Re: 黒衣(仮投稿) ( No.157 )
日時: 2008/05/15 06:07
名前: テン





恭也は、展望台から見える王都の風景を静かな瞳で眺めていた。
王都を見渡せる絶景の場所ではあるが、今ここには二人以外の人はいない。丁度昼時であるために、それぞれどこかで昼食でも摂っているのかもしれない。
恭也はそんなことを考えながらも、王都の風景に背を向けて振り返った。
そこには燃えるような赤い髪が印象的な一人の少女がいる。その少女……リリィは絶景など気にもせず、ただ恭也を見つめていた。
そして恭也は、彼女に静かな声を向ける。

「久しぶり……というほど時間は経っていないか」
「そうね」

展望台というだけあって、そこは高い場所にあり、風も強い。その風がリリィの長い髪を巻き上げるようにして揺らすが、それを彼女は手で押さえながらも恭也の言葉に頷いた。
しかし、二人はそれ以上の会話はできなかった。お互いが何を話していいのかわからないでいる。
しばらくの間、二人を風だけがなで回す。
しかし不意に恭也がため息を吐いた。

「どうして俺が王宮にいるとわかった?」

いつまでもこうしていても仕方がないと、恭也は当たり障りのない質問を投げかけた。
それにリリィは、ただ恭也をじっと見つめめたまま答える。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.158 )
日時: 2008/05/15 06:09
名前: テン


「私を助けてくれた時に言ったじゃない、『大河たちはどうした? 救世主候補たち全員に今回の任務はいったはずだぞ』って。そこから」
「なるほど」

それだけでだいたいを恭也は理解した。クレアのことを知っていれば、その言葉から恭也たちの居場所に行き着けてもおかしくはない。
そういう意味では、不用意なことを言った恭也のミスだ。
それをいまさら後悔しても遅いのだが、恭也は今一度ため息を吐いた。

「それで何か用でもあるのか? それともまた一戦する気か?」

恭也は意識して突き放すような言葉をかけた。そして顔もどこか皮肉げな笑みで歪めてみせる。
それは前の戦いで大河たちへと向けたのと同様に、恭也ができる精一杯の演技だった。
リリィが何を考えて接触してきたのかは恭也も何となく理解できる。おそらくはあのとき聞けなかった理由を、学園を離れなければならなくなった目的を聞きたいのだ。
だが、それを言うわけにはいかない。だからこそ、さらに突き放す。
恭也の問いに、リリィは何も答えず……ただ呪文を紡いだ。そしてその手に火球を掲げてみせる。
それでいいとでも言いたげに、恭也は作り笑いを消し、身を屈めた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.159 )
日時: 2008/05/15 06:12
名前: テン


恭也としても居場所が知られてしまった以上、リリィをこのままにしておくわけにはいかない。殺すつもりはない……が、しばらく行方不明になってもらう必要があった。
だからこれでいい。
小太刀は知佳たちに取り上げられているため今はない。あるのは暗器の類と小刀のみ。しかし問題はないだろう。
リリィは元より遠距離戦を得意とする相手。格闘戦もこなせ、近接戦闘もそれなりのレベルではあるが、それも恭也よりも確実に下だ。武器のあるなしに関わらず、単純な接近戦では、決してリリィは恭也を下せない。接近してしまえば小太刀の有無はそれほど関係なく、恭也はリリィを無力化できる。問題は接近できるか、ではあるが。
今の二人の距離は約三メートルほど。恭也には一瞬で詰められる距離。ある意味一瞬で終わる距離。しかしリリィももう呪文を唱え終わっており、あとは魔法名というトリガーを引くだけで魔法が発動する状態。これだけの距離ならば、一瞬で相手に着弾させることができるだろう。
つまりリリィの最初の攻撃をかわせれば恭也の勝ち。恭也がかわせなければリリィの勝ち。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.160 )
日時: 2008/05/15 06:14
名前: テン


あまり身体が万全ではないので神速は使いたくないのだが、それも覚悟しなければならないか、と恭也は考えながらも、さらに身を屈め、リリィの魔法の発射に合わせようとした。
今まで吹いていた風が止まった。
二人はただお互いの目を見続ける。
そして、二人の間に再び強い風が巻き起こった。

その瞬間、

「!?」

恭也は目を見開いた。そして全てを忘れ、神速へと入る。
それはほとんど条件反射のようなものだった。リリィが何を考えているのかはわからないし、そんなことを考えている余裕もない。
恭也は一瞬で間合いを無とし、リリィに迫った。
その間も、リリィの腕はゆっくりと上がっていく。だがそれは恭也がいる方向へではなかった。
恭也はリリィの眼前に飛び出ると、彼女の腕を取り、その向きを変えさせる。
神速が終わる。
同時に火球が発射された。それは『リリィの』顔の横を通り抜け、斜め上へと捻られたため、上空へと飛び上がっていった。そしてしばらくして爆発する。
その爆発を他の人間に見られていたらまずいかもしれない。
そんなある意味場違いなことを考えながらも、恭也は怪訝な表情でリリィを見つめた。

「ふふ」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.161 )
日時: 2008/05/15 06:16
名前: テン


そんな恭也を見て、リリィは嬉しそうに、だがどこか妖艶な、しかし陰のある笑みを浮かべていた。





赤の主・大河編

第三十二章





「……何を考えている」

恭也はリリィの腕を掴んだまま、彼女を睨んだ。
それを見ても、リリィは笑みを消さない。それは嬉しそうであるが、どこか怖じ気を誘う笑みだ。

「やっぱりね。あなたなら絶対にこうするって思ってた」
「ふざけるな。間に合わなければ死んでいたぞ!」

リリィは、自分の顔へと魔法を向けたのだ。自分で自分を攻撃するなど正気の沙汰ではない。恭也が発射口であったリリィの腕を曲げていなければ、確実に彼女自身の頭を吹き飛ばしていただろう。
彼女の魔法は、直撃すればそれだけの威力がある。

「それならそれで構わないわよ。それでもあなたが動こうとするのは見えたでしょうから」

それが自分自身でよくわかっているであろうに、リリィはさして気にした風でもなく、嬉しそうに笑い続けながらも告げた。

「だから一体お前は何を考えているんだ!?」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.162 )
日時: 2008/05/15 06:18
名前: テン


恭也はらしくもなく声を荒くして叫んだ。それだけ彼は今苛立っていた。リリィの目的も見えず、言っていることも理解できない。
そんな恭也を見ながらリリィは笑みを消し、彼を睨んだ。

「恭也こそ何を考えてるのよ?」
「なに?」
「私が死んでも恭也には何も関係ないでしょ? 私たちはあのとき戦った、ということは敵同士なんじゃないの?」
「それは……」

あのとき恭也たちは救世主候補たちの手を振り払った。恭也たちは別に彼女らと敵対したいわけではないし、『今は』敵として認識しているわけではない。
だがそれは恭也たちの都合だ。救世主候補たちにしてみれば、恭也たちが敵になったと判断しても仕方がないし、そう思われるかもしれないと考えていたことでもあった。戦えば敵同士。簡単な図式だ。何より恭也は大河へと未亜たちを殺すとまで宣言したのだから。
そして先ほどの挑発さえ、まるで自分はお前たちの敵だと言っていたようなものだった。
それでも……敵と認識されても、救世主候補たちと戦っても、恭也たちは進まなければならないのだから。
だがリリィの問いに恭也は声を詰まらせてしまった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.163 )
日時: 2008/05/15 06:20
名前: テン


「あんたの中で、私たちは……私は何なのよ!?」
「っ……」

恭也の行動は矛盾している。
救世主候補たちと敵対するような行動を見せたり、村長に擬態したモンスターからリリィを助けたり、そして今も彼女の行動を止めた。
敵だと言うのなら助ける必要などない。味方だと言うならなぜ戦う。
矛盾だらけの行動。
だからこそリリィはわかるのだ。

「恭也は全然変わってないじゃない! そうやって守ろうとする! あんたは最初から私たちと敵対するつもりなんてないんでしょ!?」
「そんことはない。お前たちが邪魔になるならば……排除する」

これは本当のこと。恭也は、もし彼女たちが邪魔になるならば……例えば、大河が救世主になれば殺すつもりであるし、彼女たちの誰かが白の主であって、その人物が救世主になったならば、やはり殺すつもりであった。
それに間違いはない。
だが、恭也は決して彼女たちと敵対したいわけではないし、ましてや殺したくなどない。
恭也自身、自分の行動が矛盾していることなど前からわかっていた。
だがどうしてもそうなってしまうのだ。守ることができない以上、そうするしかなかった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.164 )
日時: 2008/05/15 06:22
名前: テン


恭也は沈黙し、僅かに下唇を噛む。
突き放せばすむ、そう思っていた。
敵だと思われてもいい、そう思っていた。
恨まれてもいい、そう思っていた。
それでも、守りたいと思っていたから。
もしかしたら、その中の誰かを殺すことになるかもしれない。それこそ自らの願いと矛盾するとわかっていても、それでも多くの大切な人たちを守るために……切り捨てた。自己の矛盾を許容し、最小の犠牲で守ろうと。
仲間を裏切った外道と言われようと構わない。そんなこと、とっくの昔から恭也は自覚していた。人を初めて殺した時よりも前から、誰かを傷つるよりも前から。
剣を握り、その鯉口を切ったとき、大切な人たちを守ると決めたときから、恭也は外道に堕ちていた。そしてそれからも堕ち続けている。
外道の技を用いて、恭也はその守るという道を歩いてきた。決して、外道を以て外道を討つのではない。大切な人たちを守るためならば、正道を歩く者とて切り捨てる覚悟を持つ真性の外道としてだ。
だが、そんな外道の道を行っているからこそ、全ての人を守れると思えるほど恭也は強くない。正の道から外れているからこそ、守れるものなどそう多くないと知っていた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.165 )
日時: 2008/05/15 06:25
名前: テン


だからこそ恭也は選んだ。天秤に掛けた。守りたい者に優先順位をつけた。秤が傾いた方を選んだのだ。
いや、選んだ……つもりだった。

リリィはただ顔を上げ、恭也を睨み付けていた。
そんな彼女を見つめ、恭也は再び口を開く。

「御神は醜く汚れた盾であり、不破は醜く汚れた剣だ」

出てきた言葉はそんなもの。
こんな話、無意味だと恭也も理解している。
リリィは御神のことも不破のことも知らないのだから。
だが、それでも恭也は続ける。正確には伝わらずとも、それでもリリィにならば伝わる。

「醜いが故に、汚れているが故に、俺たちは血を被れる。今まで以上に汚れていける。盾で、刃で居続けることができる。その守りたい人たちから嫌われようと、敵意を向けられようと、その先に守りたい人たちが汚れなく、笑顔でいられるのであれば」

それはきっと間接的な答えだ。
守りたい人が誰であるのか、敵意を向けられるのが誰であるのか、それらをのせた言葉だったのかもしれない。
その言葉を吐いて、やはり自分は弱いと、恭也は自分が許せなくなった。

「恭也」
「だからお前は……」

続く言葉は、リリィに遮られた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.166 )
日時: 2008/05/15 06:26
名前: テン


「それ以上言わないでよ。あんたたちの……あんたの願いを私に押しつけないで」
「リリィ……」
「私は……あんたの力になりたい。あんたに頼られたい。あんただけが汚れていくなんて、あんたに守られているだけなんて、そんなの私のブライドが許さないのよ」

僅かに涙を溜めて、だが不敵な笑顔をリリィは浮かべた。

ああ、これは負けた。

その笑顔を見て、恭也は漠然とそう思ってしまった。
しかし、それでも言うわけにはいかない。絶望が詰まった箱など開けるべきではないのだ。例え底の底に、僅かな希望があったとしても、それは本当に小さなものでしかなく、絶望を覆せる希望などではない。
そして救世主を信じるリリィにとって、それは裏切りにも等しい答えなのだから。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.167 )
日時: 2008/05/15 06:28
名前: テン


このまま逃げてしまおうか、などと冗談半分で恭也が思ったとき、リリィはそれに気付いたのか、一歩前に出て恭也の身体を抱きしめた。

「お願い……話して」

やはり自分の負けだ。
再びそんなふうに考えて、一度ため息を吐いてから恭也は苦笑する。

「……わかった」

リリィがどう受け止めるかはわからない。だが、それでも恭也は頷いた。
彼女がどう受け止めるかはわからない。むしろ信じてくれない可能性の方が高く、その方がいい。
だけど、全てを話そう。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.168 )
日時: 2008/05/22 06:27
名前: テン




◇◇◇



『彼女』は走っていた。

(なんで……)

ただ信じられずに、全力で、逃げるように街の中を走っていた。

(なんで!?)

どうして彼女と彼が一緒にいたのか、『彼女』には理解できなかった。
なぜ、今では敵同士とも言えるような関係になってしまった二人が抱き合っていたのか。
本当にたまたまだったのだ。
王都に出ていたのも、展望台に向かったのも。
魔法による爆発を確認し、それを見てその場を離れるのではなく、逆にその魔法の使い手が誰であるのかを確認しにいったのも。
全てが偶然。

だが、その偶然が見せたのは、今や異なる組織、勢力とも言えるものに別れてしまった二人が……恭也とリリィが抱き合う姿。
いや、恭也は別にリリィを抱きしめていたわけではない。ただ、抱きしめられていた。だがその口元に浮かべていた苦笑に近い微笑が、リリィを受け入れているようにも見えた。
『彼女』はその光景が信じられず、逃げ出した。

(どう……して……)

ただがむしゃらに走りながら、脳裏に『なぜ』『どうして』という言葉だけが駆けめぐる。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.169 )
日時: 2008/05/22 06:29
名前: テン


前も見ずに走る。そのために他の通行人とぶつかることもあり、それを無視していく『彼女』に罵声を上げる者もいたが、それでも『彼女』は止まらずに走り続ける。

(どうして……!?)

脳裏にまるで抱きしめ合うように重なる恭也とリリィが再生させる。
それが『彼女』の脳を灼く。
黒い炎が生まれ、それが彼女の思考を灼く。
その黒い炎に灼かれたことで、気付いてしまった。

ああ、もう二人が会っていたことなどどうでもいい。
敵同士になったかもしれないのにというのもどうでもいい。

その黒い炎に蹂躙された思考が低く呟いた。

なぜ?
どうして?

――――恭也の胸の中にいた女性が、自分ではないのだろう。

それは産声。
黒く汚れた感情が漏らした、最初の言葉……
それは終焉と生誕を加速させる黒き感情と心。

『彼女』の黒い炎も、そこから生まれた感情も、全ては偶然の産物によって生み出された。
そして偶然が重なったこのときより、確実に世界は狂っていく。



◇◇◇




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.170 )
日時: 2008/05/22 06:31
名前: テン



恭也は本当に全てを話した。自分が知る全てを。

この世界の根底を。あり方を。中心にあるものを。真実を。
破滅が何であるのか。
救世主が何であるのか。
赤の理を。白の理を。
白の精が誰であり、何であるのか。
赤の精が誰であり、何であるのか。
赤の主が誰であるのか。
それらが何を以て存在し、なぜそんな役を与えられたのか。
整然と整いすぎている役者たち。
この世界は整い過ぎている。美しく、血の惨劇……いや、破滅と生誕の惨劇が降るように。
それらの役者たちが紡ぐ物語が何へと収束しているのか。
どれもその収束した場所にいる……人間にとって上位の存在に整えられた役者に過ぎない。

その中でたった二人だけが最高の大根役者になれる可能性を持つ。
それが紅の精であり、その主。
では、その紅の精が何であり、その主が誰であるのか。
管理された物語、その中でその管理に縛られない大根役者である紅の主がすべきことは……



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.171 )
日時: 2008/05/22 06:33
名前: テン



それは長い長い話だった。
この世界……いや、もっと広い視野で語られた世界の仕組みから、恭也という個人に託された小さな希望まで。

話をするために、展望台の芝生の上に座り、全てを語りつくした恭也は、いつのまにか辺りが紅く染まっていることに気付いた。
紅く燃える夕日が、少しずつ沈んでいく様を見ながら、恭也は会話を区切るために大きく息を吐く。そういえば、あの魔法は誰にも見られなかったのか、近づいてくる者がいなかったな、と漠然と思いながらも、隣にいるリリィを眺めた。

「…………」

全てを聞き終えたリリィは顎に手を当て、何かをじっと考えているようだった。
どうやら救世主の真実を聞いても取り乱す様子はない。いや、話の全てがあまりに荒唐無稽であるたるために信じていないのかもしれない。むしろ恭也がリリィの立場であったなら、鼻で一笑してしまっているだろうし、信じない方がむしろ良い。
恭也がレティアの話を信じたのは、半ばレティアを信じるという感覚的な所があったのと、例え荒唐無稽な話とはいえ、クレアと知佳の情報を重ね合わせると、矛盾のほとんどが解消されてしまうからだった。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.172 )
日時: 2008/05/22 06:35
名前: テン


しばらくして、リリィは確認を取るために口を開く。

「本当の話……なのね?」
「信じる信じないはお前に任せる」
「少なくとも恭也は……恭也たちは信じてる」
「そうだな。その話をレティアに聞いたときにあった情報と、そのあともクレアと知佳さんがそれを前提に色々な本を調べ直して、信じるに足るものだと判断したし、俺は元よりレティアを信じている」

恭也の返答を聞いて、リリィは目をつぶった。

「救世主は……破滅を滅ぼす者ではなく、むしろ……」
「そうだ。救世主は、言葉通りの存在ではなく……今の世界に生きる俺たちにとっては、むしろ破滅よりも破滅に近い。そして破滅はそのための贄にすぎない」

それは破滅を滅ぼすために救世主になると、使命感とも強迫観念とも言えるものを持っていたリリィにとって、本来許容できないことのはずだった。

「私も信じるわ」
「…………」

恭也はそれを知っていたからこそ、目を軽く開き、小さく頷いたリリィを見て、驚いた。
今までの話を肯定し、信じる。それはつまり、リリィがアヴァターに来てからのことを全て捨てることに等しい。今まで行動も、努力も、考えも、全てねじ曲げ、捨てる行為。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.173 )
日時: 2008/05/22 06:37
名前: テン


もっともそれは、彼女だけに限らない。リリィほど強くはないものの、それでも他の救世主候補たちも、大きさの違いはあれ、救世主という存在に縛られるているところがあった。
それがあったから、恭也は救世主の役目を救世主候補たちに伝えないため、学園を出たというのも決して嘘ではないのだ。
恭也からすれば御神流を疑えと言われるようなもので、それは簡単に受け入れられるようなものではない。
だがリリィは簡単に受け入れて、ほぼ今までの半生を否定した。
恭也がリリィの横顔を見つめれば、そこには決意するような真剣な表情が浮かんでおり、決して嘘や冗談で信じると言ったわけではないことは見て取れた。
だから恭也は『そうか』と一度頷いた。
何がリリィをそこまで強くしたのかは恭也にもわからないが、リリィが受け入れたことを、恭也も受け入れなければならない。

「リリィが白の主である可能性も捨て切れない」
「でも私は……」
「俺もアヴァターに来るまで紅の主であるというのをまるで知らなかった。似たような方法があるかもしれない」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.174 )
日時: 2008/05/22 06:39
名前: テン


書の精との契約というのが、どのようにして行われるのかは恭也も知らないし、検討もつかない。まさか書類に捺印をして終わりというものではないだろう。
だからこそ、契約者が知らずに契約が行われてることもありえないことではなかった。実際恭也がそうだったのだ。
白の精がリリィと契約している可能性も否定できない。少なくとも召喚器を持っているという時点で、少なからず可能性が出てきてしまう。もちろん恭也やリリィたちが知らない救世主候補が存在し、その人物が白の主であるということもありえるが。
どんな小さな可能性も恭也は考えないわけにはいかないのだ。全ての可能性を考慮しなくてはならない。
だが、恭也のそんな話を聞いて、リリィはいつも恭也に見せていた不敵な笑みを浮かべてみせた。

「ふふん、それは望む所よ」
「俺の話を信じたんじゃなかったのか?」
「信じたわよ。でも、その白の主が恭也の味方になったら?」

不敵に笑ったままリリィはそう言った。
それに恭也は喉を詰まらせる。確かにそう言われればそうだ。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.175 )
日時: 2008/05/22 06:40
名前: テン


もちろんリリィが白の主と決まったわけではないが、もし彼女が白の主で協力してくれるというのなら、できることの幅は広がる。白の精はどうかはわからないが、主の意向を簡単に無下にすることはないだろう。

「で、私はどうすればいいの? 白の主かどうかはまだわからないけど、何かすることはある?」
「することって……」
「あんたねぇ、ここまで話しておいてこれで終わり、ってことはないでしょ?」
「それは……」
「言ったじゃない、あんたに守られるだけなんてプライドが許さないって。私はあんたの仲間と同様にあんたの話を信じた。だから……私も協力する」
「言っている意味は理解しているか?」

真剣に表情で恭也が聞くと、リリィは軽く鼻を鳴らし、だが唇を噛む。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.176 )
日時: 2008/05/22 06:43
名前: テン


「わかってるわよ。あのバカ大河たちの敵に回るかもしれないし、それに……お義母様を裏切ることになるかもしれない」
「なら……」
「でも、今までの話を私は信じた。信じた以上、この道しかないじゃない」

どこか寂しげに言うリリィを見て、恭也は顔を歪めた。
そう、信じたならばその道しかないだろう。元より選べる道が少なすぎる。
だが恭也は、リリィが信じるとは思っていなかったのだ。荒唐無稽な話で終わり、それに全てを注ぐ自分たちをおかしいと思われて、精神を疑われるぐらいの覚悟があった。
もちろん救世主の話とて荒唐無稽な話ではるが、それはまだ伝説として伝わっているし、その伝説を証明するように召喚器もまた存在するためまだましな話だ。
だが、リリィは信じてしまった。この話を信じる信じないで、先の行動は大きく変わる。
信じない……もしくは単純に受け入れただけならばいい。そうして、何もせずに運命を享受するというのならばそれはそれでいいし、今まで通りの生活をするでもいい。だが、その運命に抗おうとすれば、とれる行動は限定される。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.177 )
日時: 2008/05/22 06:44
名前: テン


今のところ唯一の……そして、本当に小さい希望であり、バックに王室、というよりも、クレシーダ・バーンフリートという強力な個人を持つ、恭也のサポート以外にありえない。もちろん他にもとれる行動はあるのかもしれないが、話が壮大すぎて他の方法など考えつくものではないし、個人でとれる行動などたかが知れている。リリィ一人が足掻いたところで、どうにもならない領域の話。リリィ一人がどう頑張っても、世界規模の運命という濁流を押し止められるわけがないのだ。それができる個人は今のところ一人しかいない。
つまるところ、恭也が話し、それを信じたことで、リリィはこれから先にあった多くの選択肢を潰してしまった。とれる道が一本しかなくなった。
やはり話すべきではなかったのだ。
そんな恭也の考えがわかったのか、リリィは気に入らなそうに眉を曇らせ、口元を軽く歪めた。

「勘違いしないでよ。私はあんたに会うって決めたときから覚悟してた。救世主クラスと決別することをね。あんたの力になるって決めてたから」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.178 )
日時: 2008/05/22 06:46
名前: テン


彼女の口から出てきたのは、そんな想いの籠もった言葉。まるで告白にも等しい言葉の羅列。それが自身で理解できるからこそ、リリィも僅かに頬を赤くしている。
もっとも鈍感男たる恭也には、覚悟は伝わったものの、告白とは伝わらなかったが。

「すまない」

そんな恭也の謝罪を聞いて、リリィは一瞬肩を落とす。好意は伝わらなかったらしいというのができたために。

「協力してもらえるか?」

だが、謝罪のあとに続いたその質問に、リリィは再び笑みを浮かべて頷いた。

「で、実際どうすればいいの?」
「リリィは今まで通りに学園にいてくれればいい。こちら側にくる必要はない」

恭也の今後の話に、リリィは協力するのではないのかと眉根を寄せるが、少し考えてその言葉の意味を理解した。

「スパイ、ってこと?」
「まあ、そんなところだ。もっとも他にも王室から諜報員は潜入しているのだがな」
「ちょ、誰よそれ!?」

今までそんなこと考えもしなかったのか、リリィは諜報員が学園に侵入していると聞いて、思わず恭也へと詰め寄る。
だが恭也は苦笑し、軽く肩をすくめた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.179 )
日時: 2008/05/22 06:47
名前: テン


「聞かない方がいい」
「でも、その人とも協力した方がよくない?」
「その人には俺たちが王宮にいることも話していないし、リリィに話した真実のことも伝えていない。先入観をもってほしくなかったのでな。だからリリィにそれが誰かを教えると、今度はお前がその人に変な先入観をもってしまうだろう?」
「そう、ね」
「それにお前のことはクレアたちにもまだ黙っておくつもりだ」
「って、なのはたちにも?」

リリィが目を丸くして聞き返すと、恭也は静かに頷いた。
敵をだますには味方から、というわけではないが、リリィが味方についたこと自体が想定外のことであり、無用な混乱を避けるため。
それを恭也が伝えるとリリィも頷き、その後少し息を吐いた。

「建前よね、それ」

すぐにばれてしまい、今度は恭也が息を吐く。

「わかるか?」

別段隠す必要はないし、リリィが気付かなければ、元より建前だと伝えるつもりであったので、恭也は簡単に認めた。もっとも気付かないなら気付かないでもいいかとも恭也は思っていたし、気付かない可能性の方が高いと思っていたが。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.180 )
日時: 2008/05/22 06:48
名前: テン


恭也にはわからないことだが、リリィは深く物事を考えるということを覚えたのだ。もちろん、今までが考えなしだったというわけではないが、視野が狭かったというのは事実だ。しかし恭也の居場所を思いついた時に、時には情報を冷静に吟味し、それをかみ砕いて理解しつつ、隠れた真実を見つけようとすることを自然と覚えていた。
先ほど自分に魔法を向けたのも、そうした情報から考え出した行動であり、確かに勝算があったのだ。恭也の神速の速さを考慮し、それに合わせて腕を上げたし、間に合わなければ、すぐさま手の方向を変えるつもりだった。もちろんそれでも大怪我は必至であっただろうが、どんな行動にもリスクはつきものだ。恭也が動くというのは、確信していたことだが。
今回もその柔軟な考えで、リリィは恭也の言葉の裏にある意味を理解した。

「まあね。無用な混乱って言ったって、真実を知る人は多くないんでしょ?」
「俺とお前を抜くと、レティアを含めて七人だけだ」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.181 )
日時: 2008/05/22 06:50
名前: テン


「別に混乱するほどの人数じゃない。味方ができて黙っている意味なんてそう多くないでしょ? それでも伝えないのは、つまり私の立場が微妙だってことよね? まあ、混乱って言うのもあながち間違いじゃないでしょうけど」
「ああ」

やはり否定できることではないので、恭也は静かに頷いた。
リリィ自身が言ったように、今の彼女の立場はクレアとはまた違った意味で微妙なのだ。召喚器持ちであり、学園側だった者。白の主候補の一人でもあり、何より学園の最高責任者であるミュリエル・シアフィールドの義娘。それらが、色々な意味でリリィの立場を微妙にしている。
今度はクレアたちがリリィを信じられるかということにもなりかねないのだ。こちらの状況や目的を探っている……つまりスパイではないかと考える大きな理由になり得る。
もちろん恭也は信じたつもりだが、人の心というのはどうしてもわかりづらい。特にそうした相手への信用と信頼は。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.182 )
日時: 2008/05/22 06:52
名前: テン


何より、クレアと知佳は多くの情報を扱っている。それはつまり情報の取捨選択をし、信頼できる情報と信頼できない情報を選り分けるのだ。その信頼の有無は情報の出所も考慮する。言い方は悪いが、まず二人は疑うことが役割だと言っていい。それは恭也も一緒ではある。
リリィは疑惑を招かせる種が多すぎる。まあ、これに関しては恭也とて人のことは言えないが。
ここでリリィを連れていき、今日から仲間だと告げても、二人がどう思うかはわからない。もしもこの場に二人がいて、リリィの先ほどの真剣な表情や言葉を聞いていれば信じてくれただろうが、間に恭也が入ってしまったことで、それが難しくなってしまった。
だから混乱という言い方は間違っていないのだ。人数が少ないからこそ、リリィという存在が不和の種になりかねない。そしてその不信感がどんな状況へ持っていってしまうかは未知数だ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.183 )
日時: 2008/05/22 06:53
名前: テン


王宮組というべきか、それとも反救世主組というべきか、とにかく僅か八人の組織とも言えない仲間たちは、恭也が中心であり、彼への何かしらの想いが中心になっていると言っていい。だが、決して恭也だけの思惑で動いているわけではないし、それぞれに戦う理由があり、恭也に依存した関係ではなく対等の関係だ。
僅かな人数で動いているからこそ、個人の思惑はともかく、信用や信頼は特に重要な事柄だった。そのため、この前戦ったばかりのリリィを急に仲間として紹介するのもなかなか難しい。

「言い方は悪いけど、信用を得るための情報か、行動が必要ってことかしらね」
「そんなところだ。俺はお前を信じたがな」

軽く信じたと言う恭也に、リリィは僅かに頬を赤らめた。ある意味彼女も恭也にだけ信頼されればそれでいい。信じてくれるならば頼ってくれるだろうと。
そんな考えを面には出さず、リリィは頬を赤みを何とか戻しつつ、右手を振った。

「まあいいわ。しばらく大河たちの様子でも見てる。連絡とかはどうするの?」
「定期的にここで会おう。学園が休みの日や、放課後がいいだろう」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.184 )
日時: 2008/05/22 06:55
名前: テン


この世界には携帯電話のような便利な機器はなかった。念話器という魔術道具に似たようなものはあるものの、貴重な代物であり、少なくとも恭也とリリィは所持していないし、幻影石などと違って使用に魔力を必要とするため、魔力がほぼ0に近い恭也は使うことができない。そのため直接会うしか連絡や報告などはできないのだ。
まあ、これはこれでやりにくいのだが、今は方法がない。

「わかったわ」

いつに会うか、今後の打ち合わせをし終えると、唐突にリリィは恭也から視線を離し、王都の風景へと目を移す。
その表情はどこか暗く、そして決意に満ちていて、恭也は訝しげに目を細めた。
そんな恭也に気付いていながら、リリィはまるで自らに言い聞かせるかのように言う。

「もし大河が救世主になったら……そばにいる私が殺すわ。仲間から突然攻撃されれば、救世主と言ってもさすがに隙ぐらい見せるでしょ」
「リリィ……」
「恭也がやるよりは確実でしょ。話からするとあなたはまだ真正面から救世主と戦えるほどの力はないみたいだし」
「それはそうだが……」
「うまくやるわよ」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.185 )
日時: 2008/05/22 06:57
名前: テン


「そうではなくて、それは俺の役目だ。力のあるなしは関係ない。相手が救世主だろうとやりようはある」

もし大河を殺すことになったとしても、それはあくまで恭也の役目だ。それによって未亜たちに恨まれることも。
もちろんリリィの言うとおり、いきなり大河が救世主になったとしても、『今の』恭也にはそれに対抗するような力はない。だが、暗殺であろうと他の方法であろうとやりようはある。
相手が何であろうと、恭也は殺すということにかけてなら、誰にも負けはしない。どんなモノであろうが殺す方法などいくらでも思いつく。できるできないは関係なく、思考の中で殺し尽くし、それを実践する。その理はともかく、元より不破は殺すことに特化した存在なのだから。

「もしものときよ。あいつが救世主になったときの状況にもよるもの。私があいつのそばにいたなら私が殺すってだけ。それ以外ならあなたに任せるわよ。話を聞いただけでも、私だってどうやっても真正面から救世主と戦って殺せるとは思えないしね」
「……わかった」

納得はしていないが、これ以上その話を続ける意味をもたなそうなので、恭也は頷いておいた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.186 )
日時: 2008/05/22 06:58
名前: テン


それにリリィも頷いて返し、それから再び視線を恭也へと視線を戻し、どこか達観したような笑みを浮かべる。

「もし私が白の主だったとして、そして救世主になってしまったなら、あなたが私を殺して」
「お前……」
「可能性としてはそれほど高くないとは思うけど、一応ね。恭也に殺されるなら、それも悪くないって思うから」

いや、達観しているのではない。まるでそうしてくれれば嬉しいとでも、幸せだとでも言いたげな笑顔だ。
そんな笑顔を向けられ、恭也はやはり僅かに眉を歪める。

「…………」

恭也とて、できれば大河を殺したくはないし、白の主でも殺さなければいけない状況にはもっていきたくはない。大河も含めて、恭也が大切だと思っている人たちが、誰一人として欠けることなくこの戦いが終わる。それが恭也にとっての最善の結果。だが、それだけを求めていられる立場でもなかった。だから、最悪も覚悟していた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.187 )
日時: 2008/05/22 06:59
名前: テン


願っているだけでなく、最善を手に入れるために動いてもいる。だが、それでも最善を手に入れられるかはわからない。
だから、

「わかった。そのときは、俺がお前を殺す」
「ん。ありがとう、恭也」
「感謝されることではないだろう」

笑顔を浮かべてまま言うリリィに、恭也も苦笑を浮かべたのであった。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.188 )
日時: 2008/06/05 05:59
名前: テン


二人はもう一度笑い会うと、自然と揃ってその視線を王都の風景へと移した。
そのとき強い風が吹き、リリィの髪を揺らす。それに彼女は鬱陶しげに髪を押さえた。そして風が収まると同時に、髪を整え始める。やはり恭也の前でボサボサな髪でなどいたくないのだろう。
手で髪を梳きながら、リリィは沈黙を打破するため、再び口を開く。

「ね、恭也はさっきの話どう思ってるわけ?」
「さっき?」

さっきと言われても、話自体かなり長いものであったため、リリィが言うさっきの話というのがどれかわからず、恭也は聞き返した。

「紅の精っていうのに聞いた話」
「いや、だから俺は信じているが」
「そういう意味じゃなくて、書の精霊とか、白と赤の主とか、破滅や救世主のこととか、紅の精とか、その主であるあなた自身のこととかの話よ。信じる信じないじゃなくて、それら自体をどう思っているのかってこと」
「そう、言われてもな」
「じゃあ、例えば救世主が言い伝え通りだと考えていたときは、救世主のことをどう思っていたわけ?」
「ふむ、救世主クラスにいたころということか?」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.189 )
日時: 2008/06/05 06:01
名前: テン


「そう。まあ、救世主だからって何でもできるわけじゃないって言っていたけど、私たちの善し悪しは別にして、実際にほとんどのことはできるっぽいじゃない。それが本当に言い伝え通りに機能していたなら、万々歳でしょ」

やはりリリィとて救世主に未練があるのだろう。彼女の救世主になって仇を取りたい、破滅を倒したい、世界を守りたいという想いは決して嘘ではなかったし、軽くはなかった。そのせいで視野が狭くなっていた部分もあったが、彼女も今はそれを認めているし、ある意味ではそれだけ叶えたいことだったのだ。
だが恭也の口から出てきた言葉は、リリィの想像とはまるで違った。

「……舐めてるとしか思えんな」
「は?」

恭也の言葉が想像と大きく違い、リリィは思わず梳いていた手を止め、目を軽く開いて恭也を見る。
その反応に再び苦笑しながらも、恭也は語り始めた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.190 )
日時: 2008/06/05 06:02
名前: テン


「救世主クラス……いや、救世主養成学校というあの学園にいたからというのもあるが、救世主への傾倒はリリィは特に顕著だったり、ベリオやカエデも救世主何かしらを感じていて、大河ですら救世主になることを求めていた。動機の純、不純は別にしてな。だから声に出して言うつもりはなかったのだが、救世主というもの自体、あまり気に入らなかった」

恭也は救世主クラスにいたころ、まだ大河たちの仲間でいられたころ……それほど昔とも言えないかつてを思い出しながら続けた。

「個人が世界を救うという時点で気に入らないし、世界やそこに住む命を舐めてるとしか思えなかった。もちろん似たような存在になるかもしれない俺が言えることではないのかもしれないが、これは元よりあった俺の本心だ。だからこそ元々俺は別に救世主にはこだわってなかった。もっとも最初から俺に救世主になれる資格があるとわかっていて、世界のためなんかではなく、それしか俺の大切な人たちを救う方法がなかったのなら、そんな考えなど捨てて、何がなんでも目指しただろうがな」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.191 )
日時: 2008/06/05 06:04
名前: テン


個人に救われる世界など、本来はあってはならないのだ。個人が世界を好きにしていいわけがないのと同様に、たった一人の個人によって揺れ動く世界など間違っている。
個人が、世界やそこに住む全ての命を背負っていいわけがない。それはやはりその世界とそこに住む命を個人が握り、全てを左右する。そんなのは、恭也としては世界と数多くの命を舐めているとしか言いようがなく、ひどく傲慢に感じる。
指導者という形で個人が大局を左右させることもあるかもしれないが、それでもその下にいる者たちがいなければ、指導者など意味がない。そういう意味ではやはり、個人という力にも意味はない。
世界規模の出来事は、その世界全てでどうにかしなくてはならない。もちろんそれは理想論であり綺麗事で、その間に色々な思惑が入ってくるだろうが、それとてやはり個人だけの思惑ではないのだから。
それしか方法がないというのなら、恭也はそれを全否定することなどしない。だからこそ今彼はその傲慢な個人に近い場所にいる。それでも恭也個人としては気に入らなかった。

「万を越える敵を倒す一人なんていうのは、現実には存在しない」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.192 )
日時: 2008/06/05 06:06
名前: テン


無論兵器を使えばその限りではないが、生身でそんなことができる『人間』など絶対に存在しないのだ。

「それが人間の限界なんだ。それ以上の力など、それこそ不要だ。余計な災いを呼びかねん。どうやっても過ぎた力は災いを呼ぶ。その力の善し悪しなど関係なくな」

その話を聞いて、リリィは『そうかもね』と静かに頷いた。
彼女自身、救世主になりたいと強く願ったのは、他人に任せられないというのもあったからだ。そう言う意味では、確かに恭也の言うことが理解できた。
恭也の一族は、一人で百人を倒すという技を持ち、そして実際に恐れられ、滅ぼされた。それはかつて断片的に恭也がリリィへと話したこと。そんな経験をしている恭也が語ったからこそ、彼女はさらに理解できたのかもしれない。
リリィの反応を見ながら、特に反論もないのというのがわかり、恭也は先を続ける。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.193 )
日時: 2008/06/05 06:09
名前: テン


「大切な人たちだって、俺一人では守りきれない。そんなこと身にしみて理解しているつもりだ。例えば、俺の姉のような人は遠く離れた場所にいる。今だってそれこそすぐには駆けつけられない場所にいる。もちろん何かあったらどんなことをしてでも守るつもりではあるが、それでもすぐにはいけない。それはつまり、それが俺の限界だ」

限界のない人間などいない。時間や場所、能力……その限界がどんな種類のものであろうとだ。

「けど、その人の傍には、その人を守る人がいる。その人は俺の幼なじみなんだがな。彼女ならば、姉を守ってくれると思ってる。俺一人では限界でも、そういうふうに他にも頼れる人はいる。一人ではできないことを、二人、三人なら可能になる。人というのはそうものではないか? 人は群れてこそだと思う。それぞれがそれぞれの立場に立ってな」
「そうね」 
「そういう意味では、救世主にしろ、紅の主にしろ、人から外れている」
「だから恭也としては気に入らないし、人間を舐めてるとしか思えない、か」
「まあな」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.194 )
日時: 2008/06/05 06:11
名前: テン


もちろんそれはあくまで恭也の考えだ。恭也は相手が本当に間違ってでもいないかぎり、相手の考えや行動を尊重する。だからそんな自分の考えを学園にいたとき、リリィ以外には誰にも言わなかった。

「ふふ」
「ん?」

いきなりおかしそうに笑うリリィ。その彼女を見て、恭也は首を傾げた。

「何となく、恭也が紅の主っていうのに選ばれた理由がわかったような気がする」
「どういうことだ?」
「あんたは気にしなくてもいいわよ。もし救世主が言い伝え通りの存在だったなら、やっぱりそれになってたのはあんただと思うってだけ」

そんな言葉を聞いてさらに首を傾げる恭也に、リリィは軽く手を振って気にしないでと告げた。


そんな考えがあるからこそ、恭也はどんなに強大な力にも溺れない。そんな力を求めていないのだから当然だ。そしてそんな力を実際に手に入れても、元ある想いを捨てはしないし、歪めもしない。
彼はあくまで大切な人たちのためにだけ戦う。決して世界なんか背負わない。どんな力を手に入れようがそれだけは変わらないのだ。
だからこそ、その力を正しく使うことできるのだろう。そうであるからこそ、恭也は紅の主になれた。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.195 )
日時: 2008/06/05 06:13
名前: テン


結局、世界を救えるような力を持つ者というのは、恭也のような人間なのだろう。リリィはそう思ったのだ。
もちろん彼が選ばれた理由はもっと違うところにあるのかもしれない。
それでもリリィはそう思う。

そんなふうに考えて、リリィは笑い続けた。
その笑みは、ここのところ沈みきっていた彼女が、本当に久しぶりに浮かべた心から明るい笑顔。先ほどまでの陰のある笑顔ではなく、本当に彼女自身の笑顔。
その横ではやはり恭也がしきりに首を傾げていた。
それを横目で眺め、リリィは思う。

(やっぱり私はあんたが好きみたいね)

それを今、言う気はない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.196 )
日時: 2008/06/05 06:15
名前: テン


ただ今は、彼の力になろう。
まだ彼に心の底から信頼されたのかどうかは、よくわからない。だが彼が向かう先へと続く道を自分も作ろうとリリィは心に決めた。。
そして、その道の終着点に辿り着いたなら、そのときは……

(逃がさないから)

そのときリリィのもう一つの戦いが始まる。
きっとライバルが多いことであろうが、それは救世主を目指していたときと変わらない。目指すものが変わっただけなのだ。そのライバルたちとて蹴散らしてみせる。
それを思って、リリィはさらに笑みを深めた。

そんなリリィを見て、恭也は一瞬寒気を覚えたのだが、まあその寒気の原因を本当の意味で感じ取ることになるのは、当分先のことだろう。






三十二章 終