Re: 黒衣(仮投稿) ( No.289 )
日時: 2008/12/22 01:50
名前: テン





授業を終え、その後の鍛錬も終えた遅い時間。恭也は自室で自らの武器を広げていた。
床の上にあるのは、この間の任務で無理をしてまい手入れに出し、つい先日それが終わり再び戻ってきた八景と紅月、そして八景と共にこの世界に持ってきていた無銘の小太刀。補助武器である小刀、鋼糸、飛針、それぞれ極少数。

「随分と消耗してしまったな」

それらを眺め、恭也は僅かに顔を顰めて呟いた。
恭也がこの世界に持ってきていた武器と、そのあとレティアが持ってきてくれていた武器、それらがほとんど消耗してしまっていた。
小太刀の手入れは何とかなったものの、鋼糸や飛針は補充しようもなかったのだ。
一応このへんは少しばかりこの世界でのツテを頼ったものの、未だ解消されていない問題。
このまま似たような任務が続けば、全ての補助武器を消耗しきってしまうのも時間の問題だろう。それにこの前のように多くの敵と戦うならば、小太刀も三本では心許ない。

「どうしたものか」

恭也は腕を組み、考えていた。
この世界の武器で代用してもいいのだが、正直金銭の問題で無理がある。原始的な武器と侮るなかれ、それを本格的に手入れをするためにしろ、新たに武器を補給するにしろ、それなりに金がかかるのである。
学園から支給されている金銭だけでは、それほどの量は買えない。学園長に言えば必要経費として下ろしてもらえるかもしれないが。
召喚器を持つ救世主候補たちと違い、やはりこういった武器の消耗が激しいので、今後も同じことが起きるだろう。そのたびに学園長を頼るのは気が引ける。
何より、ミュリエルはまだ恭也を信頼していないし、恭也もまた同じだった。そんな彼女に頼み事は簡単にはできない。貸しを作るのは危険すぎる。

「やはり足りませんか?」

恭也にそう聞いたのは十六夜だった。
十六夜は恭也の背後にふわふわと浮いていた。先ほどからカチャカチャと武器を弄る恭也を感じて、目が見えなくとも聡い彼女は彼が何を悩んでいるのか気付いていたのだろう。

「ええ」

恭也が十六夜の言葉に小さな声で肯定したとき、部屋のドアがノックされた。
それに恭也は武器を戻し、十六夜には剣に戻ってもらおうとも思ったが、気配の質から訪問者が知り合いであるというのがわかり、恭也は武器はそのままに、そして十六夜にもそのままでいいと告げて、一応自分でドアを開けた。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.290 )
日時: 2008/12/22 01:51
名前: テン


「こんばんは、恭也君」

案の定、ドアの向こうにいたのは知り合い……知佳であった。彼女は何やら大きな……それこそ知佳の上半身よりも大きいドラムバッグを抱えている。
恭也はそのドラムバッグが気になったものの、こんばんはと返し、知佳を部屋に招き入れた。
知佳は部屋を見渡すと、十六夜に気付き、同じく挨拶をしたあと恭也へと向き直る。

「お義兄ちゃんは?」
「先ほど汗を流しに」
「あ、そっか」

すでに仕事を終えた耕介は、部屋に戻ってきてしばらくしたあと、当然の如く十六夜を部屋に置いて共同の風呂場へと向かった。
恭也は鍛錬が終わったあとに入っていたので、耕介は一人で行ったのだ。
知佳は恭也の返答に頷いてから、持っていた大きなドラムバッグをベッドの横に下ろすと、部屋に広げられた恭也の武器を眺めた。

「何してたの?」
「少し武器の確認を。このごろ消耗が激しくなってきたので、残りが少なくなってきてましたから」

それを聞いて知佳は納得したように頷くと、嬉しそうに笑った。

「じゃあ丁度よかったかな」
「丁度よい、ですか?」

知佳は十六夜の問いに頷いて返すと、持ってきたリュックを開けた。

「それは……」

その中身を見て、恭也は目を瞬かせる。
知佳が持ってきたドラムバッグの中には、ぎっしりと武器が詰め込まれていた。それも鋼糸、飛針などの御神流の標準装備が、である。その二種だけでなく、他様々な補助武器、さらに小刀や小太刀まで何本もいれられていた。
これだけ入っていれば、相当な重さだ。それを知佳が苦もなく背負ってこれたのは、おそらく能力を使ったからだろう。

「これは……」
「小刀とか小太刀はクレアちゃんが用意してくれたよ」

それを聞いて、恭也はなるほどと頷いた。
実はクレアが先ほど言ったこの世界でのツテ。知佳を通じて、武器に関しての相談をしていたのだ。
そして、事前に小刀とこの世界に来たときから持っていた無銘の小太刀を渡し、それと似た感じで作ってほしいと告げていた。その後見本として渡したそれらは返却されたものの、数を作るには時間がかかると言われていたのだ。
それが完成したということだろう。
これが知佳が与えた情報へのクレアの対価の一つだった。対価をもらうべきは知佳であるはずだが、知佳自身がそれでいいと言ってしまったので、恭也は好意に甘えることにしたのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.291 )
日時: 2008/12/22 01:52
名前: テン


「飛針と鋼糸は?」

それらもクレアに作ってもらいたかったのだが、見本として渡すにしてもいかんせん残りの数が少なくなっていた。とくに鋼糸は摩擦係数や細さなどでいくつも種類がある。一本だけ渡しても意味がないし、今現在の武器が減ってしまう。そこでそれらを頼らなくてもいいぐらいに小太刀などの予備ができてから渡すことになっていたのだ。
それが見本を渡す前に到着し、恭也は困惑していた。それらを知っている十六夜も、恭也の後ろで首を傾げている。

「それはレティアちゃんが私たちの世界で手に入れてきてくれたみたい」
「レティア、来ていたんですか?」
「うん、さっき私のところに少しだけね。理由はよくわからないけど、あまり恭也君の前には出れないって言って、私に渡していってくれたの。それでもそれだけ渡してすぐに消えちゃったし」

それに恭也は頷いて、内心でレティアとクレアに感謝する。
正体や目的が未だよくわからないレティアではあったが、恭也は彼女を信用し、信頼しているし、何だかんだでやはり彼女は恭也のことをよくわかっていた。それは恭也の性格などだけではなく、彼の戦いからして、そろそろ武器がなくなるころだろうと当たりをつけ、わざわざこうして補充分……どころか、これからしばらくは困らないぐらいの分を送ってきてくれたのだ。彼女がそれらをどこで手に入れてきたのかは不明だが。

「ありがとうございます」
「私はここに持ってきただけだよ。それとこれ、クレアちゃんからの手紙」

そう言って、知佳は手紙を恭也へと手渡した。
破滅が動き出してきたことで、クレア自身は来られなかったのだろう。もしかしたらこの武器を学園に持ってきたのは彼女ではないのかもしれない。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.292 )
日時: 2008/12/22 01:52
名前: テン

恭也は受け取った手紙をさっそく読む。
内容は今回送った小太刀などが合わなければ言ってくれという当たり障りのない内容。そして最後の方に謝罪と感謝があった。
それは前回の任務について。ほぼ強制的に派遣したにも関わらず、生徒たちの救援は無視するというやり方。それについての謝罪。そして、斥候という任務をこなしながらも、それら生徒たちを救ってくれた感謝。
その二つ。
だが、クレアは言い訳はまったくしていない。ただすまないという言葉と感謝するという言葉だけ。
つまり悪いのは自分だと言いたいのだろう。

(まったく……この様子だとクレアが悪いわけではないようだな)

あのときはクレアを怒鳴りつけたいぐらいの怒りを抱えていたが、言い訳の一つないこの謝罪を見てしまえば、そんな気持ちはなくなってしまう。それにもともと命令違反のような形になってしまったのは恭也の方だ。もっともそのへんの沙汰はまだ来てないのだが。
おそらくクレアはクレアでできることをしているのだ。それでもできないことがある。それだけだ。

(クレア……俺は俺のできることをしよう、お前がくれた剣でな。だからお前も頑張ってくれ)

心の中で、まだ幼いにも関わらず重大な責任を背負わされいる少女に向け、内心で応援の言葉を向けた。それが何の力にもならないことは理解しているが、それでもそう願う。
恭也は手紙を丁寧に折り畳み、それを机の上に置いた。
それを見届けてから、知佳は少し笑った。

「恭也君、これから時間あるかな?」

知佳の問いに、恭也は何かあるのだろうかと首を傾げるも、どうするかを悩む。
できれば今手に入れた武器の確認をしたいところだ。だが、知佳がこうして時間が欲しいということは重要な用件なのだろうと思い返し、頷いて返したのであった。






第四十九章






知佳に頷いた恭也は、剣に戻った十六夜を持ち、寮の廊下を歩いていた。
そして連れてこられたのは、知佳となのはの部屋ではなく、リコの部屋だった。事前に話をしてあったのか、リコは二人を確認すると、すんなりと中へと招き入れた。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.293 )
日時: 2008/12/22 01:53
名前: テン


何度か恭也もリコの部屋に入ったことはあったが、何とはなしに見渡してしまった。が、何もない。
いや、それも正確ではない。元より救世主候補たちの部屋は、豪華な内装になっている。調度品も高級なものだし、ベッドなど天蓋つきだ。何より他の科の生徒たちの部屋や、恭也たちが使っている屋根裏部屋と比べてしまえばとんでもなく広い。
そのため決して何もないわけではない。だが、生活臭がしない。なのはたちの部屋とて、それなりに元にあったもの以外の物品が置かれているものの、この部屋はそれこそ最初から変わっていないという感じだ。
リコらしいというべきか、それとももう少し改善すべきだと忠告するべきかとも恭也は悩むが、それらのことはあまり人に言えた義理ではないと気づき、その考えを追い出した。

「マスター、座ってください」

考え事をしていた恭也にリコは近寄り、柔らかい笑みを浮かべて言った。その笑みは恭也以外にはあまり見せないもの。
マスターと呼ぶリコを窘めようとも恭也は思ったが、ここにいるのはそれらのことを知る者たちだからいいかと思い直し、恭也はリコに進められた部屋の中央にあるテーブルにある椅子へと座った。
その対面にリコが座り、隣に知佳が座る。それらを確認してから恭也はテーブルの上に十六夜を置いた。そして、そこから剣霊である十六夜が出てきて、恭也の後ろ側に浮かぶ。
本当は耕介も待った方が良かったのかもしれないが、風呂に入っているのだから仕方がないと、とりあえずリコの部屋に行っているという書き置きだけ残してきた。なのはと久遠はすでに眠ってしまっているらしい。
今回こうして知佳がそれぞれ集めた理由は一つ。

「破滅が大きく動き出してきたみたいだからね。そろそろ情報を整理しておきたくて」

ということらしい。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.294 )
日時: 2008/12/22 01:54
名前: テン


確かにこのままいくと、こうして時間がとれることは少なくなっていくかもしれない。それならば、今のうちに整理しておいた方がいいだろうと恭也は頷いた。

「それで、早速リコちゃんに質問なんだけど」
「なんでしょうか」
「救世主のこと。救世主になるための正確な条件を聞きたいの」
「…………」

知佳の質問を聞いて、リコは僅かに身を引き、警戒した様子を見せる。
その反応を見て、知佳は慌てて手を大きく振った。

「ああっ、別に私が救世主になりたいとか言うわけじゃないからね? そもそも私には召喚器ないし、白の主なんてもっとありえないし、恭也君を救世主にしたいわけじゃないから」

むしろ恭也を救世主にさせないため、同時に白の主を救世主にさせないために聞いておきたいと告げると、リコは警戒を解いた。

「大前提として召喚器を持っていること」
「それだと救世主候補全員が前提条件をクリアしているということだな。まあ、元より言われていたことだが」

恭也の呟きにも似た言葉に、リコは頷くと続きを語る。

「その中からさらに候補が絞られます」
「それが白の主と赤の主、ですか」

十六夜は言いながら、赤の主となった恭也に見えない視線を投げかけた。

「ただし、これは毎回そうではありません」
「というと?」
「私とイムニティが同じ人を主に選ぶこともあります」
「その場合は、その人が救世主に決定ってことかな?」
「はい。まあ、今回はあまり関係ない話ですので、詳細は伏せますが、この場合は仮契約みたいなものです。私たちが同時に選んだからといって、いきなり救世主になるというわけではありません。その後色々な試練を終えたあとに、本当の救世主になれます」

リコは三人を見つめたまま、さらに続ける。

「今回のように私たちが違う主を選んだ場合……」
「相反する精霊か主のどちらかを殺すことで、救世主になる……ですか」

リコは十六夜の言葉に頷き、またも何かを悩むように少しだけ形の良い眉を崩すが、すぐに考えがまとまったのか、再び口を開く。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.295 )
日時: 2008/12/22 01:55
名前: テン


「これに関してはいくつか裏技があります」
「裏技?」
「ええ。相反する精霊と主を殺さずに救世主になる方法がいくらかあるのです。ただこれは準備に時間がかかったり、相反する理の主、精霊を支配するのと同じか、それ以上のリスクがあったり、時間がかかったりするものが大抵ですが。
そして、救世主になっても必要なものがあります……それが存在力です」
「存在力……ですか?」

字面から何となく言葉の意味は理解はできるが、それがどんなものなのかまでは理解できず、十六夜は首を傾げた。それは恭也と知佳も一緒のようで、二人も十六夜と同じように首を傾げている。

「救世主は、その本来の目的を遂行するために、大きな力が与えられます。しかし、人間本来の力では、その力は大きすぎるのです」
「力っていうのはよくわからないけど、それが大きすぎてパンクするってことかな」
「そうとってもらって構いません。存在力というのは、その大きな力に耐えられるよう自分自身を保つための力。救世主は試練によってその存在力を手に入れます」
「試練というのはよくわからんが、具体的にはどうやったら手に入るんだ?」

恭也の問いかけに、リコは伝えるべきか悩んでいるかのよう再び眉を寄せる。だが決心したのか、一度大きく息を吐き出した。

「救世主は本来、多くの存在を奪い、消し去ることで、その存在力を高めます。それだけのことをしても生き残る価値があった存在だ、ということになりますから……」

奪い、消し去る。それはつまりどれだけ殺してきたかということだ。
それがわかり、十六夜と知佳は目を見開いた。

「どれだけ殺したかということですか……」
「なんて無茶苦茶……」

二人は口々に言うが、恭也はとくに何も言わない。
不破であるからか、それが何となくわかるのだ。人を殺すたびに己の中の何かが変わっていくということが。
もちろんそれを全て肯定することはしないが、その善し悪しは別にして、殺し、奪うというのは確かに力だ。ある意味では壊れた力。壊れいく力。一度それを手に入れてしまえば、もう二度と捨てることはできない力。
もっともリコの言うそれは、とんでもない数のモノを殺して手に入れるというものであろうから、恭也も完全に理解できるものではないし、理解したくもないが。

「それは人に限らず、命あるものであれば構いません」

続くリコのその言葉を聞いても、知佳と十六夜は反応を返させない。
だが、恭也だけは違った。

「待て」
「なんですか、マスター?」
「人に限らない、それはモンスターでも構わないということか?」

恭也は目を鋭くさせての問いに、リコは僅かに気圧されながらも頷いて肯定した。

「つまり、破滅と戦うことでも、その存在力というのは手に入るということか。どの程度殺せばいいのかなどはわからんが」
「はい」

再び肯定したリコを見て、恭也は視線をとなりにいる知佳へと向ける。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.296 )
日時: 2008/12/22 01:56
名前: テン


「覚えてますか? 救世主が現れるから破滅が現れる、破滅が救世主を誕生させているようにも見えると、知佳さんが前に言っていたのを」

それに知佳はもちろん覚えていると頷き、手を顎に当て、やはりしばらく考えて口を開く。

「破滅は救世主が存在力を手に入れるために必要な試練……こう言ったら何だけど、生贄?」

破滅が現れるならば戦いは起こる。戦いが起これば、必ずそれを倒す必要が出てくる。望む望まずに関わらず、その戦いに出ることでその存在力というのが手に入ることになる。
そのためにどれだけのものを殺さなくてはならないのかはわからないが、少なくともすでに何体ものモンスターを殺している恭也は、ある程度はその存在力を手に入れてることになる。
だが、破滅たちが動き出さなければ、恭也がそんなことをすることはなく、存在力を手に入れることもなかった。もちろんすでに恭也はその手を汚し、人すら殺めているため、それでも所持しているだろうが。
それらを考えれるならば、破滅が救世主誕生のための生贄と見えても仕方がない構図だ。

それらを話し、恭也たち三人はリコへと視線を移す。
その視線の意味は理解しているだろうが、リコはそれに肯定も否定もしない。

「破滅については私からは何とも言えません。わからないことも多いので」

そのリコの言葉を聞いて、ならばこれ以上それに関しての質問は意味はないと止めた。
恭也は今までの話を聞いて……というよりもこの世界に来て、破滅のこと以外に今まで気になって根本の質問をリコに投げかけた。

「そもそもなぜ救世主は召喚器を持っていなくてはいけないんだ?」
「「「え?」」」

それは誰もが疑問に思わなかったものだが、恭也は何となく気になっていた。
召喚器を持っているということが、救世主の資質を持つ証明。それはわかる。
そして、リコは召喚器がどんなものであるかは知らないということだ。だが、ではなぜ書の精霊も詳しく知らないような物を持っている人間が、救世主の資質を持つということになるのか。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.297 )
日時: 2008/12/22 01:57
名前: テン


確かに召喚器を持つ者たちは高い能力がある。しかし、こう言っては何だが、召喚器を持たずとも、彼らよりも能力が高い者は確かに存在する。精神に関してでもそうだ。彼女らは心のどこかしらに弱さを持つ。だが、人の中には彼女たちよりも強靱な精神を持つ者はいくらでもいる。
それらを考えれば、人間全てが候補であってもいいはずだ。いや、今回は恭也や大河という存在が現れて崩れれてしまった前提だが、かつては女性であれば全て、と言い換えるべきかもしれない。

「リコは召喚器を持っていない者と契約したことはないのか?」
「いえ、ありません。というよりもできません」
「できない?」
「はい。そもそも召喚器がなくては契約自体ができないようになってます」

それらを聞いて、十六夜と知佳が反応する。

「すり込みのようなものなのでしょうか? ご両親からこういうことはしてはなりません、と言われたというような」
「もしくは召喚器が書の精霊との契約に何か影響するとか」
「いえ、十六夜さんのそれはしないだけですし、知佳さんの言うような召喚器が契約に何らかの影響を及ぼすというわけでもありません。召喚器はあくまで目印でしかありまんせから。そして、それがどういう意味での目印かは私もわかりません。
私の場合はできない、なんです。すり込みというよりも、禁止とされるプログラムを植え付けられているようなものです」
「ぷろぐらむ、ですか」

つまりそのプログラムが除去されでもしないかぎり、決して召喚器を持たない者と契約はできない、ということだろう。

「救世主の真の目的を言えないのもそれ?」
「はい。真の救世主にしか言えないようにプログラムされています。これは私がどれだけ言いたいと思っても言うことができません。肯定、否定ぐらいならばできますし、主自身がその答えに辿り着いたならば、その限りではありませんが」
「なるほど」

三人が納得したのを見て、リコはもう一つ付け加えた。

「すでに不可能なことですが、導きの書を読むことで、その答えを得ることはできます」
「あの白紙になってしまった?」
「ええ。すでに私が恭也さんを主とし、イムニティも主を決めてしまったので、その文字は消失してしまい、今回はもう読むことはできませんが、あれには救世主の目的が、全てとは言えませんが、ほとんど書かれていましたから」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.298 )
日時: 2008/12/22 01:58
名前: テン


すでにそれは見ることは不可能。恭也が手に入れた時にはすでに半分の文字はなくなってしまっていたし、今は完全に白紙になってしまっている。ということは、自分たちでその答えに行き着くしかない。幸い、リコは肯定と否定だけはできるのだから。
ただ今の情報だけでは、何を質問していいのかわからず、恭也たちは口を閉じた。
だがしばらくして、十六夜が何かに気付き、顔をリコの方へと向けた。

「リコ様は先ほど『ぷろぐらむ』を植え付けられているようもの、と仰いましたが、それは一体誰に植え付けられたものなのでしょう?」
「それは……私を作り出した存在です。正確には導きの書を精霊化させた存在」
「リコちゃんたちを作り出した存在……って」

つまりリコたちの親のようなものなのだろうが、その問いにリコは俯いてしまった。

「それは……言えません」
「言いたくない、じゃくて言えない?」
「いえ、これは私が言いたくないんです」
「え」
「言うわけにはいかないんです。とくにマスターには」

リコは、俯かせた顔を上げ、どこか心配そうに恭也の顔を見つめた。
その表情を見て、恭也は目を瞑り、そして腕を組む。リコを産み出した存在が何であるのか、それは恭也にもわからない。だが、一つだけはっきりしていることがあった。

「……レティアが言う、『あいつ』だからか?」
「はい」

つまりはそういうこと。
あの禁書庫の出来事でリコとレティアが出会った際、そのようなことを二人は言い合っていた。理解できない会話であったため、恭也も断片的にしか思い出せないが、確かにレティアがリコは『あいつ』が生み出した、というようなことを言っていた。
そして、レティアのこれまでの言動を思い出すに、彼女はその『あいつ』というのと敵対している、もしくは敵視している。恭也もその存在と戦うために呼び出したという節もあるし、そんなことも言っていた。

「マスターはまだ知るべきではないと思います。それに私自身、紅の精が何を考えているのかわからない部分もありますから」
「そうか」

恭也のリコの言葉に、少しばかり目を鋭くさせて真剣な表情を浮かべた。

「レティアの言いようだと、俺はリコを生み出した存在と戦うことになるかもしれないが、いいのか?」
「かまいません。私が従うのはマスターだけです。マスターが共に戦えと言うなら、それが何であろうと、誰であろうと、私はマスターに付き従い、戦います」
「ありがとう」
「当然のことです」

恭也が微笑んで感謝の言葉を告げると、リコは頬を染め、先ほどとは違った意味で顔を俯かせた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.299 )
日時: 2008/12/22 01:59
名前: テン


それに十六夜はあらあらと呟き、知佳はムッとした表情を浮かべた。

「きょ、恭也君、私もどんなの敵でも恭也君の味方だからね」
「ええ、私もですわ、恭也様」
「え、あ、はあ、ありがとうございます」

勢い込んで言う知佳と、クスクスと笑いながら言う十六夜に若干押されながらも恭也は礼を言った。

「それじゃあ……」

リコの時よりも心がこもってない、とか思いながらも、年上の余裕を見せるために気にせず知佳は再び話を再開させようとしたとき、いきなり部屋のドアがノックされた。

「リコ殿〜、いるでござるかー?」

その声と口調は間違いなくカエデのものだった。
それを聞き、どうしようかとリコは恭也に視線を向けるが、恭也は出てくれと頷いて返した。
リコはそれを見て、黙って立ち上がるとドアを開けてカエデを中に通す。

「リコ殿、耕介殿にここに老師がいると……」

カエデがそこまで言ったところで、恭也と目があった。すると彼女はニパッと笑い、恭也へと近づいた。そして知佳と十六夜に目礼したあと口を開く。

「老師、学園長殿が呼んでいるでござるよ」
「……俺一人をか?」

しかもこんな時間に。
カエデは頷いて返し、学園長室にすぐに来てほしい伝えてくれと言われた、と告げた。
それを伝えられ、恭也たちは顔を見合わせる。
こんな時間に一人で来いとは。
カエデを通して連絡を入れた以上、恭也に何かしらをしかけるということはないだろう。少なくともカエデは、恭也がミュリエルに呼ばれたと知っている。その状態で恭也に何かあれば、一番最初に疑われるのはミュリエルだ。
ミュリエルと恭也たちは信用しあったが、それは所詮打算的な信用。裏切ることもありえる。
そう思われることはミュリエルが一番わかっているからこそ、間にカエデを通したのだろう。そしてカエデも、ミュリエルと恭也たちの打算的な関係を知っていてるが、同じ結論に達したからこそ、わざわざ伝えにきたというところか。

「急用、かな」
「どうでしょう」

とりあえずここは行っておくべきだ、という結論に恭也は達し、知佳を見ると、彼女は小さく頷いた。
そして、あとの話は知佳たちに任せておき、恭也はカエデを伴って部屋を出た。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.300 )
日時: 2008/12/22 02:00
名前: テン


カエデは部屋を出ると、就寝の挨拶をし、自分の部屋へと戻っていく。
恭也は一応、小太刀を意識しながら歩く。
もしミュリエルと戦闘になったら勝てるか? 
あちらは報告などで恭也の手の内をいくらか知っているだろうが、恭也はミュリエルが魔導士であるということと、召喚士であるということしか知らない。あちらの手の内は見えない。

「まあ、いきなり戦闘になることはないか」

恭也はそんなことを独り言ちるが、一切油断などはしていない。相手はこの学園で油断してはいけない人間の一人。いついかなるときでも戦えるように心構えをしておかなければならなかった。
いつも通りに、だがこちらの思考が悟られないように気をつけていけばいいのだが、ミュリエルと会話をするとどうしても疲れる。彼女との会話は裏の裏まで予想しなければならないからだ。
恭也はこれからのことを思って深く息を吐き出しながら寮の廊下を歩いていった。



◇◇◇



「マスターは凄いですね」

リコは、主である恭也が出ていったドアを眺めながら呟いた。
それが聞こえていた知佳と十六夜ではあったが、リコの言う恭也の凄いところというのはわからない。確かに知佳と十六夜も同意見ではあるものの、それぞれ恭也に感じるものは違うのだ。
リコは、その戦闘能力を言っているのかもしれないし、いつも動じない冷静な精神を言っているのかもしれないし、普段の行動を言っているのかもしれない。
いや、おそらくはその全てなのだろう。それがリコ個人としてなのか、それとも従者としてなのか、リコの言葉には羨望に近い尊敬、絶対の信頼、不滅の忠誠が込められているようにも感じる。
そんなリコに、知佳は少しばかり恭也に傾倒しすぎかな、と色々な意味で危機感を抱くが、それを言っても仕方がないと、考えていたこととは違う言葉を口にする。

「でも、結局恭也君は一番凄いものを使ってないんだけどね」

それでも思考と表情はリンクしていたらしく、知佳は苦笑していた。


「一番凄いもの?」
「人脈、だよ」
「人……脈?」

リコは知佳の言葉をオウム返しのように繰り返し、首を傾げた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.301 )
日時: 2008/12/22 02:00
名前: テン


この世界に恭也と繋がりがある者はそう多くない。リコは恭也たちがクレアと繋がっていることを知らないので、恭也と繋がりがあるとすれば、学園の生徒たちぐらいしか思い浮かばないのだろう。そういう意味では、恭也の人脈などたかが知れている。
そしてそれはある意味では正しい。
なぜなら

「私が言ってるのは、私たちの世界でのこと」

知佳が言っているのは元の世界であり、この世界のことではないのだ。

「たぶん恭也君がその気になれば、いろんな人たちが動くよ。その人数はそう多くはないけど、でも、その能力は中には組織すら超える人たちもいるし、組織自体を動かせるような人たちもいる。もちろん組織に関しては私たちの世界限定だけどね。
個人の能力、例えば単純な戦闘力で言えば、恭也君並の人が何人かいるし、私みたいな人も何人かいる」

その知佳の言葉にリコは目を見開く。そして確認するように十六夜を見ると、彼女も頷いてみせた。

「戦闘に限らず、能力が高い方も何人もいらっしゃいます。その方たちをこの世界にお連れすることができれば……」
「救世主候補並の戦力が一気に倍増ですか……」

恭也にはレティアという味方がいる。彼女に頼めば、それらの人物たちをこの世界に呼ぶのは難しくないし、リコも恭也に頼まれればやるだろう。
それを考えて、リコは今更ながら己も恭也の人脈のうちなのだと気付いた。

「そういうこと」

知佳はリコのそんな考えがわかっていた。知佳とてその人脈の一人であるし、彼女の職場にはもう数人、恭也が頼めばそれだけで力を貸す者たちがいる。そして知佳の実家だと胸を張って言えるさざなみ寮にとて、その人脈はあり、知佳の姉であり、耕介の妻である真雪とて、恭也が本気で頼めば動くことは吝かではないだろう。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.302 )
日時: 2008/12/22 02:01
名前: テン


「もっとも、それを恭也君が使うことはないけどね」

知佳は苦笑を浮かべたまま、寂しそうに言った。
その言葉の意味は、リコもすぐさま理解することができた。

「マスターが望まない」
「ええ。おそらく恭也様は、最初は私たちが残ることも納得はしてはいなかったでしょう。どちらかというと私たちの意志折れた、という感じだと思います」

どれだけの能力があろうと、恭也は余計な危険を大切な人たちに背負わせるのを嫌う。それをするぐらいならば、彼は喜んで自分一人でそれら全てを背負うだろう。
恭也の人脈は広く、深い。またそれらの人たちは恭也の力になりたいと思っている。だが、彼自身がそれをさせてくれないのだ。
だからこそ恭也の周りには人が集まる。彼が気付いていなくとも、その居心地のよさから抜け出せなくなる。
それは単なる人望があるだけではない。単なる人柄だけではない。恭也の全てが、その人脈を作り出し、彼を中心とした。しかし、それに恭也だけが気付いていない。それは己への過小評価故に、己への自信のなさ故に、それを知佳はよく知っていた。
それらのことと、恭也が力になってくれと心の底から言ってくれないことが、知佳も十六夜も寂しかった。それはおそらくリコも一緒だろう。
だが三人は、それをおくびにも表に出さない。
ただリコは苦笑した。

「それにしても……」
「なに?」
「マスターたちの世界が凄いと言うよりも、マスターが凄いのか、マスターの周りの方たちが凄いのか……」

そんな召喚士として重みのあるリコの言葉に、知佳と十六夜もまた苦笑を浮かべた。

「あはは、どれでもないと思うよ。恭也君にしたら、ね」
「ですね」

恭也は自分が凄いなどとは思っていないし、周りの人たちを家族として、友人として、大切な人たちとして扱っている。己を低く見る自分のことは当然として、周りの人たちのことも凄いとは思っても、それで特別視などしていない。
彼にとって、それは普通なのだ。
きっと今も、彼は意識せずともこのアヴァターという異世界で、その人脈を伸ばしているだろう。何となく知佳はそんなことを思った。



◇◇◇



恭也は少しばかり足を早め、寮から出た。するとその寮に向けて何人もの少年少女たちが、疲労が見て取れる重たい足取りで向かってくる。

「お前たち」

その彼らを見て、恭也は目を瞬かせた。

「あ、恭也さん」
「恭也様」
「おっす、恭也」
「こんばんはです」

三十名以上にもなる彼らのうち半分以上が、恭也の顔見知りだった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.303 )
日時: 2008/12/22 02:02
名前: テン


この前の任務で、恭也と共に森から脱出した生徒たちと、顔の知らない生徒たち。
それらがどこか疲労の残る表情を浮かべながらも、恭也を見とがめるとそれぞれ駆け寄ってくる。
もっとも駆け寄ってきたのは、この前の任務で共にした生徒たちだけで、恭也の知らない生徒たちは、彼をどこか尊敬の視線を見つめて、話したそうにしてはいるものの、少し離れた場所に立っていた。

「こんな時間に何をしてるんだ?」

恭也が目を瞬かせたまま問うと、セルは頬を掻く。

「いや、自主訓練」
「訓練?」

恭也が首を傾げると、フィルは苦笑いながら頷いた。

「はい。学園長や先生に頼んで、闘技場での夜間訓練の許可を頂いたので」
「もっともそのあとは森での訓練もしていたのですが」

これは先生たちには内緒ですよ、とカラーは厳格な僧侶らしからぬことを言う。
少し話を聞けば、彼らは戻ってきてから、授業が終わったあとも訓練を行っているらしい。それも合同の訓練等や、所属する科以外の生徒たちと意志の疎通をはかるために、色々と話し合ったりもしているらしい。
それらを聞いて、恭也はなるほどと内心で頷いた。やはりこの前の実戦で、それぞれ思うところがあったのだろう。実戦を経験すると、訓練だけでは見えてこなかったものが見えたり、より実戦を意識して訓練ができるようになる。
少しだけ恭也の知らない生徒たちに視線を向ける。彼らもセルたちの話を聞いて、セルたちのやり方を学んだ、というところかもしれない。
セルたちの失敗を嘲笑う者はいなさそうだ。すでにセルたちの部隊以外にも失敗した者たちはいたし、何人もの死人も出ている。むしろ明日は我が身かもしれないのだから、学ぶべきところは多いのだろう。
それよりも、なぜか名も知らない彼らにまで、熱っぽい視線を向けられていることが気になる。考えすぎたろうか。
そんな考えは面には出さず、恭也は再びセルたちへと視線を戻した。

「訓練は構わない。だが疲れが残らないようにしろよ。訓練の疲れのせいで戦闘ができないなどということになったら本末転倒だ」

昔似たようなことで、自身の身体を壊しただけに、それらを知らない生徒たちでも、恭也のその言葉には重みが感じられた。だからこそ、皆神妙に頷く。
寝る前にそれぞれ身体をマッサージしろとも恭也は告げた。

「まあ、何かあったらオレも手を貸そう」
「そのうち指揮に関してのアドバイスなんかもらえると助かります」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.304 )
日時: 2008/12/22 02:03
名前: テン


時間はかかったものの回復魔法で怪我が治ったアスクがそんなことを頼むと、恭也は自分が教えられることなら、と受け入れた。
そんな中、パフィオとアキレアが恭也を心配そうに見つめた。

「恭也さん、背中は……」
「その……傷痕はやはり消えませんの?」

恭也の背中の傷。無論それも魔法で癒された。しかし、それが少しばかり遅かった。安全な町へと戻っても、恭也は自分ではなく重傷を負った生徒たちの怪我を優先させた。そのため彼が治癒魔法を受けたのは、三日ほど経ってからになってしまったのだ。
町の医者に治療は受けたものの、三日も経ってからの魔法だと、怪我を治すことはできても傷痕がどうしても残ってしまった。

「ベリオなら今からでも消せるかもしれないが、今更だ」

ベリオの治癒魔法なら、その傷痕さえも消してしまえるかもしれないが、恭也は頼まなかった。恭也にとって傷痕が一つや二つ増えたところで今更変わりはしない。今まで気にもしなかったのに、ベリオに頼むのも今更。二重の意味での今更だった。

「剣士に傷などつきものだ」

自分の答えに少し沈んだ表情をフィルたち全員が浮かべたのに気付いた恭也は、少しばかり不器用に笑みを作って言う。

「それに……守るためにできた傷ならば名誉……とは言わないが、他の傷と違って情けなさは少ない」

誰かのために受けた傷痕が、その後もその人物を責め苛んでしまうことを恭也も知っている。だが、それでも恭也にとって未熟な証である大多数の傷痕よりはマシだった。相手を責めるようなものになってしまう傷であっても、守ろうとした相手が傷を負うよりも……いや、もしかしたら、庇わなければその人物が亡くなっていた可能性だってあってのだから、そういう意味では自分が傷を負うほうがずっといい。
もちろんそれが自分の勝手であるということも、恭也は理解している。それでもそう思ってしまうのだから仕方がない。

「だから気にするな……とも言わないが、自分を責め続けるのだけは止めてくれ。せめてこれからの糧にしてほしい」

それらを理解しているからこそ、気にするなとは言わない。だけど、責め続けるのだけはしてほしくない。そうやって自分を責め続けてしまった女性を恭也は知っているから。
恭也は言ってから苦笑する。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.305 )
日時: 2008/12/22 02:04
名前: テン

「いや、ここまで言う必要はなかったな。すでにお前たちは、俺の傷を自分の糧にしてくれているようだ」

すでに彼らはあの失敗を、経験を、恭也の傷を糧としている。ならばわざわざ言うことではなかった。

「「恭也さん」」

アキレアとパフィオは、恭也の言葉を聞いて少しだけ目を潤ませたが、唐突に頭を下げた。

「「この前は本当にありがとうございました!」」

二人が大声で感謝の言葉を告げると、同時にあの脱出時のメンバーだった者たちも次々に頭を下げた。それはかつてからの知り合いであるセルやフィルたちも同様に。

『ありがとうございました!』

二十七名による同時の感謝の言葉は大きく、この時間では眠っている者の妨げになったかもしれない。だが、それがわかっていても、彼らは大きな声で言った。
今更ながら彼らは思いだしたのだ。あのとき自分たちは一杯一杯で、恭也に感謝の言葉もかけていなかったことに。
無論、何度か言おうとはした。だが、恭也の性格からそれを受け取ってはくれないと思っていたのだ。
そして、それはやはり生徒たちの思った通りだ。

「別に感謝の言葉をかけられるようなことはしていない。あれが俺の目的と重なっていた。それだけだ」

恭也はそれを受け取らない。

「それでも……私たちは恭也様に感謝しているんです」
「恭也さんが来てくれたことに」
「恭也が俺たちを引っ張っていってくれたことに」

感謝している。
何への感謝か言葉にしたカラー、フィル、セルだけではない。その場にいる全員が、感謝の言葉をかけるだけの理由を持っている。例え恭也がそんなことには値しないと思っていても、彼らはそう思っている。
そんな考えが恭也にも伝わった。ならばこれ以上否定しても仕方がない。彼らがそう思っているのならば、受け入れるべきものだ。

「ああ」

ただ短い言葉で、恭也は彼らの感謝を受け入れた。
彼らに感謝される、それに嬉しさを感じるのも事実なのだ。短い感謝。護衛としてならば、それを受け取るのは最高の報酬。今回はそうではないため否定していただけだ。
だから恭也は微笑んだ。先ほどまでの作ったような微笑みでも、苦笑でもなく、純粋な高町恭也の微笑みを浮かべた。
それを見て、生徒たちも笑みを浮かべたのだった。
それから恭也は、学園長に呼ばれているからと、就寝の挨拶をすると彼らと別れた。その際に名前を知らない生徒たちに会釈をすると、彼らはなぜか本当に深々と頭を下げていた。さらに少女たちの顔が妙に赤かったのが気になったが、訓練での疲れのせいだろうと、気にするのはやめた。
そして今度こそ学園長室に向かった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.306 )
日時: 2009/01/05 01:50
名前: テン




◇◇◇



「学園はとくにあなたを罰するつもりはありません。むしろ生徒たちを救出してくれたことに感謝します」

学園長室に現れた恭也に、ミュリエルが向けた最初の言葉はそれだった。
早い話がこのところゴタゴタしていたため、棚上げされていた問題の決着。
一応はあの生徒たちの救出は、広く見れば恭也の命令違反にもなる。彼の任務はあくまで斥候による偵察。決して威力偵察でもなければ、救出でもない。もちろん形の上では救出も任務に入ってはいたが、それが主たるものではない。それを逆にもしたともとれる行動は見ようによっては命令違反だ。
もっとも恭也はそれがわかっていてやったのだが。

「王国の方は?」
「こちらもとくにはありません」

クレアの手紙でわかってはいたことではあったが、恭也は「そうですか」と返しておいた。もしかしたらクレアが何とかしてくれていたのかもしれない。
それからミュリエルはその後の顛末を語ってくれた。
結局あの森のモンスターは、王国軍の二個中隊の手によって駆逐されたらしい。だが、それには少なくない被害が出たようだ。恭也が持ち帰った情報がなければ、もっと被害が出ていたかもしれない、ともミュリエルは続ける。
それを言い終えると、椅子に座るミュリエルは肘を机に置いて、手を組んだ。

「高町さん、指揮能力もあったのですか?」

すでに生徒たちから報告を受けているのだろう。あのとき確かに恭也は生徒たちを指揮していた。

「何度か同業の人間に指示をだしていたことがあっただけです。指揮能力と呼べるほどのものではありません。専門の教育を受けたわけでもありませんから」

これは嘘だ。恭也は指揮経験こそそれほど多くないが、実は香港警防隊で簡易的な教育は受けている。もっともそれは現場における指揮だけだ。戦術・戦略立案やそれに伴う統率と指揮はほとんどできない。
恭也の話を信じたのか、それともウソだと気付いたのかは彼にもわからなかったが、ミュリエルはそれ以上のことは聞かなかった。
それどころか唐突に話を変えた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.307 )
日時: 2009/01/05 01:50
名前: テン


「高町さんは、この学園の生徒たちをどう思いますか?」

その質問に、思わず恭也は困惑によって眉根を寄せた。質問の意図がわからない。生徒たちの何を聞いているのか。
だが、話の流れから能力のことを聞いているのかしもしれない。そう受け取って話すことにした。

「技術は悪くはないかと思います。ただ……」
「ただ?」
「実戦を想定した技術を取得してる者は数えるほどでしょう」

決してそれが悪いわけではない。技術は技術として使えるものはある。しかし、それはどちらかと言えば、恭也風に言うならば、あくまで試合形式での技術なのだ。だが、実戦を想定すると心許ない。
実戦で有効活用できる技術を持つ生徒は、恭也の知る限りでは、セルとパフィオしかいない。もちろん前衛だけを考えるとだし、セルに至っては、彼自身の才能と我流がかなり混じっているからだろう。我流が混じり、戦うことを余計に意識したため、それ以外のものが自然と削ぎ落とされているのだ。パフィオはむしろ実戦派。幼いときから、そちらを意識して技術を学んでいた節がある。
それを聞いて、ミュリエルは頷く。

「この学園はそもそも救世主養成学校ではなかったのですよ」
「……どういうことですか?」
「本来は、救世主を頼らずに破滅と戦うために創設された学園です」
「今とは真逆ですか」
「ええ。その理念を長い歴史で忘れ、そして救世主を養成するという逆の目的が現れたがために、この学園の質は変わり……」
「他の科の授業にまで影響を及ぼした」
「その通りです。実践主義。元より召喚器を持つ救世主候補たちは技術などなくとも、力押しでどうにかなる。ならば能力を実践し、また試合形式で実戦を経験させることで能力のアップ繋げようとするもの。それが他の科にも伝播した。もちろん他の科の生徒たちには召喚器がありませんから、技術を教えますが、それも最低限となりました」

なるほどと恭也は頷いた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.308 )
日時: 2009/01/05 01:51
名前: テン


実践を謳う割に、実戦を想定していないのはそのあたりが原因だろう。

「実践主義……それは決して間違いではありません。ですが、高町さん、あなたならばわかるでしょう。この学園はその実践主義を履き違えているのです。少なくとも戦うことを前提とするなら」
「ええ」
「それは長い歴史によって築かれたもの。いくら学園の長でもそう簡単には変えようがないものです」
「なるほど」
「ならば今の状態で、私はできる限りのことをしなくてはならない」

それらの話は理解できる。そして同時に、なぜミュリエルがその体制を変えられないのかも理解できた。その状態を憂いてはいるが、変えられない。権力をもっていようと限界であるということだろう。
それは理解できた。
だが、だ。恭也には、一つだけわからないことがある。

「一つ、聞いてもいいでしょうか?」
「どうぞ」
「なぜ、そこまで俺に話してくれたんですか? あなたはまだ俺を疑っている。少なくとも、この学園の本当の創設理由は初めて聞きました。おそらく他の生徒たちも知らないでしょう」

そんな創設理由があったらば、きっと恭也の耳に入っていただろう。ミュリエルはサラッと流したが、救世主の力を借りないで破滅と戦うというのは、今とは本当に逆の思想だ。ならば箝口令が敷かれているか、本当に忘れ去られてしまったのか。
どちらにしろ、ミュリエルが恭也にそれを伝えるのはおかしい。ミュリエルはまだ恭也を疑っているし、もし誰からも忘れられた理念ならば、なぜミュリエルがそんなことを知っているのかと、恭也に疑わせる要因にもなる。もっとも恭也たちはすでに彼女が千年前の人間と知っているから、そういったことを知っていてもおかしくはないと思うだろうし、学園長にだけは伝わっているという可能性もある。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.309 )
日時: 2009/01/05 01:52
名前: テン


「そうですね、この学園の学園長としては私はまだあなたを疑っています。ただ……」
「ただ?」
「もうあなたはこの学園になくてはならない存在になっているのですよ。それをやはり学園長として無視できません」
「なくては……ならない?」

恭也は自分をそんな大仰な存在だとは思っていない。だから聞き返してしまった。

「取り残された生徒たちを助けるために、たった一人で敵地に向かい、その生徒たちを指揮しながらも、一騎当千の活躍を見せ、誰一人欠けることなく救い出した英雄にして救世主。それがこの学園でのあなたの立場です」
「…………」

恭也もここ最近、妙に視線を集めているという気はしていたが……そういうことだったのだ。
破滅が動き出しているかもしれないという暗い影。その暗い影を照らす光は誰でも求める。
噂や話を聞き、その光はそれを放つ者……恭也を無視して広がり始めているということだ。
あれは別に恭也一人の力ではない。生徒たち自身の頑張りゆえに全員が生きて帰ってこれたと恭也自身は思っている。だが、生徒たち自身が恭也がいなければどうにもならなかったと言っているのだから、恭也がどうこう言おうと、それは真実として伝わってしまっているだろう。

「ここの学生から、今のあなたは救世主候補以上の尊敬を、信頼を集めているということなのですよ」
「……俺を御輿にでもする気ですか?」

破滅と戦うための救世主に代わる実在する御輿。救世主に変わる学園のシンボルにでもする気かと、恭也は唇をつり上げて皮肉げに問う。

「担ぎ手は表向き生徒たちですね」

それをミュリエルは否定しなかった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.310 )
日時: 2009/01/05 01:53
名前: テン


裏では学園が担ごうとでも言うのか、と恭也は目を鋭くさせた。だがミュリエルはそれさえも無視する。

「王国の上もあなたを担ぎ出そうとする動きがあります。偽りの召喚器を持たせ、救世主として立たせてでも、と」
「……クレアが、ですか?」
「いえ、むしろクレア王女の政敵です。今回、あなたや生徒に罰がいかなかったのは、それを考えているためでしょう。無論、王国軍ではなく、学園に所属しているからという理由もあるでしょうが」

そこまで話がいっているということは、下手をすると学園どころか王都にまで話がいっている可能性がある。
不安定な状況だからこそ、希望に関する噂は早いスピードで伝播しているのだろう。もしくは意図的に流されている可能性もある。
言ってしまえば、このまえの任務で恭也がやったことと同じだ。士気を上げるために自分の強さを派手に演出した。規模こそ違うが、結果とその美談とも言える内容で、全体の士気と戦意を上げる。
やはり破滅と戦うための御輿、シンボルに祭り上げようとしている。それも王国の方は、一つの国家としてだ。
クレアの手紙にあった謝罪は、もしかしたらこれも含まれているのかもしれない。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.311 )
日時: 2009/01/05 01:54
名前: テン

「政権争いなど勝手にやっていればいい。俺を巻き込まないでほしいですね」
「元よりこの世界はいつか破滅と戦うということで、騎士団や軍は士気を保たせてきました。そして、救世主もその小道具の一つです」

ミュリエルは、それがこの学園の創設理由が変わってしまったことの理由でもあると続けた。
そしてだからこそ、恭也には学園の本当の創設理由を知っていてほしいと告げる。

「なるほど。ですが、俺には関係のないことだ」
「すで個人の思惑は関係ないところに来てます」
「本気で俺に召喚器を持たせるつもりですか?」
「できれば劇的な所で『召喚』してほしいところでしょうね」

偽物をどうやって召喚しろというのか。もっとも恭也は本物の召喚器を持っている。召喚することは止められているのだが。

「学園……いえ、少なくとも私は反対です」
「疑っているからですか?」
「あなたを……いえ、あなたたちを敵に回したくないからですよ」

その言葉に恭也は一瞬眉を寄せた。
確かにリコからミュリエルの目的は救世主の抹殺と聞いている。だがこの場合、恭也が偽りの救世主……本当は今のところ一番近い位置にいるが……だということを知っているのだ。だからこそ敵に回る意味はない。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.312 )
日時: 2009/01/05 01:54
名前: テン


「あなたは大きな権力を手に入れることを望んでいない」

当たりだ。
権力を持つということは与えられる権利も大きくなるということだが、その分義務と責任も大きくなる。大抵の権力者というのはそれを理解せずに、さらに権力を持とうとする。
大きな権力を持たない者も、義務と責任の重さを知らずに権利を主張する。
その大きな義務と責任を恭也は望んでいなかいが故に、大きすぎる権利を求めない。
別に恭也が無責任なのではない。その義務と責任の重さを理解しているからこそである。自分の剣に過分な義務と責任を乗せられるのを嫌っていた。
恭也の剣は、彼が守りたい者を守るためにある。そこに無駄な義務と責任を乗せることで、剣が重くなっては、本当に守りたい者たちを守れなくなってしまう。だからこそ身軽な方がいいのだ。
剣が重くのなるのならば、権利も権力もいらない。そんなものがなくとも、人は生きていけると知っている。
決して義務と責任から解放された自由とやらを望んでいるわけでも、権利だけを望んでいるわけでもない。剣が重くなるならば、どちらもいらないというだけでしかないのだ。
それにミュリエルも気付いているのだろう。

「過分なものを背負わせ過ぎれば、あなたは恐らくそれを取り払って自分の道を歩き始める。そういう人だと判断しています」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.313 )
日時: 2009/01/05 01:55
名前: テン


その言葉には、内心でも恭也は頷くことはしなかった。正直そうなってみなければわからないとしか言えない。だがしかし、可能性として考えるなら大いにありえることだとも思った。

「そしてそうなった場合、おそらく生徒の大多数はあなたに着いていくでしょう」

ミュリエルの言葉に、恭也は隠すこともせずに顔を顰めた。

「どちらにしろ御輿ですか」

そんな恭也の言葉にミュリエルは肯定も否定もしない。
こう言っておけば、彼が本当にこの学園を抜けたとしても、人知れず去るだろう。無論、なのはなどの元の世界の者たちは着いていくだろうが。
しかしミュリエルとしては、生徒を連れていかれるよりはマシだと判断して、わざわざ彼が嫌うような言葉を出していた。そして、その意図に恭也も気付いている。

「そのときあなたがどう行動するのかがわかりません。ただ……破滅を倒すためにしろ、他の目的があったにしろ、必要ならばあなたは学園や国家と戦うことも厭わない。そして、あなたはそうなってしまえば、第三勢力として破滅の以上の脅威になりかねない」

何をするかもわからず、こちらの戦力すら内からかすめ取っていく、とミュリエルは言う。
正直恭也としては、過大評価が過ぎると考えていたが、口を挟まなかった。

「ならば疑念があっても、内に入れておいた方が良い、と私は判断しています。そのためにも反対です」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.314 )
日時: 2009/01/05 01:55
名前: テン


それらを聞いて、恭也はため息を吐きたくなった。
こういう腹の探り合いは正直得意分野ではない。

「学園長、俺は救世主なんてもの興味はない」

恭也は敬語を止め、そこだけは自分の言葉で告げた。

「俺が戦う理由はあくまで大切な人たちを守るため。それ以外にはない」
「今まで見てきました。ですから、あなたがそれを本気で言っているのはわかります」
「もしも……俺の大切な人たちを守るのに、それしか……偽りの救世主になるしか道がないというのなら、俺はなる」

むしろ恭也ならば、守るためにはそれしか道がないと言われれば、破滅にすら組するだろう。

「だが、そうではない」
「むしろそれらを守るための重荷にすらなりかねませんね」

ミュリエルは淡々と肯定し、先を促す。

「俺自身の意志としては、そんなものになるつもりはありません」
「王国がそれを強要してきたならば?」
「従うつもりはありません。偽りの救世主を作りたいならば、他の世界の人間になど任せず、この世界の住人の誰かにすればいい」
「確かにそれが道理ですね」

恭也はあくまで他の世界からの協力者でしかない。確かにこの世界が滅べば、恭也たちの世界も滅ぶかもしれない。だが、直接の被害を被るのはあくまでこの世界と、この世界に住む住人だ。本来ならば、彼らだけでどうにかしないといけない問題。
この世界が滅べば、他の世界も滅びる。それは言ってしまえば他の世界は巻き添いのようなもの。それなのに他の世界の人間を御輿にすること自体がおかしい。ただの戦意の高揚ならばまだいいが、政治の道具になる気など恭也はない。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.315 )
日時: 2009/01/05 01:56
名前: テン


「ただ、前にも言いましたが、俺はこの学園を……この学園の生徒たちのことも気に入っている。彼らが俺を救世主だと願い、それで力が入るのならば、放っておきます」
「自ら救世主だと名乗るつもりはない、でもそれが役に立つのならば、自ら沈静化はしない、と?」
「ええ」

せめてそれが希望を与えてしまった恭也にできることだ。もちろん恭也が自分からそんなものを与えたとは思っていないが、周りがそう思っているのならば、恭也の責任でもあるだろう。その分ぐらいは背負おう。

「あなたの意志は理解しました。私が聞きたかった答えと重なってもいます」

そうだろうな、と恭也は心の中で嘆息した。
これで恭也は学園に縛られた。そう簡単に学園を見捨てることはできなくなった。恭也は救世主候補たちはもちろん、セルやフィル、カラーたちを確かに気に入り、守りたいと思ってしまっている。大切な人たちとなってしまっていた。それらを見捨てることは、もう恭也にはできない。
それをミュリエルも理解しているだろう。今まで見ていた……観察していたというのなら、恭也の人となりぐらいもう理解しているだろうから。

「私もあなたを信頼させていただきましょう」

だからミュリエルは信用ではなく、信頼と言った。
それを聞いて、恭也は表情を変えず、

「そんな簡単に俺を信じてもいいんですか?」

前から信用するとは言っていたが、それは偽りの信用。信じて用いることしかしない。だが、今回は信じて頼ると言っている。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.316 )
日時: 2009/01/05 01:57
名前: テン


そんな恭也の問いに、ミュリエルは苦笑した。それは苦笑とはいえ、恭也が初めて見る彼女の表情だった。

「リリィの母親としては、もっと前からあなたを信じたかった」
「…………」
「あなたと出会って、あの娘は変わった。昔よりも笑うようになった。昔よりも人の話を聞くようになった。頑なさがなくなった。そうしてくれたのは、あなたです」
「……俺は何もしてません」
「あなたがどう言おうと私はそう思っているのですよ」

その笑顔は、娘の成長を喜んでいる母親そのものだった。

「リリィはあなたを信頼している。それを裏切らないで」
「誓いましょう」
「そして、できればあの子を守ってほしい」
「仲間として……出来る限りのことはします」

やはり、この人も母親だったのだろう。
その目は、どこか叔母である美沙斗に似ていた。美由希を見る目と。そして何かを決意している目と。
目は何よりもモノを言う。

(この人ではない)

その目を見て、恭也はミュリエルをスパイや内通者ではないと理解した。
先ほどまでの上に立つ者としての目の光と、母親としての目の光。その両方が確かに恭也を信頼させた。

この目が偽りであるというのなら、彼女はよっぽどの悪女だろう。

ミュリエルは「以上です」と告げて、こんな時間に呼び出したことを詫びると、恭也に退室を促した。
それに恭也は黙って従う。だが、ドアを開ける前に止まり、ミュリエルの方へと振り返った。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.317 )
日時: 2009/01/05 01:58
名前: テン


「一つだけ忠告を」
「なんでしょう?」
「ダリア先生とダウニー先生には気をつけた方がよろしいかと」

恭也も彼女を信頼した。そして、信頼もされた以上、それに応えようと、ここで恭也が持つ一つの情報を公開しておいた。

「理由は?」
「おそらくダリア先生は、どこかしらの諜報員でしょう。こちらは間違いありません」

どこからのかはわかりまんが、と続けるとミュリエルは軽く嘆息し、続きをさらに促す。

「ダウニー先生の方は、半分は勘です。濃い臭いがする」
「濃い臭い?」
「血の臭いです。まあ、これはダリア先生も同じですが、彼の方が濃い。どちらも裏側……もしくは暗部の人間かと思います」
「なるほど」

ミュリエルは、恭也の言うことを疑わず、ただ頷く。それは彼のその目を信用しているということだろう。

「それとかなりの実力者でありながら、それをまったく見せないように隠しているところも怪しいと思ってます」

恭也と同じ理由で隠しているにしろ、フローリア学園の教師をしていながら、その技術をまったく見せようとしないのは腑に落ちない。
間違いなく彼は、この学園でもトップクラスの実力者だろう。それが戦闘技術を教えていないのだから、隠しておきたいと考えるのが妥当だ。

「わかりました。忠告、受け取っておきます」

それに恭也は頷き、最後に一礼すると学園長室から出た。
そして一つ息を吐く。

「あとでリコに学園長のことも聞いておくか」

おそらくそろそろ破滅との戦いは本格化する。色々な情報を統制しておくべきだ。
しかし、本当にやることと、考えなければならないことが多い。
救世主のこと、白の主のこと、偽りの救世主のこと、救世主候補たちのこと、生徒たちのこと、スパイのこと……上げればきりがなくなってきた。
だが、時間はもうあまりなさそうだと、恭也は漠然と思っていた。
これらのことを全てこなす前に、おそらく破滅は来る。
恭也の本能が、漠然と戦闘の予感を訴えかけてくるのだ。
だが、それでも一歩ずつやるしかない。

「しばらく寝不足は覚悟しないとまずそうだな」

恭也はそんなことを呟いて歩き出す。
リコを巻き込むのはすまないと思うが、まずは彼女と情報を整理しなくてはならなそうだと、再びリコの部屋へと足を向けた。