Re: 黒衣(仮投稿) ( No.344 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:23
- 名前: テン
そんな両集団を、同じ集団の中にいながらも、椅子に座ったまま眺めていた大河とセルは、お互いため息を吐いた。
「おい、セル、どういうことなんだよ?」
救世主クラスの者たちが、それぞれ色々な形で恭也を尊敬し、憧れていたのは大河も知っているし、大河とて意識はしていないがその一人だ。 だが、一般科の生徒たちまで似たようなことになっているとは思わなかった。
「いや、この前の任務で、みんな恭也に今まで以上に尊敬しちゃった上に、憧れちゃってさ。まあ、俺もだけど」 「女ばっかりじゃなくて、男までかよ」
無意識にフラグをたてまくる男だが、それは対女性用能力だ。さすがに男にまで効果範囲に入らないはずだが。
「あの背中を見たらなぁ」
セルのその一言で、大河はもう全て理解できてしまった。
「あー、あいつ、無駄に背中で語る男だからなあ。男としては異様に憧れるぞ、あれは」 「だろう?」
多くは語らず、背中で語る男、高町恭也。 その背中で語るという渋い技は男ならば是非ともマスターしたい。
「何にしろ、それでとうとう男まで誑し込んだか」 「ああ」
そこで再びため息を吐き、未だ睨み合っている二つの集団を眺める大河。
「にしても……」 「完全に険悪な雰囲気になってるな」
やはりため息混じりでセルは大河が続けるはずだった言葉を口にする。
「なんでだ?」
確かにお互い言い分はあっただろう。だが、同じ人間に憧れるなら、仲良くしてもおかしくはないはずだ。 セルはその理由をわかってるのか、肩を竦める。
「あれだろ、要は……」 「要は?」 「全員がブラコンで兄貴を独占したい。それがグループ化した」 「……納得しちゃいけないような気もするんだけど、なぜか異様に納得できるな」
背中で語るだけでなく、兄属性を持つ男、高町恭也。 力強くカッイイおにいちゃん(兄貴)というだけで、年下の皆を引きつける男。 だからこそ両者ともに、恭也は自分たちのおにいちゃん(兄貴)だあ、と主張したいという、へんな独占欲が現れているのだろう。 決して他の科になど渡してなるものか、と。
「救世主クラスだけじゃなくて、学園の兄貴になっちまったか」 「なんか、オマエも気に入らなそうだぞ、大河」
頬杖をついて、大河が憮然と言い放ったのを見て、セルは眉をひそめる。
「そりゃそうだろ? 恭也は俺たち救世主クラスの仲間だぜ?」 「は? いや、待てよ、大河。恭也は召喚器持ってないんだぞ? 俺たちの仲間に決まってるだろ?」
当然とばかりに言う大河に、セルは呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐに異を唱えた。 だがそれに大河も目を鋭くさせた。
「はあ? 何言ってやがんだ? 恭也は救世主クラスに所属してるだろ? それにあいつのことは俺たちが一番わかってる」 「それはいくら魂の兄弟とはいえ聞き捨てならないな、大河。確かに俺たちは一度だけ一緒に戦っただけだけど、命をかけて一緒に戦った俺たちは恭也のことを理解してるぜ」 「ああ!? 調子のんなよ、セル! 一度一緒に戦ったぐらいで恭也を理解したつもりかよ!?」 「そりゃあこっちのセリフだぜ、大河! いつも一緒にいるからこそ、お前たちは恭也のことを理解してない!」
こっちでも戦闘勃発。 どうやらこの二人もブラコンと化していたらしい。 いたるところで火花が取り始めている。 このままでは、いつその火花がガソリンに引火してもおかしくない状況だった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.345 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:23
- 名前: テン
一方そのころ、
「知佳ぁ! 恭也君を呼んできて! このままじゃ学食がぁ! 俺たちの職場が!」 「う、うん! お義兄ちゃんは!?」 「俺は他の生徒たちの待避を!」
厨房でそれらを覗き込んでいた耕介と知佳は、頭を下げてそんなことを言い合っていた。 このままでは食堂が壊滅の危機である。 間違いなく救世主候補たちの方が強いであろうが、それでも一般化の生徒たちは人数が多い。このまま戦闘になれば、被害は拡大してしまう。 この事態を収拾できるのは恭也しかいない。ということで、知佳は食堂を飛び出していく。 そして耕介は、自分では事態の収拾はできないと、とりあえず他の生徒たちの避難を開始させた。
「きょ、恭也君、大人気だな」
耕介は頬を引きつらせながらも、中央を遠巻きに見ていた生徒たちに避難を促し、そんなことを呟いた。
「まさか年下の男子からも好かれる体質だったとは……」
もちろんそれは女性としての視点ではなく、尊敬できる兄のようなものとしてだが、それは初の発見である。 恭也の周りには、基本的に男がいない。いるのは耕介と勇吾、真一郎ぐらいだ。勇吾は友人としての付き合いだし、真一郎もどちらかという友人として。耕介は兄貴分のような感じだった。 年下の男子との関わりが薄かったから、まさか年下の男子からここまで好かれるとは予想外だった。無論、それはこの学園が戦闘を教える場所であり、恭也の技術が突出しているから、というのも理由だろうし、この前の任務も大きいものだったのだろうが。
「これはしばらく荒れるかなぁ」
知佳が恭也を連れてきて、ここを抑えたとしてもしばらくは荒れそうだ。 しかもおそらく、一般生徒組はそのうちシンパを増やすだろう。そうなったらどうなることやら。
「というか、なのはちゃん……恐すぎ」
傍目で見ていてわかる。言葉数こそ少ないものの、一番怒っているのはなのはだ。 元々ブラコンであったし、兄が奪われるのは相当に気に入らないらしい。
「恭也君、頼むから早く来て……」
耕介は恐くなり、彼らから視線を離すと、天井を見上げ、切実に願った。 このままじゃ職場がなくなる。本当に切実だった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.346 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:25
- 名前: テン
耕介が、恭也の到着を切実に待っているころ、すでに救世主候補たちと一般科の者たちは一色触発の状態だった。 リコとなのはなど、その大きすぎる魔力が身体を覆い始め、蠢いていた。 傍から見ていると、本当に恐ろしい。 大河とセルを含めた男性陣は睨みを効かせていて、その目は『ああ!? 調子のってんじゃねぇぞ、ゴラァ!』と熱く語っており、お前らいつの時代の不良だ、と言いたくなるぐらいに荒んだもの。 対して女性陣は、基本的に怒りを顔に表していない。皆大抵笑っている。笑っているが、目が絶対零度の瞳を宿していた。その目は静かに『死にたい?』と冷たく問いかけていて、雪女でもここまで冷たい目はできない。少なくとも耕介たちが知る雪女の方はできなかっただろう。
「ふ、ふふふふふ」 「あは、あははは」 「くっ、くくくく」
そこらから上がる笑い声。 だが、それは恐すぎる笑い方だ。
「どちらがお兄ちゃんの仲間として相応しいか決着、つけますか?」
なのははにっこりと笑いながら、その手に魔力を溜め込む。 なのはは召喚器を所持しなくとも、絶大な魔力を持つ。その行動だけで、その場にいた全員がなのはの魔力を感じ取っただろう。 そして、魔力はなのはからだけ感じ取れるのではない。リコやリリィ、未亜、ベリオなどからも感じるし、カエデや大河などからは威圧的な雰囲気が感じ取れた。 だが、それらに晒されながらもパフィオはニヤリと笑う。
「今更そんな魔力が大きいだけで驚いたはしないよ、ボクたちは」
召喚器を出されたとしても、すでにパフィオたちは驚きもしないし、勝てないと嘆きはしない。 召喚器などなくても、救世主候補たちに勝てると示した存在がいるのだから。 だか、そんな態度も救世主候補たちには気に障る。 別段、以前のように畏怖されたり尊敬されたいわけではない。その態度をとることができる理由が恭也であるからだ。 その力を与えたのが恭也であるのが気に入らない。 しかも、彼らにあるのは、まだその仮初めとも言える意志だけだ。恭也の真似事でしかない。恭也を真似るだけの彼らが気に入らない。 ただ恭也というう存在を知っただけで、強くなったかのように錯覚している彼らを見ていると、まるで恭也の今までを侮辱されているように感じる。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.347 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:25
- 名前: テン
だが気に入らないというのは、一般科の生徒たちとて同じこと。 恭也という存在を知った彼らは、召喚器を持たない一般の生徒たちとて、決して格下と見下すことはないだろう。 そうしたのは恭也だ。 きっと恭也という存在がなければ、彼らは慢心し、脅威とも思わなかっただろう。 だが、だ。それで全ての慢心がなくなったと言えば嘘になる。 彼らはまだ見下している。召喚器を持たない者相手には、この程度で十分という威圧的な雰囲気。 それらが気に障る。 無論、一般科の生徒たちは、まだまだ恭也のようにはなれない。だが、それでも恭也という存在を知っていながら、慢心を持つ彼らを見ると、まるで恭也を馬鹿にされているように感じた。
とは言って、これらはこの二つの勢力たちの勝手な思いこみだが。相手が気に入らないから、さらに気に入らない理由を見つけようとしているだけである。
「あんたたちに召喚器を使う必要なんてないもの」 「こちらの流儀に合わせてくださるんですの? 私たち、あなたたちが苦手な直接的な殴り合いは得意ですのよ?」
頬を引きつらせて言うリリィに対し、アキレアも同じく額をひくひくと動かして挑発する。 そんな二人の会話で、お互いに笑みを引っ込め、再び睨み合う。 すぐにも乱闘が起こりそうだった。 ただお互いにゴングを待っている。そんな状態。 食堂が戦場になる。そんな耕介の危惧していた状況が今、完全に出来上がりつつあった。 あとは引き金を待つだけ。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.348 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:27
- 名前: テン
そして、その引き金が……
「召喚器を使う? 殴り合い? 何をしている、お前たち」
……引かれなかった。 聞こえてきたのは、別段張り上げたものではないのに、いやに腹に響いてくる重たい声。 その声を聞いて、救世主候補、一派科の生徒たち問わず、先ほどまでとは違った意味で顔を引きつらせた。 まるでブリキの人形のようにギギギと音がしそうな感じで首を曲げる。視線を向けるのは食堂の入口。 そこにいたのは黒衣の青年。その後ろには知佳が苦笑いながらも、その青年から距離をとっていたのだが、生徒たちの目には入っていなかった。
「やべ、恭也のやつ、むっちゃ怒ってる」
入口に立つ青年……恭也を見て、大河は顔を引きつらせたまま、思わず呟いた。 怒ってる。 恭也は間違いなく怒っていた。 いつも通りの無愛想、無表情だが、その雰囲気から心底怒っているというのが、どうしてもわかってしまう。 というか大河たち以上に、無表情上でも恭也の感情を理解できるなのはなどは乾いた笑みを浮かべ、さらに冷や汗まで流している。 恭也が一歩動く。 それだけで、全員が仰け反った。 別段恭也は歩いただけだ。だが、それは先ほど大河たちが見せていたそれよりも、洗練され、重苦しい威圧感を放っている。 こう、何て言うのだろうか、着ている服と相まって……魔王の行進?
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.349 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:29
- 名前: テン
というのは、大河たちの勘違い。恭也は本当に普通に歩いているだけなのだが、その双眸がいやに無感情で、そう感じてしまうだけだった。 だがその視線が、逃げ出そうか迷っていた大河たちを逃げさせない。 そして、恭也はとうとう彼らの前に立つ。
「知佳さんに、お前たちが喧嘩をしていると聞いてきてみれば……」
そんなことを呟いて、恭也は深々とため息を吐いた。
「まったく、お前たちは戦う者としての意識が薄すぎる」 「え、えと、恭也さん、これはその……」
ベリオが何やら言おうとしたので、恭也は彼女に視線を向けるのだが、その鋭い視線に威圧され、ベリオはあううと弁解というか、言い訳の言葉を失った。
「全員、正座」 「いや、あの、恭也?」
ベリオに変わり、ご機嫌をとろうとセルがひび割れた笑顔を浮かべながら近づこうとしたたが、ベリオとは違い、完全に睨まれ、
「はい」
率先してその場で正座した。 今の恭也に逆らうのは色々とまずい。全員が本能的に理解しているので、セルに続いて我先にとその場に正座する。 恭也の世界で言う寺などではなく、学校の食堂で二十名以上の少年少女が正座する光景は、まるで修学旅行か何かで悪ふざけをして怒られている、というように映る。
「何となく知佳さんに聞いているだけだが、最初は口論だったそうだな」 「いえ、口論というか……」
フィルはそれ以上を口ごもる。まさか本人を目の前にして、あなたを取り合っていたとは言いづらいし、恭也は余計に怒りそうだった。
「口論ぐらい、まあ、べつに構わない。お互い科が違うし、そういったものでそれぞれ分かり合えるものもあるだろう。だが、味方同士がその口論の末に戦おうとするなど論外だ」 「うう」 「いくらここが戦闘を教える学園であっても、平時に、それも人が集まる食堂で喧嘩など以ての外だ。しかも魔法や召喚器、武器なんてものを使おうものなら大惨事だ。お前たちも戦う者のならそのぐらい自覚しろ」 「はぃぃぃぃ」
それからも次から次へと出てくる説教の数々。それも全て正しいことなので反抗もできやしない。それも全員へのものから、個別にまで内容が豊富だった。 正座に慣れていない者たちなど、すでに足が痺れてきていたが、この恭也を目の前に崩すことなどやはりできない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.350 ) |
- 日時: 2009/02/12 03:31
- 名前: テン
しかも恭也が説教を続ける間に、いつのまにか食堂が営業を再開していた。次々と他の生徒たちが戻ってきて、食堂の真ん中で正座する一同に目を丸くする。
「恥ずかしい……」
衆目にこんな姿を晒すのは恥ずかしすぎて、未亜は顔を赤くして縮こまる。もっともそれは大半の者がそうだった。 さらになぜか見守っている他の生徒たちは、説教をする恭也を尊敬の目で見ている。あの争いを止めた上に、あの救世主候補たちと、これまで高い成績を誇っていた生徒たちや、ここ最近頭角を現してきた生徒たちに容赦なく説教をしているのだ。無理もない。 それらを横目に見たあと、大河は視線だけをセルに向け、小声で話しかける。
「なあ、セル」 「……ああ、また増えたな」
後の通称、恭也教、または高町派。このときまたもシンパが増える。
「とりあえず大河、もし次があったら直接戦闘だけは止めよう」 「賛成。なんか他のことで勝負を決めよう」
このままいくと、いつか一般科の生徒全員VS救世主科なんてことにもなりかねない。そんなことになったら、さすがに救世主候補たちでもどうにもならない。 何より、
「聞いているのか、大河、セル」 「「聞いております、サー!」」
この説教はもうやだ。 そんなことを心で呟きながら、なぜか大河とセルは軍隊口調で応え、さらに敬礼していた。 しかしながら、全員が同じ心境であったのは言うまでもない。
こうして恭也の活躍により、恭也のせい(?)で勃発した最初の戦いは終止符が打たれた。 がしかし、この戦いは後の第二次、第三次恭也争奪戦の序章でしかないことを、恭也以外は気付いていた。 ……恭也はきっといつまでも気付かないのだろう。自分が理由で争いが起こっていることなど。 そして、この戦いは最終的に科対抗の戦いになっていったり、派閥同士(恭也にお似合いの相手は誰だ!?)の戦いになっていったりするのだが、それはまた別の話である。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.351 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:20
- 名前: テン
恭也が『彼女たち』と出会ったのは、護衛の仕事を本格的に始めた最初の年だった。 劇的な出会いだったというわけではない。変わったところと言えば、とある名目でのパーティー会場という普通とは言えない場所での出会いだったというだけ。 恭也はある会社の重役……それも父である士郎の旧友の護衛として、パーティー会場にいた。 そしてその護衛対象者の友人……のまたその子供。それが『彼女たち』だった。 よく似た二人組の少女。当時のなのはよりも一つか二つ年上という感じの少女たちだった。 見ればわかる。二人は姉妹だった。年子であるということだが、まるで双子のように似ていた少女たち。 違いがあるとすれば、姉は濃い茶の髪をしており、エメラルドグリーンの瞳だったのに対し、妹は流れるような黒髪と、黒曜石のような瞳をしていた。 ハーフなのか、クォータなのか、日本人の血が英国人の血に混じっているらしかった。妹は、その日本人の遺伝子をより強く継いだのだろう。 恭也は、彼女たちに自分から話しかけることはしなかった。自分が子供に恐がれる顔をしていると思っての配慮だったのだ。 だが、あちらから話かけて来た。 最初に恭也へと話しかけたのは妹の方だった。
『あ、あの、初めまして!』
大きく頭を下げてくる少女に、恭也は苦笑した。 そのとき少女はなぜか嬉しそうな表情を浮かべていたが、恭也は初めましてと返し、自らの名を名乗った。
『わ、私、エリカ・ローウェルって言います!』
名前を告げながら、少女はまるで太陽のような笑みを浮かべた。その笑みはまるで恭也の妹にも似ていて、やはり恭也は笑みを浮かべてしまった。 本来、護衛をしている恭也がそんな長話などできるわけがない。が、今回はそうでもなかった。そもそもそのこのときの仕事は、仕事であって仕事でなかった。 そのときの護衛対象者は士郎の旧友。実は恭也に依頼をしたのも、ただ士郎の息子と話をしたかっただけだったというのだ。恭也以外にも多くのボディガードがおり、かといって資産家ということ以外にそのときは狙われる理由はとくになかった。 そのため、むしろその護衛対象者に、その少女と話をしてあげるように頼まれてしまったのだ。本来ならそれでも断るべきだが、色々と駄々を捏ねられ……その人は士郎の友人らしく、士郎と似ていた……、断れなかった。 別に嫌々というわけではないが、こうしてその少女と話をする機会ができてしまった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.352 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:21
- 名前: テン
少女は本当に嬉しそうに、恭也に色々な話を聞かせた。基本的に恭也は聞く方だったが、たまに恭也も自分のことを話した。家族のこと、仕事のこと、大学のこと。それらをエリカはやはり嬉しそうに聞いていた。 それから少しして、
『きょ、恭也さん、あの、その……私が危ない時にも……助けに来てくれませんか?』
それはどんな思いから発せられたものなのか、恭也にはわからない。何かしらの憧れ。例えば、自分を守ってくれるナイトでも夢想したのか。 どうやってもナイト役なんていうのは荷が勝ちすぎるとも思うが、それでも恭也はそれを断ることができなかった。いや、断ることなど思いつかなかった。 この少女のことを守りたいと思ったから。 だから、恭也は誓った。 そのときは必ず助けに行くと。 それは小さな約束。だがその誓いを、恭也は違えるつもりはなく。何かあれば必ず助け、守ろうと決めていた。 黒髪の少女は恥ずかしくなったのか、恭也から携帯の番号を聞いたあと、真っ赤になりながらも父親の元にいってしまった。無論、ちゃんと挨拶をしてだが。 それらを見て、またも妹を思いだした恭也は若干頬を緩めて見送った。 仕事に戻ろう、そう思ったときだった。
『あ、あ、あ、あの!』
再び声をかけられ、視線を下に向けられば、先ほどの少女がいた。 いや、違う。 その少女の髪は、先ほどのエリカと違い、濃い茶色をしていた。
『あ、わ、私、あの子の姉で、アリサって言います!』
そう、彼女は先ほどの少女……エリカの姉だった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.353 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:22
- 名前: テン
目の前にあるのは血だまり。その血だまりの中に沈む少女。 それを最初に見つけたのは恭也だった。 恭也は当然、彼女を助け起こした。 だが、わかってしまう。 致命傷だった。 脇腹を割かれ、そこから内部のものまで飛び出ている。しかし、それでも彼女の息はまだ微かにあった。 その姿を見て、恭也は犯人への強い憎しみが湧いた。 当然だ。彼女をこうした犯人は、わざとギリギリのところで殺さなかった。致命傷を負わせながらも、助けられない怪我を負わせながらも、決して一瞬で殺さず、じわじわと死んでいくような傷付け方をした。 女である彼女の顔まで傷付け、体中を傷付け、それでもなおいたぶりながら、死を与える。 人がする所業ではない。
『きょ……うや……さ……きて……くれ……たんだ……』
抱き上げる恭也に、彼女は……エリカは、最後にそれだけ言って……息絶えた。 うっすらとだけ笑い、それだけ言って……彼女は死んだのだ。 続いた言葉が何であったのかはわからない。遅いという言葉だったのか、それとも恨み言だったのか。 もう、それを聞くことはできない。
いつもそうだ……
――いつも……俺は最後の最後で……何もできない……手が届かない……
人一人ができることなどたかが知れている。そんなこと理解している。 自分が何でもできるなんて思うほど、恭也は傲慢ではなかった。 確かに守れた。 今までいくつかのものは、守ってこれたと思う。 でも、それでも……いつも……一歩が届かない…… 今まで……誰一人として助けることは、救うことは……できなかった。 美沙斗も、ノエルも、レンも、久遠も…… 美由希が救った。忍が救った。晶が救った。那美が救った。 守れたことはあれど、救えたことは一度もない。 別にこれまで、それを気にしたことはなかった。先ほど言ったとおり、恭也は自分が何でもできるなどと自惚れてはいない。他に救える人間がいて、自分はそのための時間稼ぎができればそれでよかったのだ。 だが今回は……恭也しか救えなかった。 救える人間は他にいなかった。 任せられる人はいなかった。 恭也が救わなければならなかった。 だけど……結局……助けられなかった。 結局……救えなかった。
『がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
助けると誓った。 必ず助けると。 何て傲慢な約束をした? 今までただ一度として助けられなかったくせに。 ただの一度も救えなかったくせに。
恭也の中に自分の無力さをつきつけた事件。 それは未だ彼を蝕む過去だった。
だが、知らなかった。 まだこのときは知らなかった。 自分が救えなかったのは……エリカだけではなかったことを。
第五十二章
救えなかった少女。 その少女と似た顔を持った少女は目の前にいた。 その少女と、同じ髪の色に『染め』、同じように後ろにまとめた少女は目の前にいた。 それはつまり、彼女すらも恭也は救えなかったという同義だった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.354 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:24
- 名前: テン
「あの子は私の中で今でも生きてる! だから私があの子になるの!」
恭也が救えなかった少女、エリカの姉、アリサ・ローウェル。 アリサは、恭也が最後に見たときよりも僅かに成長した姿で叫ぶが、恭也はただその激情を受け止め、言葉を返す。
「ああ、君の中で彼女が生きているというのは否定しない。彼女の想いは君の中で生きているだろう。彼女が生きた証として。だが、君はエリカではない。アリサだ。エリカにはなれない」 「うるさい! あんたに何がわかるのよ!」
だが、アリサは恭也の言を否定するように髪を振り乱し、首を大きく振る。 ああ、わからない。アリサのことは恭也にはわからない。アリサをこうしてしまった責任が、自分にあるということしかわからない。 だが、決して言葉に出せないが、恭也はこれだけは言える。 目の前の少女はかつての己だと。 士郎を失い、その士郎になろうとした己だと。 なれるわけがないのに、それでも士郎になろうとした。 それがどれだけ馬鹿げたことかわからずに。 人は決して、他の人間にはなれない。例え相手が親であろうと、兄弟であろうとだ。役割の代わりならば多少は代わることはできても、その人本人には決してなれない。 無理になろうとすれば、どこかで壊れる。恭也の場合は膝であったが、もし膝を怪我せずに、そのまま続けていたならば、きっと心のどこかが壊れていただろう。 アリサの今の姿は……きっとそれだった。 あの勝ち気なからも妹とは違う光を放っていた少女は、妹と己を混同し、壊れかかっていた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.355 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:24
- 名前: テン
だが、それをしたのは他ならぬ恭也なのだ。それを指摘していいはずがない。
「私は、あんたを殺すことでエリカになれる! あの子の恨みが晴れて、私の想いが消えて、やっと私はあの子になれる! 私がいなくなって、やっとあの子がこの世で幸せになれる!」
アリサはそう信じているのだ。 それこそが、彼女が壊れかかっている証明であった。 それを彼女自身がわかっていない。
「アリサ・ローウェル……俺を許せとは言わない」
そうしてしまったのが自分である以上、恭也には彼女を救えない。元より恭也は誰も救えない。そう今では理解してしまっている。 だから、そうしてしまったのが己であることを差し引いたとしても、自分では彼女を救えないという結論が出てしまっていた。 だが、彼女の望みを叶えてやるわけにもいかない。逆に彼女のためにも殺されてやるわけにはいかない。 自分が生きているかぎりエリカになれないというのなら尚更に。 だから死ぬわけにはいかない。
「その理屈で言うなら、君が殺すべきは、なのはではなく、俺だろう。その俺が目の前にいる。しかし、俺も死んでやるわけにはいかん。抵抗はさせもらおうが、な」 「ええ、今この場で殺してあげるわよ! あんたの妹なんかもうどうでもいい!」
アリサは怒りに大きく目を開き、ダガーを構えた。 それを見て、恭也もゆっくりと歩き、なのはの前に立つ。
「おにー……ちゃん……」
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.356 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:25
- 名前: テン
その背を見て、なのはは恭也を呼んだ。
「下がっていろ、なのは。彼女の相手は俺がする」
振り返ることなく、恭也はなのはに告げる。 なのはは何かを言おうとしたが、止めた。そして、数歩後ろに下がる。だが、召喚器は消していなかった。 すでにアリサの目にはなのはは映っていない。
「終わらせてやる! これであの子の憎しみは晴れて、私の『想い』も消える!」 「君の『思い』、とやらは何だかわからんが、先ほど言ったように殺されてやるわけにはいかん」 「うるさい!」
叫び、アリサはダガーを振り上げる。 瞬間、伸びる刀身。まるで天を切り裂くかのように長くなった。それはもはや武器と呼ばれるようなものではない。 それに僅かに眉を顰めるが、恭也は慌てもしなかった。別になのはに彼女の戦闘スタイルを聞いていたわけではなかったが、おそらくあれは召喚器なのだろうと当たりをつけた。で、あるならば、何ができたところで不思議ではない。 そんな落ち着いた様子の恭也が気に入らないのか、アリサは舌打ちしながらもその刀身を振り下ろした。 白刃はまるで風を押し潰すような音を響かせながらも恭也へと迫る。しかし、恭也は僅かに一歩横に出ることでかわし、
「ふむ」
わざわざかわした刀身に、紅月を叩きつけた。 金属同士がぶつかりあう甲高い音が響く。 かわしたことで恭也の身体は完全に刀身から離れていたが、さらに小太刀を叩きつけられたことによって、さらに軌道がずれ、恭也から随分と離れた場所へと振り抜かれた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.357 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:27
- 名前: テン
「なるほど」
刀身が地面に叩きつけられたのを見ながら、恭也は頷く。 今の攻防だけで、アリサとアリサの武器の特性はだいたい掴めた。 あんな長大なダガーとも剣とも言えないものを振り上げながら、まるで重さも感じさせていなかったのは、重さがほとんど変わらないからだろう。それが刀身を弾いたことでわかった。 長くなった分だけ重くなれば、いくら救世主候補だったとしても、腕だけで振るえるわけがない。おそらく救世主候補随一の力を誇る大河でも無理だ。 剣というのは、重さは種類によって様々だ。恭也の八景は小太刀の中でも重め、長めの範疇に入り、重さは役七百グラム半ば。グラムと言うとかなり軽そうに感じるだろうが、重心の位置や長さの関係で、腕にかかる負担と体感の重さはその数倍以上になる。 武器というのは、長くなれば長くなるほど腕にかかる負担を感じ、体感での重さは大きくなる。長くなれば当然、重さも増すし、重心が変わるから当然だ。 それが数メートル以上の刃となる。これてを振り上げられる者など、人間では存在しないだろう。 だが、アリサはそれを感じさせない。つまり重さが変わっていない。それを実際に弾くことで確認した。 重さが変わるのであれば、ああも簡単に小太刀で軌道がずれるわけがない。 夏織が、エリカの……いや、アリサの天敵は恭也だと言っていた。なるほど、それは確かだ。 なのははその戦闘スタイル故に、彼女が天敵と言えるが、恭也からすればどうということはない。むしろ救世主候補の中では、一番戦いやすいとすら言えるだろう。
恭也は一歩アリサへと近づく。 またも真上から刀身が迫る。 しかし、恭也は無造作に小太刀を振るい、それを弾き飛ばした。 遠心力と彼女自身の救世主候補としての力が加わっているため、多少は攻撃自体は重かったが、やはり武器自体の重さがないから、徹を使えば簡単に弾き飛ばせる。もっとも刀身が長すぎて徹の衝撃がアリサにまで伝わらないため、切り離すことはできないが。 今度は横薙ぎ。 しかし、それも上体を屈めることよってかわす。 横薙ぎのあとは追撃の心配はない。遠心力を殺すために、それを止めるのに時間がかかるからだ。それでもその後の追撃も、普通は速いと言える切り返しだが。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.358 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:28
- 名前: テン
弾かれ、かわされても、アリサは憎悪に燃える目で、何かを耐える目で恭也を見つめ、攻撃をしかける。
「あいつは……『殺戮死者』とか言うやつは、私が殺してやるはずだったのに! あんたがそれを奪った!」 「ああ。あいつは俺が殺した」
『殺戮死者』。そんなふうに呼ばれていた人間を恭也は殺した。 恭也が初めて殺した相手だった。 狂っていた。壊れていた。恭也が知る誰よりも異様だった。殺すことが何よりも気持ちいいなどとほざいていた男。 そんな最低最悪の男が、恭也が初めて殺した人間。 そして、エリカを殺したアリサの憎むべき仇。 それを恭也が殺した。
「私が殺すはずだった! そうしてエリカの恨みを晴らすはずだった! あの子のためにも!」
だから、彼女の憎悪は行き場をなくし、それを奪った者であり、エリカを救えなかった恭也へと傾いた。 復讐の矛先を失い。その矛先は、全て恭也へと向かってしまったのだ。 復讐。 かつてそれを目指した女性がいた。御神美沙斗。恭也の叔母。 いや、かつてではない、今もそれに邁進している。だが、今は決してそれだけに傾倒してはいない。真っ当な力で、真っ当な場所で戦い、傷を負ったなら、娘のところに帰ってくる。そんな日々を送っている。 だが、かつて復讐だけを目指していた美沙斗を止めるために恭也は戦った。語りかけた。結局彼女を止めたのはフィアッセたちの夢を守るために戦った恭也であり、彼女の心を救ったのは娘の美由希だった。 それらを踏まえても、復讐はいけないことだ。止めろ。などと恭也には言えない。 一族を亡くし、士郎を亡くした恭也には、復讐のためだけに生きるのは認められなかったとはいえ、美沙斗の気持ちは痛いほどわかったし、もし美沙斗があのときに狙っていたのが、フィアッセたちではなかったなら止められなかったかもしれない。 それにエリカを殺した男を殺したときとて、自分にその感情がなかったと言えば嘘になるから。 だから、その復讐心をなくせなどとは言えなかった。 だが、それでも……
「余計に君に殺されるわけにはいかなくなった」
アリサの一言を聞いて、殺されるつもりはなくなった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.359 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:29
- 名前: テン
「エリカのことを免罪符にする時点で、君に覚悟はない」 「なんですって!?」
恭也のまるで侮蔑のような言葉に、あのアリサは怒りで唇を引きつらせる。そして、怒濤の如くその長い刀身を舞わせた。 恭也はそれらをただ無造作にかわし、一歩ずつアリサへと近づいていく。
「やはり君はアリサだ。エリカじゃない。エリカにはなれない」
かわしながら、一歩ずつ着実にアリサへと近づきながら、恭也は言う。
「復讐という意志を、誰かのためになどと言うな。それは君の内からくるものだ。君のためのものだ。誰かのためにと、誰かの『所為』にするな。それは単なる復讐することへの、殺すことへの偽りの免罪符だ。その人物の生を汚すものだ」 「黙りなさいよ! あの子は絶対にあんたを殺してほしいって思ってる! 約束を破って、助けてくれなかったあんたを!」 「ああ。そうかもしれん。あのとき……死の間際に彼女が思ったことは、そうなのかもしれない。それを否定する気はない」
否定できるわけがない。 大河たちには偽ったが、恭也が辿り着いたとき、エリカはまだ生きていた。ギリギリで生きていた。 そして、ただ一言と、最後に笑みを浮かべて死に絶えた。 その笑みを考えれば、恨み言でなどなかったのかもしれない。だが、やはり恨み言が続いたのかもしれない。わからない。わかるわけがないのだ。恭也はエリカではないのだから。
「俺はエリカではないから、彼女が何を思って逝ったのかはわからない。俺があいつを……エリカを殺したあの男を殺したとき、復讐心がなかったと言えば嘘になる。だが、それでもそれは彼女のためではない。許せないという俺の心からきたものだ。彼女の心じゃない。俺が殺したいと願ったからだ。そこにエリカの心が入る余地はない」 「私は違う! あの子が願うのよ! あんたを殺せって! 私の想いごと殺せって!」 「そうか」
それも否定しない。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.360 ) |
- 日時: 2009/02/25 07:30
- 名前: テン
だが、そう願うのは、彼女が作りだしたエリカだ。心の均衡を保つために作りだしてしまった偽りのエリカ。それを彼女自身、理解しているのだろうか。 やはり無理なのだ。 恭也では、彼女を救えない。 かといって、恭也がアリサを殺すのは無理だ。彼女をこうしてしまったのは、間違いなく恭也なのだ。それなのに恭也が彼女を殺せるわけがない。 だから、ただ倒し、追い返す。それだけかしかできそうにない。 それを現実にするために、恭也はアリサへと近づいていく。 アリサは恭也が近づくたびに刀身をわずかに短くしながらも、彼に攻撃を繰り返す。それは斬撃とも言えない、ただ振り回しているというだけの攻撃。 普通ならば、それすら脅威だ。間合いが広く、どんなに離れていようと攻撃が届き、救世主候補故に身体能力も高く、出鱈目な攻撃ながらもそれは速い。 しかし、
「…………」
かわす。 かわす。かわす。 かわす。かわす。かわす。 当たらない。 ただの一撃も恭也の身体に、その長大な刀身は届かない。かすりもしない。 最早弾くこともせず、捌くこともせず、受けることもせず、流すこともせず、全てかわす。 まるで空中を漂う真綿のように、ゆらりとした動作で、全てかわす。
「う……そ!」 「…………」
先ほどから隙は多くあった。やろうと思えば恭也はすぐさま間合いつめることも可能だったし、飛針を投げつけることもできた。 だが恭也はそうはせず、ただゆっくりとアリサに近づく。 まるで格の違いを見せつけるように。 何より、アリサの視線が自分にだけ向けるように。 恭也は確かにアリサの天敵だ。 いや、正確には御神流が天敵だった。 モーションが大振りすぎて、狙いが読みやすい。武器も長すぎて軌跡が大きく、やはり読める。貫という見切りの極地を持つ御神流からすると、これほど与し易い敵はいない。
「なん……で……!」 「君では、俺を殺せない」 「うるさい!」
激昂し、さらに攻撃速度を上げるアリサだったが、やはり恭也は全てそれをかわし、アリサへと近づいていく。 先ほどから一方的に攻撃を受けながらも、会話を続けられるのが恭也の余裕の現れだった。
「確かにその射程は厄介だ。だが、それだけだ」
攻撃を見切るということができない救世主候補たちには厄介だろうが、御神流の遣い手からすると、やはりそれだけの攻撃なのだ。その威力、速さは救世主候補というだけあってかなりのものだ。だが、当たらなければそれにも意味はなかった。
「殺す! 殺す! 殺してやる! あの子の代わりに、私があんたを!」 「その憎しみは受け取ろう。だが……この程度で人は殺せはしない」
恭也は唇を端をつり上げる。
「人を殺すということを舐めるな、小娘」
それはまるで嘲るような笑みと言葉。
「あの子を救えなかったくせに、そんな大口を叩くんじゃないわよ!!」
その態度に激昂し、アリサはさらに攻撃を激化させていった。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.361 ) |
- 日時: 2009/03/19 01:19
- 名前: テン
「あの子が……手も足も出ないなんて」
それらを背後から眺めていたなのはは、目を瞬かせて息を吐いた。 兄は負けない、とは思っていたが、まさかエリカ……いや、アリサが手も足も出ないとは思っていなかった。 先ほど考えた、恭也でも相性が悪いというなのはの予想を完膚無きまでに覆していた。 確かに、攻撃なんてものは当たらなければ意味はない。しかし、言うのは簡単だが、それを実現するのは難しい。それを今はなのはも武器を持つからこそ理解している。 とくにアリサのあれは、伸縮自在の刃。それをかわし続けるのがどれだけ困難か、今まで戦っていたからこそ、なのはが一番わかっている。 だが、恭也はそれを可能にしていた。
「どうして……」
同時にそれはなのはに疑問を与えていた。 確かに恭也は速い。だが、速さで言えばカエデの方がずっと上だ。しかし、カエデも同じことができるか、と聞かれれば、きっとできないだろうと答える。 ならば機動力。機動力ならば、恭也は救世主クラス随一だ。しかし恭也は、今の戦闘はそんなに派手に動いているわけではない。アリサの一撃をかわすために動いているのは、一歩……いや、半歩分程度の距離。そこに機動は関係ない。 そもそも恭也が機動力を活かしても、大河やカエデどころか、なのはだってある程度は捉えることができる。無論、捉えることができても、攻撃を簡単にいなされるが。 恭也は、最初の数撃こそアリサの攻撃をいなし、受け止め、弾いたが、今ではまったく小太刀を動かさずに、体捌きだけでかわしていた。 大河たち相手にも同じことができるのだろうか? しかし、恭也は今までそんなことしたことはなかった。手加減していた、ということもあるまい。ここまでできるなら、模擬戦のときとてやるだろう。だが、それをしていない。 では、何かあるのだ。 アリサにだけ、あのような行動がとれる何かが。
「わからないや……」
どれだけ考えたって、なのはにはわからない。所詮なのはは戦いを始めて、武器をもって数ヶ月程度でしかない。そんな彼女が、恭也が人生のほぼ全てを費やして築き上げた戦闘法など理解できるわけがない。もしわかるとすれば、美由希ぐらいなのかもしれない。 それが悔しいとも思うが、今のなのははそう考えること自体が傲慢である。それは理解していた。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.362 ) |
- 日時: 2009/03/19 01:20
- 名前: テン
- だから、今は自分の兄が、あれだけのことができると理解できればいい。アリサ相手限定であったとしても、兄はあれだけのことができるのだ。
今は、それを観察する。だって、なのはの戦いにおいての存在意義は、恭也の役にたつ。それだけだ。恭也ができることを為すために必要な援護を己ができるようにするためには、恭也自身が何ができるのかを知っておかなくてはいけないから。 そして、なのはは今も恭也の力になることを諦めていない。恭也には下がっていろと言われたが、何かあれば援護するつもりだった。恭也自身がそれを認めなくとも。だから召喚器を消さなかったのだ。
「人を殺すということを舐めるな、小娘」 「あの子を救えなかったくせに、そんな大口を叩くんじゃないわよ!!」
恭也の言葉を皮切りに、それまで以上にアリサの攻撃が、刃の嵐として吹き荒れる。 その長い白刃を閃かせ続ける。その長さと速さも相まって、白刃はまるで雷光の軌跡のようにも見えた。 しかし、恭也はそれさえも全て避けていた。 召喚器を持ち、動体視力すら上がっているなのはの目にも、軌跡しか辿れないそれを、召喚器を持たない恭也は、その白刃が通る場所を予測しているかのようにかわし続ける。 それはまるで、全てを砕き、全てを切り裂く閃きと共に踊っているかのように。
――どうすればあんなふうに避けられるんだろう……
それらを見続けて、なのはは感嘆の息を吐きながらそんなことを思った。 救世主クラスに所属する恭也。だが、恭也だけは違う。 恭也だけは召喚器なんてものを頼らない。召喚器を所持していながら頼らない。 確かに召喚器を呼ばないのは、呼んではいけないからというのもあるが、それは恭也自身が望むこと。 恭也が生まれて、その人生のほぼ全てを費やし、努力というのも生温い鍛錬、血反吐を吐く『ような』ではなく、文字通り血反吐を吐き続けた末にたった一人で築き上げた技術は、召喚器を持つ救世主候補たちすらも下す。 その身体と両手に持つ剣だけで、召喚器という兵器をも越える武器を持つ異能者たちを越える。 人間として努力し続けて、人間を超えた者たちと対等に戦える。それは若くして達人と呼ばれる領域に達しからこそできること。 それがなのはの兄だった。 なのはは召喚器という強大な武器を持ったからこそ、恭也の努力がどれだけのものなのか、余計によくわかった。 だからこそ、これまで以上の憧れが生まれた。 実際に、自分たちなど恭也からすれば、甘い小娘でしかないのだろう。
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Re: 黒衣(仮投稿) ( No.363 ) |
- 日時: 2009/03/19 01:21
- 名前: テン
「あれ……でも……」
だが、先ほどかららしくない。兄らしくないのだ。その言動と態度が。 まるで煽るような言葉遣い。言動。 元よりそれほど多弁ではないが、戦闘となるとさらに口数が少なくなるはずで、口を開いている暇があるならば、少しでも相手を叩く。それが恭也だ。 その彼がまるで挑発するような言葉を放ち続けている。
「ぁ……」
その理由もすぐにわかった。 恭也は一歩ずつアリサに近づいていっているが、最初、なのはの目の前から進行していったはずなのに、いつのまにかなのはの直線上から位置がずれていた。 つまり、恭也はなのはに攻撃がいかないように、アリサの攻撃を誘導しているのだ。さらに挑発のような言動で、アリサの目をなのはから離している。 なのはを守っているのだ。
(嬉しい、な)
場違いだとわかっている。 だが、嬉しかった。 アリサとの関係は、なのはにはわからない。どんな因縁を持つのか、二人の会話を聞いてもわからなかった。過去に聞いた話から、朧気には見えてくるが、それは形にならない。 でも、恭也はアリサよりもなのはを優先していた。 自身のことよりも、アリサよりも、この場で最優先に自分のことを考えてくれている。 それがなのははひどく嬉しい。 守られているということよりも、自分を何よりも優先してくれるということが、どこまでも嬉しい。
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