Re: 黒衣(仮投稿) ( No.351 )
日時: 2009/02/25 07:20
名前: テン






恭也が『彼女たち』と出会ったのは、護衛の仕事を本格的に始めた最初の年だった。
劇的な出会いだったというわけではない。変わったところと言えば、とある名目でのパーティー会場という普通とは言えない場所での出会いだったというだけ。
恭也はある会社の重役……それも父である士郎の旧友の護衛として、パーティー会場にいた。
そしてその護衛対象者の友人……のまたその子供。それが『彼女たち』だった。
よく似た二人組の少女。当時のなのはよりも一つか二つ年上という感じの少女たちだった。
見ればわかる。二人は姉妹だった。年子であるということだが、まるで双子のように似ていた少女たち。
違いがあるとすれば、姉は濃い茶の髪をしており、エメラルドグリーンの瞳だったのに対し、妹は流れるような黒髪と、黒曜石のような瞳をしていた。
ハーフなのか、クォータなのか、日本人の血が英国人の血に混じっているらしかった。妹は、その日本人の遺伝子をより強く継いだのだろう。
恭也は、彼女たちに自分から話しかけることはしなかった。自分が子供に恐がれる顔をしていると思っての配慮だったのだ。
だが、あちらから話かけて来た。
最初に恭也へと話しかけたのは妹の方だった。

『あ、あの、初めまして!』

大きく頭を下げてくる少女に、恭也は苦笑した。
そのとき少女はなぜか嬉しそうな表情を浮かべていたが、恭也は初めましてと返し、自らの名を名乗った。

『わ、私、エリカ・ローウェルって言います!』

名前を告げながら、少女はまるで太陽のような笑みを浮かべた。その笑みはまるで恭也の妹にも似ていて、やはり恭也は笑みを浮かべてしまった。
本来、護衛をしている恭也がそんな長話などできるわけがない。が、今回はそうでもなかった。そもそもそのこのときの仕事は、仕事であって仕事でなかった。
そのときの護衛対象者は士郎の旧友。実は恭也に依頼をしたのも、ただ士郎の息子と話をしたかっただけだったというのだ。恭也以外にも多くのボディガードがおり、かといって資産家ということ以外にそのときは狙われる理由はとくになかった。
そのため、むしろその護衛対象者に、その少女と話をしてあげるように頼まれてしまったのだ。本来ならそれでも断るべきだが、色々と駄々を捏ねられ……その人は士郎の友人らしく、士郎と似ていた……、断れなかった。
別に嫌々というわけではないが、こうしてその少女と話をする機会ができてしまった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.352 )
日時: 2009/02/25 07:21
名前: テン


少女は本当に嬉しそうに、恭也に色々な話を聞かせた。基本的に恭也は聞く方だったが、たまに恭也も自分のことを話した。家族のこと、仕事のこと、大学のこと。それらをエリカはやはり嬉しそうに聞いていた。
それから少しして、

『きょ、恭也さん、あの、その……私が危ない時にも……助けに来てくれませんか?』

それはどんな思いから発せられたものなのか、恭也にはわからない。何かしらの憧れ。例えば、自分を守ってくれるナイトでも夢想したのか。
どうやってもナイト役なんていうのは荷が勝ちすぎるとも思うが、それでも恭也はそれを断ることができなかった。いや、断ることなど思いつかなかった。
この少女のことを守りたいと思ったから。
だから、恭也は誓った。
そのときは必ず助けに行くと。
それは小さな約束。だがその誓いを、恭也は違えるつもりはなく。何かあれば必ず助け、守ろうと決めていた。
黒髪の少女は恥ずかしくなったのか、恭也から携帯の番号を聞いたあと、真っ赤になりながらも父親の元にいってしまった。無論、ちゃんと挨拶をしてだが。
それらを見て、またも妹を思いだした恭也は若干頬を緩めて見送った。
仕事に戻ろう、そう思ったときだった。

『あ、あ、あ、あの!』

再び声をかけられ、視線を下に向けられば、先ほどの少女がいた。
いや、違う。
その少女の髪は、先ほどのエリカと違い、濃い茶色をしていた。

『あ、わ、私、あの子の姉で、アリサって言います!』

そう、彼女は先ほどの少女……エリカの姉だった。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.353 )
日時: 2009/02/25 07:22
名前: テン






目の前にあるのは血だまり。その血だまりの中に沈む少女。
それを最初に見つけたのは恭也だった。
恭也は当然、彼女を助け起こした。
だが、わかってしまう。
致命傷だった。
脇腹を割かれ、そこから内部のものまで飛び出ている。しかし、それでも彼女の息はまだ微かにあった。
その姿を見て、恭也は犯人への強い憎しみが湧いた。
当然だ。彼女をこうした犯人は、わざとギリギリのところで殺さなかった。致命傷を負わせながらも、助けられない怪我を負わせながらも、決して一瞬で殺さず、じわじわと死んでいくような傷付け方をした。
女である彼女の顔まで傷付け、体中を傷付け、それでもなおいたぶりながら、死を与える。
人がする所業ではない。

『きょ……うや……さ……きて……くれ……たんだ……』

抱き上げる恭也に、彼女は……エリカは、最後にそれだけ言って……息絶えた。
うっすらとだけ笑い、それだけ言って……彼女は死んだのだ。
続いた言葉が何であったのかはわからない。遅いという言葉だったのか、それとも恨み言だったのか。
もう、それを聞くことはできない。

いつもそうだ……


――いつも……俺は最後の最後で……何もできない……手が届かない……


人一人ができることなどたかが知れている。そんなこと理解している。
自分が何でもできるなんて思うほど、恭也は傲慢ではなかった。
確かに守れた。
今までいくつかのものは、守ってこれたと思う。
でも、それでも……いつも……一歩が届かない……
今まで……誰一人として助けることは、救うことは……できなかった。
美沙斗も、ノエルも、レンも、久遠も……
美由希が救った。忍が救った。晶が救った。那美が救った。
守れたことはあれど、救えたことは一度もない。
別にこれまで、それを気にしたことはなかった。先ほど言ったとおり、恭也は自分が何でもできるなどと自惚れてはいない。他に救える人間がいて、自分はそのための時間稼ぎができればそれでよかったのだ。
だが今回は……恭也しか救えなかった。
救える人間は他にいなかった。
任せられる人はいなかった。
恭也が救わなければならなかった。
だけど……結局……助けられなかった。
結局……救えなかった。

『がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

助けると誓った。
必ず助けると。
何て傲慢な約束をした?
今までただ一度として助けられなかったくせに。
ただの一度も救えなかったくせに。

恭也の中に自分の無力さをつきつけた事件。
それは未だ彼を蝕む過去だった。

だが、知らなかった。
まだこのときは知らなかった。
自分が救えなかったのは……エリカだけではなかったことを。





第五十二章





救えなかった少女。
その少女と似た顔を持った少女は目の前にいた。
その少女と、同じ髪の色に『染め』、同じように後ろにまとめた少女は目の前にいた。
それはつまり、彼女すらも恭也は救えなかったという同義だった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.354 )
日時: 2009/02/25 07:24
名前: テン


「あの子は私の中で今でも生きてる! だから私があの子になるの!」

恭也が救えなかった少女、エリカの姉、アリサ・ローウェル。
アリサは、恭也が最後に見たときよりも僅かに成長した姿で叫ぶが、恭也はただその激情を受け止め、言葉を返す。

「ああ、君の中で彼女が生きているというのは否定しない。彼女の想いは君の中で生きているだろう。彼女が生きた証として。だが、君はエリカではない。アリサだ。エリカにはなれない」
「うるさい! あんたに何がわかるのよ!」

だが、アリサは恭也の言を否定するように髪を振り乱し、首を大きく振る。
ああ、わからない。アリサのことは恭也にはわからない。アリサをこうしてしまった責任が、自分にあるということしかわからない。
だが、決して言葉に出せないが、恭也はこれだけは言える。
目の前の少女はかつての己だと。
士郎を失い、その士郎になろうとした己だと。
なれるわけがないのに、それでも士郎になろうとした。
それがどれだけ馬鹿げたことかわからずに。
人は決して、他の人間にはなれない。例え相手が親であろうと、兄弟であろうとだ。役割の代わりならば多少は代わることはできても、その人本人には決してなれない。
無理になろうとすれば、どこかで壊れる。恭也の場合は膝であったが、もし膝を怪我せずに、そのまま続けていたならば、きっと心のどこかが壊れていただろう。
アリサの今の姿は……きっとそれだった。
あの勝ち気なからも妹とは違う光を放っていた少女は、妹と己を混同し、壊れかかっていた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.355 )
日時: 2009/02/25 07:24
名前: テン


だが、それをしたのは他ならぬ恭也なのだ。それを指摘していいはずがない。

「私は、あんたを殺すことでエリカになれる! あの子の恨みが晴れて、私の想いが消えて、やっと私はあの子になれる! 私がいなくなって、やっとあの子がこの世で幸せになれる!」

アリサはそう信じているのだ。
それこそが、彼女が壊れかかっている証明であった。
それを彼女自身がわかっていない。

「アリサ・ローウェル……俺を許せとは言わない」

そうしてしまったのが自分である以上、恭也には彼女を救えない。元より恭也は誰も救えない。そう今では理解してしまっている。
だから、そうしてしまったのが己であることを差し引いたとしても、自分では彼女を救えないという結論が出てしまっていた。
だが、彼女の望みを叶えてやるわけにもいかない。逆に彼女のためにも殺されてやるわけにはいかない。
自分が生きているかぎりエリカになれないというのなら尚更に。
だから死ぬわけにはいかない。

「その理屈で言うなら、君が殺すべきは、なのはではなく、俺だろう。その俺が目の前にいる。しかし、俺も死んでやるわけにはいかん。抵抗はさせもらおうが、な」
「ええ、今この場で殺してあげるわよ! あんたの妹なんかもうどうでもいい!」

アリサは怒りに大きく目を開き、ダガーを構えた。
それを見て、恭也もゆっくりと歩き、なのはの前に立つ。

「おにー……ちゃん……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.356 )
日時: 2009/02/25 07:25
名前: テン


その背を見て、なのはは恭也を呼んだ。

「下がっていろ、なのは。彼女の相手は俺がする」

振り返ることなく、恭也はなのはに告げる。
なのはは何かを言おうとしたが、止めた。そして、数歩後ろに下がる。だが、召喚器は消していなかった。
すでにアリサの目にはなのはは映っていない。

「終わらせてやる! これであの子の憎しみは晴れて、私の『想い』も消える!」
「君の『思い』、とやらは何だかわからんが、先ほど言ったように殺されてやるわけにはいかん」
「うるさい!」

叫び、アリサはダガーを振り上げる。
瞬間、伸びる刀身。まるで天を切り裂くかのように長くなった。それはもはや武器と呼ばれるようなものではない。
それに僅かに眉を顰めるが、恭也は慌てもしなかった。別になのはに彼女の戦闘スタイルを聞いていたわけではなかったが、おそらくあれは召喚器なのだろうと当たりをつけた。で、あるならば、何ができたところで不思議ではない。
そんな落ち着いた様子の恭也が気に入らないのか、アリサは舌打ちしながらもその刀身を振り下ろした。
白刃はまるで風を押し潰すような音を響かせながらも恭也へと迫る。しかし、恭也は僅かに一歩横に出ることでかわし、

「ふむ」

わざわざかわした刀身に、紅月を叩きつけた。
金属同士がぶつかりあう甲高い音が響く。
かわしたことで恭也の身体は完全に刀身から離れていたが、さらに小太刀を叩きつけられたことによって、さらに軌道がずれ、恭也から随分と離れた場所へと振り抜かれた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.357 )
日時: 2009/02/25 07:27
名前: テン


「なるほど」

刀身が地面に叩きつけられたのを見ながら、恭也は頷く。
今の攻防だけで、アリサとアリサの武器の特性はだいたい掴めた。
あんな長大なダガーとも剣とも言えないものを振り上げながら、まるで重さも感じさせていなかったのは、重さがほとんど変わらないからだろう。それが刀身を弾いたことでわかった。
長くなった分だけ重くなれば、いくら救世主候補だったとしても、腕だけで振るえるわけがない。おそらく救世主候補随一の力を誇る大河でも無理だ。
剣というのは、重さは種類によって様々だ。恭也の八景は小太刀の中でも重め、長めの範疇に入り、重さは役七百グラム半ば。グラムと言うとかなり軽そうに感じるだろうが、重心の位置や長さの関係で、腕にかかる負担と体感の重さはその数倍以上になる。
武器というのは、長くなれば長くなるほど腕にかかる負担を感じ、体感での重さは大きくなる。長くなれば当然、重さも増すし、重心が変わるから当然だ。
それが数メートル以上の刃となる。これてを振り上げられる者など、人間では存在しないだろう。
だが、アリサはそれを感じさせない。つまり重さが変わっていない。それを実際に弾くことで確認した。
重さが変わるのであれば、ああも簡単に小太刀で軌道がずれるわけがない。
夏織が、エリカの……いや、アリサの天敵は恭也だと言っていた。なるほど、それは確かだ。
なのははその戦闘スタイル故に、彼女が天敵と言えるが、恭也からすればどうということはない。むしろ救世主候補の中では、一番戦いやすいとすら言えるだろう。

恭也は一歩アリサへと近づく。
またも真上から刀身が迫る。
しかし、恭也は無造作に小太刀を振るい、それを弾き飛ばした。
遠心力と彼女自身の救世主候補としての力が加わっているため、多少は攻撃自体は重かったが、やはり武器自体の重さがないから、徹を使えば簡単に弾き飛ばせる。もっとも刀身が長すぎて徹の衝撃がアリサにまで伝わらないため、切り離すことはできないが。
今度は横薙ぎ。
しかし、それも上体を屈めることよってかわす。
横薙ぎのあとは追撃の心配はない。遠心力を殺すために、それを止めるのに時間がかかるからだ。それでもその後の追撃も、普通は速いと言える切り返しだが。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.358 )
日時: 2009/02/25 07:28
名前: テン


弾かれ、かわされても、アリサは憎悪に燃える目で、何かを耐える目で恭也を見つめ、攻撃をしかける。

「あいつは……『殺戮死者』とか言うやつは、私が殺してやるはずだったのに! あんたがそれを奪った!」
「ああ。あいつは俺が殺した」

『殺戮死者』。そんなふうに呼ばれていた人間を恭也は殺した。
恭也が初めて殺した相手だった。
狂っていた。壊れていた。恭也が知る誰よりも異様だった。殺すことが何よりも気持ちいいなどとほざいていた男。
そんな最低最悪の男が、恭也が初めて殺した人間。
そして、エリカを殺したアリサの憎むべき仇。
それを恭也が殺した。

「私が殺すはずだった! そうしてエリカの恨みを晴らすはずだった! あの子のためにも!」

だから、彼女の憎悪は行き場をなくし、それを奪った者であり、エリカを救えなかった恭也へと傾いた。
復讐の矛先を失い。その矛先は、全て恭也へと向かってしまったのだ。
復讐。
かつてそれを目指した女性がいた。御神美沙斗。恭也の叔母。
いや、かつてではない、今もそれに邁進している。だが、今は決してそれだけに傾倒してはいない。真っ当な力で、真っ当な場所で戦い、傷を負ったなら、娘のところに帰ってくる。そんな日々を送っている。
だが、かつて復讐だけを目指していた美沙斗を止めるために恭也は戦った。語りかけた。結局彼女を止めたのはフィアッセたちの夢を守るために戦った恭也であり、彼女の心を救ったのは娘の美由希だった。
それらを踏まえても、復讐はいけないことだ。止めろ。などと恭也には言えない。
一族を亡くし、士郎を亡くした恭也には、復讐のためだけに生きるのは認められなかったとはいえ、美沙斗の気持ちは痛いほどわかったし、もし美沙斗があのときに狙っていたのが、フィアッセたちではなかったなら止められなかったかもしれない。
それにエリカを殺した男を殺したときとて、自分にその感情がなかったと言えば嘘になるから。
だから、その復讐心をなくせなどとは言えなかった。
だが、それでも……

「余計に君に殺されるわけにはいかなくなった」

アリサの一言を聞いて、殺されるつもりはなくなった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.359 )
日時: 2009/02/25 07:29
名前: テン


「エリカのことを免罪符にする時点で、君に覚悟はない」
「なんですって!?」

恭也のまるで侮蔑のような言葉に、あのアリサは怒りで唇を引きつらせる。そして、怒濤の如くその長い刀身を舞わせた。
恭也はそれらをただ無造作にかわし、一歩ずつアリサへと近づいていく。

「やはり君はアリサだ。エリカじゃない。エリカにはなれない」

かわしながら、一歩ずつ着実にアリサへと近づきながら、恭也は言う。

「復讐という意志を、誰かのためになどと言うな。それは君の内からくるものだ。君のためのものだ。誰かのためにと、誰かの『所為』にするな。それは単なる復讐することへの、殺すことへの偽りの免罪符だ。その人物の生を汚すものだ」
「黙りなさいよ! あの子は絶対にあんたを殺してほしいって思ってる! 約束を破って、助けてくれなかったあんたを!」
「ああ。そうかもしれん。あのとき……死の間際に彼女が思ったことは、そうなのかもしれない。それを否定する気はない」

否定できるわけがない。
大河たちには偽ったが、恭也が辿り着いたとき、エリカはまだ生きていた。ギリギリで生きていた。
そして、ただ一言と、最後に笑みを浮かべて死に絶えた。
その笑みを考えれば、恨み言でなどなかったのかもしれない。だが、やはり恨み言が続いたのかもしれない。わからない。わかるわけがないのだ。恭也はエリカではないのだから。

「俺はエリカではないから、彼女が何を思って逝ったのかはわからない。俺があいつを……エリカを殺したあの男を殺したとき、復讐心がなかったと言えば嘘になる。だが、それでもそれは彼女のためではない。許せないという俺の心からきたものだ。彼女の心じゃない。俺が殺したいと願ったからだ。そこにエリカの心が入る余地はない」
「私は違う! あの子が願うのよ! あんたを殺せって! 私の想いごと殺せって!」
「そうか」

それも否定しない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.360 )
日時: 2009/02/25 07:30
名前: テン


だが、そう願うのは、彼女が作りだしたエリカだ。心の均衡を保つために作りだしてしまった偽りのエリカ。それを彼女自身、理解しているのだろうか。
やはり無理なのだ。
恭也では、彼女を救えない。
かといって、恭也がアリサを殺すのは無理だ。彼女をこうしてしまったのは、間違いなく恭也なのだ。それなのに恭也が彼女を殺せるわけがない。
だから、ただ倒し、追い返す。それだけかしかできそうにない。
それを現実にするために、恭也はアリサへと近づいていく。
アリサは恭也が近づくたびに刀身をわずかに短くしながらも、彼に攻撃を繰り返す。それは斬撃とも言えない、ただ振り回しているというだけの攻撃。
普通ならば、それすら脅威だ。間合いが広く、どんなに離れていようと攻撃が届き、救世主候補故に身体能力も高く、出鱈目な攻撃ながらもそれは速い。
しかし、

「…………」

かわす。
かわす。かわす。
かわす。かわす。かわす。
当たらない。
ただの一撃も恭也の身体に、その長大な刀身は届かない。かすりもしない。
最早弾くこともせず、捌くこともせず、受けることもせず、流すこともせず、全てかわす。
まるで空中を漂う真綿のように、ゆらりとした動作で、全てかわす。

「う……そ!」
「…………」

先ほどから隙は多くあった。やろうと思えば恭也はすぐさま間合いつめることも可能だったし、飛針を投げつけることもできた。
だが恭也はそうはせず、ただゆっくりとアリサに近づく。
まるで格の違いを見せつけるように。
何より、アリサの視線が自分にだけ向けるように。
恭也は確かにアリサの天敵だ。
いや、正確には御神流が天敵だった。
モーションが大振りすぎて、狙いが読みやすい。武器も長すぎて軌跡が大きく、やはり読める。貫という見切りの極地を持つ御神流からすると、これほど与し易い敵はいない。


「なん……で……!」
「君では、俺を殺せない」
「うるさい!」

激昂し、さらに攻撃速度を上げるアリサだったが、やはり恭也は全てそれをかわし、アリサへと近づいていく。
先ほどから一方的に攻撃を受けながらも、会話を続けられるのが恭也の余裕の現れだった。

「確かにその射程は厄介だ。だが、それだけだ」

攻撃を見切るということができない救世主候補たちには厄介だろうが、御神流の遣い手からすると、やはりそれだけの攻撃なのだ。その威力、速さは救世主候補というだけあってかなりのものだ。だが、当たらなければそれにも意味はなかった。

「殺す! 殺す! 殺してやる! あの子の代わりに、私があんたを!」
「その憎しみは受け取ろう。だが……この程度で人は殺せはしない」

恭也は唇を端をつり上げる。

「人を殺すということを舐めるな、小娘」

それはまるで嘲るような笑みと言葉。

「あの子を救えなかったくせに、そんな大口を叩くんじゃないわよ!!」

その態度に激昂し、アリサはさらに攻撃を激化させていった。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.361 )
日時: 2009/03/19 01:19
名前: テン





「あの子が……手も足も出ないなんて」

それらを背後から眺めていたなのはは、目を瞬かせて息を吐いた。
兄は負けない、とは思っていたが、まさかエリカ……いや、アリサが手も足も出ないとは思っていなかった。
先ほど考えた、恭也でも相性が悪いというなのはの予想を完膚無きまでに覆していた。
確かに、攻撃なんてものは当たらなければ意味はない。しかし、言うのは簡単だが、それを実現するのは難しい。それを今はなのはも武器を持つからこそ理解している。
とくにアリサのあれは、伸縮自在の刃。それをかわし続けるのがどれだけ困難か、今まで戦っていたからこそ、なのはが一番わかっている。
だが、恭也はそれを可能にしていた。

「どうして……」

同時にそれはなのはに疑問を与えていた。
確かに恭也は速い。だが、速さで言えばカエデの方がずっと上だ。しかし、カエデも同じことができるか、と聞かれれば、きっとできないだろうと答える。
ならば機動力。機動力ならば、恭也は救世主クラス随一だ。しかし恭也は、今の戦闘はそんなに派手に動いているわけではない。アリサの一撃をかわすために動いているのは、一歩……いや、半歩分程度の距離。そこに機動は関係ない。
そもそも恭也が機動力を活かしても、大河やカエデどころか、なのはだってある程度は捉えることができる。無論、捉えることができても、攻撃を簡単にいなされるが。
恭也は、最初の数撃こそアリサの攻撃をいなし、受け止め、弾いたが、今ではまったく小太刀を動かさずに、体捌きだけでかわしていた。
大河たち相手にも同じことができるのだろうか?
しかし、恭也は今までそんなことしたことはなかった。手加減していた、ということもあるまい。ここまでできるなら、模擬戦のときとてやるだろう。だが、それをしていない。
では、何かあるのだ。
アリサにだけ、あのような行動がとれる何かが。

「わからないや……」

どれだけ考えたって、なのはにはわからない。所詮なのはは戦いを始めて、武器をもって数ヶ月程度でしかない。そんな彼女が、恭也が人生のほぼ全てを費やして築き上げた戦闘法など理解できるわけがない。もしわかるとすれば、美由希ぐらいなのかもしれない。
それが悔しいとも思うが、今のなのははそう考えること自体が傲慢である。それは理解していた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.362 )
日時: 2009/03/19 01:20
名前: テン

だから、今は自分の兄が、あれだけのことができると理解できればいい。アリサ相手限定であったとしても、兄はあれだけのことができるのだ。
今は、それを観察する。だって、なのはの戦いにおいての存在意義は、恭也の役にたつ。それだけだ。恭也ができることを為すために必要な援護を己ができるようにするためには、恭也自身が何ができるのかを知っておかなくてはいけないから。
そして、なのはは今も恭也の力になることを諦めていない。恭也には下がっていろと言われたが、何かあれば援護するつもりだった。恭也自身がそれを認めなくとも。だから召喚器を消さなかったのだ。

「人を殺すということを舐めるな、小娘」
「あの子を救えなかったくせに、そんな大口を叩くんじゃないわよ!!」

恭也の言葉を皮切りに、それまで以上にアリサの攻撃が、刃の嵐として吹き荒れる。
その長い白刃を閃かせ続ける。その長さと速さも相まって、白刃はまるで雷光の軌跡のようにも見えた。
しかし、恭也はそれさえも全て避けていた。
召喚器を持ち、動体視力すら上がっているなのはの目にも、軌跡しか辿れないそれを、召喚器を持たない恭也は、その白刃が通る場所を予測しているかのようにかわし続ける。
それはまるで、全てを砕き、全てを切り裂く閃きと共に踊っているかのように。


――どうすればあんなふうに避けられるんだろう……


それらを見続けて、なのはは感嘆の息を吐きながらそんなことを思った。
救世主クラスに所属する恭也。だが、恭也だけは違う。
恭也だけは召喚器なんてものを頼らない。召喚器を所持していながら頼らない。
確かに召喚器を呼ばないのは、呼んではいけないからというのもあるが、それは恭也自身が望むこと。
恭也が生まれて、その人生のほぼ全てを費やし、努力というのも生温い鍛錬、血反吐を吐く『ような』ではなく、文字通り血反吐を吐き続けた末にたった一人で築き上げた技術は、召喚器を持つ救世主候補たちすらも下す。
その身体と両手に持つ剣だけで、召喚器という兵器をも越える武器を持つ異能者たちを越える。
人間として努力し続けて、人間を超えた者たちと対等に戦える。それは若くして達人と呼ばれる領域に達しからこそできること。
それがなのはの兄だった。
なのはは召喚器という強大な武器を持ったからこそ、恭也の努力がどれだけのものなのか、余計によくわかった。
だからこそ、これまで以上の憧れが生まれた。
実際に、自分たちなど恭也からすれば、甘い小娘でしかないのだろう。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.363 )
日時: 2009/03/19 01:21
名前: テン


「あれ……でも……」

だが、先ほどかららしくない。兄らしくないのだ。その言動と態度が。
まるで煽るような言葉遣い。言動。
元よりそれほど多弁ではないが、戦闘となるとさらに口数が少なくなるはずで、口を開いている暇があるならば、少しでも相手を叩く。それが恭也だ。
その彼がまるで挑発するような言葉を放ち続けている。

「ぁ……」

その理由もすぐにわかった。
恭也は一歩ずつアリサに近づいていっているが、最初、なのはの目の前から進行していったはずなのに、いつのまにかなのはの直線上から位置がずれていた。
つまり、恭也はなのはに攻撃がいかないように、アリサの攻撃を誘導しているのだ。さらに挑発のような言動で、アリサの目をなのはから離している。
なのはを守っているのだ。

(嬉しい、な)

場違いだとわかっている。
だが、嬉しかった。
アリサとの関係は、なのはにはわからない。どんな因縁を持つのか、二人の会話を聞いてもわからなかった。過去に聞いた話から、朧気には見えてくるが、それは形にならない。
でも、恭也はアリサよりもなのはを優先していた。
自身のことよりも、アリサよりも、この場で最優先に自分のことを考えてくれている。
それがなのははひどく嬉しい。
守られているということよりも、自分を何よりも優先してくれるということが、どこまでも嬉しい。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.364 )
日時: 2009/03/19 01:22
名前: テン


ああ、やっぱり――

(私はおにーちゃんが好きなんだ……)

恭也が、自分を最優先にしてくれることが嬉しくてたまらない。
その嬉しさは、きっと愛おしさと同じだ。
誰よりも自分を見てほしい、自分のことを考えてほしいというどこまでも強い願望。そして、それが実現したからこそ、ここまで嬉しさがこみ上げる。
やはり自分は……兄に恋をしている。いや、それはもはや愛していると言ってもいい。
それが認められない想いだったとしても、もはや消すことはできない。誰にも消すことなんてできやしない。なのは自身にももう無理だ。
何より、

(消したくないよ)

手放したくない。
この想いを決して。
誰に認められなくてもいい。
恭也にさえ認められなくてもいい。
ただ、

(この想いを持つことだけは許して、おにーちゃん)

絶対に迷惑はかけないから。
ただ見ているだけていいから。
今みたいに、ほんの少しだけ、たまに見てくれれば、それでいいから。
だから……

「おにーちゃん……」

許してほしい。
この……禁忌の想いを。





Re: 黒衣(仮投稿) ( No.365 )
日時: 2009/03/19 01:24
名前: テン




◇◇◇



「この! ちょろちょろと!」

アリサは、一方的に攻撃しているのにも関わらず、完全に押されていた。
すでに何回、何十回と攻撃していのかもわからない。だが、その全ての悉くがかわされる。
アリサが地面を砕いた衝撃で、跳ね散る大小の石を叩き落とすほどの余裕までみせているのだ。
思い出す。
かつて夏織に言われた言葉を……

『なんか真っ黒い服着た男が救世主クラスにいたろ? あいつには手を出すな。お前じゃどう逆立ちしても敵わない。うちらの中であれとまともにやりあえるのはイムぐらいじゃないかい。あとはあたしぐらいだね。他はちと相性が悪い。その中でもとくにお前はな』

そいつはアリサの天敵だと夏織は言っていた。
そのとき馬鹿なことをと嗤った。
天敵だの何だのと知ったことではない。関係ない。高町恭也を殺す。
この力に目覚めたのは、『自分』の召喚器を手にしたのは、そう決めたときだ。そうであるならば、自分が高町恭也を殺すことは必然でなければならないのだ。
なのに……

「こんなもの、攻撃とも言えんぞ」
「うるさい!!」

叫びながら、上段より振り下ろす。
長い刀身は、恭也ごと全てを断ち切らんと、高速の刃として再び大気を切り裂きながら目標へと向かう。
だが、恭也はたった半歩、左足を軸にして、右足を後ろへと動かし、反身しただけでかわした。刀身は彼のわずか手前を、先ほどまでの身体があった場所を通過するだけで終わる。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.366 )
日時: 2009/03/19 01:24
名前: テン


それからまた一歩前進し、アリサへと近づく。

「馬鹿の一つ覚え……まるで猪だな」

なんで……
なんで……!
なぜ!?

アリサの中で、そんな言葉が渦巻く。
それは攻撃が当たらないことへの叫びではない。
それは挑発への罵倒ではない。

「なんで……なんでよ!? なんでこんなに強いのに! なんであの子を助けてくれなかったのよ!?」

その叫びに、恭也がピタリと止まった。

「こんなに強いのに! 救世主候補とだってまともに戦えるのに! なんで……なんでエリカを救えなかったの!?」

こんなにも強い。なのに高町恭也は、エリカ・ローウェルを……アリサの最愛の妹を救えなかった。
きっとこの男なら、あの『殺戮死者』とかいう男も簡単に倒せたのだろう。実際にそんな話を聞いた。
もう誰から聞いたのか覚えてもいないが、確かに聞いた。『殺戮死者』は高町恭也が殺したと。とくに苦戦することもなく、エリカの仇を討ってくれたと。
でも、そんなことに意味はない。
そんなにも強いのに、なぜ救えなかった。
なぜ……約束一つすら満足に果たせないのだ。


――こんなにも強いのに!


本当は、アリサだってわかっているのだ。
自分の憎しみを、高町恭也に向けること自体が筋違いであるということは。
だが、憎まずにはいられない。
誰かを憎まなくては、その憎しみを晴らし、エリカにならなくては、アリサはもうどこにも進めないのだ。
そういう意味では、恭也は打ってつけだった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.367 )
日時: 2009/03/19 01:25
名前: テン


彼はエリカとの約束を違え、救えなかった。それ所か、アリサが真に憎むべき仇を横からかっさらい、殺した。憎むべき相手を奪った。
だから憎んだ。救えなかった彼を。憎む相手を奪った彼を。
いや、それも違う。
高町恭也だから憎んだ。
その人物が、エリカとアリサの初恋の人物である男だから憎んだ。
愛情と憎悪は表裏一体。
きっと、アリサは高町恭也という男を心の底から憎むことで、心の底から愛している。憎むことで、ただの恋から愛へと昇華させた。
だが、それはエリカの恋心。それが愛へと変わったのだ。

「あなたがあの子を救ってくれたなら……こんなことには! 私だって、私の想いだって!」

まだ邪魔なものがある。
それは未だ燻るアリサ・ローウェルの恋心。
それだけが邪魔なのだ。
アリサがエリカになるためには。
だから、

「私はあなたを殺して、私の想いも殺す!」

そうして、初めてアリサはエリカとなることができるのだ。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アリサは、無限を意味する名の召喚器の刀身を引き延ばし、再び上段から力の限り振り下ろす。
動きを止めていた恭也は、そこでようやく硬直を解いた。
だが……遅かった。致命的に遅かった。
身体を硬直させてしまったせいか、先ほどまでのような反応ができていない。
ならばと小太刀を振り上げようとするが、それすらも遅い。

「おにーちゃん!!」

なのはの叫びが木霊した瞬間……血が舞い散った。
今まで以上のスピードで振り抜かれたインフィニティの刀身は、恭也の胸部を右斜めに切り裂いている。

「っ……」

そして、舞い散る血を追い越しながら、だがゆっくりと……ゆっくりと、恭也の身体が……地面へと向かって、崩れ落ちるように倒れていった。