Re: 黒衣(仮投稿) ( No.256 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:07
- 名前: テン
恭也は火の番をしつつも、目の前に広げた武器類を眺めていた。 それらは怪我を負って動けない生徒たちから託された武器。 その中でアスクから託されたバスタードソードを恭也は眺める。 使い慣れない剣だが、まあ仕方がない。セルが使うような巨大なツーハンドソードと比べれば、まだ使いやすい方だ。 それとダガーやナイフが十数本。これだけあれば何とかなるだろう。 これらは全て恭也に託された武器だ。大切に使わなければならない。 あとは太めの鋼糸が数本残っている。
「恭也」
武器を眺める恭也にセルが話しかけてきた。
「セル、まだ寝ていろ」 「いや、まあ大丈夫だ」
セルは顔に笑み浮かべて、火を挟んで恭也の目の前に座った。そして、その横に自らの剣を置く。
「それ、使えるのか?」
セルも恭也が広げている武器が彼がいつも使っているものではないと知っている。そして傭兵科に所属しているため、使い慣れた武器以外のものを得物とするのがどれだけ危険かも理解していた。 もちろん傭兵科で授業を受けているだけに、それら自分が使う以外の武器の知識はある。だがあくまで知識だけだ。
「問題ない。一通りの武器は使える。まあ、小太刀と同じようには使えないがな」 「はあ、お前は……大河たちとは別の意味で凄いな」 「そんなことはない」
恭也は苦笑いながら首を振る。 本当に凄いなら、きっとこの場所にいる全員を守りながらこの森を脱出することだってできるだろう。 だが、恭也にはそれは無理だ。 だから全員の力を……助けに来たはずである者たちの力を借りるしかない。 それが恭也の限界なのだ。
「せめてベリオを連れてこれれば良かったのだがな」 「それは仕方ないって。お前に与えられた任務は斥候だろ? 委員長にそれは無理だと思うぞ」 「まあな」
恭也は頷き返しながらも、内心で経験不足でもカエデは連れてくるべきだったと呟いた。 経験が少ないのなら、今回経験させればよかったのだ。そしてそれを恭也がフォローすればいい。 そんなことも考えつかなかった。このところ色々とありすぎて少々余裕をなくしていたのかもしれない。 まあ、それを今更後悔してもおそい。
「みんなちゃんと眠っているか?」 「ああ、大丈夫だ」
セルは言いながら辺りを眺める。 それほど大きくはない洞穴の中に二十数名の男女が眠っている。横になっている者もいれば、スペースの関係から壁に背を預けて窮屈な体勢で寝ている者もいた。 ずっと緊張し続けていたのだろう、全員が深く眠っている。
「恭也の方こそ寝なくて大丈夫なのか? さっきまで戦ってたんだろう。火の番と見張りなら俺がやるぞ」 「大丈夫だ。それにお前は広範囲で気配はひろえんだろう?」 「いや、そもそも気配なんて何となくでしかわからん」 「何となくであろうとわかるのなら十分ではあるさ。それである程度の危機は感知できるからな」
恭也は笑いながら先ほど集めてきた木の枝を火に投げ込む。 恭也が火の番をしているのは、モンスターを警戒してでもあるのだ。恭也ならば、モンスターたちがこの洞穴に入ってくる前に気付くことができる。 そして、その間に生徒たちには眠らせた。 全員恭也の言いようから、すぐさまこの森から脱出すると思っていたようだが、今日は休むと恭也は生徒たちに告げた。 どうせもうすでに日も落ちていて、怪我人をつれて集団で暗い闇の中を歩くのも危険だし、夜目の効くモンスターもいるかもしれない。だから夜を明かし、朝に出ることにしたのだ。 何よりモンスターとの戦いと緊張とで失った生徒たちの体力を回復させなければならない。 恭也は一人火の番と見張りを買って出て、生徒たちには眠るように促した。魔力はどうだかわからないが、少なくとも体力を回復させるならば、やはり眠るのが一番だ。 恭也ならば一晩程度寝なくても戦闘は可能だし、先ほどまでの戦いで失った体力もじっとしていれば回復する。 そして日が昇る時を待つ。
「で、実際どうするんだ?」 「ふむ」
セルの問いは、どうやって全員でこの森から脱出するか、ということだろう。
「まあ、その話をする前に……フィル、寝るのならそのままでかまわんが、俺たちの話を聞いてるつもりならこっちに来い」
恭也は眠っている者たちを起こさないように、小さな、それでいて通る声を出した。 すると火の近くで寝ていたフィルが、ゆっくりと起きあがった。
「え、えっと気付いてました?」
そう言って、寝た振りをしていたことがばれたフィルは照れたように顔を赤くしながら、恭也の近くに寄り、そのとなりに自然な動作で腰を下ろした。
「ずっとな。寝息がしなかった」 「ね、寝息って」 「人は起きているときと寝ている時では呼吸の仕方が僅かに違う。それと他の何かに集中しているときもな」
二人の会話を聞きながら、セルは首を傾げた。
「恭也って、アーカスさんと知り合いだったのか?」
恭也がここに現れた時も、二人はどこか親しげに話していたが、そのときは聞けるような状況ではなかった。そのためセルは今その疑問を口にした。内心で、一般科の完璧超人と言われ、その可愛さから男子生徒からの人気も高いフィルと親しげに話す姿を羨ましいと思いながら。
「知り合ったのはそれなりに前だ。出会ったのは俺がこの世界に来た日だな」 「ですね」
フィルは笑いながら恭也の言葉に肯定する。 恭也が彼女と話をするようになったのは、それなりに前だが、それでもこの世界に来てから時間が経ってからだった。だが、出会ったのは恭也がこの世界に来た日になる。 彼女は、恭也が救世主候補を選定する帯剣の義と呼ばれる試験の際、恭也の相手であったゴーレムの暴走に巻き込まれて、命の危機に陥った。そのときに彼女を助けたのが恭也だ。 つまり初めて出会いと言えばそのときだった。だが、話すようになったのは、フィルに悩みのようなものを相談されてからになる。 それからはそれなりの頻度で話しているが。
「はあ、魔導士科の主席とまで知り合いとはな、羨ましいかぎりだぜ」
それらを聞いて、セルは呟く。彼自身としては、魔導士科の主席だからではなく、可愛い女の子だから羨ましいのだが。 そのあたりはフィルにはわからないものの、恭也はセルの人となりを知っているだけに、その意味も伝わり呆れた表情を浮かべている。
「まったく、お前と大河は本当は兄弟か何かじゃないのか?」 「なら兄貴は俺だな」
恭也の言葉にセルはニッと笑って言った。 恭也とセルの言葉の意味がわからないフィルは首を傾げて二人の顔を交互に見つめていた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.257 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:11
- 名前: テン
第四十七章
「ま、それはいいとして、このあとどうするんだよ?」
笑っていた顔を引き締めて、セルは再び問いかける。
「それは皆が起きてから……と言いたいが、俺もまずお前たちに聞きたいことがある」 「おう、何だ?」 「傭兵科の者たちの技量……はだいたいわかるが、全員森での戦闘はいけるか?」 「うーん、武器にもよるよな」 「まあ、お前は戦いづらそうだな」
恭也は言いながら、セルが自らの隣に置いた彼の剣を眺めた。 幅も広く、厚い刀身を持つ両刃のツーハンドソード。恭也の小太刀のように斬るという用途でも、他の剣……例えばアスクに託されたバスタードソードのように切ったり、突いたりを主眼としているわけではなく、むしろ叩き切る、叩き潰すということを主眼にしている剣。 これは森という障害物が多い場所では使いづらい得物だ。
「俺の場合、モンスターと戦うことを意識してるからな。場所によっては使いづらいのはわかってるけど」 「確かにそうだがな」
力と重さで叩き潰すという戦い方は確かにモンスターとの相手では有用だ。モンスターの中には巨大なものも多いし、表皮が固いものもいる。それらを相手にするならば、ナイフや小さめの剣よりもよっぽどダメージを与えられる。
「そんな細い剣でモンスターを斬れる恭也の方が異常なんだよ。まあ、こっちも女はレイピアとか使うのもいるけど、あれは基本的に急所を突くだし」 「なるほど」
恭也が使う小太刀……というよりも刀は主に技術で戦う。対してセルたちが使うような洋剣は技術よりも力と重さだ。もちろん技術が必要ないなどとは言わないが。極端に言ってしまえば刀は繊細で剣は大味、といったところだろうか。 そう言った剣を扱うセルたちからすれば、今にも折れてしまいそうな細長い刀で、斬撃を基本として戦う恭也の方が異常に見える。 どういうわけかこの世界にも刀は存在するが、使用しているの人を見たことは恭也もない。 小太刀の研ぎを依頼している武器屋の話によると、その店主は仲介人でしかなく、研ぎをしているのは他の人物で、普段は包丁などを造っているらしい。その刀匠の出身の村では刀を使っている剣士が多いとのことではある。 つまり刀自体は存在するものの、使用する者が極端に少ないため、セルたちはそんな剣士を知らず、恭也の小太刀でモンスターを斬ることが凄く感じるということだろう。
「まあ、ここまででかい剣を使うのは俺ぐらいだ。他のみんなは大抵アスクが使ってるぐらいの剣だな。さっき言ったとおり女とかは軽めのレイピアとかサーベルとかの片手剣を使うのもいる」
セルは恭也の目の前に置かれたアスクの剣を眺めながら言った。 つまり大抵はバスタードソードということだろう。女性は基本的に力が男性に劣るため、突くことを主眼としている剣を使っているようだ。 それならば森というフィールドでも何とかなるだろう。
「ただまあ、森って言う場所で訓練したことがあまりないからな」 「やはりか」 「ああ。まったくないってわけじゃないけど、戦えるって自信をもてるほどじゃないぜ」
森という場所での戦いが慣れていないのと、精神的な問題が、今回こんなことになった一番の原因だ。 その話を聞いていたフィルは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「魔導士科ですと、そもそも森での実習なんてありませんでした。戦闘ですと実技の授業だけでしか行いませんし、その場所も闘技場しか使いませんし」 「まあ、魔導士科は戦闘訓練って言うよりも、魔法の実践が基本だって話だしな」 「ええ、魔法を覚え、それを復習し、実践する。その実践が、戦闘訓練に相当すると言われてきましたし。僧侶科も同じだと思います」
二人の話を聞いて、恭也は思わず頭を抱えたくなった。 魔法の実践が戦闘訓練に相当する、そんなわけあるわけがない。 例えば炎の魔法を止まった的にぶつけるだけでは意味がない。戦闘になれば、的は動くし、思考を持つ。治癒魔法だって、本当に怪我をした人間に使わなければ、どの程度回復するかもわかりはしない。 もちろん魔法のことなどわからない恭也だ、それに関してはアドバイスなどは言えないし、魔法を修得するという意味では、その授業の仕方が間違っているなどと断定もできない。 だが、戦闘を基準として考えると違う。魔法を使ってみる、だけでは意味がないのだ。それが実戦でどのように機能するのか訓練で計るのが通常だ。
本当に深々とため息を吐く恭也を見て、フィルはさらに申し訳なさそうな表情を浮かべるが、これは彼女が悪いわけではない。
(学園も一枚岩ではないということか、それとも理由があって学園長が手をくわえていないのか)
恭也の知るかぎり……いや、わかるかぎり、教師陣の中で実戦経験……それも一度や二度ではなく、何度も命のやり取りをしたことがあるような者はわずかに三人だ。 恭也が破滅の諜報員ではないかと睨んでいるダリア、ダウニー、ミュリエルの三人。 その三人は、この授業形態が実戦をあまりに無視しているのはわかっているだろう。 それに関して何も言わないのはなぜなのか。むしろ三人とも破滅の手先ではないかとさえ疑えてしまう。 それともその三人が繋がってはいるが、旧い体勢を変えられないだけなのだろうか。 そこまで考えて恭也は二人に気づかれないように、小さく首を振る。 それらは帰ったあとに考えればいいことだ。今は他に優先すべきことがある。
「そのへんは今何かを言っても始まらない。フィル、魔導士科の生徒たちそれぞれができること、使える魔法の種類なんか教えてくれ。わかるならば僧侶科の方も頼む」
それにフィルは魔導士科ができること全てを話していく。 五人いるので、魔法の種類はそれなりに多い。中には重複しているものも多いが、それは構わない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.258 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:12
- 名前: テン
- 僧侶科の者たちの魔法も入れれば他にもいくつか支援に使えそうなものがあった。
それに恭也は満足そうに頷くと、セルの方を見た。
「セル、傭兵科の生徒たちの防具は、お前のような感じなのか?」 「いや、俺は使う武器がでかいから、基本的に軽め、ってか胸当てぐらいの上に皮。他のやつらはだいたい軽鎧、中には軽鎧と重鎧の間って感じのもいるけど」
セルは言いながら、洞穴の一角を指さした。 そこには休憩するときに邪魔になるため、取り外した鎧などがいくつも置かれていた。 それを見て、恭也は少し考えたあとに告げる。
「そうか。ならそれらは手甲とあとは簡単な防具以外は破棄させておいてくれ」 「って、防具破棄って、防御力なくなるぞ。それに精神的にきつい」
防具を棄てる。それがどれだけ危険か。 防具というのは何も防御力だけが重要なのではない。自分の身を守るものがあるという安心感を与えるものでもあるのだ。それを破棄するということは、その安心感をも捨てさせ、恐怖心を煽ることになる。 恭也たちの世界で考えるなら、いつ銃弾に狙われるかわからないという状況だから防弾チョッキを着ていたのに、それを脱がされて歩かされるようなもの。狙われているとわかっているならば、その恐怖は計り知れない。 それは簡単な防具しか頼らない恭也にもわかっている。 だが、意味があるのだ。
「森の中を歩くのに重装備では逆に邪魔だ。動きづらくなる。防御ならば自分の防具ではなく、障害物を使えばいい……とは、簡単には言えんが、それでも森の中ならば……とくに今回のように怪我人を連れる以上は機動性を重視した方が生存率は高まる」 「……なるほどな」
草木が伸び、足下もおぼつかない森という地形では身軽な方が動きやい。逆に重い防具を纏っていれば、それだけ体力を減らすことになる。 恭也としては、何日か森を彷徨っていたのに、未だ防具を破棄していないことの方が不思議だった。まあ、やはり森の中で孤立し、常に緊張していたという状況で、身を守る安心材料をなくすという発想を浮かべることができなかっただけだろうが。
「問題は朝まで治癒魔法が使える者たちの魔力がどれだけ戻るかだ」 「おそらく重傷者一人か二人を回復させるのがやっとかと」 「そうか」
それに他にも怪我人はいる。中には動くことはできるが、腕を怪我して武器を持てなかったり、魔法を使えなかったりする者もいるのだ。 動けない者の治療を優先するか。それとも動けるが行動に支障は出るものの動くことはできる者を優先するか。 だがそれはすぐに決まった。
「治癒魔法は、動ける者を優先させてもらう」 「戦える人間を増やすのか?」
セルの問いに恭也は小さく首を振る。 怪我人も連れていくのだ、その者たちを運ぶのにも人手はいる。正直、一人の動けない怪我人に最低二人はつけなくてはいけない。そのぐらいつけなければ、この森の中で動くのは困難だ。 それらを説明すると、フィルは火に照らされた顔を青くさせた。
「それってつまり、十八人はモンスターが現れたときに何もできないってことじゃないですか……?」
動けない重傷者六人に二人の補助をつける。つまり十八人は何もできなくなる。 残り恭也を入れて九人で、モンスターが現れた場合対処しなくてはならない。それもそれらの十八人を守りながらだ。 だがそんなフィルの考えを恭也は簡単に否定した。
「戦闘になったら、怪我人の護衛と戦うものを分ける」
意識不明の者や命に関わる者がいないだけマシと言える。そんな者がいたらその者にもっと多くの人数を割かなければならなくなっていた。
「まあ、モンスターと戦うことになったとしても、できる限りこちらから奇襲をしかけられるような状況にはしてみせる。そのへんは皆が起きてから説明するさ」 「わかりました」
ある程度二人には話したが、これ以上はやはり全員が起きてからだ。生徒たち全員、本人から自身が何をできるのか確認したいし、それをすることで自分にできること、できないことを再確認させることもできる。 そのへんはセルたちには語らなかった。 話は一段落ついたが、セルは一番重要なことを聞くのを忘れていたを思い出した。
「そういえば、恭也、森の出方はわかるんだよな?」 「ああ。感覚的にもだいたいは覚えているし、目印もつけてきている。距離にすれば一番近い出口は三キロと言ったところだ。最悪俺が斬ってきたモンスターの死体を目印にすればいい」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.259 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:14
- 名前: テン
三キロ、微妙な距離だとフィルとセルは顔を顰める。 ここで遭難する前の二人だったならば、三キロぐらいどうということはないと思っただろう。だがこの森を彷徨ったことで、足場が悪く、視界も開けない場所では、それを踏破するには通常の倍以上の時間はかかるというのを身にしみてわかっていた。しかも怪我人をつれてだ。倍どころではすまないだろう。 それでも三キロという距離は、セルたちが今まで彷徨ってきた時間を考えれば近くは感じた。似たような所を彷徨っていたのかもしれない。
恭也は二人に言わなかったが、下手をすると実質その倍以上の距離になるかもしれないというのも覚悟していた。 怪我人がいる状態だ。なるべくモンスターとの戦いは避けたい。そうなるとそれなりに迂回して回ることになるだろう。しかしそうすると移動距離は増えるというわけである。 逆にモンスターを排除しつつ最速で脱出するという案も考えているのだが、恭也は未だどちらにするかを迷っていた。
(正直、どちらにするかは実際に歩いてみないことには決められんな)
形を変えながら揺らめく火を見ながら、恭也は内心で嘆息する。 恭也とて、このような人数、状況で森を歩く経験などなく、不安があるのは当然だ。だが、彼はそれを見せるわけにはいかなかった。 セルやフィルを含めて、この場の全員が恭也を支えとしている。それを恭也自身意識していた。そのため不安を口にするのも、顔に出すこともしてはならないのだ。 恭也はそんなこと意識しながら、再び二人から生徒たちの情報を引き出しつつ、今後のことを考え始めた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.260 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:15
- 名前: テン
◇◇◇
「行くぞ」
洞穴を出て、草木が茂る森を眺めてから、恭也は背後を振り返り、生徒たちに言った。 それに二十六人の生徒たちが頷く。 そのうち六人は、一人、もしくは二人の生徒に支えられて立っている。 傭兵科の生徒たちは、すでにこの洞穴に防具を破棄した。それを不安に思う者もいたが、そのへんは何とか恭也やセルなどが宥めてみせた。 そして恭也たちは森の中を歩き始める。 恭也を先頭に、殿は三人の傭兵科の生徒。中央には怪我人とそれを支える生徒たち。さらにその生徒を守るようにセルを中心としたどちらかと言えば大きめの武器を所有する生徒たち。さらに恭也たちの後ろにフィル、中央と殿の間にも魔導士を置いた。僧侶科の生徒たちは、全ての魔力をここに出る前に怪我人の治療に使ってしまったので、基本的に怪我人の歩く補助をしていた。 生徒たちの全員が、先頭を行く恭也の背を眺めながら歩く。 だが、やはり怪我人を連れているため、その行軍は遅い。 恭也はたまに枝を確認しながら歩いていた。彼が確認する枝は、大抵折れていた。いや、それは自然に折れたものではなく、何か鋭利なもので斬られたものであった。つまりそれが出口までの目印なのだろう。他にも、たまに恭也が斬り殺したであろうモンスターの死体もあった。 そして、恭也の指示で途中でも止まったりを繰り返しながら進んでいく。 どれほどの時間が経ったのか、緊張で時間の感覚が鈍っていた生徒たちはわからなかったが、またも唐突に恭也が全員の足を止めさせた。
「……これは、かわせないか」 「恭也さん?」
恭也の呟きを聞き、フィルが何事かと話しかける。
「しばらくいったところにモンスターがいる。これまでは迂回して戦闘は避けてきたが、これはできない」
モンスターという言葉に何人かが今まで以上に緊張した様子をみせる。 それに今までは避けていたという言葉にも驚きをみせる者もいた。他の者たちからすれば、普通に進んでいるようにしか感じなかったのだ。それがまさかモンスターを避けて進んでいたとは思わなかった。もちろんこれまでモンスターに出会わないというのを不思議にも思っていたのだが、それは恭也がわざわざ避けていたからだったのだ。
「どうして迂回できないのですか?」
中央にいた僧侶科の生徒の一人が言った。
「左は川が流れている。そちらにいっても最終的にモンスターとぶつかる。右を行ってかわしても、しばらくするとここら辺よりも草や藪が茂っていて、そこを通るのは辛い。下手をするとはぐれる者が出かねんし、そこでモンスターとぶつかるとまずい」
恭也は質問に答えてから、背中に吊していたアスクに託されたバスタードソードを鞘から抜いた。 それを見て、他の傭兵科の生徒たちも次々に自らの武器を取り出し、構えた。
「戦うしかない、ですか?」 「ああ」
フィルが唾を飲み込んで聞くと、恭也は軽く頷いた。 それから全員を見渡す。
「いけるか?」
本来ならば恭也一人が行ってもいい。使い慣れはない武器とはいえ、何とかできないわけではないのだ。 だが、今後のことを考えても恭也だけに……もしくは他者を頼ることだけを覚えられてはまずい。だからこそ恭也は他の者たちに聞いた。 恭也の言葉に、力強く……とは言えないが、それでも何人もの生徒たちが頷いた。
「私たちはどうすれば?」
そう聞いたのは、すでに魔力が尽きてしまった魔導士、僧侶科の生徒たちと、怪我人の補助をしていた者たちの一人。
「離れすぎても危険だ。とりあえず近くまでは来てもらう」
離れすぎて、そこに新たなモンスターが来られても困る。 そして全員でモンスターがいる場所に近づきつつも、恭也は対応を説明していく。
「傭兵科で補助をしている者の半分と魔導士科の一人は怪我人と戦えない者の護衛として残ってくれ、残りはモンスターの殲滅」
そう言ってセルとフィルに、それぞれの科の者たちをまとめさせ、モンスターと戦う者と護衛の者をする者を決めさせる。 それを決めてから再び歩き出すと、しばらくして数匹のモンスターが視認できるようになった。木などに慎重に隠れながら来たため、まだモンスターたちは恭也たちに気付いていない。
「本当にいた……」
恭也がモンスターがいると言ってから、しばらく進んでからの発見。いくら歩いても恭也が言うモンスターが現れなかったため、恭也の勘違いではないかとセルやフィル以外が思い始めていたのだ。 それも仕方のないことだ。恭也は気配でそれらをかなり前から感じ取っていたのだ。それが理解できない者たちでは、しばらく安全が続けばそう思ってしまう。
「さて、怪我人を頼むぞ」
恭也は残る者たちに言うと、戦う者……セルとフィルを入れて総勢十二名を引き連れ、ゆっくりとモンスターたちに近づいていく。 そして、あと少しという所で止まり、そのモンスターを観察する。
「全部で二十匹、か」
何をしているのかは人間である恭也たちにはわからない。ただ徘徊しているだけなのかもしれない。 様々な種類のモンスターが二十体、歩き回っていた。 見たところ巨大なモンスターはいないし、翼を持ち飛んでいるようなのもいない。基本は二足歩行すると猪と狼。それと固いを鱗を持つ、やはり二足歩行するトカゲのようなモンスターであるリザードマン。 それらが大きく広がって行動していた。
「どうする?」
セルの問いに、恭也はしばらく考えた後に答える。
「中央は俺が全て斬る。セルたちは左右から強襲、フィルたちはセルたちの援護を。俺の援護はいらん」 「きょ、恭也さん、援護はいらないって……」 「数秒の間、俺の援護はお前たちでは……いや、救世主候補たちだったとしても無理な状態になる。だからセルたちを頼む」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.261 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:17
- 名前: テン
神速の説明をしている暇はないので簡単にそう言った。
「中央、十匹は気にするな」
実際のところは、森であるため木々を使えば一回の神速でこの程度の数ならば、恭也一人で殲滅できる。いや、そもそも神速すら必要はない。 だがそれでも神速を使う理由、そして恭也一人で殲滅しようとしない理由は三つあった。 一つは先ほど述べたように頼り癖ができても困る。二つ目は自分たちは実戦でもモンスターと戦えるのだと言う自信をつけさせるため。最後の一つは戦闘後のことを考えてだ。
「セルたちは残り半分に集中しろ。いいか、なるべく一人で戦うな。二人で一匹を相手にするんだ。フィルたち魔導士は少し辛いかもしれないが、頼むぞ」 「……はい」
三人いる魔導士の中で返事をしたのは、フィル一人だった。残りの二人、そして返事をしたフィルも身体を震えさせている。 いや、傭兵科の者たちとて大なり小なり震えていた。 今まで逃げ回っているうちに戦うことはあっても、自分から戦いにいくことがなかったのだから、それはある意味当然の恐怖だ。 それを見て、恭也は安心させるように僅かに笑ってみせた。
「心配するな、誰も死なせん。どんなことがあったとしても、な」
それはここにいる唯一の大人として、そして何より御神の剣士としての言葉だった。
「だから……目一杯やれ」
安心させるように呟かれた言葉。そしてその笑み。
『はい!』
それらを聞き、見て、生徒たちは今度こそ力強く頷いた。 もう震えはない。 恐さはまだあるし、緊張だって残っている。 しかしそれでも、それらに押しつぶされることはない。 なぜなら彼らには、この黒衣の剣士がついている。負けることはありえない。 だから自分たちは自分たちのできることをすればいい。
恭也が中央ということで、その場に残り、他の者たちは草や藪、木に身を隠しながら左右に分かれた。 そして、
「……!」
恭也が一人声もなく飛び出る。号令を出してしまえば奇襲にならない。 だが、それを見た生徒たち全員も弾かれるようにして動き出した。 そして、一番に飛び出した恭也の姿が一瞬にして掻き消える。 あらゆるところに援護に入ろうと、敵を見据えながらも味方の位置も把握しようとしていた魔導士たちだけが、それがわかった。 そして、一匹のモンスターの首が突然飛び、血を吹き上させた。 そこで突撃としようとしていた傭兵科生徒たちも足を止めてしまった。いや、彼らだけではなく、思考能力が低いであろうモンスターたちすら何が起こったのかわからずに呆然としている。 そして次々と血が飛び散り、モンスターたちの一部が飛ぶ。 何が起こっているのかわからないが、所々で黒い影が見えた。そのときその場にいた生徒たちは理解した。 その黒い影こそが恭也だ、と。
救世主候補たちでも援護ができないと言っていたが、これは。
瞬く間にモンスター六体が物言わぬ屍になるのを生徒たち呆然と眺めているのみ。 そして、ようやく恭也の姿が視認できるようになる。 恭也はモンスターの血が滴るバスタードソードを片手で持ち、悠然と構え、その目を大きく開いて怒鳴った。
「何を見とれている! さっさと自分の相手を倒せ!」
その恭也の叫びで、それぞれがハッと今が戦闘中だということを思い出した。それは実戦の中では致命的な油断だ。 だが幸いにも、モンスターたちも恭也という存在に圧倒されているようで、他の生徒たちを目に入れていなかった。 そして中でももっとも早く行動を起こしたのはフィルとセルだった。
「ヴォルテクス!」
叫び共にフィルの両手から雷の束が踊るように出現する。救世主候補であるリリィが放つそれと比べてしまえば、それこそか細く、弱々しい雷。 だが、それでもそれは魔導士科の主席が放ったもの。 草木が茂り、視界の悪い森の中でも絶妙なコントロールで放たれ、目標を違えることなく爬虫類のモンスター……リザードマンに直撃する。 それにリザードマンはうめき声を上げるものの、やはり救世主候補たちのように一撃で絶命させるには至らない。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
だがそこにセルが続く。 雷を受け、痺れて止まっていたリザードマンに向けて走り込み、その大剣を上段に構える。 そして一気に振り下ろす。 突進の力と振り下ろす速度、武器の重さで、その固い鱗ごと一刀両断にした。 その力強い剣は恭也では見せられないものだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.262 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:19
- 名前: テン
二人が動いたことで、他の生徒たちも一斉に動き出す。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「アークディル!」 「せっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
それぞれが雄叫びを上げて、魔導士は魔法の名を叫び、モンスターへと殺到する。 未だ固まっているモンスターたちが、魔導士科の生徒たちの援護を受けた傭兵科の生徒たちによって次々に殲滅されていく。 モンスターたちもすぐに正気を取り戻すも、すでに遅い。 一度ついた勢いは止まることなく、生徒たちは次々にモンスターを屠っていく。 恭也に言われたように、基本は二人で。魔導士たちは二人で戦っている前衛たちにあぶれたモンスターたちが近づけぬよう、うまく魔法を放ち、牽制する。 今までの戦闘ではできなかった連携を見せた生徒たちは、モンスターたちを殲滅するのに大した時間は必要としなかった。
「やった……」
誰かが小さく呟いた。 だが、その声で自分たちが勝ったのだと理解する。
「やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「勝ったぁぁぁぁぁ!」 「やったぁぁぁぁぁぁ!」
次々と上がる勝ち鬨。
「恭也さん!」
その中でフィルが嬉しそうな表情を浮かべながら、恭也を呼びかける。 それにつられ生徒たち全員が恭也の方へと向いた。 恭也は一人ここにいる全員で戦った数と同じだけのモンスターを相手にしていた。だが、彼ならば何の問題もないのだろうという確信があった。 だからこそ安心して、彼がいる方へと視線を向けられる。 そして、彼らは見た。
「…………」
モンスターの屍の中央に立つ黒衣の青年を。 極限の速度で剣を振ることで、最後の一匹を片づける青年。 その大きすぎる背。 振り下ろされた剣。 それら全てに、そこにいる全員が見惚れた。 その大きすぎる黒き背に。 その大きな剣は、彼本来の武器ではないだろうが、それでもその剣を振りきった姿はまるで一枚の絵画のようだ。
その姿はまさに剣の王だった。 敵の全てを己の下に敷き、その中央に君臨する王だ。 そしてそれは同時に、英雄と、救世主と呼ばれるものだ。 その圧倒的な姿に生徒たち全員が、モンスターに勝ったという興奮も忘れ、ただ見惚れた。
全員の熱い視線を感じ、恭也は内心でため息を吐く。 狙っていたこととはいえ、恭也自身としてはその視線はあまり嬉しいものではなかった。 これが使わなくてもいい神速をわざわざ使った最後の理由。 士気の高揚。 さすがに足を止めて見入られるとは思わなかったが、それでも効果はあった。 人は自分の認識を超えた存在を見れば恐怖する。 しかしそれが己の立場が危険に陥ったとき、味方として見ると恐怖ではなく尊敬、畏敬へと変わる。 別に恭也は尊敬されたいわけではない。だが、何人もいる人間たちに高い士気を保たせるには、この人がいれば大丈夫だ、そう思わせることが一番いいことを理解していたのだ。 この人に全て任せておけば、と、この人がいればという、微妙な匙加減がむずかしいところだが。
今度は本当に息を吐き出し、恭也は片手を振って剣に着いた血を落とす。 やはり使い慣れないバスタードソードの扱いは難しかったが、問題はなかった。 最悪剣ではなく鉄の棒として扱おうとも思っていたのだが、アスクの手入れが良かったのか、名剣であったのか、それともその両方か、強度、切れ味ともになかなかのもので、それなりに使えた。それも恭也が様々な武器を、ある程度は使えるように鍛錬をしていたからに他ならないが。 恭也は剣を背にかけた鞘に戻すと振り返る。
「そちらも終わったようだな」 「は、はい!」
まだ呆然とした様子ながらも、傭兵科の少女が真っ先に返事をした。 それに頷き返し、恭也は微かに笑った。
「油断さえしなければ、お前たちはモンスターを倒せる。少なくとも学園では練習用とはいえモンスターたちと戦ってきただろう? それと同じような感覚で戦えばいい。そうすれば今回のように戦えるし、勝てる」
その言葉と恭也の微笑で、再び勝利したことを思い出したのか、再び全員が喜びに笑い出した。
『はい!』
そして、同時に大きく頷いて恭也へと返事をしたのであった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.263 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:14
- 名前: テン
◇◇◇
モンスターを討伐し、残してきた仲間たちの元に戻ってきた恭也たちは、こちらにはモンスターは現れなかったために、安堵の息を吐く。 その中で、恭也は片膝をつけて、座り込んでいたアスクに視線を合わせた。
「アスク」 「大丈夫……です」
そう気丈に言うアスクではあったが、痛みからか、それとも骨折したことでの発熱のためか、昨日と変わらず額に大粒の汗を流していた。 彼は重傷者の中でも、歩くという行為を行うためには一番辛い怪我を負っていた。両足の骨折。 いくら補助をつけようが、これで歩くことはできない。最初は木などを利用して、担架を作る案も出たが、ある程度は恭也が気づけるとはいえ、いつ敵に襲われるかもわからない状況で担架を担ぎながら森の中は歩くのは危険だ。 そのため、半分にも満たないとはいえ魔力が回復した者たちで治癒魔法を使える者は、まずアスクの片足の治療をした。これによって何とか右足の骨折は治癒し、二人の補助に肩を借りながらここまで歩いてこれたが、それでもそちらもまだ痛みは残っていたはずだ。
「そうか」
それがわかっていても、恭也は動けるかとは聞かなかった。それは聞いてはいけないことだ。 何より彼の目は死んでいない。大丈夫だと痛みを意思で封じ込めている。 そしてそれは他の重傷者たちも同じだった。全員その目は強い意思に溢れ、生き残ろうとしている。 痛みに負けず、必死に歯を食いしばって進んでいる。 彼らは治癒魔法を受けていない。 アスクの片足を治療したあとは、残りの魔力で動くことはできる怪我人たちを癒し、戦える者を増やした。 彼らは痛みがあるのにも関わらず、それに何も言わないどころか、むしろ自分たちからそれを言ったのである。自分たちはいいから、戦える者のために魔法は使ってくれ、と。 彼らは本当に強い。いや、強くなったのかもしれない。
「モンスターの死体がある場所であまり長居するのはまずい。しばらくは進んでから休憩をとる」 「私たちは休憩していたようなものですよ。まだまだいけます」
そう言ったのは、怪我人の護衛をしていた傭兵科の女生徒。 遠目ではあったが、彼女たちも仲間の奮戦を、そして未だ遠い恭也の背を見つめていた。そのために士気は上がり、生き残るという意思に溢れている。嘆くことなどしないし、軽口だって叩ける。 どこか不敵に笑う彼女に、慣れない表情ではあるが恭也も不敵に笑ってみせた。
「安心しろ、次にモンスターと戦うことになったら、今回護衛をしていた者たちは俺と一緒に戦ってもらう」 「了解!」
そんなことを言い合って、彼らは再び深い森の中を歩き出す。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.264 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:18
- 名前: テン
十数人の少年少女たちが、その武器を持って、その言霊を以て森の中の戦場を渡る。
「魔導士! 炎系の魔法なんて使わないでよ! 木に燃え移って私たちまで蒸し焼きになっちゃうんだから!」 「そっちこそ、射線に入るなよ! 一緒に凍らせちまうぞ!」 「こんなところで氷漬けはいや、ね!」
そんな軽口が聞こえ、
「しゃあっ! 右いったぞ!」 「ようこそ、私の間合いに!」 タイミングを合わせる者たちの叫びが響き、
「フィル! 氷の魔法を使って敵を足を止めろ! セル! ボリジが相手にしている敵は固い! お前の剣で両断しろ! アキレア! パフィオ! ライラック! 逃げようとしているモンスターを追え! 向こうには怪我人がいる!」 使い慣れない剣を振りながらも、常に状況を把握してながらの恭也の指示が飛ぶ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そこに一つの悲鳴。 魔力が回復してきて、援護のために参戦してきた僧侶科の倒れて木の幹に背をつけた女生徒に向かって、人狼が爪を振り上げていた。 何人かが救出に向かおうとしているが、他のモンスターに邪魔されて間に合わない。 とうとう犠牲者が出る、それを見つめていた誰もが……いや、フィルを除いた誰もがそう思った。
だが、そうはさせんとする男が間違いなくそこにいた。
「しっ!」
恭也は今現在相対していたリザードマンが振り下ろした剣を、右手に持ったアスクの剣で受け止めながらも、残った左腕を高速で振るう。 その瞬間、恭也の左手に握られていたナイフが、その白刃を煌めかせながら射出された。 飛び出したナイフは投擲用のものでもない。だがそれは戦場でそれぞれ戦う生徒とモンスターの間を縫いながら、正確に今女生徒の命を奪おうとしている人狼へと襲いかかる。 ナイフは人狼の背中に突き刺さり、その化け物は痛みによって雄叫びを上げた。 その間に恭也は、目の前のリザードマンに向けて、徹を込めたバスタードソードを頭に向けて振り下ろす。頭部とはいえ固いを表皮に覆われたリザードマンには効きそうにもない一撃だった。 そして確かにその頭部は斬れず、ガキリというまるで固いもの打ち付けたような音が響いたが、リザードマンはその目から血を流し、倒れていく。 徹によって内部を破壊され、絶命したのだ。 恭也は倒れゆくリザードマンをわざわざ蹴りつけて、その反動を使い、一気に加速して戦場を駆ける。 そんな恭也を邪魔しようとするモンスターもいたが、
「お前らの相手は俺だ!」
セルに遮られ、その巨大なツーハンドソードによる一閃で一体の胴体が両断される。さらにそれが牽制となってモンスターは恭也を追うことはできなくなった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.265 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:26
- 名前: テン
昨日セルは、背中を預けると恭也に言われた。 今回文字通り預けられたのだ。 なぜなら女生徒に向かって駆ける途中で、恭也は確かにセルの目を見た。その目は確かに言っていた。後ろは任せた、と。 それに応えないわけにはいかない。
セルは剣を肩で担ぎ上げるようにして力を溜めると、それを一気に解放。腕と背中の筋肉を使い、全力で叩き下ろす。 それは猪顔のモンスターの右腕を切り飛ばす。そのさいに噴出した血がセルの顔を汚すが、彼は気にせず、振り下ろした自らの剣の腹を蹴る。 巨大で重量のある剣は、振り下ろしたあと引き戻し、再び構えるのでさえ時間を食う。だが自ら蹴った反動と腕の力を使い、一気にセルは剣を引き戻した。学園の教科書などには載っていない荒々しい剣の扱い方だ。 セルはそのまま腰を捻り、
「っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
蹴り上げた足を一瞬で戻し、一歩踏み出すと、剣を横薙ぎに振り切る。 その重量のある剣が発する風を切る暴力的な音は、死にいくモノが聞く最後の音。 セルの剣は腕を失い絶叫を上げていたモンスターの胴体を断ち切るだけでは終わらず、残った左腕まで両断した。完全に上下二つに別れたそれは、最早絶命し、絶叫を上げていた口から血を吹くだけであった。 セルはその役目を全うしたのだ。
セルが奮闘している間に恭也は一歩ずつ、まだ痛みに悶えている人狼に近づく。 しかし、またも恭也の進行を邪魔をしようとするモンスターが現れる。 だが、その前にフィルが飛び出た。彼女は目で恭也に行ってくれと告げていた。それを見て、恭也は頷きながら女生徒を救うために、その場をフィルに任せる。
残されたフィルは、目の前のモンスター、巨大な斧を持った闘牛の化け物……ミノタウロスと呼ばれるモンスター。 その中でもフィルが相対しているそれは小さめのようだが、それでも彼女の倍はある身体。 一瞬震えが来たが、それでもフィルは気丈にその化け物を睨み、魔法ではなく、持ち歩いていた大きめの木の枝を投げつける。 それは斧による振り下ろしによって簡単に弾かれ、砕かれた。 しかし、フィルはそれを狙っていたのだ。
フィルは恭也と出会い、その彼に様々なことを教わった。それは援護の仕方であったり、純粋な戦い方だったりした。ある意味、彼女ほど魔導士科の中で実戦について教わった生徒はいないだろう。 この森で奇襲された時や、緊張などて身体が強ばっていたいたときは、それを発揮することはできなかったが、今は違う。 その教えの中にあった、相手が大きな武器を持っていた場合の対処方。 重量のある武器を持つ者には、むしろ攻撃を行わせろと教わった。そう言った武器は、二撃目に時間がかかる、と。その間に対処する。
目の前のモンスターは、その巨体に見合う力があるのだろうが、その手に持つ斧も身体に負けず劣らず巨大なもので、そのモンスターよりも大きい。当然の如く振り下ろされた斧は、再び持ち上げるのに時間を要する。 その間にフィルは呪文を呟きながら駆けた。ずっと前から唱え続けていた呪文。あとはそれを解放するだけ。 しかし彼女は、モンスターから離れるのではなく、むしろその懐に入っていった。フィルはリリィのように体術なんてものは使えない。肉体的にはか弱い少女だ。 そんな彼女が巨体のモンスターに近づくのは、恐怖以外には浮かばないし、遠距離攻撃を主体とする魔導士が自ら敵に近づくことなど普通はしない。 だが、フィルは自らが放つ魔法の威力のなさを自覚していた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.266 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:34
- 名前: テン
フィル自身はそう思っているが、彼女の魔法は決して威力が低いわけではない。むしろ魔導士科の主席だけあって、その威力も相当なものだ。 だが、だ。救世主クラスの者……リリィやなのはたちに比べてしまうと、それは大砲と弓矢ぐらいの差があり、やはり霞んでしまう。 この巨体のモンスターを一撃で倒すには、心許ない威力なのだ。そして、前衛がいない今、一撃で倒せなければ、フィルの負け……死は決定する。 本来は救世主候補と比較すること自体が間違いなのかもしれない。だが、恭也に任された以上、そんなことを言っていられない。
フィルは、ミノタウロスが斧を再び振り上げようとした瞬間に、その懐に到達すると、その腕を上げた。その先をその頭部へと向ける。 そして、
「ファルブレイズ!」
その叫びとともに、フィルの手の平から、その手の平大ほどの火球が飛び出した。 それはミノタウロスの大きく開いた口の中に、吸い込まれるようにして侵入していく。 フィルは魔法を放ったと同時に、転がるようにして一気にその場から離れた。 まるでそれに合わせるかのようにして、口の中に入った火球が爆裂し、ミノタウロスの上半身が弾け飛び、四散する。 臓器や脳症、目玉、骨が飛び散るスプラッタな光景。いくらモンスターの一部とはいえ、それを間近で見て、思わず喉元に酸っぱいものがせり上がってきたが、フィルは何とか絶えた。 森という燃えやすいものが集まった場所であるため、今まで火系の魔法は一切使ってこなかったが、今回は相手の中で爆裂させることで、その余波が回りにいくことを避けることができた上に、内部から破壊することで、威力の低さをカバーしたのだ。 言ってしまえば、ダイナマイトを口の中に放り投げられたようなものだ。これではモンスターと言えどひとたまりもない。
フィルは未だ下半身だけが立っているモンスターを見ながらも、安堵の息を付く。 何とか一人でも戦えた。 ただの魔導士であるフィルは、基本的に一人で戦うというのは無謀だ。魔法使いというのは、前衛と共にいることで本来は機能するのだ。 だが、今回は恭也をいかせるために一人で戦わなくてはいけなかった。彼はフィルならば大丈夫だと思ってその場を任せたのだから、その期待を裏切ることはできない。 フィルは、恭也が救いにいった女生徒のことは心配していない。それは彼女が冷酷だからなのではない。 彼女は信じているのだ、恭也を。 彼が誰も死なせないと言った以上は、それは絶対に実現する。誰も死ぬことなどありえない。 きっと彼は女生徒を救い、その命を守るだろう。 それは彼がこの世界に来たとき、初めての戦闘で、ゴーレムの拳からフィルを自らの身を挺して救ってくれたときのように。 だから、心配なんかしない。する必要はない。 自分たちは帰れるのだ。 ただフィルは、恭也の手伝いをすればいい。無論、恭也に頼り切るつもりはないが。 召喚器を持たない恭也を援護するのは、本来は救世主候補ではなく、彼女の役目だったかもしれない。もし彼が救世主科ではなく、傭兵科に編入していたならばありえたかもしれない未来。 それが今だけとはいえ実現している。ならばその間は……
「私は救世主候補のようになれなくても構わない。私ができる最大限のことを、恭也さんのためにすれば、それでいい」
フィルは力を込めて己の役目を言葉にした。 それは彼女の誓いにも等しいもの。 なぜならフィルは、ここにいる誰よりも早く恭也のようになりたいと、恭也に並びたいと、隣に立ちたいと思って今まできたのだから。 召喚器などなくても、彼のようになると誓って今までやってきた。 まだまだ彼に並べたなどとは思っていない。この任務で彼が来る前までの体たらくを思い出せば、そんなこと口が裂けても言えない。 だけどそれでも今は、いつか彼に並ぶために、自分ができることを最大限にこなすのみだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.267 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:41
- 名前: テン
恭也はただ駆ける。 そこは森であり、戦場だ。障害物の多さは言うまでもないだろう。木、草、そして戦う者たちの武器や、援護のための魔法、モンスターや人自体が障害物だ。 だが恭也は木の幹を蹴り、モンスターを踏み越え、枝を掴んで進む。 時には邪魔するモンスターを一閃にし、苦戦している者たちが相手をしているモンスターにナイフを投げつけることで援護する。そんなことをしながら最高速で進んでいく。 そして、目標である女生徒の前で痛みに絶叫する人狼に到達する直前で、剣を持ち上げた。 彼が今握る剣は小太刀ではない。全長も重量も、普段使うそれと比べる倍以上になる。だがそれがどうした。 握る剣は違ったとしても、恭也は御神の剣士。 死なせないと言葉にした以上、その誓いを守るのみ。
木を蹴り、地に降りた恭也は剣を水平に構え、それを持つ右手を引き込む。 それは突きの体勢。
長さ、重さが違い、引き斬る剣ではないバスタードソードでは、斬は使えず、奥義のほぼ全ても使えない。 しかし、その奥義の中で唯一使える技。 無論、小太刀を使って放つそれよりも、正確さなどは格段に落ちる。だが、その本来の持ち味である速度は失われはしない。 それは奇しくもクレアと出会ったときにあった出来事のやり直し。 向かう相手は、同じく人狼。そして今、それはあのときのように再び女生徒に爪を振り下ろそうしている。狙う恭也は遠く離れている。 だからこそ、恭也が放つ技はあのときと同じ。
腕を引き込むとともに、恭也の腰が最大限に捻り込まれ、その背筋が力を込められ僅かに盛り上がった。 同時に、大地を踏みしめ、今までとて高速で動いていた身体が、弦に番えられた矢が解放されたかのような勢いでさらに加速する。 御神流奥義の一つである射抜。 先ほども言った通り、小太刀ではないので僅かに変形したものであるが、その超射程、超高速の形は変わりはしない。 身体自体を矢と化した恭也は人狼に向かい、その直前で腕を突きだした。 突進力と腰の捻り、上半身全ての筋力が込められた力、さらにはいつもとは違うバスタードソードという重く、厚い武器で放たれたそれは異様なほどの破壊力が与えられ、人狼の胸に突き刺さる……所ではなく、突き破った。 肉片を飛ばし、胸骨を粉砕し、まるで爆発を起こしたかのように人狼の胸から血飛沫と肉片が舞った。 恭也は内心で、剣をぞんざいに扱うことを本来の持ち主に詫びながらも、そのまま剣の柄から手を離す。 力も抜かれぬまま離された剣は、本当に矢の如く人狼の身体を連れたまま飛んでいき、襲われていた女生徒から少し離れた木の幹に突き刺さった。もちろん人狼ごとだ。剣を胸に突き刺されたまま木に縫いつけられたその姿は、百舌の速贄のように見える。抉れて破壊された胸とその姿は、モンスターであることを差し引いても、同情の念が湧いてくる。
武器を離した恭也は、すぐさまコートの中から取り出したダガーを両手に握り、倒れた女生徒を狙って集まり始めたモンスターたちを切り裂いていく。 囲まれれば木の幹を蹴り、上空へと逃げ、大きめの枝を蹴って、包囲から抜け出すと背後から強襲。恭也を無視して女生徒に近づこうとするモンスターがいれば、やはり木を使って空中を移動し、すぐさま殲滅する。 障害物を足場に変え、空を舞うその姿は、剣士というよりも曲芸師にも見えるが、その曲芸故についてこれるモンスターはいなかった。 敵からすれば突然消えたようにも見える動き方だ。モンスター程度についていけるわけがなく、救世主候補である大河すらついていけないのだから、この領域で戦う限り、恭也についていける者はほとんどいないだろう。
恭也は近くにいたモンスターを殲滅し終えるとダガーをしまい、木に縫いつけたバスタードソードを引き抜いた。当然一緒に縫いつけられていた人狼は支えを失って、ズルズルと木の幹にもたれ掛かるようにして地に伏せる。 剣についた血を払いながら、恭也は未だ身を縮めて震えている女生徒に声をかけた。
「もう大丈夫だ」 「え?」 「悪いが放心している暇はない」
そう言って、恭也は女生徒の腕を取ると、ほとんど強制的に立ち上がらせた。
「動けるな?」 「は、はい! ありがとうごさいました!」
女生徒は最初何が起きたのかわかっていないようだったが、周りに倒れるモンスターたちを見て、自分が助かったこと、そして恭也が助けてくれたことに気付いた。
「礼はいい。まだ戦闘中だ」 「あ」 「動けるようなら、他の者たちの援護を頼む」
恭也は下がれとは言わなかった。 ほんの少し前まで死の危機に直面していた少女相手にきついことを言っているのはわかっているが、それでも恭也は逃げろとは言わない。 だが、その目をただじっと見つめた。
「わかりました!」
僧侶科の少女はまだ少し震えているものの、法衣の裾と、握る杖を握り占めながらも恭也の目を見て頷いた。 今、ここにいる者たちに逃げるという選択肢はない。仲間を置いてそれはできない。皆脱出のために戦う仲間たちなのだから。そのために覚悟をもって戦っている。 それを恭也もわかっていたのだ。 恭也は頷く少女に僅かに笑みをみせ、軽く彼女の頭を撫でるとすぐさま戦場へと戻っていった。 少女は暫く撫でられた頭に手を触れ、顔を赤くしていたが、すぐさま援護のために動きだす。だが、その赤みはとれず度々恭也の背中を追っていた。無論、援護の手はゆるめず、先ほどのように油断せずに。 どうやら恭也は知らずのうちにファンを……慕う者を一人増やしたようだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.268 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:52
- 名前: テン
恭也は戦場に戻るとすぐさまモンスターたちを斬り飛ばしていき、息切れながらも戦っていたセルに背中を合わせた。
「セル、疲れたか?」
剣を構え、目の前にいるモンスターを牽制しながらも、恭也は背後にいるセルに問いかけた。
「へっ、まだまだいけるぞ」 「上等だ。ならば一気に殲滅するぞ」 「応!」
背中を合わせていた二人は、弾かれたように飛びだし、相対していたモンスターたち断ち切る。 恭也は戦いながらも指示を出す。 犠牲者が出ると思われたものを恭也が覆したために、生徒たちのその士気はさらに上がっていた。 何より全員が生き残るという意思に溢れている。 恭也は、それに僅かな笑みを浮かべながらも鋼糸を取り出した。それを複雑に操りに、三匹のモンスターをまとめて縛り上げた。さらに糸をプラスし、まるで雁字搦めにする。モンスターたちがいくら人を超えた力を持っていたとしても、そう簡単には切れない。
「フィル!」
援護のためにすぐ傍まで来ていたフィルを呼ぶと同時に、その鋼糸の束を離した。
「はい!」
以心伝心とばかりに、恭也が何を求めているのかわかったフィルは、その両手を雁字搦めにされたモンスターたちに向けた。 そして長めに呪文を詠唱し、
「ヴォルテカノン!」
先ほど放った雷撃よりも、太い雷の束がフィルの両手から現れ、それがモンスターに向かう。 鋼糸にからめ取られたモンスターたちはかわすこともできず、それに晒された。そのうえにそのモンスターたちに絡まっているのは『鋼の糸』である。それ故にしばらく帯電し、モンスターたちを黒く焦がしていく。 完全にモンスターが動かなくなったのを確認すると、恭也は辺りを見渡した。 どうやら他の者たちも奮闘し、この辺りのモンスターは殲滅したようだ。 これで五度目の戦闘であり、それぞれの表情には疲れが浮かんでいるが、それでも皆懸命に戦っている。泣き言を漏らすこともない。 さらに何度か戦うことによって、経験もちゃんと蓄積されていた。
「一戦一戦、皆成長しているな」
恭也は満足そうに呟く。 皆ある程度の下地はできている。その下地は、はっきりいえば大河やベリオたちと比べても断然に固いものである。 そこに自信と経験を手に入れれば、このぐらいの成長はできるのだ。
「恭也さんのおかげですよ」
恭也の呟きが聞こえていたフィルが、笑顔を浮かべてそんなことを言うが、恭也は軽く首を振る。
「俺は何もしていない。それぞれの力だ」
恭也はそんなことを言うが、そんなわけはない。 皆それなりに怪我を負っているが、それでも死者が出てないのは、恭也の奮闘のおかげだ。先ほどとて恭也が助けなければ、女生徒の命はなかっただろう。それに生徒たちがある程度安心して戦えるのは恭也の存在と、その指示のおかげだ。 恭也がいなければ、もしかしたら今頃全滅していたかもしれない。 だが、フィルはそれを言わなかった。すでに恭也の人となりを知っているフィルは、それを言っても彼がやはり否定するのがわかっていたから。 だからただ苦笑を浮かべた。 二人がそんな会話をしていると、モンスターを倒し終えた生徒たちが周りに集まる。 それを見渡し、恭也は軽く笑ってみせた。
「最後まで気を抜くなよ」
生徒たちは恭也の言葉に力強く頷いた。 そして怪我人やその護衛の者たち集め、再び彼らは深い森の中を歩き始めた。 生きて帰る。そのために出口を目指す。
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