Re: 短編など ( No.362 )
日時: 2009/03/01 21:51
名前: テン







if





恭也は縁側に座り、お茶を一口飲む。

「ふう」

やはり天気のいい日は運側に座り、手塩をかけて育てた盆栽を眺めながら、お茶を飲むのが一番いい。
これこそ恭也にとって、一番平和で、何より安らぐ休日である。
もっともそれを人は爺臭いと言うが。

「ねぇ」

そんな恭也に声がかかる。
それは恭也の膝の上から。
縁側に座る恭也の膝に、一人の少女が頭を乗せ、寝転がっていた。その長い髪が恭也の足を覆っている。

「さすがに枯れすぎだと思うわよ?」
「もう言われ慣れた」

事実だった。
家族全員から言われ続け、すでに慣れた。そもそも何がいけないというのか、という感じに開き直ってしまっている始末である。

「まあ、恭也には恭也の生き方が、生活の仕方があるし、美由希姉さんたちと違って私は直せとは言わないけど」
「助かる」

枯れていると言われるのは慣れてはいるが、直せとまで言われて楽しいものでもない。今の自分を変えようなどとは思わないし、気に入ってもいるのだから。

「もっとも直せって言わないだけで、枯れすぎだとは思うわよ」

恭也は続く言葉に肩を竦め、微かに口元に笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でた。

「そういうのはなのはにしなさいよ」

そう言いながらも、彼女はどこか幸せそうだ。

「同じ小学生であることに違いはあるまい?」
「私はもう最高学年よ」


Re: 短編など ( No.363 )
日時: 2009/03/01 21:51
名前: テン


そう言うなら、勝手に人の膝を枕にするなと言いたいところであったが、恭也はそこは指摘せず、たった一つにまとめることにした。

「十分お前はまだまだ子供だ、アリサ」

微笑を苦笑へと変え、恭也は少女……アリサの頭を今度は乱暴に撫でた。

「髪が乱れるでしょう」

そう言いながらも、やはりアリサはどこか嬉しそうだった。
しばらくして、アリサは諦めたのか、軽く鼻を鳴らして恭也の好きなようにさせた。だが、唐突に膝の上から恭也の目を見つめた。

「恭也は、ifって考えたことある?」
「イフ? もし、ということか?」
「そう」
「あまりないな」

もし、というのはあまり考えたことはない。恭也にとっては、今が一番大切で、守りたいと願うのは今でしかないから。
もしもの話を過程して考えるということ自体、浮かんだことがあまりない。

「たまに考えるのよ、私は。あのとき恭也に出会えなかったら、私はどうなってたのかなって」

彼女の名前は高町アリサ。
だが、容姿からして、彼女は高町家の誰とも似ていない。もっともそれはなのはと桃子以外は皆同じかもしれないが。
簡単に言ってしまえば、彼女は桃子に引き取られた。そこまで経緯は色々とあった。
しかし、高町家の中で、誰よりも早く出会ったのは恭也だった。
アリサは二年前、恭也に救われ、今ここにいる。
男数人に襲われかけていた所に、たまたま通りがかった恭也が彼女を助けたのだ。その後色々とあり、アリサがいた施設から、彼女を高町家で引き取った。
無論、引き取る際にも、複雑な経緯があった。彼女も少々普通とは違うところがあったからだ。
だが、今は間違いなく、アリサは高町家の一員で、家族で、恭也の妹の一人で、恭也の守りたい者の一人だった。
アリサはそのことを言っている。もし、自分が恭也に助けられなかったら、もし高町家に引き取られなかったら、と。


Re: 短編など ( No.364 )
日時: 2009/03/01 21:52
名前: テン


「そして思うの。今、このときが、恭也にとってifなんじゃないかって」

アリサは手を伸ばし、恭也の頬に手を触れる。

「本当は、私は恭也に助けられることもなくて、高町家にいることもなくて、恭也は私のことなんて知らずに日常を過ごすの。それが恭也の歩く本当の道だったんじゃないかって。
夢にまで見る。恭也は私を知らずに生きているの。今と変わらず、なのはたちを守ろうと必死で生きてるけど、恭也が守る人たちの中に私はいない。私のことを知りもしない。だけどそれでも、私以外のみんながいて、幸せそうに暮らしているのよ」

それは本当に寂しいifの話だった。
アリサのifではなく、恭也のif。
本当ならば、アリサは今ここにいないという話。
今ここで、アリサは恭也の膝を借りて、寝転がることもなく、語りかけることもなく、恭也は一人ここにいるはずだったという物悲しいもしの話。
それが本当の話、本当の歴史ではなかったのか、そうアリサは子供らしくもなく寂しそうな目を浮かべ、恭也に語りかけ、彼の頬を撫でる。

「馬鹿なことを」

恭也は再び苦笑し、その手をアリサの頭から顔へと持っていき、目を覆った。正直、そんな寂しそうな目を見たくなかったが故の行動。アリサは勝ち気でなくては彼女らしくない。

「今の俺には、アリサと出会わずに過ごす日常の方が想像できん」
「そう?」
「当たり前だ。お前は今の生活が嫌なのか?」
「そんなわけないでしょ」
「ならそれでいい」

アリサが望むならば、今の日常が大事だと言うのなら、恭也はそれを守る。大切な家族であるアリサの日常を守る。


Re: 短編など ( No.365 )
日時: 2009/03/01 21:53
名前: テン


「私、ここにいてもいいの? 私がここにいるのは、変じゃないの?」
「そんなこと誰も言っていない。お前が変なことを考えすぎなだけだ」
「そうかしら」
「ああ」

アリサがどうしてそんなことを考えるのかはわからない。ただ不安なのかもしれない。
彼女にとっては、本当に久しぶりにできた家族。かつて一度失ったが故に、まるでいつ壊れてもおかしくない夢のように思っている可能性だってある。

「俺はお前がいない日常なんていらない。お前がいる今が一番大切だ。お前がいないifの世界などどうでもいい」
「恭也はそういうことを臆面もなく言えちゃうから、影で色んな女の子が泣くのよ」
「意味がわからん」
「少し自分の言葉と容姿に責任もちなさいってことよ」
「余計わからん」

恭也は本当にわけがわらないと肩を竦めると、アリサの目から手を離す。
手の下から再び見えたアリサの目は、先ほどのような寂しげなものではなかった。
それに恭也は、表情には出さず安堵した。寂しげな表情なんてものは、家族の誰にも浮かべてほしくない。家族の誰かが寂しいと思うなら、自分がいてやりたいと願って今まできたのだから。


Re: 短編など ( No.366 )
日時: 2009/03/01 21:54
名前: テン


「ifなんてものは関係ない。俺たちは今を生きている。お前は俺の大切な家族だ」
「惜しいわね」
「何がだ?」
「そこは最愛の人、とか言ってくれると嬉しいんだけど」
「冗談を言えるぐらいにはなったか。その方がお前らしい」

わざと冷めた目で言ってやると、アリサは口を尖らせた。

「冗談なんかじゃないんだけどね」
「何か言ったか?」
「べっつにー」

口を尖らせたまま、アリサはもぞもぞと動き、身体の向きを調節。まるでいじけるように恭也の顔から視線を離し、横を向いてしまった。
その様子に怒らせるようなことを言ったか、と恭也は首を傾げる。
だが、続いて聞こえてくる声に怒気はない。

「ねぇ、恭也」
「うん?」
「今、幸せ?」
「なに?」

アリサの唐突な質問に、恭也は訝しげに眉を寄せる。
先ほどと違い、アリサは横を向いてしまったので表情が見えない。何を思ってそんな質問をしてくるのかがわからなかった。

「私がここにいても、恭也は幸せ?」
「先ほど言っただろう?」
「大切だ、とか言ってくれたけど、恭也自身が幸せなのかは聞いてない」

アリサはまだ拘っている。
この世界は夢の世界、ifの世界だと。
そして、なぜかその主体を自分ではなく、恭也にしている。だから、自分の幸福ではなく、恭也の幸福に拘っていた。
自分を異物にしている。
自分がいるから、この世界はifなのだと。
だからそれを否定してやろう。
ここはifの世界などではない……いや、ifの世界であったとしても、真実、お前が生きていく世界なのだと。


Re: 短編など ( No.367 )
日時: 2009/03/01 21:54
名前: テン


「幸せだ」
「…………」
「俺は幸せだ。皆が幸福に生きられる今が、本当に幸せだ。幸福に生きる人たちの中に、アリサがいてくれるから幸せだ」

だから、

「お前は俺の幸せの一部だ」

誰が欠けても駄目なのだ。
それが恭也の幸せだから。
だから、恭也はそれを守る。

「ありがとう。私も幸せよ、恭也……兄さん」

珍しく、本当に珍しく、アリサは恭也を兄と呼んだ。
それに恭也は苦笑し、再びアリサの頭を撫でた。
今度は文句も言うことなく、アリサはくすぐったそうに笑みをこぼした。だが、それは恭也に見えることはなかった。



Re: 短編など ( No.368 )
日時: 2009/03/01 21:55
名前: テン


if……もしの世界。可能性の世界。
可能性というもので言うなら、この世に本当にパラレルワールドのようなものがあるとするのならば……
もしかしたら、恭也がアリサと出会わなかった世界があるのかもしれない。
もしかしたら、すでにアリサが亡くなっている世界があるのかもしれない。
もしかしたら、アリサの両親が生きていて、血の繋がった家族と共に幸せに過ごしている世界があるのかもしれない。
もしかしたら、名を変えた恭也と共に、裏社会へと堕ちたアリサがいる世界があるのかもしれない。
もしかしたら、血の繋がった妹がいたアリサが、恭也を憎む世界があるのかもしれない。
もしかしたら、従兄を師に持つ恭也の妹として、アリサがいる世界があるのかもれしない。
もしかしたら、それこそ生まれる時すら異なり、姉としてではなく、少し不思議な力を持つ同い年のなのはの親友となっている世界があるのかもしれない。
もし、もし、もし。
もしを上げればきりがない。
本当にありえそうなものから、荒唐無稽なものまで、それこそあらゆる可能性《if》が存在するのだろう。
この世界も、そんな可能性《if》の世界の一つなのかもれないが、事実なのかは誰にもわからない。
だけど、確かに二人はその一つのifの世界に存在し、兄妹として家族たちと共に幸せに暮らしていた。
それは誰にも否定できるものではない。
いや、否定などさせない。
否定する者がいるならば、それこそそれを否定してみせる。
アリサは確かに、恭也の大事な妹の一人なのだから。
恭也はアリサの頭を撫でながら、そんな夢物語を想像する自分に苦笑した。

「少なくとも俺は今の世界が、何よりも幸せだ」
「うん。私も」

小さな言葉で呟いたつもりだったが、アリサに聞こえたらしく、彼女もそんなことを口にした。
顔は見えない。けれど、きっと笑っているのだろうとわかる。
この世界の自分は、この笑顔をずっと守っていこう。
恭也は一人、ただ己に誓った。






おわり





黒衣と紅の夜でアリサがあれだから、ということで、書いてしまった(汗)
主題も内容もifという話でした。
まあ、黒衣と紅の夜のアリサだってifなのですが。