Re: 黒衣(仮投稿) ( No.269 )
日時: 2008/10/11 06:12
名前: テン





(さすがにきついな)

恭也は口には出さず、内心で呟く。
何がきついか。
それは自分自身のことであり、今も背後を歩く生徒たちのこと。
まず恭也自身、そろそろ体力がきつくなってきた。恭也は尋常ではない体力を誇っているが、その彼をしてきついと言える状況になってきた。
一人だったならばここまで消耗はしない。だが、今の恭也は他の生徒たちの命も背負っている。その緊張が普段以上に体力を奪っているし、ここまで何度かモンスターたちと戦い、その際に彼は指示、戦闘、援護、救出、その全てを行っていた。
そのおかげで誰一人として死亡者は出ていないものの、やる事が多すぎてその分集中力を使うため、さらに体力を奪っていっていた。そこまで動いているため、やはり傷を負い、戦った数が昨日よりも少ないにも関わらず、昨日以上に傷ついていた。
体力の消耗、傷口からくる痛み、それらを表情には一切出さず、恭也は常に戦い続けていたのだ。

そしてそれらと同じことが、生徒たちにも言えた。
彼らは、まだ生き残る意欲とも言えるものは潰えていない。その顔から覇気は消えていない。だが、確実に体力を奪われていた。怪我人も何人も出ていて、それを押して戦っている者も多い。
集中力も消えかかっている。

(どうしたものか)

確実に森の出口に近づいてきてはいるが。

(まったく、俺は指揮官タイプではないというのに)

慣れないことをしているという自覚はあるし、自らののやり方が指揮官らしいことでもないという自覚も恭也はあった。
例え指揮能力が多少はあっても、やはり指揮することには向かない。




第四十八章




そんなことを考えていた時だった。

「っ!?」

恭也は突然顔を上げ、そしてすぐに振り返ると後ろにいたフィルを突き飛ばし、さらにその両隣にいた魔導士科の女生徒と傭兵科の女生徒……パフィオとアキレアを抱え、飛び下がろうとした。

(間に合わんか!?)

一瞬でそう判断し、両腕に抱え込んだ二人をさらに密着させた。
突き飛ばされたフィルや抱え込まれた二人は突然のことにただ目を瞬かせることしかできない。そしてそれは後ろを歩いていた者たちも同じだった。
そして胸の中に抱え込んだ二人を守るように、恭也が背中を丸めた瞬間、それは来た。
木々の間、それも降るようにして現れる一つの影。
他の生徒たちもその存在に気付いたが、すでに遅かった。
影は急降下しながら恭也へと向かい、丸め込まれたその背中に鋭い爪を閃かせる。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.270 )
日時: 2008/10/11 06:16
名前: テン


「ぐっ!」

上がる恭也の苦悶の声。
同時に恭也の背中が引き裂かれ、血飛沫が舞い散る。
恭也は歯を食いしばることで激痛に絶え、さらにすまんと口にしてから、抱え込んでいた二人を手を離す。
二人は支えを失ったことで、地面に尻餅を着くことになったが、それを気にしている余裕は恭也もない。
すぐさま身体を回転させ、同時に剣を抜く。
恭也を襲った……正確には背後にいた生徒たちを襲おうとした……影は、奇襲を成功させ逃げ出そうとしていたが、遅い。
恭也は再び飛び上がろうとしていた影を、鋼糸で縛り上げ、力で地面に叩きつける。同時に鋼糸を解き、影を上段から叩き切った。

「くっ……」

現れた影……コウモリようなの羽根を持ち、黒い肌に、その頭に二本の角を生やしたモンスター。まるで悪魔のようも見える怪物。それが絶命したのを確認すると恭也は膝を着いた。
やはり集中力が乱れていた。これが空から奇襲してくることに気付かなかったのだから。
ナイフを投げて叩き落とそうとも思ったが、慣れない……それも投擲用でないナイフで空中にいる敵に当てるのが難しそうだったのと、当たっても奇襲を止められなかった場合、誰かが犠牲になるかもしれないと瞬時に判断し、恭也は後ろにいた三人を庇い、自らの身体を差し出したのだ。

「恭也! 大丈夫か!?」

恭也の突然の行動と、モンスターの奇襲で生徒たちが呆然としていたが、その中でいち早く正気を取り戻したセルが恭也へと近づいた。

「……大丈夫だ」

目の前で膝を着き、心配そうに眺めてくるセルに、恭也は苦笑し、だが額に汗を浮かべて言った。

「でも恭也さん、血がいっぱい!」

突き飛ばされたフィルも正気に戻るが、恭也の背中から流れる血を見て、顔面を蒼白にさせていた。

「それほど深くはない」

恭也は苦笑したまま、補助の手を借りているアスクを見た。彼も他の者たちと同じように、青ざめた表情で血を流す恭也を見ていた。

「すまん、アスク。鞘が少しイカれたようだ」

言いながら恭也は背中に吊していたバスタードソードを鞘ごと手に取った。その鞘には三本の亀裂が走っていた。これを背中に吊していたため、モンスターの爪は鞘に弾かれて、完全に恭也の背中を引き裂くことはなかったのだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.271 )
日時: 2008/10/11 06:18
名前: テン


しかし致命傷は避けたとはいえ、その傷は傍目にも酷いものに見えた。

「そ、そんなことはいいです。恭也さん、怪我の治療を!」

アスクは慌てたように言い、魔力が回復してきた僧侶科の生徒たちと治癒魔法が使える魔導士科の生徒たちが近づいてきた。とくに先ほど助けた僧侶科の少女と今庇ったパフィオが心配そうな表情を浮かべていたが、恭也は手を挙げて止めた。

「俺の傷はいい。魔力は温存しておけ」
「で、ですが……」
「応急手当だけすませれば問題ない。それよりもすまなかった」
「え?」

恭也の謝罪に、生徒たちは意味がわからず不思議そうな表情を浮かべる。

「空からとはいえ、奇襲に気付くのが遅れた。まったく、情けない」

集中力が乱れていたからとはいえ、空を飛ぶモンスターもいるというのも知っていて、頭上への警戒が薄れていたことに恭也は自身が情けなくてため息を吐いた。
それを言ってしまえば、生徒たちなど遅れるどころか気付きもしなかったのだ。そのため恭也を責めることなどできないし、自らを犠牲にして生徒たちを守ろうとした恭也の姿を見れば責めるなんてこと自体が考えられない。

(無様だな……)

生徒たちの内心に気付かず、恭也は己を罵る。
本来ならば気づけて当然のことを見逃した。例え慣れないことをしていて集中力を失っていたとはいえ無様としか言いようがない。
気を抜くなと言った己が気を抜いてどうする。
ここに誰もいなかったら己の未熟から来る悔しさで唇を深く噛むぐらいはしただろうが、今はそれもできない。表情一つが士気に影響しかねない。だから恭也は極力痛みすら表情に出していなかった。それがどれだけの精神力でできることなのかは恭也自身も理解していないが。






Re: 黒衣(仮投稿) ( No.272 )
日時: 2008/10/11 06:21
名前: テン




恭也はすぐに立ち上がった。もちろん痛みは抜けてはいないし、血は止まっていない。だがいつまでも苦痛を面に出しているわけにもいかないのだ。
だがそれを支えるように、先ほど恭也が助けた僧侶科の女生徒が彼の腕をとった。恭也は事前に全生徒の名前の全ては聞いている。名はカラーだったはずだ。

「手当します、服を」
「自分でやる」
「背中ですよ?」
「む」

確かに傷を負ったのが背中では、自分で治療するのに限界がある。
仕方がないと、恭也は僅かにため息を吐く。それも自らの未熟が招いたことだと受け入れねばならぬだろうし、ここで余計な時間を食っても仕方がない。
コートを脱ぎ、下のシャツを脱ぎ……

『っ!?』

上半身を露わにした恭也を見て……その強靭な身体に走る無数の傷痕に、生徒たちは一様に息を飲んだ。
隣に立っていたカラーも絶句し、口に手を当てている。
ここにいる生徒たちは戦闘技術を学んでいる。そのため大なり小なり傷を身体に残している者は確かにいた。だが、恭也ほどの傷を持つ者は誰一人としていない。それはこの世界に治癒魔法が存在し、傷痕が残りづらいというのもあるが、それ以上にそこまで傷を負うような訓練をしていないことと、実戦に遭遇していないからだ。
こうなることがわかっていたから恭也も藪の中ででも自分で治療したかったのだ。

「手当……してくれるのだろう?」
「は、はい……!」

背を向ける恭也に対し、カラーは何とか声を出して頷いた。
背中とは筋肉が発達しにくい箇所だ。だが、恭也の背はまるで岩のように硬い筋肉で覆われていた。だが決して動きを阻害するほどのものではなく、必要な所に必要な分だけあるとわかる。まるで鋼鉄とゴムの特質を同時に持つような筋肉。
それにも目を奪われるが、やはり目がいってしまうのは、その背中にまで広がる傷痕だった。
背中を傷付けられるということは、それは背後からの接近を許した、気付かなかったということで、剣士の恥と言われるが、その背中すらも傷が多くある。中には身体を貫通したと思われるような傷痕もあった。
だが、その傷は決して恥ではないと、その場にいる全員がわかった。理由などわからない、フィル以外の全員が、恭也が守るために強くなったなどというのは知らない。守って傷ついてきたことを知らない。
だが、知らなくともその傷が尊いものであることを理解した。彼が強くなるために、そして自らの想いのための傷であると。きっと今回のように誰かを庇ってのものも多くあると。
それは決して恥などではない。
訳もわからず、生徒たちは涙が浮かびそうになった。
しかしそれに耐える。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.273 )
日時: 2008/10/11 06:23
名前: テン

「水をおかけします。染みるでしょうが……」
「大丈夫だ。この通り怪我には慣れている」

カラーは恭也の言葉に頷くことはできなかったが、ゆっくりと革袋に入った水を恭也の背中にかけていった。
痛みからか、僅かに恭也の眉間に皺が寄る。
血が流され、傷口が覗く。鞘に弾かれたおかげでそれほど広くはなかったが、それはかなり深い。
水で流しても、再び血が流れてくる。傍で見ているだけだったフィルは、事前に熱湯消毒しておいたタオルで、それを軽く拭う。

「これ、本当なら縫わないと駄目ですよ」

フィルは流れ出てくる血に顔を青ざめさせながらも言う。

「糸と針があればやったのだが、持っていないか?」
「さすがにないです」
「だろうな」

これから戦いにいくというのに、裁縫道具など持ってくる者はそういまい。もっとも裁縫道具で傷を縫おうとすること自体が出鱈目であるのだが。
だが恭也は本当にそれらがあったなら、迷わずやっただろう。いや、背中であるからやってもらったか。

「やっぱり魔法を使った方が」

カラーが聞くが、恭也は頑として首を縦に振らない。

「それは駄目だ。あと少しだが、だからこそ魔力は温存させたい」

自らのせいで貴重な魔力を使わせたくないというのも確かに恭也にはあったが、それ以上にやはり少しでも脱出に必要なものは温存したかった。もう少し、だからこそ油断が出来る。今回の己のように。選択できたはずの選択肢を減らすわけにはいかない。

「ですがこのままでは血も止められません」

確かにその通りだ。傷はどうやら恭也が思っていたよりも深く、このままでは出血で命が危なくなるだろう。

「……焼くか」

ポツリと恭也が呟く。その声は小さく、カラーとフィルには聞こえなかった。だが、なぜか少し離れた位置にいたセルにだけ届いた。不穏当な言葉を聞いたセルは、思わずカラーを恭也の傍からどかし、小声で恭也に声をかける。

「焼くって何をだよ?」
「傷口を焼いて血を止める」
「ちょっ、おまっ」

何でもないことのように言う恭也に、セルが思わず言葉にならない声を上げた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.274 )
日時: 2008/10/11 06:26
名前: テン



「このまま血を流して歩くわけにもいかん。血が足りなくなる」

恭也はセルにそう言ってから、そこらの枯れ木や枯れ枝を集め出す。だがカラーやフィルたちがそれを止め、何をする気かはわからなかったが、恭也に変わってそれらを集め出す。
そして、やはり恭也の指示によって、最低限の魔力で火を起こす。もちろん周りに火の粉がいかないように気を使いながら。
恭也はそれを見て、脱いだコートから生徒たちに受け取ったナイフを取り出し、それを火に翳す。その間、フィルとカラーはずっとタオルで恭也の傷口を押さえながらも、彼が何をする気なのかわからず、首を傾げていた。
少しすると、恭也はナイフを火から離し、その切先に手を翳す。そして頷くと、その柄をセルに渡した。

「すまんが、セル、やってくれ」

背中であるため、自分では手が届かない。そのために恭也はセルに任せることにした。

「マ、マジか?」
「ああ。フィル、そのタオルを貸してくれ」
「は、はあ」

恭也はフィルにタオルを受け取ると、血が付いていることも気にせず、それを口に銜え、背中をセルへと向けた。


セルはしばらく熱せられたナイフと、恭也の背中を交互に眺めていたが、一度顔を顰めさせたあと、覚悟を決めたように唇を噛んだ。

「くそっ!」

そして恭也の背に近づくと、そのナイフの腹を彼の傷口に押し当てた。

「ちょっ!」
「なっ、セルビウム君!?」

カラーとフィルが、その行為に目を見開く。それは二人だけに限らず、それを見ていることしかできなかった他の生徒たちも同じだ。

「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

背中に感じる熱。それによってさすがの恭也も激痛で苦痛の声を上げ、口に銜えていたタオルを噛む。元々痛みによって歯を食いしばるため、唇を噛まないために、そして歯を砕かないために銜えていたのだ。
肉に焦げる臭いが辺り漂う。だが、それは人の身体から出ているもので、目の前の光景と相まって、吐き気すら催しそうな臭いに感じる。
セルもまるで自分が同じことをされているかのように辛そうな表情を浮かべ、歯を食いしばっていた。それでも恭也の傷に合わせて、ナイフを動かしていく。

「恭也、一端離すぞ。ナイフの熱が引いてきた」

恭也は息も絶え絶えに頷く。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.275 )
日時: 2008/10/11 06:31
名前: テン


セルも一度大きく息を吐き、再びナイフを火に翳し始める。恭也は、息切れを繰り返し、ほとんど地面に寝転んでいるような状態になっていた。痛みから意識が飛びかけている。

「セルビウム君! なんでこんな!」
「セル! こんな方法はないだろ!?」
「こんなことするなら魔法を使った方が!」

他に手段はあるというのに、こんな荒っぽい治療の仕方などないと生徒たち全員がセルに詰め寄った。
もちろんセルを責めることなど間違っている。この方法を望んだのは恭也だ。それは自らナイフを渡したことからもわかるだろう。

「うるせぇ!!」

セルはただ叫んだ。

「こんな方法しか選ばせてやれないのは誰のせいだよ!? 俺たちのせいだろうが! 最初っから最後まで、全部俺たちのせいだろ!? 俺たちがしっかりしてれば、強ければ恭也がここまですることなんてなかったんだよ! さっきだって、恭也以外の誰かが奇襲に気付いても良かった! 俺だって気づけてもおかくしくなかった! なのに俺たちは恭也に頼り切って、気付かなかったんだ! 恭也が謝る必要なんてどこにあんだよ!? そもそも俺たちがしっかりしてれば恭也はここに来る必要すらなかったのに!」
「あ……」
「俺たちは今まであいつの背中に負ぶさってただけだろうが!? 恭也が情けない!? 違うだろ! 情けないのは俺たちだ! 最大限に俺たちのことを考えてくれてるのは恭也なのに、そのために治癒魔法すら使ってやれないんだ! 使わせてくれないんだ!」
「…………」
「恭也にそんなことさせちまってるのは、俺たちなんだよぉ……チク……ショウ……!」

セルの姿を見て、全員がそれ以上非難することなどできなくなっていた。セルはただ唇を噛みしめて、前髪で目を隠しながら、ただナイフを火に翳している。だがナイフの柄を握る手は震えていた。それは自らへの怒りだ。
恭也が自分たちのために、こうすることを望んでいる。数少ない武器を守るために、脱出のための道具を温存するために、自らは苦痛に耐えている。
それをさせているのはここにいる全員なのだ。
セルは唇を噛みしめすぎて、そこから一筋の血を流した。まるでそれは悔しさのために流す涙の変わりのように。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.276 )
日時: 2008/10/11 06:33
名前: テン


そしてセルは再び立ち上がり、恭也の横に座った。

「恭也」

先ほどのような激情は見せず、ただセルは恭也を呼びかける。

「っ……だい……じょうぶ……だ」

恭也は朦朧としていた意識を戻し、セルに答える。激痛で意識を失いかけていた恭也は、セルの叫びは聞こえていなかった。
そんな恭也を見て、セルは沈痛な表情をとる。

「もう少し……頑張ってくれ」
「ああ……頼む……嫌な役目を……背負わせて悪いな……」

それでもまだ自分たちを気遣う恭也に、セルはまたも唇を噛みしめたくなったがそれに耐えた。

「嫌な役目なんかじゃねぇよ。いくぞ」
「ああ……」

セルは再びその傷口に、熱したナイフの腹を恭也の傷口へと押しつけた。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

恭也の叫びが森に響く。その激痛が顔が歪む。今までの戦闘でも見せなかったその表情と絶叫。
生徒たちは、それらから顔を背けるわけには、耳を閉じるわけにはいかなかった。
なぜならそれは自分たちの弱さへの、情けなさへの戒めだから。
だから見続けなければならない。聞き続けなければならない。どれだけ悲しくとも、どれだけ辛くとも。
だって……それ以上の痛みに苛まれているのは恭也で、そうしてしまったのは自分たちの弱さの所為なのだから。
恭也が責めなくとも、それは間違いなく、そこにいる全員の所為なのだから。
だから生徒たちは泣きそうな表情で、恭也の姿を見続けて、絶叫を聞き続けた。
もう二度と、こんなことはさせないと誓いながら。





Re: 黒衣(仮投稿) ( No.277 )
日時: 2008/10/28 06:52
名前: テン




◇◇◇



「ふう」

恭也は大きく息を吐き出す。シャツは着ず、素肌の上にコートを羽織った状態で、ただ座り込んでいた。傷口には布を破っただけの簡易的な包帯が巻かれている。
さすがに傷口を焼くのはきつかった。血を止めるためとはいえ、皮膚が裂け、神経が過敏になっているところへ高温の鉄を押し当てるその所業は、正直恭也が今まで負った怪我の中でもトップレベルに入る激痛だった。
魔法以外の手段を選んでいる暇がなかったからこその行動だが、できればもう二度としたくない。

「恭也さん……」

そんな恭也をフィルはやはり泣きそうな顔……いや、本当に涙を溜めて覗き込む。

「ああ、心配するな、もう問題ない」

その言葉は嘘だ。未だに背中の激痛は消えていない。それも当然だろう。血は止まったが、怪我の重傷度は火傷によってさらに増えた。毒を以て毒を制す、とは言うが、出血多量の危機は消えても、火傷の痛みが消えるわけではない。

「そんな……恭也様……ご自愛ください」

フィルの隣でもカラーが恭也の名を呼ぶが、恭也は顔を顰めさせた。

「様付けは止めてほしいのだが」

十六夜に様付けされるのも未だ慣れない恭也にとって、年下の少女からそんなふうに呼ばれるのは正直嫌だ。
だが、カラーは様付けすることを譲らない。彼女の中では、フィルと同様に恭也の存在はすでに尊敬の域を超えている。今までの恭也の行動から、彼女が信仰するものと同列にまで行き着いていた。
恭也はため息を吐き、仕方がないと苦笑してその手をカラーの頭に伸ばし、ベリオと同じ金糸の髪を撫でた。やはりベリオと同程度に長い髪が揺れる。
カラーの年齢的に考えれば頭を撫でる行為は、それこそ子供扱いしているようなものなのだが、その童顔と140p半ばほどしかない低い身長のため、どうしても恭也の手は彼女の頭に伸びてしまう。
だがカラーは気にした様子もなく頬を赤くして撫でられていた。それをフィル……だけでなく、先ほど恭也が助けたパフィオとアキレアや他数人が羨ましいそうに眺めているのだが、恭也は当然気付かない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.278 )
日時: 2008/10/28 06:55
名前: テン


「さて……」

そろそろ歩かなくてはならない。怪我の治療と休憩でかなり時間を潰してしまったが、休憩に関しては必要なものだった。
恭也は自らの怪我の治療を見ていた生徒たちを考えて、長めの休憩をとったのだ。もちろん恭也自身も休憩が欲しかったが、あんな拷問とも言えるような止血を見てしまった生徒たちもかなり気疲れしていた。だからこその休憩だった。
今までなるべく苦痛を出さないようにしていたのに、あれで結局士気や戦意を下げてしまったと恭也は考えていた。だが、他に方法もなかったし、さすがにあの方法で苦痛を面に出さないのと、苦悶の声を出さないのは恭也でも無理であった。
そのため生徒たちを落ち着けるための時間が欲しかったのだ。

だが、その考えが外れていたことに恭也は気付いていない。確かに生徒たち皆見るからに消沈しているが、それは自らへの不甲斐なさによるためだ。見た目的には確かに暗い表情を見せているが、その内には堅い決意が宿っている。
即ち、もう二度と恭也にあんなことはさせない、と。
その想いはやはり見た目とは裏腹に、高い士気と戦意を生ませていた。
恭也はこれからどうやって再び士気を上げるか考えていたが、すでにそれはもう十二分に高まっているのだ。

そうして恭也たちは再び森の中を歩き出す。
鬱蒼とした森を歩いている最中、恭也は内心で首を傾げた。
傷を負っても恭也は先頭を歩いていたので、後ろの生徒たちの様子は正確にはわからない。だが、その歩き方がどうも先ほどよりもしっかりとしている感じがし、さらに力強く感じる。
同時に心配されているのか、先ほど傷を負った背中に視線を集めている。だが、その視線さえも力強く感じた。

(……ふむ、不甲斐ないと思われて逆に戦意を上げられたか?)

恭也は、本来と逆の答えにいきついていた。
生徒たちは自分たちの不甲斐なさを自覚し、少しでも恭也の負担を軽くするために、自らを奮起させているのだが、恭也は自分には任せておけないという心配か、不甲斐ないと思われて、自らでしっかりしなければならないとでも考えたか、などと思っている。
何にしても戦意が下がっていないのならばいいことだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.279 )
日時: 2008/10/28 06:56
名前: テン


問題があるとすれば……

(俺がどこまで戦えるか……)

それだけだ。
表面上は変わっていないが、恭也の体力は先ほどよりもなくなっていた。大量に血を流し、拷問とも言える方法で血を止めたのだ。それは当然のことだった。いくらそのあとある程度休憩したとはいえ、回復させるには限度がある上、休憩中も背中からくる痛みでそれほどの回復はできなかった。
そして、その背中の傷は常に痛みを伝えてくる。
体力をなくし、激痛が走る身体でどこまで戦えるか。
少なくとも神速は使えそうにないし、派手に動くことも難しい。
どちらもある程度は精神力で何とかなるが、やはりある程度まででしかない。
出口まであと少し、だが恭也の勘が告げている。まだモンスターは現れると。
先頭に立っているため表情が見えないのがわかっていても、恭也はそれらの負担材料を顔には出さなかった。

そして、恭也の勘は当たった。

「恭也」
「恭也さん」

恭也が足を止める前に、セルとアスクが同時に彼を呼んだ。

「気付いたのか?」

恭也は僅かに驚きながらも、振り返って呼び止めたきた二人を交互に見つめる。

「何となく、な」
「僕も何となくです」

そんな言葉を聞いて、恭也は苦笑した。
どうやらセルは今回のことでかなり成長しているようだし、戦闘に参加していないはずのアスクも、感覚的な部分が成長しているようだった。
セルとアスクのように敵を感じ取れたわけではないだろうが、三人の言葉からそれでも何かを感じ取ったのだろう、フィルたちも自らの武器や手を力強く握っている。

「少し行ったところにモンスターがいる。少し出口から遠ざかるが、避けよう」

恭也は自らの身体と他の生徒たちの精神状態や、その体力を考えて避けることを伝えた。

「恭也、それってどれかくらいのロスになる?」
「……避けたところにモンスターがいるかどうかで変わるが、いなかったと仮定しても数十分はロスになる」

セルの質問に、恭也は偽ることなく答えた。

「なら戦った方がいい」
「……セル、時には避けられる戦いは避けた方がいいというのは教えただろう」
「聞いた」

この行軍の最中、恭也は生徒たちに様々なことを教えてきた。それは単純な戦い方ただけではない。
だが、それらを聞いてなお、セルは戦おうと言う。それは自信から来るものではなく、早く脱出するためだろう。

「敵を感じ取れても数まで感じ取れていないな?」
「それは、まあ」
「前方にいるのは二十匹近くだ」

まだ恭也の体力が残っていて、身体も万全な頃ならばどうにかできる数だったが、今の状態でそれだけのモンスターと戦うのは正直きついとしか言えない。
恭也の戦闘能力が半減しているような状態なのだ。

「いける」

だが、それがわかってなお、セルは言い募った。
その真剣な表情を見て、恭也はため息を吐く。

「わかった」

確かに早く脱出させてやりたいし、多少の無茶はしようと恭也は納得した。
だが、恭也がバスタードソードを手にとろうとしたときセルがそれを止めた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.280 )
日時: 2008/10/28 06:58
名前: テン


「恭也は休憩してろ」
「なに?」
「背中、痛むんだろう?」

恭也はそれを隠しているつもりだったが、怪我の程度が程度だ。表情に出さなくとも、その傷の酷さから生徒たちが恭也を無理をしているのは理解していたのだ。
やはり不甲斐なく思われているのか、と恭也は内心で嘆息する。だから言うことも聞かなくなっているのかもしれない。

「大丈夫だ」
「嘘つくな」
「本当だ」
「嘘をつくなよ!」

セルは突然叫んだ。
唇を噛みしめて、恭也の顔を真っ向から見つめながら。
だがすぐに首を振って、自分を落ち着けるようにゆっくりと喋り始めた。

「傷だけじゃない。体力だってかなりなくなってるんだろ」
「…………」
「考えてみりゃ、簡単にわかることだろ? 俺たちは戦う者と護衛を切り替えて、何度も休憩してる。だけど恭也はずっと戦いづめだろう。それに休憩のときだって敵に注意して集中しつづけてる」

護衛をしているときも確かに緊張はするが、それでも体力を回復できる。だが、恭也は常に前戦で戦い続けていた。つまり他の生徒たちと違い、恭也は戦闘の度に体力を消費してきたのだ。
だが、どの戦闘でも恭也がいなければ危なかったのもまた事実だ。それはセルも理解している。
そして休憩のときでさえ、他の者たちが安心して体力を回復できるようにあたりに注意を払っていた。やはりそれらが恭也に負担をかけていた。

「…………」

セルの真剣な目を見て、恭也はようやく悟った。自分が不甲斐なく思われているのではなく、心配されているのだということに。
そして……

「頼むよ、恭也」
「セル……」
「俺たちは戦える」

セルたちが、恭也が背中に受けた傷がを自分たちの所為だと思っていることに。

(やはり俺は指揮官には向かないな)

指揮する者たちの心情を理解できない己は、やはり指揮官には向かない。そう思って、恭也は表情には出さず、内心で苦笑した。
指揮官と言うには、恭也は少々過保護過ぎた。もっともその過保護さがなければ、今頃死人が何人も出ていたことだろうし、他に目的があったならば、もっと冷酷な指揮を執っただろう。
恭也は決して甘くはないが、自身で思う以上に過保護なタイプだった。ただその過保護さが発揮されるのは、戦いや御神の剣士として立つ場所でだ。それはここにいる生徒だけではなく、恭也が育ててきた美由希もであり、家族に対してであり、今まで守ろうとしてきた者たちにもであり、救世主候補たちに対して向けるものでもあった。
そういう意味では、やはり恭也は指揮官には向かないかもしれない。冷酷、冷徹になることはできるが、そうならなければならない時以外は発揮されることはなかった。必要のない場所で仲間の命を散らすことを良しとしない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.281 )
日時: 2008/10/28 06:59
名前: テン

「……わかった」

だが今は信じるときだ。
いつまでも過保護でいるべきではない。今後のためにも、恭也がいない戦場を感じさせるのにはもってこいではあるし、彼らの心情的にもその方が気分が晴れるだろう。
だが、助言だけは残さなくてはならない。決して彼らを死なせないためにも。

「いいか、身体的な能力は相手の方が勝っている。決して力押しで対抗するな。それをすれば簡単に負けるぞ」
「……ああ」
「場所を有効活用し、チームワークで乗り切れ。今までの行動からわかるようにあちらは連携などないようなものだ。そして常に前衛、後衛を意識して戦え。魔法の使いどころを間違えるな。セル、お前が他の者たちを指揮しろ」
「俺はそんな経験ないし、指揮教育なんて受けてないぞ」
「本来ならばアスクの方が適正はありそうだが、この場合は単純にこの中でお前が一番実戦の経験がある。それにこの中で一番強い」

現場での指揮能力というのは個人の強さよりも、実戦経験の方が重要ではあるが、ある程度強さがあれば余裕ができるのも確かだ。

「それとお前は基本的に傭兵科の生徒を指揮しろ」
「ってことは魔導士科とかは……」
「フィルがやってくれ」
「私……ですか」

本来ならば指揮系統は一本化するべきではあるが、この中では一番実戦経験があるとは言っても、それとて少しばかり上というだけであり、指揮教育など受けていないセル一人ではこの人数全てを背負うのは重い。
それに前衛での戦い方を一番理解しているのは傭兵科であり、後衛の……そして魔法の運用法を一番理解しているのは魔導士だ。その運用法の方が扱いやすいだろう。人数的にはセルの方が難しくなるとしてもだ。

「全体的な指揮権はセルに。フィルは補佐程度でも構わない」

それにセルとフィルは真剣な表情で頷いた。
恭也はさらに今までよりも護衛の数を減らした。今まで護衛の方までモンスターに抜かれたことはなかったし、もし抜かれても自分が何とかすると伝え、戦いに出る人数を増やしたのだ。
恭也にはわからないことだが、これによって生徒たちはさらに奮起した。絶対にこれまで通り抜かせない、と。それは別に恭也の指示によって頭にきたからではなく、モンスターに抜かれれば、恭也にまたも労力を強いるからに他ならない。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.282 )
日時: 2008/10/28 07:00
名前: テン


そしてとうとう恭也を抜かし、生徒たちはモンスターがいる方向へと進んでいった。恭也は初めてそんな生徒たちの背を見送ることになる。
木々の中に消えていく生徒たちを最後まで見つめたあと、恭也はその場に座り込む。木に背をつけようとも思ったが、背中の傷が痛むのでそれはできない。

「恭也さん、みんなを信じてください」

そんな恭也を見て、背後にいたアスクが言うが、恭也は曖昧に笑った。

「信じているさ」
「そう……ですか」
「信じられないかもしれないが、これでも俺はお前たちを頼っている」
「え?」

突然の恭也の言葉に、アスクだけではなく他の残った生徒たちも驚いた様子で恭也の背中を眺めた。

「今まで、お前たちができると信じて、指示してきた。その信頼にお前たちはちゃんと応えた。それなのに信じられないわけがなかろう。何より、俺一人だけの力でここまで来れるわけがない。皆が力を合わせたからこそ、ここまで誰一人欠けることなくいられた」

だから、と恭也は続けて、顔だけを振り返らせて怪我人と護衛の者たちを見つめて微笑み、

「あいつらだけでも誰一人欠けることなく戻ってくる。そう信じている」

信頼の言葉を紡いだ。



◇◇◇



セルは藪に身を隠し、前方にいるモンスターを見据えたあと、振り返って後ろにいる仲間たちに視線を向けた。

「一応言っておくけど、誰も死ぬなよ。ここで誰かが死んだら、恭也が今までしてきたことが全部無駄になる。そんなことは俺が許さねぇ」

まるで恭也の行動の方が、ここにいる全員の命よりも重いと言っているようにも取れる言葉。
だが、生徒たちはそれに非難の声など上げない。
当然だ。彼らの胸には、自らの命よりも重いものを秘めている自覚があった。だが決して命を軽んじたりしない。
なぜなら、この命は今までたった一人に守られてきたものなのだから。もう自分のためにでも無駄にできるはずがない。

「ボクたちは死ぬ気なんてないよ。死んでたまるもんか。恭也さんがあそこまでしてくれたのに、ボクたちがそれを無駄になんかできないよ」
「恭也さんの痛みを、想いを、決意を、無駄になんかしませんわ」
「僕たちが、それを踏みにじるわけにはいかない。そして僕たちにはそれ以外にも何が何でも生き残らなきゃけいない理由ができた」

パフィオが、アキレアが、ライラックが、

「いつか胸を張って恭也様の隣に立つためにも」
「恭也さんに守られる存在じゃなくて、いつか共に戦うためにも」

カラーが、フィルが、

「そのためにも……」

再びセルが、

「俺たちは……」
「ボクたちは……」
「私たちは……」
「あたしたちは……」
「僕らは……」

そしてその場にいた全員が、

『必ず生き残る!!』

その決意を叫び、モンスターへと飛びかかっていった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.283 )
日時: 2008/11/18 07:06
名前: テン




傭兵科の生徒たちはそれぞれ武器を握り、走った。
その両脇を固めていた魔導士と僧侶たちも、藪に潜伏している間に呪文を唱え終えていた魔法を一気に解放。
総計六人の手や杖から放たれる魔法の嵐。
雷、氷矢、光線、風刃、土槍、闇球……
それらが轟き、乱れ、爆ぜ、四散する。
一つ一つは救世主候補などの攻撃と比べれば小さいものでしかないかもしれないが、その全てが交わることで、効果は一気に跳ね上がり、効果範囲もまた広大なものとなった。
モンスターたちの絶叫が聞こえるのを無視して、セルを含めた傭兵科の生徒たちは、己の武器を持つ反対の手に握っていたものを一斉に投げつける。
空中に煌めく十の白刃。
傭兵科の生徒が主武器以外にそれぞれ何本か持つナイフ。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを地でいく戦法。無論、何人もの仲間がいて、そして奇襲だからこそできる方法でもある。
恭也のように狙って投げることが出来ず、まだ予備はそれぞれ所持している。そんなものをいくつも後生大事に持っていても仕方がないということでセルはこの戦法を指示した。無論、ダメージが与えられたらめっけもの程度のものでしかなかった。
しかし予想外と言うべきか、数本は表皮の薄いモンスターたちに突き刺さっていた。中には目に突き刺さっている。
セルは魔法によって倒されたモンスターをざっと見渡す。

「あと十七匹! 死にかけもいる! 一気に畳みかけるぞ!」
「応!」
「はい!」

セルの指示に応え、軽めの武器を持ち、速さを持ち味とする数人が一気にモンスターへと詰め寄っていく。

「はあっ!」

アキレアが人狼に向かってその手に持つレイピア《刺突剣》を高速で突き出す。幾度も突き出されるそれは、人狼から見て大輪の花に思わせる技であるだろうが、それは人浪に向けて捧げられる死の花。
目、口、関節、腹、アキレアのレイピアは正確に人狼の急所に幾度も突き刺さる。
しかし生命力の高いモンスターはそれでけでは死なない。だが、その痛みで絶叫を上げ、動きが鈍る。それだけで十分。
アキレアは一人ではないのだ。
彼女はそのまま長い茶の髪を揺らしながら横へと跳躍した。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

そこへバスタードソードを水平に構えたライラックが、動きが鈍った人浪へと突撃していく。突撃力を使って人狼の胸へと深々と剣を突き刺し、さらにそのまま下へと切り裂いた。
人浪の引き裂かれた胸から噴出する鮮血がライラックの顔に吹きかかるが、彼はそれを腕で拭うと剣を引き抜いた。

「次にいきますわよ」
「ええ」

それを見ていても顔色を変えずに言うアキレアにライラックは小さく頷く。
そして二人は新たな得物へと向かっていく。
そう、すでにここにいる者たちにとってモンスターは得物にすぎない。強くなるための得物。少しでも強くなり、あの遠い背中に追いつくための道具でしかなかった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.284 )
日時: 2008/11/18 07:07
名前: テン




「本当に……今更ながら良くわかる。ボクたちはずっと恭也さんに守られて、頼ってきたんだね」

パフィオは、目の前にいる猪顔のモンスターが握る槍を体捌きだけでかわしながら呟いた。
ナイフによる恭也の援護がない。恭也の的確な指示がない。縦横無尽に駆ける姿と斬閃の煌めきがない。それだけでこんなにも戦いにくい。こんなにも心細い。
生徒たちは気付いていなかった。あの戦闘能力にだけ目がいっていて、彼がどれだけ細やかに援護と指示を出してくれていたのか。

「だからこそこんなところで終われない!」

決めたのだ。
死なないと。必ず勝つと。
あの傷ついた背中に誓った。

パフィオは魔法に関しては、やはりリリィに遠く及ばない。魔導士科主席であるフィルならばその制御力などはリリィと同格かもしくは越えるだろうが、パフィオは魔導士科の中でも、成績はそれこそ真ん中以下といったところだ。威力でも制御でも及ばない。
だが、彼女はリリィをも大きく上回るものを持っていた。
パフィオは放たれた槍を、身体を小さく回転させることでかわし、一気に懐へと潜り込む。

「ふっ!」

短い息吹とともに、踏み込みの力と腰の回転の力を込め、下から突き上げるようにして放たれる掌底。
空気すら押し潰しながら、パフィオの掌底は目の前にいたモンスターの胸部へと、打ち放たれたロケットの如く向かい……突き刺さるようにしてめり込んだ。
ベキベキという何かが折れる音とともに、数本骨を砕いた感触がパフィオの手に伝わる。さらにモンスターの胸は数p陥没していた。
確かな技術を以て放たれたそれだが、小柄な少女であるパフィオが放ったにしては、威力が異常であった。それもそのはず、彼女は自らに補助魔法をかけ、筋力を魔力によって一時的に増強していたのだ。制御力が低いため、他人にかけてもなかなか成功しないが、自分にならば問題ない。
これがパフィオが持つリリィをも上回るもの。リリィ以上の格闘センス。
恭也と会うまでは、ほとんど使わなかった戦闘方。
自分は魔法によって戦う魔導士だからと封印していたそれ。
しかし、今それを解放した。
パフィオは、恭也に一度の戦闘で見抜かれた。自分が格闘技術を持つということを。魔法を使うまでの牽制のためではない本格的な相手を倒すための技術を持つと、体つきと体捌きから一度の戦闘で恭也に見抜かれてしまったのだ。
リリィのように牽制ではなく本格的な武器となる技術。
パフィオ自身は隠しておきたかったそれ。彼女にとってそれは所詮幼い頃から家の都合で勝手に仕込まれたものでしかなかった。昔から魔導士に憧れていたパフィオにとっては、邪魔でしかない技術。
だから誰にも気付かれたくはなかった。
彼が何気なく言ったのかもしれない言葉。それでもそれはパフィオに響いた言葉。

『魔法を学びながらも、それだけ維持できるというのは凄いな。それがどんなものでも、それはお前のためになる、お前の宝になる。仲間を守る武器になる』

自分にとって疎ましかった技術が誰かのためになる。
疎ましくても、なぜか捨てることはできず、隠れて鍛え続けたそれ。魔法を学びながら維持するのは難しかったが、それでも技術を、練度を低下させることはなかった。もっとも本当に欲しかった魔法の才能はほとんどなかったが。
それでもその両方が今融合され、武器になり、自分のために、仲間のためになる。

『内緒にしてほしいが、魔導士科の生徒たちは肉弾戦をするには少々貧弱だからな、近づかれたらお前が守ってやってくれ』

恭也は冗談っぽく続けてそう言った。
前衛の真似事……実際には本当に前衛向きだが……ができるパフィオに、恭也は純粋に魔法を使うことしかできない魔法使いたちにモンスターが近づいたら、それの相手を彼女に任せたのだ。
そして、そのときが今だ。
パフィオは、後ろに縛った桃色の髪をなびかせながら、右足を軸にして足刀を放ち、それをモンスターの頭へと叩き込む。その勢いのまま横へと回転し、弾き飛ばされるモンスター。
モンスターの生命力は高い。それだけされてもまだ生きていた。
だが、パフィオの役目はすでに終わっている。
パフィオが攻撃をしている間に、背後にいた彼女と同じ科の魔導士と僧侶科の仲間が呪文を唱え終わり、魔法を発動させたのだ。
倒れたモンスターに追い打ちをかけるように、氷の槍と青白い光線が突き刺さる。
倒れたところへと無防備にそれを受けたモンスターは、もう立ち上がることはなかった。
魔導士たちに近づいてきたモンスターを相手に、同じく魔導士であるはずのパフィオが接近戦で時間を稼ぐ。
それが今のパフィオの役目。

「仲間のために……何より恭也さんの役に立てるなら、ボクの持ってるもの全部使ってやる」

たとえそれが自分にとって疎ましいものでも、恭也のために……そして、彼に追いつくのに、彼の隣に立つのに、それが最短の道であるならば迷いはしない。それすら力に変えてみせよう。
自分のせいで傷ついた恭也。
傷だらけの身体に、さらに深い傷を残した恭也。
もう自分たちの所為であんなことにはさせない。
そう誓い、パフィオは近づいてくる新たな敵へと向かっていった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.285 )
日時: 2008/11/18 07:09
名前: テン



セルは大剣を肩に担ぐようにして構え、先ほどからリザードマンが放つ剣撃をかわし続けていた。
基本的に大きな武器を持つセルの攻撃方は受け身だ。敵の隙をついて攻撃するか、敵の攻撃ごと叩き潰す。もしくは型に填らない動きで意表をつく。
下手に剣を振り回せば、その重さで逆に隙を作りかねないからだ。救世主候補である大河ならば、この重さの武器でも、それこそ片手で振り回しかねないが、それはセルには不可能なのだから。
だが敵の攻撃をかわし、時には体捌きと足技で敵を牽制するその技術、体術は、救世主候補たちのそれを大きく上回る。大河と一緒になって女の子を追い回したりなどと、普段の行動や言動からは信じられないが、彼は彼で傭兵科の中でもトップレベルの技術を所持しているのだ。
一対一ならば受け身でいくか、奇抜に戦う。だが今回は違う。

「セルビウム君!」

カラーのセルを呼ぶ声とともに、彼の目の前に障壁が展開される。それはリザードマンの剣撃を完全に防ぐと、バラバラになって消えていく。
攻撃を防がれ、その反動で踏鞴を踏むリザードマン。それは大きな隙だ。だが、まだセルは動かない。

「ヴォルテクス!」

さらにセルの背後より放たれる雷撃。
背後からくる仲間の魔法は、それが敵に放ったとわかっていても恐いものがある。だが、彼女が……フィルが放つそれは心の底から信用できる。なぜなら彼女の魔法の制御力は、救世主候補のリリィと同格か、それ以上であるのだから。
フィルが放った雷撃は、セルだけを避け、的確にリザードマンに突き刺さるようにして直撃した。
だが、それだけでは致命傷にはならない。
だからこそセルは、痛みで絶叫を上げ、だが痺れて動けない敵へと追撃に移る。
その膂力を使い、剣を一気に振り上げた。腕に血管が浮き出る。背筋が盛り上がる。全身の筋肉という筋肉を使い、その力を一気に解放する。
振り下ろされた大剣は風を叩き潰すようにして進む。
森という戦場、そしてその大きな武器。そのため太い木の枝が斜線に入るが、風とともにそれさえもまるで木の葉のように砕き、剣撃の進行の邪魔にはならない。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

裂帛の気合。
上段から振り下ろされるそれは、魔法によって動きを止められたリザードマンの頭部へと寸分違えず吸い込まれるようにして叩き込まれる。
その重さとセルの力、技量を以て放たれたために、堅い表皮を持つはずのリザードマンの身体を簡単に真っ二つに切り裂いた。
頭部から股間まで二つに裂かれたリザードマンは、左右に分かれて地に沈む。
セルはそれに目もくれず、辺りを見渡した。

「あと九匹……!」

瞬時に残りの敵の数を把握する。

「フィルさん! 魔導士たちに敵の分断させてくれ! 使う魔法は任せる! カラーさんは他の援護に回れ!」
「うん!」
「はい!」

セルの指示を聞いて、二人はそれぞれの仕事にかかる。
魔導士たちの援護で何体か分断してくれたりしていたため、前衛の者たちは基本的に二人、もしくは三人で一体を倒すことができる。恭也に言われた通り、複数で一体と戦えばどうにもでもなる。
今までも当然そうやって戦ってきたが、恭也の指示で動いていたため、または恭也が一人で同時に複数の敵を相手にしていたため、いつのまにか一体に対して複数で戦うという状況を作れていた。
だが、恭也の指示がなくなり、恭也が戦わないだけで、どれだけその状況を作り出すのが難しかったのかが、今更ながら理解できてくる。しかも恭也は複数の敵と同時に戦いながら状況を把握し、指示を出していたのだ。

「どれだけ俺たちが恭也に負担かけてきたのかよくわかった」

本当に今更ながら……今までの恭也の真似事をして、セルも本当の意味でそれに気付いた。しかし真似事とは言っても、彼と同じことなどまったくできてはいない。あくまで真似事でしかない。
自分たちが恭也の指示の本当の意味を理解して戦えていれば、もっとうまく戦えたかもしれない。ただ指示を聞くだけでなく、その真意を測りながら戦えたならばもっと……

「……みんなで絶対に生きて戻ってやる」

やっと理解できはじめてきたのだ。ここを生きて帰れれば、次はもっとうまくできるはずだ。これはセルだけでなく、ここにいる全員がそう思っている。
すでに教訓はできた。すでに目標はできた。すでに進むべき道は見えた。
ならばそれを活かすために一刻も早く学園へと戻り、そのための訓練をしたい。みんなそう思っている。
だから、

「こんなところで、ちんたらしてられるかよ!」

セルは再び敵へと向かっていく。
生き延びるために。
もっと強くなるために。
あの背に追いつくために。
セルは、親友である大河が恭也に師事する気持ちが本当に理解できた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.286 )
日時: 2008/11/18 07:10
名前: テン




◇◇◇



「はあ、はあ、はあ」

セルは息切れを繰り返し、武器を握りながらも、足の力が抜けたかのようにその場へと座り込んだ。それは彼に限らず、傭兵科の生徒たち大半もだった。
彼らの周りには多くのモンスターの死体が転がっている。
だが座り込んだ彼らも一様に傷だらけだった。危ない場面だって多々あった。
だが、それでも全員が生き残ることができた。

「やった……」

息切れを繰り返しながらも、セルは一言呟いた。
生徒たちだけで、モンスターを倒しきった。だが、脱出を始めて最初の戦闘に勝利したときのような勝ち鬨は上がらない。
そんなことをしていられないほどの疲れがある。何より、どれだけ自分たちが恭也に助けられていたのかがよくわかってしまったから。

「セル」

ライラックは木々の合間から見える空を見上げながらセルへと声をかけた。
それにセルは気の抜けた返事をする。

「なんだあ?」
「学園に戻ったらもっと訓練しよう」
「そうだな」

今ならもっと効率よく訓練ができるような気がする。
ここにいる全員がそう思っていた。
足りない。
この程度では足りない。
この程度の勝利で喜んでいられない。

「ボク、もっと強くなる」
「私もですわ」

パフィオとアキレアはお互いの背にもたれかかりながら言い合う。
もう守られるだけではいられない。
時間はそれほどないのかもしれない。だが、そんなこと言っていられないのだ。

「それぞれの科を混ぜた合同の訓練、したいですね」
「帰ったら先生に頼んでみましょう。無理なら集まって自主訓練でも構いませんよ」
「恭也様にも手伝ってもらえるといいのですが……いえ、駄目ですね」
「ですね。それは駄目。アドバイスを聞くぐらいはいいかもしれないけど」

これ以上恭也の手を煩わせるわけにはいかないと、カラーとフィルは短く息を吐く。
すでに今回のことで自分たちに何が足りないのか、何となく見えているのだ。恭也にこれ以上の指導を求めて頼りきっては意味もなくなる。本当に煮詰まったとき、恭也にアドバイスを求めればいい。
生徒たちはそんな会話をそれぞれ交わしていた。
今の自分に満足ができない。つい数週間前までは考えもしなかったことばかりが思いつく。たった一日で、ここにいる生徒たちの目指すものが変わってしまっている。
だがそれは前日までとは違い、明確な目的となっていた。

「よし、そろそろ戻ろう。血の臭いがある場所にいつまでもいるべきじゃない」

セルは立ち上がり、大剣を肩に担ぐと仲間たちを見渡して言った。
他の生徒たちは立ち上がることで肯定を示す。
負った怪我は痛いが、動けないほどではない。恭也が受けた傷と比べれば痛いなどとは言っていられない。疲れたなどとも言っていられない。
立ち上がった生徒たちは、それぞれ頷き合うと、ゆっくりとした足取りだが、恭也たちが待つ場所へと戻っていく。
そして、恭也たちの姿が草木の間から見えたとき、座っていた恭也がゆっくりと立ち上がったのが見えた。
そんな恭也に生徒たちは勝った、と告げるように笑顔を向ける。本当ならそんな当然のことで笑顔を浮かべるべきではないのかもしれない。だが恭也はそれを求めているような気がした。
そしてそれは確かに当たっていた。
恭也はゆっくりと戻ってきた生徒たちに近づき、

「良くやった」

結果を聞くことなく、ただ薄く笑って言った。
それが本当に生徒たちは嬉しかった。
涙腺の緩いフィルやカラーなどは少しだけ涙を溜めている。
似たようなことは今まで何度か言われた。だが今回はまるで意味が違う。
だからこそ……本当に嬉しかったのだ。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.287 )
日時: 2008/11/18 07:11
名前: テン




◇◇◇



恭也はようやく見えた月明かりと街灯に浮かぶ町並みを眺め、息を吐いた。
それと同時に、

「帰ってこれた」
「やった……」
「生き残れた」

背後から様々な声が聞こえた。
恭也たちはあの森から脱出したのだ。
背後にはまだつい先ほどまで歩いていた森がある。そして朝出発したにも関わらず、すでに空は闇に染まっていた。
疲れからか、ほとんどの者たちがその場にへたり込んでしまったが、恭也は何も言わず好きにさせた。まだ安全とは言い難いが、それでも今は生き残ったことを喜ばせてやるべきだ。警戒は己がすればいいだけのこと。
何度もモンスターと遭遇したが、誰も脱落することなくここまでこれた。それでもそれぞれ傷だらけだ。だが、その痛みも気にならないほどに全員が喜んでいる。

「お疲れ」

振り返って短いそんな言葉を生き残れたことを喜ぶ生徒たちに告げ、恭也は笑う。
その言葉に、やはりそれぞれが嬉しそうな表情を浮かべる生徒たち。しかし全員理解している。彼がいなければ、自分たちは生き残れなかったと。
ここまで百匹以上ものモンスターと遭遇し、それを皆で倒してきたものの、恭也がいなければ簡単にやられていた。彼は見えないところであらゆる場所へと援護に入り、果ては一人で半数以上のモンスターを倒したのだ。
そのたびに恭也も怪我を負ったが、それでも恭也は痛みに顔を顰めることもなく戦い続けた。そんな姿と、そしてその大きすぎる背を眺め続けたいと願ったがために。そして何より、その広い背にできた傷のため。自分たちの不甲斐なさと決別するための決意を与えてくれたそれが、生徒たちを生き残らせた。
生徒たちは感謝の言葉をかけようとそれぞれが思ったが、きっと恭也は感謝されることではない、とでも言うのだろう。短くともここまで共に行動したことで生徒たち全員がわかっていた。
その中で、補助の手を借りてここまで帰ってこれたアスクが真剣な顔を口を開いた。

「破滅と本格的に戦いが始まれば、こんなこと毎回起こるんでしょうか?」

その言葉に、今まで笑っていた生徒たちも再び僅かに暗い表情を浮かべた。
破滅が動き出している。だが、まだ本格的とは言えない。もしそれが本格的に行動を起こしたなら、この程度のことではすまない状況になる。

「そうだな。千年前はまさに戦争だったらしいから、この程度ではないのかもしれない」

そして恭也はそれらを理解しながら、淡々と肯定した。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.288 )
日時: 2008/11/18 07:12
名前: テン


「だからお前たちにも頑張ってもらわないといけない」
「え?」
「戦争ならば一人でやるものではない。俺一人では戦いにすらなりはしない。もちろん救世主候補たちだけでもな。いずれみんなの力も借りることになると思う」

正確には恭也が彼らの力を借りるのではない。今回のように王国や学園から強制的に参加させられることになるだろう。
だが、恭也は力を借りると言った。

「俺ができることなど剣の届く範囲にいる敵を倒すことだけだからな。むしろそれしか能がない」
「恭也……」

苦笑しながら言う恭也に、セルは何とはなしに彼の名を呼んだ。
彼にそれしかできないのなら、自分たちはもっと何もできない、とその場いる全員が思った。

「だから皆の力も借りる。今回のことでお前たちは成長しただろう。それこそ学園で授業を受けているだけではできない成長をな」

そう言われても、生徒たちはそんなことわからない。
自分たちは死を恐れ、任務を失敗したのだから。
成長しなければならないとは思う。だが成長できたかはわからなかった。

「失敗や敗北は、成功や勝利以上のものをくれる。俺も何度も失敗し、敗北を重ねてここまできた。だからお前たちも成長している。次のときはもっとうまくいくだろう。今回感じた恐怖を忘れるな。今回得た勝利を忘れるな。そうすればお前たちはきっとこれからも生き残れる」

生徒たちの考えがわかり、恭也はそう言った。
それから調子に乗って柄でもないことを話しすぎたと、恭也は内心で再び苦笑し、生徒たちから視線を離して町に向かうために歩き出す。
それに驚きながらも、へたり込んでいた生徒たちは立ち上がり、恭也の後をついて歩いていく。
その間会話はなく、生徒たちはただ一心に先頭に立つ恭也の背を見つめていた。まだ半日ほどでしかないのに、それでももう何年もその背を眺めてきたかのような感覚だった。
そのコートの下には、未だあの火傷があるのだ。
じっと、憧れを抱くに十分な、広く、強い背をただ眺める。
今回のことで成長できたというのなら、この背中に少しでも追いつけたのだろうかと考えながら。

そんな視線を感じたからか、恭也は歩きは止めず、僅かに顔だけを振り返らせた。

「この先、頼りにさせてもらうぞ」

それだけの言葉を小さな声で残し、恭也は再び顔を戻してしまった。
だが、生徒たち全員が確かにその言葉を聞いた。
頼りにしていると。
あれだけの戦闘力を持つ彼が、生徒たちにそんな言葉を向けた。
恭也の周りには救世主候補という、彼と同等以上の存在たちがいるというのに、それでもそんな力のない自分たちにまで頼りにしていると言う。それに生徒たちが嬉しさを感じないわけがない。
同時に、恭也の期待に応えるためにはもっと強くならなければならないと、全員が再び決意した。
今は恭也の言葉に応えられない。
恭也に頼り切り、不甲斐なさを自覚し、まだ彼に並ぶことができない生徒たちは口に出して、それに応えるわけにはいかない。
だから生徒たちは口にして応えず、ただ恭也のの言葉に頷き返した。それが彼に見えないとわかってないがらも。
そしてその背を見ながら誓う。あの自分たちのためにできてしまった傷痕に。
フィルもセルも、アスクも、カラーも……他の生徒たちも。
この背に追いかけてみせると。
強くなってみせる。
そして、いつかきっと……