Re: 黒衣(仮投稿) ( No.331 )
日時: 2009/01/25 22:52
名前: テン





私は昔から子供らしくない子供だった。
馬鹿みたいに現実的。
自分で言うのも何だが、それは頭の回転が早すぎるため。
でも、そんな私でも一目惚れというものをしてしまった。
本当にそんなものがあるなんて思っていなかった。
一目惚れなんて漫画の中ぐらいの出来事だと思っていたし、恋愛というものも所詮は勘違いの産物、ぐらいにしか思っていなかったのに。
子供であるにもかかわらず、現実的に生きていたはずなのに、彼との出会いは運命だとすら思える。
だけど、わかってしまった。
彼に一目惚れしたのは、運命を感じたのは私だけではないと。
私たちの性格は似ていなかった。
だけど男の趣味は一緒であったらしい。
同じ人を好きになった。
その人は、真っ黒の格好をしていて、端正でありながら精悍な顔つきをした青年。
ボディーガードをしている人だから、きっと凄く強い人。

初めて会った時から……

そんな彼に私『たち』は一目惚れした。
そんな彼に私『たち』は恋をした。
そんな彼に私『たち』は焦がれた。

そして、今は……

そんな彼を、私は……最も憎み……最も愛していた……






第五十一章





幾つもの剣閃が辺りを支配する。
それを行っているのは二人の剣士。
まるでお互いの陣地を取り合うかのように、二人は剣を振り、白刃を煌めかせていた。
だが、決して己の陣地は取らせないと、相手の剣をいなすことで火花を散らし合っている。

「くくっ、楽しいね。本当にあいつとやりあってるみたいだよ」
「…………」

常に笑みを浮かべて斬撃を繰り出す夏織に対し、恭也は常に無言。がらんどうの空虚な瞳が浮かぶのみ。
この場に楽しみなど不要。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.332 )
日時: 2009/01/25 22:52
名前: テン


ここは戦場。
ここは死合の場。
恭也は、ただ相手を殺す攻撃を、斬撃を繰り出せばいい。
今の恭也は不破。
相手を殺すことのみを考えればいいのだ。
不破は戦いを楽しむことはない。不破にとって、戦うことは作業。一つの目的と、一つの結果を手に入れるためだけに行われる作業なのだ。
目的とは殺すこと。
殺すことで手に入れられる、守りたい者たちの平穏という結果を求めて殺す。
そのための作業でしかない。
そうであるが故に、ここで感情は必要としない。
目的をこなすために。
欲しい結果を手に入れるために。
己の意志と感情すら殺す。
そして、相手を殺す。
不破とは……そういう存在だ。
恭也は八景をまるで空気に滑らすようにして振るう。
それはまるで空気と一体化しかのように自然な斬撃であるが故に、相手にその軌跡を読みとらせない。
夏織は口元に笑みを浮かべ、右手でもう一本の太刀を逆手で引き抜き、それをやはり恭也同様に空気に滑らすように振り上げる。
小太刀と太刀はガキリ、と甲高い音を響かせ、そして再び火花を散らす。
そのまま片手での鍔迫り合いとなるが、夏織は楽しそうに笑ったまま。

「いやいや、やっぱあんたは怖い。本当に剣速も技術も、あいつと同じぐらいだ。あいつよりも経験が少し足りないが、それを補って余る観察力もあるようだし」

またあいつという言葉。
疑問が浮かんだことで、恭也は己を浅く変わっていた不破恭也から高町恭也に戻す。
相手の精神を揺さぶる意味でも、やはり言ってみるか。
そう決めて、恭也は腕の力を抜かずに口を開く。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.333 )
日時: 2009/01/25 22:53
名前: テン


「そういえば、俺はまだ名乗っていませんでしたね」

そんな前置きをし、

「俺は高町……いえ、不破恭也と言います」

やはり丁寧な言葉で自らの名を告げた。
その瞬間だった。

「な……んだと……!?」

目に見えて、夏織は驚愕の表情を浮かべた。目を見開き、口を半開きにする。それは先ほどまで笑っていた表情とは正反対のもの。
これは当たりかと、恭也は一瞬険しい表情を浮かべるが、すぐに無表情に戻ると、八景を引き戻し、惚けた表情を浮かべている夏織に向かって横薙にする。
夏織は喉を鳴らし、太刀から力を抜くと後方へと跳んだ。
それらは大きな隙だったが、恭也は追撃をしかけなかった。ただ小太刀を構えたまま、夏織を見つめている。

「一応初めまして、というべきですかね……夏織母さん」
「そんなばかな……」
「俺としては、そのセリフはそのまま返したいところなんですが」

恭也とてばかなと言いたいぐらいなのだ。この世界で母親に会うことになるなどと。
まあ、やはり知ったことではないが。
彼女が破滅の将であり、恭也の大切な者たちを傷付ける敵であるのならば、容赦などしない。
今まで会ったこともなかった母親など他人と同じだ。どうやっても天秤は、今の大切な人たちに傾く。

「士郎の息子……なのか?」
「ええ、間違いなく。その反応からすると、あなたの息子でもあるようですが」
「ありえない! あいつは……恭也はまだガキのはずだ!」

前回も似たようなことを言っていた。そのとき彼女は恭也とは明言せず、御神には鴉と遣い手とも言えないガキしかいない、と言っていた。そのガキが恭也であったのだ。
ガキ、それは技術的な意味だと恭也は思っていたが、夏織の反応を見るに、本当に彼女の中では、恭也は子供のままなのだろう。

「そのへんよくわかりませんよ。ですが、間違いなく、俺は不破士郎の息子です」

そう言って、恭也は八景を掲げた。

「これは父の形見なんですが、見覚えは?」
「……八景?」

今までありえないことだからと、気付いていなかったのだろう。夏織は、じっと八景を見て、再び眼を見開く。

「ってことは、本当に……」
「ええ。俺はあなたと不破士郎の息子ですよ、夏織母さん」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.334 )
日時: 2009/01/25 22:55
名前: テン


その言葉を聞いて、夏織は再び笑った。だが、それはこれまでのような不敵な笑みではなく、苦笑だった。

「思ってもないこと言うんじゃないよ。ってか母さん言うな」
「それもそうだな」
「あたしが母親だからって迷いはないんだろう?」
「ない。あなたが俺の大切な人たちの脅威となるのなら、斬って捨てる」

その言葉を吐く恭也には、本当に虚勢もなにもなかった。その目も敵を見る冷たい瞳。
かつて恭也は、美沙斗が家族の仇を討つために、家族である美由希を手にかけようとする矛盾を見たことがあった。それは美沙斗の激しい感情故の間違い。
だが、この状況は違う。目の前の女性は、確かに恭也の母親のようだ。しかし、恭也にとっては真実他人と同じである。
家族とは血が作り出すものではないと、恭也は知っている。だがそれは逆に、血が繋がっていようと他人になることもあるということでもあった。
目の前の女性は真実一度も会ったことがなかった『血の繋がった他人』だ。それを斬ることに迷いなど浮かばない。躊躇いもない。
恭也は、決して彼女を恨んでなどいない。むしろ産んでくれたことに感謝している。だが、やはりそれだけだった。それ以上の感情は今のところはない。
それを聞いて、またも夏織は笑みの質を変える。不敵に、獰猛に、まるで猛獣のように、唇をつり上げて笑ってみせた。

「上等だ。それでこそ不破だ! それでこそ士郎の息子だ! ああ、お前は正しく不破を継ぎ、士郎の意志を継いでるよ!」

彼女は、息子に敵対視されても喜んでいるのだ。
それが正しいと。
まるでよくできたと誉めるように。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.335 )
日時: 2009/01/25 22:55
名前: テン


しかし、その表情とは逆に、夏織は刀を鞘に戻してしまった。

「だが、今日のところは退く。今の話を聞いて、色々と引っかかることがあるんでね。ああ、別にあたしがお前を斬れないってわけじゃないから勘違いするなよ」
「俺はここで死ねと言ったぞ。逃がすと思うか?」

それはもはや母親に向ける言葉ではない。それでも夏織は嬉しそうに表情を浮かべている。そしてシニカルに笑い、首を振った。

「思ってないよ。だけど、あたしの話を聞いたらあんたは追ってこない」
「話?」
「そうだ。聞かなければ後悔するかもしれないよ?」

どうする、と夏織は顎を少し反らして聞く。
恭也は沈黙するが、それも一瞬。

「聞こう」

彼女は嘘は言っていない。少なくとも彼女自身は、今から自分が言うことを恭也が聞かなければ後悔すると思っている、というのがわかる。
それは退くための時間稼ぎであろうが、聞いてから判断しても遅くはない。

「エリカが殺そうとしている男ってのはあんただね?」
「……ああ」

まさかここでその名が出てくると思っておらず、恭也は一瞬面食らったが、それもすぐに戻す。

「ってことは、お前、妹がいるだろう? 士郎の娘か?」
「そうだ」
「エリカはそいつを狙ってる。今頃やりあってるころじゃないかい?」
「っ!」

今までで一番大きい恭也の反応を見て、夏織は今度は鼻で笑う。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.336 )
日時: 2009/01/25 22:57
名前: テン


「お前への復讐のために、まず妹を殺すんだそうだ。言っておくが、あの娘はそれなりに強いよ。あいつの目的に対する姿勢は好きじゃないが、それ以外はそれなりに気に入っていてね。あたしがほんの少しだけだが、戦い方を教えてやった。
まあ、それでもお前にゃ敵わないだろうけど。むしろあいつの戦い方じゃ天敵はお前だ。が、戦いのたの字も知らんお前の妹や他の救世主候補なら、それなりに厄介だぞ?」

恭也はそこまで聞いて舌打ちする。そして、小太刀を鞘に戻した。

「行け」

これで恭也も彼女と戦っていられなくなった。すぐにでもなのはの元に向かわなくてはならない理由ができてしまった。
聞いたことに後悔はない。確かに聞かなかった方が後悔していただろう。エリカとなのはとだけは戦わせていけないと恭也は思っているから。つまり、夏織の言うことは当たっていたということだ。
それに礼は言わないよ、と言って、夏織は背を向けた。だが、駆けだそうとする前に、再び恭也の方を向く。

「息子、最後にいいこと……かどうかはわからないけど、もう一つ教えてやるよ」
「なんだ?」

すでに最初のような敬語は、恭也も使わなくなっていた。
それを気にすることなく、夏織は爆弾を放つ。

「士郎は生きているかもしれないよ」

その言葉の爆弾に、恭也は目を見開き、頭の中を真っ白にさせた。

「な、に?」

それは何とか出てきた言葉。意識せずとも唇が動き、そんな声を発していた。
しかし、夏織は今までの笑みを引っ込めて、真剣な表情で続ける。

「士郎は生きているかもしれない。この世界……アヴァターでね」

信じる信じないは好きにしな、と続け、夏織は今度こそ恭也から視線を離した。

「んじゃな、息子。次に戦うときを楽しみにしてるよ」

そんな言葉を残し、夏織はモンスターの合間に消えていく。
恭也は、夏織が残した爆弾をどう対処しようか迷っていたが、それを考えるのはあとでも構わないと首を振った。

「あなたも息子と言うな」

夏織が消えていった方向に、そんな言葉を放つと、恭也も身体を反転させた。
そして、今まで来た道を引き返していく。
向かうべきはなのはがいる場所。
そこにはもう一人恭也が因縁を持つ相手がいるかもしれない。
会わなければならない。何としても。
なのはと戦わせてはいけない。彼女と戦うべきは自分なのだと、恭也は心の中で呟き、速度を上げた。



◇◇◇



「うそ……」

なのはは呟きながらも、伸びてくる刃を転がってかわす。
力の限り振り下ろされた十メートル近くにもなる長すぎる刀身は、地面に叩きつけられ土煙を舞わせ、進路上にあったモンスターの死体を幾つもぶつ切りにした。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.337 )
日時: 2009/01/25 22:57
名前: テン


さらに地面との衝突の反動を使い、跳ね上がるようにして切り上げられる。
なのはは喉を鳴らしながら、その刀身に白琴を叩きつけて押さえ込むが、力は完全に負けている上、長さから遠心力が伝わり、そのまま白琴ごと跳ね飛ばされた。
空中で何とか体勢を整え、不格好に着地する。
それは明らかな隙だった。
しかし、三撃目はこない。
真正面を見ると、敵である黒髪の少女……エリカは、笑いながらなのはが立ち上がるのを待っていた。
明らかに遊ばれていた。

「速くなってる……」

エリカの攻撃は、前のときと比べて格段に速くなっていた。それはまるで重さを削ぎ落としたかのように。
だが、それはない。前にエリカは長くしても重さは変わることはないと言っていた。それはつまり、重くはならないが、軽くもならないということだ。
そう、削ぎ落とされたのは重さではなく、無駄な動き。

「知り合いに少し戦い方を教わったのよ。結構うまくできてるでしょ?」

エリカは再び肩にかかった髪を払う。

「あなただって避けるのと受けるの、上手くなってるじゃない」

クスリと外見に似合わないどこか妖艶な笑みを顔に浮かべるエリカ。

「私もおにーちゃんに色々教わったから」

決してエリカと戦うためとは言わなかったが、近接攻撃主体……それも攻撃が速い敵と一対一で戦わなくてはならないときのために、という建前のもとなのははひたすら恭也から攻撃を受け、捌く方法を、そして避ける方法を実地で教わった。
もっとも恭也はかなり渋っていた。なのはの今現在の戦闘スタイルならば、近接戦闘主体の人間……それも相手が速いならば逃げろと言われていたのだ。
それでも教えてくれたのは、逃げる手段としてなのだろう。
エリカの攻撃は、決して恭也ほど速くない。いや、攻撃の速さという意味では間違いなくエリカの方が速い。だが、着弾……相手に斬撃を届かせる速さは段違いに恭也の方が速いのだ。
その速さを、エリカの間合いの広さと考えてなのはは訓練を受け続けたのだ。
しかし結局のところ、エリカがなのはの天敵であるというのは変わらない。攻撃さえさせてくれない。ならばひたすらに避け、受け、捌き、隙を見つける。後手後手の戦法しかなかったのだ。
恭也の弁では、近接攻撃主体の者相手には、捌くか避けることで相手の体のバランスを崩し、隙を作ることが重要だと教わったが、それはエリカには適用されない。
なぜなら彼女が扱う武器は、近接武器でありながら、遠・中・近の攻撃全てをこなしてしまう反則な武器だからだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.338 )
日時: 2009/01/25 22:58
名前: テン


離れたところで捌いても、相手の体を崩すのは難しい。得物が長すぎて、捌いても感覚を崩す流れを彼女の身体に伝えることができない。
かといって近づかせてもくれない。元々遠距離主体……というよりも、遠距離しか使えないなのはだが、捌いて体を崩すためには近づかなくてはならない。これは本来本末転倒だが、奇策としてなら用いることはできるはずだ。
本当に相性が悪すぎる。
救世主クラスの中で、彼女と相性が良いのは大河ぐらいだろうか。あの突進力で詰めることが可能だろう。逆にリコ以外の後衛組は全て駄目。かといってカエデも難しい。
恭也はきっとなのは並に相性が悪い……と、なのは自身は思っている。大河のような突進力もないし、カエデのような速さもない。間合いが詰められないだろう。もっともそれでも恭也が負ける姿は想像できないが。

そんなことを考えている間に、伸びた刀身が上からなのはへと迫る。それを何とか身体を回転させることでかわす。こう言ってしまえば格好がついているかもしれないが、実体はほとんど飛び跳ね、転がる芋虫のようにしてかわしていた。
それだけ必死なのだ。召喚器があるため、普通の人以上の動きができるが、彼女は基本的に運動神経が悪いのだから。
本来の彼女のスタイルで戦わせてくれれば、こんな飛んだり跳ねたり転んだりはしない。
何よりまずは言葉からと決めたのだ。

「ねえ、どうして!?」

右から横薙ぎ。
白琴で不格好に受け止めるが、弾き飛ばされる。
 
「なんでおにーちゃんを!」

上段から振り下ろし。
やはり転ぶようにしてかわす。

「おにーちゃんは何もしてない!」

その叫びを聞いて、振り上がろうとしていた刀身がピタリと止まった。
刀身が一気に小さくなり、ダガー本来の長さに戻る。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.339 )
日時: 2009/01/25 22:59
名前: テン


話を聞いてくれる気になったのか、となのはは立ち上がりながらもエリカを見つめた。

「……何もしなかったこと、いえ、何もできなかったこと、それが……あいつの罪なのよ!」

エリカは腕を振り、顔を歪ませて叫ぶ。
それは本当の怒気、憎しみの表情。それ以外にも何かの感情が見えるような気もしたが、それが何なのかはなのはにはわからない。
エリカの顔を見て、一瞬押されそうになったが、おにーちゃんはそれでも助けようって必死だったんだ、となのはは自分を鼓舞する。それを伝えなくちゃいけない。
だがそれを言う前に、エリカは続けた。

「その上、私から取り上げた! 本当に憎めるはずの存在を!」
「本当に憎める?」
「全部、全部、恭也さんが! あいつが! 高町恭也が! 全部奪った! 奪われた! 救えなかったくせに、憎しみの矛先すら奪って! あの子の憎しみは、どこにいけばいいのよ!?」

それは支離滅裂な言葉だった。
なのはにはまったく意味のわからない言葉の羅列。
だけど、

「そのせいで……あの人は、私の想いすら殺した! 私のあの人への想いはどこにいけばいいのよ!?」

泣いていた。
涙は浮かべていない。
だけど、エリカは確かに泣いていた。

「もう私は……あの子は……あの子の生きたかったっていう憎しみは、私の想いは! 全部、全部、全部、一纏めにして、全て恭也さんにぶつけるしかないじゃない!」

泣いているから、涙を浮かべずに泣いているから、その叫びは本当に心からのものなのだとなのはにもわかる。
だけど、その叫びの意味は、なのはにはまるでわからなくて……
その意味を理解できるのは彼女だけ……
他者でその意味を本当に少しでも理解できる者がいるとすれば……

「ああ。それが正しい。その憎しみは、俺にぶつけるべきものだ」

彼しかいなかった。

「おにーちゃん……」

いきなり背後に現れた兄に驚いた声をなのはは向けるが、恭也はそれに答えず、ただ目の前の少女を見続けていた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.340 )
日時: 2009/01/25 23:00
名前: テン


恭也の姿を見とがめて、先ほどまで一心に叫んでいたエリカは、最初こそ驚いた顔を浮かべたものの、すぐに楽しそうに、そして嬉しそうに笑った。

「久しぶりだね、恭也さん」

なのはと相対していた時とは違う口調。
それはなのはと初めて会ったときと同じ口調だった。いつのまにか崩れてしまった口調。

「ああ、久しぶりだな」

それに恭也は、彼らしい淡々とした口調で返す。

「また会えて嬉しいです」

エリカは本当に嬉しそうに言うのだが、恭也はため息を吐いた。

「そんな演技は止めておけ」

端で聞いていたなのはは、その恭也の言う演技というのは、復讐心を隠すな、という意味で取った。
だが、それだけでエリカの表情は罅割れる。

「あん……た……が……よりにもよってあんたがそれを言うの!?」

エリカは口調をなのはと相対していたときのように戻し、顔を怒りの色に染めて再び叫んだ。
だがそれはなのはには言っている意味がわからない。なぜあの言葉でそんなに怒るのかわからない。
恭也はやはりその怒りも冷静に受け止めていた。

「あの子を救えなかったあんたが! あの子の信頼を裏切ったあんたが! あの子との約束を破ったあんたが!」

エリカは犬歯をむき出してに叫ぶ。
それは今までとは違う意味で感情的な表情。
恭也は、まるでその言葉と感情を受け止めるように一度目をつぶる。だが、それをすぐに開いた。

「そうだな、俺はあの子を救えなかった。あの子を裏切った。あの子との約束を違えた」

『あの子』。
そう、二人はなのはの理解の外である会話をしていた。
二人の中心にあるのは『あの子』なのだ。
二人の間にあるのは『あの子』なのだ。
なのはは、エリカが恭也を憎むのは、自分を助けてくれなかった恨みだと思っていた。恭也もそんなふうに言っていた。
なのはからすれば、空回りした憎しみだと思っていた。
だが、違う。
なのはだけが、根本的なところでズレていたのだ。
結局なのはは当事者でないから、全てを知り得ていなかった。
そのズレ、その全ては……

「だが、『エリカ』ではないキミが、『アリサ』である君が、『エリカ』であろうとするのは間違っている」

本当に大きいものだった。