Re: 黒衣(仮投稿) ( No.244 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:26
- 名前: テン
そのために恭也は、十本ほど持ってきていた小刀も全て使い切ってしまった。紅月をレティアに貰う前に使っていた小太刀も持ってきていたが、すでにそれももう紅月と八景同様に血と油で斬れるような代物ではなくなっていた。 霊力も使いすぎて、燃費の悪い恭也ではすでに使い切ってしまっている。 代えの小太刀がもう四、五本あり、完全装備が揃っていればと思わずにはいられなかった。それだけあれば、この森というフィールドでならば、時間はそれなりにかかるだろうが恭也一人でもモンスターの殲滅が可能だったかもしれない。
そう考えて恭也は舌打ちするが、彼がここまで斬り倒してきたモンスターの数を聞いて、その場にいた全員が息を呑む。 部隊が瓦解して基本的に逃げに徹していたが、ここにいる全員が協力しあって、今まで何とか四十数匹をモンスターを倒してきた。だが、彼は一人でその五倍近くの数のモンスターを短時間で屠ってきたというのだから、その驚きは当然だった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.245 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:27
- 名前: テン
無論恭也も無傷ではない。炎に照らされる恭也の身体をよく見れば、頬や腕、足などから血を流していた。そしてモンスターの血と思われる体液が彼の服を汚している。それだけでここまでどれだけの激戦を繰り返してきたのかよくわかるというものだった。
だからこそ怪我人を含め、その場にいる全員が、恭也に向ける尊敬の念を強めた。 召喚器がなくとも、そこまで戦える恭也に憧れた。 自分たちも努力次第ではそんなことができるようになるのかもしれないと。 初めて訓練ではなく、実戦でモンスターと戦い、右往左往していた自分たちでも、がんばればそんなふうになれるかもしれない。 もちろん簡単な努力では実現できないことはわかっている。才能だって違うだろう。それでもこうして召喚器をなしにそんなことができる人間が実在している。 自分たちだってできるかもしれない……。 憧れとともに強くそう思うのだ。
「剣があれば、救援を呼んできてくれるってことか?」
友人であるセルもそんな恭也に他の者たちと同じような感情を向けるが、今はそれは忘れて聞く。 だが恭也はそれに首を振り、否定した。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.246 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:28
- 名前: テン
「今から俺が戻ったところで、次に来るのは王国軍。今までの経緯からして、王国軍……というよりも、その上は状況への対応が遅い。それが討伐と救出を兼任したとしても、来るのはおそらく一週間近くは先になるぞ。それまでお前たちは保つか?」
そんな恭也の言葉に誰も反応する者はいなかった。その沈黙こそが無理だという答えそのものなのだ。 もちろんこの洞穴に閉じこもっていれば何とかなる可能性もある。だが、いつモンスターたちに発見されるかはわからない。 発見されればばその時点で終わりだ。怪我人を守りながら、こんな狭い洞穴で勝てるはずもないし、それほど大きな洞穴でもない。入り口を塞がれればその時点で終わり。だからこそ見回りや見張りの人間が必要なのだ。 ここに身を隠し続けるなるば、見回りや食料集めのために外に出る者たちが必要で、またそれらをしている間に、今までと同じように多くの怪我人が……最悪死人も出るかもしれない。見回りをして、怪我人が出て、その傷を回復させて魔力が枯渇する。そんなサイクルができあがっている。いや、すでに怪我人を魔法で治療するのも限界に差し掛かっている。だからこそそれを続けるのはもう不可能に近い。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.247 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:30
- 名前: テン
しかし、ここを離れてもまた同じだ。
それらを語られずとも理解できた恭也は再びため息を吐く。
「民政に関しては、まあ俺が他世界出身なのと、あまり学園から出ないからまだよくわからん所もおおい」
学園の中にいる恭也は、この世界の政治がどのように機能しているかがよくわからない。そのへんの授業をあまり真面目に聞いていないのも理由ではあるが、それだけでもない。恭也はそれを体感できるところにいないのだ。 学園は一つの街としても機能する。恭也たちの世界で言う、いわゆる学園都市とまではいかないが、全生徒たちが学園の中に閉じこもったとしても一年は生活していけるほどだ。 実際のところ売店では生活用品なども販売している。それでも恭也に限らず、生徒たちが王都で買い物などをするのはやはり種類が少ないからだ。他にも娯楽を求めてというのもあるが。 恭也の場合はあまり学園から出ない。最初こそ未亜に案内してもらって服を買いに行ったが、それも生活用品まで売っていることを知らなかったからだ。未亜たちが売店について何も言わなかったのは、多くの種類を見たいからだと解釈したのだろう。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.248 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:31
- 名前: テン
ここ最近は知り合いと出かけたり、武器屋を覗くことも多くなったが、それでも娯楽を求めて外に出る大河たちと比べれば少ないだろう。 そのため王国の民政、ひいては政治そのものがどのように機能しているかまでわからない。 やはり生徒だけ、ほとんどが未成年で構成されている学園では、そういったものが見えづらい。 それは今はどうでもいい。
「だが軍政に関してこの国の上は無能だ」
恭也にしては珍しく、はっきりとそう貶した。 今の恭也にとって重要なのは、そちらだ。無論、それは破滅が間近に迫っているかも知れないからこその優先順位だが。
「危機管理が緩すぎる。行動が遅い上に支離滅裂。それが現場の意見だと言われればそれまでだが、な。まあ、大きな戦争があまりなかったようだし、仕方がないと言えば仕方がないのだろうが」
そこまで言って、恭也はそんなことは今は関係ないと首を振った。
「とにかく、このまま俺だけ帰ってもお前たちの生存の確率は下がるだけだ」 「……それはわかってるけど」
そう、それはこの場いる生徒たちの方がよくわかっている。どれだけ自分たちが力不足かも。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.249 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:31
- 名前: テン
確かに自分たちの命が危なくなって、この任務を寄越した王国、そしてそれを受けた学園に恨み言も言った。何の情報もなく叩き込まれ、その内容も滅茶苦茶。罵倒するぐらいは許されるだろうと。 だが同時に、それは自分たちの力不足でもあったのだ。 彼らは破滅と戦うために学園へと入学した。もちろん他にも理由はある者たちは多い。フローリア学園がエリートを排出する学園だから、そこを卒業すれば箔が着くし、将来も安定する。そういった打算はあった。 だが、結局こうして力不足で、死にそうになったのでは意味がない。今まで学園で何をしていたのだ、ということにもなるのだ。 それをここまで一人で来て、一人で戦ってきたという恭也を見て自覚した。 だからこそ王国や学園だけを責めることは、彼らにはできない。
そして彼らのそんな心情も、恭也は理解できる。自分が同じ立場だったなら王国や学園を恨むよりも自分の力不足を嘆くだろうから。 そして何より、彼らが自分の力不足を嘆くならば、彼らの未来はまだ開けるだろう。
「だから、お前たちの命を俺に預けてくれ」 「え?」 「全員でこの森から脱出する」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.250 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:32
- 名前: テン
恭也はその場にいる全員を見渡し言い切った。
「いや、ちょっと待てよ、恭也」 「なんだ、セル?」 「お前の役目って斥候なんだろ?」 「ああ」 「ここで俺たちの救援を優先したら、下手したら命令違反になるぞ」 「そのへんの心配はない」
確かに恭也が言い渡された任務は斥候だ。だが、優先順位は低いものの、救出もそのうちの一つだ。もちろん王国や学園はまさか全員が生き残っているとは思ってなかったからこそだろうが。 そのため別に命令違反にはならない。屁理屈だろうが何だろうが、任務の中に救出は入っているのだから。 この森の大きさ、どんなモンスターたちがいて、それがどのように分布しているかもすでに調べた。斥候の役割は終わっている。あとは帰るだけだ。それが恭也一人だけで帰るのではなく、ここにいる全員で帰るに変わるだけだ。 そもそも斥候要員が帰ってから、しばらくして部隊が出撃したのでは、斥候が持ち帰った情報の半分は使えなくなる。この任務に……少なくとも恭也が思うには……それほど大きな価値はないのだ。 そのへんの説明をして、恭也は軽く鼻を鳴らした。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.251 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:33
- 名前: テン
「それに俺は王国軍に所属しているわけでも、王国に忠誠を誓ったわけでもないしな。学園には所属しているが、学園の飼い犬になったつもりもない。俺は俺の理由で剣を振る。それを権力になど干渉させるつもりはないし、俺の剣も技もあくまで俺のためのものだ」
ある意味自分勝手な物言いではあるが、恭也は自分のために剣を握っていると理解している。 守るというのは、あくまで己のためでしかないのだと。
「だからもし命令違反に問われるなら、それはそれで構わない。知ったことでもないし、それも覚悟している。まあ甘んじて罰を受けるかどうかわからないがな」
そんな宣言をしてから、恭也はセルたちを眺める。
「偉そうなことを言ったが、俺一人では、全員を守ることなど不可能だ。だからお前たちの手を貸してくれ。生き残るために」
そんな言葉に真っ先に反応したのはセルだ。 彼はその背に吊していた剣を抜いて叫ぶ。
「恭也一人に任せておけるかよ、俺もいくぜ!」 「そうか。ならば背中は預けるぞ、セル」 「応よ!」
二人は握りしめた拳を打ち付け合う。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.252 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:34
- 名前: テン
だが、そんな二人の姿を見ても他の者たちはどうしていいのかわからなかった。 セルのように呼応すればいいのか、自分たちは何もできないと言えばいいのか。 そんな中で、両足に傷を負い立てなくなっていた傭兵科の男子生徒が一人、僧侶科の女生徒の手を借りて上半身を起こした。 そして、その横に置いておいた自らの剣を鞘と留め金ごと握りしめ、それを前に突き出す。
「俺の剣を使ってください」
その少年は恭也に向けてそう言った。
「いいのか?」 「はい。俺の足はこの通りなんで」
少年は苦笑いながらも、自分の足を見つめた。 骨が折れて、添え木と布で簡易的に治療されている足は、ひどく腫れ上がっていた。彼自身も大量に汗を流している。熱があるのだろう。
「それでみんなを……」
少年はそこまで言って首を振った。
「守ってくれとは言えませんね。ただ……みんなを連れていってください」 「……わかった」
恭也は頷き、その剣を受け取った。 それに満足したように少年は笑う。
「それで俺はここに置いていってかまいません」 「…………」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.253 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:34
- 名前: テン
少年の突然の言葉に、周りの生徒たちが唖然とした表情を浮かべた。ここに置いていけということは、死ぬということと同義なのたから。 だが、恭也だけは変わらぬ無表情で少年の顔を見続けていた。
「この足じゃ足手まといになるだけです。だから、俺のことはいいです。俺のことはいいですから、みんなを助けてください!」
少年は唇を噛みしめて言った。死ぬのが恐くないわけではないだろう。それでも仲間の命を助けてほしいと。 それに他の怪我人……とくに動くことができない重傷者たちが続いた。
「俺の武器も……持っていってくれ」 「私……のも……私のことは置いていっていいから……」 「だから……みんなを……」
最初はそれぞれ顔見知りなどいないほとんどいない部隊だった。すでにその部隊も瓦解している。 それでもここまで助け合って生き延びてきたことで、それらはすでに仲間となっていたのだ。そんな仲間たちに生き残ってほしい、そう彼らは願っていた。 ここに置いていけば、おそらく怪我人は全員死ぬだろう。それを自ら知りながら犠牲になると言っている。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.254 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:35
- 名前: テン
恭也はそんな彼らを見渡して、それから最初に武器を託した少年に向き直る。
「名は何という?」 「アスク・レピアスです」 恭也は少年……アスクに笑いかげた。
「アスク、お前の……いや、お前たちの願いは聞けない」 「え?」 「悪いが、俺は誰も死なせるつもりはない。全員生きて帰らせる」
恭也の言葉に、アスクだけでなく恭也に武器を託そうとした全員が驚きの表情を浮かべた。 そんな彼らを見て、恭也は笑い方を苦笑へと変える。
「こんなところでは死なせんよ」 「だけど!」
なおも何かを言おうとするアスクを、恭也は手を突きだして止めた。
「死ぬ覚悟があるならば、生き残る覚悟も持て。最後まで生き残ることを諦めるな」
人のことを言えないが、と恭也は内心で呟きながらも続ける。
「お前たちの学園を卒業したあとの進路は知らないが、少なくともまだお前たち軍人ではない。まだ学生でしかない者たちに……生き残った者たちに、お前たちを犠牲にしたから助かったなどと思わせるな」 「…………」 「諦めるのはまだ早い。それは足掻いてからにしろ」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.255 ) |
- 日時: 2008/09/15 22:36
- 名前: テン
恭也はアスクと他の怪我人たちにそう言ってから、セルやフィル、無傷とは言わないが、それでもまだ動ける者たちを見渡した。
「お前たちは、アスクたちを犠牲にしたいか?」 「そんなわけありません」
すぐさま返されたフィルの言葉に、セルや残りの生徒たちも深く頷いた。 怪我をした彼らは自分たちが犠牲になるとまで言った。自分たちのことを気にせず生き残れと。 そんな言葉を聞いて、そして恭也の言葉を聞いて、自分たちには何もできないなんてことを言えるわけがない。 ならば戦うしかない。全員で生き残るために。 そしてそんな彼らを見て犠牲になろうとしていた生徒たちは、深い感謝の言葉を呟いていた。 そんなフィルたちを見て、恭也は満足げに頷く。
「ならば全員で生き残るぞ」
そして、恭也の力強い言葉に、その場いる全員が頷いた。 きっと彼がいれば帰ることができる。 そう信じて。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.256 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:07
- 名前: テン
恭也は火の番をしつつも、目の前に広げた武器類を眺めていた。 それらは怪我を負って動けない生徒たちから託された武器。 その中でアスクから託されたバスタードソードを恭也は眺める。 使い慣れない剣だが、まあ仕方がない。セルが使うような巨大なツーハンドソードと比べれば、まだ使いやすい方だ。 それとダガーやナイフが十数本。これだけあれば何とかなるだろう。 これらは全て恭也に託された武器だ。大切に使わなければならない。 あとは太めの鋼糸が数本残っている。
「恭也」
武器を眺める恭也にセルが話しかけてきた。
「セル、まだ寝ていろ」 「いや、まあ大丈夫だ」
セルは顔に笑み浮かべて、火を挟んで恭也の目の前に座った。そして、その横に自らの剣を置く。
「それ、使えるのか?」
セルも恭也が広げている武器が彼がいつも使っているものではないと知っている。そして傭兵科に所属しているため、使い慣れた武器以外のものを得物とするのがどれだけ危険かも理解していた。 もちろん傭兵科で授業を受けているだけに、それら自分が使う以外の武器の知識はある。だがあくまで知識だけだ。
「問題ない。一通りの武器は使える。まあ、小太刀と同じようには使えないがな」 「はあ、お前は……大河たちとは別の意味で凄いな」 「そんなことはない」
恭也は苦笑いながら首を振る。 本当に凄いなら、きっとこの場所にいる全員を守りながらこの森を脱出することだってできるだろう。 だが、恭也にはそれは無理だ。 だから全員の力を……助けに来たはずである者たちの力を借りるしかない。 それが恭也の限界なのだ。
「せめてベリオを連れてこれれば良かったのだがな」 「それは仕方ないって。お前に与えられた任務は斥候だろ? 委員長にそれは無理だと思うぞ」 「まあな」
恭也は頷き返しながらも、内心で経験不足でもカエデは連れてくるべきだったと呟いた。 経験が少ないのなら、今回経験させればよかったのだ。そしてそれを恭也がフォローすればいい。 そんなことも考えつかなかった。このところ色々とありすぎて少々余裕をなくしていたのかもしれない。 まあ、それを今更後悔してもおそい。
「みんなちゃんと眠っているか?」 「ああ、大丈夫だ」
セルは言いながら辺りを眺める。 それほど大きくはない洞穴の中に二十数名の男女が眠っている。横になっている者もいれば、スペースの関係から壁に背を預けて窮屈な体勢で寝ている者もいた。 ずっと緊張し続けていたのだろう、全員が深く眠っている。
「恭也の方こそ寝なくて大丈夫なのか? さっきまで戦ってたんだろう。火の番と見張りなら俺がやるぞ」 「大丈夫だ。それにお前は広範囲で気配はひろえんだろう?」 「いや、そもそも気配なんて何となくでしかわからん」 「何となくであろうとわかるのなら十分ではあるさ。それである程度の危機は感知できるからな」
恭也は笑いながら先ほど集めてきた木の枝を火に投げ込む。 恭也が火の番をしているのは、モンスターを警戒してでもあるのだ。恭也ならば、モンスターたちがこの洞穴に入ってくる前に気付くことができる。 そして、その間に生徒たちには眠らせた。 全員恭也の言いようから、すぐさまこの森から脱出すると思っていたようだが、今日は休むと恭也は生徒たちに告げた。 どうせもうすでに日も落ちていて、怪我人をつれて集団で暗い闇の中を歩くのも危険だし、夜目の効くモンスターもいるかもしれない。だから夜を明かし、朝に出ることにしたのだ。 何よりモンスターとの戦いと緊張とで失った生徒たちの体力を回復させなければならない。 恭也は一人火の番と見張りを買って出て、生徒たちには眠るように促した。魔力はどうだかわからないが、少なくとも体力を回復させるならば、やはり眠るのが一番だ。 恭也ならば一晩程度寝なくても戦闘は可能だし、先ほどまでの戦いで失った体力もじっとしていれば回復する。 そして日が昇る時を待つ。
「で、実際どうするんだ?」 「ふむ」
セルの問いは、どうやって全員でこの森から脱出するか、ということだろう。
「まあ、その話をする前に……フィル、寝るのならそのままでかまわんが、俺たちの話を聞いてるつもりならこっちに来い」
恭也は眠っている者たちを起こさないように、小さな、それでいて通る声を出した。 すると火の近くで寝ていたフィルが、ゆっくりと起きあがった。
「え、えっと気付いてました?」
そう言って、寝た振りをしていたことがばれたフィルは照れたように顔を赤くしながら、恭也の近くに寄り、そのとなりに自然な動作で腰を下ろした。
「ずっとな。寝息がしなかった」 「ね、寝息って」 「人は起きているときと寝ている時では呼吸の仕方が僅かに違う。それと他の何かに集中しているときもな」
二人の会話を聞きながら、セルは首を傾げた。
「恭也って、アーカスさんと知り合いだったのか?」
恭也がここに現れた時も、二人はどこか親しげに話していたが、そのときは聞けるような状況ではなかった。そのためセルは今その疑問を口にした。内心で、一般科の完璧超人と言われ、その可愛さから男子生徒からの人気も高いフィルと親しげに話す姿を羨ましいと思いながら。
「知り合ったのはそれなりに前だ。出会ったのは俺がこの世界に来た日だな」 「ですね」
フィルは笑いながら恭也の言葉に肯定する。 恭也が彼女と話をするようになったのは、それなりに前だが、それでもこの世界に来てから時間が経ってからだった。だが、出会ったのは恭也がこの世界に来た日になる。 彼女は、恭也が救世主候補を選定する帯剣の義と呼ばれる試験の際、恭也の相手であったゴーレムの暴走に巻き込まれて、命の危機に陥った。そのときに彼女を助けたのが恭也だ。 つまり初めて出会いと言えばそのときだった。だが、話すようになったのは、フィルに悩みのようなものを相談されてからになる。 それからはそれなりの頻度で話しているが。
「はあ、魔導士科の主席とまで知り合いとはな、羨ましいかぎりだぜ」
それらを聞いて、セルは呟く。彼自身としては、魔導士科の主席だからではなく、可愛い女の子だから羨ましいのだが。 そのあたりはフィルにはわからないものの、恭也はセルの人となりを知っているだけに、その意味も伝わり呆れた表情を浮かべている。
「まったく、お前と大河は本当は兄弟か何かじゃないのか?」 「なら兄貴は俺だな」
恭也の言葉にセルはニッと笑って言った。 恭也とセルの言葉の意味がわからないフィルは首を傾げて二人の顔を交互に見つめていた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.257 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:11
- 名前: テン
第四十七章
「ま、それはいいとして、このあとどうするんだよ?」
笑っていた顔を引き締めて、セルは再び問いかける。
「それは皆が起きてから……と言いたいが、俺もまずお前たちに聞きたいことがある」 「おう、何だ?」 「傭兵科の者たちの技量……はだいたいわかるが、全員森での戦闘はいけるか?」 「うーん、武器にもよるよな」 「まあ、お前は戦いづらそうだな」
恭也は言いながら、セルが自らの隣に置いた彼の剣を眺めた。 幅も広く、厚い刀身を持つ両刃のツーハンドソード。恭也の小太刀のように斬るという用途でも、他の剣……例えばアスクに託されたバスタードソードのように切ったり、突いたりを主眼としているわけではなく、むしろ叩き切る、叩き潰すということを主眼にしている剣。 これは森という障害物が多い場所では使いづらい得物だ。
「俺の場合、モンスターと戦うことを意識してるからな。場所によっては使いづらいのはわかってるけど」 「確かにそうだがな」
力と重さで叩き潰すという戦い方は確かにモンスターとの相手では有用だ。モンスターの中には巨大なものも多いし、表皮が固いものもいる。それらを相手にするならば、ナイフや小さめの剣よりもよっぽどダメージを与えられる。
「そんな細い剣でモンスターを斬れる恭也の方が異常なんだよ。まあ、こっちも女はレイピアとか使うのもいるけど、あれは基本的に急所を突くだし」 「なるほど」
恭也が使う小太刀……というよりも刀は主に技術で戦う。対してセルたちが使うような洋剣は技術よりも力と重さだ。もちろん技術が必要ないなどとは言わないが。極端に言ってしまえば刀は繊細で剣は大味、といったところだろうか。 そう言った剣を扱うセルたちからすれば、今にも折れてしまいそうな細長い刀で、斬撃を基本として戦う恭也の方が異常に見える。 どういうわけかこの世界にも刀は存在するが、使用しているの人を見たことは恭也もない。 小太刀の研ぎを依頼している武器屋の話によると、その店主は仲介人でしかなく、研ぎをしているのは他の人物で、普段は包丁などを造っているらしい。その刀匠の出身の村では刀を使っている剣士が多いとのことではある。 つまり刀自体は存在するものの、使用する者が極端に少ないため、セルたちはそんな剣士を知らず、恭也の小太刀でモンスターを斬ることが凄く感じるということだろう。
「まあ、ここまででかい剣を使うのは俺ぐらいだ。他のみんなは大抵アスクが使ってるぐらいの剣だな。さっき言ったとおり女とかは軽めのレイピアとかサーベルとかの片手剣を使うのもいる」
セルは恭也の目の前に置かれたアスクの剣を眺めながら言った。 つまり大抵はバスタードソードということだろう。女性は基本的に力が男性に劣るため、突くことを主眼としている剣を使っているようだ。 それならば森というフィールドでも何とかなるだろう。
「ただまあ、森って言う場所で訓練したことがあまりないからな」 「やはりか」 「ああ。まったくないってわけじゃないけど、戦えるって自信をもてるほどじゃないぜ」
森という場所での戦いが慣れていないのと、精神的な問題が、今回こんなことになった一番の原因だ。 その話を聞いていたフィルは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「魔導士科ですと、そもそも森での実習なんてありませんでした。戦闘ですと実技の授業だけでしか行いませんし、その場所も闘技場しか使いませんし」 「まあ、魔導士科は戦闘訓練って言うよりも、魔法の実践が基本だって話だしな」 「ええ、魔法を覚え、それを復習し、実践する。その実践が、戦闘訓練に相当すると言われてきましたし。僧侶科も同じだと思います」
二人の話を聞いて、恭也は思わず頭を抱えたくなった。 魔法の実践が戦闘訓練に相当する、そんなわけあるわけがない。 例えば炎の魔法を止まった的にぶつけるだけでは意味がない。戦闘になれば、的は動くし、思考を持つ。治癒魔法だって、本当に怪我をした人間に使わなければ、どの程度回復するかもわかりはしない。 もちろん魔法のことなどわからない恭也だ、それに関してはアドバイスなどは言えないし、魔法を修得するという意味では、その授業の仕方が間違っているなどと断定もできない。 だが、戦闘を基準として考えると違う。魔法を使ってみる、だけでは意味がないのだ。それが実戦でどのように機能するのか訓練で計るのが通常だ。
本当に深々とため息を吐く恭也を見て、フィルはさらに申し訳なさそうな表情を浮かべるが、これは彼女が悪いわけではない。
(学園も一枚岩ではないということか、それとも理由があって学園長が手をくわえていないのか)
恭也の知るかぎり……いや、わかるかぎり、教師陣の中で実戦経験……それも一度や二度ではなく、何度も命のやり取りをしたことがあるような者はわずかに三人だ。 恭也が破滅の諜報員ではないかと睨んでいるダリア、ダウニー、ミュリエルの三人。 その三人は、この授業形態が実戦をあまりに無視しているのはわかっているだろう。 それに関して何も言わないのはなぜなのか。むしろ三人とも破滅の手先ではないかとさえ疑えてしまう。 それともその三人が繋がってはいるが、旧い体勢を変えられないだけなのだろうか。 そこまで考えて恭也は二人に気づかれないように、小さく首を振る。 それらは帰ったあとに考えればいいことだ。今は他に優先すべきことがある。
「そのへんは今何かを言っても始まらない。フィル、魔導士科の生徒たちそれぞれができること、使える魔法の種類なんか教えてくれ。わかるならば僧侶科の方も頼む」
それにフィルは魔導士科ができること全てを話していく。 五人いるので、魔法の種類はそれなりに多い。中には重複しているものも多いが、それは構わない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.258 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:12
- 名前: テン
- 僧侶科の者たちの魔法も入れれば他にもいくつか支援に使えそうなものがあった。
それに恭也は満足そうに頷くと、セルの方を見た。
「セル、傭兵科の生徒たちの防具は、お前のような感じなのか?」 「いや、俺は使う武器がでかいから、基本的に軽め、ってか胸当てぐらいの上に皮。他のやつらはだいたい軽鎧、中には軽鎧と重鎧の間って感じのもいるけど」
セルは言いながら、洞穴の一角を指さした。 そこには休憩するときに邪魔になるため、取り外した鎧などがいくつも置かれていた。 それを見て、恭也は少し考えたあとに告げる。
「そうか。ならそれらは手甲とあとは簡単な防具以外は破棄させておいてくれ」 「って、防具破棄って、防御力なくなるぞ。それに精神的にきつい」
防具を棄てる。それがどれだけ危険か。 防具というのは何も防御力だけが重要なのではない。自分の身を守るものがあるという安心感を与えるものでもあるのだ。それを破棄するということは、その安心感をも捨てさせ、恐怖心を煽ることになる。 恭也たちの世界で考えるなら、いつ銃弾に狙われるかわからないという状況だから防弾チョッキを着ていたのに、それを脱がされて歩かされるようなもの。狙われているとわかっているならば、その恐怖は計り知れない。 それは簡単な防具しか頼らない恭也にもわかっている。 だが、意味があるのだ。
「森の中を歩くのに重装備では逆に邪魔だ。動きづらくなる。防御ならば自分の防具ではなく、障害物を使えばいい……とは、簡単には言えんが、それでも森の中ならば……とくに今回のように怪我人を連れる以上は機動性を重視した方が生存率は高まる」 「……なるほどな」
草木が伸び、足下もおぼつかない森という地形では身軽な方が動きやい。逆に重い防具を纏っていれば、それだけ体力を減らすことになる。 恭也としては、何日か森を彷徨っていたのに、未だ防具を破棄していないことの方が不思議だった。まあ、やはり森の中で孤立し、常に緊張していたという状況で、身を守る安心材料をなくすという発想を浮かべることができなかっただけだろうが。
「問題は朝まで治癒魔法が使える者たちの魔力がどれだけ戻るかだ」 「おそらく重傷者一人か二人を回復させるのがやっとかと」 「そうか」
それに他にも怪我人はいる。中には動くことはできるが、腕を怪我して武器を持てなかったり、魔法を使えなかったりする者もいるのだ。 動けない者の治療を優先するか。それとも動けるが行動に支障は出るものの動くことはできる者を優先するか。 だがそれはすぐに決まった。
「治癒魔法は、動ける者を優先させてもらう」 「戦える人間を増やすのか?」
セルの問いに恭也は小さく首を振る。 怪我人も連れていくのだ、その者たちを運ぶのにも人手はいる。正直、一人の動けない怪我人に最低二人はつけなくてはいけない。そのぐらいつけなければ、この森の中で動くのは困難だ。 それらを説明すると、フィルは火に照らされた顔を青くさせた。
「それってつまり、十八人はモンスターが現れたときに何もできないってことじゃないですか……?」
動けない重傷者六人に二人の補助をつける。つまり十八人は何もできなくなる。 残り恭也を入れて九人で、モンスターが現れた場合対処しなくてはならない。それもそれらの十八人を守りながらだ。 だがそんなフィルの考えを恭也は簡単に否定した。
「戦闘になったら、怪我人の護衛と戦うものを分ける」
意識不明の者や命に関わる者がいないだけマシと言える。そんな者がいたらその者にもっと多くの人数を割かなければならなくなっていた。
「まあ、モンスターと戦うことになったとしても、できる限りこちらから奇襲をしかけられるような状況にはしてみせる。そのへんは皆が起きてから説明するさ」 「わかりました」
ある程度二人には話したが、これ以上はやはり全員が起きてからだ。生徒たち全員、本人から自身が何をできるのか確認したいし、それをすることで自分にできること、できないことを再確認させることもできる。 そのへんはセルたちには語らなかった。 話は一段落ついたが、セルは一番重要なことを聞くのを忘れていたを思い出した。
「そういえば、恭也、森の出方はわかるんだよな?」 「ああ。感覚的にもだいたいは覚えているし、目印もつけてきている。距離にすれば一番近い出口は三キロと言ったところだ。最悪俺が斬ってきたモンスターの死体を目印にすればいい」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.259 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:14
- 名前: テン
三キロ、微妙な距離だとフィルとセルは顔を顰める。 ここで遭難する前の二人だったならば、三キロぐらいどうということはないと思っただろう。だがこの森を彷徨ったことで、足場が悪く、視界も開けない場所では、それを踏破するには通常の倍以上の時間はかかるというのを身にしみてわかっていた。しかも怪我人をつれてだ。倍どころではすまないだろう。 それでも三キロという距離は、セルたちが今まで彷徨ってきた時間を考えれば近くは感じた。似たような所を彷徨っていたのかもしれない。
恭也は二人に言わなかったが、下手をすると実質その倍以上の距離になるかもしれないというのも覚悟していた。 怪我人がいる状態だ。なるべくモンスターとの戦いは避けたい。そうなるとそれなりに迂回して回ることになるだろう。しかしそうすると移動距離は増えるというわけである。 逆にモンスターを排除しつつ最速で脱出するという案も考えているのだが、恭也は未だどちらにするかを迷っていた。
(正直、どちらにするかは実際に歩いてみないことには決められんな)
形を変えながら揺らめく火を見ながら、恭也は内心で嘆息する。 恭也とて、このような人数、状況で森を歩く経験などなく、不安があるのは当然だ。だが、彼はそれを見せるわけにはいかなかった。 セルやフィルを含めて、この場の全員が恭也を支えとしている。それを恭也自身意識していた。そのため不安を口にするのも、顔に出すこともしてはならないのだ。 恭也はそんなこと意識しながら、再び二人から生徒たちの情報を引き出しつつ、今後のことを考え始めた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.260 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:15
- 名前: テン
◇◇◇
「行くぞ」
洞穴を出て、草木が茂る森を眺めてから、恭也は背後を振り返り、生徒たちに言った。 それに二十六人の生徒たちが頷く。 そのうち六人は、一人、もしくは二人の生徒に支えられて立っている。 傭兵科の生徒たちは、すでにこの洞穴に防具を破棄した。それを不安に思う者もいたが、そのへんは何とか恭也やセルなどが宥めてみせた。 そして恭也たちは森の中を歩き始める。 恭也を先頭に、殿は三人の傭兵科の生徒。中央には怪我人とそれを支える生徒たち。さらにその生徒を守るようにセルを中心としたどちらかと言えば大きめの武器を所有する生徒たち。さらに恭也たちの後ろにフィル、中央と殿の間にも魔導士を置いた。僧侶科の生徒たちは、全ての魔力をここに出る前に怪我人の治療に使ってしまったので、基本的に怪我人の歩く補助をしていた。 生徒たちの全員が、先頭を行く恭也の背を眺めながら歩く。 だが、やはり怪我人を連れているため、その行軍は遅い。 恭也はたまに枝を確認しながら歩いていた。彼が確認する枝は、大抵折れていた。いや、それは自然に折れたものではなく、何か鋭利なもので斬られたものであった。つまりそれが出口までの目印なのだろう。他にも、たまに恭也が斬り殺したであろうモンスターの死体もあった。 そして、恭也の指示で途中でも止まったりを繰り返しながら進んでいく。 どれほどの時間が経ったのか、緊張で時間の感覚が鈍っていた生徒たちはわからなかったが、またも唐突に恭也が全員の足を止めさせた。
「……これは、かわせないか」 「恭也さん?」
恭也の呟きを聞き、フィルが何事かと話しかける。
「しばらくいったところにモンスターがいる。これまでは迂回して戦闘は避けてきたが、これはできない」
モンスターという言葉に何人かが今まで以上に緊張した様子をみせる。 それに今までは避けていたという言葉にも驚きをみせる者もいた。他の者たちからすれば、普通に進んでいるようにしか感じなかったのだ。それがまさかモンスターを避けて進んでいたとは思わなかった。もちろんこれまでモンスターに出会わないというのを不思議にも思っていたのだが、それは恭也がわざわざ避けていたからだったのだ。
「どうして迂回できないのですか?」
中央にいた僧侶科の生徒の一人が言った。
「左は川が流れている。そちらにいっても最終的にモンスターとぶつかる。右を行ってかわしても、しばらくするとここら辺よりも草や藪が茂っていて、そこを通るのは辛い。下手をするとはぐれる者が出かねんし、そこでモンスターとぶつかるとまずい」
恭也は質問に答えてから、背中に吊していたアスクに託されたバスタードソードを鞘から抜いた。 それを見て、他の傭兵科の生徒たちも次々に自らの武器を取り出し、構えた。
「戦うしかない、ですか?」 「ああ」
フィルが唾を飲み込んで聞くと、恭也は軽く頷いた。 それから全員を見渡す。
「いけるか?」
本来ならば恭也一人が行ってもいい。使い慣れはない武器とはいえ、何とかできないわけではないのだ。 だが、今後のことを考えても恭也だけに……もしくは他者を頼ることだけを覚えられてはまずい。だからこそ恭也は他の者たちに聞いた。 恭也の言葉に、力強く……とは言えないが、それでも何人もの生徒たちが頷いた。
「私たちはどうすれば?」
そう聞いたのは、すでに魔力が尽きてしまった魔導士、僧侶科の生徒たちと、怪我人の補助をしていた者たちの一人。
「離れすぎても危険だ。とりあえず近くまでは来てもらう」
離れすぎて、そこに新たなモンスターが来られても困る。 そして全員でモンスターがいる場所に近づきつつも、恭也は対応を説明していく。
「傭兵科で補助をしている者の半分と魔導士科の一人は怪我人と戦えない者の護衛として残ってくれ、残りはモンスターの殲滅」
そう言ってセルとフィルに、それぞれの科の者たちをまとめさせ、モンスターと戦う者と護衛の者をする者を決めさせる。 それを決めてから再び歩き出すと、しばらくして数匹のモンスターが視認できるようになった。木などに慎重に隠れながら来たため、まだモンスターたちは恭也たちに気付いていない。
「本当にいた……」
恭也がモンスターがいると言ってから、しばらく進んでからの発見。いくら歩いても恭也が言うモンスターが現れなかったため、恭也の勘違いではないかとセルやフィル以外が思い始めていたのだ。 それも仕方のないことだ。恭也は気配でそれらをかなり前から感じ取っていたのだ。それが理解できない者たちでは、しばらく安全が続けばそう思ってしまう。
「さて、怪我人を頼むぞ」
恭也は残る者たちに言うと、戦う者……セルとフィルを入れて総勢十二名を引き連れ、ゆっくりとモンスターたちに近づいていく。 そして、あと少しという所で止まり、そのモンスターを観察する。
「全部で二十匹、か」
何をしているのかは人間である恭也たちにはわからない。ただ徘徊しているだけなのかもしれない。 様々な種類のモンスターが二十体、歩き回っていた。 見たところ巨大なモンスターはいないし、翼を持ち飛んでいるようなのもいない。基本は二足歩行すると猪と狼。それと固いを鱗を持つ、やはり二足歩行するトカゲのようなモンスターであるリザードマン。 それらが大きく広がって行動していた。
「どうする?」
セルの問いに、恭也はしばらく考えた後に答える。
「中央は俺が全て斬る。セルたちは左右から強襲、フィルたちはセルたちの援護を。俺の援護はいらん」 「きょ、恭也さん、援護はいらないって……」 「数秒の間、俺の援護はお前たちでは……いや、救世主候補たちだったとしても無理な状態になる。だからセルたちを頼む」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.261 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:17
- 名前: テン
神速の説明をしている暇はないので簡単にそう言った。
「中央、十匹は気にするな」
実際のところは、森であるため木々を使えば一回の神速でこの程度の数ならば、恭也一人で殲滅できる。いや、そもそも神速すら必要はない。 だがそれでも神速を使う理由、そして恭也一人で殲滅しようとしない理由は三つあった。 一つは先ほど述べたように頼り癖ができても困る。二つ目は自分たちは実戦でもモンスターと戦えるのだと言う自信をつけさせるため。最後の一つは戦闘後のことを考えてだ。
「セルたちは残り半分に集中しろ。いいか、なるべく一人で戦うな。二人で一匹を相手にするんだ。フィルたち魔導士は少し辛いかもしれないが、頼むぞ」 「……はい」
三人いる魔導士の中で返事をしたのは、フィル一人だった。残りの二人、そして返事をしたフィルも身体を震えさせている。 いや、傭兵科の者たちとて大なり小なり震えていた。 今まで逃げ回っているうちに戦うことはあっても、自分から戦いにいくことがなかったのだから、それはある意味当然の恐怖だ。 それを見て、恭也は安心させるように僅かに笑ってみせた。
「心配するな、誰も死なせん。どんなことがあったとしても、な」
それはここにいる唯一の大人として、そして何より御神の剣士としての言葉だった。
「だから……目一杯やれ」
安心させるように呟かれた言葉。そしてその笑み。
『はい!』
それらを聞き、見て、生徒たちは今度こそ力強く頷いた。 もう震えはない。 恐さはまだあるし、緊張だって残っている。 しかしそれでも、それらに押しつぶされることはない。 なぜなら彼らには、この黒衣の剣士がついている。負けることはありえない。 だから自分たちは自分たちのできることをすればいい。
恭也が中央ということで、その場に残り、他の者たちは草や藪、木に身を隠しながら左右に分かれた。 そして、
「……!」
恭也が一人声もなく飛び出る。号令を出してしまえば奇襲にならない。 だが、それを見た生徒たち全員も弾かれるようにして動き出した。 そして、一番に飛び出した恭也の姿が一瞬にして掻き消える。 あらゆるところに援護に入ろうと、敵を見据えながらも味方の位置も把握しようとしていた魔導士たちだけが、それがわかった。 そして、一匹のモンスターの首が突然飛び、血を吹き上させた。 そこで突撃としようとしていた傭兵科生徒たちも足を止めてしまった。いや、彼らだけではなく、思考能力が低いであろうモンスターたちすら何が起こったのかわからずに呆然としている。 そして次々と血が飛び散り、モンスターたちの一部が飛ぶ。 何が起こっているのかわからないが、所々で黒い影が見えた。そのときその場にいた生徒たちは理解した。 その黒い影こそが恭也だ、と。
救世主候補たちでも援護ができないと言っていたが、これは。
瞬く間にモンスター六体が物言わぬ屍になるのを生徒たち呆然と眺めているのみ。 そして、ようやく恭也の姿が視認できるようになる。 恭也はモンスターの血が滴るバスタードソードを片手で持ち、悠然と構え、その目を大きく開いて怒鳴った。
「何を見とれている! さっさと自分の相手を倒せ!」
その恭也の叫びで、それぞれがハッと今が戦闘中だということを思い出した。それは実戦の中では致命的な油断だ。 だが幸いにも、モンスターたちも恭也という存在に圧倒されているようで、他の生徒たちを目に入れていなかった。 そして中でももっとも早く行動を起こしたのはフィルとセルだった。
「ヴォルテクス!」
叫び共にフィルの両手から雷の束が踊るように出現する。救世主候補であるリリィが放つそれと比べてしまえば、それこそか細く、弱々しい雷。 だが、それでもそれは魔導士科の主席が放ったもの。 草木が茂り、視界の悪い森の中でも絶妙なコントロールで放たれ、目標を違えることなく爬虫類のモンスター……リザードマンに直撃する。 それにリザードマンはうめき声を上げるものの、やはり救世主候補たちのように一撃で絶命させるには至らない。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
だがそこにセルが続く。 雷を受け、痺れて止まっていたリザードマンに向けて走り込み、その大剣を上段に構える。 そして一気に振り下ろす。 突進の力と振り下ろす速度、武器の重さで、その固い鱗ごと一刀両断にした。 その力強い剣は恭也では見せられないものだ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.262 ) |
- 日時: 2008/09/27 23:19
- 名前: テン
二人が動いたことで、他の生徒たちも一斉に動き出す。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「アークディル!」 「せっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
それぞれが雄叫びを上げて、魔導士は魔法の名を叫び、モンスターへと殺到する。 未だ固まっているモンスターたちが、魔導士科の生徒たちの援護を受けた傭兵科の生徒たちによって次々に殲滅されていく。 モンスターたちもすぐに正気を取り戻すも、すでに遅い。 一度ついた勢いは止まることなく、生徒たちは次々にモンスターを屠っていく。 恭也に言われたように、基本は二人で。魔導士たちは二人で戦っている前衛たちにあぶれたモンスターたちが近づけぬよう、うまく魔法を放ち、牽制する。 今までの戦闘ではできなかった連携を見せた生徒たちは、モンスターたちを殲滅するのに大した時間は必要としなかった。
「やった……」
誰かが小さく呟いた。 だが、その声で自分たちが勝ったのだと理解する。
「やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 「勝ったぁぁぁぁぁ!」 「やったぁぁぁぁぁぁ!」
次々と上がる勝ち鬨。
「恭也さん!」
その中でフィルが嬉しそうな表情を浮かべながら、恭也を呼びかける。 それにつられ生徒たち全員が恭也の方へと向いた。 恭也は一人ここにいる全員で戦った数と同じだけのモンスターを相手にしていた。だが、彼ならば何の問題もないのだろうという確信があった。 だからこそ安心して、彼がいる方へと視線を向けられる。 そして、彼らは見た。
「…………」
モンスターの屍の中央に立つ黒衣の青年を。 極限の速度で剣を振ることで、最後の一匹を片づける青年。 その大きすぎる背。 振り下ろされた剣。 それら全てに、そこにいる全員が見惚れた。 その大きすぎる黒き背に。 その大きな剣は、彼本来の武器ではないだろうが、それでもその剣を振りきった姿はまるで一枚の絵画のようだ。
その姿はまさに剣の王だった。 敵の全てを己の下に敷き、その中央に君臨する王だ。 そしてそれは同時に、英雄と、救世主と呼ばれるものだ。 その圧倒的な姿に生徒たち全員が、モンスターに勝ったという興奮も忘れ、ただ見惚れた。
全員の熱い視線を感じ、恭也は内心でため息を吐く。 狙っていたこととはいえ、恭也自身としてはその視線はあまり嬉しいものではなかった。 これが使わなくてもいい神速をわざわざ使った最後の理由。 士気の高揚。 さすがに足を止めて見入られるとは思わなかったが、それでも効果はあった。 人は自分の認識を超えた存在を見れば恐怖する。 しかしそれが己の立場が危険に陥ったとき、味方として見ると恐怖ではなく尊敬、畏敬へと変わる。 別に恭也は尊敬されたいわけではない。だが、何人もいる人間たちに高い士気を保たせるには、この人がいれば大丈夫だ、そう思わせることが一番いいことを理解していたのだ。 この人に全て任せておけば、と、この人がいればという、微妙な匙加減がむずかしいところだが。
今度は本当に息を吐き出し、恭也は片手を振って剣に着いた血を落とす。 やはり使い慣れないバスタードソードの扱いは難しかったが、問題はなかった。 最悪剣ではなく鉄の棒として扱おうとも思っていたのだが、アスクの手入れが良かったのか、名剣であったのか、それともその両方か、強度、切れ味ともになかなかのもので、それなりに使えた。それも恭也が様々な武器を、ある程度は使えるように鍛錬をしていたからに他ならないが。 恭也は剣を背にかけた鞘に戻すと振り返る。
「そちらも終わったようだな」 「は、はい!」
まだ呆然とした様子ながらも、傭兵科の少女が真っ先に返事をした。 それに頷き返し、恭也は微かに笑った。
「油断さえしなければ、お前たちはモンスターを倒せる。少なくとも学園では練習用とはいえモンスターたちと戦ってきただろう? それと同じような感覚で戦えばいい。そうすれば今回のように戦えるし、勝てる」
その言葉と恭也の微笑で、再び勝利したことを思い出したのか、再び全員が喜びに笑い出した。
『はい!』
そして、同時に大きく頷いて恭也へと返事をしたのであった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.263 ) |
- 日時: 2008/10/08 07:14
- 名前: テン
◇◇◇
モンスターを討伐し、残してきた仲間たちの元に戻ってきた恭也たちは、こちらにはモンスターは現れなかったために、安堵の息を吐く。 その中で、恭也は片膝をつけて、座り込んでいたアスクに視線を合わせた。
「アスク」 「大丈夫……です」
そう気丈に言うアスクではあったが、痛みからか、それとも骨折したことでの発熱のためか、昨日と変わらず額に大粒の汗を流していた。 彼は重傷者の中でも、歩くという行為を行うためには一番辛い怪我を負っていた。両足の骨折。 いくら補助をつけようが、これで歩くことはできない。最初は木などを利用して、担架を作る案も出たが、ある程度は恭也が気づけるとはいえ、いつ敵に襲われるかもわからない状況で担架を担ぎながら森の中は歩くのは危険だ。 そのため、半分にも満たないとはいえ魔力が回復した者たちで治癒魔法を使える者は、まずアスクの片足の治療をした。これによって何とか右足の骨折は治癒し、二人の補助に肩を借りながらここまで歩いてこれたが、それでもそちらもまだ痛みは残っていたはずだ。
「そうか」
それがわかっていても、恭也は動けるかとは聞かなかった。それは聞いてはいけないことだ。 何より彼の目は死んでいない。大丈夫だと痛みを意思で封じ込めている。 そしてそれは他の重傷者たちも同じだった。全員その目は強い意思に溢れ、生き残ろうとしている。 痛みに負けず、必死に歯を食いしばって進んでいる。 彼らは治癒魔法を受けていない。 アスクの片足を治療したあとは、残りの魔力で動くことはできる怪我人たちを癒し、戦える者を増やした。 彼らは痛みがあるのにも関わらず、それに何も言わないどころか、むしろ自分たちからそれを言ったのである。自分たちはいいから、戦える者のために魔法は使ってくれ、と。 彼らは本当に強い。いや、強くなったのかもしれない。
「モンスターの死体がある場所であまり長居するのはまずい。しばらくは進んでから休憩をとる」 「私たちは休憩していたようなものですよ。まだまだいけます」
そう言ったのは、怪我人の護衛をしていた傭兵科の女生徒。 遠目ではあったが、彼女たちも仲間の奮戦を、そして未だ遠い恭也の背を見つめていた。そのために士気は上がり、生き残るという意思に溢れている。嘆くことなどしないし、軽口だって叩ける。 どこか不敵に笑う彼女に、慣れない表情ではあるが恭也も不敵に笑ってみせた。
「安心しろ、次にモンスターと戦うことになったら、今回護衛をしていた者たちは俺と一緒に戦ってもらう」 「了解!」
そんなことを言い合って、彼らは再び深い森の中を歩き出す。
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