武器を投げたと思わせるように、しかし、そこに飛針が隠されていた。が、それすらも囮。本命はダウニーの懐に入っての格闘戦。
鎧との戦いと、先ほどまで放っていた連撃で、恭也は剣士という先入観がさらに固まり、ダウニーの行動を大雑把にさせた。
しかし恭也は、剣がなくとも戦えるのだ。
そもそも実戦剣術など、基本は卑怯上等、もしくは卑怯最高というようなものだ。
今までの恭也の行動は、その卑怯な部類に入る。
相手を挑発し、剣士のように見せながらも、その実、暗器を使い、さらには格闘戦まで行う。
これが卑怯でなくては何だと言う。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.580 )
日時: 2010/12/17 18:28
名前: テン


だが、だがだ。
この場においては、卑怯=戦術だったにすぎない。
ダウニーをまだ殺せていないのは、恭也の意識が自分に向いているからだと、夏織もわかっている。

「たくっ」

ダウニーの利き手の小指を砕いただけだ。
しかし小指というのは、物を握る場合は、かなり重要な部位だ。
重さのかなりの部分を支え、バランスを整えている部位。
そして、何か振る場合には、かなりの力をこめなければ、それを止めることができなくなる。
それが小指。
それを砕かれたダウニーは、もう戦力がかなり低下しただろう。少なくとも、剣を満足に振るえない。
ならば拳を砕けばもっとダメージが与えられるじゃないか、と思うかもしれないが、剣の柄を持っていた拳を砕くということは、手の甲を殴るということだ。
人間の手の甲は、身体の中でもかなり硬い部分。それを拳で砕こうすれば、逆に殴った方の拳が砕けかねない。
だからこそ恭也は、脆く、だが剣を握り、振るには重要である小指を砕いた。
それを正確に射抜いた拳術は、やはり賞讃に値する。
さらに肋もひび割れ、頬骨が砕けているだろうが、最もまずいのは、鼻骨。
鼻骨まで砕け、鼻血が止まらず、鼻からの呼吸は絶望的だ。これで戦闘が長引けば下手をすれば窒息。そうでなくともスタミナが激減するだろう。戦闘中、口で息を吐くことはできても、息を吸い込む暇などない。
相手を観察し、戦術を構築し、最も効率的な手を一瞬で判断する。
二十代であろう夏織の息子。すでに肉体的な成長期など過ぎている。だが、それでも末恐ろしいと思わされる。
その戦術眼が恐ろしい。
その観察力が恐ろしい。
その判断力が恐ろしい。
それらは全て肉体には関係のないもの。いくらでも成長できるもの。
戦闘能力まで、夏織がこの世界で初めて会ったときよりも、格段に上がっていた。技術の一つ一つが段違いだ。

「どうしたものかね」

そして、また夏織は引きずり出された。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.581 )
日時: 2010/12/17 18:29
名前: テン


はっきり言いってしまえば、夏織はダウニーが嫌いだ。
破滅を操り、学園に潜入し、全て自分が思いのままに操っていると勘違いしているそのやり方は、夏織からすれば陰険でいけ好かない。
が、夏織には夏織の理由があって破滅の参加していた。
もし、もしも夏織がイムニティに召喚されたのではなく、リコに召喚されていたなら、もし破滅に出会っていなければ、破滅と出会っていても、もし最初から恭也がこの世界におり、学園や王国と繋がっているというのがわかっていたなら……夏織は恭也についていたかもしれない。
夏織の目的は、破滅の軍勢に参加することには直結しない。破滅でなくても良かったのだ。
しかし、

「今更だね」

今、結局は破滅にいる。
それを覆すことはもう無理なのだ。
だから、ダウニーにはまだ死なせる訳にはいかなかった。まあ、生きていればいいという程度のことだが。
ダウニーを死なせなければ、まだロベリアは夏織に協力するだろう。
つまり、あとはどやってこの場から逃げるか、だ。
まあ、選択肢など一つしかない。
ダウニーが抵抗しても、彼を引きずり、イムニティと合流し、逆召喚で逃げる。
このまま戦えば、間違いなく負ける。ダウニーは確実に殺されるだろう。

「めんどくさ」

あれは母親だからと手加減するほど阿呆ではない。普通に殺しにかかってくるだろう。
つまり恭也の相手をしながらダウニーを回収し、引きずりながらも恭也と戦い、イムニティの元に向かう。

――無茶を通り越して無謀だろう、それは。

内心で毒づく。
まあ、無理だ。
が、無理でもやるしかないのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.582 )
日時: 2010/12/17 18:30
名前: テン


「行くか」

無理であり、無茶であり、無謀である今の状況。
絶望的であるとわかっていながら、夏織は楽しそうに笑った。

「くくっ、忘れてた」

そう、忘れていた。
自分は士郎を愛していただろうか?
正直に言ってしまえばわからない。
そもそも士郎と接触したのは、そしてその子を宿したのは、上……親や夏織の一族、その老人たちの命令故だ。
不破の血を入れる。それこそが、夏織の一族……『混血』の一族が求めたこと。不破という『鬼』の血を欲したのだ。
恐らく恭也は、そして士郎は知らないのだろう。彼ら不破は、鬼の血を継いでいる。人斬りの鬼とか、言葉や概念的な鬼ではない。真実存在している妖としての鬼。
日本では、絵本などで敵役であり、また滅ぼされる存在と言える。が本来は真実最強の化け物である。人が容易く打倒できる存在ではない。不破の祖先には、その鬼がいる。鬼の血に比べれば薄いが、吸血鬼の血も入っているようだった。
士郎たち不破でさえ忘れてしまったその血を夏織の一族は求め、接触し、夏織は子を得たのだ。
それが恭也。つまり不破の子であると同時に、恭也は混血の一族だ。
その血の中には、不破の鬼の血もあれば、吸血鬼の血も、龍人の血も、人狼の血も、雪女の血もあり、また人の血の中には、御神の一族の血も、不破の一族の血も、他の永全不動の血も、呪印の一族の血も、翼人の一族の血も流れている。
あらゆる一族の血。
それこそが、夏織の一族が目指したモノだ。あらやる血を継いだ人間を生み出すこと。
つまり恭也とは、そのためだけに必要とされた子供。
夏織は、自分の一族を好いていない。
だが、それでも彼との子を産んだのは、それが楽しそうだったからだ。
例えそれが、一族からの命令であっても、それを嫌い、またいつかその一族と決別すると決めていた夏織が、その命令だけを聞いたのは、それだけが理由だ。最も、いけ好かないからこそ、恭也を士郎に任せた。老人たちに渡すなど、それこそ反吐が出る。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.583 )
日時: 2010/12/17 18:31
名前: テン


不破士郎が、夏織にとって何だったかと問われれば、こう答える。

「趣味」

彼の行動を見ているのが面白い。
彼が導き出す結果が面白い。
それらを眺め、時には手伝い、時には敵対し、それでも夏織は士郎を見続けた。時には触れ、聞いた。
それが楽しかったから。
故に趣味。
まあ、そんな歪んだものではあったが、確かに夏織は士郎を愛していたのかもしれない。
そして、

「見つけた」

ここに来て、夏織は再び出会った。
ここに来て、夏織は思いだした。

「見つけたよ、新しい趣味」

自分は、今とんでもなく楽しんでいる。
無理、無茶で、無謀という状況でありながら、その無理と、無茶と、無謀を楽しんでいる。
その状況を作った者を見るのを楽しんでいる。
彼女は再び見つけたのだ。
新しい趣味を。
夏織は、一歩踏み出す。
ダウニーの小指を壊し、彼から間合いを離した恭也は、両手で鋼糸を操り、地面に落ちた二本の小太刀を回収すると、夏織をじっと眺めていた。

(そんな顔するなよ。今から行くから)

そのとき、恭也は……息子はどんな行動をとってくれるのか、どんな表情をしてくれるのか、どんなに限界を超えてくれるのか……楽しみで、楽しみで仕方がない。
さあ、行こう。

「あ?」

だが、そのときだった。
夏織は気付いた。
恭也は気付いていない。

(そりゃ私に意識のほとんど持っていってたら、心の効果は減るはな。しかも無機物だし)

何となく場違いなことを考える。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.584 )
日時: 2010/12/17 18:32
名前: テン


しかし、冷静な内心とは逆に、夏織は大きく舌打ちした。

「避けろ! 馬鹿息子!」

咄嗟に、だが自然に、夏織は叫んでいた。




「っ……!?」

恭也のその驚きは、夏織に息子と呼ばれたからではい。
彼の背後から、それはきた。

「がっ!」

かわすことなどできないタイミング。
恭也の両腕と、腰から胸までが……巨大な手に捕まれた。
その突進の威力と、指が肺を圧迫し、短いが大量の息が、恭也の口から吐き出されていく。

「鎧の……腕……!?」

それは恭也自身が斬り落とした救世主の鎧の腕。
手首の上辺りから、断ち切れているにも関わらず、それは浮かび上がり、恭也の上半身を締め上げている。
まるで万力のようで、恭也は自分の身体の骨が音をたてているのがわかった。

「ぐっ!」

夏織に集中していたのと、無機物であり、この腕はさらに浮いていたのだろう。そのためどうしても心では捉えにくく、気づけなかった。
そして、

「くっ、ははは……はははははははは!」

奇声に近い、笑い声が聞こえた。
そんな声を出すのは、この場には一人しかいないだろう。

「ダウ……ニー……!」

ダウニー。
その男の顔は笑みで埋まり、狂ったように笑っていた。

「は、はは。高町君、やはり選ばれたのは君ではない! 私だ!」
「な……にを……!」
「神が定めた運命は、君に死を与え! 私を生かした! そう、選ばれたのは私なのだ! 選ばれたこの私が、貴様程度に! 貴様程度に!」

言っていることが滅茶苦茶だ。
挑発にのりすぎて、精神が一時的におかしくなっているのだろう。
そして、ダウニーは砕けた小指がまだ痛むため、剣を左手に持ち替えるが、その腕は僅かに震えていた。
当然だ。いかに軽い片手剣とはいえ、利き手以外に武器を持ち、正確に操るのは熟練者でも難しい。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.585 )
日時: 2010/12/17 18:33
名前: テン


だが、

「く……そ……!」

その状況では、それでも恭也を殺すことは可能だ。
ただ、鎧の指の隙間に剣を突けばいい。
それがダウニーも当然わかっている。剣を水平に構え、そのまま身動きができない恭也へと突進を開始した。

「くっ! し……ん……速……!」

この状況で発動するのは、神速。

「ぐっ! あぁぁぁああああぁぁ!!」

聴覚が遮断され、自身では聞こえていないであろう絶叫を恭也が上げる。
ベキベキと音をたて、同時に鈍い骨が軋む音をたて、じょじょに鎧の腕の指が開いていく。
トンの桁すら越えるであろう力が込められた鎧の指。
それを、上半身とともに締められた恭也の両腕が、無理矢理開いていく姿は、ダウニーや夏織のみならず、絶叫を聞いて恭也へと振り返ったイムニティとリコでさえも顔面を蒼白にさせた。
思うことはただ一つ。

――あれは人間なのか?

「なんだ、それは!?」

それが人間に可能な力なのかと、突進を止め、剣を構えたままのダウニーが叫ぶ。
そんな真似、破滅の将の中でも、特に力に秀でたムドウでさえ不可能だ。

「ぐうぅううううぅぅぅぅぅぅぅ!!」

開いていく。
鉄板よりも硬く、岩よりも重く、鉄格子よりも脱出が難しいはずの戒めを、恭也は解いていく。
神速による肉体のリミッターの解除は、速さに直結するのではなく、筋力に直結する。
そして、人間の脳はそれほど細かい指令は出せない。
身体のリミッターを部分部分に解くことなど不可能で、足だけ、腕だけなどは不可能なのだ。
つまり、神速は足だけのリミッターを解くのではなく、全身のリミッターを解く。
リミッター解除に汎用性はない。
だが、全身のリミッターが解除された『状態』での汎用性は、異様なほど増加する。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.586 )
日時: 2010/12/17 18:33
名前: テン


「がぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」

この場合必要なのは、全身の力。
腕だけではない、肩だけではない。そこに繋がる部位に全ての力を流していく。
真の意味で肉体の全力を出せる恭也の肉体は、今この時、限定的に、鎧の力すら上回る。
しかし、その反作用で、安全装置をなくした肉体から悲鳴が上がり続けた。
筋繊維が切れていく、内臓を傷付けていく、神経が痛んでいく、骨が軋み、腕の皮が剥げ、肉が抉れ……
いくら動こうと、どれだけ力を込めようと、ここまでの負荷はそう簡単にはかからない。
身体を動かすのではなく、力に対抗するための力は、動くためよりも負荷を与える。
しかし、これしか方法がなかった。

「くっ!」

ダウニーは歯ぎしりしながら、恭也へと突進を再開。
ここに来て、ダウニーは再認識した。
この世界で最も脅威なのは、この高町恭也だ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.587 )
日時: 2010/12/17 18:34
名前: テン


当真兄妹がこの世界に召喚された謎。その解答をダウニーは知っている。
だが、この男は真実イレギュラーだった。
仲間に引き込める可能性もあると思っていたが、この男はそんな生やさしい存在ではない。
救世主候補のような力はない?
魔法も使えず、身体能力すら特化したものは存在しない?
それが何だというのだ!
この男は、その存在そのものが脅威なのだ。
その存在そのものが、戦いに特化している。
この男の世界は平和だと言うが、もし戦乱の世であったなら、間違いなく英雄と言うべきものになっていただろう。
実際に、この世界で、あの男は英雄として、救世主として祭り上げられようとしている。
確かにそれは、色々に組織の思惑によるところが大きい。
だが、それは同時に、その組織が、彼は英雄足り得ると判断したも同義だ。
英雄とは、それと相反する的という者【物】があって、それと同時に発生する者【物】だ。
英雄の敵にとって、それは正に最悪の敵であり、最低の大根役者だ。
つまりこの男は……

「やはり貴様はここで殺さなければならない!」

破滅の脅威はここにある。
破滅の真の敵を、本当に確信したこの瞬間、ダウニーの精神は立て直された。


「マスター!」

そして、このときになつてリコも動こうとしていた。
紫電を纏ったまま、イムニティより視線を離し、新たな目標を設定。

「マスター、ですって?」

しかし、イムニティはリコが放った言葉を聞き逃さなかった。
リコがこの場でマスターと呼ぶ可能性がある者など一人しかいない。
イムニティは、恭也へと視線を向けたあと、リコの行く手を阻むために、呪文の詠唱を開始しようとして……

「っ!」

右手で頭を押さえ、その場にへたりこむ。

「マ、スター……!?」

イムニティはこのとき、今の状況全てを忘れた。

恭也の腕が、鎧の指を開いていく。
そして、恭也は左手の肘を上げ、

「ふっ!」

振り子の要領で、鎧の掌へと打ち込んだ。
ミシリと肘の骨が音を上げたが、その衝撃で鎧の手が恭也から離れる。
その瞬間に、雷を纏うリコが恭也から離れた鎧へと特攻。
着弾と同時に、その頭から縦に身体を回転させることで、抉るように,ねじ切るようにして鎧の手を襲う。
雷の力と、その回転力で鎧の手がひび割れ、砕ける。
だが、間に合わなかった。

「……はあ……はあ……」

恭也は息切れを繰り返し、突撃してくるダウニーを避けようとするが、身体がついてこない。
そして、リコもまた自分の身体を弾丸としたために、その勢いを殺しきれず、地面を着陸し、体勢を取り直すのがやっと。
間に合わない。
間に合うわけがない。

「くっ!」

それでも何とか、恭也は己の指を動かした。
しかし、指が動けた程度で、何ができるというのか。
できるわけがない。
未来は変わらない。
そして、

「……っ!」

ダウニーの剣が……恭也の……腹部に……突き刺さり……貫いた。