Re: 二刀の剣士が帰る場所 ( No.22 )
日時: 2015/06/22 07:54
名前: テン


 ●戦闘描写恐怖症を取り除くために書いたものです。ですのでかなり荒いかと。
 恭ちゃん最強ものになってしまってます。うーん、恭ちゃん苦戦ものがよかったのですが、この設定だと無理。
 また今回は銀魂要素ほぼ皆無。
 美沙斗がちょっと精神的に苛められてます。というか、恭ちゃんも苛めながら苛められてます。
 そういうのが苦手な人は注意です。
 番外編なので二文字タイトルではありません。





 番外編一 剣鬼対人喰い鴉






 暗い廃ビルの一室。
 窓が剥ぎ取られた穴から差し込む月明かりに照らされる二人の剣士。
 青年剣士と女剣士。
 お互い黒一色の服を纏い、やはり両者共にその両手には小太刀と呼ばれる刀が握られている。
 顔つきや雰囲気も良く似た二人だったが、その顔に浮かぶ表情は、今は真逆と言えた。
 青年は何の感情も浮かべず、ただ観察するように相対する女性を見つめ、疲労の一つすら浮かんでいない。
 対して女性は、眉を寄せ、疲労で滲む汗すら拭けず、相対する青年から目を離さない。それは青年とは違い、目を離した瞬間、己が負けることを自覚しているからに他ならなかった。

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 女剣士――御神美沙斗は荒い息を繰り返し、目の前に立つ男性……いや、人間の形をしただけの怪物を見つめていた。
 まずい、本当にまずい。
 裏に入っての十年で……否、御神美沙斗の人生で、ここまでの怪物は初めて出会う。認めたくはないが、己の夫や兄すらも目の前の怪物は越えている。
 怪物の名を高町恭也。旧姓不破……不破恭也。
 美沙斗の兄の息子。美沙斗にとっては甥に当たる人物。


 ――強すぎる


 その甥を相手に浮かぶのはもはやそれだけだ。
 確か娘と三つ違いのはずだから、今はまだ二十歳になっていない。下手をすればまだ学生のはずだ。
 そのはずの甥が、己を圧倒している。
 何をどう”間違えれば”ここまで強くなれるというのか。
 不破士郎はもう随分前に死んだ。それはつまり恭也には師というものが存在しないはずたった。そうであるというのに、本来のものとは少々異なるとはいえ、こうも御神流を操っている。それだけでも驚嘆に値するというのに、この強さである。
 美沙斗にとって、そこまで難しい仕事ではなかった。いかに世界的歌手のコンサートとはいえ、平和な日本の警備員程度、美沙斗相手ではお話にもならない。だが、フタを開けれてみればこれである。
 この仕事を終えれば、宿敵の情報が得られる。
 復讐に終わりが見える。
 そんなときに出会ったのが、ターゲットの身内であるというこの甥と……そして娘。
 その存在だけでも美沙斗の心をかき乱したというのに、さらにこれだ。


 ――負けるわけにはいかない!


 ここで負ければ、この十年以上の時が無駄になる。これまで犠牲にしたものが無駄となる。
 それは認めるわけにはいかないのだ。

「かぁっ!」

 数メートルあった間合いを高速の踏み込みを以って一瞬で無とする。
 元より刺突を得意とする美沙斗は、高速の間合い詰めを得意とする。一歩と見せながら二歩三歩と詰める技法。所謂『縮地』と呼ばれる技術。
 相手の呼吸にすら合わせ、神速を使わずとも相手に認識させずに懐へと飛び込む。

「殺ぁっ!」

 気合一閃ならぬ気合一突。
 腰の捻転と背筋の力を全て込められた必殺の刺突。奥義のそれではないが、それでも幾人もの熟練の戦闘者相手に何もさせずに屠ってきたそれは凶悪の一言。
 それが恭也の肩目掛け飛び込もうとした瞬間――

「ぎっ!」

 顎に衝撃を受け、勢いに負けて首を後ろへと反らされ、天井を強制的に見上げさせられる。
 しかし、恭也は何もしていない。防御もかわそうともせず、また迎撃の態勢すらとっていない。肘や膝を動かすような大きな動作はなかったはずだ。
 一体何が己の顎を強打したというのだ。
 そんなことを考え、視覚外、思考の外からの攻撃に美沙斗が、目を見開いていたが、敵を視界から外す、それはまずいと強引に首へと力を入れて、恭也へと視線を戻す。
 だが、彼は舐めているのか、それとも美沙斗が身内だから手加減しようとしているのか、追撃はなかった。
 美沙斗が首への負担でムチウチ気味の痛みに顔を顰めたとき、視界の隅に小さな何かが映る。


 ――小石っ……!?


 それは小さな小さな小石。
 美沙斗の皮膚を抉ったのか、僅かに血が付着していて、それがむしろ彼女を攻撃したものだという証拠でもあり、だからこそその存在に気付いた。
 だが、こんな一センチ未満の小石をぶつけられた威力ではなかった。こんな小さな石が、人間の頭を跳ね上げるに至る力はいったいどれだけのものか。
 再び驚きで目を見開きかける美沙斗だったが、そんなものはあとにとっておけと己に活を入れて、小太刀を一閃。

「…………」

 恭也は難なく己の小太刀を切り上げ、弾き飛ばすが、その剣速が最早異様の一言であった。こともあろうに、この青年……”美沙斗の斬撃を見た後に斬撃を放っておいて”、彼女のそれに追いついたのだ。

「くっ!」

 その事実に背中に汗が流れる。
 間違いなく、美沙斗は今、恭也に恐れを抱いていた。
 ありえない。相手も同じ御神の剣士だというのに、その戦闘理論が欠片ほども理解できないのだ。
 しかし、ここで負ければ目的が遠くなるという焦燥感から、美沙斗の両腕が動く。
 斬撃に次ぐ斬撃。
 二刀による乱舞。
 剣の結界。剣の壁。
 相対する者を微塵へと変える高速の斬撃。
 だが、目の前の怪物には通用しない。
 同じく二刀の斬撃の結界によって、斬り落とし、斬り弾き、斬り飛ばす。一切の斬撃が恭也には入らない。届かなかった。
 それでも止めることはできないと、さらに速度と回転を早めようとしたとき――

「っ!?」

 甲高い音をたてて、逆に美沙斗の両手から小太刀が弾き飛ばされた。

「なっ!?」

 何だ今のは。
 いきなり、いきなりだった。
 それまで美沙斗と同じ速度、力だった斬撃が突如として変化した。視認できない速度。腕で押さえ込めない力。
 美沙斗の両手から離れた小太刀が彼女の後方の地面に落ちて、再び甲高い音を上げた。
 その瞬間、美沙斗は腕に巻いたバンドから手首のしなりだけで飛針を抜き、恭也へと投擲。
 恭也がそれを小太刀で振り払っている隙に、後方へと飛び退いた。
 正確には隙をついたわけではないだろう。単純に恭也が見逃したのだ。そうでなければ武器を失った相手をむざむざ再び武器のもとになどいかせない。飛針を払いながら突進もできたはすである。
 その事実を受け止め、美沙斗は恭也から目を離さないようにしながらも、腰を落として小太刀を拾うが、やはり彼はまるで妨害はしない。

「くっ……」

 手から武器を離して決着。漫画などによくある描写だが、現実にはそうあることではない。当たり前だ。武器がなくなれば終わり……殺される。そんなことは誰でも理解できることだろう。だからこそ、どんな衝撃がこようとも武器だけは放さない。それは生存本能とも言えるものである。
 それがありえるとすれば、よほど実力に差……それこそ素人と熟練レベルの差があるか、もしくはよほど奇抜な攻撃であったかだ。
 この場合後者だ。ただ奇抜というよりも、ありえないというような攻撃。
 確かにただの斬撃だった。それは美沙斗も認めよう。だが、ありえない速度、ありえない力で放たれた斬撃。
 それがまるで、激流に流されてきた丸太に衝突したかのような衝撃を美沙斗に与えた。むしろあのまま小太刀を握っていたなら、その力を受け流せず、小太刀の方が折れていただろう。それを本能的に察したからこそ、むしろ力を流すために指の力を緩めるしかなかった。
 美沙斗は小太刀を回収するために離れた位置から、恭也の姿を確認する。
 男子の平均よりも高い身長を持ち、その身体つきは引き締まっているとはいえ、あんな力を込められるほどの膂力があるとは到底思えない。つまりは何かしらのカラクリがあるはずなのだ。
 だが、そのカラクリがまったく見えない。
 美沙斗は息を整え、左手の小太刀を逆手に握り、腰を下げ、右肘を引きながら曲げて小太刀を引き絞るように構える。
 この体勢から放たれる技は一つだ。
 これまでは美沙斗もできれば甥である恭也を殺したくないと、致命傷になりそうな部位を攻撃するのは避けてきた。だが、もはやそんなことを言っている場合ではない。
 狙うは人体の急所が揃う正中線。かわせなければ死に、かわせたとしても、刺突である以上、右か左かにかわすしかない。かわされても派生したそれを向かわせる。
 美沙斗は震脚を以って地面を弾き飛ばす勢いで、弾丸の如く恭也へと向かう。
 背筋と突進の勢い、腰の捻転によって極限まで弓に引き絞られる矢が開放されるかのような勢いで、恭也へと無慈悲な死の刃が迫る。


 ――御神流奥義之参・射抜


 長射程、超高速の奥義。これに迫れるのは同じ奥義である虎切ぐらいしかあるまい。
 先ほどまでとは違い、確実に自分を殺せる場所へと向かってくるそれに、恭也はどう対応してくるのか。

「っ!?」

 戦い始めてからかれこれ何度目の驚きか。
 何を思ったのか、恭也は左右にかわすでも、小太刀で迎撃しようとするでもなく、むしろ前進してきた。
 高速で、ではない。まるで悠然と一歩を進む。
 そして――

「馬鹿、なっ!」

 美沙斗は、小太刀を突き出した体勢のまま止まっていた。派生させることすら思い浮かばない。いや、派生させることができない。
 美沙斗の刺突は止められていた……恭也の二本の指に。
 第一関節と第二間接が曲げられ、まるで猫手になったような形。その人差し指と中指の間に、小太刀を挟まれ、それ以上動かない。

「刃取り……!?」

 確かに御神流の中にそんな技はある。だが、それを実戦で使う化け物を美沙斗は初めて見た。両手で真剣を受け止める俗に言う真剣白刃取りなどよりもよほど難度が高い……むしろ、実現可能なのかとさえ思える技。
 相手の攻撃を見切れても、受け止めるためには莫大な握力が必要となる。

「いやっ!」

 力業だけで止めたのではない。指の間で刃の腹を滑らせ、勢いと力を完全に流された。形は刃取りに近いが、その内容は御神の術理ではない。しかし、それは本来の刃取り以上の危険な行為。少し滑らす勢いや角度をズラせば指が落ちる。
 また如何に剣勢を受け流したとはいえ、それでも受け止めるには多大な握力が必要なはずだ。
 いや、そもそも美沙斗の突進の力すら受け止められている。無論、これは指を軸にしているだけで、全身の力で止められたものだが、それでも指を刀身から離さないというだけで、かなりの握力が必要だ。
 やはり彼は、見た目からは考えられないような怪力だとでも言うのか。
 戦闘中に驚愕するなど、余分なことであることはわかっていても、今の美沙斗はそれを止められない。
 そんなときに部屋の外から、地面を踏み鳴らすような音が聞こえる。


 ――足音!? 増援か!?


 発生源の方向に視線を向けるような馬鹿な真似はしないが、しかし美沙斗の意識の一割か二割が持っていかれた瞬間、小太刀から指が離され、風きり音すら上げずに恭也の蹴りが彼女の肩のやや下の上腕にめり込んだ。

「がっ!」

 真横へと吹き飛ぶが、転がるようにして勢いを殺す。
 薬のせいで痛みはないが、今ので腕にヒビぐらいは入ったかもしれない。
 しかし今はそれ所ではないと立ち上がりながらも、目の前の敵に集中し、解いていた心を広げるが、付近に増援などいない。しかし恭也の蹴りは確かに、その音に美沙斗の意識が僅かでも向くことを前提にされたものだった。
 つまりは罠だ。
 どうやったのかはわからない。事前に準備していたのか、それとも即興か。

「なんという錬度。なんという老練さ……そして、なんという怪物染みた御神の剣士……!」

 美沙斗は、先ほどから目の前に敵として立つ甥の異様さに圧倒され続けていた。
 まだ二十歳にもなっていないはずなのに、一つ一つの技は美沙斗よりも研ぎ澄まされ、戦術は戦闘経験豊富なはずの美沙斗ですら引っかかる。必殺の奥義は容易く真正面から止められた。
 間違いなく目の前の甥は……美沙斗よりも強かった。そして、恐らく戦闘経験さえ、その量、質共に美沙斗を軽く上回っている。でなければこんな戦術思考はできなければ、何の躊躇もなく指で刀を止めるなどという荒業はこなせない。

「くっ……」

 神速を使うか。そう自問して、美沙斗はすぐさま却下した。
 駄目だ。それだけは。
 先ほど、神速を使ってすでに叩き潰された後なのだ。
 あれはもう確実に、美沙斗よりも深い神速(場所)にいる。こちらが神速を使えば間違いなくあちらも神速を使う。それは避けなければならない。
 舐めている、親戚だからと手加減しているのかどうなのかはわからないが、相手がまだ叩き潰す気になる前に叩かなくてはならない。
 悔しいとすら思えない実力差。舐めてくれているなら、どうかずっとそのままでいてほしい。そうでなければ付け入る隙すらなくなってしまう。
 人喰い鴉、そんなふうに呼ばれ、十年以上戦い続けた美沙斗よりも、目の前の甥は遥か上だというのだ。
 一体、たった二十年以下の人生をどう生きればこんなふうになってしまうのか。
 ……
 しかし、美沙斗は知らなかった。
 目の前に立つ甥が……高町恭也が遠い世界において、剣の鬼とまで呼ばれていたことを。
 戦場に在りながらも返り血すら浴びず、相対する全ての者を切り伏せ、頭を垂れさて王の如く侵攻する剣の鬼。
 故に剣鬼の王。
 その名に偽りなく、遠い世界において白夜叉と並んで半ば伝説扱いにまでなってしまった存在。
 十数年を戦い続け、その戦闘経験は美沙斗を軽く超え、元攘夷志士として人間……地球人以上の存在とも長く戦い続け、一人の少女を守るために最強の戦闘種族と戦い続けた男。
 そして、この世界にて数年の間、さらに己を練磨し続け、呪いを求めて多くの化け物とも戦ってきた剣士。
 それが今の高町恭也だった。



Re: 二刀の剣士が帰る場所 ( No.23 )
日時: 2015/06/22 07:55
名前: テン



 ◇◇◇



 美沙斗に怪物と断じられた恭也は、態度には一切出さず、内心でのみ嘆息した。
 別に怪物云々に嘆息したのではない。怪物、化け物扱いなどいつものこと。本当の怪物や化け物にも言われたことがあるだけに、もはや今更な台詞であった。

(どうしたものか)

 目の前の叔母に勝利することはさして難しくない。むしろ本当に殺す気であったならば、これまでに十回以上は殺している。
 これは単純に美沙斗よりも恭也の方が強いというのももちろんある。
 そもそものところどれだけ外見が若くとも、中身はすでに美沙斗よりも年上なのだ。そして、その生きた年月の濃さもまた彼女以上である。
 戦力差が数十倍の戦場を駆け抜け続け、自分よりも身体能力が高い者と戦い続けた十数年。こちらに帰って化け物たちと戦い数年。二十数年に渡って戦い続けた経験。さらにその経験を持ちながらも、三十年以上の戦闘知識を以って鍛え上げられた全盛期とも言える若い肉体。
 いかに十年近くを裏社会で戦い続けた美沙斗と言えど、今の恭也に届くわけがない。もはや才能どうこう以前の問題である。
 美沙斗は恭也が二十歳以下の子供と油断していたのだろうが、前述の通り美沙斗よりも恭也は年上なのだ。
 同時に恭也が御神の剣士として異質すぎているのも原因だ。
 美沙斗がかつて慣れ親しんだ御神の剣士たちと恭也は違いすぎる。だが、すでに彼女の中には、恭也は御神の剣士であるという先入観を作ってしまっていた。だからこそ、御神の剣士の中にはない戦い方を真の当たりにして、反応が遅れてしまう。
 恐らく何より困惑しているのは、時折発揮される怪力とも言える力と速度だろう。
 原理は単純。
 神速だ。
 とはいえ、身体的な負担はそれほどない通常の神速とは違うもの。
 通常の神速を常時神速と呼ぶならば、これは瞬間神速とでも呼べばいいのか。
 通常の神速は数秒間から十数秒の間、人間の限界を越えた動きをするならば、この瞬間神速はただの一撃に人間の限界を超えた全力を込める。僅かコンマ数秒だけ、動くためでも、見切るためでもなく、ただ一撃の攻撃力と速力だけを増大させるためだけに神速に入るのだ。
 一対一ならば通常の神速で十分。十数人程度が相手ならば、一回の神速で皆殺しにもできるだろう。だが、恭也がかつていた戦場で相対した敵の数は、そんな単位ではない。何千という敵が溢れていた。恭也一人で数百を同時に相手取ることなど日常茶飯事。
 そんな中でたかだか数秒から十数秒間、人間の限界を超えた動きができる、などというのは、大したメリットにはならない。
 恭也は総合計で一分を越えて神速で戦えるが、それでも同じこと。その間で殺せる数はせいぜい二百から三百ぐらいだ。そして、時間を全て使い切れば、その日はもうまともに戦うこともできなくなるだろう。それでは足りないのだ。
 そうした中で編み出したのが、この瞬間神速であった。
 ただの一撃のためだけ。そのためだけに神速に瞬間的に入り、身体のリミッターをやはり瞬間的に開放する。
 ただの一瞬。そのために肉体の損耗や疲労は、通常のそれよりも激しくない。
 無論、最初に思いついたときは、そう簡単にいくものではなかった。
 脳への負荷と、時間が短いとはいえリミッター解除を何度も繰り返すのだから、神速の使った直後のようなではないが、数十回使うと通常の神速以上に、後に頭痛や全身の倦怠感が残ることが多かったのだ。
 言ってしまえば瞬間的にオンとオフを何度も切り替えるようなもの。電気機器が通電させるためオンにする時が、一番負荷がかかり、また電力を使う理屈と同じである。
 しかし、この男は生活の中でさえ、度々神速に切り替えることを繰り返し、身体を無理矢理それに適応させてしまったのだ。むしろ日常の中でもできる鍛錬として、克服した日数はかなり少ない。
 慣れによってより少ない電力で通電させ、ソフトとハードへの負担を極限にまで下げてしまった。今では一日百以上の攻撃をこの瞬間神速で行いながら、それでも神速一回分程度の損耗と疲労に抑えられる。使用後の頭痛と倦怠感も、さほど気にならないところまできた。
 本来ならば速度と見切りにこそ目が向けられる神速を、一撃の力と攻撃速度にだけ方向を向けた御神の術理からかけはなれた恭也の固有技。
 恭也の人生の集大成とすら言える秘儀。
 美沙斗の顎を強打し、頭を跳ね上げた小石は靴の上に乗ったそれを神速というリミッターが解けた脚力により、足首の力のみで跳ね上げたもの。後だしで斬撃を放ちながら相手を越えてしまう剣速も、斬撃のなか混じる超重斬撃も、指と全身で美沙斗の刺突と突進を止めたのも同じ原理。
 神速を使えば、ただ走るという行為によって生じる余剰による力で、コンクリートであっても踏み砕く。それの余剰分も含めて意識して全て力へと変換したもの。
 それらが瞬間神速だった。
 無論、美沙斗がもし神速に入っている状態でなら、受け止められる代物だ。しかし、御神の剣士として神速に慣れすぎた彼女は、むしろ御神の剣士だからこそその原理に気付けない。神速へと入れば感覚ごとその領域にシフトしてしまうが故に。
 恭也にとって有利である点ばかりの戦い。よほど油断しなければ、そう簡単に結末が覆ることはない。
 しかし――

(どうしたものか)

 内心で同じことを繰り返してしまう。
 ”殺す”ことは簡単にできる。しかし、それでも美沙斗を”倒す”のは中々に難しい。
 これまでの攻防から、美沙斗が何かしらの手段で、ほぼ痛覚がなくなっていることがわかっている。そんな彼女を戦闘不能にするのは殺す以上に難度が高い。
 足を折っても、彼女は気にせず走るだろう。腕を折っても気にせず攻撃するだろう。肋骨を折っても気にせず動き、下手をすれば内臓を傷つけかねない。
 確かに恭也の方が強いが、だからと言って勝負を決める方法がないのだ。
 漫画のように相手の意識だけを奪うというのは簡単ではない。
 よく漫画である行為、横隔膜への打撃で呼吸不全にして気絶させるというのは、そのほどの打撃は下手をすれば内蔵を破裂させる。延髄への攻撃で脳震盪を起こさせるというのは、それほどの衝撃は下手をすれば首の骨を折る。そうした行為は、実の所失敗すると呆気なく対象を殺してしまう。当たり前だ、それらの部位は人間の急所なのだから。
 できないわけではないが、相手がよほど油断でもしていなければ無理だ。

「復讐か……」

 そんな膠着した状況で、恭也の口から何気なく出た言葉。

「っ……」

 それに美沙斗も僅かに反応を示した。
 御神家を滅ぼした者たちへの復讐を誓った叔母。それを叶えるために、フィアッセたちを狙った彼女。
 恭也にとっては、ほぼ思い出すこともなく、追憶もすることがなかったがために、御神家壊滅もまたもはや古い消えかけた記憶。
 名前は思い出せても、その技を使う姿は思い出せても、顔は思い出せず、思い出はもはや消えた。故に御神家を滅ぼした者たちももう遠く、憎悪もなければ怒りもない。どうでもいいとしか言えなかった。
 そもそも美沙斗を覚えていたこと自体、奇跡であっただろう。もっとも思い出せたのも、彼女が御神流を使っていたからで、消去法でしかない。顔を覚えていたわけでもないし、彼女との思い出も霞んだ霧の向こうであった。
 何にしろ、恭也には美沙斗の復讐心は、どうしたって理解できない代物だ。とはいえ狙ってきたのがフィアッセたちでなはければ邪魔もしなかっただろう。

(晋介、とはまた違うか)

 あの男は、復讐心に囚われているというよりも、もはや破壊願望に囚われていた。御神美沙斗のそれとは違う。

「俺はすでに一度、この世界を、家族を捨てた身だ。そんな俺はあなたを責められる立場に本来ない」

 復讐のために過去を捨て、娘を捨てた叔母に、ご大層な説教を垂れることは、今の恭也にはできない。
 同じく一度この世界ごと家族を捨てた恭也が、美沙斗に言えることなど本来ならば何もない。今、戻る方法を提示されたなら、美沙斗を無視してでも、戻るという選択をするかもしれない己が、どうして彼女を非難できようか。
 けれど――

「俺はあなたが羨ましい」

 二人には決定的な違いがあった。

「なにを……っ!」

 それを侮辱ととったのか、美沙斗は激昂しかけたが、すぐにそれを飲み込んだ。
 きっと恭也の目を見たから。
 爛々と嫉妬に輝く恭也の黒い瞳を。

「あなたは戻れる。あなたは選べる。何もかもを」

 彼女は”戻れる”のだ。
 自らが選べば、今すぐにでも戻れる。その手段もなく、戻れないという絶望だけを味あわされて、選ぶことすらできない自分とは違う。
 自分は『彼女』の元に戻れないというのに、叔母は娘の下へといつでも戻れるのだ。ただ覚悟するだけで。

「目の前に、手に届く所に、自分の大切な者が、帰れる場所があるというのに、ただ目を背けている」
「違う! 私は龍を滅ぼして! そうして静馬さんたちの墓前に花を添えると誓ったんだ……!」
「そんなことはいつでもできる」

 その瞳に熱すぎる熱を宿して、だがそれとは対照的に、淡々と、ただ淡々と冷たさすら感じさせる声で恭也は切り捨てた。
 瞳に宿る熱に気圧されて、美沙斗が一歩後退さる。

「あなたは全部を選べるんだ。復讐する方法など、いくらでもある。視野を狭めているのはあなた自身だ。美由希に会いながら、復讐したって構わない。復讐がまだ終わらずとも、美由希とともに墓前に花を添えることなどいつでもできる」

 確かに死んだ人間は取り戻せない。だけど未来への選択肢などいくらでもあって、その全てすら選べるというのに、そのことにすら気付かない。彼女に迫られたそれは二者択一などでは決してないのだ。全部だって選べてしまう。
 生きているのにその人の傍に行けず、しかしそれを求めて今の家族を裏切り続けるという行為を繰り返している自分とは違いすぎて……

「私は……! 無駄にしないと誓って斬り捨ててきたんだ! 今更それを……!」
「俺はあなた以上に殺してきましたよ。もう何人斬ったのか覚えていない。見てください」

 言って、恭也は右手に握った八景を掲げてみせる。
 痩せ細った刀身が、月の光を浴びて光る。そこにはもはや妖刀の如き、蠱惑的な妖しさすらあった。
 まだ大丈夫だとは思うが、それでも念には念をと、もう二刀一対で使うことを止めてしまった。同時に砕けては色々な意味で困るからと。

「八景……」
「あなたもよく見た小太刀。龍鱗と対になる刀。まだ保つとは思いますが、次の代に受け継がせることはできないでしょう」
「そこまでそれが……痩せ細るほど……」
「ええ、斬りました。斬って捨てました。俺の勝手で殺しました」

 恭也はそのことに関しては罪悪感もなく言い切り、八景を下ろすと鞘に戻してしまう。

「けれど俺はそれでもそのことを後悔はしないし、無駄にしないなどとも言わない」


 ――なぜなら意味がないから


 恭也はそう過去に斬り捨てた者たちを、再び今言葉で切り捨てる。

「そんなものはただの方便だ。己の勝手で殺しておいて、無駄にしないなどどんな慰めになる。それがただ目を背けているだけでないというのなら、なんだと言うんです?」
「そんなこと……!」
「ある。もし自分の復讐に正当性を感じるというのなら、それすら胸を張ればいい。そこまでできなくても、世間的には正しくなかろうと、己にとって正しいのならば、目を背けることじゃない。それすらできないのなら、ただの詭弁にすぎない。とっくの昔に無駄にしてるんだ。あなたはその斬り捨てた者たちのせいにして、振り返りたくないだけでしょう? 胸に燻る罪悪感を見ようとすらしていない」
「違う!」

 美沙斗は恭也の言葉を振り払うようにして間合いを詰め、右の小太刀を一閃。
 しかし、速度はあってもそれまでの正確さが嘘のような稚拙に塗れた斬撃だった。
 恭也は、瞬間的に神速を発動。先ほどのように右手の指の間で難なく受け止め、さらに左手の小太刀の柄底を伸びきった美沙斗の肘に下から叩き込んだ。
 痛みがなかろうと逆関節から流し込まれた衝撃による痺れは、逃がすことはできない。その痺れが手にまで伝わり、美沙斗は容易く小太刀を取り落とす。
 その小太刀をもう拾わせないと、恭也は軽く後方へ蹴り飛ばした。

「そうして無意識に罪悪感から逃げるのは楽でしょうね」
「……れ」

 恭也だって、罪悪感から今まで何度逃げ出したいと思ったか。それでもそれは”まだ”できないと、受け入れ続けてきた。

「あなたは楽な道をただ歩き続けてるだけだ」
「……まれ」

 だから心底あなたが羨ましいと、恭也は無表情に語る。

「俺もあなたのように目を背けてみたい」
「黙れェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 恭也の言葉に、もはや我慢ならなかったのか、美沙斗は激昂し、残った小太刀ではなく、それを失った右手を握り締め、ただ力任せに恭也の額を殴りつけた。
 鈍い音が暗く薄汚れた部屋に響く。
 滅茶苦茶な握りこぶしだっただけに、親指の爪でも当たったのか、恭也の額の皮膚が裂け、顔が鮮血に染まった。その血が鼻筋を通り、地面へと零れる。

「美沙斗さん、自覚があるから怒るんでしょう?」
「なら……ならどうしろと言うんだ!? 奴らを滅ぼさないと、戻ることも進むこともできない!」
「さっきも言いましたよ。あなたはまだ、今残った全てを選べる場所にいる。選択肢すら与えられていない俺とは違う。戻りたいならば、戻ればいいんです」
「そんなこと!」
「誰かが許す許さないじゃないんですよ。あなたが選ぶか選ばないか、なんです。俺は目の前にある贅沢な選択肢から目を背けないでほしいだけです。その上で、あなたが美由希を捨てたとしても俺は非難などしない。できるわけもない。逃げるなと言っているわけでもない。選択を迷ったっていい。逃げるという選択すらせずに、数ある選択肢そのものから目を背けてほしくない」

 恭也は、選べるというのなら心底選びたい。

「ああ、俺だって心底選択肢があったならと思う。あいつに会いたいとただ願い続けて、けれどそれは家族への裏切りだと心が締め付けられる。ずっとそんな状況で、何かを変える選択肢すらない。今はただ必死にどちらも選べるように足掻き続けるしかない……!」

 あちらの世界とこちらの世界。
 神楽と家族。
 それを選べる状況ですらない。だって神楽を選んだとしても、その彼女の元に向かう方法がそもそもないのだから。
 いつかそんな状態に限界が来ることはわかっている。

「けれどあなたは違うでしょう……!?」
「きょう、や」

 美沙斗には、恭也がどんな状況かなど欠片ほども理解はできないだろうことはわかっている。いや、どんな人間だろうが、恭也に共感し、理解できる者などいない。
 けれど言葉は届いてくれていると信じている。

「美沙斗さんは全てが手を伸ばせば届く。美由希の元に戻ることなんて意思一つでいつでもできる。復讐が冥いものだなどと、独りになって行わなければならないものだと誰が決めたんですか? 真っ当な方法でだってそれはできる。そんなことは無理でこれまで通りの方がいいというのなら、それらから目を背けてもいい。けれどそれを自分の意思で選ばなければ、あの人たちに花を手向けたときに、あなたはあの人たちの前で後悔することになる」

 美沙斗の未来が、わかりすぎるぐらいに恭也にはわかる。
 ただ恭也はその選択肢がほしいと延々と足掻き続け、美沙斗は選択肢から目を背け続けてきた。根本的な立ち位置は違っても、その選択肢に悩まされてきたのは、二人とも同じなのだ。

「だから今は眠ってください」

 恭也は額を打ち抜かれたまま鞘に戻した八景の柄に手を置く。
 そして――

「次に目覚めたときは……本当の選択を。その答えを俺に教えてほしい」

 その言葉とともに、誰の目にも斬線すら終えない速度で抜刀され、解き放たれた銀閃が唯一直線に美沙斗へと向かっていった。



 ◇◇◇



「人喰い鴉も存外使えねェなァ」

 路地裏から向かいの廃ビルの出来事……男と女の剣士の戦いの全てを双眼鏡で覗いていた男は、嘆息気味に呟いた。
 人喰い鴉の監視役。彼女が仕事を全うできたかを見届ける役目を負った男は、それができなかったことを確認した。
 見る者が見れば、裏寒いと感じる笑みを浮かべ、男は甲に龍の刺青が入った手で、その内に弄んでいた何かのスイッチに触れ、何の躊躇もなく押した。
 しかし――

「なに?」

 彼が見つめる先に、何ら変化は訪れない。
 馬鹿なと双眼鏡を、今まで向けていたその場所よりも、上へ下へと移動させる。

「探しているのはこれか?」

 そのそんな言葉とともに、床に何かが落ちる音が響いた。
 男が双眼鏡を投げ捨て、声のした方向に視線を向ける。

「なっ!?」

 そこに死神がいた。
 黒一色の服を纏い、その両手に小太刀を握り、無表情に立つ男。
 その足元には、箱状のなにか。
 男はそれに見覚えがあった。
 何かあった際に、もしくは用済みとなったときに、人喰い鴉を抹殺するため、あの女が根城にしていた廃ビルにしかけられた爆弾の一つ。

「とっくの昔に……それこそ俺たちが戦い始める前に、あのビルに設置されていた爆薬は全て解体させてもらっていた」

 それはつい先ほど、人喰い鴉という化け物を屠ったさらなる怪物。
 その怪物はほとんど間を置くことなく、男の前に現れた。
 瞬間、男は逃げることだけを考え始める。
 男はそもそもそこまで強くない。あくまで爆弾の設置技術や、観察力だけが高いだけ。人喰い鴉を子供扱いして何もさせず勝利したような化け物に、対抗できるような力はない。いや、そんな人間、彼が所属する組織内にすら一人としていなかった。
 だからどんなお涙頂戴をしてでも生き残る。
 男は目の前の死神に泣きつき、隙を見て逃げ出そうと画策していた。

「ああ、それと……俺は美沙斗さんのように甘くはない」

 だが、そんなことはできるわけもない。

「え……?」

 なぜなら男の首はすでに宙を飛んでいたのだから……

「この爆弾は、お前の死体を隠蔽するのに活用させてもらうとしよう。それとお前の腕はもらっていくぞ」

 男の耳に、そんな言葉が届いたとき、その意識は真っ暗な闇に閉ざされたのだった。



 こうして剣鬼と鴉の戦いは呆気なく終わった。
 その後の未来がどうなったのか、鴉はどのような道を選んだのか。
 それは詳しく語るまでもない。
 時折高町家の縁側に座り、お茶を飲む人物が一人増えた。
 ただそれだけのこと。








 言い訳
 簡単ではないと断言しつつ意識を落とす恭ちゃん。まあ、あれです、言葉攻めで動揺させた結果かと。
 恭ちゃんもエンド一で逃げたと言えば逃げたのですが。限界ゆえに自分から選択肢を無理矢理作った結果と言えます。仮に、銀魂世界に戻る方法がある、という状況なら、あの選択肢だけはなかったでしょう。まあ逃げるにしても自分で逃げることを選びなさい、とも。
 ちなみにこの作品の恭ちゃんは神速を一回十秒以上使えます。
 小説版の静馬が十秒だったらしいので、それ以上です。膝の怪我もないので、四回以上使えます。普通に化け物ですね。とはいえオン・オフの過負荷がないためというのが一番の理由ですが。
 この恭ちゃんはもう士郎たちも越えてますが、本人は気付いていないというか、他の作品と違いあまりそのへん気にしてません。