Re: 黒衣(仮投稿) ( No.122 )
日時: 2008/03/07 20:57
名前: テン






「ごめんなさい」

恭也の目の前には、項垂れたふうに肩を落としたなのはがいた。
恭也は自室の椅子に座り、なのはは屋根裏という狭い部屋をさらに狭くしているベッドの上に座っている。
同室の耕介は今頃仕事をしているし、どこに置いているのかは恭也も知らないが、十六夜も持っていっていた。
そのためこの部屋にいるのは兄妹二人のみ。

「なのは、別にな、俺を呼ばなかったことはいいんだ。別に今は怒っているわけでもない」

恭也は酷く落ち込んだなのはの姿を見て、軽く息を吐いて言った。
あの時、なのはが呼ばなかったことは恭也にとってはもうどうでもいいこと。なのはにだって理由があるだろう。いくら兄だと言っても彼女の全てを理解しているわけではない。
なのはにはなのはの考えがあるのだから。もちろん戦闘においてのなのはの考えはまだまだ甘いから、全てをわかってやるわけにはいかないが。

「しかし、理由は何なんだ? お前は別に意地を張るような子ではないだろう?」

いや、なのはにとて意地というものがあるというのは恭也もわかっている。とはいえ、無理なこと、無謀なことはしない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.123 )
日時: 2008/03/07 20:59
名前: テン


少なくともあのときそんな無茶をする意味はなかった。
あったとすれば敵が原因だとしか恭也には考えられない。

「敵が……」

そんな恭也の考えもなのははわかっている。だからこそ彼女はぽつりと言った。

「敵が?」
「自分が破滅だって」

なのはが顔を俯かせたまま呟いた言葉に、恭也は軽く目を開いた。
あのときおそらく破滅が何かしら動いているというのは恭也もわかっていたが、まさかなのはの方に現れていたとは。

「それならば余計になぜ俺たちを呼ばなかった?」

相手が破滅だと言うならば仲間を呼ばないのは余計におかしい。敵がどんな形をしていたかはわからないが、少なくとも思考能力がある相手。捕縛できれば色々な情報を手に入れることができた。
それもやはりなのはならばわかるはずだ。
もちろん呼べなかったというのもありえるが、なのはの様子を見るに、呼ばなかったというのが正しいだろう。

「おにーちゃんに……会わせたくなかったの」
「俺……に?」

恭也に会わせたくない。それはどういう意味なのか……

「その人が言ってた。エリカ・ローウェル、この名前をおにーちゃんに聞いてみろって……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.124 )
日時: 2008/03/07 21:00
名前: テン


「エリカ……ローウェル……!?」

なのはが呟いた名前を聞き、恭也は驚愕の声とともに目を見開いた。
それは普段感情をあまり見せない彼にしては大きすぎる感情の波。それを見て、なのははやはり知っているのだという核心を得た。





第四十四章





「エリカ……ローウェル。そう名乗ったのか?」
「うん……」
「そう……か」

頷いたなのはを見て、恭也も静かに頷いた。
だがその心は名を聞いた時から荒れている。それは目の前にいるなのはにも、表情の変化と雰囲気から伝わっていた。
なのははそんな恭也を慮り、口を閉じていた。
恭也も何も言うことができず、しばらく二人の間に沈黙が満ちる。
しかし恭也が唐突に首を振った。

「何と言っていた?」
「そ、それは……」
「はっきり言って構わない。だいたいの予想はつく」

そう、恭也には予想がついている。
恭也は言いながら目を瞑り、なのはの言葉を待った。
そんな恭也を見ながらも、なのはは迷う。
彼女は恭也を絶望させると、そして殺すと言っていた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.125 )
日時: 2008/03/07 21:01
名前: テン


恭也が彼女に負けるとは思えない。これはなのはが恭也を信じているというよりも、戦った彼女だからこそわかる。エリカは決して恭也には敵わない。
だが、それでもなのはには抵抗があった。二人には何かしらの関係、もしくは因縁があるというのはわかるから。
だがそれでも、なのはは意を決して口を開いた。

「最終的には……殺すって」
「…………そうか」

なのはの返答を聞いて、恭也は少し間を空けて頷くと目を開き、天井を見上げた。その姿は何かを思い出そうとしているようにも見える。

「その子は、髪は何色だった?」
「え? 黒髪だったよ」

なぜそんなことを聞いてくるかがわからず、なのはは目を瞬かせて答えた。
エリカの髪は確かに漆黒で、ダガーを振りながら長い髪を靡かせていたのをなのはしっかりと覚えている。

「……そうか、どちらにしろその子が俺を殺したいと思っても、仕方がないことだろうな」
「どういうこと?」
「その子が、俺が救えなかった娘だ」
「……それって、あの時言ってた?」
「ああ」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.126 )
日時: 2008/03/07 21:02
名前: テン


あのアルブ村での出来事。救世主クラスに初めて訪れた任務。それは失敗とさえ言ってもよかった結果。それに落ち込んでいた救世主候補たちに恭也が語ったこと。
それによって、なのはたちは再び戦うことができるようになった。
だがそれは……

「え……でも、その子は」
「生きていた……ということだろう。もしくは……」

恭也は続く言葉を飲み込む。
それに気付かず、なのはは驚きで目を大きく開きながらベッドから立ち上がると恭也へと詰め寄った。

「そんな……でもなんでおにーちゃんを!?」
「当然だ。俺が助けてあげられなかったのだからな」
「でも生きてたなら!」

淡々と言う恭也に向かって、そんなのはおかしいと叫ぶなのはだが、彼は視線を戻しながらも小さく首を振る。

「同じだ。俺は約束を守れなかった」
「そんなの……おかしいよ!」

なのはには筋違いにしか思えない。
確かに約束を守れなかったのかもしれないが、それでどうしてそこまで恭也を恨むのか。憎まれ口を叩いたり嫌悪するぐらいならば……納得はできないが、まあ理解しよう。しかし自身が生きていたのに、どうして命まで取ろうというのか。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.127 )
日時: 2008/03/07 21:02
名前: テン


「なのはがどう思おうと、その娘にとってそれが真実であるのだから仕方がない」
「それは……そうだけど」
「しかし、そうか……それでお前が戦ったのか」

恭也はそう言うと苦笑してみせた。それは仕方がないとでも言うように。

「お前は優しいな」

そしてなのはの頭を優しく撫でた。

「おにーちゃん……」
「俺と会わせないようにしてくれたんだろう?」
「……うん」

なのはは恭也に頭を撫でられながらもやはり肩を落としてままだった。
結局こうして恭也に心配をさせてしまった。それがやはりなのはにとっては辛いことであったのだ。
そして恭也はなのはの頭を撫でながらも真剣な表情をとる。

「その子の相手は俺がする。なのはには辛いだろうからな」
「え!?」
「こればかりはお前にも他の者たちにも任せるわけにはいかない」

そういう意味では、任せられないことが増えてしまったと恭也は内心で苦笑した。
不破夏織と名乗る女。彼女も他の人には任せることはできない人物だ。彼女が破滅に関与しているかはわからないが、召喚の塔を爆破した犯人の仲間であったらしいから、破滅である可能性は高い。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.129 )
日時: 2008/03/07 21:04
名前: テン


そこにきてエリカだ。
レティアとの契約とは関係なしに、このアヴァターには因縁が集まっているのではないかとすら恭也は思う。もちろん不破夏織については確証はないが。

「で、でも……」
「大丈夫だ。俺も殺されてやるわけにはいかない」
「本当? 絶対に殺されたりしない?」


なのはは二人の間に何があったのかは知らない。だが、恭也は彼女を相手に戦えるのだろうかという考えがあった。
負けはしないだろう。だが、戦えるかはまた違う。

「ああ。約束しよう」
「……わかった」
「ありがとう」

なのはが不承不承という感じであるのをわかっていながらも、恭也は微笑み、再びなのはの頭を撫でたのあった。





なのはが部屋を出ていったあと、恭也は彼女が座っていたベッドに座り直して、そこから窓の外へと視線を向けていた。

「彼女は……死んだ」

なのはにはああ言ったが、それは間違いない。
最後の姿を見た恭也がそれを間違える訳がないのだ。ならばなのはが出会った少女は……そして、あの日海鳴で出会った少女は。

「…………」

本当は恭也もわかっているのだ。
なのはが出会った少女が誰であるのか。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.130 )
日時: 2008/03/07 21:05
名前: テン


「俺を恨んでいる……ということだろうな」

ああ、当然だろう。
救えなかったのだから。

「やはり君も俺を恨んでいるか……エリカ」

一瞬、黒髪の少女がどこか悲しげな顔を浮かべている姿が恭也には見えたような気がした。
だがそれも一瞬で霧散する。
恭也は頭を振ったあと立ち上がった。そして部屋のドアの前に移動するとため息を吐き、そのノブを捻って無造作に開け放つ。

「ひゃあっ!」

するとドアの向こうからそんな悲鳴が聞こえてきた。

「さっきから何をしているんだ、お前は?」

悲鳴の主へと恭也は呆れた口調で問いかけ、悲鳴を上げてドアの向こうで尻餅をついている少女……リリィへと右手を差し出した。





Re: 黒衣(仮投稿) ( No.131 )
日時: 2008/03/15 22:02
名前: テン





突然開いたドアから現れた、その部屋の主をリリィは座り込んだまま下から睨み付ける。

「い、いきなり開けるんじゃないわよ! っていうか、その言い方だと私がいたの気付いてたんじゃない!?」

そんな大声を上げながらも彼女は自分の手を差し出し、恭也の手を取った。頬が僅かに紅潮しているのは、怒りのためか照れのためなのか。
対して恭也は呆れたままだ。リリィの言うとおり、彼女が部屋の前にいたのはそれなりに前から気付いていた。
しかし、その行動が不審だったのだ。

「何をしていたのかは知らないが、俺の部屋の前を不審人物のように行ったり来たりしていたのはそちらだろう?」

恭也はやはり呆れた口調のまま言い、右手に力を込め、軽々とリリィの身体を起こすが、

「きゃっ!」
「っと」

少し力を入れすぎたのか、リリィがそのままつんのめるようにして恭也の胸の中へと倒れこんでしまった。

「すまない」

恭也は謝罪しながらリリィの肩に手を置き、支えながらも彼女を自分の身体から離した
それはまるで見つめ合うような体勢。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.132 )
日時: 2008/03/15 22:03
名前: テン


目の前に恭也の顔があり、リリィは先の任務で抱き寄せた時と同じように……いや、それ以上に頬を真っ赤にさせた。

「む、顔が赤いぞ? 熱でもあるのか? 色々あったし、仕方がないかもしれんが」

恭也は身長差があるため上からリリィの顔を覗き込んでいたのだが、彼女の熱を計るために自らの額をリリィの額にくっつけた。
普段ならせめて手で計る所だろうが、顔が近かったことと、リリィが近しい者になっていたからこその行動だ。

「な、な、なななな……」

キスまで数センチとなる距離まで詰め寄られ、冷静でいられないリリィ。
リリィは恋愛関係に関しては純情少女であり、結構奥手である。ついこの間まで恋愛のれの字も知らない、というか興味がなかったのだからある意味当然のこと。むしろ今になって、遅まきの初恋が来たという感じなのだ。しかし自室にはその手の……純愛系……恋愛小説とかも結構あったりするし、このごろはその数も増えてきている。
先ほども真面目な話があるとはいえ、簡単に男の部屋に来るなんてどうよ的な純情というか古風というか、そんな考えが出てしまい、恭也の部屋の前でウロウロしていたのだ。

「あ、う、あ……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.133 )
日時: 2008/03/15 22:06
名前: テン


そんな彼女がこうして好きなというか何というか……まあ、そんな感じな男にキス直前まで詰め寄られればのぼせもする。何度か近づいたことはあったものの、だいたいが任務の最中だとかで少なくとも浸れるような状況ではなかった。
デート……いやいや、指導の時も似たようなことはあったが、あのときは恭也のほうも慌てていたため、リリィもそれにつられて慌てることができたが、今回は……

(く、唇……近い。キス……できる、かな)

普段の彼女なら、そんな考えをした瞬間自分を殺したくなるぐらい恥ずかしがるところだろうが、まだのぼせ中。
目の前の男と唇を合わせることができたらどんなに甘美であろうかという考えがリリィの頭の中に広がった。
リリィはほとんど無意識で踵を上げ……

「ふむ、やはり熱いな。風邪ではないのか?」

その直後に恭也が顔を離そうとした。

「へっ?」
「はっ?」

いきなり目標を失ったことで、リリィはバランスを崩し、再びつんのめり、失ったバランスを取り戻すために恭也の腰に腕を回した。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.134 )
日時: 2008/03/15 22:06
名前: テン


しかし恭也もリリィの額に自らの額を合わせる際に膝を曲げていたため、微妙なバランスの取り方をしていた。そのため僅かに腰が反ってしまう。このままリリィを受け止めると腰を捻りそうだと、恭也はわざとそのまま後ろへと倒れ込む。もちろんリリィを抱えていることもあり、そのまま自分の身体を彼女のクッション代わりにしつつ、受け身をとった。
が、

「「んっ!?」」

その直後にリリィの唇はきっちりと目標へと着弾していた。
もうチュッとかではない。落下の衝撃でブチュッになっている。

二人の間に沈黙が満ちる。
廊下と部屋の境界。そこで少女が青年に覆い被さって、ある意味熱烈なキスを交わしている姿は端から見ればどんなふうに見えるのだろうか。
幸いにも見ている者は誰もいないが。

しかし二人はあまりのことに硬直し、唇を離せず、ただお互いの瞳を見つめるのみ。
そして、

(……血の味)

リリィの口の中に血の味が広がった。リリィに痛みはなかったので、おそらく恭也の唇か口の中が切れたのだろう。
あんな勢いで唇を合わせれば、歯がぶつかってもおかしくはない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.135 )
日時: 2008/03/15 22:08
名前: テン


その味を感じ取ったことで、ようやくリリィは恭也にキス……何か少し違うが……していることに気付いた。
しかし、リリィの思考はまだ正常ではなかった。むしろキスだと自覚した瞬間には夢現の状態であったのかもしれない。
そもそも先ほど……いや、恭也の部屋に来る前から身体が火照って仕方がなかった。それがさらにリリィの脳をとろけさせる。

(傷口舐めた方が……いいわよね?)

どういう理論展開をしたのかリリィは舌を出し、それを傷口があると思われる場所へと向けた。
それは即ち恭也の唇であり、口内。

「んんっ!?」

これには恭也の方が声を上げるが、リリィは両手で彼の頭を抱え、

「んっ……ちゅ……ふあ……くちゅ……んふっ……」

深いキスへと……本人は自覚なしに……移行した。
下唇を舐め、上唇を舐め……空いた場所から口内へと侵入し、恭也の舌と絡まりながらもさらに前歯、奥歯、歯茎と口内を舐めあげていく。
リリィは傷口を探しているのかもしれないが、舌を絡めるそれは大人のキスであり、ディープなキスであり、卑猥さを感じさせるキスである。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.136 )
日時: 2008/03/15 22:09
名前: テン


恭也の方はというと、少々脳内ショート中。こういうキスも初めてではないものの、彼は根が真面目なのだ、幸か不幸かいきなり獣にはなれない。
だがいくら枯れているだの何だのと言われていても、恭也とて男である。
こんな熱烈なキス……それも相手は美少女と言って間違いのない容姿を誇り、色々な意味で魅力的な少女であり、仲間として憎からず思っている相手にそんなことをされれば、それは理性も吹き飛ばされる。
もしリリィが今この瞬間に恭也へと『好き』とでも囁けば、最後の理性の灯火はかき消えていたに違いない。
がしかし、リリィはディープキスならぬ、傷口探しに夢中。水っぽい音を響かせている。まあそれとて恭也的にはまずいのだが。
恭也は何とかショートした脳を再起動し、現状の把握……はしない。したら獣になりそうだった。
とにかく状況の理解よりも状況の打破を最優先。っていうか理解したらあかん。
恭也は腕を上げ、その手をリリィの肩に置く。

「んあ……あ……んくっ……」

その間もリリィは舌を絡めてくる。
恭也は心の中で煩悩退散と叫びながら、両手に力を入れて、だが今度は加減をして突き出す。

「ん……」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.137 )
日時: 2008/03/15 22:09
名前: テン


それと同時にリリィの身体が少し浮かび上がり、唇も離れた。
二人の唇の間が透明な滴で結ばれている。それは端から見ると本当に淫靡に見えた。

「んくっ」

そんな彼女を下から眺めながら、恭也は口の中に溜まり、混ざり合った自身とリリィの唾液を飲み下す。
そしてリリィが未だ覆い被さり、それを恭也が下から支えるという状態のまま二人は見つめ合った。

「恭也……血は?」

リリィがどこか夢心地、とろけるような声音で聞く。

「は?」

血と言われれば、確かに恭也は口の中に僅かではあるが鉄の味がすることに気付いた。
気付いたが、それが一体どう繋がるのか。

「リ、リリィ? 本当に大丈夫か?」

それはあんなことがあったあとで問いかけるような言葉ではない。ないのだが、恭也はそんなことしか聞けなかった。彼も未だ完全には状況の理解ができていなかった。
だが数秒後、少し焦点が合っていなかったリリィの目がいきなり正常に戻る。そしてさらに数秒すると、彼女の顔はゆっくりと赤くなっていき、

「きゃぁぁ……んぐっ!」

悲鳴を上げようとしたのだが、それを素早く察知した恭也が右手でその口を塞いだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.138 )
日時: 2008/03/15 22:13
名前: テン


もしキスをしたのが自分からであったなら、もう悲鳴を上げようが何をしようと止めはしなかったが、さすがにこの状態で悲鳴を上げられるのは恭也としても納得がいかない。

「ひ、悲鳴を上げる前に多少は状況を理解してくれ」

恭也はリリィに覆い被されたまま、嘆くようにして呟く。
この状態で誰か来たらどう見えるのか。
覆い被さっている方が悲鳴を上げるというのもおかしいだろう。まあ、リリィのことを知っている者なら不埒なことをした恭也にマウントポジションとって、これよりボコボコにしようとしているというふうに取るかもしれないが。

だがリリィも恭也の言葉で多少は冷静さを取り戻し、頬は紅潮させたままそれでも頷いた。
そして何とか恭也の上から、僅かに後ろ髪引かれる思いで身を引いたのであった。





Re: 黒衣(仮投稿) ( No.139 )
日時: 2008/03/27 08:00
名前: テン





何とも言えない微妙な沈黙が部屋を包んでいた。
リリィは顔を真っ赤にしたままの状態でベッドの上に座り、恭也はイスの上。それは先ほど恭也がなのはと話していた時と同じ状態だ。
なのはの時と違うことと言えば、二人のその雰囲気か。重い空気は変わらないが、妙に熱っぽい。まあ、つい先ほどまであんな熱烈なことをしていのだから当然だが。
だがこのままでは埒があかないと、リリィは口を大きく開け、

「いい!? あれは事故よ、事故!!」

その髪型の名称の如く、子馬の尾のように髪を振り乱して叫んだ。

「いや、お前舌を……」
「忘れなさい! 今すぐに! 私は意識が朦朧としていただけよ!? わかるでしょ!?」
「り、了解」

リリィの口から怒濤のように飛び出てくる言葉に、恭也は押され気味になって頷く。
まあ恭也としても、先ほどのトロンとした夢でも見ているようなリリィの目を見ていたため、それを簡単に信じた。
これぞ鈍感力のなせる技。
だがそんな恭也を見て、リリィは顔を顰めてあさっての方向に視線を向ける。

「……私もしかして間違えた?」



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.140 )
日時: 2008/03/27 08:02
名前: テン


小声で呟くが、それはまさしく正しい。
なぜならまだ恭也には先ほどの余韻が残されている。ここで告白でもしてしまえば、恭也が受け入れる可能性は高かったかもしれない。今はリリィもベッドの上に座っているし、いろんな意味で恭也の理性とシチュエーションは最良のものであった。恭也のリリィに対する好感度も一緒に戦う仲間であるためそれなりに高い。
だが、高いと言ってもそれはやはり他の仲間たちも一緒だ。そのため少なくとも他の者たちよりも数歩リードできたのは間違いないだろう。
だがリリィは勢い任せとはいえ、一度言ってしまったことをそう簡単に撤回できる性格ではなかった。

「だいたい何なのよ、あのファーストキスは……」
「いや、それは俺に言われてもだな」
「独り言! 気にするな!」

そう反論しつつも、リリィはその後もブツブツとなにやら呟き続ける。『鈍感』だの『普通簡単に信じる?』とか、『下着代えたい……』とかいう言葉が聞こえてくるが、恭也はまだ理性を復活させるのに全神経を注いでいて気付かない。
それから少しだげお互い冷静になる時間ができ、恭也もようやく完全に理性を取り戻した。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.141 )
日時: 2008/03/27 08:03
名前: テン


「そ、それで熱っぽかったが、大丈夫なのか?」
「それはあんたが……!」

原因でしょうが、と続けようとしてリリィは首を捻った。

「でもちょっと怠いって言うか、身体が火照ってたのよね」
「やはり風邪じゃないのか?」
「ここに来る前は何でもなかったし、今だってもう問題ないわよ。恭也の部屋の前に来たらいきなり」
「……ふむ、風邪にしては妙だな。ただの熱にしても妙だし」

少しの時間だけ風邪のような症状。そんなものは恭也も聞いたことがなく首を傾げる。
だがその症状が表に出ていたリリィ本人は首を振った。

「あの火照りって風邪とかそういうんじゃなくて、どっちかっていうとうずくっていうか……性的っていうか……」

なぜか下半身を気にしながら、リリィはぼそぼそと呟く。

「なんだ?」
「な、なんでもないわよ!?」

声が小さすぎて恭也は聞き返したのだが、リリィはまたも顔を赤くして、それ以上の言葉を遮った。
そして何かを思い出そうと、リリィは僅かに目を細める。

「ナナシにもらったジュースに何か入ってたんじゃないでしょうねぇ」
「ナナシに?」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.142 )
日時: 2008/03/27 08:04
名前: テン


「ええ。くれるって言うから飲んだのよ……まあもうとくに問題ないけど、あとで少し聞いてみるわ。力ずくでも」
「そ、そうか」

なぜか妙に殺気だっているリリィに恭也は僅かに身を引かせた。
とりあえずこれ以上蒸し返すとまずいので、二人は揃ってわざとらしく咳払いをする。
まあとにかくと、恭也は装いを正してから再び口を開いた。

「で、どうしたんだ? 何か用があったんだろう?」

わざわざ部屋の前まで来たのだから、リリィには何かしら用件があったはずだ。まあ、それを忘れてしまいそうな出来事が起こってしまったが。
リリィも紅潮していた頬を何とかもとに戻して恭也に答える。

「この前の件について話に来たのよ」
「この前?」
「あなたが言ったんでしょ? 内通者とか諜報員とか」

それは先の任務で恭也が語ったこと。
しかしそれは他の者たちにまでは話していなかった。任務が終わり、学園長たちに報告する際、そのへんのことを恭也は一切語っていない。リリィも恭也に考えがあるのだろうと、それに合わせて何も話すことはなかったのだ。
リリィの問いを聞いて恭也は腕を組み、軽く息を吐いた。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.143 )
日時: 2008/03/27 08:05
名前: テン


「話と言ってもな」
「このままにするわけにはいかないじゃない」

リリィは、恭也の煮え切らない態度に多少語気を荒くする。
本当にこの学園に諜報員や内通者がいるのなら、早めに対応しなくてはこちらの情報が筒抜けということになってしまう。そのためリリィの反応は正しい。
正しいのだが、恭也としても難しい問題なのだ。

「その話、学園長にはしたのか?」
「まだよ」

母親であるミュリエルを尊敬しているリリィが、それでもまだ言っていない。これはやはり、もう少し恭也と話をしてからの方が良いと思ったからだった。

「そうか、ならば暫く止めておけ」
「なんでよ?」
「疑心暗鬼になられても困るし、彼女にとっては俺たちの方が疑わしいだろうしな」
「あ……」

ついこの間、恭也たちとミュリエルはやり合ったばかりだ。ここでそんな話を聞けば、彼女が真っ先に疑うのはおそらく恭也たちだろう。
リリィはそこまで考えて言わなかったわけではないが、恭也に言われてその可能性を今更ながら気がついた。

「まあ、リリィが言うと決めたならば絶対に止めろとは俺からは言えないが」


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.144 )
日時: 2008/03/27 08:06
名前: テン


恭也はそれを止めることはできない。止めてしまえば、それこそリリィに自分が内通者ですとでも言うようなもの。少なくとも自分を信じてくれる仲間であるリリィにそれを言うわけはいかない。
とはいえ、ミュリエルは完全に恭也たちを信頼したわけでもないから言われれば困るというのは当然のこと。
リリィは恭也の言葉を聞いて、真剣な表情をとって彼の目を見つめた。

「これから聞くことは、別に私が疑ってるとかじゃないから」
「ん?」
「私はその……あなたを信じてるし」

そんな前置きをして再び頬を赤くさせるが、それでも真剣な表情は崩さずにリリィは続ける。

「あなたは私たちの敵じゃないわよね?」

それは色々なものが込められた言葉。
ここで敵だと言っても、彼女はそれを信じないだろう。
それは仲間としての信頼。
その信頼に応えるために恭也は深々と頷いた。

「ああ。俺は少なくともお前たちを裏切る気はない」
「そう、それが聞ければ十分。お義母様にも黙っておく」

尊敬する母親に黙っているというのはリリィにとって辛いことであるが、それでも彼女は恭也を信じているのだ。その彼が疑われてほしくない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.145 )
日時: 2008/03/27 08:07
名前: テン


だから、恭也からその言葉が聞ければ彼女は十分だった。それでこれからも信じていける。

そんなリリィの言葉を聞き、思いを感じて恭也は微笑んだ。
リリィは頬を桜色に染めて、鼻を鳴らして視線を逸らすものの、すぐに向き直って会話を元に戻す。

「それで、恭也は何かわかったの?」
「そっちは? そう言うからには調べでもしたのか?」
「それはまあ……でも、私には全然わかんなくてお手上げ」

元よりリリィにはそんな技能はない。そのためそういう技能がありそうな恭也の元へと来たのだ。
だがその恭也も肩を竦めた。

「正直俺もだ」
「恭也が?」
「まあ、諜報員は前からそれなりに見かけているが」
「それなり、って」
「俺がわかるだけで二十人を越える。教師、生徒、事務員、他にも色々な場所に入り込んでる。カエデも結構気付いてると思うぞ」
「ちょっと、そんなに破滅の諜報員がこの学園に潜んでるの!?」
「いや、そのほとんどが学園の諜報員だ」
「はあ? 学園へ諜報に入る学園の諜報員って何よ!?」

リリィの叫びに、恭也は確かに矛盾していると苦笑する。
だがそれは事実であり、恭也が探り当てたことだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.146 )
日時: 2008/03/27 08:07
名前: テン


「この学園、表には出していないみたいだが、諜報科というのもあるみたいだ」
「諜報科? そんな科聞いたことないわよ? それに表には出してないって……」
「まあ、諜報科なんて表立って名乗れるわけないだろうからな。大抵が他の科と二足草鞋みたいだぞ。もしくは元はその科にいたがスカウトされたのか。しかし同時にその科の諜報活動を授業としてやっているんじゃないか?」
「な、何よそれ? お義母様は知ってるの?」
「さて、そこまではわからんが、おそらくは知っているだろう。学園長なのだから」

いくら隠れることが基本となる諜報という行為を教える学科とはいえ、さすがに学園長にまでは黙っていないだろう。
だが今回その学科が問題だった。

「しかし今回の場合、その者たちが邪魔で絞れない。それに本当にその手の諜報のプロになったら、俺では判別がつかん。カエデでも無理だな」

恭也やカエデでも諜報行為は可能だ。
しかし諜報行為というのは複数ある。
例えば恭也たちが行うことができる諜報行為は、相手方の組織などに気配を悟られずに潜入し、何かしら情報媒体を手に入れてきたり、影から話を盗み聞くというものだ。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.147 )
日時: 2008/03/27 08:09
名前: テン


もう一つ上げると、相手方の組織内部にその協力者、もしく関係者として忍び込むものがある。つまり内部の人間に溶け込むもの。
諜報行為には他にも様々あるが、その技術はまったく異なるものになる。どれもこなせる者などそう多くはない。
例に上げた前者の諜報活動であれば、恭也とカエデはその人物が近くにいれば気づけるだろう。実際恭也が気付いた諜報活動をしている者の半分以上はそちらだ。しかし後者の場合は見つけだすのが少し難しい。それでも恭也もカエデも、それらの人物もそれなりに確認しているわけだが。
恭也の言葉を聞いて、リリィは本当に深々とため息を吐いた。

「学園は自分で自分の首を絞めてるってわけ?」
「そういうことになる。下手をすればその中に破滅の諜報員がいる可能性もあるが、この場合は珍妙な二重スパイということになるな」

学園の諜報をしている学園の諜報員が、同時に破滅の諜報員かもしれない。それは本当に珍妙な二重スパイだ。その珍妙ぶりに恭也は思わず苦笑する。

「勘弁してよ」

だが本来は笑えるわけもなく、リリィは額に手を当て、今度は疲れた表情を見せた。
それを見て、恭也も真顔に戻った。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.148 )
日時: 2008/03/27 08:10
名前: テン


「これはどちらかという学園の伝統のせいだろうさ。お前が嘆くことではないし、学園長が悪いわけでもない」
「そうだけど」
「一応これからも探りは入れるつもりだが、期待はしないでくれ」
「わかった。でも無茶はしないでよ。ここであんたが下手を打ったら……」
「わかってる」

下手を打てば破滅に打撃を加えられるだけではなく、恭也がまたもミュリエルに深く疑われるかもしれない。娘であるリリィにミュリエルのことを言わせたくなかったので、恭也は彼女に全てを言わせなかった。
とりあえずリリィの話は終わり、この場は解散。
リリィは立ち上がり、部屋のドアまで歩いていく。だが唐突に止まると見送るために立ち上がっていた恭也へと振り向いた。

「……さっきの私の初めてなんだから、感謝しなさいよ」
「は?」

いきなり言葉に恭也は面食らい思わず口を開けてしまうが、リリィはもう今日何度目なるのかもうわからないが顔を赤くさせて部屋から出ていった。

「……いや、あれは俺が悪いのか?」

恭也は思わず疲労感が覚え、片手で頭を抱えるが、何とか今はそれを追い出す。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.149 )
日時: 2008/03/27 08:11
名前: テン


リリィにもやはりああ言ったが、恭也はある程度怪しい人物を絞っていた。
自分たちの担任であり、確実にどこかしらの諜報員であるであろうダリア。ダリアと同じく、やはり教師であるダウニー。さらにこの学園の学園長、ミュリエル。
他にも何人か怪しい人物はいるが、恭也が特に怪しいと思っているのはこの三人だ。

「救世主クラスに近しい人物であるというのを考えると、この三人がやはり怪しいんだよな」

怪しいと思う理由はそれぞれにある。しかし確証がない。
ダリアは接触する機会が多かったため、確証に近いものを得ているが、どこに属しているかがわからない。少なくとも先ほどリリィに話した諜報科の者ではないだろう。
リリィに話さなかったのは、それらの人物たちが本当に近しい人物だったからだ。それで彼女がダリアやダウニーを下手に警戒してボロを出されても困る。ミュリエルに至っては彼女の義母だ、やはり言うわけにはいかない。

Re: 黒衣(仮投稿) ( No.150 )
日時: 2008/03/27 08:13
名前: テン


「まったく、本当に次から次へと厄介な」

不破夏織のこと、エリカのこと、レティアのこと、情報が漏れていること、個人的なことから大局にまで影響を与えそうな問題が次から次へと出てくる。

「それにしても、俺は極悪人だな」

恭也は呟いて苦笑した。
なのはにもリリィにも真実は話していない。どこかに隠し事をしている。妹にも仲間にも。
相手は信頼して色々なことを話してくれているというのに。
しかし、それでも何とかしなくてはいけない。

「……破滅のことを抜きにしても忙しくなりそうだ」

恭也は疲れたようにもう一度ため息に近い深い息を吐き出す。
正直自身が三面六臂であったとても足りなさそうだし、八面六臂であったとしてもきつそうだ。
ただ今だけは休息をとろうと、イスに座ったまま恭也は目を静かに閉じた。




Re: 黒衣(仮投稿) ( No.151 )
日時: 2008/04/18 20:58
名前: テン




◇◇◇



なのはは自室に戻り、深々とため息を吐いた。
エリカと恭也、その間に何があるのか、漠然とではあるがわかった。だがまさか彼女が前に言っていた少女だったとは。
恭也はエリカの相手は自分がすると言っていたし、なのはもそれに肯定したが、彼女の様子を考えるに再びなのはを襲ってくるだろう。
どうやらまずなのはを殺して、それを恭也に見せつけたいようだから。
これは正直、なのはにとっても望むところだった。
きっと恭也はエリカとは本気では戦えない。自身が歪めてしまったかもしれない少女を相手に、恭也が本気を出せるかどうかわからない。恭也は確かに甘くはないが、それでも今回は事情が少々異なる。
だからなのはは、恭也にああ言ったものの、彼女の相手は自分がすると考えていた。
それに恭也は恨まれても仕方がないと言ったが、なのはにはやはりおかしいと思うのだ。
恭也の身内だから、何より大切な人だからというのもあるかもしれないが、それを抜きにしてもエリカが正しいとはどうしても思えない。
だから……。

「説得しないと」

エリカが恭也を恨むのはおかしいと、違うと。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.152 )
日時: 2008/04/18 21:00
名前: テン


だが、聞いてくれなければ? 説得に応じてくれなかったら?

昔のなのはならどれだけ聞いてくれなくても、どれだけ拒絶されても、最後まで説得しようとしたかもしれない。
しかし、今のなのはは違った。

(そのときは倒す)

それでもダメだったら?
倒してもまた兄を狙ったら、倒しても倒しても諦めなかったら……。

(最悪の場合……殺す)

そう考えただけで、なのはの心臓は早鐘のように脈打つ。
だがそれでも、その考えを……覚悟を消すつもりはない。
だって、もうなのはは知ってしまった。
殺す覚悟。
恭也は剣を握る以上と言った。
なのはの白琴は正確な剣とは言い難い。何しろ斬ることはできないし、遠距離用の武器だ。
だが恭也が言っていたそれは、剣を握る者だけの覚悟ではないだろう。
恭也が剣を握る者だからそう言っただけ。
だから正しくは戦う者ならということだ。スポーツや格闘技としての戦う者ではなく、実戦の中で戦う者。命の取り合いをする者。
そして今のなのははその戦う者。
だから恭也と同じ覚悟を決めないといけない。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.153 )
日時: 2008/04/18 21:02
名前: テン


もちろん先程考えたように、説得はするし、そう簡単に諦めたりするつもりはない。だがそれでもどうしようもない時はなのはは倒す……それでもダメならきっと殺すことを選ぶ。

「きっとおにーちゃんは喜んでなんかくれないだろうけど……」

それでもその覚悟は決める。
なのはには守りたい人がいるから。
そして恭也の覚悟を知った今……あの月夜の晩の恭也を見たなのはは、その覚悟が決められる。
戦わずに済むなら、殺さずに済むならそれに越したことはないだろう。戦いを回避できるならそれが一番だ。
しかしそれだけを考えていてはダメなのだ。
戦いたくない、傷つけたくない、相手を殺したくない、それは立派なことだ、そう思うことは正しいことだ。
だが、戦う者がそれだけの考えなんて許されない。
絶対に相手を傷つけない、殺さないなんて考えは戦いというものを舐めている、甘えている。
そしてそれは何よりなのはにとって、あの日の恭也を否定することと同義。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.154 )
日時: 2008/04/18 21:04
名前: テン


兄のあの悲壮とも言える覚悟を、兄が握る剣を、兄が今まで歩いてきた道を、これからも兄が歩き続ける道を、兄の守るという信念を、兄の全てを否定され、汚されているような感じさえする。
それはなのはには許せないことで、許容できないことだった。
戦いたくないなら、殺したくないなら戦わなければいい。逃げてしまえばいい。戦う者など止めてしまえばいい。

「それでも戦わないといけないなら……何か大切なものが戦いの中に、その先にあるんだ」

恭也のように大切な人たちを守るとか、あのエリカのように恨む者がいるとか、そんな理由は人それぞれにある。
その理由を優先した以上は、敵とて殺される覚悟あると判断するしかない。
目的を優先して戦うことを選んだのなら、相手を殺すことと、相手に殺されることも覚悟するしかない。
目的のために誰かと命がけで戦うなら、その目的は相手の命と天秤にかけて、目的の方が重いと判断したということだ。

「私にとっては……あの娘の命よりも、おにーちゃんの方が重かった」

そう、それだけ。
戦うと決めた以上は、客観的に自身をそう判断する。
そこに相手の理由、目的、信念は関係ない。


Re: 黒衣(仮投稿) ( No.155 )
日時: 2008/04/18 21:05
名前: テン


そんな風に考えて戦っている者は少ないかもしれない。
何も考えずに戦っているだけの者の方が多いかもしれない。恭也のように殺す覚悟、殺される覚悟を持っている者は少ないかもしれない。
エリカという少女とて、それを持っているとは思えない。
それに目的とは関係のない所で戦うこともあるかもしれない。戦いの理由によってはその覚悟や信念と相反することとてあるだろう。
だがエリカの戦う目的は、なのはの戦う目的を潰し、汚すもの。
だから恭也の覚悟を知ってしまっている、あの恭也を見ているなのはは、エリカを殺すかもしれないと覚悟する。
それらが正しいのかどうかは、このさい関係はないのだ。ただ今のなのはの考えはそれで、覆すつもりはないというだけ。



Re: 黒衣(仮投稿) ( No.156 )
日時: 2008/04/18 21:07
名前: テン


戦いを避けようとはする、倒さなくても、殺さなくてもいい道も探る。だけどそれでもどうしようもないなら戦うし、倒す、殺しもする。そして自身の方が殺されることもありえると受け入れる。

「大丈夫……」

昔は考えられもしなかったことを、今のなのはは選ぶ。

「私は……おにーちゃんを守る。そのための覚悟なんだ」

その目的のために……。
ただ恭也のために。
恭也のためにという理由を持つ自らのために。
恭也が喜んでくれないとわかっていながら、それでもなのははその覚悟を持った。





四十四章 終