Re: 黒衣(仮投稿) ( No.481 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:09
- 名前: テン
救世主。 リリィはそれを自分が求め始めたのが、いつだったのかはよく覚えていない。 破滅という存在を知ったときか。 破滅に故郷を滅ぼされたときか。 母に破滅から助けられたときか。 それとも召喚器を手に入れたときか。 当然今でもリリィは救世主を求めている。 少し前までは救世主が目的のようになってしまっていたかもしれないが、今は純粋に手段として救世主を求めていた。 ただ、少しだけではあるが、それは自分でなくてもいいかもしれないとは思い始めているのも確かだった。 だって、救世主は手段なのだから。 リリィの目的は破滅を滅ぼすことなのだから。 無論、諦めるつもりなどないが。
「救世主の力を求めてるのは確かだけど」
しかし、なぜ自分は救世主を求めたのか。その原点は何なのか。それを最近考えるようになった。 自分を救ってくれた義母のためか。 それともかつて自分が過ごし、滅んだ世界の住人のためか。 唯唯、破滅が憎いからか。 答えはどれもだ。
「でも……違う」
どれもが思ったことだが、救世主になりたいと思った原点ではない。 何だったのだろう。 最初に救世主になりたいと思った理由は。 子供だった自分が、救世主になると決めた原点であり、起点は。
「あ……」
唐突に浮かんだ。 今、目の前にある光景と同じ蠢く異形たち。 世界を燃やす紅き炎。 そして黒……。
「恭也?」
それは恭也の背だった。 黒く大きな背中。 黒衣の青年。 その両手に黒銀の小太刀を持っ……た?
「違う」
それは恭也じゃない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.482 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:10
- 名前: テン
確かにあの人が握っていた剣は小太刀というものだったかもしれないが、恭也が持つそれは銀と紅銀、そして黒銀。 両方が黒銀ではない。 だから違う。 そもそも自分は千年前の人間であり、あのとき現れた青年はすでに大人でもあった。 恭也じゃない。
「だけど……あの人が私の原点」
つい最近までは忘れていて記憶。 ただ自分は義母ミュリエルに助けられたと、それしか覚えていなかった。 けど、違う。その前に助けられていたのだ。 一人の青年に。 その青年は、破滅など路傍の石だとでも言いたげに、慈悲もなくその命ほ刈り取とる死神が如き力を持っていた。 しかし、今だからこそわかるが、あのとき同時に彼は常に自分を気に掛けてくれていたのだろう。 そしてリリィは思ったのだ。 この人が救世主だと。 そして憧れた。 その両の手に持つ黒銀の翼に。 自分もこうなりないと。
「…………」
そういうことだったのだ。 確かに破滅を許せないと思った。母のようになりたいとも思った。召喚器を手に入れたからというのもあった。 だけど違う。 リリィの原点はあの青年だった。
憧れ。
あの背に追いつきたいと思った。 あの背の横で戦いたいと思った。 あの背に唯唯憧れて、焦がれ続けていた。 憧れであり……初恋。 そういうことなのだろう。 初恋の相手は、恭也だと思っていたが、違ったらしい。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.483 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:11
- 名前: テン
それに気付いて、リリィは苦笑した。
「まあ、いいわよね。初恋は実らないって言うし」
恭也が初恋でないことをむしろ感謝しよう。
「っていうか、そんなこと考えてる場合じゃいか」
視線を前方に向ければ、そこには化け物の大群と人の大群が争う光景が見える。 砂埃を上げ、声を張り上げ、両軍は戦っていた。 リリィはそれを、王都を守る防壁の上から見つめ、歩き出した。
第五十九章
丁度防壁の端に、そこには二人の人がいる。 未亜と知佳。
「休憩、終わったわよ」 「魔力は大丈夫?」 「ええ」 知佳の問いに、リリィは大きく頷いて返した。 十分の休憩では、全て回復しきれるわれもなく、回復を急いで、せいぜい三割ほど。それでも召喚器を持たない普通の人間と比べれば回復していると言えだろう。 順番で休憩をとったため、リリィで休憩は終わりだ。
「しかし、思い切ったわよね。私たちを完全に砲台にするなんて」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.484 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:11
- 名前: テン
今回、リリィたちは最前線から外れている。 この防壁から、それぞれの能力を敵の集団に打ち込むという完全な砲台としてここにいるのだ。 無論、この三人の他にも、王国軍の魔導士や弓兵たちがこの防壁に配置され、それぞれ敵に向けて、弓や魔法を放っているが、その全てを合わせても撃破数はこの三人に及ばないだろう。
「でも、いい作戦だと思いますよ」 「私もそう思うけどね」
未亜に頷きながらも、リリィは知佳を見つめる。 この形をクレアに進言したのは知佳だ。
「あはは、作戦なんていうものじゃないよ、これは」
確かに作戦なんていうものではないが、これは確かに盲点だった。 最前線から救世主候補がさらに二人も消えるということで、リリィは正直何を馬鹿なことをとも思ったのだが、防壁から完全に砲台となるというのは、かなり効率が良かったのだ。 前戦に出れば、リリィたちは連携が取れる者たち限られ、さらに魔力を大量に消費するリリィと未亜は、魔力切れを起こした場合、ちまちま攻撃することしかできなくなる。 しかし、休んで回復しようにも、前戦は周りにモンスターだらけで休むに休めない。結果、悪循環となってしまうのだ。 それは前回の戦いでわかっていた。 だが、この防壁が高いことからこそ、砲台に徹することで、全体的に援護したり、大群をまとめて吹き飛ばせる上、魔力が切れても、短時間ながら休むことができ、すぐに魔力の回復が行える。
「ある意味当然の配置なんだけどね、これ」
知佳が言う通り、確かに当然の配置なのだろうが、それを彼女以外が思いつかなかった。 なぜなら、二人は救世主候補だからだ。 それこそ単純な攻撃力だけなら、王国軍二、三小隊をまとめた威力よりも、彼女たちの一撃の方が強力だ。 だからこそ前戦に出て戦った方がいいと考えてしまう。 同時に強力な兵が前戦にいた方が、士気も上がる。 しかしだからこそ、この配置は盲点なのだ。 結果としてこの配置は成功している。 前戦に出ずとも敵の多くを屠り、それ故に士気も高めている。自分たちの後ろと前には救世主候補がおり、自分たちを援護してくれている、と。 ようはリリィの言うとおり、今のこの三人は大火力の砲台なのだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.485 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:13
- 名前: テン
久遠も……いや、久遠は彼女らよりも強力な砲台となれるが、それよりも一人で縦横無尽に暴れ回った方が、多大な戦果を挙げられるということで、ここにはいない。 ちなみに王国軍への説明が面倒なので、耕介たちも皆、救世主候補ということにしてある。実際、知佳の翼も、耕介の光る剣も召喚器に見えるだろうし、久遠はその力で救世主候補に見えるだろう。ナナシは微妙だが。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.486 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:13
- 名前: テン
「それよりも……どういうこと?」
リリィはまるで蟻の集団にも見える破滅の軍勢を睨み、一人呟いた。 それに気付いた知佳は頷く。
「少ない、よね」 「え、どういうことですか?」
二人の言葉の意味がわからず、未亜が首を傾げた。
「破滅の軍勢は、今は十万を越えているはずなのに、ここから見た感じそこまでいない気がするのよ」 「うん。私もそう思うよ。さすがに正確な数まではわからないけど」
言われて未亜も破滅の軍勢を眺める。 とはいえ、未亜にはよくわからない。万という数、大小様々の種が混在する集団の数を、何となくとはいえ把握するのは、少々彼女には難しい。
「こっち向かってきたのが主力ではない?」 「もしくは他の都市に数を割いたのか」
王都よりも先に、他の都市を落とし、孤立させるというのは、確かに有用だと思うが。
「今はそのへんを気にしても仕方ありませんよ」 「まあ、ね」
未亜の言うことはもっともだ。 確かに救世主候補は強力な駒だ。しかし、あくまで『駒』でしかない。その駒を動かす者……戦略を考えるべき者が考えるべきこと。 少なくともリリィたちが気付いたことぐらい、王国軍の上や、学園の上層部は気付いているだろう。 故に駒である彼女らが、今考えるべきことは、目の前の異形をどう滅ぼすかだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.487 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:14
- 名前: テン
「とにかく休憩は終わり、配置につこう」 「ええ」 「はい」
知佳の言葉に、リリィと未亜も頷き、それぞれ離れた位置に移動する。 リリィは極大魔法の呪文の詠唱を開始し、未亜は大量の矢を番え、知佳は白き翼を広げて用意していた幾つもの石を浮かべてみせる。 そして、
「「「っ!」」」
それぞれの攻撃を破滅の軍勢へと降らせ始めた。
◇◇◇
それは時を一日遡る。 どういうわけか、なのはは任務を受け取ったあと、クレアに呼び出されていた。恭也も呼び出せされていたようだが、理由は聞いていない。すでに恭也との話を終わり、彼は救世主候補たちの元にいる。 小会議室とも言える場所。そこにある席で対面に座るクレアが、少し笑って口を開いた。
「お前に良いことを教えておこうと思ってな」 「いいこと?」
なのはは首を傾げた。 クレアとは、人前ではともかく、二人きりなどや、恭也たちしかいないときなど、普通の友人のようになっている。 それはクレアも望んだことであり、なのはも望んだことだった。 そのため、今ではこのような態度がとれる。
「アヴァターでは兄妹での結婚も可能だ」 「へ?」
一瞬、なのはは何を言われたのかわからなかった。 結婚? 結婚ができる。 誰と、誰が? 兄弟ということは、兄と妹。もしくは姉と弟。 ということは……兄と自分も? そこまで考えて、なのはは目の前のテーブルに手を置いて、クレアの方へと顔を突き出していた。
「ほほほほほほ、本当に!?」
その反応を見て、クレアは喉を鳴らして笑う。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.488 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:15
- 名前: テン
「あれ?」
今度はそんなクレアの反応を見て、なのははまたも首を傾げた。
「にゃにゃ!」
まずい。 今の反応はまずい。
「ク、クレアちゃん!?」
あの反応では、自分が恭也と結婚したい……そこまでいかなくても、兄ではなく男として好意を寄せていると言っているようなものだ。 しかし、クレアはやはり喉を鳴らして笑ったままであった。
「くく、私がこの話を切り出した時点で、バレているとは思わないのか?」 「あ」 「むしろバレバレだ」 「うそ!?」 「嘘ではない。もっとも私が気付いたのは、そなたと歳が近いのが一番の利用であろうし、まあ、それなりに似た例を知っているからだろう。『救世主候補たちは』気付いておるまい」 「そ、そうなんだ」
なのははううと呻く。 クレアに知られている時点で、かなり恥ずかしい。恭也が好きなことを知られたのが恥ずかしいのではなく、好きな人がばれたことにだが。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.489 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:16
- 名前: テン
「まあ、それで話を戻すが」 「う、うん」 「アヴァターでは兄妹でも結婚できる。多いか少ないかで言えば断然に少ないが、それでも年に二、三組みは現れるな」 「誰も……変なふうに見ないの?」 「それは難しいかもしれぬ」
おずおずと聞くなのはを見て、クレアは腕を組んで答えた。
「宗教によっては、兄妹の性交渉は姦通と許されぬとするものとする所もある」
あまりにも直接的な言葉を同年代の少女の口から飛び出て、なのはは思わず顔を赤くする。 しかし、クレアはまったく気にしない。
「そのために、やはり民たちの中でも忌避する者は多い」 「なら、なんで年に何組か出るの?」 「それらは基本的に貴族たちだ。というよりも、兄妹の婚姻は、少なくともこの世界ではほとんど貴族のためにある、と言った方がいい」 「貴族?」
クレアは頷き、少しばかり説明した。 貴族というのは血を重要視する。つまり、高貴な血というやつだ。 そのために、自分たちの家よりも格下とする家の血は入れたがらない。血が汚れる、という感覚でいるのだ。 格下、格上と言っても、この世界の貴族制度、爵位などは、それなりに面倒なので省く。ただ下と上を比べれば、それこそ天と地ほどの差があると思えばいい。 家柄が下のところに嫁ぐ、もしくは婿にいくのは、大抵は家の当主の親戚になる。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.490 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:16
- 名前: テン
しかし、当主……もしくはそれに近い血縁となるとそうもいかない。 できれば家柄が上の者、最低でも同列の者を迎え入れたい、嫁ぎたい。 そういった貴族たちの結婚相手は、基本的に自分たちの家よりも上か、もしくは同列の家出身しかいなくなってしまう。 そこまで聞いて、なのはは僅かに肩を落とした。
「それって、本人たちの意思はないってこと?」 「まあ、貴族などそんなものだ」
クレアは苦笑して答えるが、翳りなどない。
「私とて婿を自分で決められるかは疑わしい。女王になっていれば無茶も効くが、下手な方向に行くと明日にでも四倍は歳が上の男と結婚でもさせられかねん」 「そんな!」 「なのは、貴族も、王族もそんなものなのだよ。本人の意思よりも高貴な血の方が大切だという者の集まりなのだ。そして大抵の場合、本人もそれでいいと思っている。そういう場所で育ったからこそ、そういう思想になる。そしてそれは、別に間違ったことではないのだ。少なくともこの世界ではな」 「……クレアちゃんは、それでいいの?」
「私には私の考えがある。が、もう一度言うが、別にそれ自体悪いわけではない」 「そう、かな」
結婚相手を自分で決めることができない。それは良くないことではないのか。 いや、結婚相手所ではない。そもそも生まれた時点で、クレアの道は決まっていた。
「なのはは、自分の人生は自分で決めるべきだ、と言いたいのか?」 「それは……うん。そうするべきだと思う」 「そうも言っていられんこともあるのだ、世の中には。何よりそれらは権力者の義務だ」 「義務」
義務で結婚を決める、それでいいのか。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.491 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:17
- 名前: テン
義務があれば権利があるはずなのだ。しかしその権利に、クレアは自由に結婚できるというものはないというのだ。
「そう、義務だ。例えば私は、一生食いっぱぐれることはあるまい。無論、破滅に負けず、王国が倒れなければという前提条件はあるが」 「うん」 「対して、今回の戦争に勝ったとしても、今後少なからず、貧困に陥る者も出てくる」
戦争をするには金がかかる。この戦いに勝利しても恐らく税を上げなくてはならなくなるだろう。 それは戦争でかかった金を回収するのと、その後の復興のために。 それはこの戦争で多くのものを失った民、これから失う民に打撃を与える。 だが、それがわかっいても、クレアは実行するだろう。それこそ王国という基盤を潰えたときの方が、民に打撃を与えるとわかっているからだ。
「対して私は、衣食住には一生困ることはない。だが、その分を私は民に返さなくてはならないのだ。民のために婚姻が必要だというなら、喜んでしよう。相手が四倍年上のヒヒ爺でも構わない。それが私の義務だ」
権利があるからこそ、義務を履行する。 クレアはそう言っているのだ。 彼女は権利者としての義務をどこまでも貫こうとしてる。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.492 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:18
- 名前: テン
「それにお前は……いや、多くの者は勘違いしているようだが、生まれる前から人生のレールが引かれているというのは、悪いことではない。私は別に悲観などしていないし、決めらているのはあくまで王女という立場であり、いつか女王になるかもみれない……王位継承権一位という立場であることでしかない。そのときそのときの判断は私のものだ。自信を持って生きている。誰かに決められたものではない。誰かに敷かれたものだとしても、私は私の人生を歩んでいる。 お前の考えは、そう考えている私を……ひいては似た境遇の者への侮辱にすらなりえる」 「……ごめん」
なのははすぐさま頭を下げた。 彼女は大人なのだ。 自分の意思もなく決められたと、嘆くことなどしない。胸を張って、迷うことなく歩いていた。
(本当に似てる)
その生き方は恭也と似通っていた。 恭也は三歳のときから小太刀を握っていたという。物心がついてきた、というぐらいのときには、彼は剣を取っていた。 生まれが剣術を扱う家系だったからこそ。 それはそう、恭也が士郎の子であった時点で、もしくは士郎に引き取られた時点で、すでに決まっていたのだ。 無論、恭也はクレアと違い、投げ出すことはできただろう。 だが、膝が砕け、絶望はあっても、恭也もそんなこと考えたことすらないはずだ。実際に今、膝が一度砕けたにも関わらず、不屈の魂でそれを克服し、剣を握っている。 二人は似ているのだ。 自分の生き方を迷わない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.493 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:20
- 名前: テン
- 「まあ、気にするな。私も言い過ぎたな」
「ううん。私こそ」
説明に戻るぞ、とクレアは続けた。 当然ながら、家柄が上になればなるほど、相手がいなくなってしまうわけだ。 ではどうするか、
「まずは親戚同士の婚姻となる」 「従兄弟とか、もっと遠縁のとか?」 「叔母、叔父などもある」 「お、叔母……」
少なくともなのはたちの世界ではそれも無理だ。 親等的には三親等で、なのはとは違うが、結婚できないことは同じである。 その美沙斗が恭也と結婚するのと同じだ。 しかしそれは、この世界では兄妹で結婚するほど忌避はされていないらしい。
「だが、これでも難しくなることが多々ある。理由は色々とあるから省くが」
そうなると残るは兄妹だけになってしまう。無論、兄妹がいるならばというになるが。
「拒否する者はほとんどいないな。それに早い段階でその関係で存続が危ういとわかった場合、早々に引き離して、兄妹と意識させようとするなんてことも稀にある。似た例を知っているというのはこのへんの関係だ」 「うっ……」
何となくなのはは喉を詰まらせてしまう。 引き離されてないのに、兄を好きになってしまった自分は、やはり異常なんだろうか、と思っているのだ。 まあ、なのはにとっては今更なことで、異常でもかまいはしないが。
「でも、それって大丈夫なのかな?」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.494 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:24
- 名前: テン
近親婚というのは、少なからずリスクを伴うとなのはは思っている。 例えば生まれてくる子供のこと。 血が近すぎる……つまり、遺伝子が近すぎるため、遺伝子病にかかるというのがある。また、近しい親族に重大な病気を発症している場合、それさえ受け継ぐ可能性があった。 しかし、このなのはの考えは間違い……とは言わないが、正しくもない。 正確には、その確率が高くなる、ということであり、絶対ということはない。そもそも近親者同士の間でなくとも、そういったことはあるのだ。 その確率が少しだけ高くなるということでしかない。 一世代が近親婚をして、子を作ったとしても、それほど強い影響は簡単には出ない。 そもそもそこまで問題があるなら、従兄弟同士ですら結婚できるわけがない。あったなら今頃法律が改正されている。 だがこの貴族の場合、何代も近親婚が続くこともありえるということだ。それはそれだけ、遺伝子疾患をもって生まれくる子供の確率が高くなってしまうということにもなる。
「問題はあるとも。実際、血を絶やさないとめ、近親婚を続けた家が絶えてしまったということもある」 「そうなんだ」 「とはいえ……」 「はい?」 「なのは場合はお前の覚悟次第だろう」 「私の?」
覚悟。 一体何に対してだというのだろう。
「なのはは子供が欲しいかの?」 「うえっ!? わ、わからないよ!」
またもクレアの唐突な言葉に、なのはは両手を上げて慌てた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.495 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:25
- 名前: テン
まだ中学生になったばかり……アヴァターに来て一年近くだから、なったばかりとは言いづらいが……のなのはが、子供が欲しいかと聞かれてもわからないとしか答えようがないだろう。
「それが恭也のならば?」 「それは……」
恭也と自分の子供。 正直想像の埒外。 しかし、恭也との子供と聞いたとき、胸が疼いた。 その疼きを止めるためか、なのははきゅっと自分の胸を押さえる。
「欲しい……」
その言葉はほとんど無意識だった。 それを聞いて、クレアは苦笑。
「まあ、我々のような小娘でも、子を欲しいと思うことはある。それが好いた相手との子なら尚更な」 「……うん」 「だから覚悟なのだ。そもそも誰かと結婚するなら、覚悟という多かれ少なかれ必要なこだろうが」
何というか、この二人は本当にまだ子供なのか、と思ってしまうような会話だが、二人は真剣だった。
「私がおにーちゃんと結婚したいなら、もっと強い覚悟が必要ってことかな?」 「そうだ。周りの視線。子供のこと。考えなければならぬことがあり、覚悟がしなければならないことも多い」
それになのはは、うんと頷いた。
「とはいえ大前提として、恭也の気持ちがあるが」 「うう、ここで落とすの?」 「別に落としたわけではないが」
恭也の気持ちが一番わからないのだから、なのはにはそういうふうに聞こえてしまう。 恭也がなのはを妹としてしか見ていないというのは、なのは自身が一番わかっていることなのだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.496 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:25
- 名前: テン
「まあ、恭也はなのはには甘そうだし、お願いすれば何となるのではないか」 「結婚は私がお願いしてもさすがに……というか、おにーちゃんは私に甘いってみんなそういうけど、正直そんなことないよ?」 「むしろ私のほうこそ、そうなことはないのではないか、と言いたい」
正直、少しシスコンではないかと思っていたのだが、とかいう小声が聞こえたような気がしたが、なのははそれごと首を振った。
「おにーちゃん、自分に特に厳しくて、他人にも家族にだって厳しいし、私だって何度かおにーちゃんに頬を叩かれたこととかもあるもん。もちろん私が悪かったんだけど」 「む、想像できん」
それは誰でも思うことかもしれないが、それは事実だ。 子供故の間違い。それを犯せば、当然ながら恭也はなのはを叱ったし、その間違いを繰り返したり、間違いが大きすぎることで、看過できることでなければ、恭也はなのはの頬も叩いた。 それは子供であれば、一度は経験するものだろう。
「本当だよ。自分でいうのも何だけど、そんなに甘やかされた覚えはあんまりないかな。大事にされてるって言うのはわかるけど。甘いと大事にされてるっていうのは違うよ」 「うーむ、何というか、兄という感じがしなしな、それではまるで……」 「ほら、私もお父さんがいないから」
特に悲しみもなくなのはは言う。 しかし、その環境はクレアも変わらない。しかし、彼女もそれに悲観しているわけでもなく、あっさりとしたもので、簡単に流した。
「ああ、恭也にとってなのはは娘でもあったのか」 「うん」 「そうか、なるほど。だからこそ、恭也は父親として厳しかった、ということか?」 「そうだと思う。前に私が幸せになってくれればそれでいい、とか言われたこともあるし。普通の……私の友達のお兄ちゃんなんかは、そんなことあんまり言わない、って聞いたことあるよ」
それが全ての兄弟に当てはまるわけではないだろうが、そういった言葉はどちらかといえば、父親や母親が言うようなことだろう。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.497 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:26
- 名前: テン
- こう言っては何だが、歳が近い兄弟とは、家族というコミュニティの中では同じ位置だ。つまりは親の庇護にある。
しかし、なのはには父がおらず、そのめたに恭也の……そして母である桃子が……庇護のもと育った。 だから恭也はどちらかといえば、兄としてよりも、父としての側面を強く持っている。これはその立場もあるのだろうが、それ以上になのはとの年齢差が大きいというのもあったはずだ。 それ故に、恭也のなのはへの想いは兄弟愛よりも父性愛の方が強いのかもしれない。 クレアは脳内で、恭也のなのはへの対応を、兄ではなく父親として置き換えた。
「なるほど」
しっくりくる。 確かに父親の対応として見た場合、……父親として見る以上当然ではあるが……シスコンとは言えず、かといって親馬鹿と言えるほど、なのはに構いすぎているわけではない。 そう考えてみると、先ほどまでクレアは、なのはが恭也を諦め、恋人など連れてこれば、恭也は決闘でもしそうだと思っていたが、たぶんこれもない。 本当になのはを幸せにしてくれそうなら、あっさりと、ということはないだろうが、それでも認めそうな貫禄を持っていた。 つまりそういうこと。単純に端にいたクレアは、見る部分が多少ずれていたのだ。少し認識がずれれば、なるほどと思ってしまう。 とはいえ、
「なのはの方は完璧に、ブラコンでありながらファザコンか……」 「にゃ!? また落とした!」
事実だけど、と続けながらなのはは声を上げた。 認めてしまうあたり、なのはのブラコン度、ファザコン度の高さが窺える。
「ふむ、むしろなのはが甘えているせいで、恭也はシスコンに見えてしまうのだな」 「うう、そんなことはないよ、と言いたいけど、それは無理かなと思うというかむしろそれを狙っているのを認めてもいいかなと思う今日この頃」 「何を言っているのかさっぱりだ」
どこの政治家だ、とクレアは嘆息。 それに。にゃははとなのはは笑った。
「でも……」 「うん?」 「なんで?」 「何がだ?」 「何でこんな話を?」
なのはとしては、なぜ今になって兄妹の婚姻についての話を、クレアが語ったのかわからなかった。 それこそ、今はそれどころではないときだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.498 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:27
- 名前: テン
するとクレアは笑った。それも微笑などではなく、口を歪めたニヤリとした笑い顔。
「やる気が出るだろう?」 「へ?」 「『夢』が叶うかもしれない可能性が、1%でも上がったのだ。やる気がでないか?」
なのはは、これから命を賭けて戦いにいく。 だからこそ、クレアは生きる目的を用意した。この国が、兄妹の婚姻ができなかったとしても、もしかしたからその法案を作っていたかもしれない。
「お前はたぶん、今回の戦争の前戦で戦う者たちの中では、最も幼い」 「…………」 「だからこそ……死ぬな。お前には未来がある。可能性がある。それがどんなに低い可能性であっても、お前の『夢』が叶う可能性は確かにあるのだ。その『夢』が叶えるまで、もしくは諦めがつくまで、お前は死んではならない」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.499 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:28
- 名前: テン
『夢』、そうきたかと、なのはは内心で苦笑した。 そう夢だ。 ――高町恭也のお嫁さんになりたい、という『夢』。子供心に思い、決して忘れることはなかった『夢』だ。 どんな夢よりも可能性がない『夢』。 それは誰も知らないなのはの『夢』だった。 だが、クレアはそれに気付いているのだ。
「うん」
生き残ってみせる。 『夢』が叶うかはわからない。だけど、その『夢』を見るためにも、それを現実にするためにも……
「私は死なないよ」
なのはは生き残ると宣言した。
◇◇◇
「……やっぱり……慣れないなぁ」
戦場の真ん中で昨日のことを思い出しながらも、なのははポツリと呟いた。
彼女の周りには、まるで人形の山のように魔物の死骸が積まれていた。 その『全て』をなのはが……屠ったのだ。 全て殺した。
「…………」
恐らくこの世界に来たばかりの頃のなのはでは、決してできなかった所業だ。それは能力的にもそうだし……何より精神的にも、平和主義であったなのはでは不可能であったろう。 だが、今のなのはには可能だった。なぜって、もうなのはは決めてしまったのだ。恭也のためにも迷わないと。 慣れることはないだろう。しかし迷わない。 迷えば迷うほど恭也が危険になると知ったから。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.500 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:29
- 名前: テン
「ふう」
なのはは城壁からの援護に入ることはしていない。戦場の中での援護を求められているというのもあるが、それ以上になのはは特殊だ。 なぜなら彼女の魔力は尽きることがないため、……体力はともかく……魔力の回復のために休む必要がないからだ。 その魔力の大きさ故……ではない。彼女の場合、自分の魔力が尽きたなら白琴を使い、その間自身の魔力の回復を計り、白琴の魔力が尽きたなら、今度は自分の魔力で魔法を使い、その間に白琴の魔力を回復させる。 ……つまり永久機関の真似ごとという、普通の魔法使いならばどうやっても不可能な、とんでもないことができてしまうのだ。 リリィも長時間ライテウスに魔力を溜めることで、似たようなことはできるが、それもライテウスに込めた魔力が尽きれば、さすがに戦闘中に……効果倍増させるため以外には……は無理だ。 そのためなのはは城壁からの援護も狙撃組には入らず、戦場のど真ん中へと送られた。これはなのは自信の望みでもあった。
「決着、つけないとね」
そうなのはが口にした瞬間。
「そうね、つけましょう、決着を」
この前と同じように、魔物の死体の向こうから、言葉が返ってきた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.501 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:31
- 名前: テン
なのはは、それに驚くことはない。
「…………」
やはり金髪の髪をなびかせて現れたな少女。 アリサ・ローウェル。 彼女の姿を見て、なのはは少し笑う。 彼女は絶対に現れると思っていた。無限召喚陣も、救世主の鎧も、彼女には関係なく、絶対に自分の前に現れると、ある意味信頼していたのだ。
「こんなことがなかったら、あなたとは友達になれたんじゃないかな、って思うんだ」 「そう? 私もそんな気がするのよね」
二人の少女はそんなことを言い合って笑う。
「「でも」」
だが、二人は友人ではなかった。
「無理だよね」 「無理ね」
二人は宿敵。 ただの敵。 倒すべき敵。 お互いが確かにそう認識しいている。 だから無理だ。 アリサにとっては、恭也以上に自分をイラつかせ、憎む敵。 なのはにとっては、恭也の命を狙う許せざる敵。 戦う理由が二人にあった。 故に、
「始めましょうか?」
最早二人に会話など必要なく、アリサは淡々と言い、その手に持つダガーの刀身を伸ばした。
「そうだね」
なのはも否はなく白琴で魔方陣を描く。
「「っ!!」」
そして、二人は己の能力を目の前の倒すべき敵に放った。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.502 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:32
- 名前: テン
◇◇◇
王城で戦況を聞きながら待つクレアは、椅子……まだ戴冠していないクレアは玉座には座れないため、その脇にある王の親族用の席……に深く座り、やはり深く息を吐いた。
「状況によっては、私が一番のライバルになる可能性がある、というのは、なのはにはまだ話さない方がいいな」
クレアはどこまで先を見通している。 このままいき、破滅との戦争に勝利すれば、クレアの結婚相手の候補として一番に上がるのは、恭也である可能性が高いのだ。
「英雄と姫君の婚姻、か。どんな物語だ」
すでに恭也は、彼自身が望まなくとも英雄の道を歩いている。 そしてそれは、今回の任務である救世主の鎧を破壊すれば、さらに進むことになるだろう。 なぜならそれは、救世主が纏うと言われる鎧を破壊するということ。それはつまり救世主を超える英雄ということにもなるのだ。すでに救世主候補でも彼には勝てないという噂が流れている……そう意図して流したのは王国だが……のも効いてくるだろう。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.503 ) |
- 日時: 2010/07/25 21:32
- 名前: テン
- 世界を救った英雄と姫君……女王かもしれないが……の婚姻は、民に大いに受け入れられ、王国という地盤は揺るがないものとなる。
故にこそ、恭也がクレアの婿候補に一番近いと言える。 そして、それはクレアの政敵も狙っていること。恭也という人間をよく知らない者たちは、彼はクレアよりも自分たちに与し易いと愚かにも思っているのだ。 彼が王になることはないが、それでも恭也を使えば、クレアを傀儡にすることも可能ではないかと。 クレアからすれば愚かとしか言いようがない。 恭也ほど自己を持ち、己の信念のためにしか動かない者などいない。その彼が甘言になど乗るわけがないのだ。それこそ彼と目的と合致しないかぎり。 ま、とはいえ昨日なのはに伝え通り、それが民のためになるならば、クレアは迷わずその道をとる。そのため恭也と結婚することになるならば、それはそれで構わないし、むしろクレアは恭也を気に入っているため、むしろどんと来いと言ったところである。
「私は側室や妾がいくらいても気にせんし、丁度いいかもしれんが」
むしろそれが一番の解決法のような気がしないでもない。 まあ、何にしてもクレアは、なのはの友人としてなのはの幸福を願っている。
「だから、生きて帰ってくれ」
もう一度深く息を吐いて呟く。
「私には私の戦いがある」
破滅を滅ぼす鍵を握るのは、クレアだ。 その鍵の元にまだ赴いていないのは、状況を把握するためというのもあるし、破滅の間諜が存在するかもしれないため、ギリギリまで行動しないことにしていたのだ。 しかし、
「そろそろ行くとするか」
戦争を終わらす鍵を使うため、クレアは立ちう上がった。
こうして、破滅との戦いは新しい局面へと向かい始めていた。
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