Re: 黒衣(仮投稿) ( No.54 )
日時: 2008/01/03 17:13
名前: テン







炎の矢が、氷の矢が、光の矢が、雷の矢が、伸び、乱れ、爆ぜ……狂ったように辺りを蹂躙しながら舞う。
それを正面に晒された少女は、笑みを浮かべたままその手に握るダガーを掲げ、

「インフィニティ」

その名を呼ぶと同時に、その刀身が伸びたダガー……とも呼べないものを、やはりまるで狂ったように振るい、乱舞させた。
それは長大な銀線を作り出し、矢を叩き落とし、砕き、無へと帰す。

「っ……」

それを見せつけられ、なのはは下唇を僅かに噛んだ。
目の前の少女……エリカは余裕を見せていた。わざわざなのはに魔法陣を描く時間を与えている。そして、それは余裕の態度が示す通りに全て叩き潰されたのだ。
だがそれで諦めるほど、なのははまだ人生に達観してはいなかった。

(おにーちゃんの剣ほど速くない。おにーちゃんみたいに複雑な動きをしない。おにーちゃんみたいに……)

何より目の前の少女は、なのはの兄と比べると戦い方が稚拙だった。ただの力任せにすぎない。
だから、

(怖くない……)

なのはは覚えている。恭也と戦った時の、試合とは言え恭也に剣を向けられた時の怖さを。洗練された戦闘者の戦い方を。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.55 )
日時: 2008/01/03 17:19
名前: テン


だからあの時のような怖さを感じさせない彼女は脅威ではなかった。
その経験があったからこそ、なのはは今までの実戦も潜り抜けてくることができたのだから。
何よりなのはが放っている疑似魔法とて、先ほどからスピード重視の小技だ。
まだ戦いは始まったばかりなのだ。





第四十三章 なのはの戦い 二





なのはは徹底した援護役、一対一では戦えないと彼女自身は思っている。そしてエリカも戦闘方法からして天敵と言っていもいい相手だ。
だがなのはは、決して一対一の戦い方ができないわけではない。
実際の所、なのはは救世主候補の中でも席次は中位……ほぼ真ん中に位置している。
席次を決める試合は一対一なのにも関わらず、である。さらに席次を決める試験とは関係のない授業としての模擬戦を見ても、なのははそれなりの戦績を修めていた。
席次には関係のないものではあるが、大河に勝利したこともある。
大河に勝てたのははっきりと相性の問題だった。彼は直線では速いが、敏捷性においてはなのはが上回る。その敏捷性で大河の攻撃をかわし、さらに隙をついて攻撃を続けての勝利だった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.56 )
日時: 2008/01/03 17:20
名前: テン


逆に同じく前衛であるカエデには敗北している。やはりこれも相性の問題が大きい。
今の相手であるエリカは、スピード以外のもので相性が最悪だった。
だが、相性だけであるならば覆せるものをなのはは所持していた。

それは独創的な戦闘法。型に填らない戦い方。なのはだけの戦い方。
疑似魔法という召喚器の特性と、自身の魔法の組み合わせ。動き方などなのはは独自の戦闘法を作り出している。
疑似魔法も、正統な魔法に白琴の魔力を込める方法も、それらを組み合わせた戦闘法は既存にはないものだ。だからこそ対処も難しい。
そして何より、その天性の策士たる動き。やはりそれも独創的であり、戦闘経験などの知識からくる自らの戦闘理論によって策を作り出す恭也とはまた違った考え方。
何より恐ろしいのは、なのははそれを深く考えることなく自然体で行うことにある。
それらが一対一の戦闘も可能にさせる。
もっとも天性のもので自然に動いていることであり、同時に自然に考えていることであるからこそ、なのは自身はその自らの才能に気付いていないし、気付いたとしてもそれを喜ぶことはないだろう。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.57 )
日時: 2008/01/03 17:21
名前: テン



なのはが今すべきことは一つ。相手の謎……攻撃を受けても無傷でいられる理由を突き止めること。

(……まずは、私の攻撃を当てないと)

そう考えた時には、なのはの身体は自然に動いていた。策を考えることもなく、自然とやるべきことのために身体を動かしているのだ。
余裕を見せ、攻撃を仕掛けてこないエリカに向かわせる幾つもの魔法陣を描き、その合間で脳内に構成式を描き、呪文を詠唱する。
同時に魔法陣を解放し、放たれる複数の疑似魔法。
エリカはそれを今度は刀身を伸ばすことなく、直撃しそうなものだけ選ぶなどということはせず、向かってくるほとんどの矢を叩き落としていく。それでも捌ききれないものは、その左手に持つ盾で完全に防いでいた。
やはりそれは彼女の可憐な姿には似合わない、稚拙で無骨な技などない力業。
おそらくは彼女も同じなのだ。救世主クラスの大半の者たちと同じく、戦闘をする下地などなく、召喚器と自身の特性のみで戦っている。
だが、

(少しだけ羨ましいかな)

場違いなことだと、同時に兄を汚す考えだとわかりながらも、エリカのその姿がなのはには少し羨ましかった。
兄と同じく、近接戦で戦える彼女が羨ましいと。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.58 )
日時: 2008/01/03 17:23
名前: テン

自分はそれを求めるほど欲張りではないはずだ。だが、それでも思ってしまう。どうしても、思ってしまう。
もし、もし自分の白琴が形状通りの武器であったなら、ああして自分も戦っていたのかもしれない。それは兄の隣で。
敵として、召喚器使いと相対したからこそ、そんな考えが浮かんだ。

(ごめんね、おにーちゃん、白琴)

しかしそれもすぐに霧散する。
その考えは、兄の今までを汚すことであると同時に、白琴を非難しているようなものだ。
だから兄に、白琴……自らの相棒に謝罪した
それからすぐになのはは思考をうち切る。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.59 )
日時: 2008/01/03 17:24
名前: テン


一歩も動かないエリカを中心に、辺りを縦横無尽に駆け、至る場所から疑似魔法と正規の魔法を繰り出していく。
エリカは笑ったままそれを叩き潰す。
それを見せつけられても、もうなのはが表情を変えることはなかった。
二線で描かれたの魔法陣では、どうやら簡単に防がれてしまうようだ。だが、別にそれは構わない。

なのはは駆けるのを止め、足を止めた。
足を止めたなのはに、エリカはやはり余裕の笑みを崩さずに問いかける。

「もう終わり?」
「うん、まあ、何となく今の攻撃じゃ通じないってわかったから。攻撃の速さ、防御の速さだとちょっと敵わないかな」
「へー、じゃあ負けを認めてここで死んでくれるのかしら?」
「それは無理。おにーちゃんを傷つけるのが目的で私を殺すって言うなら、私はどんなことがあっても抗うよ」

エリカの軽口に、なのはも内容の割り軽い口調で返す。
そのエリカに向かって、なのはは少しだけ笑った。

「知ってる?」
「何をかしら?」
「戦いに卑怯なんて言葉はないんだよ」
「何を言って……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.60 )
日時: 2008/01/03 17:25
名前: テン


なのはの言う意味がわからず、エリカは顔を顰めたが、自らの背後から響いてくる風を切る音を確かに聞いた。彼女はすぐに目を見開いてその視線をなのはから外し、背後を振り向く。
そこには風を切る音を響かせて、一直線にエリカへと向かっていく一陣の光。

「なっ!?」

その光の矢はエリカを完全に捉えていた。そして彼女は振り返ったばかりで、半身を開き中途半端な体勢。いかに取回しやすいダガーでも、この背後からの攻撃には反応できなかった。
そして、

「エターナル!」

エリカは初めて焦りの色を含ませて、その名を叫ぶ。
それと同時にキン、と響くような音が聞こえた。そしてエリカの目の前に、日の光を反射し、僅かに輝く透明なガラスのようなものが現れるのをなのはは確かに見た。
そのガラスの壁は迫ってきた光の矢を弾き、次の瞬間には割れるようにして消えていった。
エリカは息を吐こうとしたが、それをすぐさま止め、再びなのはへと向き直ると余裕の笑みを浮かべ直す。

「残念だったわね」

エリカの笑みに対し、なのはもやはり笑う。

「そんなことないよ」

その言葉は決して負け惜しみではない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.61 )
日時: 2008/01/03 17:36
名前: テン


なのはは、元よりあれで決められるとは思っていなかった。もちろん決められていたならその方が良かったが、防がれたのならそれはそれで良かった。あのダガーと盾を『直接』使わずに防ぐ所が見られれば。

「まさか背後から攻撃が来るなんて」

あの攻撃は、なのはが走り回っていた際に隠していたもの。ただ一つだけを隠し、さらに動き回って、中心にいた彼女を少しずつ回転させ、隠した魔法陣が背後に回るようにしていったのだ。
仲間もいないため、巻き込まれる心配もないのでわざわざ視覚阻害の魔法を打ち消す必要もなく、そのまま疑似魔法を撃ち出した。もちろんなのはにも見えないが、その辺りは周りに点在する柱を使って目測を出していた。

「言ったでしょ? これは試合じゃないんだもん。戦いに卑怯なんて言葉はないよ。特にあなたは私を殺そうとしてるんだし」
「背後から攻撃なんてしそうには見えなかったけど、見かけに寄らないみたいね」
「戦うこと自体好きじゃないし、こういう戦い方も苦手で、私もしたくはないけど……でもしたくないなんて甘えてられない」

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.62 )
日時: 2008/01/03 17:27
名前: テン


その甘えのしわ寄せが兄に回るかもしれない。だからそんなことなのはにはできないし、戦い方など選んでいられない。

なのはは視線をずらし、エリカが左手に持つ透明な盾へと向けた。

「今のがそっちの召喚器の能力、なの?」

あのガラスのような壁が、今まで直撃するはずの攻撃を防いできたのだろう。
炎を当てた時に気付けなかったのは、攻撃自体が大きすぎて壁を包み込んでしまったせいだ。今回は爆発するようなものではなかったので、それがはっきりと見えた。

「そうよ」
「簡単に答えちゃうんだ」

質問はしたが、まさかこうも簡単に肯定されるとも思っていなかった。もっとも、否定されたとしても、彼女が叫んだ名前を聞いたなのははそれを信じなかっただろうが。
もちろん内心では驚いている。あれが召喚器であることも半信半疑であったのだ。
盾型の召喚器など授業でも聞いたことがない。召喚器は謎が多いものであるが、インテリジェンス『ウェポン』と呼ばれているだけに、防具型の召喚器など異質もいい所だ。
召喚器を二つ持つというのもさらなる異質。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.63 )
日時: 2008/01/03 17:28
名前: テン


「まあ、予想をつけられちゃってるみたいだし、今更隠す必要もないわよ。それに私も最初から言ってたでしょ? 最強の矛と最強の盾を持つって」

その返答を聞いて、なのはは彼女の印象を変えた。
今までの言動や態度からして、どちらかという感情に流されやすく、自信過剰な所があると思っていたが、どうやら冷静さもあり、自分の失敗も受け入れられる人物のようだ。

「何より……私の半身の盾を抜くことなんてあなたには無理よ」

エリカはそう絶対の自信を持って言い、透明な……エターナルと呼ばれた盾をどこか愛おしげに撫でた。

「どうだろうね」

なのははその笑みを眺めながらも、白琴を再び構える。

無理、とはなのはは思っていない。
あの不可侵の壁を攻略する方法。それは自然と浮かんでくる。

(ベリオさんの障壁と原理は一緒だ)

仲間であるベリオが使う魔法とその性質はまったく変わらない。
もちろんどちらが堅いのかなどはわからないし、厳密な所では違うのかもしれない。だが、攻撃を防ぐという点では変わらない。
現状でわかるのは、魔法ではなく召喚器の能力であるため、壁を展開するスピードがベリオよりも段違いに速いということ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.64 )
日時: 2008/01/03 17:29
名前: テン

それを考慮して……

(ベリオさんの障壁をどうにかするには……)

ベリオとは実技の授業でも何度か戦っているし、自主訓練を付き合ってもらったことがある。
ベリオのそれと似たものであるならば、それを抜く方法はいくつかあった。
例えば強力な攻撃を重ね、強度限界を越えさせて壁ごと撃ち抜く。
しかし、それをやるには魔法陣を幾つも隠す必要がある。一対一の実戦でこれは難しいし、先ほど奇襲でそれを見せてしまっている。エリカの注意力が上がって、そう簡単には引っかかってくれなくなるだろう。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.65 )
日時: 2008/01/03 17:30
名前: テン


「さて、そろそろ私から行こうかしら」

その言葉で、なのははそれ以上思考することはできなくなった。

「っ!?」

エリカはダガーを構えもせず、一気に加速。
なのはは後ろへと跳び、少しでも離れようとしたが、エリカが右腕を無造作振ると同時にダガーの刀身が一気に伸びる。
それだけでまだ二人の間にあった数歩分の距離を無にした。
そして伸びた切っ先が、なのはの胸を切り裂かんと禍々しい鈍い光を煌めかせる。
なのはは白琴で防ごうとするが、間に合わない。それでもかわそうと上半身を仰け反らせた。
だが、

「いっ……!」

完全にかわしきれず、切っ先がなのはの胸元の服を切り裂き、さらにその下の肌が僅かに切れ、血が浮かんだ。

「たぁ……」

何とか皮一枚切られる程度で済ませられたが、痛いものは痛い。
目元に涙が溜まるが、なのはは何とか痛みを無視しようとする。
こんな怪我、この前受けた、そして見た兄の傷に比べればどうということはない。
それでも一瞬の隙を作ってしまったのだが、エリカが追撃をしかけてくることはなかった。
彼女は先ほど攻撃してきた場所に立っている。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.66 )
日時: 2008/01/03 17:32
名前: テン

それをなのはは訝しげに見ていた。実際今のはかなり大きな隙であったと自分でも思っているのだ。
エリカの視線を追うと、どうやら彼女はなのはの傷口を眺めているようだった。
いや、傷口というよりも……

「まだブラは早いんじゃない?」
「なっ!?」

エリカは、なのはの切り裂かれた服から覗く純白のブラを眺めていたらしい。それも正しくないかもしれない。より正確に言えば、さらにその下。
その言葉に、なのはは痛みなど忘れて叫ぶ。

「は、早くなんてないよ! 私の友達だってもう着けてるもん!」
「友達は知らないけど、あなたにはまだ早いんじゃないかってことなんだけど」
「私だって日々大きくなってるんだよ!? おにーちゃんに触ってもらえばもっと早く大きくなるかもだし!」

なのは、暴走。

「だいたい……」

なのはは呟いてからエリカの胸へと視線を向け、

「ふっ……」

鼻で笑った。

「んなっ!?」

そんな反応の意味を正しく悟るエリカ。
エリカはなのはよりも幾つか年上のようだが、それを鑑みてもその胸は慎ましいものだった。

「私はまだまだ成長の余地があるけど、あなたは……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.67 )
日時: 2008/01/03 17:33
名前: テン


「わ、私だってまだまだ成長するわよ! こんな所で終わるわけないわ!」
「でも、今の私とあんまり変わらないし、私があなたぐらいの歳になったら泣いて悔しがるんじゃないかな」
「な、なんですって……! っ、だいたい恭也があんたのエグレ胸なんか触るわけないでしょ!? あんたたち兄妹でしょうが。あっそれともあれ、お兄ちゃん大好きーとか? ああ、なんか恭也も可哀想、こんな背徳バリバリの妹をもっちゃって」
「べ、別にいいでしょ! それよりなんでいきなりおにーちゃんのこと呼び捨てになってるの!?」

いきなり罵り合う二人。
ああ、今までの緊迫感はどこへ……。
何やら一気に乙女の戦いへ移行している。

「ふふ、ふふふ……殺す、絶対殺す!」
「あはは……それは私のセリフだよ!」

お互い額に血管を浮かべ、その召喚器を再び構えた。
いや、恭也を絶望させるとか、それを許さないとか言っていたときよりもよっぽど緊迫しているかもしれない。

「本気でいってやるわ」
「それもこっちのセリフ」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.68 )
日時: 2008/01/09 07:03
名前: テン



少しばかり主旨が変わったようにも見えたが、戦闘が再開されるとそれも打ち消える。
本気でいくと宣言したように、エリカの攻撃は凄まじいものだった。
伸ばした刀身での連撃。それでなのはが体勢を崩したところへ、今度は通常の長さのダガーで近接戦を続ける。
その猛攻により、なのはは防戦一方となるものの、それでも白琴で受け止めたり、何とか描いた魔法陣から発射される疑似魔法や正統の魔法で牽制し、直撃を避ける。

「くっ……!」

白琴で伸びた刀身を受け止めたなのはは、奥歯を噛み締めた。
力は完全にエリカの方が上であるのに、刀身を伸ばした際には遠心力がつけられ、その威力はさらに増す。彼女の攻撃を受け止めるたびになのはの手が痺れていく。
間合いが自由自在というのはどう見ても反則だった。

(でも魔力を使ってるはず)

エリカ自身が言っていたことだ。伸ばせる限界は自分の魔力次第だと。それはつまり同時に刀身を延ばせば彼女の魔力が使用されるということ。
いくら召喚器の能力だとしても、遣い手の魔力には限りがある。それは魔法を使わない者たちでも同じだ。これはすでに救世主候補クラスの中では証明されている。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.69 )
日時: 2008/01/09 07:06
名前: テン


例えば未亜の矢は彼女の魔力で生成されている。それを知った恭也がある疑問を持った。それでは限界で一体どの程度矢を作ることができるのかということだ。
自分の限界を知っておくのは重要なことだと、恭也は自らと大河が的になって未亜の矢を受けまくった。受けたというよりも、避けて弾いてを繰り返し、戦い続けたのだ。
結果を言えば、正確な数はわからなかった。射た本数が百本や二百本では収まらなかった上、まとめて放ったりしていたから、見ていた者たちも数えられなかったのだ。
だが、未亜が一切休憩を取らずに連射をし続けて戦えたのは三十分ほど。それが限界だった。もちろん体力も限界だったようだが。
まあそれだけの時間、避けて弾きまくった恭也と大河も凄いが。

(この人にも、魔力と体力の限界が来る)

これだけの連撃を続けていれば、絶対に限界は来るはずなのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.70 )
日時: 2008/01/09 07:09
名前: テン


対してなのはは、ほぼ防御している状態なので、魔力の消費と体力の消費は少ない。さらに言えば、白琴は普通の召喚器とは異なる。『彼女』自身が持つ魔力が膨大であり、それ故に疑似魔法の使用にはなのはの魔力を必要としない。そして消費した魔力も、辺りのマナを取り込むことで回復しているらしい。そのためさらになのはの魔力消費は押さえられている。
ただ、受ける手や腕は刻一刻と限界に近づいているが。

(魔力切れや体力を使い切るまでいかなくてもいい。少しでも隙ができれば……)

もはやなのはの活路は一つだけ。
この怒濤の攻撃から抜ける方法も、あの壁を攻略する手段も一つだけしか思いつかなかった。
だがそれで決められなければ、それは自滅の道でもある。
なのはは白琴から魔力を貰い、それを自身の魔力と混ぜ合わせる。そして白琴でエリカの攻撃を受け、弾きながらも呪文の詠唱を始めた。
あとはトリガーを引くだけの状態に持っていき、さらに次に放つ魔法の構成式を脳内に描く。
それと同時だった。

「まったく……外見に似合わず根性あるわね!」

攻撃を繰り返したことで息が上がったのか、エリカは後ろへと跳躍し、距離を取った。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.71 )
日時: 2008/01/09 07:11
名前: テン


隙ではないが、なのはが動く時は攻撃が止んだ今しかなかった。

「コンセントレーション!」

用意しておいたトリガーを引く。
瞬間、なのはは頭の中が一気にクリアになっていくのを自覚した。
そして、周囲の風景から色が落ち、モノクロの世界が展開される。
それはきっとなのはの兄、恭也が見ている世界と同一のもの。

神速

なのはの場合は疑似神速とでも言えばいいのか。
白琴と自身の魔力をかけ合わせ、その効果を相乗させるというなのはだけが使える裏技で使用された集中力を上げる魔法で、疑似的に神速を使用するなのはに残された切り札。
本来は神速を使った恭也を援護するためには必要だと考えて思いついたもの。
だが初めて恭也に見せた時、二度と使うなと言われていた。なぜそう言うのかもなのははその時よりも前に理解していたので、それを約束した。
しかしそれを破る。
これしか方法がないから。

神速の領域に入ったなのはは、すぐさま次の呪文を詠唱する。
神速の世界では音は聞こえない。それは呪文を詠唱する自分の声すらも。だがそれでも正確に詠唱できているという自信がなのはにはあった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.72 )
日時: 2008/01/09 07:14
名前: テン


神速の世界では疑似魔法、正統な魔法共に使う意味がない。それらは本来の時間に縛られるからだ。神速を使って、通常と変わらない運用では意味がない。
だが、なのはにある攻撃手段はそれだけだった。
故に、神速を使ったなのはの取れる手段は、なのはにとって禁じ手である至近距離、もしく密着距離からの魔法使用しかない。

なのはが神速を使ったとき、恭也は驚愕した。それは彼女が神速を使ったこともそうだが、その維持時間の長さに対してもだった。
魔法で疑似的に神速を使っているからなのか、それとも彼女の神速への適正が高かったのか、神速に到達したばかり者が維持できる長さではなかったのだ。
その長さ故に、相手へと接近した時には次の魔法が間に合う。

だが、

(!?)

一直線にエリカの元へと駆けていたなのはは目を見開く。
つい一瞬前まで、なのはが突然消えたために驚きの表情を浮かべていたエリカが、その両腕を大きく振りかぶっていた。
エリカの視線は決してなのはを捉えてはいない。その視線の向かう先は、未だなのはが消えた場所に向かっている。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.73 )
日時: 2008/01/09 07:17
名前: テン


だがそれでもエリカは、なのはが神速する前に立っていた場所に向かってインフィニティを一気に振り下ろす。それと同時に、その刀身がまたも伸びた。
それは本当に全力の一撃なのか、なのは自身以外のものが全て遅くなった世界であるはずなのに、その速度は速い。
そのエリカの行動は勘なのか、それともほかに理由があったのか、しかしそれは正しかった。
なのはは神速に入った場所から一直線に駆けていた。つまり、それはその攻撃の射程に入ってしまっているということだ。かわすには横に出るしかない。
なのはは全力で前へと動かしていた足の軸を変え、伸びた刀身の間合いから逃れるために右斜め前へと出る。
これで少なくとも攻撃をかわした。
だが、

(っ、呪文が……!)

その瞬間、攻撃を避けることに意識が取られて詠唱が途絶えた。それはつまり魔法の失敗。
それでもなのはは、再び移動方向を修正し、半円を描き、回り込むようにしてエリカへと近づく。
もう神速を使ってしまった。なのはには後がないのだ。
だが同時に攻撃手段もなくなった。
いや、

(……ある)

一つだけあった。
本来は攻撃手段にはなり得ないものが。

エリカへと一歩ずつ近づく。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.74 )
日時: 2008/01/09 07:20
名前: テン


エリカの左横へと辿り着いたとき神速が解けた。
同時に、なのはは右手に持つ白琴の柄を強く握る。
それは残された攻撃手段。

真横に現れたなのはに、エリカも気付いたが……遅い。この間合い、そしてその反応の遅さでは、あの透明な壁を作り出す暇もない。伸ばした刀身を元に戻すのも不可能。
なのははもう一歩踏み込み、その白琴をエリカの頭部へと横薙ぎで一閃。
元々刃のない白琴は峰へと返す必要もないし、そもそもなのはにそんな技術はない。ただ力だけで振るわれただけの白琴は、エリカの左側頭部に直撃し、鈍い音を響かせた。

「っ、あっ……!」

だが元より白琴はその特徴故に刃物としては使えず、打撃武器としての効果も薄い。

「ったい……わね!」

エリカは、頭を弾かれながらも左腕の肘を曲げ、裏拳気味に払った。
払われた腕に着いた透明な盾が空気の抵抗を受ける音を響かせ、そのままそれがなのはの胸へと直撃する。

「かはっ……!」

自身の肋が軋む音を聞きながら、なのはは空気を吐き出し、そのまま後ろへと飛ばされた。
それでも足を地につけ、手を地につけて止まる。

「はあはあ……はあ…………はあ……」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.75 )
日時: 2008/01/09 07:23
名前: テン


なのはの息がありえないほど切れる。それも不規則な呼吸音。まるで耳のすぐ横に心臓があるのではないかと思えるほどの勢いで音を響かせる鼓動。
頭痛がする。吐き気がする。足が痛い。腕が痛い。全身の筋が、筋肉が、神経が、内臓が焼ける。
今すぐにでも意識を失いそうだ。いや、意識を手放したい。

これが疑似神速を使ったことで現れる弊害。
元よりなのはは御神の剣士ではない。身体を鍛えている戦士でもない。神速を使用できても、肉体が保たない。身体は神速に適用しない。一度の使用で身体が崩壊しかねないほどの苦痛を与える。
魔法で無理矢理神速を使っていることもあり、脳への負荷も高い。
恭也が二度と使うなと言った理由もここにある。頻繁に使えば、確実になのははの身体は崩壊する。それどころか、脳に異常をきたすかもしれない。
故に、なのはにとって神速とは切り札であり、自爆技。
それに耐えられないなのはは、使用すれば確実に気絶する。

「ぐっ……」

だが、なのははエリカにばれないように唇の内側を噛み締め耐える。
もちろんそんなものすでに全身、身体の内側が痛みで悲鳴を上げている状態では気休めにもならない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.76 )
日時: 2008/01/09 07:25
名前: テン


しかし、

(おにーちゃん……)

止めると決めた理由がある。負けられないと誓った理由がある。
そのために、その精神でなのはは痛みを押さえ込め、意識を繋ぐ。
このまま殺されてやるわけにはいかないのだから。


だが、それはエリカも同様だった。
彼女は打ち付けられた側頭部を手で押さえ、震える足を押さえていた。
いかに打撃武器としての効果が薄いとはいえ、直撃したのは頭部。血こそ出なかったが、その激痛は彼女を苛む。さらにあの一撃は彼女の脳を揺らし、足に影響を与えていた。

「ま、さか、こんなわけのわかんない動きまで……してくるなんて……ね。あなたのこと……見くびってたわ……」

ダガーを持つ右手は力無く垂れ下げ、左手で頭を押さえながら、エリカは足に力を込めて言う。だが、その声には先程までの力はない。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.77 )
日時: 2008/01/09 07:28
名前: テン


「いいわ……今回は退いてあげる」

エリカはそう言ってインフィニティを消し、何とか右手に力を入れ、服のポケットの中にそれを入れる。
すると暫くして、その足下に魔法陣……いや、召喚陣が広がった。
それを見ても、なのはは何も言わない。いや、声を出すことさえできない。それをしてしまえば、すぐにでも意識を失ってしまう。

「あなたは絶対に……高町恭也の前に殺して……やるわ。次に合う時まで楽しんでおきなさい……」

それを言い終わると同時に、召喚陣が輝き、その姿はその光に飲み込まれて消えていった。
それを見届けたなのはは……

「あっ……」

もう耐えられなかった。
何も考えられない。
そして膝をつき、そのままその場に倒れた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.78 )
日時: 2008/01/09 07:30
名前: テン




「なのはっ!」

恭也は遠目になのはが倒れているのを確認し、目を見開いて叫び、走る速度を上げた。
そしてうつ伏せに倒れるなのはの横へと辿り着くと、その身体を抱え上げる。

「なのは!?」

彼女に意識はない。
だが、その胸はゆっくりと上下していた。それを確認して、恭也は安堵の息を吐いた。
それから身体の異常を確認していく。
大小様々な傷はあるものの、致命傷になるものはない。ただ服が大きく切り裂かれているため、肌が露出している。
もちろん妹に欲情するわけもなく、恭也はコートの内側のシャツを破き、簡単な治療を施していく。
それをしているうちにわかった。

「神速を使ったか……」

恭也はため息を吐きながら、なぜ彼女が倒れていたのかを推察した。
筋肉の張りなどが異常だ。普通の戦ったぐらいではここまではいかない。それはつまり普通ではない戦い方をしたということ。なのはの普通ではない戦い方はそれしか恭也には思いつかなかった。

「あれほど使うなと言ったのに」

だが、普段約束を守るなのはが、それでも破ったならば、それだけの強敵と出会ったということなのだろう。

「俺を呼べと言っただろう」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.79 )
日時: 2008/01/09 07:32
名前: テン


なのはは決して意地を張るような少女ではない。できなければできないと言い、助けが必要ならば、助けを呼ぶ。
それでも意地を通したというのならば……

「お前が戦わなければならなかった、ということか?」

恭也には、なのはが誰と戦ったのかわからない。
だが、周りの惨状……切り倒された柱、壁、砕かれた地面を見る限り、それはかなりの強敵であったはずだ。
そして、おそらく……敵は魔物ではなかった。人であったというのもわかった。
それでもなのはは戦った。たった一人で。
なぜなのかは恭也にはわからない。だが、

「あとで説教だな」

恭也は息を吐き、そう決めた。
そして簡単な治療を終えると、なのはにはブカブカだが自分の着ていたコートを着させ、右手を首の下、左手を久の下へと持っていくと、そのまま抱き上げた。
今はまずこの村から去ることが最優先。
決してなのはを揺らさないように、恭也は上体を動かさないようにして駆けだした。
だが、しばらくして止まらなければならなくなった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.80 )
日時: 2008/01/09 07:35
名前: テン


村の出入り口に繋がる唯一つの道。そこを塞ぐようにして魔物の群がいた。
おそらく他の救世主候補たちがこの村から離れたことで、残った二人の元へ一斉に来たのだろう。
その数は三十を越える。
その蠢く魔物たちを見て、恭也は笑った。

「まったく……今の俺は少しばかり普段と違うぞ」

そして息を吐き、なのはを近くの壁に背を付けて座らせた。
その際に、少しばかり乱れた前髪を直してやったあと、再び立ち上がる。
そのままなのはを守るように、一歩ずつ魔物たちの方へと向かっていく。
笑みはそのままにして……

「感情の制御がうまくいかない。嬉しくもあるし、悲しくもあるし、怒りもある」

故に……

「悪いとは思うが、貴様らにはこの感情の捌け口になってもらおうか」

そう言った瞬間、恭也の笑みの色が変わる。
それは愉悦であり、それは悲哀であり、それは怒気であり、それは凄寥であり……様々な感情が乗せられていた。
それは自身へ、そしてなのはへと向けられたもの。
どの感情も激しくて、それが狂ったように恭也の内部をかき乱す。
倒れたなのはを見た時から、その感情の波に恭也は耐えていたのだ。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.81 )
日時: 2008/01/09 07:37
名前: テン


なのはにその激情をぶつけるわけにもいかず、耐え続けた。
きっと耐えることはできた。このまま村を去って、仲間たちと合流して、なのはに説教をして……そんなことを考えている間は耐えられたし、その予定を消化している間に小さくなり、いずれ消えていってくれただろう。
だが、今この場で消すことができる。
この魔物たちを相手に、この激情をぶつけることができるのだから……

「今は暴れさせてもらうぞ……!」

宣言して、恭也は二刀を抜刀し、紅い小太刀に黒い炎を纏わせた。





Re: 黒衣(仮投稿) ( No.82 )
日時: 2008/01/09 07:39
名前: テン




「俺もまだまだ修行不足だな」

恭也は、なのはを背負って呟いた。先ほどまでは抱え上げていたが、こちらの方が負担をかけないだろうと思い、こちらに変えたのだ。
背負ったまま、恭也は歩く。もう駆ける必要はない。
おそらく、あの魔物たちが最後であっただろうから。
恭也は体中に怪我を負い、血を流しながらも……魔物の屍の道を、自身が作りだした道を歩く。

本当に未熟……

「精神制御は得意な方だと思っていたのだがなぁ」

先ほどの感情剥き出しにしての暴走とも言える自身の戦い方を思い出して、恭也は苦笑する。
雄叫びを上げ、獣の如く殺し回った。
防御もかわすこともほとんどせず、魔物を屠り……
あの群との戦いにより、恭也も多くの傷を負ったが、それはほとんど虐殺に近かった。
だが、そのおかげで今は多少は気が晴れた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.83 )
日時: 2008/01/09 07:41
名前: テン


「おにー……ちゃん……」

首の後ろから聞こえる妹の寝言を聞き、恭也は苦笑する。

「ああ、兄はここにいるぞ」

本当にこの感情は何と言っていいのか……

「ずっと、お前の傍にいる」
「だい……すきだよ」
「ああ。俺も大好きだぞ」

恭也は再び苦笑のような微笑を見せ、なのはへと本当に優しい声音で告げた。
そして、ゆっくりとした歩調で、仲間たちが待つ村の外へと歩いていった。




四十三章 終

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.84 )
日時: 2008/01/11 19:56
名前: テン




これは四十三章で省いた恭也の戦いです。
本編にはあまり関係ありませんし、ここでしか公開しません。
さらにほぼ戦闘一色なので読む価値は薄いですし、重要な話でもありません。
戦闘はとくに好きじゃない。下手な戦闘なんて読んでも仕方ない。という方はスルーして下さい。






「今は暴れさせてもらうぞ……!」

宣言して、恭也は二刀を抜刀し、紅い小太刀に黒い炎を纏わせた。



だが恭也はその炎を纏わせた紅き剣をすぐさま鞘に戻す。
そして、

「虚切!」

次の抜刀と共に、黒き閃光の刃が駆けた。
まるで今の恭也の心情を表しているかのように、それは冷たく、熱く、猛々しく、荒々しく、淡々と、酷薄に突き進む。
元々恭也は霊力の制御に長けていないが、それは今まで以上に安定していない。
だが決して消えず、突き進むたびにその刃をより強固にしていく。
その黒き暴虐の刃に切り刻まれた魔物たちの四肢が、内部が、頭部が宙に飛び、辺りに血の雨を降らした。
それは魔物の血。緑の血もあり、青き血もあれば、蒼き血もあり……様々な色が混じり合い、人の血が作り出す世界よりも凄惨な地獄絵図を書き上げた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.85 )
日時: 2008/01/11 19:57
名前: テン


そして自らが作り出した地獄の直中へと、恭也は駆け込んでいく。
一瞬で神速へと入る。

きっと先ほどまでなのはもいたであろう世界。
なのはに苦痛を与えた原因の一つ。
その中で、恭也はさらなる暴虐の刃と化す。

舞う剣刃。

自身そのものを刃と化したかのように、それは無慈悲に魔物たちを切り裂き、虐殺していく。
魔物の頭が、腕が、足が、尾が、羽根が飛ぶ。
魔物たちは何が起こったかもわからずに、その嵐に晒されていた。

それは先ほど同じく魔物の群を殲滅した時とはまるで違う。
あの時のような正確さなどない。技を選ばない。倒す相手など選ばない。戦う術など選ばない。何もかも捨てた。
今の恭也は御神の剣士ではなかった。不破の剣士でもなかった。
それは羅刹か修羅か、それとも新たな悪鬼か鬼神か。
もしかしたら高町恭也ですらないのかもしれない。

神速が解ける。
だが、それでも恭也は止まらない。

「覇ぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

まるで地獄の底から響いてくるかのような雄叫び。
普段の恭也ならば決して上げない強烈な叫びだった。
それはまさしく、宣言の通りに暴れ回るという意思表示。

「殺ぁっ!」

剣刃が閃く。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.86 )
日時: 2008/01/11 19:59
名前: テン


それは堅い鱗を持つ化け物を切り裂いた。堅いもの切り裂いた反動が腕にくる。

技を選ばない。身体にかかる負荷など知ったことではない。

「ウォォォォォォォォォォォォン!!」

同じく雄叫びを上げる人を模した狼に頬を切り裂かれ、血が飛び散る。

攻撃を一々かわさない。身体の傷など知ったことではない。

恭也は獣のように殺気を剥き出しにして駆け回る。

「牙ぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

魔物の爪が、牙が、剣が、吐き出す炎が恭也の身体を傷つける。
だが恭也は血を流すたびに、その瞳に殺意を溜めていく。
ただ獲物を屠る獣として……

虎切、虎乱、射抜、花菱、雷徹、薙旋……

普段救世主候補たちとの模擬戦でも使わないような奥義の大盤振る舞い。
それとて使う場所も、相手も選ばず、いつもの恭也からすれば考えられない使い方。
それを受けた魔物たちが切り裂かれ、八つ裂きにされ、貫かれ、微塵にされ、砕かれ、寸断され、身体の一部が、身体の内部が飛ぶ。

「うおぉぉぉぉおぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉ!!」

再びの神速。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.87 )
日時: 2008/01/11 20:00
名前: テン


今日三度目の神速。

その中で、恭也は近くにいた手近な魔物に小太刀を握ったままの拳を叩きつける。

人間の身体にはリミッターがつけられている。神速とはそれを解放する手段でもある。
だが、何も無意味にリミッターが存在するわけではない。
人間につけられたリミッターは、その身体を守るために存在する。筋肉を、内臓を、皮膚を……

リミッターが解除された状態で放たれた恭也の拳は、小太刀を握っていたこともあり、それはまるで砲丸の如き強烈な一撃であった。
それを撃ち当てられた魔物は、とくに堅い皮膚を持つわけでもなく、その顔は鈍い音を立て、原型がわからないほど崩れた。
しかし、それは恭也の拳も同じこと。
リミッターという身体の防御手段をなくして放たれたそれによって、指の皮膚は裂け、血が滴り、骨が軋む。
しかし、

(知ったことか!)

神速の中では聞こえない雄叫びを上げながら、同じく心の中で恭也は叫ぶ。

なのはは……なのははきっと辛かっただろう。
神速に適用していない身体で、それを使い、その身体が崩壊してしまいかねないほどの激痛を受け止めたはずだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.88 )
日時: 2008/01/11 20:01
名前: テン


怒りがあった。
神速を使ったなのはに。
神速を使わざるを得ない状況になっても自分を呼ばなかったなのはに。
そんな彼女に神速を使わせたなのはの敵に。
その戦いに間に合わなかった自分に。

悦びがあった。
意地を通すほど……成長したなのはに。
勝利したかはわからぬが、それでも一人で戦い抜いたなのはに。
そんな意地を通してでも戦わなければならないなのはの敵が現れたことに。
自分が間に合わなかったが故に、その状況が作られたことに。

哀しみがあった。
戦いや諍いが嫌いであるなのはが、それでも戦いを選んでしまったことに。
相手が人であっただろうに、それでも戦ってしまったなのはに。
そんななのはの敵が現れてしまったことに。
自分が間に合わなかったが故に、なのはが傷ついてしまったことに。

寂しさがあった。
成長したが故に、戦いを選んでしまったなのはに。
自分を呼ばず、頼らず戦ったなのはに。
そんな彼女が戦わなければならないなのはの敵が現れたことに。
自分が間に合わなかったことに。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.89 )
日時: 2008/01/11 20:02
名前: テン


それら全てが恭也の本心。
故に荒れる。
故に恭也は痛みを欲し、殺戮の衝動に任せる。
故に痛みなど知ったこどてはなく、それどころかこの激情を溶かすには必要なもの。

舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う舞う。

剣刃が舞う。
魔物の血液が舞う。
剣刃が舞う。
魔物の頭部が舞う。
剣刃が舞う。
魔物の四肢が舞う。
剣刃が舞う。
魔物の内部が舞う。
剣刃が舞う。
魔物の一部が舞う。
剣刃が舞う。
恭也の血肉が舞う。
剣刃が舞う。
恭也の激情が……舞った。




いつのまにか戦いは……虐殺は終わっていた。

「はあ! はあ! はあ!」

神速の複数回使用と、全てを無視しての戦い方により、体力の限界であった恭也は息切れ、紅月を杖代わりにし、膝を着いて座っていた。
今まで忘れていた体中の傷も疼き出す。

「はあ……」

それは息切れとも、ため息とも取れる吐息であった。

「未熟……だな」

恭也は周りにいた骸の山を見渡し、そして自らの傷から痛みを感じながら呟いた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.90 )
日時: 2008/01/11 20:04
名前: テン

だが同時に、

「よくやったものだ」

喉を鳴らして笑った。
冷静であったなら、一人でこれだけの魔物を斬り倒せただろうか。
可能、不可能で言えば可能だが、もっと致命的な状況に陥っていたかもしれない。
冷静であったなら、後のことなどを考えて、ここまで無理なことはしなかっただろう。だが逆にそれが窮地に陥らせたかもしれない。

「八景、紅月、すまん」

恭也は己の愛刀に謝罪する。
無理な使い方をしすぎた。正直刀身はガタガタだ。八景は多少刃こぼれしているし、召喚器並に頑丈であると言う紅月も目釘が欠けたのか緩んだのか、柄から刀身が取れかかっていた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.91 )
日時: 2008/01/11 20:06
名前: テン

二つとも手入れに出さなければまずい状態だ。
刀匠がこの世界にもいて助かった。

「ふう……」

今度はただの息を整える吐息。
そして恭也は小太刀を何とか鞘に戻し、立ち上がってなのはの元に向かった。
あれほど激戦が行われていたというのに、なのはが目を覚ます様子はなかった。それだけ身体に負担がかかっているということなのだろう。
それでも今はその表情に苦悶の色はなく、恭也は安堵の息を吐き、自身の身体に負担がかからないように、そして自分の血がなのはを汚さないように注意して、彼女を背負った。

「帰ろう、なのは」

声を発した恭也に、先ほどまでの激情はもうなかった。